第278話 天蓋衛星宙域神光砲 コズリュセンテル・ヴァルミュゼーラ
私の名前はクロロ・ア・トキシル。
ご主人………閃様の神具。
クロノ・ア・トキシルとは二体一対の関係。
リスティールを侵略した神々。リスティナを含めた【惑星の神】。そして、仮想世界からリスティールに転生した【異界の神】。
彼等が扱う神具とは、神がその在り方、性質を物質化したエーテルの塊、武装。神の性質がそのまま反映されている為、即ち、神の【象徴】と言えるだろう。
ご主人様の神具は仮想世界で二つ。
【時刻法神・刻斬ノ太刀】と【時刻ノ絶刀】。
神具は神の在り方そのもの。
ご主人様の中には二つの神の力が宿っていた。
【創造神】であるリスティナ。
【絶対神】であるグァトリュアル。
【時刻法神】。クロノ・ア・トキシル。
彼女は、ご主人様が仲間と定めた者の神具と能力を記録、記憶し再現する。
【創造神】のリスティナの力が色濃く反映されている自由度の高い神具。
【時刻ノ絶刀】。セツリナ・ゼッカ。
この時間軸では、まだご主人様と合流していないようですね。もう少し掛かるでしょう。
彼女は認識した対象の全てを絶ち切ることが出来る刀。断つのではなく。絶つ。故に、絶刀。
物体の硬度に関わらず、ありとあらゆる物質、時間や空間といった世界の法則など神によって強いられた概念。目に見えない空気、生物の身体を脅かす病魔や呪い。液体など固定の形を持たない流動体など、果ては、空気や他者の記憶などまでも。
絶刀は世界を構成する【全てを絶つ】ことが出来ます。例外もあるにはありますが…その内分かるでしょう。
絶たれた対象は、その存在が持つ在り方や法則を失い消失する。
まさに【絶対なる力】です。
【絶対神】グァトリュアルの力が色濃く反映されている圧倒的なまでのルール無視。規格外の力です。
あらゆるものを生み出す【創造神】の力とは対になるものでもあります。
さて、では。ここで、私について語りましょう。
先に説明した通り、私はご主人様の神具です。
クロノ・ア・トキシルとは二体一対。姉妹の様な関係です。
歯車時計に置き換えましょう。クロノが文字板を中心とした内部構造。私が時を刻む針です。時針、分針、秒針。それが私です。
つまりは、【絶対神】リスティナ寄りの力が反映されているということです。
神具としての名前は【刻斬ノ太刀】。
仮想世界でご主人様が使用していた刀です。
その頃の能力は鞘から抜かれた瞬間から再び納刀されるまでの間。刀の持ち主以外の時間を停止させるというもの。
使用中は魔力を大量に消費してしまい、使用後は急激な疲労によって動けなくなってしまうため使いどころの難しい神具だったと思います。
ご主人様も最後の切り札みたいに扱っていましたしね。
さて、小さな疑問が生まれます。
神具とは、神の特性そのもの。在り方がそのまま形になっている為、所持者はその能力を十全に発揮することが出来ます。
本来であれば、そこに絶刀のような扱いづらさや条件はあっても 制限 は存在しません。
しかし、私は使う度に所持者であるご主人様に大きな負担を強いてしまう。魔力と体力を奪い、使用後の自由を奪ってしまう。ご主人様の魔力が尽きてしまえば能力そのものが発動しなくなってしまいます。
それは、何故か。答えは一つ。
私は【観測神】の力が色濃く反映されている神具だからです。
仮想世界でご主人様はまだ【人族】でした。
リスティナの影響を受けて【人神】へと進化を果たした。そして、仮想世界で神々と接触したこと、幾つかの条件を満たしたことで【観測神】へと覚醒した。
【観測神】でなければ私の力は十全には使えない。
故に、覚醒前のご主人様は私を使用する度にペナルティ課せられていたのです。
現在、ご主人様は【人神】と【観測神】の狭間のような状態です。クロノと合流を果たしたことでより【観測神】に近付きました。
セツリナと合流すれば更に近付くことでしょう。
さて、此度のご主人様は無事に完全なる【観測神】へと至ることが出来るのでしょうか?。
私を再びその手に掴むことが出来ますでしょうか?。
『はぁ…。期待しても良いのでしょうか?。この時間軸のご主人様は果たして何処まで辿り着くことが出来るのですか?。』
私は切に願います。
何度目にもなるご主人様。
私をその手に掴むことが出来たあなた様は、十名に満たない。
クロロ・ア・トキシル。
【観測神】様の唯一にして最高の神具です。
貴方様と一つになること。いつまでも、お待ちしています。
『ただ、眺めているのも飽きてきましたし。少しだけ…干渉するのも。ふふ。良いのかもしれませんね。』
【時間神】の覚醒と、その名のもとに。
ーーー
ーーー八雲ーーー
私は…弱いな。
粉々に砕かれた武装を見て改めてそう思った。
【機装人族】。それが私の種族。見た目は人族と大差無い。違いは肉体を部分的に機械化し武装化することが出来ること。肉体を作り替えるといった表現が近いか。
神さまとイグハーレンの戦いを見て、私は気付いた。エーテルの存在を知り、数度その使い手とも戦った。
エーテルを扱えない私では勝つことも抗うことも難しい程力の差は明確なものだった。
『ぐっ…。』
慣れたものだな…地面の感触も。
いつもそうだ。
私はまた倒れている。
人族の時も、緑国の時も。
私は弱い…。
『か…み…さま…。』
私の…神さま。
記憶がないままこの世界で目覚め、自分が異界人と呼ばれる別の世界からの転生者ということを教えられた。
覚えていたのは、生活するのに必要な教養と言葉、名前と種族に関することだけ。
それ以外は記憶になかった。自分の前世が分からなかった。
私の前には常にイグハーレンがいた。
あの時の私は気が付かなかったが、奴は私を監視していたのだと思う。
イグハーレンはこの世界のこと。私自身の置かれている状況。青国のこと。そして…リスティナのことを私に教えた。
リスティナ。この星を創造した神。
【創造神】と呼ばれる最高神。
そして、青国に技術的な発展をもたらした信仰すべき神であること。
青国の人々はリスティナを崇め、奉り、拝み、崇敬し、尊い、崇拝した。
私も例外ではない。全てを失くした自分。見ず知らずの土地。馴染めない周囲。
自分で言うのも何だが、私は図太い神経をしている。多少のことではへこたれず、傷付かない。
だが、そんな私でも不安に心が負けそうになった。今の状況が私の心を惑わせた。
そして、心の中に空いた溝を埋めるように、周囲に流されリスティナを信仰した。
【創造神】リスティナの為なら何でもやった。妄信的に、疑念を抱かず、信じて疑わなかった。
結果として、姿すら見たことのない存在の駒となった。
命令であれば、窃盗、破壊、誘拐、他者の命を殺めることだってやった。
それだけ、私の中のリスティナは大きかったんだ。
そんな中、イグハーレンは姿を消した。
私にリスティナの素晴らしさを説き、面倒をみてくれた恩人。
そんな彼がリスティナを裏切り青国を去った。
私は奴が許せなかった。奴の信仰は本物だった。何度もリスティナの素晴らしさを語ってくれた。
それなのに…。私は感情的に、衝動的に奴を追い国を出た。
けど、神さま………閃さんに会って今までの行動が間違いだったことに気が付いた。
最初は、見たことのない神よりも、目の前にいる私を助けてくれた神に信仰を変えただけだった。
だけど、彼に前世での出来事を聞き。神々のことを聞き。出会ってまだ短期だが仲間と呼べる人達も出来た。
記憶がない私だけど。閃さん達といる時間は………楽しかったんだ。
信仰じゃない。別の温かな何かが心の溝を埋めてくれた。
弱いから強くなりたいんじゃない。
『はぁ…。はぁ…。はぁ…。』
『背中斬った。なのに。まだ。立つ?。』
『ああ。倒れたらそれまでだ。そこで私の旅はきっと終わってしまう。』
新たに装備を生成。腕ごと砲台に変化させる。
『無駄。貴女じゃ。私に。勝てない。諦めて。殺されて。』
『ああ。勝てんだろうな。だけど。諦めない。それだけはしない。』
魔力を集める。
『はぁ。理解。出来ない。』
『理解する必要はない。これは私の問題だ。強くなるための。』
集めた魔力を一気に解き放つ。
全力の魔力砲。今の私に放てる最大火力。
『無駄。だよ。何度も。教える。絶望を。』
ホワセウアは手に持つ純白の短刀を振り上げる。魔力砲は意図も簡単に真っ二つに切断された。
ホワセウアは無傷。背後の森だけが焼かれることとなった。
『これで。終わり。』
ホワセウアの姿が消え。瞬時に私の背後に移動した。反応したのだが、その刃が私の胸へと突き刺さった。
『ん?。手応え。ない?。』
胸の痛みがない?。
短刀が刺さったのに?。え?。刺さってない?。
『なぁ。続き聞かせてくれるかぁ?。』
『お前は…確か、神さまの神獣?。』
神さまの契約している神獣。
名前はソラユマだったか?。ひらひらと金魚の尾ひれのように揺蕩っている。
何故、彼女が私のもとに?。
『そうだぁ。ソラユマだぁ。』
『どうして、ここにいる?。』
『んー。ずっと君に憑いてただけだぁ。お化けみたいになぁ。』
両手を胸の前で垂らし幽霊のようなポーズをとるソラユマ。常に浮いているせいか、幽霊の真似が随分と様になっていた。
憑く。という行為がどの様なモノかは分からないが、ソラユマはずっと私の傍にいたようだ。
何より、私の位置が移動している。どうやら、彼女の能力で瞬間移動したみたいだ。助けられたようだな。
『なぁ。なぁ。それより、さっき何て言おうとしたんだぁ?。』
『さっき?。』
どのさっきだ?。
『君がぁ。心の中で呟いてたぁ。「弱いから強くなりたいんじゃない。」の続きさぁ。』
『聞いてたのか?。』
『そうだぁ。』
『……………。そんなもの、とっくに知っているだろう?。私は…。』
私達の会話を聞いていたホワセウア。
ソラユマを睨み、会話に割って入った。
『神獣?。何処から。きた?。その姿。覚えがある。確か。アクリスって。女に。憑いてた。』
『いやぁ。梟ちゃん。この間ぶりぃ。まぁ。こうして話すのは初めてだけどなぁ。なぁに?。なぁに?。ご主人様を殺された復讐に来たのかなぁ?。』
『私の。邪魔。する気?。』
『邪魔というかぁ。敵同士だしぃ。』
『そう。敵。邪魔するなら。貴女も。殺す。』
『はぁ。こわい。こわい。』
『くっ。素早い。』
ホワセウアの初撃を転移で躱すソラユマ。
ソラユマが次に出現した場所は私の背後。
『さぁ。教えてぇ。』
『………私は。』
私が力を求める理由。それは…。
『神さまの横に並び立てる存在になりたいから!。もう、足手まといは嫌だ!。』
『はは。良いなぁ!。それぇ!。』
『そして!。一人の恋人として!。私の彼氏になってもらうんだ!。』
『…あれぇ?。何か思ってたんと違うぞぉ?。』
『この身体を神さまの好きなように使って頂いて…えへっ…でへぇ…。神さまぁ~。でへへ…。』
『しまったなぁ…。もしかしたらぁ~。チナトの方が相性良かったかもだぁ~。まぁ。方向性は微妙だけどぉ。ご主人様を好きな気持ちは本物っぽいしなぁ~。まぁ…仕方がないぞぉ。なぁ。八雲ぉ。』
『何だ?。』
『君に力をやるぞぉ。』
『力?。もしかして【同化】というヤツか?。』
『そうだぁ。その代わり。必ずご主人様と幸せになれよぉ。そうじゃなければぁ。………私はお前を殺す。』
『っ!。殺す必要はない。…ああ。幸せになる。当たり前だ!。神さまと添い遂げてみせる!。』
『はは。決まりだぁ~。』
私の胸に手を翳すソラユマ。
周囲のエーテルが渦を巻き、私とソラユマを取り囲み、その姿を融合させた。
ソラユマの神さまに対する想い。なんだ…これ。重すぎないか?。
頭の中に流れ込んでくるソラユマの思考。
何を差し置いても神さまを優先するという考え、神さまと仲間以外はどうでも良く、例え消えてしまっても問題ないと思っている。むしろ、神とか国とか全部滅べとか考えてるんだが…。
ソラユマ…。見かけによらず…。エグい性格なんだな…。
ーーー
『【同化】。したの!?。』
目の前で起きた現象を瞬時に判断したホワセウアは驚きの声を上げた。
噂に聞く【同化】とは、魔力、エーテルを扱える者と神獣とが、心を通い合わせた時に行える行為だ。
その際に、神獣はその能力を含め意識までも対象となった相手に吸収され消えてしまうと言われている。
文字通り、己の全てを捧げる行為だ。
それがどれだけの覚悟を持って行うかなど想像に容易い。自分という存在が消えるのだから。
『くっ!?。エーテルの。渦!?。』
逆巻くエーテルの流れ。
周囲の木々を揺らし、石や葉を巻き上がらせる。
それは、徐々に収まりを見せ始め渦の中から先程の異界人が現れた。共にいた神獣の姿はない。
『すまん。待たせた。』
姿を現した八雲は、もう異界人ではなかった。
『………。これが。同化。』
単純に合体したわけではない。
二つの異なる魂が一つとなり、互いの力は何倍にも膨れ上がった。それは決して足し合わさたようなものではない。足し算ではなく掛け算。先程までの八雲とはまさに別物の存在となって顕現したのだ。
『悪いが。私は神さまの元に向かわなければならない。早々に貴様を倒させて貰う。神具。起動!。』
『っ!?。』
神具の発動。
その瞬間、八雲の実力は完全にホワセウアの上を行った。
ついさっきまでの状況は、エーテルを扱える神獣と魔力しか操れない異界人という構図だった。
しかし、神獣であるソラユマと同化したことで八雲は進化を果たす。
エーテルを操る【機装人族】の神。
それは、異界の神へとその存在を昇華させた。
対し、ホワセウアは神獣…とは名ばかりの【神聖獣】だ。
閃とイグハーレンの戦闘を経て現状のままでは異神に対抗するには心許ないと神々が判断し神聖獣に更なる強化を施し 神獣と同程度の性能 を与えた存在なのだ。
それは単純な出力の強化であり。神獣とは呼ばれているもののその本質は全くの別物の…神獣の劣化でしかない。
神眷者と契約したところで人型にはなれず、神具も使えない。勿論、同化など出来はしない。
神聖獣に許された能力は、契約した神眷者に取り憑き自身の能力の一部を分け与えるということのみ。
故に、今、この瞬間。
異神となった八雲はホワセウアを凌駕した。
現れた八雲は、身体にピッタリとフィットしたボディスーツに身を包んだ姿。両手、両足に機械の装甲。頭には特殊な装置が取り付けられたゴーグルが装着されている。
『【天蓋衛星宙域神光砲 コズリュセンテル・ヴァルミュゼーラ】。』
『神具!?。けど。何処?。』
大量のエーテルが放出され天に手を掲げた八雲。神具の発動を宣言したにも関わらず、その場にそれらしい変化はなく、ホワセウアを困惑させる。
『覚悟して。もう、貴様に勝ち目はない。』
『そ。そんなことない。絶対。エンディア様の。仇。取る!。』
硬質化させた翼から放たれる羽の弾丸。
その硬度は鋼鉄を貫通する程の威力を備え、連射も可能。
数十にもなる弾丸は寸分の狂いもなく八雲へと放たれた。
『目標との、相対距離。計算。着弾まで…0、005秒。ターゲットオールロック。撃ち落とす。』
『何!?。』
放たれた羽の弾丸が一つの例外なく何処からともなく発射されたエーテルの弾丸によって撃ち落とされる。
同時に地面に複数の小さな穴が空いたことでホワセウアは八雲の神具の正体に近付いた。
『まさか。空から?。』
空を見上げてもそれらしい影も存在も見えない。
しかし、常人のそれを遥かに凌ぐ梟の神獣である視力は空の更に上空にある物体を捕捉した。
『あれは…。な。何?。巨大な…機械?。』
巨大な…巨大な砲塔。十の翼。宇宙に星の輝きを発する。超弩級な戦略級兵器がリスティールの衛星軌道上に召喚されていた。
『見えたか?。気が付いたようだな?。そうだ。あれが私の神具だ。そして…捕捉したのは此方も同じ。覚悟しろ。』
『っ!?。』
八雲の手に握られた小型のハンドガン。
照準はホワセウア。
遥か上空の輝き。
流れ星。流星の如く発光した光の線が一直線にホワセウアへと流れ落ちる。
巨大なエーテルの砲撃。正確な照準から放たれたエーテルはホワセウアの身体を意図も容易く呑み込んだ。
『ぐっ…あっ!?。』
砲撃の速度。瞬時に避けられないと悟るや否や鋼鉄の翼で全身を覆い防御体制を取るホワセウア。
砲撃によって地面は大きく抉られ、短い悲鳴を残したホワセウアの身体は為す統べなく圧倒的な火力を前に地面に沈むこととなった。
『あ…ぐっ…。あ…。い…きて…るの?。』
エーテルを全力で防御に回し強化した鋼鉄の翼は焼き焦げ、身体のあちこちに火傷。防御に全力を注いだ為、エーテルの不足により身体の自由は失われた。
八雲が異神となったことで勝敗が見えてしまった戦いは、一方的なものになってしまった。
『殺しはしない。大切な人を失い、復讐に動いた貴様は何も悪くない。エンディアという家族や民を裏切った者ではなく。願わくば、心から信頼できる主に出会えることを祈っている。復讐なんてやめるんだな。』
『………。ひ。とつ。聞かせて。』
『何だ?。』
『貴女…と。同化した。神獣は。幸せ。だった?。』
『……………幸せに決まってるだぁ。と、言っている。』
『そう…。確かに。エンディアは。人が変わった。セルレンと。その先にある未来だけを。そこに…家族や…民は…いない…悲しい…未来を。見ていた。………私も。幸せに。なれる。かな?。』
『それは貴様次第だ。じゃあな。』
八雲はソラユマの能力で転移しホワセウアの前から姿を消した。
残されたホワセウア。
その瞳から頬に涙が流れた。
『私は…。どうしたら…。』
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