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第276話 旅路 迷いの森

 木々を掻き分け、道無き道を進んでいく。

 緑国を出発して三日目。順調かどうかは分からないが確実に旅は進行していた。


『それにしても暑いな。まだ海も見えないし、結構進んだつもりだけど…。』

『リスティールは広いですからね。確か…私達の住んでいた地球の数倍は大きいと聞いたことがあります。』

『確かに。そんなこと言ってたな。』


 兎針の言葉に納得する。

 緑国の新たな女王、レルシューナに見せて貰ったリスティールの世界地図。数年前に作られ現在とは若干異なると言われたが、あの地図には広大な大地を支配する緑国ですら地図の片隅でしか描かれていなかった。

 十以上の大きな大陸が海を隔てて点在し、その内の一つが緑国だったんだ。

 支配エリア以外に人族の里があった場所が点々とし陸や森を中心に棲む種族が集まっているという印象を受けた。

 奏他がいた白国や、俺達が目指している八雲のいた青国なんかは死ぬほど広い海を渡らなければたどり着くことなど出来ないくらい距離が離れていたんだ。

 簡単な話、俺達はまだ緑国から出ていない。


『私達も移動には苦労したんだよ。けど、各国が所有している【国間転移装置】を使った場合はその限りではなかったんだ。青国の技術が施され各国へと渡されて設置されたその機械によって移動はかなり楽になっているんだよ。』

『神さま。私も、恐らくイグハーレンもこの緑国には転移装置を使用して近くまで来たんです。』


 俺の羽織っているコートの裏側に出来た影の中から奏他と八雲が顔を出して説明してくれる。

 スキル【影入り部屋】は、俺の影を出入り口に設定してある。影を介し仲間達が自由に出入り出来るんだ。


『何だ?。そんなのがあるのか?。レルシューナも教えてくれれば良かったのに。』

『それが…緑国は保有していないんです。』

『何で?。』

『王の…セルレンの決定だね。緑国は他の六つの国とは違って互いの交流を断っていたの。稀に行われる各国の王が集まる会議にも殆んど出席していなかったくらい。…まぁ、裏では個別に繋がっていたという話もあるんだけど。表向きには完全に孤立し独自の国家運営を行っていたそうです。』

『鎖国みたいなもんか。』

『鎖国?。』

『ああ…そうか、記憶ないんだったか…すまん。』

『その認識で合っていますよ。閃さん。緑国は完全に独立していました。獲られる資源も食料も生産物も全て自国内で回していました。特に、セルレンが神眷者に覚醒してからは神聖界樹による生産率の向上、エーテルによる自然環境の活性化によって自給率が急上昇した為、ますます他国と繋がる必要が無くなったようです。』

『へぇ...。まぁ…確かにそうか。』


 だが、裏ではアクリスを助っ人に送る為に青国と繋がっていた。

 青国か…。いったいどういう国なんだ。


 緑国。元々が自然の恵みと共存していた種族が集まっていた国だ。その自然エネルギーの源であるエーテルを自在に扱えるようになったんだ。

 森の恵み。川の恵み。森では様々な果物、野菜、甘味の類いすら得られるだろうし、川からは水源だって得られる。魚だって泳いでいるだろう。その供給が無尽蔵のエーテルによって永遠に得られるんだ。

 確かにどんなに種族の個体数が増えようと食料の問題は起こり得ないか。

 武器などの戦闘方法も森から得られていただろうし、女王の神具がそれを後押ししていたのは間違いない。

 且つ、エーテルを味方に分け与えることでエーテルを戦闘に用いることの出来る戦士を作り出せるんだ。戦力的にも申し分ない。

 確かに他国と繋がる理由はないか。


『それにしても、全然、海が見えないな。』


 海を渡るにしても、そもそも海までたどり着けていないのが現状だ。


『閃さん。』

『お帰り。燕。』


 空中から周囲を確認しに行っていた燕が戻ってくる。


『どうだ?。海は見えたか?。』

『全然見えないかな。ずっと地平線の彼方まで森が続いてるみたい。』

『そうか…。こうなると俺達が進んでいる方向すら怪しいもんだな。』


 真っ直ぐ進んでいたつもりが、いつの間にか左右のどちらかにずれていたなんて良くある話だ。


『せめて川とか水が確保できる場所が見つかれば良いのですが。』

『だな。さて、どうするかな。このままだと、またすぐに陽が沈んじまう。』

『お兄さん。そろそろ夜営の準備をしないといけないです。』

『だな。今日はここまでにしよう。』


 木々や草が少ない適当な場所を見つけ、火起こしの準備をする。

 【影入り部屋】のお陰で彼女達を野宿させることがなくなったのは嬉しいことだ。

 狭いがシャワーもベッドもトイレもある。緑国からある程度食料も貰えたから当分の生活には困らない。

 ただ一つ難点なのが、【影入り部屋】に俺が入ってしまうと外の様子が一切分からなくなってしまうこと。神無のように全ての影にアクセス出来る訳ではなく、一度設定した出入り口を変更することが出来なことだ。

 仮に出入り口に設定した影が何らかの形で破壊、消滅した場合、中に居る俺達は外に出ることが出来なくなってしまう。

 これは、無凱のおっさんの【箱】のように俺が扱う場合には何かしらの制約が発生してしまうようだ。俺は【箱】を一つしか作り出すことが出来ない。転移として使う場合のみ入口と出口で二つ。最大二つしか操れないんだ。

 クロノ曰く【人族】の限界ということらしい。悔しいが、ゲームだった頃から【人族】の不遇さには慣れている。能力を使えるだけでも良しとしよう。

 つまりは、出入り口として設定している【俺の影】に俺は入れない。俺の持つ【影入り部屋】は彼女達専用の部屋って訳だ。

 俺の夜は野宿が確定しているってこと。


『よっと。』


 拾い集めた乾燥した枝にラディガルから得た雷で火をつける。

 火を囲むように大きな木を倒し、椅子のように座る。


『準備出来たぞ。』

『は~い。』


 夢伽と八雲、奏他が影の中から出てくる。

 その手には全員分の肉や野菜が串に刺さったモノが乗った大きな器が。


『は~。お腹減ったぁ~。』

『だな。流石に歩き疲れた。』

『安全の為に蝶を周囲に放ちました。』

『ありがとう。助かる。』

『先輩の分。いっぱい焼いてあげるからね。待ってて。』

『おう。サンキュー。』


 燕、兎針、詩那が集まる。

 詩那と夢伽が串焼きを用意している間に、俺は今後のことを考える為に奏他に質問する。


『閃さん。私達は今、青国を目指しているんだよね?。』

『ああ。白国で囚われている俺の妹、灯月を助け出すには青国を突っ切らないといけないからな。奏他。確認の為に白国のことを教えてくれないか?。』

『いいよ。私が知っていることは少ないけど。』

『構わないよ。知っていることだけで、頼む。』

『白国があるのは、海に囲まれている青国から更に進んだ先にある巨大な大陸。そこに白国があるの。隣国に黒国もあって、国としての作りがちょっと特殊でね。大陸を半分に黒国と白国で分かれていて各々の国土には一般的な住人が住んでいるの。それでね。王を含めた王族。幹部。家臣や兵隊。とか、国の運営に関わっている重要な人達は両国とも別の場所に住んでいるんだよ。』

『別の場所?。』

『うん。七大大国の中で黒国と白国だけに与えられた…んー。仮想世界?…って言うのかな?。大陸の中心に【特異点】って呼ばれている場所があって。そこは空間の歪みを利用した二つの門があるんだけど、それを通じて白国と黒国の重鎮達住む仮想世界に入ることが出来るんだよ。』

『大陸の他に別の世界が与えられているってことか?。』

『そう。私は行ったことはないけど、世界って呼ばれているにしてはそこまで広くないって聞いたことがあるよ。私達が問題にしなければいけないのは、灯月さんを助けに行くのに【特異点】を通らないといけないこと。そして、その【特異点】の場所は白国、黒国の精鋭部隊が警護している。』

『それって、白国に許可なく入る奴は黒国の奴等とも戦わないといけないのか?。』

『そうだね。無断侵入しようとする人達はね。私達のように…。』


 マジか…それは、面倒だな。


『黒国の情報は分かるか?。』

『それは…ごめんね。ちょっと分からない。私が知っていることはこの間話したことと、【特異点】のことだけ。私は白国の兵士でも下っ端だったから。この世界で目覚めて、白国のことを教えられたけど【特異点】の中には入ったことは無かったの。』

『そうか。ありがとう。助かったよ。』

『ごめんね。あんまり力になれなくて。』

『そんなことないさ。特異点の話だけでも十分すぎるくらいの情報だ。凄く助かるよ。』

『閃君…。うん。それなら良かった。』


 奏他に微笑んで、次に八雲を見る。


『八雲には、青国のことを聞きたい。どんな場所なんだ?。』

『はい。神さま。待っていました。青国は科学技術が発展した機械の国です。国自体は海の上に作られていて国土の三分の二が海に囲まれています。残りは標高の高い山々が並ぶ氷山山脈です。入国するとなれば海からしかありません。』

『そうだな。それは地図を見て理解した。』


 俺達が現在探しているのは青国に向かう海に繋がる海岸なんだからな。

 

『国全体がリスティナ様を信仰しているのも特徴ですね。何でも青国に今の技術をもたらし国としての形を造り上げた存在こそリスティナ様だと言われている為です。』

『リスティナが…。』


 仮にそうなら青国に行けばリスティナに会えるってことだ。

 ムリュシーレアの話では【神の居城】に居るってことだったが…。何が正解なんだ?。


『リスティナ様に会ったことがあるのは、国の重鎮のみ。人々はリスティナ様が起こしたとされる奇跡しか目の当たりにしていませんでしたが、民の心を射止めるにはそれで十分だったようです。しかし、イグハーレンが裏切り行為を起こしたことを考えるとリスティナ様は本当はいないのかもしれません。』

『国を纏める為に人々を騙す為の偶像の存在として偽りのリスティナを用意したってことか?。』

『その可能性もある…ということです。あと、一つ厄介なことがありまして。』

『何だ?。』

『青国を取り囲むように展開されているリングがあるのです。そのリングはリスティナ様の生み出した防衛装置と言われ、敵対者を迎撃する為に使われています。』

『リング?。』

『はい。複数のリングが絶えず回転し青国に敵対する者を切り刻みます。半永久的に起動しているモノです。今にして思えばあれはエーテル…でした。もしかしたら、神具?。』

『神具?。さっきリスティナが生み出したって言ったよな?。それがエーテルで作られた神具となると…。』

『はい。仮にその存在がリスティナ様でなかったとしても、少なくとも国全体を覆う程の巨大な神具を扱える者がいるということになります。敵か味方かは不明ですが。』

『青国も一筋縄ではいかないかな?。』

『はい。青国の戦力はその殆んどが機械の身体を持つ機械人形と機械兵、あとは遠隔操作のドローンが常に警戒網を強いています。』

『厄介だな。きっと青国にも俺の仲間がいる。ソイツ等との合流もしたいしな。』


 白国、青国の情報を確認、共有し、その後、食事を始める。緑国から貰った新鮮な野菜や肉はどれも美味しかった。

 食事を終えると、彼女達は【影入り部屋】へと入っていく。就寝の準備をする為だ。

 俺は一人燃える炎を眺める。

 今後の方針は決まった。灯月を助け出し、仲間を探す。俺達を異神として畏怖の対象へとこの世界の人々に伝え、神眷者まで用意した神。何故、わざわざ俺達を転生させたのか。転生させた上で世界から排除しようとしている矛盾。神の…居城とやらに行って直接、絶対神の野郎に聞いてやる。

 そして、最後には皆で平穏に暮らせる平和な日常を取り戻してやる。


『閃君。お待たせ。』

『ああ。今日は奏他か?。』


 影の中から出てくる奏他。


『うん。宜しくね。』

『悪いな。付き合わせちゃって。』

『ううん。これは私達にとってチャンスだから。』

『チャンス?。』

『あ、な。何でもないよ。』


 旅に出てからというもの、彼女達の中でルールのようなものが出来たようだ。

 緑国を出発してから夜になると、【影入り部屋】に入れない俺と一緒に外で夜を明かす係が出来たらしい。断ったのだが頑なに全員が抗議してきたので仕方なく受け入れた。

 因みに一日目は詩那。昨日は兎針だった。で、三日目の今日は奏他と。

 それで、何をやるのかというと大したことはしない。ただ、他愛のない話をし二人で眠りにつく。

 クロノのお陰でクロノ・フィリアの仲間達がかつて所有していたスキルを扱えるようになった今の俺ならば独りで見張るなんてしなくてもスキルで結界を張り夜を越すことは簡単なんだが、彼女達には何故か不評だったようだ。


『閃君。身体拭く物一式持ってきたよ。あと着替えも。脱いで脱いで。』

『いやいや。脱がそうとするな自分で脱げるから。』


 シャツを脱ぎ上半身裸になる。

 

『シャツ、貰うね。』


 俺からシャツを瞬時に引ったくる。

 そして、何故か俺のシャツを抱きしめる奏他。

 

『おいおい。汗、結構かいたから汚いぞ?。』

『ううん。汚くないよ。………すぅ。』

『吸うなって…汗臭いから。てか、お前もか、昨日は兎針が同じことしてたぞ…。』

『………すぅ。はぁ…。』

『って、聞いてないし…。ほら、背中拭いてくれるんだろ?。お願いするよ。』

『うん。任せて。』

『切り替え早いな。』


 俺の背中を濡れたタオルで拭いていく奏他。

 これも、彼女達が決めたルールらしい。

 冷水で湿らせたタオルが背中を走る度にひんやりとした感覚が走る。気持ちいいな。歩きっぱなしで、汗だくだったからな。

 奏他達は【影入り部屋】の中にあるシャワーで汗を流せるが俺はそれが出来ない。水場を見つけられれば水浴びしたかったのだが、ここ三日間、水場は愚か川や池すら見つからなかったんだ。

 結局、俺は【影入り部屋】から水とタオルを持ってきて貰い身体を拭くことになった訳なんだが、詩那達が、どうしても身体を拭くのを手伝いたいと言うので背中だけお願いした次第だ。

 

『閃君。気持ちいい?。』

『ああ。気持ちいい。ありがとう。』

『ううん。閃君は、私達の為に頑張ってくれてるから、これくらいしか返せないけど。閃君の力になりたいの。』

『大したことはしてないぞ?。』

『そんなことないよ。今だって周囲に気を配って危険がないか警戒しているでしょ?。人族の里で使ってたやつ、エーテルの波を使って近くに生き物の気配がないか探ってくれてる。』

『気付いてたんだ。』

『うん。皆気付いてるよ。今だけじゃない。人族の里から地下都市の間も、緑国に向かう途中も閃君はそうやって私達を常に守ってくれてた。だから、何でも良いからお礼がしたかったの。私…戦闘じゃ、あまり役に立ててないから。』

『そんなことないぞ。』

『うん。閃君は優しいからそう言ってくれると分かってた。でも、敵はエーテルを普通に扱う。そんな中で私は魔力しか操れない。夢伽と違って人功気も使えない。足手まといになってる自覚があるの。』

『奏他。』


 何とかしてやりたいが…。


「ご主人様。」


 心の中でチナトが声を掛けてくる。


「チナト?。」

「私に任せなさいよ。奏他の気持ち分かってるんでしょ?。」

「ああ。まぁな。エーテルを扱う奴相手に魔力しか使えない奏他じゃ、この先の戦い必ず危険になる。今までの戦いでも俺と引き離されて別々で戦うことしかなかった。俺がいつでも守ってやれることが出来ないのも理解した。その上で、奏他は俺に助けを求めている。力が欲しいと訴えている。」

「なら、答えは簡単だよ。私が奏他に憑く。能力も同系統だし。」

「お前は良いのか?。」

「そうだね。それはご主人様次第よ。ご主人様の行動次第で奏他と同化しても構わないわよ。」

「俺の行動って…もしかして。」

「ええ。そうよ。奏他と恋人になるの。私は私が認めた相手で、しかもご主人様と生涯を共にするって決めた女にしか私の能力を託すつもりはないわ。同化によるペナルティが無いことも知った今、私はご主人様と一つになるために一刻も早く同化をしたい。ご主人様、奏他の気持ちには気付いているんでしょ?。奏他だけじゃない。燕…は微妙な位置にいるけど、他の詩那や兎針、夢伽、八雲もそう皆ご主人様に好意を抱いている。」

「勿論だ。けどな、灯月…いや、俺の恋人達がバラバラになっている今だ。恋人達が苦しんでいるかもしれない現状で俺だけ新しい恋人とか、普通に考えておかしいだろ?。只でさえ、何人も恋人を作ってる異常な状況なのに?。」

「ご主人様ぁ。考えすぎじゃないかなぁ?。」

「ソラユマ…お前もか?。」

「そうだよぉ。ワイは八雲に力をあげても良いと思ってるんだぁ。」

「確かに八雲も力を求めていたが…。お前もチナトと一緒の考えか?。」

「勿論だぁ。ワイ等神獣にとって契約したご主人様の心の中に入れてぇ。ずっと一緒にいれてぇ。いつでもお話出来る状態とかぁ。まさに楽園みたいな状態なんだよぉ。その機会が目の前にあるんだぁ。なら、多少強引な提案をしても良いかなぁと思った訳だぁ。」

「………だがな。」

「ご主人様は人の常識に縛られ過ぎだぁ。もう、ご主人様は神様なんだぁ。しかも最高神だぁ。もう少し欲望を丸出しにしても良い存在なんだよぉ?。何せ、本当の力に目覚めればご主人様はまさに世界を掌握できる存在なんだからぁ。」

「観測神のことを言ってるのか?。」

「そうだぁ。」

「私もソラユマと同じ気持ちよ。ご主人様の記憶を共有したけど、灯月達はご主人様が認めた人なら受け入れてくれると思うわ。現に美緑達は認めていた。」

「そうなのか?。」

「そうだぁ。だから、深く考えず彼女達の気持ちに応えてあげれば良いんだぁ。」

「気持ちには応えるよ。きちんと気持ちを確かめる。今後の関係性も各々と話す。だが、それは今じゃない。灯月達全員を見つけた後だ。それは譲れない。」

「ふん。良いんじゃない?。結果は見えているだろうし。それにね!。ご主人様!。』

『何だ?。』

『ご主人様と契約した私達と彼女達が同化すれば確実に前世の記憶は戻るわ。いつまでも記憶を失ったままじゃ…えと…その…か、可哀想じゃない!。じゃ、じゃあ、そういうことで、私は奏他に取り憑いとくわ!。」


 急ぐようにチナトの姿が消え奏他の中へと入っていく。

 奏他は気付いていないようだ。


「ご主人様も大変だぁ。けど…。」

「ソラユマ?。」

「こほん。アクリスの思いに応え、彼女を救ってくれた貴方だからこそ。私は貴方の神獣となる決心がついたのです。貴方なら全員を幸せにすることが出来ます。そして、間違えないで下さい。貴方は独りではありません。貴方を支え、助け、共に生きること。それが私達、神獣の役目なのです。だから、独りで背負い込もうとしないで下さい。貴方に困ったこと、悩みがあれば私達が全力で貴方の力になりますから。」

「励ましてくれてる?。」

「そんな大層なことじゃないなぁ。ただ、認識を改めて欲しかっただけだぁ。ふぅ。久し振りに気合い入れて話すと疲れるなぁ。ではではぁ。ご主人様。ワイは八雲に憑くから後は宜しくだぁ。」


 影の中に入っていくソラユマ。

 はぁ…責任重大だな。


『閃君?。どうしたの?。ボーってして?。背中、終わったよ?。』

『あ、ああ。ありがとう。奏他。』

『ま、前もやってあげようか?。』

『い、いや、自分でやるよ。』

『そうかぁ…はは、残念。』


 いたずらっ子のようにウインクをして小さく舌を出す奏他。

 仮想世界。前世でアイドルだっただけあり、可愛らしい仕草だった。

 奏他が寝床を準備してくれている間に俺は全身をタオルで拭く。


『ねぇ。閃君?。』

『何だ?。』


 寝床を準備していた奏他が話し掛けてくる。


『私って、アイドルだったんだよね?。前世で。』

『そうだな。歌って、踊れて。一時期は何処に行っても奏他の曲が流れてたな。』

『私ってどんな歌を歌ってたの?。』

『奏他の歌か。』


 身体を拭き終わり、着替えを済ませる。

 奏他が用意してくれた寝床を中心に白が使用していたスキル【鬼術 四神葬包陣列呪法】と睦美のスキル【転炎 四方翼陣結界】で結界を張る。

 これで、敵や野生生物が近付いて来てもすぐに対応し反応できる。


『じゃあ、寝るまでの間。奏他に前世のことを教えてやるよ。』

『うん。お願いします。』

『じゃあ、奏他の歌な。正直な話、俺はアイドルとかは、そこまでハマっていなかったんだ。だから、歌も良く流れていた数曲しか知らない。それも一番だけだ。歌詞も耳コピレベル。それでも良いか?。』

『うん。大丈夫だよ。教えて。』

『分かった。これ多分お前のデビュー曲な。』


 俺は頭の中でリズムを刻み、イントロを思い出す。そして、うろ覚えの歌詞で歌い始めた。

 Aメロ。Bメロ。………サビ。順調に進行していき、何とか最後まで詰まらずに歌うことに成功する。


『ふぅ。多分こんな感じだったかな。』

『う、歌も上手いんだね…閃君…。それに、ありがとう。』

『ありがとう?。』

『うん。記憶にない筈なのに…聞き覚えのない筈なのに…私のね。ここに、熱くて燃えるような何かが渦巻いているの。ああ。この曲…私の中にあるって思ったの。』


 肉体はこの世界で与えられたモノ。

 だが、魂は違う。

 記憶は失っても(メモリー)に刻まれているってことか?。


『ねぇ。閃君。聞いてくれる。私…ちゃんと歌える気がするの。』

『ああ。聞かせてくれ。お前の声を。』

『うん。聞いてて。宜しくお願いします。』


 ペコリと頭を下げ。

 身体の前で両手を握り、小さく深呼吸をしてから歌い始めた奏他。

 小鳥のように澄んだ歌声が森の中に響く。

 興味のなかった俺ですら何度も聞き歌詞を覚えてしまうくらい流れていた曲が当時と全く同じ歌声で耳に届く。

 しかも、俺が聞かせた箇所だけではない。

 完全にフルで歌い切ったんだ。


『ふぅ。ど、どうだったかな?。歌えてた?。』

『ああ。正直、感動した。本当に記憶にないんだよな?。』

『うん。けど、何だろう。この曲は私の中に最初からあったような気がするの。凄く、頑張って…努力して…やっと出来た私の大切な…。うん。私の曲だったんだ。』

『そうか。凄く輝いて見えた。やっぱり奏他はアイドルだったよ。』

『そうかな?。ふふ。また聞かせてあげるね。』

『ああ。楽しみにしてる。』

 

 満足気に俺に寄り添う奏他。

 失った自分の欠片を少し取り戻したことで、表情が和らいでいる。

 嬉しそうに俺の横に寝転がる奏他。

 静けさに包まれた森の中で虫の声に耳を傾けながら、そのまま俺達は眠りについた。


~~~次の日~~~


 俺達は前日同様、海岸を目指し森の中を進んでいく。

 兎針の蝶で周囲を索敵しつつ、詩那と八雲が警戒、燕は空中を蹴って上空から全体を観察している。

 因みに夢伽と奏他は全員のサポート。【影入り部屋】の中で昼食を作ったり、水分補給用の飲み物を用意したりしてくれている。


『おかしいな。何か変な違和感が…。』


 暫く森を進むと僅かな違和感を感じた。

 僅かな…とは、目の前の光景に対して見覚えを感じたからだ。木々が鬱蒼と生い茂り、枝や草が無造作に生えている代わり映えのしない風景だが。変化自体はある。花が咲いていたり、大木が倒れていたりと。

 そんな中、俺の感じた違和感。

 それは、さっきから 全く同じ場所 を歩いていることだ。ちょっとした変化すらない。さっき通った場所を何度も繰り返し歩いている。

 そう感じたんだ。勘違いかとも思ったが。


『閃さん。ちょっとこの森、様子がおかしいよ。』

『燕?。』

『上空から見える景色が全部同じなの。前後左右全く同じ木の生え方をしてるし、ちょっとした窪みとか、倒れている木の方向とか。何処を見ても同じなの。』

『閃さん。私の蝶達も違和感を感じているようです。先程から空気中に漂うエーテルの質に変化がありました。明らかに自然から発生したモノではない。 誰か のエーテルに周囲が包まれています。』

『敵か?。』

『先輩。周囲から明確な敵意は感じないよ。』

『ああ。だが。誰かの視線は感じるな。神さま。お気をつけ下さい。』

『ちっ。エーテルで作り出した空間に迷い込んだってことだよな?。やっぱ気のせいじゃなかったんだな。』


 周囲を見渡しても特段分かる変化はない。

 何者何だ?。その時…。


 た……す……………け…て………。


『ん?。何か言ったか?。』


 微かに誰かの声が聞こえたような気がした。

 小さすぎて自分の耳を疑ってしまう。


『いいえ。何も?。どうかしたの?。』

『いや、何となく声が聞こえたような気がしたんだ。』

『私は聞こえませんでした。』

『私も…。』

『…お兄さんも聞こえたんですか?。』

『夢伽?。』

『私も…誰かの声が聞こえました。』


 影の中から顔を出した夢伽が言う。


『ちょ…ちょっと夢伽!?。』


 影から飛び出る夢伽と後を追うように出てくる奏他。


 俺と夢伽だけに聞こえる声?。


 たす………けて………。


『また、聞こえた。』

『はい。私にも。助けてって。今度はさっきよりもはっきりと。』

『本当なの先輩、夢伽?。ウチ、全然聞こえないよ?。』

『私もです。』

『俺と夢伽だけか?。』


 かすれた声。ノイズのように声に雑音が混ざる。辛うじて女の声だと理解できるが、耳鳴りにも似た別の音に欠き消されそうになり、誰の声なのか判別できない。


『こっちです!。今にも死にそうになってます!。助けないと!。』

『夢伽!?。』


 突然、走り出した夢伽。

 後を追おうとした、次の瞬間。


『何!?。』


 目の前にいた筈の夢伽の姿が消えた。

 いや、夢伽だけじゃない。一緒にいた筈の兎針や詩那、燕に八雲、奏他の姿も欠き消えた。


『何が起きて?。っ!?。エーテルの濃度が上がってる?。』


 先程から感じていた何者かのエーテルが周囲の空間を埋め尽くしていた。

 これは、明確な攻撃だ。俺達を分断し戦力を削ぐための。

 

『おいおい…。勘弁しろよ。何で…こんな場所に展開されるんだよ…。女王は死んだ筈だろうが…。』


 目の前に出現する樹木の兵隊。

 緑国の女王 エンディア・リーナズンの神具【樹装軍隊 デバット・ヴァルセリー】だ。


ーーー


『あの男の子がリスティナとグァトリュアルの息子か~。滅茶苦茶格好いいじゃん。ちょー好みなんだけど~。確か名前は…そうそう、閃って名前だったよね。ふふ。私のテリトリーからはそう簡単に出られると思わないことね。』


 楽しそうに水面に映る閃の姿を見つめる少女。

 

『さてさて、お母様からは好きにしろと言われているし。グァトリュアルからは閃の邪魔をしても構わないって言われているし。どうしようかな~。殺しちゃっても良いって言ってたけど、あの子のエーテル…流石に最高神になっただけはあるね。あれで、まだ不完全とか…。ふふ。今の私じゃ絶対に相手になんないじゃん。』


 ジタバタとその場で足をバタつかせる。


『よぉし。なら、いっぱい嫌がらせしちゃおうかな?。閃の力も見てみたいし~。よぉし。なら、早速始めちゃおう!。手始めに私の空間の中に案内して。』


 手を天に翳す少女。

 彼女を中心に森全体にエーテルが放出される。


『これで、私のテリトリからはもう出られない。ふふ。どうかな?。私の能力【惑星環境再現 プラネリント】。弱まった今の私じゃ、今ある自然を利用しないと使えないけど、邪魔をするくらいなら余裕だし。あとは…個別に遊んであげるよ。』


 支配された空間。

 森に踏み入れた者を惑わし閉じ込める。

 閃達は別々の場所に強制的に移動させられ、単独行動を余儀無くされた。


『えっと…確か…閃が倒した【神の傀儡】が使ってた神具…。ああ。そうだそうだ。樹木の兵隊達を作り出す能力だったね。じゃあ、まずはそれで良いや。真似真似。ふふ。こんな能力に専用の神具を創らないといけないなんて神眷者って雑魚~い。』


 次々と出現する樹木の兵隊。

 それらは、少女の命令に従い閃達への攻撃を開始した。


『さてさて、貴女達も少し遊んできたら?。主人を殺されて恨んでいるんでしょ?。私の力を分けたから人型になれたんだから、好きなだけ暴れといでよ。』


 少女が声をかける二つの影。

 彼女の声に応えるように森の中へと消える。


『ふふ。久し振りの遊び相手だ。楽しませてね。私の甥っ子君。』


ーーー


ーーー夢伽ーーー


 私に助けを求める声。

 その声に導かれるように足を進める。


『湖?。』


 数日間、森をさ迷い歩いても見つけられなかった水源。私はそんなに長い距離を走っていない。こんな近くにあったの?。

 けど、燕お姉さんは空から探してた。それなのにこんなに拓けた場所が見つけられなかったのはおかしい。


『たす…けて…。』

『また、声?。あそこから?。』


 声は湖の真ん中にある浮島から聞こえた。

 あそこに行かなくちゃ。

 私は湖に飛び込む。泳ぎはあまり得意じゃないけど。何とか、浮島まで到着する。

 

『ドラゴン?。』


 声の主に近付く。そこにいたのは、傷だらけで倒れている小さなドラゴンだった。

次回の投稿は21日の日曜日を予定しています。

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