第279話 地底神幕偶像舞台 リアティクル・ファマクスタージ
【地泳鰐】。アリガリナ。
神眷者 セルレン・リーナズンと契約していたワニの神獣。
セルレンを失い、主の無い身で森を彷徨っていた奏他に襲い掛かる。
目的などはなく。セルレンの敵討ちでもない。ただ、本能のまま食欲を満たす為だけに戦闘を仕掛けたのだ。
能力は【地泳】。
大地に溶け込み泳いで移動することが出来る。
更に、少女の見た目とは思えない程に大きく開く口。鋭く頑丈な牙。そして、強靭な顎で奏他の腕を食い千切った。
ーーー
ーーー奏他ーーー
『ぐあっ!?。』
地面の中から突如飛び出してくるアリガリナが私の脇腹に噛みついた。
尖った牙が肉に食い込み激痛が走る。
苦しむ。苦痛の声をあげる私を嘲笑う
身体全体を回転させ肉ごと抉り引き千切られた。
『いただきま~す。』
『うぐっ!?ぎゃぁっ、ぐぅわ!?!?。』
デスロールってやつ!?。
回転の遠心力で私の身体が地面を転がった。
叩きつけられる全身に受ける衝撃。失った左腕と噛み抉られた箇所からの出血が止まらない。
『もぐもぐ。ごくん。はぁ~。柔らかくて美味しいお肉。ちゃんと鍛えてるんだね。筋肉の歯応えも...うん。美味しい~。』
『ぐっ…。この…。』
血を流しすぎてる。出血が多すぎた。
傷ついた箇所の他に、頭痛と目眩。急激な寒気と脱力感が全身を襲う。
しかし、ここで諦めて食い殺される訳にはいかない。
私はもっと強くならなきゃいけない。足手まといは嫌だ。神獣程度にも勝てなければ、これから先の神眷者達との戦いで必ず私は閃君の足を引っ張ってしまう。守られてしまう。
『それは…嫌だ。』
私は…閃君と一緒に戦いたい。
役に立ちたい。
『くらえっ!。』
片翼を広げ魔力を拡散させ、周囲の土に混ざり支配下においた。
自在に操れるようになった土で大量の刺を地面から出現させ一気にアリガリナへと放つ。
上手くいけば串刺し、足に怪我でもしてくれれば移動に制限がかかる筈。
『ひひひ。君。私と相性悪すぎるよぉ~。私の能力には君の能力じゃ勝てないよぉ~。』
『っ!?。そんな…。』
刺が…すり抜けた?。
いや…違う。刺の中に溶け込んだんだ。私の生成した土で作られた刺の中を泳いでいる。
『そもそも、君が操ってるのは魔力だよね?。魔力程度しか操れないのに私と戦うつもりだったんだ~。ははは。無駄な足掻きだね。抵抗しないで食べられちゃいなよ?。どうせ、戦っても結果は同じなんだからさ。』
『そんなことっ!。』
接近してくるアリガリナを鉱物で強化した翼で打ち払う。
『君の能力は土とか鉱物とかを操るんでしょ?。魔力量から見て半径十五から二十メートルってところかな?。だけどね。いくら操っても地面の中にある物質である以上、私はその中に潜ることが出来る。ひひひ。』
『きゃっ!?。』
翼を捕まれそのまま地面の中に潜られた。
引っ張られて身体が倒れる。
『このまま土の中に引きずり込むのも面白いかな?。ああ、もっと感じて貰うのも良いかな?。命の危機ってやつ。』
『なっ!?。』
周囲の地面が液体のように波打ち、波を作り出す。その波は身動きの出来ない私の身体を容易く呑み込んだ。
『かはっ!。げほっ。げほっ。げほっ。』
顔の周りの土を退かし呼吸をする。
全身が土だらけだ。出血も止まらないし、痛みが直接頭に響いてる。
『ひひひ。マウントポジション』
『っ!?。このっ!。退けっ!。』
『嫌だよぉ。』
液体化した地面から現れ、倒れている私の身体に馬乗りになったアリガリナ。
抵抗し残っている右腕で殴り付けるも軽く受け止められてしまった。
『はぁ…美味しそう。いただきま~す。』
『っ!?。やっ…あがぁぁぁあああああ!?。』
噛みつかれ、そのまま腕の肉を噛み千切られる。大量の血液が吹き出し周囲に撒き散る。
『ああ、血の味も好きなのぉ。勿体無いよね。』
絶えず流れる私の血を飲んでいる。
『はぁ…。はぁ…。はぁ…。』
『ああ。多分、この翼だよね?。君の力の源?。発生源?。まぁ、何でも良いや。翼が失くなれば君はもっと弱くなるでしょ?。』
『っ!?。や、やめっ…。』
『あ~むっ!。』
『ぎゃああああああああああぁぁぁぁぁ…。』
バギッ。ゴギッ。と翼の骨が噛み切られ。
翼が無理矢理切り離された。背中の激痛に意識が薄れる。
『あっ…。うっ…。ぐっ…。』
痛みで声が出ない。
駄目だ…。頑張ってみたけど相手にならない。
『ああ。やっと諦めてくれたの?。ひひひ。安心して良いよ。優しくゆっくり食べてあげるからね。』
全身から力が抜け意識が薄れる。
ああ。私…何も出来ないや…。閃君…ごめんね…。私…ここまでみたい。
ーーー
「ねぇ。質問して良いかしら?。」
え?。
いきなり心の中に響く声に驚く。
その瞬間、世界が停止した。
身体中の痛みは消えて、女の子の声が聞こえる。
「こうして話すのは初めてよね?。初めまして、私はチナト。ご主人様…閃様と契約した神獣よ。【地底兎】っていう兎なの。」
チナト?。閃君の神獣?。どうして、神獣が私の中にいるの?。
「ある一定以上の力を持つ神獣は特定の対象の魂に憑くことが出来るの。まぁ、憑依に近いかしら?。出来ることは限られて、こうして会話したり、視界を共有したりしか出来ないわ。」
憑依?。いつから憑いてたの?。
「昨日の夜よ。ご主人様と会話してたでしょ?。その時よ。それで最初の質問の答えなのだけど。貴女に力をあげようかと考えているの。」
え?。力?。
「ご主人様から聞いているでしょ?。【同化】って言うやつよ。ラディガルと詩那がしていたでしょ?。あれよ。」
どうして、私と?。
「私と魔力の性質的に似ているからよ。ただ、今はまだ私は貴女を認めていない。だから、質問するわ。正直に答えなさい。そして、私を認めさせてみなさい。そうでないと、貴女はこのまま、そこのワニもどきに食い殺されるだけよ?。」
………そうだね。このままなら確実に殺される。うん。質問して。
「まぁ、私は貴女でなくても良いから。気に食わなければバッサリ見捨てるから。」
…わ、わかったよ。
「では、一つ目。どうして力を望むの?。」
閃君や仲間達の足手まといは嫌だから。一緒に肩を並べて戦いたい。守られてばっかりは…もう嫌なの。
「二つ目。仮に私を認めさせて力を手に入れたとする。その後、貴女はどうするの?。」
私は………閃君と一緒にいたい。
閃君ともっと仲良くなりたい。彼の仲間達とも友達になりたい。
…彼の周りはいつも温かい感じがするから。一緒にいると落ち着くの。だから、これからも側にいたい。
「私と同化すれば前世の記憶が戻ることになる。ご主人様から聞いているよりも具体的な、本物の貴女の記憶。それを知ってもご主人様の側にいたいかしら?。」
勿論だよ。私のこの気持ちに嘘はないから。
「そう。なら、貴女の言葉で聞かせて。貴女はご主人様が好き?。」
……………うん。好き。好きになった。
最初は色々と凄い人だなぁって思ってた。
私の過去の一部を知っているとはいえ、かつて敵だった私を快く受け入れてくれた。
常に気にかけてくれた。相談にも乗ってくれた。
いつの間にか好きになってた。
閃君を、一人の男性として好きなんだ。
「その言葉。忘れないで。それはただの言葉じゃない。呪い。重責。枷。今後、貴女が生きていく為には決して失うことの出来ない呪縛となる。」
どういうこと?。
「私はご主人様の神獣。何よりもご主人様を優先する。私が力を得るということは、貴女はご主人様と魂で繋がることになる。似て非なるものではあるけれど、主と契約神獣のような深い関係になる。」
そうなの?。閃君と…嬉しい…。
「その気持ち忘れないで。もし、ご主人様を裏切り、私から得た力をご主人様へ向けるようなことがあれば、私がお前を殺す。そのことだけは肝に銘じなさい。」
うん。わかった。
「分かれば良いわ。そして、最後の質問。」
は、はい。どうぞ。
何か、さっきより真剣な雰囲気が…。
「私は、正直な話し、物凄くエッチなの。多分、エッチらしいの!。自分的には普通なんだけど!。ソラユマに聞いたら、普通じゃないって言われたわ!。分かる?。普通じゃないくらいエッチらしいのっ!。」
はい?。エッチ?。エッチって?。
「エロいことが好きってこと!。言わせないでよ!。エロい妄想なんか日常よ!。もう!。これだからムッツリは!。」
ええ。逆ギレされた。
しかも、ムッツリって言われた!?。
「同化をすれば、私の思考は全て貴女に流れるわ。私の妄想の全てが。だから…。」
だから?。
「か、覚悟しなさいよねっ!。」
チナトは私に覆い被さるように魂を重ねる。
とても熱い。私の身体の巡る魔力がチナトのエーテルと混ざり、一つの形へと完成される。二つの異なる存在が、私の種族に引き寄せられ神獣の持つ種族と性質が一つの融合する。
【地底兎】と【地堕天光翼族】が融合。
【神化】を成し、堕天した地底を支配する翼を持つ兎の神。
【地堕兎神】へと生まれ変わった。
ーーー
薄暗いピンク一色の部屋。大きなベッド。備え付けのモニター。大きな鏡。
私の口では表せられない用途で使いそうな様々なアイテムが散らばる中でチナトと閃君のシルエットが重なった。
それはもう、私の口では表せられないことが次々に起こっていく。
チナト視点の閃君は、キラキラと輝いていて瞳の中にまで星が見える。
動く度に飛び散る汗も、星のように光ながら薄暗い部屋の中に消えていく。
優しい言葉。激しい言葉。乱暴な言葉。普段の閃君からは絶対に聞けない単語の数々がチナトにのみ放たれ、それを聞いたチナトは艶かしい恍惚とした表情で閃君へ抱きつく。
私の口では表せられない行為が繰り返され、私の想像すら出来ないような行為が繰り広げられる。
これ…チナトの妄想なんだよね?。
顔が熱い。身体も熱い。思わず目を背けたくなる光景。だけど、私は次から次に流れていくシチュエーション、度重なる行為に呼吸が荒くなり、視線が逸らせなくなっていた。
場面が変わり。
風景も変わり。
それでも、チナトと閃君との大人な行為は終わらない。
むしろ、よりハードな。
私の口では表せられない行為に発展してる!?。
私は知った。チナト。ヤバい。怖い。エロ過ぎると。見た目に反して…想像以上に頭の中がピンク色だった。
ーーー
『っ!?。危な!?。』
迫るアリガリナの牙を打ち払う。
突然の反撃に戸惑いつつもアリガリナは私から距離を取った。
『え?。何で?。何があったの?。急に身体が光ったと思ったら…それ、エーテルだよね?。何で急に?。それに、雰囲気が違う?。何で?。これじゃあ、まるで…さっきまで異界人だったのに?。異神じゃん!?。何をしたのさ!?。』
私の身体に起きた変化を理解できずに目を回すアリガリナ。
今までの余裕な態度は消え、警戒と臨戦の態勢を取った。流石に戦い慣れしている。野生の勘というやつだろうか?。
何せ、目の前の捕食対象が、一瞬で敵対者へと変わったのだから。
『腕も、お腹も治ってる。それに…身体の変化。もしかして、君…神獣と同化した?。神獣の気配は感じなかったけど?。』
『私の魂に憑いてたんだって。』
『魂に…そうか。それは気付かなかったなぁ。それにしても…ひひひ。君、凄く大胆な格好になったね。兎さんだぁ~。じゅるり、美味しそう…。』
『………言わないで。』
そうなのだ。
私はチナトと同化し種族が変化した。
種族固有の衣装。
私が新たに獲得した衣装は…バニーガールだった…。
チナトの影響で兎の耳が生え、丸い尻尾も。
肩だしで身体のラインがハッキリと出たバニースーツに、全然隠せてないフリルのついたスカート。蝶ネクタイ。網タイツにハイヒール。
恥ずかしい…。
気にしないようにしてたのに、敵に指摘されて改めて羞恥心が沸き上がる。
『それに…その手に持ってるの。もしかして…神具だよね?。………そうかぁ。ひひひ。君はこの瞬間に私よりも強くなったんだ。』
もう良いや。
今は目の前の問題を片付けよう。
『そうだね。ごめんね。私は貴女に殺される訳にはいかないの。過去を取り戻したからさ。貴女を倒して未来へと進むことにする。』
『ひひひ。そう。けど。そう簡単にはいかないよ?。回復したようだけど、もう一度腕の一本くらい奪って食べてやる!。』
エーテルを全身から放出し臨戦態勢へ移行したアリガリナ。
さっきまでの私だったら、あのエーテルを見ただけで恐怖に冷や汗を流していただろう。
だけど。今は違う。
『行くよ。生まれ変わった私の力、見せてあげる!。』
手に持ったマイク型の神具。
長い刀身の剣、グリップ部分がマイクになっている特殊な形をしている。
マイクに取り付けられた宝玉が輝き出す。
『さぁ。ライブの始まりだよ!。』
足元に出現する浮遊する円盤。頭上に出現する七色の輝きで周囲を照らす球体。私の周囲を浮遊し回転する幾つものスピーカー。
『神具!。【地底神幕偶像舞台 リアティクル・ファマクスタージ】!。私の舞台にようこそ。』
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