第281話 時間神
『じ、時間の神?。』
突然、現れたクロノ似の少女。
彼女に告げられる私の可能性。
今よりも上の力を欲する私には、その潜在的な力があると。
『さぁ。今から私が燕にエーテルを流すわ。時間を司る神具である私のエーテルの質を肌で感じなさい。そうすれば自分の中に眠る本当の力を自覚出来る筈よ。』
彼女のエーテルが私に流れ込んでくる。
自分自身の心の中を見つめるような…心の中に意識が沈んでいくような感覚を覚えた。
暗闇の中。
ただ前に進む。目の前には映像のように景色が流れて映っていく。
私の今までの前世を含めた人生が、次々に流れて通り過ぎていく。
覚えている記憶もあれば忘れてしまっていた記憶。自覚すらしていなかった記憶まで。
そして、やがては過去の映像が現在の自分と重なる時が来て。
『扉?。』
大きな扉が眼前に出現した。
触れると自然に左右に開いていく。
『わっ!?。すごっ!?。』
そこには、見渡す限りの大草原が広がっていた。
地平線の向こう側まで続く緑色の大地。蒼穹の空。上空を形を変えながら高速で流れる雲。
そして、吹き抜ける風。
『走ったら気持ち良さそう。』
そんなことを呟いた私の目には大草原には不釣り合いな物が映る。
大きな…いや、十メートル以上はある巨大な歯車時計。
分かる。理解できる。これ、神具だ。
巨大なエーテルの塊によって形作られている。そこから溢れているエーテルはまるで主を探しているように周囲に伸び、ゆらゆらと蠢いている。
『これが…。さっきの女の子が言っていた。力…なのかな?。』
時計を見上げる私に気が付いたように時計から出ているエーテルが私の目の前に集まっていく。
次第に小さな女の子のような形を作り、私に指先を突き出した。
まるで、指を合わせろと言っているように。
『貴女がこの神具なの?。』
『………。』こくり。
質問に対する言葉は無かった。
かわりに人型のエーテルが首を縦に振る。
『もしかして、主を探してる?。』
『………。』こくり。
『私で良いの?。』
『………。』こくり。こくり。
再び。時計に目を向ける。
『時間の神。観測の神に付き従う神。…か。閃さんの…。………。代刃君…私…良いのかな?。』
あの女の子は【観測神】の力の一端を担っている神は【時空間神】と【天真眼神】って言ってたよね。そして、【時間神】も。
【観測神】に付き従う神。つまり閃さんにとって最も近い神になるってこと。
多分、【天真眼神】は、翡無琥ちゃんだ。
それに、【時空間神】は………。
『代刃君…。』
理解したよ。
やっぱり、代刃君は閃さんにとっての特別な存在だったんだ。
私ではなく。閃さんの…。
正直、私は二人の関係に嫉妬していた。
仮想世界で私は男の姿の代刃君と恋人同士になった。なってくれた。
だけど、代刃君が無理をしているのに気が付いていた。
当たり前だよね。
私が好きになったのは男の姿の時の代刃君。
だけど、代刃君の性格はやっぱり女の子なんだよ。私に合わせてくれていたのは嬉しかった。命の恩人。初めての恋。大切にしてくれる幸せ。
代刃君から色々なモノを貰った。
私は代刃君が大好き。それは今も変わらない。そして、これからも絶対に変わらない想い。私の中の宝物の記憶。
けど、代刃君にとって閃さんへの想いは本物で…閃さんと仲良くしている代刃君の姿を見るのが辛かった。
私だけを見てくれている男の姿の代刃君。
逆に閃さんを中心に行動している女の姿の代刃君。
何よりも、男の姿の時でも時折見え隠れする女の子な代刃君。
『敵わないのは…分かってるんだよ。』
無理をお願いしたのは私だもん。
我慢だってするよ。
でも…やっぱり。悔しい…。
自分自身の心が分からない。
代刃君を好きな私。
閃さんに夢中な代刃君を見て嫉妬している私。
……………閃さんに惹かれている私。
『意味分からないよね?。』
『………。』
人型のエーテルが私に寄り添う。
背中を擦られる。心配してくれている?。
触れられて。気付いた。
『君は…私…なの?。』
『………。』こくり。
分かる。私だ。私の知らない私。
一つの理解は、次々に現状の理解に繋がっていく。
この場所は私の心の中。閃さんに聞いたことがある。心象の世界だ。
何処までも走り抜けることが出来る大草原。
エンパシス・ウィザメントに出会うまでは夢物語だった叶う筈の無かった理想の世界。
エーテルの人型は私に手を差し伸べる。
その手を握る。それが、私が前に進むことが出来る条件だということは分かる。
『私…前に進めるかな?。』
『………。』こくり。
大きく。そして、静かに頷く人型のエーテル。
『うん。信じるね。』
もう一人の私が断言したんだ。
何も疑問に思うことも。恐れることもない。
決心を固めた瞬間。
人型のエーテルが光の粒子に変わり、私に重なるように身体の中へと入っていく。
同時に、大きく重たい音を響かせる歯車時計。
『これ…。記憶が…。頭の奥底から溢れて来て!?。何…これ?。あ…。』
私の記憶。
私の知らない。私の。
幾つもの別の私。
始まりは変わらない。
両親も。友人も。走ることが大好きだったことも。
事故にあったことも。
そこからだ。様々な未来に分岐する。
エンパシス・ウィザメントに出会った。
エンパシス・ウィザメントに出会わなかった。
仮想世界で命を落としたこと。
仮想世界で命を救われたこと。
ギルド 赤蘭煌王のメンバーとして戦ったこと。
クロノ・フィリアのメンバーになったこと。
数え切れない数の記憶。私自身の歴史。
繰り返す人生。様々な時間。体験。成功。後悔。自信。不安。様々な感情が入り乱れる。
代刃君と恋人になった。
代刃君と恋人になれなかった。
別の人と恋に落ちた。
子供が生まれた。
家族に看取られて死んだ。
独身を貫いた。
孤独に死んだ。
閃さんと…恋人になった。
……………
どの時間でも。どんな時間の私もそうだ。
何重にも重なる時間の中。一つだけ変わらないものがある。
それは、最後は 死 ぬこと。
寿命じゃない。様々な要因。原因。人生の数だけ存在する死という確定結果。
逃れられない法則。運命。
世界が………終わる。
『はぁ…はぁ…はぁ…。』
理解した。
この世界のことも。絶対神が何をしようとしているのかも。
私視点では憶測を含むけど。
クロロがいた。
彼女が動いているってことは…。きっと…。
ーーー
『ぬっ!?。エーテルの質が変化した?。この娘…人族ではなかったのか?。ぐっ!?。これは!?。』
突然の肉体を襲う衝撃に男の左腕と左足が別方向に曲がり、その場に片膝をつく。
『ふふ。どうやら。目覚めたようね。』
私を見て不適に笑うクロロ。
『うん。久しぶりだね。クロロ。』
『ふふ。久しぶり。どう?。全てを思い出した感想は?。』
『正直、頭がショート寸前。今までの時間の記憶が一気に押し寄せて来たせいで倒れそう。ちょっと休まないと能力もまともに使えないかな。』
『ふふ。そうよね。まぁ、一つだけ言っておくわ。お帰り。』
『ただいま。さて、クロロは彼を知ってる?。私の記憶にも居ないんだけど?。』
『知らない。予測はしてるけど。確証はないわ。アイツが何か企んでいるのは明確だから、十中八九、今回の世界線と時間に賭けてアイツが動いたと考えるべきじゃない?。』
『そうだね。ところで閃さんには会ったの?。』
『いいえ。知っているでしょう?。まだ、その時ではない。ご主人様が目覚めるのは、多分もう少し先だから。』
『ああ。そうだったね。』
『さて、話したいことは沢山あるけれど。まずは、目の前の問題を解決しないとね。』
クロロの視線が男に移る。
私も男を見た。
『瞬間敵に複数箇所への打撃。連続的な攻撃ではなく。全く同じタイミングでの同時攻撃。反応すら出来ない速度………いや、速さではない。空気の動き、周辺の環境の変化が見られない。自己加速の先…。時間制御の類いか。エーテルによる質の変化。身に纏うエーテルの総量は並の異界神のそれを遥かに上回る。神王…絶対神の領域か…。』
『っ!?。本当に何なのコイツ!?。』
今の攻撃だけでそこまで分析する?。
今の私が【時間神】へと覚醒して、時間を自在に操れるようになったことも悟られた。
『危険ね。』
『そうだね。早々に決める。』
神具を起動。強化され歯車時計が装着された【星流煌烈蹴神脚 シュテリグ・アテマ】。
歯車時計にエーテルを流すことによって針に刻まれた時間を操作。現実世界にも反映させることが出来る。
これを使い。時を…止める。
全てが静止した世界。時間を司る者。クロロと私以外にこの世界で動ける者など存在しない。
目の前の男も例外ではなく。
動くことなく止まっている。
『へぇ。ここまで自由に使えるようになったんだ。やるじゃない。』
『うん。でも。エーテルが足りない。止めていられる時間も十秒もないし、多分、次の一撃が最後かな?。』
『そうみたいね。一撃で仕留めなさい。』
『うん。』
周囲のエーテルを神具に集中。
強化された蹴りで神技を発動させる。
『神技!。【流星飛斬神脚】!。』
男の身体を抉り蹴る。そうすれば、戦いは終わる。
時間の停止した世界で自由を奪われた男に蹴りを放った。
『やはり、そうか。時間の神。まったく、観測神の他にもまさか人族からの派生の神が存在していたとは…なっ。』
『なっ!?。受け止め!?。いや、何で動けるの!?。』
『マジ。意味分かんない!。私と燕以外の時間は止まっている筈なのに?。』
蹴りは男に軽々と受け止められた。
強化に使用していたエーテルは受け止められた衝撃で逆方向に押し返され霧散する。
おかしい。間違いなく時は止まってる。
落ちる木葉も風に靡く木々も全てが静止した世界。
時間を支配する者以外は決して動くことすら出来ない筈なのに?。
『呆けている場合か?。俺の間合いだが?。』
『っ!?。ごふっ!?。』
『燕!?。』
男の拳が腹を抉る。
その威力は私の身体を容易に吹き飛ばした。
『大丈夫?。』
『うん。何とか…。あと、ちょっと、限界みたい…。』
時間を止めていられる限界時間。
再び時は動き出した。
『ふむ。不思議そうだな。』
『当たり前よ?。どうして停止した時間の中で動けるのよ?。』
『そうだな。彼女も紹介するとしよう。』
男の横に現れる青い髪の少女。
『彼女は緑竜同様にお前達から青竜と呼ばれている存在だ。能力は、分解と合成。』
『青竜まで。アンタ、青の巫女をどうしたのよ?。』
『解放した。生まれ持った地獄のような運命から。この青竜はその際に抜き取られたモノだ。』
『その能力でどうやって私の能力から逃れたの?。』
『分解とは一つに結合しているものを別々のモノに分ける能力だ。彼女のそれは物質以外の概念そのものにも影響を及ぼす。彼女の能力で一時的に俺自身の身体を時間の神であるお前が世界に与えた理の変更から切り離した。』
『それって…つまり。』
『世界に影響を及ぼす神の力は俺には通じない。最高神の力であってもな。』
『化物ね。こんな存在を下界に解き放ってるとか…マジで意味分かんないわ…。燕?。大丈夫?。』
『ちょっと。限界かな?。戻った能力に身体が追い付いてないみたい。』
『燕!?。え?。』
ふらつく足元。
駄目だ。足に力が入らない。立っていられない。神具を構成していたエーテルも失い私の身体はそのまま後ろに倒れた。
だけど。私の身体は倒れる前に誰かに支えられた。
『待たせたな。燕。良く頑張った。』
私の身体を支えてくれたのは…。
おかしいな。さっきまで一緒に行動していた筈なのに。涙が溢れてきた。
繰り返しの人生の中で、彼を愛したことも何度もあった。恋人になって共に人生を歩んだ記憶もある。夫婦になったことも。子供が生まれたことも。
最期の時を共に過ごしたことも。
代刃君も好きだった自分。
彼を好きだった自分。
今まで繰り返してきた人生の記憶が甦ってきて私の感情をかき混ぜる。
けど、これだけはハッキリしている。
私は、彼が好きなんだ。だから、思い出したこの想いを目一杯込めて彼の名前を呼んだ。
『閃…さん。』
『ああ。燕。安心しろ。後は俺がやる。』
力強い視線に心臓が高鳴り、顔に熱がこもる。
『【観測神】か。どうやら、この森を強引に抜けてきたようだな。…ぬ?。』
『動くな。』
『動くと斬るよ?。』
八雲に奏他?。
動こうとする男を静止させた二人。奏他はマイクのついた剣。八雲はハンドガンを男に向けていた。
あれは、神具だ。それに二人の服装と身に纏うエーテル。
今までの二人じゃない。異界人だった二人は間違いなく異神へと変貌を遂げていた。
この世界線で二人は同化したんだ。
『ご主人様…。』
『お前は…クロノ…いや、違うな。誰だ?。』
気が付くとクロロが閃さんの顔を恍惚な表情で見つめていた。
女性が、心の底から愛している男性に向ける想いが込められた表情。
『お慕いして…います。』
『っ!?。』
ええ…キスしちゃったよ。
閃さんの腕に抱かれている状態の私の顔の真上で、驚いている閃さんの唇を目の前で奪いやがった。この神具!。私だって閃さんとキスしたいのに!。
『失礼しました。自分の感情と行動を抑えることが出来ませんでした。今はまだ名乗ることは出来ませんが、いつの日か、貴方様の隣に立てる日を楽しみにしています。』
そう言うと、満足したようにクロロの姿は消えていった。
本当に、気紛れで現れたんだ…。
『え…と?。何だったんだ?。今のは?。』
『閃さんの…エッチ…。何であんな簡単にキスされてるんですかぁ~。』
『いや…その。あまりにも自然に近付いて来て不意打ちだったというか…初めて会った筈なのに自分の一部のような感覚がしたっていうか…。』
『…そう。ですか。』
それは仕方ないのかな。
クロロは閃さんの神としての在り方そのもの。
謂わば、もう一人の自分なんだから。
『さて、お話はこの辺にしようか。』
私に笑顔を向けてくれた閃さんは、あの男を睨み付ける。
『よぉ。てめぇか?。俺の仲間を痛め付けたのは?。』
『【観測神】か。しかし、まだその力を完全に己のモノとしていないようだな。エーテルの質で分かる。』
『人の話聞いてるか?。てめぇは誰だ?。』
『時が来たならば知るだろう。今はまだ貴様と俺が交わる時ではない。互いに完成された時がその時となるだろう。』
『は?。何を言って…。いや、それどころじゃないな。』
何かの異変に気が付いた閃さん。
遅れて私の気が付く。
何?。このエーテル…さっきまでこんなエーテルはこの場に無かった。
突然、男を中心に渦巻く異様なエーテル。
全身を突き刺すような、全身が震えだす。恐怖とも、畏怖とも似通う緊張が全身に走った。
『八雲!。奏他!。離れろ!。戻れ!。』
『『っ!。』』
叫ぶ、閃さん。
その叫びに反応する二人。
跳躍し私達の横に飛び降りる。
『気が付いたか?。どうやら、俺がここに現れた理由はこのことだったようだな。残念だが、いずれまた会おう。【観測神】。』
男が小さく笑うとその身体がエーテルの密度によって発生した輝きに包まれていった。
ーーー
ーーー閃ーーー
男の姿が光の中に消える。
同時に男が纏っていた空気も消え、全く別のエーテルが空間を支配した。
全身が警戒信号を発している。
白蓮と戦った時も。神々と戦った時も。セルレンやイグハーレンと戦った時すらも感じたことのない圧倒的なエーテルの圧力。
その場にいるだけで、押し潰されそうになる威圧感。
しかし、その質は…エーテルは俺に似ていた。
四方八方に放出されていたエーテルが再び収束を始めた。
やがて、輝きは収まり。男が立っていた場所には別の人物が立っていた。
いや、顔は変わっていない。
俺そっくりな。だが、明らかな別人。
俺はこの男を知っている。
『よぉ。初めましてだな。【絶対神】。』
俺の口は勝手に動いていた。
目の前に現れた男。その男に向けて放った言葉は俺自身ですら無意識で発したものだった。
俺の言葉に応えるように口を開いた男。
その言葉は、あまりにも自然であり、慈愛に満ち溢れていた。
『久しいな。我が息子よ。』
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