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第264話 神獣同化 ムリュシーレア

『お母さん!?。お母さん!?。そんな…。ひどいよぉ。何で…こんなことを…。』


 地面を転がるお母さんの頭が瀬愛の足元で止まった。

 瀬愛はお母さんを抱き抱える。

 もう、何も喋らないお母さんの虚空を見つめる目が瀬愛に向けられた。

 優しいかった眼差しは失われて、温もりも、愛情も、何もかもが消えてしまったお母さんは、ただ冷たくなった塊になって瀬愛の心を傷付けた。

 冷たい。冷たいよぉ。お母さん…。


『お母さん…。』

『ふふ。流石は元、女王様。素晴らしい魔力をお持ちでしたよ。私も更に強い魔力を得ることが出来ました。はぁ、高い魔力を持つ方はどうしてこんなにも美味しいのでしょう。』


 苦蜘蛛。

 お母さんをこんな姿にした…瀬愛の、敵。

 

『キィーーー!。キィーーー!。』


 お母さんが呼び出した5体の蜘蛛達が前足を上げて小さな身体で威嚇し始める。


『あら?。五月蝿いですね。弱いのに威勢だけは良くて。目障りです。早々に殺して上げましょう。』

『キィーーー!。』

『だ、だめ!。』


 逃げて。


 蜘蛛達からそんな意思を含んだ魔力が送られてきた。


 僕達が時間を稼ぐから、少しでも遠くに。


 そんな言葉が聞こえてくる感じがする。


『ふふ。彼女が逃げるための時間稼ぎですか?。ふふ。健気ですね。ですが、無駄です。貴女方は既に私の巣の中ですから。』


『きゃっ!?。これ、包帯?。』


 瀬愛の足に巻き付く包帯。

 苦蜘蛛が全身に巻いてあるのと一緒だ。苦蜘蛛の身体から伸びてる。


『これは私の糸を編んで作ったものです。魔力を流せば自在に操れます。単純な糸よりも伸縮性や弾力性、鋭利さなどが優れているのが特徴です。』


 見ると、襲い掛かった筈の蜘蛛達の身体が硬質化した包帯によって一呼吸もしない間に切り刻まれた。

 お母さんが残してくれた瀬愛の家族…まで…。殺されちゃった…。


『ふふ。では、お別れも済んだでしょうし。デザートと参りましょうか。』

『っ!?。だ、だめっ!?。』


 お母さんの頭が包帯に絡め取られた。

 何重にも巻きついた包帯に締め付けられて…圧縮されて…どんどん小さくなって…。


『いただきま~す。』


 苦蜘蛛の口の中へと運ばれていった。


『ぐずっ…。うっ…。お母さん…。』

『ん~。はぁ…。美味しいです。魔力はやはり心臓と脳に集まるみたいですね。ふふ。この地下世界にいる全ての蜘蛛は私の魔力のための生け贄になりました。ふふ。見てください。この素晴らしい魔力。これなら蜘蛛だけではない。この地下世界の頂点に君臨することだって可能でしょう。』

『ゆ…るさない…。』


 ママは…黄華ママは、瀬愛を助けようと毒に侵されて傷付きながらも戦った。

 お母さんも、瀬愛を逃がすために殺された…。

 瀬愛はいつも見ているだけしか出来ない。


『許さない?。…ですか。ふふ。しかし、貴女に何が出来るのでしょうか?。魔力を全く感じない。見た目は私と同じ女王蜘蛛のようですが、それでは形だけ真似ているようにしか見えません。無能な人族と大した変わりませんよ?。』

『うるさいっ!。お前は絶対に許さない!。』

『あら、怖い。殺気だけは一人前のようですね。ですが、それだけです。そんなことでは、この地下世界ですら生き残れない。』

『っ!?。』


 瀬愛の足に巻き付いてる包帯に引き寄せられてる?。

 宙吊りの状態で苦蜘蛛の前まで移動させられた。


『このっ!。このっ!。』

『はぁ、無駄ですって。少し五月蝿いので拘束しますよ?。』

『んっ!?。んん~。ん~。』


 両手も両足も縛られて、口にも包帯が巻き付いた。

 糸を出そうにも、さっきから全然出せない。何で?。瀬愛、蜘蛛なのに?。


『糸を出そうとしているようですが、ダメみたいですね。どういうわけか、貴女は見た目の特徴以外の女王蜘蛛の能力を全て失っているようですよ?。』


 瀬愛…あの端骨って、おじさんに力を奪われたままなんだ。だから、能力を使えないんだ。

 瀬愛…また、何も出来ない…。お母さんを殺した相手に好き勝手されて、悔しいのに、お母さんの敵を取りたいのに…何も…。


『あら?。お可哀想に。涙まで流して可哀想に。安心して下さい。魔力のない貴女を食べたところで私の力が向上することはありませんが、貴女を食べてあげます。私のお腹の中で元女王…いえ、貴女のお母様と再会すると良いです。どうですか?。私のお腹の中で大好きなお母様と1つになれるのですよ?。再会し混ざり合う。ふふ。素晴らしい演出ではありませんか?。』

『……………。』

『そんな涙目で睨まれても。ふふ。嬉しいのでしょうか?。ふふ。では、その代わりと言っては何ですが。優しく食べてあげますよ。ゆっくり、意識を残したまま、足の指先からゆっくりと溶かしながら…。足が終われば腕に…。その次は下半身へ。時間を掛けてね。ああ、安心して下さい。私の唾液に含まれる毒には鎮痛作用と出血を抑制する効果があります。痛みを感じることなく身体が失われていく。ふふ。貴女のお母様は下腹部を食べている最中でショック死してしまいましたが、貴女は何処まで持つのでしょうか?。楽しみですね。』

『んん~~っ!?。んっ!。んっ!。』

『ふふ。元気なこと。それだけでも食べる理由があるということです。ですが、抵抗されるのも鬱陶しいので早速毒で身体の自由を奪いますか?。』


 苦蜘蛛が目と鼻の先に顔を近付けてくる。

 口を開け、4本の尖った牙が瀬愛の首に…。

 や、やめて、やめて。やめてよ!。


『ん~!。』

『暴れても無駄です。ん?。ちょっと待って下さい。気配がいつも間にか増えて?。っ!?。』

『ん~~~~~!?。』


 苦蜘蛛の動きが止まった一瞬。

 瀬愛の身体が後ろに引っ張られた。凄い勢いで苦蜘蛛から離れていってる?。


『あら~。何処に行くんですか?。』


 そんなの瀬愛だって知らないよ!。

 瀬愛を拘束していた包帯は引っ張られると同時に何かで切断される。

 このままの勢いなら瀬愛。岩にぶつかるんじゃ…。


『んーーーーーっ!?。』

『良かったです。間一髪。間に合ったです!。』


 女の子の声が聞こえた気がした。

 その瞬間。瀬愛の身体が糸で作られた網に包まれた。


『大丈夫ですか?。瀬愛さん!?。』


 誰?。知らない女の子が瀬愛に近付いてきた。


『あ、貴女は誰?。』

『ああ、人の姿でお会いするのは初めてですよね。私はムリュシーレアです。主様…えっと、閃様と契約している神獣です。瀬愛さんとは、神獣の姿の時に何度かお会いしているのですが?。』

『ムリュシーレア…お兄ちゃんの?。あっ…うん。覚えてる。瀬愛の種族に近い子ってお兄ちゃんに教えて貰った。』


 知ってる。ゲームだった頃に、お兄ちゃんの契約していた神獣の一体。最後の戦いでリスティナお姉ちゃんの攻撃でHPが0になったせいで瀬愛達の世界に来れなかったってお兄ちゃんが言ってた。


『はい。そうです。私は虫系統を含め、甲殻類、微生物などの小さな存在を基とするモンスター群の頂点に位置する神獣です。』


 瀬愛より少しお姉ちゃんな外見。

 緑、黄緑、黄色が綺麗な衣装。頭には触角。

 ゲームの時は大きなスライムみたいだったけど、こんなに可愛いかったんだ。


『どうして、ここにいるの?。』

『リスティナ様の命を受け、瀬愛さんを助けに来たです。』

『リスティナお姉ちゃんが?。私を?。』

『はいです。力を渡すために。瀬愛さんは力を失っているからと。だから、私は貴女の元に来たのです。では、早速。失礼するです。』


 ムリュシーレアさんが瀬愛の胸に手をそえる。


『ちょっと。いきなり現れて何ですか?。人の食事の時間を邪魔するとか。常識ないんですか?。』


 怒りを露にする苦蜘蛛だけど、近付いてこない。


『神獣…だよね?。それに、何その魔力?。私、知らないんだけど?。魔力じゃない?。もっと強い…。貴女、何者よ?。』


 ムリュシーレアさんが纏ってる魔力とは違うエネルギーに警戒してるんだ。

 私も、今まで感じたことのない圧迫感に驚いてる。


『貴女が知る必要はありませんです。今、大事なところなんで邪魔しないで下さいです。』

『くっ!?。このっ!。この糸!。ウザい!。』


 何処から出したのか、苦蜘蛛の身体が粘着性のある糸で拘束された。

 包帯で切断を試みるけど、伸びるだけで刃が通らない。


『瀬愛さんに私の力をあげるです。』


 ムリュシーレアさんの身体が輝き出す。


『ど、どういうことなの?。何が起きるの?。』

『安心して大丈夫ですよ。同化という神獣の能力です。これで私と瀬愛さんは1つになって、瀬愛さんは力を取り戻すです。』


 少しずつ、ムリュシーレアさんの身体が光の粒子に変わっていく。瀬愛の胸の中に溶け込むように吸い込まれて次第に身体が消えていってる。

 同時に、瀬愛の頭の中にムリュシーレアさんの記憶が流れ込んで来た。


『瀬愛さん。主様を…私の分まで…お願いしますです。』


 映像みたいに、次々に切り替わっている。


「ふぅ。どうやら、閃の仲間…いや、恋人か。その内の2人は力を奪われた状態で転生するようだ。すまんが。2人には彼女達の為に同化をしてきて欲しい。」


 リスティナお姉ちゃんと、ムリュシーレアさんと、もう一人。赤い髪のお姉さん。

 

「うん。良いよ。主の為だしね。それに私達に拒否権なんかないし。」

「同化とは…私達の意思はどうなるのです?。」

「お前達の自我は消えて失くなる。同化した対象に全てを吸収されることになるからな。」

「そうですか…。はい。分かりましたです。主様に会えなくなるのは辛いですが、主様の大切な人の為に私…頑張るです。」

「ああ。頼むな。」

「了解ぃ~。」

「はいです。」


 その後の映像は瀬愛も知ってる。ゲームの時の記憶。皆でレベルを上げたり、モンスターと戦っている。


 それと、ムリュシーレアさんがどれだけお兄ちゃんのことが好きなのかが伝わってきて。

 凄く、決心をして瀬愛と同化してくれたことが分かった。

 もう二度とお兄ちゃんと会えない寂しさ。

 何度も泣いて、それでも命令には背けなくて。

 決意を固めてここまで来たんだ…。


『ムリュシーレアさん…。瀬愛…。貴女の分まで頑張ります。』


 神獣同化の影響でムリュシーレアの記憶も引き継いだ。

 同化、リスティール、異神、神眷者、エーテル、核、七大国家、転生、神具、神…世界…。


 瀬愛達の状況も理解できたよ。

 やっぱりお兄ちゃん達もこの世界にいる。


 全身から放出されるエーテルが薄暗い地下世界を覆い尽くす。

 失われた力が、ううん。違う。眠っていた力が目を覚ましたの。

 ムリュシーレアさんと同化した瀬愛は【女王蜘蛛】から更に上位の種族に変化する。


 【蟲王神】となった。


ーーー


 眩い輝きに目を細め、苦蜘蛛は警戒心を強めた。

 何が目の前で起きているのか理解が出来ない。

 突如として現れた正体不明の神獣。

 魔力よりも強力なエネルギーに身を包み、圧倒的な存在感を保持していた少女。


 この場所で目覚め。生き抜くために他の生物を食らい尽くした。食べれば食べる程強くなり敵も減った。安心する為に食べたのだ。

 それが自分に出来る唯一のことだったから。


 目覚め。自分が何者であるかすら分からない。分かることは自分が蜘蛛の性質を持つことだけ。その変にいる蜘蛛の生物達とは姿が違うことも疑問だった。八本の足もなく。外見も違う。何よりも自分は二本足で立っている。

 何となく人型ということを理解している自分がいることも、自分が女性であるということも知っている。

 何処で学んだのか分からない知識を持っていることに驚いた。

 上半身の胸部の膨らみや、下半身の股下の露出に対し、何かを纏わないと羞恥心を感じた。

 その対策として糸で編んだ布を身体に巻いた。

 周囲は知らない生物だらけの薄暗い岩の世界。

 訳も分からず彷徨い何度も別の生物に襲われた。何度も命の危機に晒され、何度も死にかけた。

 食べることで強くなると同時に、傷も治ることを知った。そこからはひたすらに他者を食べた。味なんか関係ない。食べなければ死ぬ。食べれば死なない。

 それが、苦蜘蛛の全てだったのだ。

 

 何を間違ったのか。

 今回も同じだった…筈だった。

 力を欲する為に蜘蛛の国を滅ぼした。

 異神という驚異の存在がこの世界に現れることを知った。

 強さを備える為にもっと食べる必要があった。

 どんな敵が現れても生き残れる力を手にするために。

 それが、間違いだったのか…と、今更ながら後悔した。


 目の前にいる存在が、異神と知った今では後悔することすら遅すぎたのだ。


『こんなの…聞いてない…。何なのこの馬鹿みたいなエネルギーは!?。』


 エーテルを知らない苦蜘蛛は全身から冷や汗が流れるのを感じ、震え、乱れた呼吸で恐怖した。

 もしかしなくても、自分は手遅れなのではないかと気付きながら。


 苦蜘蛛は自身を拘束していた糸をなんとか切断に成功すると、目の前の存在から距離を取った。距離と行っても数メートル後退しただけだが…。

 苦蜘蛛の脳裏は、この場を切り抜ける方法と手段を模索することで埋め尽くされている。

 今の距離も、目の前の驚異から逃げ切れるのかの疑問の末に導き出されたギリギリの距離。何をされようとも、糸で迎撃出来る最低ラインの距離。強さが未知数の敵に対し背を向けた逃走が成功するとは思えなかったから。

 

『貴女は絶対許さない。』


 凄まじいエネルギーを放出する少女。

 彼女がその場にいるだけで、周辺の岩が円形状に破壊された。

 明確に自分に向けられた敵意と殺気。

 下手な行動は死を早めるだけだと、この地下世界で身を以て知っている苦蜘蛛は少女の一挙手一投足に気を配ることしか出来なかった。


『ぐっ!?。があっ!?。うぐっ!?。』


 突然、肩と腹と左足に激痛が走る。

 何か鈍器のようなモノで力一杯殴打されたような衝撃に踞る。

 何をされたのか、それすら分からずに膝をつく。

 次第に少女を取り巻いていた輝きが消え、その姿が現れる。


『どうですか?。痛いですか?。けど、貴女が食べた瀬愛のお母さんはもっと痛かったんですよ。もっと、もっと、痛い思いをさせて殺してやる!。』


 先程の神獣の姿は消え、代わりに神獣が着ていたドレスを身に纏った少女が立っていた。

 その手には奇妙な形の武器が握られ、その武器で攻撃されたことは理解できた苦蜘蛛。


『瀬愛は、貴女を絶対に許さない。絶対に…。お母さんの仇を討つんだ。神具!。』


 その神具は瀬愛の手のひらよりも少し大きい十字架に似た形をしていた。

 その四方に伸びる尖端は各々が刃になっている。

 中心にある水晶から伸びる糸。その先には丸い球体。

 苦蜘蛛は転生し記憶を失っているので奇妙な形の武器としか認識出来なかったが、その武器は【けん玉】だった。


『【万蟲糸・十字剣刃球 グリベスパ・セサージパリュ】。』

次回の投稿は30日の木曜日を予定しています。

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