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第271話 絶刀

 大津波を彷彿とさせる巨大な鎖の束。ただ一本一本でしかなかった鎖は何重にも重なり結びつき、絡まることで、最早一個の生物のように暴れまわる。

 鎖から放たれるのは、触れたもの全てを呑み込み破壊するエーテルの波。

 各所からは鎖で繋がれた無数の楔が発射され、楔の周りのエーテルを吸収し、更には上下左右の至る場所から出現する鎖が、張り巡らされた蜘蛛の巣のように内にいる者の行動を封じる。

 これが響の神技。【黄金神枷・封楔螺旋錠】。


 そして、神技を後押しするように発生した。


 【七つの厄災】が一つ。

 発生した瞬間に周囲の現実と空想を歪ませる擬似空間を創り出す厄災。【幻想界】。

 リスティールの住人にとっては、摩訶不思議な体験が出来ることで知られており、亡くなった家族に会えた、欲したものを際限なく手にすることが出来た、病が治ったなど様々な体験を経験する厄災だ。

 

 その仮初めの世界で発動した響の神技がゼディナハを襲う。

 眼前には壁のようにも見える幾つもの鎖。

 それがまるで生き物のように暴れながら自分に迫ってきている。


『ちっ。これが神技ってヤツかい?。なかなかな範囲と威力じゃねぇか。』


 地面を抉り、厄災によって支配された空間すら歪み亀裂を生じさせる神技の威力に驚嘆の声を上げるゼディナハ。

 刀を構えたままの姿でその身体は瞬く間に鎖の奔流に呑み込まれていった。


『はぁ…はぁ…はぁ…。これで…。終わり…で、しょうか?。』

 

 神技でエーテルを消費したことで、身体に急激な脱力感を感じ肩で息をする響が呟いた。


『ああ。終わりだ。驚いたが、お前の切り札は俺には届かなかったな。』

『そ、んな…馬鹿な!?。』


 あれだけの大規模攻撃を受けても尚、平然と立っているゼディナハ。僅かに衣服が破れているが、その身体には傷がなかった。

 神技を受けてほぼ無傷?。おかしい。何かある。

 明らかに異常とも取れるゼディナハ。

 響は考える。ゼディナハは神具を使用していない。ゼディナハの手に握られている刀。あれの纏うエーテル、間違いなく刀が神具であることは間違いない。彼はこの戦いで一度も神具の能力を使用していない。ならば、自分の神技に対抗するために神具の能力を使ったと考えるべきだろう。

 

 ゼディナハの能力が分からない響。

 防御、攻撃、支配、再生?。考えられる可能性はいくらでもある。

 敵の能力が未知数であり、その能力が自身の最大の攻撃を無傷で乗り越えてくる。

 余りにも絶望的な状況だった。真向勝負では剣の技量、身体能力の高さで圧倒され、能力の面でも上を行かれた。


 ならば、どうする?。


 響の心境に呼応するように擬装空間が鳴動する。


『裏是流君…。うん。独りじゃない。私達でアイツを倒そう!。』


 響は諦めない。共に戦う恋人がいる。姿を変えても自分の側にいてくれる大切な人。彼とならゼディナハに勝てる。


 響は駆け出した。狙いは一つ。

 【恒星神】から授けられたエーテルを封じる力を使う。如何に強力で理解の外にある能力だとしても封じてしまえば勝負は決するのだから。


『最後は特攻か?。まぁ、お前の能力は俺には通じなかった。とすると、残された方法はそれしかないか。潔い決断と言ったところか?。まぁ、それも無駄に終わるんだが。』

『そんな簡単にはいきません。それに私は諦めていない。貴方に勝って平和な日常を取り戻すんです!。』


 枷のついた鎖を放つ響。

 響の行動に合わせて、幻想界が彼女の分身を作り出す。数人、数十人に分身した響から数十、数百となる神具の鎖が放たれる。


『多い…が、俺を捉えるには力不足だ。俺の剣の間合い入れば数など関係なく迎撃出来る。』


 ゼディナハの神速の剣が消える。

 いや、消えたように見えた。余りにも速い刀の軌道。鎖と衝突した際に生じた金属音と飛び散る火花だけが遅れて確認出来るくらいだ。

 地面から、足下から、上から、下から、横、前、後ろ、全方位空間から鎖を繰り出すも、刀の届く範囲に侵入した瞬間に切り落とされる。


『っ!。ここっ!。』


 神技とは別の鎖を周囲に展開、纏いながらゼディナハへと飛び込む響。


『あ?。へぇ。切り札を目眩ましに距離を詰めたか。だが、それじゃあ、自ら俺の間合いに入ってきただけだぜ?。』


 透かさず刀の軌道が響へと向かう。

 狙いは胴。

 強い踏み込み。刀の切れ味。加えて神速。

 この全てが合わさり鎖帷子で守られているとしても問答無用で両断出来る威力の斬撃だ。


『ええ。この距離ならそうするしかないでしょう!。』

『っ!。へぇ…。やるねぇ…。』


 身を包んでいた鎖帷子を分解。それを一本の鎖にし瞬時に左腕に巻き付け簡易的な盾にする。


『ぐあっ!?。っ…ま、まだっ!。』


 如何に神具の鎖であったとしても、ゼディナハの斬撃は鎖の防御ごと響の左腕を切断した。

 宙を舞う左腕。腕を斬られた激痛で反射的に悲鳴を上げそうになるが息を呑み込み意思の力で抑え込んだ。

 そして、響の腕を切断した瞬間に出来た僅かな隙。振り抜かれた刀の封じるように巻き付いたのは切断した腕から離れた帷子だった鎖だ。

 刀の自由を封じられたゼディナハは、続く周囲に展開されていた枷つきの鎖を防ぐ手段はない。

 両手、両足、首、胴体。合計六本の枷がゼディナハの自由を奪った。


『こ、れは…エーテルが出せねぇ。…へぇ、これがお前の能力か?。』

『はぁ…。はぁ…。ぐっ…。ええ。私の神具は捕らえた対象のエーテルを封じ身体の自由を奪う。これで、貴方は何も出来ません。どうですか?。腕一本動かせないでしょう?。』

『………ああ。確かに動かせないな。なかなか、強力な力を持っているじゃないか。このまま、殺すのは惜しい気がしてきたぜ。』

『っ!?。まだ、そんなことを言っているのですか?。この状況、既に勝負は決しました。私の鎖で拘束された貴方にはもう何も出来ない。エーテルを封じている以上、貴方の神具が如何に強力な能力を持っていようとその能力を発動することは出来ません。』


 響が絶句した。

 ゼディナハは拘束され、エーテル、自由を封じられた状態にも関わらず未だに自身の優位性を疑っていない。

 それ以前に、現在の状況を危機と認識していないのだ。


『ああ。その通りだ。けどな?。既に発動した能力なら別だろう?。』

『何を…言って?。え?。』


 響は自分の目を疑った。

 ゼディナハの包帯が巻かれた右腕。その包帯が千切れ隠れていた右腕が見えていた。鋼で出来た機械の右腕が。


『まさか、ニ度も神具を発動させられるとは思っていなかった。お前…強いな。』


 ゼディナハの右手の刀は刀身だけ。柄の部分が消えていた。刀身を持つための機械の腕。

 そして、ゼディナハが見上げた先には一振の黒い刀が宙を回転しながら舞っていた。

 つまりは…ゼディナハは、二刀の刀を持っていたということ。


『俺が神具を使わなかったのは戦いを楽しみたかったからだ。使えば戦いにならずに死合いを決定させちまう。それを使わせたんだ。誇れよ?。お前は俺の敵だった。』

『なっ!?。鎖が!?。拘束も!?。』


 自然落下する黒い刀。

 一直線にゼディナハを拘束していた鎖を絶ち斬った。

 そう。 絶たれた のだ。

 刀に切断された鎖は、その能力、意義、理。神具を形成する響自身の世界に対する役割ごと切断したのだ。

 切断は神具を通して繋がっていた所持者である響の身体にまで侵食し、彼女の身体を容易に斬り裂いた。


『え?。なっ!?。うぐぁっ!?。』


 身体が斬られたことすらすぐには気がつかなかった程の鋭さ。斬られ、傷つき、胸から血が飛び散り、そこで初めて鋭い痛みに襲われた。


『う、うそ…。そ、んな…その…刀…は…。』


 斬られたのはそれだけではなかった。

 鎖を出していた全身から、まるで雷が金属を伝うように 絶つ という強い概念が込められたエーテルが響の全身を斬り裂いた。

 力なく倒れる響。その身体を中心に血の池が広がっていく。


『そうだ。流石に知っていたな。これが俺の神具だ。この刀の効力はお前達が良く知っているだろう?。お前達の中で最も強い者が愛用していた神具だからな。』


 徐に刀を振り上げたゼディナハ。

 その直後、周囲を支配していたエーテルの空間に亀裂が入る。徐々に広がる亀裂に追い討ちとばかりに再び刀が振られ、同時に硝子が割れるように世界が崩れた。


『あ…裏是流君…。』


 厄災とはエーテルに支配された空間。

 それを問答無用で絶ち斬るなんてことが出来る神具など響は1つしか知らない。


『何で…貴方が…閃さんの…【絶刀】を…。』


 思考が定まらず、脳内が疑問で渦巻く中。僅かに輝く煌めきが答えへと響を導いた。

 力を振り絞り何とか上半身を起こし壁に凭れ掛かる。


『そ……うですか。あな…たに……ちか…らを、与えた神は…。』

『ご名答。流石に気付いたな。そうだ。俺が力を貰ったのはこの世界の頂点に君臨する神。【絶対神】グァトリュアルさ。』


 絶刀を出された以上、響の勝機は消えた。

 裏是流が創り出す厄災も消失し、神具も破壊され、身体は既に死に体だ。

 

『じゃあな。えっ…と。確か響だったか?。殺すのは惜しいが、これも仕事なんでな。お前の核は有り難く頂いていくぜ。』

『………。』


 響は、意識が薄れいく中で自らの胸に突き刺される何かを感じた。痛みはなかった。それよりも、自分の中にある 全て を抜き取られたような孤独感と虚無感が心の中を覆い尽くした。

 自分自身が肉体と切り離されたような…自分の意識が…魂が、引き剥がされたような。そんな感覚を感じたのだった。


 ポラリムさん…。沙恩さん…。儀童さん…。ごめんなさい。助けてあげられなかった…。


 裏是流君…。最後まで…。ありがとう…。

 私は、貴方を心から愛しています。

 だから、また…会いたかったな…。 


 その想いと共に響の意識は途絶えたのだった。


ーーー


ーーー儀童ーーー


 地面に倒れてる俺の身体。

 傷は浅いけど、身体に力が入らない。全身の至るところを斬られたんだ。何度も何度も。俺はポラリムを守るために繰り返し立ち上がり、その都度、斬られ、地面に叩き付けられた。


『ぐっ…ま、だだ。ポラリムは…俺が、守るんだ。』


 力を振り絞り起き上がる。


 お姉ちゃんと約束したんだ。ポラリムを守るって。だから、諦めない。


 だけど、自分の意思とは関係なく身体から力が抜けていき、地面に横たわってしまう。

 目の前にはポラリムに近付く女が刀を振り下ろした。


『ポラリム!。うがっ!?。』

『紗恩姉ちゃん!。うぐっ!?。』


 ポラリムを襲う刀から身を挺して守った紗恩姉ちゃんの背中が斬られた。服が真っ赤に染まって血が噴き出す。

 紗恩姉ちゃんももうボロボロだ。俺達はポラリムと女の間に割って入って壁になることしか出来なかったから。

 紗恩姉ちゃんに駆け寄るために起き上がろうと力を込めた瞬間、俺の身体がお腹の痛みと同時に地面を転がった。


『はぁ…任務とは言え、後味の悪いことだ。弱い者達を一方的にいたぶるなんてな。しかし、任務は絶対だ。残念だが。お前達の努力は無に帰すこととなる。大人しく諦めろ。』


 あの女だ。

 お姉ちゃんに助けられた時に襲ってきた女。


『邪魔だな。どけ。』

『うぐっ。う…。』


 紗恩姉ちゃんを蹴りポラリムから離す女。

 今の一撃で紗恩姉ちゃんが動かなくなった。死んではいない。多分、気を失ったんだ。紗恩姉ちゃんも出血が酷い。


『さぁ。覚悟を決めろ。もう、お前を守る者はいない。』

『………。何故、貴女がここにいるのですか?。お姉ちゃんは?。』


 ポラリムが女の前に立つ。

 お姉ちゃんのエーテルで普通に会話が出来るまで回復したポラリム。

 その身体は小刻みに震えていた。


『お前達なら気付いているだろう?。あの鎖を使う異神は、つい先程、死んだ。』

『え?。』


 は?。お姉ちゃんが…死んだ?。


『嘘だ!。お姉ちゃんが死ぬなんて!。』


 だって、約束したんだ。

 合流するって。追い付くって。

 

『事実だ。相手が悪かったな。神眷者の中でも最強と言われている奴が相手だったのだ。私も戦いを遠目で見ていたが善戦していたと思う。残念だが受け入れろ。』

『そんな…そんなこと…。嘘だっ!ぐぶっ!?。』


 叫ぶ俺の身体が九の字に曲がる。

 女に腹を殴られたんだ。信じられない威力の拳がめり込んだ。

 そのままの勢いで俺の身体が壁に衝突する。


『もう、お前は十分すぎるくらい頑張った。しかし、現実には理不尽なまでに自身の全てが通用しない状況がある。お前にとって今がそうであるように。』

『儀童!。』

『う…ぐ…。』


 全身が痛い。息が出来ない。身体が動かない。声が出ない。力が入らない。目が霞む。頭が割れるように痛い。景色が回る。

 だけど、聴覚だけが冴え渡っている。


『む?。巫女よ。決心がついたか?。』

『これ以上、私の大切な人達に危害を加えないと約束してくれますか?。』


 ポラリム、何をやってるの?。

 目が見えないけど、ポラリムと女の会話が聞こえてくる。


『無論だ。私の任務はあくまでお前の持つ巫女としての核だ。それさえ差し出せば他の者等はどうでもいい。』

『分かりました。どうぞ。』


 駄目だ。ポラリム。

 お姉ちゃんに言われたじゃないか、自分を犠牲にしちゃ駄目だって。

 そんなことしたら、ポラリムまで…死んじゃうよ。


『………覚悟は出来ているようだな。』

『はい。私の命で大切な人達が助かるなら。この命、惜しくありません。』

『そうか。その覚悟、しかと受け取った。』


 動いて、俺の身体…動いて!。

 動けえええええぇぇぇぇぇ!!!!!。


『ポラリム!。駄目だぁぁぁぁぁあああああ!!!!!。』


 戻る視界。

 俺の目に映ったのは、俺を見て笑うポラリムと、その胸に女の腕がめり込む瞬間だった。


『儀童…ごめんね。』

『ポラリムゥゥゥゥゥウウウウウ!!!!!。』


 引き抜かれる女の腕。

 真っ赤に染まった手には小さな球体の形をした水晶が握られていた。

 大量の血液が噴き出し、女と地面を濡らす。


『ポラリム!。ポラリム!。ポラリム!。』

『ぎ…ど…う…。あり…が…と…う。うれ……か…った…よ。ばい…ばい…。』


 だいすき。


 最期の言葉は本当に小さくて聞こえなかった。けれど、俺の胸には届いた。いや響いたんだ。


『………すまない。私が言えた立場ではないが、目立たず静かに暮らせ。お前達を生かそうとした彼女の意思を無駄にするなよ。』


 俺は女を睨んだ。

 そんな俺を見て小さくて頭を下げた女は夜の暗がりへと消えていく。

 倒れている紗恩姉ちゃん。

 腕の中のポラリム。

 

『お姉ちゃん…。本当に…死んじゃったのか…。お姉ちゃん…。』


 悔しくて、悲しくて、何も出来なかった自分が許せなくて。

 腕の中で冷たくなっていくポラリムをただ強く抱きしめることしか出来なかった。

次回の投稿は23日の日曜日を予定しています。

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