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第29話 黒曜宝我の姫

 本当の私はすごく泣き虫で、すごく寂しがり屋だ。

 それは、自分でも…自分だからこそ理解している。

 もう人前では泣かない。

 お兄ちゃんが殺された時に、そう自分自身に誓った。

 泣くことは弱さだ。

 他人に見せれば付け込まれる。

 そう考えて夜に独りで泣いた。

 寝てる時も、夢で泣いた。

 起きているときも、辛い記憶で泣いた。

 そして、今も…。


『…ありがとう。…美味しかった。』


 矢志路君に言われた言葉。

 完全に不意打ちだった。


 いつも、ありがとう。美味しかったよ。


 お兄ちゃんが私の料理にいつも言ってくれていた言葉。


 その瞬間…色んな感情が一気に押し寄せてきた。

 …私は、人前で…泣いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


 私は一頻り泣いた。

 でも、辛くなかった。


『矢志路君…急に話すなんてどうしたの?』

『…お前は、もうここには来るな。』

『え!?』


 その言葉に一瞬で私の頭の中が真っ白になる。

 もう…ここには…来るな?

 来るな?来るな?来るな?来るな?来るな?


『来るなって…言ったの?』

『そうだ。』

『何で?私…やっぱり、邪魔だったかな?迷惑だった?』


 やっと見つけた安息の地。

 唯一の心の安らげる場所。

 その全てをくれる人。

 それが、また…失くなってしまう。


『お前はもう独りじゃない。』

『え?』

『だから、ここにはもう来るな。』

『よく、わかんないよ?矢志路君!。』

『一度、冷静になって周りを、人を見てみろ。』

『周り?人?』

『そうすれば気付くこともあるだろう。あとはお前次第だ。』

『わかんない!わかんない!わかんない!矢志路君の言ってることがわかんないよ!!!』


 私の頭の中は、もう…ぐちゃぐちゃだった。

 私は走った。

 矢志路君に背を向けその場を逃げた。

 聞きたくない。聞きたくない。

 もう酷いことを言わないでよ!。

 私はギルドまで脇目も振らずに走った。

 そして、ベッドに飛び乗った。

 パンタを抱き締め、パンタを濡らした。

 

 暫くの間、パンタに顔を埋めていた。


 周りを 人を 見てみろ


 矢志路君の言葉が頭を過る。


『人を見る…。』


 私は起き上がり、部屋を出た。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


 数日前。

 黒璃から召集された幹部。

 三隠六影のメンバーがギルドに集まっていた。


『よっ。禍面(カヅラ)じゃねぇか。久し振りじゃね?』


 逆立てた髪と眉無しツリ目の男。

 三隠の1人 墓屍(ハカバネ)


『ああ、お前こそな。』


 2メートルを超す身長とスキンヘッド、刺青が彫られた半身。分厚い筋肉の鎧と身体に巻き付いた鎖。

 六影の1人 禍面。


『おひさ~。マジ召集とか、たりぃーんだけど。』


 見るからに女子高生の風貌。棒付きの飴を舐める少女。

 六影の1人 詩那(シナ)


『…ひ…さ…。』


 部屋の角で体育座りでいるフード付きの服と短パン姿の少年。

 三隠の1人 (アン)


『ああ…み、皆さん。お、お集まりで。ひひひ。』


 分厚い丸眼鏡に、おかっぱヘアーのデブ。汗が染み込んだ白衣が異臭を放っている。

 六影の1人 寝蔵(ネクラ)


『皆さん。お久し振りです。』


 ボロボロのシスター服に身を包んだ女性。

 優しげな雰囲気と女性らしいスタイル。

 三隠の1人 聖愛(セイア)


『やあ、やあ、みなさーん。久し振りぃー。』


 黒いコート。薄気味悪い笑みを浮かべる青年。

 六影の1人 嶺音(レオ)


『あらら~。皆~。早いね~。』


 踊り子のような露出度の高い服。

 クネクネした動きで歩く女性。

 六影の1人 巴雁(ハカリ)


『………こん…にち…は………。』


 全身が包帯だらけの人型。

 女性なのか男性なのかもわからない。

 声も籠っていて聞き取りづらい。

 六影の1人 苦蜘蛛(クグモ)


 この場に三隠六影が全員揃った。


 三隠…暗 聖愛 墓屍

 六影…禍面 詩那 寝蔵 

    嶺音 巴雁 苦蜘蛛


 これが黒曜宝我の最高戦力である。


『で?俺たちに召集をかけた姫様は何処よ?』

『それが…今は留守です。』

『はぁ?マジあり得なくない?こっちは彼氏とのデート後回しにしたのにぃ。』

『…おで……け…。』

『ひひひ…。何処に言ったんですかね…ひひひ。』

『六大会議で~何か~あったんですかね~。』

『ははは、困った姫様だねぇー。』

『ふ…やはり先代とは違うな。』


ーーーーーーーーーーーーーーーー


『皆ぁー。集まってくれて、ありがとうね。』


 私は幹部の皆の私に対する感情の色を見る。


『それで、俺等は何で集められたんよ?』


 墓屍。

 感情の色は赤と黒と白。…苛立ちと不信感。


『六大会議の件でしょ?』


 聖愛。

 感情の色は紫と白。…不安。


『……大会……。』


 暗君。

 感情の色は白の点滅。…無心。


『なんなんです~大会って~。』


 巴雁。

 感情の色は黒と赤と黄。…警戒と恐怖。


『白聖連団が開催するクロノフィリアを誘き寄せるのが目的の、能力者同士の大会なんだって。出たい人は自由!出たくない人は周辺警備とクロノフィリアメンバー探し。全員参加のお祭りだよー。』

『なにそれ?ちょーメンドイんですけどー。』


 詩那。

 感情の色は青と黒と赤…拒絶と恐怖と苛立ち。


『おもしろそーだね。大会で優勝したら何か貰えるの?』


 嶺音。

 感情の色は無色透明…無関心。


『クティナの宝核玉だって。』

『ほう…。それは興味深いな。』


 禍面。

 感情の色は赤、青…警戒と無情。


『開催日はまだ決まってないって言ってたから連絡来たら教えるね。』

『ひひひ。クティナの宝核玉ですか…ひひひ。研究したいですね~ひひひ。』


 寝蔵。

 感情の色は白と黄…無関心…警戒。


『………。』


 苦蜘蛛。

 感情の色は白の点滅…無心。


『という感じだから、いつでも行けるように準備しておいてね。会議終了!じゃあね!。』


 私は一目散に自分の部屋に戻る。

 魔眼で見る色は濃さによって感情の質が変わる。

 明るければ、+的な感情。

 暗ければ、-的な感情。

 幹部の皆は皆暗い色。見ているだけで気分が悪くなる程の重い色合い。

 白や色の無い筈の無色でさえ暗く感じるのだから耐えられない。

 

 その夜も、私は泣いた。

 私…頑張ってるんだよ…。

 お兄ちゃん…。

 矢志路君…。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


『なぁ。今日も姫様は出掛けか?弁当まで作ってよ?』

『…そうですね。』

『昨日も~夕方の会議にしか顔を出さないしぃ~朝も召集の挨拶終わったら~いなくなっちゃうし~。』

『何処に行っているんだ?』

『…青…4…拠点…。』

『ひひひ。何でそんな所に?ひひひ。』

『たしかー。クロノフィリアのメンバーが捕らえられてるって噂があったよねー。』

『クロノフィリアだと?』

『じゃあ何か?姫様はクロノフィリアの奴と仲良く弁当食いに出掛けてるってことか?。』

『はぁ?なにそれ。裏切りじゃん?よりにもよってクロノフィリアとか。あり得ないし。』

『…所詮は小娘よ。奴はギルドを率いる器ではない。』

『それ同感。』

『ひひひ。ですが。仮にも深紅の呪毒姫と呼ばれる方。ひひひ。皆さんも見たでしょ?ひひひ。あの死体の山を?。』

『………。本当に姫がやったの……?。』

『誰も~。見てないんだよね~。』

『あそこに着いた時はー終わってたしねー。』

『俺は、認めていない。』

『そんなの、当たり前じゃん。てかさ。ここにいる全員があんな小娘の下に就くことに不満だらけじゃん?』

『…私は、別に。』

『…ぼ……も。』

『俺も誰が上でもどーでもいーかなー。』

『ひひひ。ひひひ。』

『何とかなんねぇかねぇー。』

『あのガキ。目障りなんだよな。』


ーーーーーーーーーーーーーーーー


 …コンコン。


『だっ!誰!?。』

『私です。聖愛です。』

『せ、聖愛?』


 私が矢志路君に会いに行く準備をしていると、聖愛が扉をノックしてきた。

 ビクビクしながら扉を開ける。


『ど、どうしたの?』

『少しお時間よろしいですか?』

『う、うん。』


 何だろう…。

 咄嗟に感情の色を探ってしまう。

 色は紫。…不安。


『今日も、クロノフィリアの方に会いに行かれるんですか?』

『そ、そうだよ?』


 突然の訪問と場所が自分の部屋だけに天真爛漫なキャラを演じ難い。


『今、三隠六影の間で貴女が黒曜宝我を裏切っているのではないかという話が出ています。』

『え!?そんな…わ、私…裏切って…ないよ?』

『貴女はそのようなつもりは無くても、第三者から見れば敵であるクロノフィリアと密会していると思われても仕方がありません。』

『そう…なの?。』

『ええ。だから、もうクロノフィリアの方に会いに行くのを止めて下さい。』

『っ!?』


 矢志路君に会いに行くのを止める?

 そんなこと…やっと、見つけた。

 辛いこと、不安なこと、悲しいことを忘れられる場所を…。


『そ、そんなこと…。』

『黒璃ちゃん?』

『出来ないよっ!!!。』


 私はお弁当を持って逃げるように部屋を出た。


『黒璃…ちゃん…。』


ーーーーーーーーーーーーーーーー


『で、姫様は、あんなに大量のおにぎりを持って、また密会か?。』

『え、ええ。』

『ねぇ~。もう殺しちゃわない?目障りなんですけどぉー。』

『あれあれ。野蛮な発想だー。』

『ひひひ。そういえば、前に渡された物がひひひ、あったんでした。ひひひ。』

『なぁ~にぃ~それ~?。』

『…レベ…上…薬…。』

『ほう、どういうことだ?。』

『ひひひ。これは服用すると一時的にレベルが20上昇する薬です。ひひひ。副作用として3時間程の能力とスキルを使えなくなってしまいますがね。ひひひ。』

『へえ。面白れぇな。ドーピングみたいなもんか?。』

『ひひひ。そうです。効果は10分くらいですが。ひひひ。僕の技術を持ってすれば近いうちに30分まで引き上げてみせますよ。ひひひ。』

『………おも…しろ…そう………。』

『これがあれば、姫様も怖くないねー。』

『個数~は~決まって~るんですか~。』

『ひひひ。今は最初の20個ですが。ひひひ。量産も出来そうですよ?。ちょっと必要な物があるので。ひひひ。『あの人たち』に協力してもらわないといけませんがね。ひひひ。』


『私にもぉ。協力させてぇ。くれませんかぁ?。』


『!!!?!?!?。』

『何者だ?』


 突然の部屋の中に現れた女。

 三隠六影の面々全員が潜入されていたことに気付かなかったのだ。

 全員の警戒心が上昇する。


『お初にぃ。御目にかかりますぅ。私はぁ。そのお薬のぉ。提供者ぁ。白聖連団所属のぉ。雪姫(ユキヒメ)と申しますぅ。』

『白聖の?』

『雪姫って言えば、幹部の1人じゃないか。』

『協力…とは、どういうことだ。』

『皆さんぉ。知りたいことをぉ。1つぅ。教えますぅ。』

『知りたいこと?とは?』

『深紅の呪毒姫ちゃんのぉ。誕生秘話ですぅ。あの時何があったのかぁ。』

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 『もうここに来るな。か…。』


 周りを… 人を… 見てみろ…。


 『うんっ!。』


 私は部屋を飛び出し三隠六影…一人一人に会いに行くことにした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


『あ…聖愛…。』

『え?黒璃ちゃん?。』


 一番最初に見つけたのは聖愛だった。


『こんなところでどうしたのですか?』

『用事は特に無いかな。ちょっとお話したくて。』


 感情の色は…紫…不安か。


『あの…聖愛は私のこと…どう思ってるの?。』

『黒璃ちゃんのことですか?。』

『うん。』

『私は黒璃ちゃんが好きですよ?妹みたいに。』

『そうなの?』


 紫…不安のまま。


『ええ、急にどうしたんです?。』

『ううん。何でもない。』


 その時、私のスカートを引っ張られる感覚がした。


『…ぼ……も…す…き。』

『あ、暗君?』


 そこにいたのは暗君。


 でも、感情の色は白の点滅。無心。


『ありがとう。暗君。』

『黒璃ちゃん。この質問をしにこれから皆の所に行くんですか?』

『うん。そのつもり。』

『でしたら。決して話し掛けないで物影から観察して下さい。』

『え?どうして?』

『良いですか?絶対他のメンバーに声を掛けてはいけませんからね。』

『う…うん。じゃあ、私行くね。』

『はい。それでは。』

『ば…い……い…。』


 その後、私はこそこそと隠れながら皆の様子を観察した。


 ちょうど良く。皆が集まっているタイミングで見付けることが出来た。

 話し声に耳を傾けた。


『はぁ。そういうことだったのかよ。』

『ちょー肩透かしだよねー。うぜぇ。』

『だが、これで我々の方針は決まったな。』

『ははは。姫ちゃんも気の毒にー。』


 姫って私のことかな?


『やっぱり~皆も~そうなの~?。』

『そうだろうよ。あんなガキ誰もリーダーだと認めてないしよ。』


『っ!』


『…あいつ…弱い…。』

『ひひひ。ぼ、僕は研究が…ひひひ。出来る方なら、ひひひ。どっちでも、ひひひ。』

『いつまでもイイ気で自由にしてられると思ってるクソガキにお仕置きしねぇとな!。』


『っ!?』


 私は静かにその場を離れ自室へ戻る。


『私…もう…どうすれば…いいの?』


 ベッドに倒れ込みパンタを抱き締める。


『私のこと…皆…嫌いなんだ…。』


 私は泣いた。

 夜になっても、私はまた泣いた。

 ずっと泣いた。


『やれやれ。お前はずっと泣いているな?』

『え?。』


 気付くと開いた窓に座る赤い髪の男。

 その姿は月明かりに照らされて、とても神秘的だった。

 風に靡いている黒いマント。

 体格も表情も髪型も色も服装も何もかもが違っていたけど。

 私にはわかった。


『や、矢志路君…?。』

『ああ、言っただろう?お前はもう独りじゃないってな。』

『っ!。』


 部屋の中に入室する矢志路君。


『矢志路君!。』


 私は抱き付いて泣いた。

 悲しくてじゃない。嬉しくて泣いたんだ。

 泣いている私を矢志路君が受け止めてくれた。

 その後、矢志路君とベッドの上に座りたくさんお話をした。

 私が一方的に話してた…だけだったけど…。

 矢志路君は笑顔で聞いてくれた。

 お兄ちゃんみたいに優しい笑みで。

 いつの間にか、私は眠っていた。

 朝日が昇って目が覚めた時、矢志路君はもう居なかった。


『矢志路君…ありがとう。』


 この日は、お兄ちゃんの夢を見なかった。

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