第270話 金縛鎖封枷 シルクォード・アリプチェリシャーラ
ーーー響ーーー
天井をぶち抜いて襲い掛かって来た黒い影。
何よりも目を引くのは、その手に握られている赤と黒いに輝く刀。危険な気配がプンプン臭っています。
あれは神具だ。
つまり、相手は神眷者。
神より遣われし、私達の敵。
一目で分かる。あの神具から放たれている禍々しいまでのエネルギーはエーテルだ。
エーテルでの攻撃は同じエーテルを持つ者でないと防げない。エーテルを使えない者がエーテルの攻撃を受ければ甚大なダメージを負ってしまう。
今、この場にはエーテルを扱えない儀童さんと紗恩さん。戦えないポラリムさん。
彼等がエーテルの攻撃を食らえばただではすまない。
何よりも注意すべきは、あの刀に込められたエーテルには明確な殺意が込められていること。
『なら!。』
私はエーテルを収束させ意味を与える。
彼等を守る為に神としての力を行使する。
『神具!。【金縛鎖封枷 シルクォード・アリプチェリシャーラ】!。』
黄金の鎖。黄金の枷。枷で捕えた対象のエーテルを封じ込める私の神具。
『っ!?。』
黒い影の刀を鎖で受け止める。
金属音と共に飛び散る火花に影で見えなかった敵の顔が僅かに見えた。
知らない男。しかし、私は肝を冷やした。
男は笑っていたのだ。まるで、戦いを…いえ、殺す行為を楽しもうするように。
『まだです!。』
更に数を増やした鎖で男の身体を地上へと押し流す。物量に任せた強引な方法ですが、後ろの三人に危険が及ぶよりはマシでしょう。
『今です。三人とも逃げて下さい。』
『お姉ちゃんは?。』
『私はあの男を倒します。あの男、野放しにするには危険すぎる気配を感じました。もし、取り逃がすことになった場合、いつ襲われるか分からない状況の陥ってしまう。それは肉体的にも精神的にも辛い状況です。なんとしても阻止しなければなりません。』
『けど…。』
不安そうな儀童さん。紗恩さんも僅かに身体が震えている。
『大丈夫です。あの敵を倒して必ず合流します。それまでは辛いでしょうが、出来るだけ遠くに逃げ、安全な場所を探し身を隠して下さい。』
『おねえ…さん。』
『ポラリムさんも、儀童さんと紗恩さんを信じて、必ず逃げて。決して自己犠牲など考えないで。』
『…はい。』
私はポラリムさんを抱きしめた。
『必ず、生きて下さい。そして、元気な姿を取り戻しましょう。』
『…はい。』
次に紗恩さん。
『紗恩さん。二人を頼みます。敵はエーテルを扱います。なので直接的な戦闘は避けて隠れながら逃げて下さい。私が合流するまで、お願いします。』
『は、はい。響姉。必ず、追ってきてね。それまで私、頑張るから。』
『ええ。必ず。そして、その後は、一緒に記憶を取り戻しましょうね。』
『はい。』
最後に儀童さん。
『お姉ちゃん…。』
『儀童さん。ポラリムさんを守って下さい。大丈夫です。貴方なら出来ます。強い心を持った貴方ならどんな敵が来ても大丈夫です。』
『で、でも…。』
『右手を出して下さい。』
『え?。う、うん。』
私の指示に従って右手を出す儀童さん。
彼の小さくて細い右腕に枷をつける。
『これは?。』
『私の神具です。この鎖を通じて私のエーテルを分け与えることが出来ます。儀童さんの能力も向上するでしょう。何よりも、これは私と貴方の繋がりです。ずっと一緒にいることの証明。覚えておいて下さい。貴方は独りではありません。私がいます。ポラリムさんがいます。紗恩さんがいます。だから、決して自分を見失わないで下さい。信じられる仲間がいること忘れないで下さい。』
『っ。………うん。分かった。』
小さく頷いた儀童さん。
そんな彼の頭を優しく撫でる。
『では、紗恩さんとポラリムさんにも枷をつけます。』
二人にも枷をつけ鎖で繋がる。
この鎖は繋がれた者同士にしか見えず、触れることも出来ない。外部のエーテルすら寄せ付けない【恒星神】である彼女の力が反映された鎖だ。
『それでは、皆さん。また、後で。』
『はい。おねえさん。きをつけて。』
『響姉。無理しないでね。』
『お姉ちゃん。俺頑張るから。お姉ちゃんも頑張って。』
『はい!。行きます!。』
私は跳躍する。
崩落したことで大きく空いた穴から地上へと一気に飛び出した。
『お待たせ致しました。深夜の来訪…いえ、奇襲とはあまり良い趣味ではないようですが。どちら様でしょうか?。』
鎖を振りほどいた男に声をかける。
不気味だ。全身から漏れ出しているエーテルが殺気と殺意で渦巻いている。
赤いボロボロのコート。
盗賊のような外見。右腕は包帯でぐるぐる巻き。それでいて、身体は細身ながら筋肉質であり美しさすら感じる完成された肉体だ。
『ああ…お前が噂の異神って奴か?。その纏うエーテル、なかなか強いんじゃないか?。それに、地上からでも感じた気配、お前、何らかの神と接触したな?。異神でありながら俺達に近い。特別な感じか?。』
『質問で返すとは…質問には答えてくれないのですか?。』
『なぁに。答える必要がないだけだ。これから死ぬ相手には名乗る必要ないだろう?。』
『あら、残念です。』
『………と、言いたいが名乗ることにすか。その方が、面白そうだ。お前をこれから殺す男の名。冥土の土産に教えてやるのも一興かもしれん。』
『あら、気紛れですね。』
『その通り。気紛れだ。いや、自信と余裕の表れだ。さて、俺の名前は、ゼディナハ。喜べ。このリスティールにて抜擢された神眷者の中で最強の存在さぁ。』
ゼディナハ。
自ら最強と謳いますか。凄い自信ですね。
『そうですか。ゼディナハ。私は響と申します。では、貴方は敵ということで宜しいですか?。』
『敵ではないな。お前は俺の敵には成り得ん。これから行われるのは一方的な殺戮だけだ。』
『了解しました。では。』
神具起動。
五つの鎖を召喚。先端は短剣となっている敵を切り刻む鎖。一斉にゼディナハへけしかける。
『先の鎖と同じ。どうやらこれがお前の神具で間違いないようだ。確かに強力な力を秘めているようだが。』
迫る五本の鎖はゼディナハが持つ刀で瞬時に叩き落とされる。
『この程度では相手にならん。』
私は内心焦っていた。
今の一連の動作。ゼディナハの行動が見えなかった。鎖は彼を取り囲むように五方向から放った。しかし、叩き落とされるまで何をされたのか分からなかった。
彼の技量、明らかに私よりも数段上だ。
『ま、まだ!。』
『ほぉ。今度は多い。ざっと数え…三十と言ったところか。しかし、物量に任せた強引な攻めだ。こんな小手先の方法で俺を止められると思うな!。』
『っ!?。』
抜けてくる!?。
三十の鎖が交差する僅かな隙間を…刀を器用に扱い最低限の動作で一直線に鎖の間に道を作ってくる。
『ほぉら。抜けたぞ。』
『ぐっ!?。』
眼前まで迫られた。
流れるように刀の刃が振り下ろされる。速い!?。避けられない!?。
『むっ!?。』
私の身体に触れた刀が弾かれる。
服の下に着用した鎖帷子のお陰だ。
『このっ!。』
今度は螺旋状の先端を持つ貫通性のある鎖を至近距離で放つ。
この男相手に接近戦はマズイ。不利でしかない。
『おっと。』
冷静に...あまりに冷静で、落ち着いた様子で鎖を払い除け後退するゼディナハ。
強い…最強と謳うのも納得です。
『なるほど。鎖で編んだ防具で身を守っていたか。なかなか面白い工夫だ。だが、それだけだ。その様な防具があるのなら、それを踏まえた手段で攻撃を仕掛けるのみ。』
刀を構え、突進してくる。
どうにか彼を拘束しないと。枷をはめることが出来れば、あの膨大なエーテルを封じることが出来る。
何とか、彼の隙を突くしか。
『シルクォード・アリプチェリシャーラ!。』
私の神具は無凱さんや裏是流君と同じ空間支配型。私のエーテルが及ぶ範囲で自在に鎖を出すことが出来る。
つまり、突進する彼の足下からでも。
『空間全体をエーテルが?。そうか、手元からだけではないか。ならば。』
私の行動を読まれた?。
地を這うように突進していたゼディナハは、地を蹴り、壁を利用し駆け巡る。
前後左右、縦に横に小刻みに移動を繰り返す。
『そんなことで!。』
空間全体をエーテルで包んでいる影響で彼の気配を感じ取ることが出来るけど…動きが速すぎて、追いきれない。
『なら、全方位に!。』
私を中心に渦を巻くように大量の鎖を解き放つ。同時に縦横無尽に動き回るゼディナハに合わせて、こっちも上下左右全ての空間から鎖を発射する。捉えられないなら知覚できる範囲全てに攻撃するだけ!。
『ちっ。めんどうな。』
うそ…。
何なのアイツは!?。
私から見ても避けることすら難しい津波のように押し寄せる鎖を身体能力だけで躱してる。
それも、攻撃を見切って紙一重で。
強い…。私よりも…。
『やめだ。埒があかねぇ。そろそろ遊ぶのはやめだ。』
『え?。』
今、何て言ったの?。
私の場所からゼディナハの位置まで十メートル弱。鎖がぶつかり合う金属音と地面を抉る爆発音が鳴り続ける中で、不思議とゼディナハが発した言葉を理解できた。
遊び?。やめる?。何をするつもりなの?。
『おらよ。隙間、みつけたぜ?。』
『刀をっ!?。』
投げた!?。
奇跡でも見ているのか。荒れ狂う鎖の大海を、まるでその一点のみ何も存在しないかのように投げられた刀が一直線に私に向かってきた。
『ぐっ!。』
重ねた鎖で盾を作り刀を防ぐ。
その衝撃で刀は空中に舞った。
『おら。間合いだぜ?。』
『っ!?。』
いつの間にか目の前まで近づかれていた。
刀を棄てた今、ゼディナハは武器を持っていない。この距離で鎖を出せば…貫通性のある鎖で迎撃を。
『おっと。そうくると思ったぜ。』
頭を狙った鎖を軽々と避け、そのまま伸びた鎖を掴まれる。
『おらっ!。』
『うぐっ!?。』
鎖帷子を着込んだ私の腹部をただの素手で殴りつけた。
込み上げる胃酸と唾液を口から吐き出した。
殴られた衝撃で身体が吹き飛ぶも、途中で急停止し再びゼディナハの元に引き寄せられる。
コイツ、私の鎖を…。手繰り寄せて…。
『逃げさねぇよ。おらっ!。おらっ!。おらっ!。』
『ぐっ!?。あぐっ!?。うぐっ!?。』
技とか、技術とか、そんなものではない。
ただの暴力。殴る。蹴る。締める。投げる。卓越した身体機能に物を言わせた純粋な攻撃的行為だ。
『こ、この…野郎!。』
『鎖で防いでも無駄だぜ?。そろそろ。ほぉら、戻ってきた。』
『っ!?。刀が!?。』
さっき弾いた刀がゼディナハの手元に戻る。
それを掴んだゼディナハが私の身体を防御に使った鎖と鎖帷子ごと切り裂いた。
『あぐがっ!?。』
私の身体は刀の生み出した衝撃の余波で壁際まで吹き飛んだ。
『うっ…。だめ…。ここで…諦めちゃ…。』
壁に叩きつけられる身体。
全身が痛い。息が乱れ、視界がぼやける。
私が殺られれば儀童さん達が。
胸から出血が止まらない。だけど、ここで倒れる訳にはいかない。
『はぁ…。異神の噂はあの野郎から聞いてたんだがな。』
『うぐっ…。』
壁に凭れて座る私の身体を踏みつけるゼディナハ。
『期待してたんだが…大したことねぇな。お前。』
『貴方の目的は何ですか?。何故、あの子達を狙うのですか?。』
『あん?。………ああ。そうかい。お前さぁ。一つ勘違いしてんぜ?。』
『か、勘違い?。』
どいうこと?。
コイツの目的はポラリムさんじゃないの?。
『俺の目的は、お前だ。異神。』
わ、私?。
『正確にはお前の異神としての核だな。何に使うのかは俺にも分からねぇんだがな。まぁ、あの野郎のことだ。どうせ、ロクなもんじゃねぇだろうな。』
『っ!?。』
刀の切っ先が私の心臓…いえ、核の位置に向けられる。
『仕舞いだ。期待外れだったが、まぁ、頑張った方じゃねぇか?。取り敢えず、死ね。』
ゼディナハの刀が私の胸に突き刺さった。
ーーー
それは突然、発生した。
『ん?。この感触?。エーテルの塊?。』
違和感にゼディナハが気づく。
力なく壁に凭れる目の前の異神の胸を貫いた筈の刀から伝わる感触。
そして、周囲から感じる異様なエーテルの流れ。
『これは?。ちっ。こんな時に発生するのか?。ついてねぇな。』
ゼディナハを中心に空間が歪んでいた。
七色の光に包まれた支配空間。
『異神の気配が消えた?。いや、この空間のエーテルに混ざり識別出来なくなってるってか?。あの女を守ってるってことか?。はぁ…厄介だな。【七つの厄災】の一つ。【夢幻界】か。』
暫く周囲を観察するゼディナハ。
幾度となく出現するエーテルの塊で作られた異神の偽物。何度斬りつけても再生し攻撃を仕掛けてくる実体のあるダミー。
『キリがねぇ。』
ゼディナハは振り向いた。
そこに立つ少女の出現。異神の少女が厄災のエーテルに守られるように包まれている。
『裏是流君…ありがとう。ずっと、一緒にいてくれたんですね。』
異神の少女の言葉に呼応するように脈動するエーテルの空間。
『はい。貴女となら、誰が相手でも怖くありません。ええ。共に参りましょう!。シルクォード・アリプチェリシャーラ。』
少女の周囲を渦巻きながら集まる黄金の鎖。
『神技…。』
黄金の鎖は束ねられ、重なり合い、一つの巨大なうねりを生む。それはエーテルを巻き込み大きな渦の中から現れた。
『【黄金神枷・封楔螺旋錠】!。』
ーーー
ーーー狭い路地裏ーーー
ーーー儀童ーーー
お姉ちゃんと別れて1時間くらいが経過した。
ひたすらに走って丁度良い物陰に隠れて息を整える。
『はぁ…はぁ…紗恩姉。大丈夫?。』
『うん。追手は来てないみたい。ここまで来たら一先ず安心かな?。』
『ポラリムは?。辛くない?。』
『ぅん。へいきだよ。』
俺達に怪我はない。
お姉ちゃんが敵を引き付けてくれているお陰で比較的安全に脱げることが出来ている。
けど、青国にいる限り油断は出来ない。
この国には数多くの監視カメラと偵察用のドローンが何処にでも設置、徘徊しているんだ。
『お姉ちゃん…。大丈夫かな…。』
不意にそんな言葉が出てしまった。
声に出すつもりはなかったけど、つい不安なことを言ってしまう。
『きっと…だいじょうぶ。』
『ええ。響姉強いし!。』
『そう…だよね。』
きっと。大丈夫だ。
また涼しい顔をして僕達と合流してくれる筈だ。
『この鎖があるから大丈夫。』
腕についているお姉ちゃんの神具。
見てるだけで力が湧いてくる。勇気をくれる。
だけど、俺達の思いはすぐに打ち砕かれることになる。
次の瞬間。
『え?。』
『鎖が!?。』
『ああ…つながり…が…。』
俺達の腕につけられていた枷は鎖と共にバラバラに砕け散ったんだ。
次回の投稿は20日の木曜日を予定しています。