第266話 神の居城 シンクリヴァス
現実の世界とは僅かに異なる次元に存在する神の居城。
惑星 リスティールへの直接的な干渉を禁じ、封じている。絶対神を含む神々が住まう場所。
そこには、神々の他に数人のクロノ・フィリアメンバーが連れてこられていた。
仮想世界で命を落とし転生した瞬間、この居城にて目を覚ました者達。
その1人が代刃だった。
彼女は遥か高みからリスティールの様子を眺めている閃に似た男に対し質問を投げ掛けたのだった。
ーーー
ーーー代刃ーーー
『君、閃じゃないよね?。誰なの?。』
フカフカの大きなベッドに手足を拘束されたまま放置されている僕。拘束に使われている枷にはどうやら魔力を封じる力があるみたいなんだ。どんなに頑張っても少しの魔力も練れないから。
閃に似た男。
能力を得てから歳を取らなくなった僕らだけど、男は閃が少し歳を重ねたような外見だった。何というか、大人の色気のようなものを感じる。
目の前の男は、大きな窓から下を覗きながら何やらボソボソと呟いた後に、僕の質問に応え始めた。
『…ふぅ。まぁ。よい。我は…グァトリュアルだ。我が子達からは絶対神と呼ばれている。』
『グァトリュアル………っ!?。絶対神って!?。リスティナが言ってた!?。』
『ふむ。どうやら我のことは聞いているようだな。少し不安になったぞ?。義娘に知られていないのではないかと。なぁ、代刃よ。』
『ぼ、僕のこと…知ってるの?。それに義娘って…え?。どういうこと?。』
『ん?。異な事を言う。我の息子である閃の恋仲というモノなのだろう?。近しい未来に婚姻の儀式を行うのだ。義娘で間違いあるまい?。』
『え?。婚姻!?。そうなの!?。いや、閃と結婚するのは嬉しいけど…どうしてそこまで言い切れるの?。』
『ふむ。これ又、異な事言う。我は絶対神だ。過去、現在、未来の全てを知る者ぞ?。まぁ、しかしだ。確定未来ではあるのだが、ここでその話をすることは間違いだったかもしれん。確定ではあるが、決定ではないしな。ふむ。難しいことだ。』
『何を…言ってるの?。』
何かを考えている素振りを見せるけど、今一何を言っているのか理解できない。彼の中だけで物事が決定していくみたいに一人で疑問に思って一人で解決してる。
『さて、と。拘束して悪かったな代刃。目覚めた瞬間に暴れられても面倒だったのでな。今、解いてやる。』
『良いの?。僕の能力を解放しちゃって。』
『構わん。この場でギャンブルに走る性格でもあるまい?。それとお前は知りたがっている筈だ。この世界のこと。そして、我のことを。』
そう言うと、言葉通りグァトリュアルは僕の枷を外してくれた。
どうやら僕の能力のことは知っているみたいだね。
『擦れたか?。僅かに傷をつけてしまったな。暫し待て。』
枷でついた小さな傷に軽く触れると一瞬で傷が治ってしまった。
『あ、ありがとう。』
『気にすることはない。義娘に傷をつけたと知られれば息子と対面した時に何を言われるか分からんからな。正直、気まずくなる。』
『息子って…閃のことを言っているんだよね?。』
『ああ。…さて、これで自由だ。…と、言ってやりたいところだが。お前には、この場所に居て貰わなければならない。』
『この場所?。』
『ふむ。まずはそこからだな。どれ、少し触れるぞ?。』
グァトリュアルが僕の前髪をかき分け額を指先で触れた。
すると、彼の思念みたいな情報が頭の中に直接的流れ込んできた。
膨大な情報に頭痛と目眩が同時に襲ってくる。
『はぁ…。はぁ…。はぁ…。』
『おっと。すまん。情報量が多かったか?。なるべく簡潔に伝えたつもりだったのだが。加減とは難しいモノだな。』
『だ、大丈夫。いきなりだったから。びっくりしただけ。』
グァトリュアルから送られてきた情報。
この場所は、神々…つまり、僕達が仮想世界で戦った神達が住んでいる場所。
名前を【神の居城 シンクリヴァス】。
そして、今、僕がいるのが居城の最上階に位置する絶対神の領域。
彼はこの場所から【世界の監理】を行っているようだ。
周囲を見渡すと観葉植物が部屋中に飾られている木製の部屋。アンティークのような家具が置かれ、所狭しと本が積み重なっている。窓からは暖かな光が射し込み、小さな鳥が飛び回る。穏やかな空気の流れる空間。
彼はこの場所から長い間、外に出ていないらしい。
『さて、ここが何処か理解できたか?。』
『う、うん。ねぇ。閃達は今リスティールに居るんだよね?。』
『ああ。つい数日前に最後の神人である我が息子がリスティールに転生したことを確認した。他の仲間達もな。今、この居城に居るのはお前と他に2人だけだ。お前ともう1人は地上に降ろすには危険な能力を持っているからな。恋人である閃と会いたいだろうが我慢してくれ。まだ、その時ではない。しかし、再会は約束されている。故に急ぐこともあるまい。』
彼は僕の手を掴むと自分の方に引き寄せた。
驚く程、自然に僕の身体は立ち上がる。僕の意思とは関係なく、身体が勝手に動いたような感覚だった。
『ああ。確認していなかったが、その衣服はどうだ?。お前の記憶を読み取り好みに合わせて創造した。気に入ってくれると良いのだが?。』
『え?。ああ。そういえばいつの間にかドレスに?。』
僕は青いドレスに身を包んでいた。
綺麗な装飾が施された美しい色合い。素材はわからないけど肌触りも滑らかで、僕の髪の色に合わせて仕立ててくれてるみたい。
凄いな。お姫様になった気分。
『これ、君が着せてくれたの?。』
『いや、転生と同時に着用するように設定した。いくら義娘とはいえ、息子以外の者に肌を見せたくないであろう?。特にお前は羞恥心に弱いことを知っていたからな。問題あるまい?。』
『う、うん。それは…ありが、とう?。』
どうにも掴めないなぁ。
凄く気を使ってくれているのは理解できるんだけど、何を考えているんだろう?。本当に彼が僕達に他の神を仕向けた神で、リスティールを侵略した神々を束ねていたのかな?。
『さて、本題に入ろうか。こっちに来い。』
彼は椅子を引いて僕を座らせた。
『ふむ。紅茶で良いか?。最近ハマっていてな。茶葉は我の好みに合わせて創造したオリジナルだ。是非、感想を聞かせてくれないか?。』
流れるような動きでポットからカップに紅茶を注ぐ彼。まるで、子供のように楽し気に僕の分と自分の分を用意する。
僕の前にカップを置き、対面の自分の椅子に腰をおろした。
『さぁ。飲んで見せよ。』
『う、うん。』
見た目は普通の紅茶。
香りは…芳ばしい。うん。凄く良い匂い。
香りを楽しみ、口をつける。口内に広がる程よい甘味と僅かな苦味が絶妙に混ざり合う。
芳ばしい香りが鼻を突き抜け余韻を残す。
飲み込んだ後に広がる風味が幸福感を口の中から全身へと運んでいくみたい。
『お、美味しい…。』
『そうだろう?。おかわりもあるからな。必要なら言ってくれ。』
『う、うん。ありがとう。』
嬉しそう…。
笑顔が閃に似てるせいでドキッとしちゃうよ…。
『ふむ。では、飲みながらで良い。我が今のお前の状況を説明してやろう。』
グァトリュアルはゆっくりと言葉を選んで説明してくれた。多分、僕が理解できるように分かりやすく。
そのお陰で、僕が…いや、僕達クロノ・フィリアが置かれている現状を把握出来た。
クロノ・フィリアのメンバーは、ゲーム エンパシス・ウィザメントで使用していた偽りの肉体に魂を投影する形で転生した。偽りの肉体といっても、神々が創造した生物的な肉体であることに変わりなく仮想世界と同じように動くことが出来るとのこと。
転生した僕達の肉体には特別な処置が施されている。それは、生物として心臓の代わりに神々が持つ核が使用されているということ。それに伴い、僕達は魔力ではなくエーテルを扱えるようになっている。魔力はエーテルの一部に過ぎず、生物が星の力の一端を扱えるように弱めた力を魔力というらしい。
エーテルは星が生み出すエネルギー。その強大なエネルギーを扱えるのは、世界と星によって役割を与えられた存在。僕達が知る神々だけ。つまり、エーテルを扱える僕らは人ではなく。神になったということ。
『僕達が…神に?。』
『そうだ。お前達は、我の子達と同格の存在となった。試しにやってみよ。運用は魔力と変わらん。』
『エーテル…。』
試しに意識を集中させてエーテルを練る。
やり方は魔力を使う時と同じ。
力強い液体のようなものに包まれている感覚。魔力よりも濃厚なエネルギーが僕の身体から溢れ出ている。
『これがエーテル?。』
『そうだ。我の子達を含め、お前達全員に核を与えた。これで、神として役割を担うことが出来るようになった。』
『役割?。』
『己の種としての在り方という意味だ。神としての種族とは、世界を外郭とした宇宙。その内包にある、形成された星により与えられる運用、運営を担う存在のことを指している。』
『はい?。』
『………うむ。つまりは、世界全体の平和を維持する為に働く者。ということだ。』
『ほぇ~。凄いね。それが神様?。』
『………難しいか?。』
『うん。…ごめん。』
『そうか…。いや、良い。問題ない。つまりは神とは世界、宇宙、星の一部であることさえ覚えてくれれば良い。』
『うん。分かった。ねぇ、質問しても良い?。』
『構わん。』
『君達の…ううん。君の目的は何なの?。』
当然の疑問だった。
余りにもリスティナから聞いた話しと違っていたから。リスティナの星を侵略して滅ぼした神。そう聞いてたのに、本人からはそこまでの凶悪さは感じない。
『目的か…。改めて言葉にするのは難しいが…ふむ。敢えて紡ぐのであれば【永久なる世界平和】といったところか。』
『世界の平和?。でも、君達はリスティールを侵略したんだよね?。』
『行為として侵略を行った。世界の為に星を利用したに過ぎん。リスティナや他の星には悪いことをしたが、それは目的の為の始まりに過ぎず、目的を話した今、リスティナも我の考えに同意している。』
『君は何をしようと…いや、何をしているの?。』
『未来を手にする為に可能性を手繰り寄せている。我の力すら及ばない不変の滅びから逸脱する方法を。その僅かな可能性を模索し、試し、実行し、錯誤し、繰り返している。』
『……………。』
『今は理解せずとも良い。いずれ分かる時が来る。さて、【その時】を迎える為に息子を含めリスティールの住人には壁を乗り越えて欲しいものだ。』
立ち上がるグァトリュアル。
彼は指先を僕の胸元に向ける。
『僅かな虚無感を感じるだろうが大事にはならん。動くな。』
『っ!?。』
ちょっとくすぐったい。
胸の中央に当てられた指先に僕のエーテルが集まっていく?。
30秒くらいすると、ゆっくり離れるグァトリュアル。彼の手には水色の丸い宝石が握られていた。
『すまないが、お前の能力は我が預かることにする。お前の能力は危険なのでな。なぁに、時が来たならばすぐに返してやろう。』
『僕の能力をどうするの?。』
『どうもしない。しかし、お前ともう一人。この居城にいるお前達の能力は既に最高神と同格の性能を有している。故にお前達を下界…リスティールへ送ってやることが出来ん。世界の理そのものを破壊しかねん力だからだ。』
『最高神?。』
『神に与えられる階級。我を含めた数柱の神が属する最も上位に位置する神の総称だ。お前達は既にそこに位置付けられている。代刃。お前は【時空間神】としてな。』
『ぼ、僕ってそんなに凄いの?。』
『ああ。まさか、現実ですらない仮想世界で【原初の世界】への門を出現させ道を繋げるなどという馬鹿げた能力を持つとは流石の我も想像だにしなかった。驚いたぞ?。』
『接続門のこと?。』
『ああ。お前達はそう呼んでいたな。ふふ。運が良かったな?。あの世界の住人は例え門が小さくとも我が世界を軽く滅ぼせる者達ばかりだ。たまたま召喚された者に気に入られたのはお前の人徳故だったな。誇るが良い。』
クライスタイトのことだよね?。
あの神具には助けられちゃったな。
『まぁ、気休め程度にしかならんがな。まさか、我が子達の力の一端を与えられた者の中に仮想世界での戦いを分析し代刃が使用した異世界の武具を再現する者が現れるとは考えてもいなかった。…が、なかなかどうして、生物というのはいつも我の予想を越える進化をする。』
グァトリュアルは再び椅子に座る。
『さて、代刃よ。現時点でお前に話せるのはここまでだ。ああ。そうだ。お前には暫くこの居城で生活してもらう。ここでの生活に不便はないと思うが、何かあれば我のこの部屋を訪ねると良い。ああ。紅茶が飲みたくなった時でも気軽に来てくれると嬉しいか。』
『えっと…僕は何処に行けば?。』
『なぁに。心配するな。先程から我が娘がお前に会わせろと五月蝿くてな。お前の半身だ。其奴に宇宙の運営方法でも教えて貰え。』
『娘?。』
その瞬間。大きな音を立てて部屋の扉が開いた。
『パパ遅いよ!。いつまで待たせるんだよ!。
』
勢い良く入ってきた見覚えのある少女。
えっ!?。女王!?。
仮想世界でクロノ・フィリアの拠点に攻めて?来た時に映像で見た人だ。僕に何処か似てる神の一柱。
『ふむ。仕方があるまい?。メリクリア。転生した義娘を困惑させる訳にもいかんだろう?。一応、父親になるのだ。………何か違うか?。リスティナには義娘には優しくしろと教えられたのだが…。いや、確かに…代刃一人を特別扱いは出来んか。他にも十数人の義娘が出来たと聞いたが…。ああ。下の階層にいる娘も義娘か…。後で挨拶しなければな。』
『そんなの知らないよ!。僕は代刃ちゃんとお話ししたかったの!。バイバイ!。パパ!。』
『う、うむ…。』
『さぁ!。代刃ちゃん!。僕といっぱいお話ししようね!。』
『え?。え!?。え?。』
な、何か普通の親子みたいな会話をしているニ柱の神。
この2人…本当に僕達の敵なの?。
女王に手を引かれた僕は、あれよあれよと何処かに連れていかれた。
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