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番外編 過ぎ去りし青春の1日 ②

 静けさに包まれた教室。

 黒板に文字が書かれる度にチョークが走る音だけが聞こえる。

 開いた窓から入り込む涼しげで心地いい風。

 微かに聞こえる生徒達の息づかいや布の擦れる音。

 そして、黒板に書かれた文字を生徒達がノートに写す音。


 授業も四時限目を迎え、俺は必死に腹が鳴るのを我慢していた。

 腹、減ったな…。今日は弁当はないし、あの手紙のこともある。

 この授業が終わってすぐ中庭に向かわなければならない。

 昼飯はその後だな。


 チラリと他の奴等の様子を見る。


 基汐は…真面目にノートをとっている。身体が大きいから一番後ろの席。俺の二つ隣の席だ。

 で、俺の右斜め前の席には氷姫。

 教科書で隠しながら文庫本読んでるし…。

 氷姫の右二つ隣は光歌。

 机の下で携帯端末を弄ってる…。

 そして、俺の真横の席。智鳴。

 気持ち良さそうに寝ていらっしゃる。


 コイツ等…基汐以外真面目に勉強してねぇ…。


 教師も気付いているのか?。


 キーンコーンカーンコーン。

 授業の終わりを知らせる鐘が鳴った。同時に廊下からは他のクラスの賑わう声が聞こえてくる。

 教師の号令と共に終了する授業。

 俺は足早に中庭へと向かった。


『閃。行くのか?。』

『ああ。先に飯食ってて良いから。』

『あいよ。おい。智鳴。昼休みだぞ。そろそろ起きろ。』

『ふえ?。んーーー。おはよう。基汐君。』

『いやいや。おはようじゃないって。』

『閃?。どっか行くの?。』

『ああ、ちょっと用事でな。』

『そう。何か手伝う?。』

『いや、大丈夫だ。購買だろ?。先に食べてて良いから。』

『うん。わかった。』

『はぁ…。どうせ、いつものでしょ?。モテるわね。』

『そうなのかねぇ。まぁ、取り敢えず行ってくるわ。』

『はいは~い。』


 基汐や氷姫達と別れ、中庭へ。

 そこには、既に一人の女子生徒がいた。


『せ、閃…先輩…ほ、本当に来てくれた…。』


 見覚えのある生徒。確か後輩だ。

 顔を赤らめ、戸惑いながらも真っ直ぐ俺を見る女子生徒。

 以前、重い教材を運んでいた時に手を貸した記憶がある。

 

『この手紙の差出人は君か?。』

『は、はい。そうです!。な、名前も書かずに失礼かと思いましたが…その…勇気が出なくて。それに、忙しい先輩の時間を使わせちゃって…ごめんなさい。』

『謝らなくていいよ。それに忙しくないから安心して。』

『は…はい。その…私は一年の、来銀(クルギ) (サエ)って言います。』

『来銀さん。それで?。話って何かな?。』

『………あの、その………。』


 目を閉じ、胸を両手で押さえて深呼吸する冴さん。

 そして、目を開いた。その力強い眼差しで俺を見つめると、意を決したように言葉を発する。

 それは、今までの辿々しい緊張感を含んだ言葉などではなく。彼女の真剣さ、真面目さ。そして、俺への想いが込められた言葉だった。


『閃。先輩。私は、貴方が好きです。一人の男性として大好きです。格好良くて、優しくて。色んな人を助けてる時の姿に一目惚れしました。わ、私と付き合って…私の彼氏になって下さい!。』


 今までも何度か告白されたことがあった。

 その全員が想いを伝える時、真剣さの中に何処か諦めているような感情が垣間見えた。告白される度に、その全てを断っていると噂で知っていて、それでも 試しに告白 をしてきた。

 その様な人達が多かった。

 だけど、彼女は違った。

 初めての体験だった。

 本当に彼女の瞳、頭の中には今、俺しかいないということが犇々と伝わってくる。

 本当に彼女は真っ直ぐに俺に気持ちを伝えてきている。


 そう感じ取った。

 その想いに応えたい。初めてそう思った。

 だけど…。


『勇気を出して告白してくれたことは凄く嬉しい。俺を好きになってくれてありがとう。』

『先輩っ!。』

『だけど…ごめん。』

『っ!?。』


 一瞬、喜びの表情に変化した冴さん。

 しかし、俺の次の言葉に目に見えて表情が曇る。

 俺の心の中には、灯月や智鳴、氷姫がいる。

 誰かと付き合うことになれば、今の関係が壊れてしまう気がするんだ。

 だから、俺は…。


『俺は君とは付き合えない。今は誰かとそういう関係になる気はないんだ。だから…ごめん。』


 彼女…冴さんとの未来よりも、今を選んだ。


『い、いえ。そ…の。せ、先輩…が、謝ることじゃ…ないです………私が…かっ……てに…。』

『君のせいじゃない。悪いのは俺だ。君の気持ちに応えてあげられなくて、ごめん。』

『っ…す、すみません…呼び…出して………おいて失礼ですが……わ…たし…。もぅ…。』

『うん。俺に気を使わないで。君を傷つけた俺が悪い。』

『…うっ…。失礼します!。』


 彼女は泣きながら走って行った。

 本気だったから…こその輝く涙。それは彼女を傷つけた俺へと重くのしかかる。

 

『本当に…ごめん。』


 一人残された中庭で俺は暫く立ち尽くしていた。初めての気持ちだった。

 俺はこの日のことを忘れることはないだろう。


『はぁ…食欲がわかないなぁ。さっきまで、あんなに腹がなってたのに…。』


 告白を断った後、食堂へと向かうために歩いていた。

 何か腹に入れないと放課後まで持たないだろうし、軽く食べられるモノでも買おう。


『せ、閃!。せ、先輩。』

『ん?。』

『閃先輩ですよね?。』


 食堂へと向かう途中、知らない女子の二人組に声を掛けられた。

 一人は金髪の癖毛。制服を着崩したギャルっぽい見た目の少女。

 もう一人は、物静かそうな雰囲気の紫色の髪の少女だ。

 

『ああ。そうだが。俺に何か用か?。』


 先輩と呼んだってことは後輩。一年か。

 さっきの告白が尾を引いているせいか、若干尻込みしてしまう。


『あ、あの、先輩の知り合いって言ってる中等部の女の子が先輩を呼んで欲しいって。校門前で待っているって伝えて欲しいって言われました!。』


 凄く緊張した様子の金髪少女。

 もの凄い早口で内容を伝えてきた。


『中等部の…。灯月だな。』

『そ…その…先輩、一つ聞いていいですか?。』

『ん?。何?。』

『あの、中等部の生徒とはどういう関係ですか?。』

『ああ。多分、妹だ。灯月って言ってな。俺の3つ下なんだ。』

『妹…そうですか。良かった…。凄く可愛い子だったもので…。』

『伝えてくれてありがとう。今度何か困ったことがあればいつでも声を掛けてくれ。手伝うから。』

『は、はい!。ありがとうございます!。』


 見た目がギャルっぽい娘。滅茶苦茶良い子っぽいな。


『じゃあな。』


 俺は急いで校門まで向かう。


『ねぇねぇ。兎針!。先輩と会話しちゃった!。どうしよう!。嬉しすぎるよ!。』

『良かったですね。詩那。これで思い残すこともないでしょう。』


 などなど後ろから聞こえたような気がした。


『あっ。にぃ様!。すみません。急にお呼び出ししてしまって。』

『いや、大丈夫だ。何かあったのか?。』


 校門で灯月と合流。

 

『朝、にぃ様に渡し忘れたものが御座いまして、お届けに来たのです。』

『渡すもの?。』

『はい。まずはこれです。どうやら今日の夕方、おそらく丁度帰宅する時間帯に天気が崩れるそうです。なので、にぃ様の折り畳み傘を持ってきました。鞄の中に入れたままお渡しするのを忘れてしまい。恥ずかしいです。』

『ああ。ありがとう。気にしないでくれ助かる。』

『それと、もう一つ。先程、告白をされて断ったことに対して意気消沈し、食欲が低下しているにぃ様用に今朝作ったおにぎりです。成長期なんですから何か食べないと倒れちゃいますよ?。』

『ちょっと待て。何故、お前がその事を知っている?。』

『ふふ。何故、私が知らないと錯覚していたのですか?。』

『どういう事だってばよ?。』

『妹ですから。』

『はい?。』

『義妹ですから。』

『だから何なんだ?。』

『にぃ様のことなら何でも知っていますよ?。』


 キョトンとした表情。

 本当に俺のことを何でも知っていると言っているようだ。

 ええ…何それ。めっちゃ怖いんだけど。


『ああ。もう一つ伝えておくことがありました。』

『な、何だ?。』


 つい、身構えてしまう。


『今日の放課後、母様に夕飯の食材の買い出しを頼まれていまして残念ですが、にぃ様と一緒に帰宅できません。寂しいですが…。』

『そうなのか?。荷物持ちくらい手伝うぞ?。』

『ありがとうございます。ですが、そこまでの量ではありませんのでお心遣いだけ頂きます。にぃ様は御自分の時間を大切にして下さい。』

『そうか。お前が言うんなら分かったよ。』

『それでは、お昼休みも長くはありませんので名残惜しいですが戻りますね。』

『ああ。色々とありがとう。』

『はい。にぃ様。』


 灯月が中等部の校舎へと戻っていく。

 数歩進むと振り返り走って近付いてきた。


『灯月?。』

『にぃ様。私はさっきみたいな方法でしかにぃ様を元気付けることが出来ませんが…あまり落ち込まないで下さい。』

『っ!?。』


 さっきのは灯月なりの励ましだったのか。

 いつの通り過ぎて気が付かなかった…。


『ははは。灯月。ありがとう。』


 感謝の気持ちを込めて、灯月の頭を優しく撫でる。どうやら気を遣わせてしまったみたいだ。 


『お兄ちゃん。元気出してね。』


 小さな声でそう言った灯月は嬉しそうに走って行った。


ーーーとある休み時間


『なぁ。昨日の話聞いたか?。』

『昨日?。何かあったっけ?。』


 基汐と談笑していた休み時間。

 俺達の近くにいたクラスメートの会話が耳に届いた。


『エンパシス・ウィザメントのイベント。エリアボス、地母龍の期間限定の討伐イベ。』

『ああ。昨日の昼くらいから始まったヤツな。そりゃあ知ってるよ。俺は敵が強すぎて一回やって寝ちまったけど。』

『じゃあ、これは知ってるか?。もう既にクリアしたギルドが出たんだぜ?。』

『は?。もう?。だって今回のイベントのボスって歴代イベントの中でも最強って言われてたよな?。あの白聖ですら討伐に一週間は掛かるって報道されてたろ?。』

『ああ。昨日というか、日付が変わって数分後に討伐されたらしいんだ。』

『マジかよ。何処のギルドだ?。まさか…。』

『そのまさかだ。アイツ等だ。少数精鋭で数々の激ムズイベントを最速クリアしている謎の多いギルド。』

『やっぱそうか。あの…クロノ・フィリアが…。それなら納得か…。』

『ただ、今回…いや、今回で四回目か。ここ最近のイベントでクロノ・フィリアの動きがおかしいんだ。』

『どういうことだ?。』

『今までのクロノ・フィリアなら、ボスを倒した後にボスの詳細な情報、技構成とか攻撃パターンとかの攻略情報を掲示板に掲載してくれていたんだ。だけど、ここ最近の奴等にはそれがない。』

『それって?。どういうことなんだ?。』

『分からないが…もしかしたら、ラスボスの攻略が視野に入ってどのギルドよりも早くゲームをクリアする為に情報の掲示を止めたとか言われてる。』

『マジかよ。ラスボスってまだダンジョンが発見されたばっかりだったよな?。』

『ああ。奴等は何処からかラスボスの情報を掴んで着実な攻略を目指し準備を始めているらしい。』

『かぁ~。最強ギルドの独占状態かよ。』

『あくまでも噂だけどな。クロノ・フィリア自体が全く謎のギルドだし。』


 などと会話に聞き耳を立てていると。


『だ、そうだぞ?。ボス最速テイム記録保持者。』

『……………。』

『閃が最速でテイムしちまったから、ボスの情報が全然手に入らなかったなんて思わないだろうな。』

『良いんだよ。仲間が多いことに越したことはないだろ?。』

『ははは。だな。ラスボスまでもう少しだしな。そうだ。ラスボスのクリア報酬って何なんだろうな?。』

『分からないが…ラスボスをクリアした後にゲームがどうなるのかが心配だ。もしかしたらサービス終了とか?。』

『ええ…。それは嫌だな。もっと長く続けて欲しい。』

『それは同意見だ。けど。それも運営次第だしな。』


ーーー


 放課後。

 教師に頼まれた機材運びを終えた俺は帰宅の為に下駄箱へと向かっていた。

 夕方の廊下。さっきまで晴れていた青空は厚い灰色の雲に覆われている。薄暗くなり大雨が降り頻る。


『灯月に傘を受け取って助かったな。』


 感謝。感謝。

 因みに基汐はバイトがある為に先に帰った。光歌は基汐と一緒。

 氷姫と智鳴は買い物があるとかで、大手のデパートに向かった。

 灯月は買い物だ。

 つまり、俺は今一人ということだ。


『寄るところも無いし帰るか。』


 靴を履き替え外に出る。

 けたたましい音を立てて降り頻る雨。

 幸い風はそこまで強くない。

 ちらほらと傘をさして帰る生徒達が見える。

 傘をさし、歩き始めた俺の視界にとある生徒が映る。


『あれ?。あの女子ってさっきの?。』


 玄関の濡れない位置。

 曇り空と降り続ける雨を眺めながら困った顔で話している二人組の女子生徒。

 さっき、灯月のことを知らせてくれた二人だ。


『ねぇ。兎針。どうしよう。全然雨止まなそう。』

『困りましたね。これはもう濡れて帰るしか…。』

『完全にずぶ濡れになっちゃうじゃん…。はぁ…こんなことなら紗恩の言う通り折り畳み傘、鞄に入れとけば良かった…。』

『私もです。まさかここまでの大雨になるなんて…。天気予報を見ておくべきでした。』


 どうやら二人して傘を忘れてしまったようだ。

 まぁ…仕方がないよな。折角、灯月に持ってきて貰ったけど…。


『なぁ。これ使ってくれ。』

『え?。っ!?。せ、せせせせ先輩?。』

『どうして?。』

『さっきはありがとう。困ってるみたいだから、さっきのお礼ってことで使ってくれ。返すのは都合良い時で良いから。』

『え?。え?。先輩は?。』

『俺は走る。』

『えええええ!?!?!?。』

『あ、ありがとうございます…。』


 傘を無理矢理手渡し、唖然とする二人を尻目に全力で走り出す。

 びしょ濡れで風邪をひく前に家まで走る。それしか残されていない。


ーーー


『………先輩に傘、借りちゃった。』

『そうですね。良かったですね。先輩とまた会話出来たじゃないですか。それに、返す時にまた会話が出来ます。』

『う、うん。ウチ…今日、死ぬかも。どうしよう。心臓バクバクいってるんだけど?。これって、せ、先輩との間接相合傘だよね?。』

『今日、死ぬのは早すぎます。せめて、傘を先輩に返してからにして下さい。あと、知らない造語を出さないで下さい。何ですか?。間接相合傘って。』


ーーー


 カランコロン。

 勢い良く扉を開いた。強めに押したせいで店内に扉に取り付けられたベルの音が響く。

 

『いらっしゃ…おっ!?。閃君かい?。ずぶ濡れじゃないか?。』

『はぁ…はぁ…はぁ…。やっぱ無理。仁さん。すみません。ちょっと雨宿りさせて。』


 更に強くなった豪雨。走って帰るのにも限界が来た。駆け込んだのは【時の音】という名の喫茶店。

 クロノ・フィリアの副リーダー。仁さんの店、兼、家。つまり、光歌の家だ。


『うおっ!?。閃、大丈夫か?。今、タオル持ってきてやる!。待ってな。』


 放課後にここでバイトをしている基汐がずぶ濡れの俺に気付いて慌ててタオルを取りに店の奥へと入っていく。


『はぁ…。すげぇ、雨。』

『いやぁ、災難だったね。身体が温まるモノを入れてあげるよ。』

『はい。すみません。仁さん。』

『いいよ。いいよ。』

『ありがとうございます。』


 俺は邪魔にならないように奥の席へと移動する。


『はわ~。閃ちゃん。大丈夫?。』

『閃。傘は?。灯月が届けたって言ってたのに。』


 買い物袋を横に置いた氷姫と智鳴がいた。

 氷姫は読書を止め顔を上げ、智鳴は俺に飛び付いてくる。


『学校出る時傘を持ってない子達がいてな。貸してきた。』

『わ~。それでそんなに濡れちゃったんだね。』

『………閃。その渡した子って女?。』

『………まぁ、そうだな。』

『知り合い?。』

『いや、初めて会ったな。』

『そう。』


 何か納得したように視線を文庫に戻す氷姫。

 

『お待たせ。ほれ。これで取り敢えず頭を拭け。あと、俺の予備のジャージ持ってきた。サイズが若干デカイが着替えてこいよ。』

『ああ。ありがとう。下着まで濡れてて気持ち悪かったんだ。』

『あらら。それは大変ですわね。着替え終わりましたらコーヒーをお持ちしますので早く着替えて来て下さいな。』

『ああ。春瀬もバイトだったんだな?。』

『はいそうです。仁様のお誘いで少しの時間ですがバイトというものを体験させて頂いておりますわ。』


 氷姫と智鳴の注文品であろうショートケーキを持ってきたウエイトレス姿の春瀬がやってきた。


『奥の脱衣場で着替えてこいよ。』

『ああ。分かった。悪いな。』

『閃君。シャワーも使って良いよ。その間に制服を乾かしておくから。』

『何から何まですみません。仁さん。お借りします。』


 俺はタオルとジャージを持って店の奥、仁さん達の居住スペースへと移動する。

 途中、店のトイレに続くドアが開いた。

 中から現れた少女と鉢合わせ。

 互いに顔を見つめ合い。大きく目を見開いた。

 青く長い前髪が目元を隠している少女。

 その顔を見た瞬間、胸が大きく高鳴った。

 可愛い。俺の理想とする顔。そして、容姿。

 誰だ?。こんな俺の好みドストライクの女の子なんて知らないぞ?。この近くでは見ない顔だ。


『え?。何で?。せ……が。え?。ここに?。』


 見る見る顔が赤くなる少女。

 俯いたことで長い前髪が完全の目元を隠した。


『ご、ごめん!。』


 物凄い初速で俺の横を抜けた青髪少女。


『仁さん!。春瀬!。滅多に来ないって言ってたじゃん!。やっぱり辞める。僕、帰る!。』


 などと言う声が聞こえたが直後、激しくドアが開閉する音が聞こえた。

 何だったんだ?。あの美女は?。仁さんと春瀬の知り合いか?。  


~~~


『ふぃ~。』

『あ~。動かないで閃ちゃん。』


 ドライヤーの風が心地良い。

 シャワー後の濡れた髪を智鳴に乾かして貰っている最中だ。


『閃。あ~ん。』

『あ~ん。もぐもぐ。甘い。』

『最新作。生クリームたっぷりショートケーキ。』

『僕の自信作さ。どうだい?。』

『うん。美味しい。』

『それは良かった。』

『閃。制服、乾いたぜ。』

『サンキュー。助かった。』


 仁さんが用意してくれたコーヒーを飲みながら、さっきの女子のことを尋ねる。

 

『そういえば、さっきの女子は誰なんだ?。仁さんと春瀬の知り合いなんだろう?。』

『あら?。閃さんったら、もしか『春瀬ちゃん。』っ!?。あら、私ったら。ほほほ。』

『彼女は春瀬ちゃんの知り合いでね。バイトの面接に来てたんだよ。』

『そうなのか?。もしここで働くなら俺毎日来るかも。』

『え?。閃ちゃん?。どうして?。』

『何で?。閃?。』

『いや…何て言うか。見た目が滅茶苦茶好みだったんだよな。』

『っ!?。そんな…閃ちゃん…。』

『後で。お話し。しないと。』

『ははは。そうだったのかい?。』

『珍しいな。閃が興味を示すの。そんなにドストライクだったのか?。』

『ああ。胸を射貫かれた気分だった。』

『はぁ…。残念ですが、働かないと思いますわ。あの子。極度の人見知りですから。』

『マジか…残念だな。なぁ、春瀬。あの子の名前を教えてくれないか?。』

『それは………私からはちょっと、あの子に止められていまして。えっと…見ず知らずの男性に名前や素性を知られるのを良しとしない娘でして。』

『まぁ、確かにそうか。初対面だし。仕方ないか。はぁ…去らば、俺の初恋…。』

『っ!?。氷ぃちゃん。』

『うん。智ぃちゃん。灯月に報告。』

『ははは。青春だね~。』


 乾かして貰った制服に着替えて扉へと向かう。


『それじゃあ、仁さん。色々とありがとうございました。凄く助かりました。』

『気にしないで良いよ。また、おいで。』

『はい。基汐に春瀬も。また、後でな。』

『おう。今日も十一時に集合な。』

『はい。後程。』

『御馳走様でした。ケーキ美味しかったです。また、来ますね。』

『またね。』

『『『ありがとうございました。』』』


 時の音を後にし俺達は帰路に着く。

 雨は少し落ち着いていた。

 

『閃。もう少し。くっつく。』

『ああ。氷ぃちゃん、ズルい!。私も閃ちゃんに抱きつく。』

『こ、こら。狭いんだから暴れるな。てか、智鳴は自分のがあるだろう!?。』

『仲間。はずれ。いやだ。絶対。』

『そんな無華塁みたいな話し方されても…。』


 帰り道。

 氷姫の持っていた傘に三人で入っていた。

 どうしても三人で一つの傘に入りたいという二人の圧に負け、俺が傘を持ち両隣に二人が並ぶという構図。

 氷姫の傘。小さいからどう頑張っても二人の肩が濡れちまう。


『ねぇ。閃ちゃん。今日、告白されたんでしょ?。』

『何故。それを。知っている?。』

『噂。広がってるよ。また、閃に告白して玉砕した娘が出たって。』

『マジか!?。中庭には誰もいなかった筈なのに。あの娘、大丈夫かな?。変に周りから質問責めとかにされてないと良いけど…。』

『ふふ。フッちゃった娘の心配?。』

『ああ。あんなに勇気を持って告白してくれた娘だ。俺にフラれたこと以外に心の傷を負って欲しくない。それに、早く立ち直って欲しいな。』

『そんなに。良い娘だったの?。』

『ああ。正直、あんなに真剣に俺に告白してくれた娘は初めてだったんだ。彼女の想いが伝わってきて、一瞬、だけ…躊躇った。』

『そうなんだ。その娘は本当に閃ちゃんのことが好きだったんだね。』

『ああ。だけど、俺は彼女との恋人の関係よりも今あるお前達との日常を取った。今更俺が彼女に何か言える立場じゃない。ああ。助けを求められれば別だけどな?。彼女が困っていれば後輩として助けたいと思ってる。まぁ、向こうにとっては余計なお世話かもしれないけどな。』

『良いんじゃない?。それで。同じ女としても。私は。尊敬する。会ったことないけど。閃に。告白した。勇気。凄いと思う。』

『氷姫がそこまで言うなんて珍しいな。』

『閃の心に残った。…から。』

『ん?。どういうことだ?。』

『何でもない。』

『おっ、おい!?。濡れるって!?。』


 急ぎ足になる氷姫。

 氷姫に合わせて俺達も早足になる。

 他愛のない会話が続き、いつの間にか家に着いていた。


~~~


『ただいま~。』

『ただいま。』

『お帰りなさい!。にぃ様ぁ!。氷姫ねぇ様!。』


 出迎えてくれるエプロン姿の灯月。

 どうやら、夕食の用意をしていたようだ。


『お帰りなさ~い。ふ・た・り・と・も~。』

『わぷっ!?。』

『うむっ!?。』


 今度はつつ美母さんが抱きついてくる。

 俺と氷姫の顔に、灯月よりも大きな柔らかい胸が襲い掛かりそのまま倒れ込んだ。


『んーーー。二人の愛を吸収よ~。はぁ~。生き返るわ~。』

『ふぁふぁいわ。はぁあん。(ただいま。かあさん。)』

『うういぃ…。(くるしぃ…。)』

『あらあら~。ごめんなさ~い。』


 俺達の上から退ける母さん。


『早く着替えて来なさい。ご飯出来てるわ。皆で食べましょう。』


 制服から部屋着へと着替えた俺達はリビングへ。テーブルの上には、サラダ、カレーライス、スープが各々の座る位置に並んでいた。

 全員が椅子に座り、我が家の夕食が始まる。

 俺、俺の横に氷姫。向かい側に灯月。その横につつ美母さん。これが我が家の食事風景。


『あらら。仁君のところで。大変だったわね。』

『うん。灯月。折角持ってきてくれたのに、ごめんな。』

『構いませんよ。それよりも、にぃ様が風邪を引かないで良かったです。それに…。そうですか…まさか…。あの方に一目惚れ…とは…。』


 最後の方は聞き取れないくらい小さな声で呟く灯月。その視線が氷姫に流れた。灯月に頷きで返す氷姫。二人の間に何があったのか?。


『ふふ。青春ね~。』


 家族で話すのは今日の出来事。

 授業中の出来事。傘を貸しずぶ濡れになったこと。喫茶店で仁さん達にお世話になったこと。

 そして、エンパシス・ウィザメントという家族の共通点。

 昨日の伝説級モンスターのテイムから始まり、学校での俺達の噂。

 今日の夜何をするか。そして、仲間達の話。


 変わらない毎日の習慣。

 平凡ながらも平和な日常。

 こんな毎日が俺は好きだった。


『ふぅ~。疲れた~。』


 食事後、宿題、復習、予習を済ませ風呂に入った。

 頭の中には、告白してくれた娘。喫茶店で出会った見知らぬ美少女。

 思春期男子の頭の中なんて趣味と異性のことだけか…。

 

『はぁ~。極楽極楽っと。』

『にぃ様。私の身体から分泌された色々な液体が混ざり合った湯加減は如何ですか?。』


 スモーク硝子の風呂のドア越し。

 シルエットで映る灯月が話し掛けてきた。

 って…まだ、バスタオルを身体に巻いただけか?。風邪を引くぞ?。


『言い方…。それで?。どうした?。』

『いいえ。ただ…何となく、お話ししたくなっただけです。』

『話か?。さっき、散々話しただろう?。』

『そうですね。にぃ様。今、幸せですか?。』

『何だ?。その質問は…。』

『大した意図はありません。ただ、何となくです。』

『そうだな…。』


 俺は、告白された際。

 今の関係性を重視し断った。

 過去の記憶は無くとも、灯月達との日常を取ったんだ。

 なら、答えは決まってる。


『幸せだな。お前がいて。氷姫がいて。智鳴がいて。母さんがいて。基汐に光歌。それにゲームで出会ったクロノ・フィリアの皆がいて。そんな日常に幸せを感じてるよ。』

『そうですか。ふふ。そうですか。はい。にぃ様ならそう言ってくれると思っていました。それでは~。』


 去っていく灯月。


『何だったんだ?。』


ーーー


 ヘッドギアを頭に装着し、ベッドに横たわる。


『さぁ。始めるか。俺達の冒険。』


 ゲームを起動。

 ギルド、クロノ・フィリアとしての戦いへ。


ーーー


ーーーリスティール 青国ーーー


ーーーリスティナ(?)ーーー


『仮想世界への接続解除。………これが、仮想世界に残された閃の日常の記録か…。ふふ。この娘のデータ…使えるかもしれんな。ふふ。ははははは。』

次回の投稿は4日の日曜日を予定しています。

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