第268話 束の間の安らぎ
『ん…。』
あれ?。いい匂い?。
何処からか漂う芳ばしい匂いに鼻を刺激されて沈んでいた意識が浮上した。
俺は何をしてたんだっけ?。
確か、ポラリムがエーテルの塊に突き落とされるのを見て慌てて助けたら追手に追われて…。
そうだ…知らない女の人に助けてもらったんだ。
それで…気を失って………っ!?。
『ポラリム!?。』
俺は急いで上半身を起こし周囲を見渡した。
場所はいつも利用してる隠れ家だ。
横を見ると全身の包帯を綺麗なものに取り替えられたポラリムが寝息を立てていた。
『良かった。起きましたか。』
俺が寝ていたベッドの横にある椅子に座っていた助けてくれたお姉ちゃん。
俺の顔を覗き込んで、額に手を当てて来た。
その後もぺちぺちと身体を触られてくすぐったい。
童顔で小さな顔。紺色の髪と大きな瞳。ぷっくりとした唇。綺麗な人。そんな、お姉ちゃんの顔が近くにあってドキドキする。
『熱はないようですね。身体も大丈夫のようで、何処か痛いところはありますか?。足の傷も塞がっている筈ですが?。』
自分の身体を確認する。
『うん。大丈夫。何処も痛くないよ。』
『そうですか。良かったです。私の能力は治癒の能力はないのですが、対象の自己治癒力を高めることは出来るので。』
お姉ちゃんが俺の顔を優しい笑顔でじっと見つめていた。
顔が熱くなるのを感じながら目を反らして戸惑っていると、お姉ちゃんは俺の頭を優しく撫でてくれる。
『本当に良く頑張りましたね。彼女が一命を取り留めているのも貴方が身を挺して彼女を庇いながら行動していたからです。もし、彼女の身体に今以上の負荷が加わっていたら手の施しようがありませんでした。』
『………死なせたく、なかったから。』
『ええ。そうでしょうね。彼女。ポラリムさんでしたか。気を失いつつも、時折貴方の名前を呟いていましたよ。「儀童…。」…と。』
『ポラリム…。』
寝息を立ててるポラリム。
痛々しい姿に胸が張り裂けそうになる。
『ポラリムは?。』
『ええ。ポラリムさんは大量のエーテルを浴びたことで全身に重度の火傷のような症状が出ています。身体の細胞を徐々に蝕んでいき…やがて死に至ります。エーテル自体に感情が込められていなかったのが救いでしたね。もし悪意のような感情が込められていたのなら既に彼女は命を落としていたでしょう。』
『だ、大丈夫なんだよね?。』
『はい。安心して下さい。エーテルの侵食は私の神具で止めました。彼女のエーテルはまだ生きていたのが幸いです。侵食さえ止めれば彼女の自己治癒力で時期に回復することでしょう。外傷に関しましては私の能力ではで治癒することが出来ません。回復系の能力を持つ方を探すしかありません。初音がいれば良かったのですが…。』
初音?。
お姉ちゃんの知り合いかな?。
見ると、ポラリムの手足に黄金の枷がつけられていて、その枷から伸びる鎖がお姉ちゃんの腕に繋がっていた。
『その鎖は何?。それにアイツ等の身体から出てた魔力じゃないエネルギーは?。』
『そうですね。色々と混乱されていることと思いますので、彼女が戻り次第説明しましょう。もうすぐスープが出来上がりますよ。』
『スープ…。』
ああ。このいい匂いは、じゃあお姉ちゃん達がご飯を作ってくれてたんだ。
そう考えると自然とお腹が鳴った。
『あっ。』
『ふふ。少し待っていて下さい。今持ってきますね。彼女も呼んできますので。』
お姉ちゃんはそう言うと俺の頭を軽く撫でて部屋を出ていった。
『ぎ……どう?。』
『ポラリムっ!?。大丈夫?。』
僅かに反応を見せるポラリム。
俺は彼女に歩み寄って声を掛けた。
『ぅん…すごく…らく、に…なった。セイ、ちゃ
、んとの…つなが…り、なく…なって…から、ずっと…つらか…った…けど…。もぅ…だい…じょ……ぶ、だよ。』
『そっか…良かった…良かった…。』
『ふふ。あ…りが…とう。ぎ…どう。』
『うん。今はゆっくり休んで。元気になったら一緒に沢山遊ぼう!。』
『ぅん。やく……そくね。』
包帯で見えないけどポラリムは笑ってくれた気がした。
そのまま、また小さな寝息を立て始める。
『お待たせしました。紗恩さんを連れてきました。』
『儀童君!。良かった。基地との連絡も通じないし、ボロボロの儀童君とポラリムちゃんが運ばれてくるしで凄く心配したんだよ?。』
『紗恩姉ちゃん…。』
『いったい、何があったの?。』
『まぁまぁ。紗恩さん。落ち着いて下さい。儀童さんは病み上がりですし、ポラリムさんは寝ています。まずはお腹を満たしましょう。話しはそれからです。』
『あ…はい。すみません。つい…。』
『いいえ。それだけお二人を心配していたんでしょう?。紗恩さんの気持ちも分かります。ほら、貴女も椅子に座ってスープが冷めてしまいます。』
『はい。頂きます。』
『儀童さんも。』
『うん。』
俺達はテーブルを囲んで出来立てのスープを食べ始めた。
どうやら、紗恩姉ちゃんは自分のことをお姉ちゃんに話したみたいだ。
美味しいスープを食べ終え一息ついていた時、お姉ちゃんが話し始めた。
『では、現在の状況を整理しましょうか。改めて自己紹介をしましょう。私は、クロノ・フィリア所属で響と申します。訳あってこの世界では畏怖の対象とされる異神として転生しました。ですが、貴方方の敵ではない。これだけは信じて頂きたいです。』
『クロノ・フィリア!?。お姉ちゃんはクロノ・フィリアの人なの?。』
『あら?。儀童さんはクロノ・フィリアをご存じで?。』
『クロノ・フィリア…聞いたことないです…。』
『紗恩さんは知らない………もしかして、儀童君は前世の記憶をお持ちですか?。』
『うん。前世なのかな?。死んじゃった筈なのにこのリスティールって所で目が覚めて、この国の人に保護されたの。』
『そうでしたか…では、生前クロノ・フィリアの何方かと接触したことは?。』
『あるよ!。智鳴お姉ちゃんと機美お姉ちゃん!。』
『ああ。成程。それで記憶を保持したまま転生を…。』
『どういうこと?。』
『そうですね。では、先に儀童さんと紗恩さんのことを聞かせてくれますか?。お二人が何処までの知識を持っているのか知りたいです。』
『ええ。分かりました。私は紗恩です。私も儀童君と同じでこの国で目覚めて保護されました。種族は【機巧族】で、分類は魔女です。私は、儀童君とは違って目覚める前の記憶は持っていません。ポラリムちゃんを助けたいという儀童君の話に乗りこの隠れ家を作り暫くの間2人で行動を共にしていました。本日の待ち合わせの途中、儀童君との連絡が途絶えて混乱していたところ響さんに運ばれてきた2人と再会しました。』
『お、俺は儀童。【機巧変換族】どんな物質でも機械化させて巨大なロボットを作れるんだ。俺は前世の記憶がある。これでも【赤蘭煌王】の幹部だったんだぜ。』
『ああ。赤皇さんの所の子だったのですね。納得しました。何処かで見覚えがあったので疑問だったのですが。』
『お姉ちゃんは俺を知ってるのか?。』
『はい。話しは智鳴さんと機美さんから聞いています。クロノ・フィリアと白聖連団の戦いの際、赤蘭の姉弟と悲しい別れ方をしてしまったと。赤皇さんや玖霧さんも悲しんでいました。』
『そう…だったんだ。…俺、もう一度皆に会いたいな。』
『会えますよ。必ず。この世界で生きていれば。まだ全員ではありませんが、皆さんもこの世界に来ているそうですから。』
『そうなんだ…。』
『はい。ですので、前向きに生きましょう。決して自らを犠牲にしてはいけませんよ。』
『う、うん。わかった。』
俺の頭を撫でる響お姉ちゃん。
俺、お姉ちゃんに撫でられるの好きかも。
『ふふ。良い子ですね。弟が出来たみたい。』
そんなことを言いながら響さんは離れていった。
『では、貴方方が何故追われていたのかを教えて貰えますか?。』
『うん。あのね。』
俺は起きたことを順番に話していった。
『俺は青国の奴等にこの世界のことを色々と教えて貰ったんだ。その代わりに俺が知っていることを教えろって言われて。ここじゃない世界、えっと…俺達がいた仮想世界って所が実は現実ではなくて、このリスティールこそが現実の世界なんだって。それで、仮想世界からやってくる異神って呼ばれてる神と戦うことになっているって教えて貰ったの。』
『異神は私達、クロノ・フィリアのことを指します。仮想世界と異神のことは既に紗恩さんには話してあります。』
『はい。信じられませんでしたが私の記憶の欠除や現在の置かれている状況と照らし合わせて事実なのだと思います。』
『そうなんだ…クロノ・フィリアが異神。ああ。俺や紗恩姉ちゃんのことは異界人って呼んでたよ。』
『はい。リスティナさんの魔力の影響を受けていない転生者達のことを言うそうです。こうしてお会いするのは初めてでしたが。』
『何で俺は記憶を持っているの?。紗恩姉ちゃんは、失くしちゃったのに?。』
『おそらく、智鳴さんと機美さんと生前に心を通わせたからでしょう。リスティナさんの魔力は心を通わせた者同士を繋げる性質があるそうです。極僅かな時間しか無かったせいで記憶のみを引き継いだのではないでしょうか?。』
『リスティナ…。魔力…。心…。うん。難しくて良くわからないけど姉ちゃん達とは友達になった。だからかな?。』
『ええ、その認識で間違いないと思います。では、何故彼女を背負って逃げていたのです?。』
『俺は聞いちゃったんだ。青国の奴等がポラリムの持ってる神から与えられた巫女の力を手に入れる計画を立てているって。巫女の力は、この世界から神のいる聖域にアクセスできる唯一の方法って言ってた。良く分からなかったけどポラリムをアイツ等、滅茶苦茶な量のエーテルが溜まってる中に突き落としたんだ。俺、何とかポラリムを引きずり出したんだけど、もうポラリムの身体は全身の赤黒く変色してて…。』
『成程。彼女が巫女…ですか。七大大国に1人ずついるとされる神とのメッセンジャー的な役割を与えられた少女達。確か彼女達は守護獣である神竜を連れていると聞いたのですが。』
『エーテルの塊に突き落とされた時に引き剥がされちゃったんだ。魂と繋がっていた竜を引き剥がしちゃったからポラリムの魂は傷つけられてもう…命は長くないって言われて…。』
『それでも彼女を助けたくて逃げたのですね。』
『うん。ポラリム言ってたんだ。神の声を聞くのが辛いって、頭に直接響いてきて異神を殺せとか、激しい頭痛とかで休まることがないって。静かな生活をいつか送ってみたいって。俺、それを叶えてやりたくて。けど、アイツ等今度はポラリムの心臓を奪おうとして襲ってきたんだ。ポラリムから俺聞いてて知ってて。巫女の心臓は、神と自分を繋げる 核 になってるって。核を取り除かれると巫女の力を失うと同時に死んじゃうんだって。俺、ポラリムに生きてて欲しかったから。』
『タイミング悪く私が外に出ていた時に起きてしまい、助けに向かうことも出来なくて…。最後の通信でポラリムさんの命が危ないと受け取ったのですが、それ以降町中に警戒網が敷かれ身動きが取れずに困っていたんです。』
『そうでしたか。あの大量の機械の兵隊とドローンはそのせいだったのですね。』
急なことだったから俺も一生懸命だった。
こうして生き残れたのもお姉ちゃんのお陰だ。
『なぁ。アイツ等が使ってたエネルギーは何なんだ?。魔力じゃないよね?。』
『あれは、エーテルです。エーテルは先程の会話にも出ていたので儀童さんも知っていますよね?。』
『え?。エーテルなのか!?。エーテルって地下から汲み上げてる虹色に光ってるエネルギーだよね?。機械とか動かすのに使うやつ。』
『この青国ではエーテルを日常生活に応用する技術が確立されているようですね。はい。それもエーテルです。エーテルとは星が生み出すエネルギーのことです。その力は魔力の比ではありません。そして、エーテルを 個 で操れる者がいるのです。この世界の住人は彼等のことを 神 と呼んでいます。私のように。』
お姉ちゃんは手のひらにエーテルを集め始める。力強いエネルギーの塊だ。俺が見たのと同じやつだった。
『神…。』
『そして、この世界の住人にもエーテルを操る者がいます。1つは【巫女】。ポラリムさんのように生まれながら神との繋がりがある者。そして、神眷者と呼ばれる者達。神々から私達、異神を排除する使命と力を与えられた者です。先程の彼女も神眷者、それかそれに近い者だと思われます。』
お姉ちゃんは教えてくれた。
魔力はエーテルの一部でしかない。魔力ではエーテルに勝つことは出来ないって。
だから俺の能力が効かなかったんだ。
『響さん。貴女は何処でそれだけの情報を得たのですか?。』
紗恩姉ちゃんがお姉ちゃんに質問する。
『私達、紗恩さんや儀童さんを含めて仮想世界からこの世界に渡ってきた人達はゲーム時代に与えられた種族が暮らす場所に転生するそうです。儀童さんと紗恩さんがこの機械技術が発展した青国で目覚めたように。』
『お姉ちゃんは?。』
『私は少し特殊な場所で目覚めました。【恒星神】の御前でした。最高神と呼ばれる神の頂点の一角。…と彼女は語っていました。まぁ、気まぐれで私に教えてくれたそうですし、もう会うこともないと言っていましたから気にしても仕方がないでしょう。』
『凄い世界に来ちゃったな…。』
『そうですね。仮想世界にいた頃は考えてもいませんでした。私は死に、私の人生は終わりを迎えた、そう思っていたのですが。』
お姉ちゃんが何かを考える素振りを見せる。
『私は貴方達を守りたい。本当はこの国からの脱出を考えるべきなのでしょうが…青国の警戒網がそうさせてくれない。』
『私達はエーテルを操れません。また、神眷者のような相手に襲われた場合、太刀打ちできない。』
『はい。紗恩さん、儀童さんはポラリムさんを守ることだけに力を使って下さい。私に何があっても…。』
『お姉ちゃん?。』
『ふふ。そんな心配そうな顔はしないで下さい。もしもの話です。青国からの脱出は不可能。ならば、次の手段として仲間を探します。』
『仲間?。』
『はい。私の…クロノ・フィリアのメンバーを探します。』
『クロノ・フィリアの?。』
『この世界での転生は種族によって場所が決まります。なら、確実に青国にいる方に心当たりがあります。』
『………もしかして、機美お姉ちゃん?。』
『はい。機美さんは確実に青国で転生しています。なので、まずは彼女を探し合流することを目的としましょう。』
『お姉ちゃんと会えるの?。』
『はい。その通りです。頑張って探しましょう!。』
『う、うん!。』
ーーー
その後、俺達は寝る準備を始めた。
今日は色々あって少し疲れた。
『さぁ。私は見張りをしています。皆さんは先に寝て下さい。』
張り切って寝床を作っていくお姉ちゃん。
『おねえさん。』
『どうしましたか?。ポラリムさん?。』
ポラリムも体調が少し回復したのか、声は小さいけど話せるようになっていた。
包帯はお姉ちゃんに新しいものに代えられて気持ち良さそうだ。
『いっしょに。ねたいです。』
『え?。私とですか?。』
『はい。おねえさんと。ぎどうと。しゃおんさんのみんなで。』
ポラリムはお姉ちゃんの腕を弱々しく握りながらお願いしている。
ポラリムは結構甘えん坊だったから、お姉ちゃんが安心できる人だって分かって心を許したのかな。
『ふふ。良いですよ。では、皆で一緒に寝ましょうか。よいしょっ。』
お姉ちゃんが敷いた布の上に横になる。
『さぁ。儀童さん。どうぞ。こちらに来て下さい。』
『え?。』
お姉ちゃんが掛け布団を捲って手招きをしてる。お姉ちゃんの隣?。それに、あの位置だとポラリムとお姉ちゃんの挟まっちゃう。
ドキドキする。胸を押さえながらゆっくりと移動する。
『んー。えいっ。』
『わっ!?。』
お姉ちゃんに手を引かれてそのまま倒れ込む。俺の身体がお姉ちゃんに抱き締められた。
『お、お姉ちゃん?。は、恥ずかしい…ポラリムも見てるよ?。』
俺、今、絶対、顔、赤い!。
こんなとこポラリムに見られたくないのにお姉ちゃんの柔らかさと安心できる良い匂いに包まれて、ただ硬直するしかなかった。
『私は独りっ子でしたから兄弟や姉妹に憧れていたんですよね。特に何かに一生懸命になれる子は応援したくなっちゃうんです。』
抱きしめられたまま頭を撫でられる。
『本当に…本当に良く頑張りました。大変なのはこれからかもしれませんが、貴方が見せてくれた勇気はきっと未来を切り開けます。だから、負けちゃダメですよ。』
『うん。俺、皆を守れるくらい強くなりたい。ポラリムも。紗恩姉ちゃんも。お姉ちゃんも。』
それに、きっとこの世界の何処かにいる夢伽姉ちゃんも。 必ず見つけて、皆守るんだ。
『ポラリムちゃんも。必ず元通りの身体に治してあげます。だから、諦めないで戦って下さい。』
『はい。おねえさん。わたし。がんばる。ぎどうといっしょにあそぶって、やくそくしましたから。』
『はい。貴女は独りではありません。正しい心を持っていれば必ず良い未来は訪れるのですから。』
『はい。わたし。みんなをしんじています。いつか、おんがえしがしたいから。』
『ふふ。ええ。やっぱり、皆さん良い子ですね。』
お姉ちゃんは俺を寝かせるとポラリムの頭も撫でる。
『さぁ。そんな羨ましそうな顔をしていないで紗恩さんもこっちで一緒に寝ましょう。』
『え!?。わ、私そんな顔をしていましたか?。』
『はい。なので、私の隣にどうぞ。』
紗恩姉ちゃんは顔を真っ赤にしてお姉ちゃんの隣に座る。
『これまでお二人を良く支えてくれましたね。貴女が儀童さんと共に行動してくれたからこそ儀童さんは諦めることなくポラリムさんをここまで連れて来ることが出来ました。貴女も本当に良く頑張りましたね。』
そうだ。俺は紗恩姉ちゃんが隠れ家の準備や生活用具を集めてくれていたから頑張れたんだ。紗恩姉ちゃんが支えてくれたから、紗恩を救い出すことが出来た。
『あれ?。私…泣いてる?。』
『私は前世では貴女と接触する機会がありませんでした。名前は聞き覚えがありましたが、接点はなく。あまり、事情にも詳しくありません。ですが、きっと貴女も寂しかったんだと思います。』
『そ、うなの、でしょうか?。私…記憶ないから。』
『はい。かつての自分がそんな目をしていたので。分かるんです。だから、ほら。』
俺の時と同じように紗恩姉ちゃんを抱きしめるお姉ちゃん。
『貴女のことを知っている人は必ずいると思います。だから、貴女も諦めないで。』
『はい。』
紗恩姉ちゃんは自分の記憶がないことに不安がっていた。
自分が何者なのかも、今までどの様に生きてきたのかも分からない。だから、怖いって。何か大切なことを忘れてしまっていることに焦りを感じるんだって話してくれた。
『響姉。ありがとう。貴女に会えて良かった。』
『いいえ。救われたのは私ですから。』
4人で並んで横になる。
少し狭いから互いの体温を感じる。俺の隣にはポラリムとお姉ちゃん。お姉ちゃんの反対側には紗恩姉ちゃん。
まだ、寝息は聞こえない。
俺は静けさに包まれていた部屋の中で、躊躇いながらお姉ちゃんに質問した。
『お姉ちゃん。起きてる?。』
『はい。眠れませんか?。』
俺の反応を待たずに頭を撫でてくれるお姉ちゃん。
『ううん。大丈夫。聞きたいことがあるの。』
『ん?。何ですか?。』
『お姉ちゃんは、どうして僕達を助けてくれたの?。』
俺のその質問にポラリムと紗恩姉ちゃんが小さく反応した。2人とも気になってたのかな?。
『それは簡単な理由です。儀童さん達が困っていたからです。』
『え?。』
困ってたから?。
確かに敵の女に追われてて困ってたけど。
そんな理由で?。お姉ちゃんあんなに強いのに?。俺みたいな弱い奴を見つけたから?。
『困っている人がいれば助けるのは当たり前のことです。それが、自分の意思で未来を切り開こうと行動している幼い子供ならば尚更です。私が助ける理由なんてそれだけです。それが私の正義です。』
『正義。』
『はい。私は、私が定めた正義の為に行動しただけですから。』
『ふふ。』
『あら?。どうしましたか?。ポラリムさん?。』
『いいえ。おねえさん。たすけてくれてありがとう。』
『当然のことをしただけですが、ふふ。嬉しいですね。此方こそ。どういたしまして。』
『私も響姉に会えて嬉しいよ。』
『はい。私もですよ。紗恩さん。』
『お、俺も。』
『ふふ。はい。儀童さん。』
お姉ちゃんに抱きしめられて、ポラリムと紗恩姉ちゃんと手を繋ぎながら俺は眠りについた。
こんな温かい日常が続いていくのかなぁ。
そんなことを考えていた俺。
だけど、現実は無慈悲だ。
あまりにも早い別れが近付いて来ていたんだ。もう、すぐそこまで。
ーーー
『ん?。』
何だろう?。変な感じがする。
背中の辺りがゾワゾワって。
『お姉ちゃん?。』
『しーーーです。』
目を開けた俺。
既に起きていたお姉ちゃんは喋るなって合図を送って来る。
俺は立ち上がる。周囲を見ると紗恩姉ちゃんもポラリムも起きてるみたい。
そして、お姉ちゃんは俺達を庇うように立っている。
ポラリムを背負う紗恩姉ちゃん。その顔は真剣だ。真剣に警戒している。
お姉ちゃんの視線の先は天井。
『なっ!?。』
あのお姉ちゃんが汗を流しながら睨み付けていた天井は、やがて大きな爆発と共に崩落した。
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