第273話 潜伏
【黒国 ブセエル・ラック】
死と混沌に支配された闇の国。
七大大国で最も 死 が近く、命が軽いと言われる。
地上では緑国が最も広い広大な支配エリアを有しているのに対し、別次元に存在する黒国本土は果てしなく広い。緑国など比ではない、黒国はまさに一つの星だった。
主な生息種族は、悪魔、堕天使、鬼など。
俗に魔界や冥界などと呼ばれ、弱肉強食を体現したような、強さこそに正しさがあると称されるほどの無秩序な世界…だった。
国を統治する王。黒国で頂点に君臨する者。
それはつまり、黒国で最も強いということであり、魔王や冥王などと呼ばれている。
弱者は強者に従うか、殺されるかという二択を迫られ、故に必然的に王の元に王よりも弱い者が集うという形で無秩序ながら国としての秩序が生まれている。
現在、王は行方を眩ましている。元々放浪癖がある男なので誰も不思議には思わない。反旗を翻そうにも絶対的な強者である王が帰還すれば瞬く間に滅ぼされるのは目に見えている為に誰もそのような考えには至らないのが現状。
現在は、黒国で二番目の強さを持つ 巫女 が黒国の運営を行っている状況だ。
元は聳え立つ三本の棟を拠点に、拮抗した三体の王が各々の棟で頂点に君臨し、互いに牽制し合っていた黒国だった。が、神の介入、神眷者の登場によって均衡が崩れたことで一つになり、現在の形に落ち着いたのだった。
現在は、かつて頂点に君臨していた三体の内の一体が神眷者になったことで王となり黒国を支配している。残りニ体の内一体は現在の王に殺され、残りの一体は【巫女】としての能力を有していた為に王の下についた。
戦力について。
黒国には、神眷者が二体と巫女。
そして、かつての仮想世界での住人である異界人。主にギルド【黒曜宝我】のメンバーの何名かがその、幹部、配下となり活動しているという。
『そうなんッスね~。白達は死んで異世界に来ちゃった訳ッスか。エンパシス・ウィザメントの舞台…けど、全然、風景が違うッス。』
白は話を聞き思ったことを口にする。
ゲームだった頃と地形もモンスターの生態系も変化していて、白達がいるっていう黒国も全く知らない場所になっていた。
『俺達が仮想世界にいた間に絶対神と創造神の手によって新たな生命が誕生し急激な進化を遂げたようだ。俺達、【人間】のデータをベースに、ある程度知能の高い生命に。それを可能にしたのも仮想世界とこの現実世界で時間の進み方が違うことがあげられる。七大大国も俺達の六大ギルドを模倣して築き上げられたそうだ。』
『はぁ…結局、絶対神は何をしたいんッスかね?。白達を世界から排除したいのなら、わざわざ転生させる必要がないじゃないッスか?。それにこんなエーテルとかいう力まで与えて、良く分からないッスね。』
『そこは、神の使者も創造神リスティナからは教えられなかったと語っていた。何か目的があるのは確実だが、それを知るのは神々の中でも極少数なのかもな。』
『確か、トゥリシエラだったッスか?。懐かしいッス。ゲームの時に閃先輩に良く懐いていたッスよ。』
『そうだ。あの美しい炎の鳥の神獣。あの者が俺にこの世界の法則と力を授けてくれた。そして、君達。神々と敵対する運命を与えられた俺達の宿敵にして好敵手であるクロノ・フィリアのメンバーにこの世界の真実を伝える役目を与えてくれたのだ。』
『ふむ。色々難しいことを言われたッスけど、現状は理解できたッス。要は、神に力を与えられた神眷者って奴等が白達を襲って来るから倒せってことッスね。後は、この世界にいる仲間との合流ッス。』
『その通りだ。一度の説明で理解してくれたのは此方としても有難い。』
『まぁ、これ以上【お礼】を受け取ったら、ええ…と、悪楽?。君が死んじゃうかも知れないッスからね。』
白は悪楽。仮想世界でギルド【紫雲影蛇】に所属していた男子を流し目で見る。
クロノ・フィリアと白聖連団の戦いの際、白聖側で白達と戦ったかつての敵。
この世界ではリスティナの命を受けたトゥリシエラに記憶と力、エーテルを与えられて、この世界のことを白達に伝えるメッセンジャーとして現れた。
白達は黒国の追手に追われていた所を助けてもらい数多くある建物の一室に避難した。
そこで、この世界のことを悪楽の口から聞かされた所だった。
『ふっ。俺も…考えが…甘かったと…認めざる…えないな。美しい…バラには…棘がある…身を持って…実感した…ぜ。我が、人生に…一片の悔い…なし…。』
宙に浮かぶ神具の布の上に横たわる悪楽。
その声は掠れ、目に見えて弱っている。
説明を始める前と後で随分と窶れてしまった。頬は痩せこけ、力なく倒れている。
『出会って間もないッスが、弱々しくなっちゃったッスね…。』
白は溜め息をつく。
吸引力上がってるッス。仮想世界の時とは違って肉体が完全に与えられた種族に染まった証拠ッスね。
『だ、だって…俺みたいな女性経験がない引きこもりオタクがこんな美女にあんなことや、こんなことをされるって聞いたら期待しちゃうじゃん!。ついに卒業だ!。ってテンション上がっちゃうじゃん!。そしたらこれですよ?。俺…知らなかったよ…気持ちいいって辛いんだって…。』
涙を流しながらモゾモゾと動いている悪楽。
ひっくり返った亀みたいッス。
『あらあら~。まだまだ元気みたいね~。ふふふ。可愛いわ~。お礼をもっとしないといけないわね~。』
『ひっ!?。も、もう勘弁して下さい!。限界なんです!。お願いします!。許して下さい!。』
物凄い速さで布の上から飛び下りた悪楽は深々と頭を下げ土下座。懇願した。
おお。速い。今の動きは白と同じくらいかもしれないッス。
『むぅ。物足りないのだけど~。仕方がないわね~。』
『それにしても、つつ美さんは以前にも増してエッチになったッスね。』
自身の布の神具を自在に操り、椅子のような形を作って座っているつつ美さん。
色々教えてくれた悪楽にお礼にと、「大人の階段を上らせてあげるわ~。」と言い布の中で悪楽を文字通り絞り尽くした。
何をしたかは白の口からは恥ずかしくって言えないッス。うん。凄かったッス。
『そうなのよぉ~。見た目も若返っちゃったし~。性欲が凄く上がっちゃって~。正直~。男の子でも女の子でも襲いたい気分なの~。白ちゃん。一緒に気持ちいいことしない?。』
『え、遠慮するッス。』
こ、怖い…。
『そう?。残念ね~。』
『流石、サキュバスッスね。』
『ええ。自分の種族が嫌になるわ~。【淫魔神】って言うそうよ~。』
以前のつつ美さんは大人の女性、人妻の妖艶さと色気に満ち溢れていたッスが…今のつつ美さんは肉体が全盛期まで若返っちゃった影響で妖艶さと色気に加えて愛嬌と豊麗さでエロエロッス。
若返ったのに胸の多きさは殆んど変わっていなくて、衣装もより扇情的な………いや、もう衣服なのかも分からないッス。何て言うんッスかね?。紐のように細い布が大事な部分だけを隠しているみたいな?。裸と大差変わらない布面積の少なさ。気持ち程度の布についているジッパーは何の為についてるんッスかね?。
『ふふ。はぁ…早く閃ちゃんに会いたいわ~。』
閃先輩…。白の口からはこれくらいしか言えないッス。
逃げて…。
『そうッスね。白も皆に会いたいッス。基汐さんに~。光歌さんに~。代刃ッチに~。春瀬ッチに~。』
時雨ッチに。初音ッチに。響ッチに。
まぁ。裏是流にも少し会いたいッス。
『うふふ。可愛いわ~。』
『んにゃう!?。わぷっ!?。』
白の身体が布に巻き付かれて引き寄せられた。そのまま、つつ美さんの大きなお胸に埋まるように抱き締められる。
『んん~。』
『ん~。白ちゃんは恋する乙女ね~。そういうの大好きよ~。』
苦しい…。柔らかい…。温かい…。良い匂い…。
つつ美さんに抱き締められていると頭がボーっとして…っ!?。
『あらあら。逃げられちゃったわ~。速いわね~。白ちゃんは速すぎるわ~。』
『つつ美さん。怖いッス。今、白のこと襲おうとしたッスよね?。』
『ふふ。気のせいよ~。ちょっと気持ち良くさせてあげようかと思っただけよ~。』
『それ、同じことッス!。』
怖い。怖い。
甘い花の香りに誘われる蝶の気分だったッス。
『はぁ~。駄目ね~。この身体になってから欲望や、胸の高鳴りが~。全部性欲の直結しちゃうのよぉ~。』
『難儀ッスね。』
逆の立場なら嫌ッス。
『ふぅ。それにしても不思議な場所ッスね。月っぽいのが真っ赤ッス。』
話題を変えるために窓の外に目をやる。
空に浮かぶ真っ赤な衛星。リスティールにも月みたいな星があるんッスね。
『空も変ッス。ここって地下世界なんッスよね?。何で空があるんッスか?。』
月みたいな星を中心に赤くて分厚い雲が渦巻いている。不安を掻き立てるような赤い雲。凄く不気味ッス。
『地下世界というのは比喩だ。リスティールの地下に、この別次元に繋がる次元の門があるんだ。その門を通る方法でしかこの次元に行き来が出来ないんだ。』
悪楽の話では、リスティールには白国に繋がる天空に、黒国に繋がる地下に次元の門があり、その両方の境界に位置するとある場所には天空、地下に伸びる長い螺旋階段があるという。
『成程ね~。白国と黒国はリスティール…いいえ。神々にとって特別なのかもしれないわね~。』
噂では白国と黒国は七大大国の中で頭一つ抜けてるみたいな話を聞いたッス。
『これからどうするんだ?。』
『そうねぇ~。出口が限られている以上、黒国内から出るのは難しいでしょうし~。私たち以外にも黒国にはクロノ・フィリアの仲間達がいる可能性は高いと思うの~。』
『なら、潜伏しながら仲間探しだな。この場所を拠点に情報を集めるとしよう。黒国は広い。かなりの時間が必要だろうな。』
『そうね。それしかないわね~。白ちゃんもそれで良い~?。』
『………。』
白は今、窓の外を見て驚いているッス。
『白ちゃん~?。』
『ん?。ああ、あれは凱旋だな。黒国ではたまにあるんだ。王に逆らう者や犯罪者を捕らえた時にその力を誇示する為に行うんだ。警告も兼ねてな。』
『見つけたッス。仲間。』
『あら?。もしかして~?。』
白の言葉につつ美と悪楽が窓の外を見る。
白の視線の先。
金髪の髪の長い女。深紅の瞳。黒いドレス。
あれが、この黒国の巫女だった筈ッス。
その巫女の手に握られている手綱、その綱が伸びる先は、後ろにいる男の首輪に巻き付けられている。両手を拘束された虚ろな眼差し、猫背の男。
その男とは…。
『あら~?。矢志路君じゃない~?。また、捕まっちゃっているのね~。』
『しかも、また省エネモードッス。』
クロノ・フィリアメンバー。
【呪血神】矢志路だった。
次回の投稿は30日の日曜日を予定しています。