第280話 クロロ・ア・トキシル
光。光。光。
赤。青。黄。緑。橙。藍。紫。白。
上空に輝く球体から発せられる目が眩む程の光と色の暴力。
その輝きの中でただ一人。全ての光を一身に受ける神がいた。
【地底兎】チナトと【同化】を果たした異界人。【地堕天光翼族】だった奏他が【神化】を成し、【地堕兎神】へと進化を遂げた異神。
それによって展開される。大型の神具。
過去の記憶を取り戻し、自らの在り方と神としての種族。そして、未来への思いを込めて発動した。
神具。
【地底神幕偶像舞台 リアティクル・ファマクスタージ】
アイドルだったかつての自分。生まれ変わり経験した思いと想い。それらが合わさり奏他自身の力となって顕現した。巨大なステージだ。
そんな中、アリガリナは冷静だった。
奏他の神具を冷静に分析。性質。攻撃方法。この場から脱出出来る手段などを必死に考えていた。
『じゃあ。行くよぉ!。』
幾つもの宝石のように輝くスピーカーから放たれる音楽。更にマイクで拡張された奏他の声が木霊する。
『っ!?。腕がっ!?。このっ!。』
奏他の声、動きに呼応するようにアリガリナの周囲の地面から何本もの人の腕が生えてくる。
土で作られた無数の腕。それらが、アリガリナの四肢に伸びて動きを封じようと蠢いた。
『このっ!。気持ち悪い!。』
群がる腕を蹴る。
元々が土で出来ている為に脆く。簡単に破壊できた。
しかし。
『数が多すぎるっ!。それに、何度も再生するしっ!。』
所詮は土を固めただけの腕。防御力は皆無。
だが、それ故に無限に再生と増殖を繰り返す。
その目的は単純。アリガリナの動きを封じ捕らえること。
『逃げないと。』
腕から逃れるために地面の中に溶け込んだアリガリナ。
しかし、次の瞬間。その行動が完全に悪手だったことを自覚させられた。
『っ!?。う…ごけ…ない!?。』
『捕まえたよ。そこは、もう貴女のエリアじゃない。私の支配領域。』
何重にも重なる土の腕に地面から引き摺り出されたアリガリナ。自由を奪われ、まるで鉛のように重い泥がアリガリナを押さえつけた。
『くっそ…。駄目だ…動け…ない…。』
『これで、終わらせる。すぅ~~~………。』
マイクを構え大きく息を吸う奏他。
同時に周囲を浮遊していたスピーカーが一斉にアリガリナに向く。
『これは!?。』
『わああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!。』
マイクに向け大声で叫ぶ奏他。
声はマイクを通じスピーカーに転送され、その際にエーテルへと変換される。エーテルは空気を振動させる性質を込められた砲撃として一気に放たれた。
『ああ…これ…無理だわ…ひひひ。』
身動きの取れないアリガリナは抵抗も出来ず、引きつった笑みを浮かべながら砲撃をその身で受け発生した衝撃波の中に消えた。
~~~
気絶からの意識の覚醒。同時に記憶のフラッシュバック。
現状の理解に、反射的に起き上がろうとする。
だが、全身に力が入らない。
『身体が………あれ?。ひひひ。何で、生きてるのかな?。』
『…殺す気はないよ。』
神具を消しアリガリナに近づく奏他。
『ひひひ。どうして?。私、君に結構酷いことしたのに?。食べようとしてたのに?。見逃すの?。ひひひ。変なの。』
『貴女はただ食欲を満たそうとしただけでしょう?。それに、ついては怒ってないわ。結果論だけど、貴女との戦いのお陰で私は新しい力を手にすることが出来たから。』
『ひひひ。そんなことで怒りが覚めちゃったの?。ひひひ。ワケわかんな~い。』
『まぁね。都合良いでしょ?。けどね。自分の気持ちを押し殺してる貴女の方がよっぽどだと思うけど?。本当は主を失って寂しかったんでしょ?。』
『………。』
『上手いこと隠してたみたいだけど。貴女の行動の全てに私に対する明確な殺意を感じたわ。最も同化して初めて気が付いたことだけど。貴女、やっぱり主を殺されたこと憎く思ってたんでしょ?。』
『………ひひひ。そりゃあそうだよ。神獣にとって主は絶対的な存在だもん、関係性とか性格とか関係ない。主のしたいことも。夢も。目的も。全部に共感し付き従うのが私達神獣だもん。善悪の区別もなく。主が自分の全て。半身って言っても良い。それを奪われたんだもん。憎いに決まってるじゃん。』
『セルレンは王様だったのに、家族の仲間も民も裏切った。それでも?。』
『言ったでしょ?。主の考えは自分の考え。セルレンの考え、行動が全部正しい。それだけだよ。』
『そう。まぁ。そっちの考えはこの際どうでも良いけどね。今度は正しい心を持った人が主になってくれると良いわね。』
そう言い残しその場を去る奏他。
『ひひひ。シリアスなシーンぽいのにエッチな格好のせいで台無しだなぁ。』
奏他の綺麗な背中と形の良いお尻を眺めながらそんなことを呟くアリガリナ。
主のいない今、自分の中に巡り渦巻く復讐の感情と、敵である異神との絶望的な戦力差。
唯一倒せる可能性があった異界人が覚醒してしまった状況。
『はぁ…。セルレンのことはあまり好きじゃなかったのになぁ。居なくなって自分にこんな感情が生まれるなんて。ひひひ。神獣の性ってやつなのかなぁ?。はぁ…。これからどうしよう…。………お腹…減ったぁ。』
ーーー
クロロです。
現在、私は、こっそりと、ご主人様とその一味…いえ、泥棒猫共…いえ、恋人候補…いえ、盗人共…いえ………仲間…そう。仲間達の様子を眺めています。
私自らが作り出した仮想空間でご主人様と仲間達を盗み見…いえ、盗撮…いえ、監視…いえ、そうそう。見守っているんです。
それはもう、じっくりと。様々な角度から視ていますよ。
本当は私がいたいご主人様の隣。
くぅ~。私の与えられた役割。それが私の自由を奪っている。
本当なら今すぐにでもご主人様の元の馳せ参じたいのに…。それなのに…。くっそ…。あの絶対神の野郎…マジで許さねぇ。
むぅ。私はクロロ。クロロ・ア・トキシル。
ご主人様の神具。ご主人様の神としての在り方の具現。ご主人様の一番の存在。
なのに…なのに…いつの間にかご主人様には沢山の牝共が群がって、挙げ句の果てには、神獣とかまで引き連れることになって。
私だって、ずっと側にいたいのに。
『はぁ…ご主人様…。私も、一緒にいたい。』
そんな言葉が無意識に出てしまう。
はぁ。私…何してたんだっけ?。
ああ。燕って娘の様子を見てたんだった。
この時間軸では、どうやら燕が覚醒するみたいっぽいね。
珍しいけど。今回は 当たり の世界線なのかも?。
何度も繰り返される世界の流れ。何度目かも分からない無限の輪廻。何順もの行き来を重ねる時間の巡り。
終わりは何処にあるのかな?。
偶然ではなく。偶発的でもなく。必然的でもない。
絶対神によって意図的に発生している現象。
このことを知っているのは私と絶対神の二人だけ。
燕の覚醒。
今までの繰り返しの中で燕が覚醒した場合が最も世界が先へと進むことが多かった。
覚醒の可能性は【人族】であること。
夢伽、詩那、燕。別の世界線でもこの三人の誰かが覚醒することになった。
そして、今回は燕。
夢伽も詩那も。神獣との【同化】を果たし種族が人族ではなくなってしまった。
故に、可能性的に残されたのは燕だけ。
確かに今回の世界線。
今までの 繰り返し とは流れが若干異なっている。
私は燕と退治している男に目をやる。
ご主人様に似た男。
似ているのは当然だ。だって奴は…。
アイツがあの様な存在を下界に解き放ったのは初めてだ。
【絶対神】グァトリュアル。
奴のことは、この世界で私が最も詳しいだろう。何せ、長い付き合いだ。
それはもう。何順と繰り返す世界を共に観察してきたのだから。
奴の目的も。成そうとしている行動も。私は全てを理解し、把握し、納得もしている。
だけど…。
『私も!。ご主人様と!。いっぱい!。いちゃいちゃしたいっ!。』
と、いうことで。ちょっと世界に干渉してみたいと思いま~す。
ご主人様に似た男。
あれを下界に放ったのは今回が初めて。
つまり、絶対神の奴は今回の世界線に賭けたということ。
『ええ。良いわ。私も乗ってあげる。』
下界へと再び視線を送る。
燕の神具。
【星流煌烈蹴神脚 シュテリグ・アテマ】
周囲のエーテルを吸収し自身の脚力強化に変換する能力。
人族固有の吸収と強化を合わせた能力。
戦闘をしている二人の声に耳を傾ける。
『周囲のエーテルが吸収されている?。俺の身体を覆うエーテルまでも…そうか。そういう能力か?。』
『はっ!。』
『速いっ!。そうか、吸収したエーテルを脚力に。だが、この程度。俺には通じない!。』
『っ!?。受け止めた!?。けど、まだっ!。』
『受け止めた足を支点に反対の足で蹴るか。随分と器用なのだな。しかし、無駄だ。』
『ま、また!?。強化してる蹴りなのに!?。そんなに軽々と!?。くっ!。このっ!。』
『ぬっ!?。』
エーテルの放出で距離を取る燕。
『はぁ…はぁ…はぁ…。これならっ!。』
『ほぉ。速いな。脚力の強化によって移動速度も向上している。しかし。』
『このっ!。』
『攻撃は読みやすい。不規則かつ変則的な蹴りの技術だが。お前の動きは既に見切っている。』
『避けられっ!?。』
『…これが、異神か。個体によって強さに差があるのは仕方がないことか。どれ。防御面も見せて貰おうか。』
『拳にエーテルが!。それに、これって女王の神技!?。』
『気付いたか。あの神眷者の使用していた神具の切り札だ。さて、どう防ぐ?。ふんっ!。』
『くっ!?。きゃあああああぁぁぁぁぁ!?。』
拳から放たれるエーテルの放出。
単純なエーテルによる暴力的なまでの破壊のエネルギーの放出。
緑国女王。エンディア・リーナズンが持っていた神具、【樹装軍隊 デバッド・ヴァルセリー】が有する神技。
【神核爆光弾】。その応用。
広範囲を吹き飛ばし、焼き尽くすエネルギーの放出を腕だけに収束させ前方にのみ放つ。
一点集中させた驚異的な破壊力を持つ砲撃と化した一撃は燕の身体を一瞬で呑み込んだ。
『うぐっ…。はぁ…。はぁ…。はぁ…。』
『ほぉ。あの攻撃に耐えたのか?。記憶では、緑国の神眷者の放った同じ神技に為す統べなく敗北していたようだが…。』
『何…で。女王の…神技を?。』
『ん?。疑問に思うことはそこか?。ふむ…まぁ良い。奴等の使用していた神具の元は神々が神眷者に与えた産物だ。持ち主亡き今、所有者が俺に変更になっただけのこと。』
『君は…何者…なの?。』
『お前達の敵…とだけ。伝えておこう。世界に混乱をもたらしているお前達、異神を時が来るまで観察する者でもある。』
『観…察…。』
『話せるのはここまでだ。さて、神技の直撃。防御はしたようだが、その身体。辛うじて一命を取り留めているという状態だろう?。現在の己の力を試すつもりだけだったが…異神の一人を消しておくのも悪くないかもしれん。』
男が燕に近付いていく。
あっちゃ~。ちょっとマズイかも。
はぁ…。仕方ないわね。そろそろ行きますか。
クロロ。行きま~す。
ーーー
ーーー燕ーーー
神技の直撃を食らっちゃった。
なんとか強化したエーテルを神具に集めて防いだけど神具が破壊されちゃった…。
エーテルの大半も使っちゃったし、これは回復するのに…時間掛かるかな…。
『さて、そろそろ終わりにしようか?。異界の神。』
男が近付いてくる。
一つ解せないことがある。
『どうして、平気でいられるの?。かなりのエーテルを私の神具で奪われている筈なのに?。』
周囲のエーテルを吸収する私の神具。
戦闘が始まって何度も吸収し続けた。接触もした。なのに、アイツはピンピンしている。
身体から溢れ出ているエーテルに変化もない。
『簡単なことだ。お前に吸収される以上のエーテルをこの大地から汲み取り、自身の身体に取り込んだだけ。彼女の力でな。』
男の背後に現れる木の枝のような翼を生やした少女。
彼女は…。
少女が地面に触れるとそこから小さな植物の芽が生え始め瞬く間に足下が草や花に敷き詰められた。
この能力…って。
『気が付いたか?。彼女はお前達が緑龍と呼んでいた七竜の一体だ。俺と契約しその力を使用している。』
『…緑龍。そんなものまで。』
『彼女の能力は、繁栄と再生。このリスティールの大地からエーテルを得ることなど容易いことだ。』
『じゃあ…そんなのって…。』
『そうだ。お前がいくら吸収しようともこの星が生きている限りエーテルは無限に湧いてくる。』
『くっ…。』
『納得したか?。なら、これで説明は終わりだ。安心しろ苦しめる趣味はない。一撃で仕留める。』
エーテルが男の拳に集まる。
さっき使ったエンディアの神技。
駄目だ…。私じゃ。この男に勝てない…。
だけど…。
『くっ…ぐっ…あああああっ!。』
『まだ、立ち上がるか?。』
『当たり前。閃さんなら、こんな時でも最後まで諦めないから!。私も諦める訳にはいかない!。』
『勝ち目が無くてもか?。』
『当然!。』
『そうか。またお前達のことを学んだな。』
勢いに任せて立ったけど、立っているのがやっとだ。全身が痛みで感覚が…。
『去らばだ。異界の神。人族の身でよくぞここまで戦った。感服する。』
迫り。打ち抜かれる拳が巨大に見える。
これが私と男の実力の差…。
ごめん…閃さん…。
ごめんね…代刃君…。また、会いたかったな…。
『は~い。お邪魔しま~す。』
迫りくる死の間際、あまりにも場違いで陽気で緊張感の無い声が聞こえた気がした。
ーーー
男の視界から突然消える燕。
『何?。消えた?。避けた?。いや、彼女にそんな力は残っていなかった筈だ。』
周囲を確認する男。
男の背後。五メートル程離れた場所に燕はいた。
そして、何よりも男を驚かせたのは…。
『お前は…誰だ?。異神ではない。神眷者でも神獣でもない。俺の記憶にはないが?。』
『あらあら?。私のことアイツから聞いてないんだ?。ん?。待って待って。ああ、そういうことか。成程ね~。』
突然、現れた黒いドレスに身を包んだ少女。
クロノに似ている?。いや、クロノが成長したような見た目の少女。…そう燕は思った。
少女の登場に驚きを隠せないでいる男と、男を見て何かに納得している少女。
互いの視線が交わるなか。特に会話の無いまま少女は男から視線を外し燕へと向き直る。
『ふふ。ボロボロだけど。元気そうね。燕。』
『君は、誰なの?。クロノに似てるけど。』
『ふふふ。内緒よ。私がここに来たのは貴女にちょっとヒントをあげようと思った気紛れよ。』
『ヒント?。』
『そう。強くなりたいでしょ?。その方法よ。』
『っ!?。強く…。』
『そう。どう?。私の気紛れ。聞く?。』
『うん!。お願い!。強く…強くなりたいっ!。』
『ふふ。決まりね。』
燕を見ていた少女の背後から男が拳を振り抜いた。
『っ!?。また、消えた?。高速移動?。いや、そんなものではない。これは…。速さではないな。』
『ふふ。そんな攻撃は当たらないわよ?。』
気が付いたら自身のいた位置まで変わってる燕は驚く。
その後ろ。顔を近付けるクロロが耳元で囁く。
『さぁ。聞きなさい。燕。ご主………閃様のように。人族から派生する神は一つじゃない。』
『え?。それって?。どういう?。』
『神以外。生物で時間という概念を認識し、利用し、生活に反映させているのは、人間だけ。故にその神もまた、人族からしか発生しない最高神の一柱。【観測神】の力の一端を担い、【時空間神】、【天真眼神】と同等。【観測神】に付き従う神。』
『それって…。』
『ヒントはここまで。あとは燕次第よ。さぁ。目覚めなさい。覚醒しなさい。【時間】を司る神、【時間神】へ。』
次回の投稿は11日の日曜日を予定しています。