第261話 助太刀
激しい閃光と高鳴りの轟音後、急に訪れた静寂に支配された。
傷ついた身体で神眷者のシリュエルが放ったエーテルの弾丸を避ける術がなかったレティアは、僅かな時間で自身が体験した 繰り返しの人生 を思い返していた。
走馬灯。
迫る死に直面し受け入れたことで生まれた僅かな自由。エーテルの弾丸を目の前にして、時間がゆっくりと流れていく。
「最初は不思議でした…。彼との出会い。そして、恋をして、告白されて、恋人となって…。幼い頃から特異な能力のせいで拐われたり、命を狙われたり…。けど、彼と彼の仲間達が全てを解決してくれて…。気付けば恋心を抱いて…。結婚して、子供が出来て、子育てに、いつの間にか孫まで…最期には家族に看取られて…。」
それは繰り返しの人生の始まり。最初の人生は今でもハッキリと覚えていた。それだけに思い出深かった。
「老衰で死んだ私は、気付いた時には再び魔法学園の2年生。10代の学生に戻っていたの。新入生の入学式の場面に。最初は混乱したっけ。また、彼と恋人になりたかったから必死に行動したけど決して同じ未来へは辿り着けなかった。」
一度、恋人になり生涯を共に歩んだ男性とは再び同じ未来で交わることが叶わず、一度として同じ人生を迎えることはなかった。
運命の力なのか、それとも、偶然なのか。
けど、出会い。結ばれた男性は例外なく私を大切にしてくれた。幸せにしてくれた。
だって、どの人生も私は私でいられたのだから。
「私は誰かの役に立ちたかった。特異な力。利用しようと暗躍する人達だっている強力な力。数十年に1人という確率で発生する力を人々の…困っている人達の為に使いたかった。私を選んでくれた男性達は例外なく、そんな私の願いを聞いてくれて…。周囲の人達も支えてくれた。お父様やお母様。屋敷の使用人達、友達、知人。私は皆が大好きだった。」
何度も巡った人生で、それは絶対に変わらないこと。
皆…。また、会いたいなぁ…。
私、独りで知らない世界に来てしまった。
この世界は…私には…辛過ぎます。
「そういえば、一人だけ。私をずっと 友人 として接してくれた男性がいました。互いに同じ人の理解者であるが故に結ばれた友情。好意は持っていましたが、結局、彼と結ばれる未来は訪れなかった。男女の友情は成立しないと言う方がいますが、あの方と私の間には確かに友情が存在していた。」
今にして思うと…。いえ。止しましょう。
これ以上は…。私と彼の友情を否定することになってしまう。
うん。どの人生も満足でした。自分のやりたいこと、信念も、願いも、夢も。全てを貫いたのですから。
だから…後悔も、未練もありません。
「今回も…無いと…思っていたのですが…。最後の最後で…失敗してしまいましたね…。ごめんなさい。聖愛さん…。助けられなくて…。」
眼前を覆う消滅の白い輝き。
残され、与えられた僅かな時間も消費したレティアは自分の身を呑み込む滅びの光を受け入れ目を閉じた。
死。
次の人生が、もしあるのならば…神様…どうか、また、家族に…会わせて下さい。あの時の様な、楽しい時間を…もう一度。
『ん?。何?。』
『おや?。』
一瞬。レティアの耳に聞こえたのは、飄々とした態度を取っていたザレクとシリュエルの戸惑いの声だった。
ギュルルルルルウウウウウゥゥゥゥゥ…。
次の瞬間。
とてつもない音と衝撃が周囲に走った。
レティアの身体にエーテルは届くことなく、何かに衝突しレティアを避けて四方へと方向を変える。
いったい、何が?。
そう思い、目を開けたレティアの瞳に映ったのは、全身を銀色の鎧で覆った仮面の騎士だった。
『か弱い女性を2人掛かりで襲うとは、僕達の敵はどうやら相当の悪のようだね。』
聞き覚えのあるような声。
いえ。そんな筈はない。だって、彼がこの世界にいる筈がありません。
そう思考が巡る中、目の前の騎士を見つめるレティア。
『ええ~。誰?。私達の邪魔するとか何考えてる訳?。てかさぁ。私の攻撃を何防いじゃってんの?。ムカつくんだけど?。』
『………。』
突然、現れた謎の騎士に苛立ちを露にするシリュエル。しかし、逆にザレクは黙り鎧の騎士を観察していた。
『僕は仁という。悪いけど君達の戦いに介入させてもらうよ。どうしても、この女性を救いたかったのでね。』
仮面越しで素顔は見えなかったが、レティアの目には目の前の騎士が自分を見て笑った様に感じたのだった。
ーーー
ーーーレティアーーー
白銀の鎧を纏う騎士。
彼は自分を仁と名乗った。
仁様…。彼と…。かつての友人と同じ名前…。
その身体から迸るエーテルは信じられないくらい力強く、それでいて激しい怒りを秘めていました。
『さて、君達が神眷者で合っているかな?。』
やっぱり、聞き覚えがある…。
かつての、この世界に転生する前の世界で…。
この方が、私を守ってくれた?。
どうして…何者なのですか?。記憶の中の彼と同じ声、同じ名前。けど、姿が違う。
別人ですよね?。
『そうだよっ!。私達は白国の神眷者。私の契約した神様から異神を排除しろってお願いされちゃったからさ。だから異神を皆殺しにするの。』
『くくく。まぁ、それは建前で結局貴殿方を殺し尽くした後に用意された仮想世界を手にするためなのですけど。』
『そうかい。では、彼女を始末しようとしたのは、排除対象である僕等異神に手を貸した裏切り者であると、同時にライバルを消しておこうという考えかな?。』
『きゃははは。やっぱり分かっちゃう?。そうだよ。賞品は1つしかない。私達にとって異神と同じくらい他の神眷者は邪魔な存在なの。』
『くくく。そうです。神々もなかなか酷なことをなさいますでしょう?。言うなれば、貴殿方異神は我々にとってのハンティングゲームの獲物な訳です。くくく。どちらが狩られる方なのか。くくく。』
『分かっているなら。話は早いね。僕は彼女を傷つけた君達を許さない。悪いけど。ここで君達を倒させてもらうよ。この正義の鎧に誓って!。』
鎧の騎士様がポーズをとる。
夜の暗がりを照らす輝き。その姿は、遠い昔にお母様に読んでもらった本に登場した英雄のようで…お姫様を助ける。鎧の騎士…様…。
『か…っ…こ…いい…。』
胸がときめく。
ドキドキとした鼓動で心地良い傷み。
あの方を見ているだけで苦しい…。
『え?。格好いいのアレ?。レティアちゃんの感性ちょっとズレてない?。』
『………。』
『ねぇ。ちょっと、ザレク君?。どうしたの?。何か言ってよ。相手は異神だけど、こっちは2人だよ?。私達2人なら異神の1柱くらい…。』
『やれやれですねぇ。シリュエル。もう少し後退した方が良いですよ?。そのままでは、貴女は死にます。』
『え?。何…言って…っ!?。』
無意識か。指示に従っただけか。
シリュエルが数歩後ろへ下がると、丁度頭部があった場所に光の筋が通った。
『なっ!?。何?。』
『ちっ。外しましたわ。』
今度は黄金の鎧に身を包んだ金髪の女性が現れた。
彼女もまた鎧の騎士様と同等のエーテルが身体から溢れていた。
『だ、誰よ!。あんた!。いきなり斬り掛かるとか!。危ないじゃん!。ふざけないでよね!。』
『何を仰いますか!。あちらの傷ついた女性を一方的になぶっておいて!。貴女のような悪人に騎士道を掲げては私の剣が穢れてしまう。不意討ち程度がお似合いではなくて?。』
『何よ。それ!。ムカつくんですけど?。殺しちゃう?。ねぇザレク君?。ヤっちゃう?。』
『………くくく。貴女も異神ですかな?。』
シリュエルの言葉を無視し現れた女性に声を掛けるザレク。
声は依然として飄々としているけど、目は笑っていない。
『ええ。そうですわ。クロノ・フィリア!。春瀬!。貴殿方と敵対し滅ぼす者ですわ!。』
『異神!。きゃははは!。じゃあ、殺しちゃって良いよね?。』
刃のついた銃を構えるシリュエル。
今にも飛び出しそう。
『シリュエル。少し、落ち着きましょう。』
『ええ。でもぉ…。』
『そこの鎧の方。1つ、いえ、2つ程お聞きしても?。』
『構わないよ。』
再び、シリュエルを無視して話を続けるザレク。
『貴殿方はこの世界で何をしようとしているのですか?。侵略?。略奪?。くくく。もしや噂通りの世界征服、ですかな?。』
『何もしないさ。仲間との再会。そして、平和な日常を取り戻す。それだけさ。』
『ふむ。成程。成程。では、そこのレティアさんを助けたのも、今掲げた目的に関係があると?。彼女はむしろ貴殿方の敵になる立場の者ですが?。』
『彼女に関しては僕の個人的な判断で行動しただけだよ。…僕は悪の行動を見逃せない。正義の味方だからね。』
『正義の?。くくく。くくく。面白いことを言うのですね。異神が正義とは。』
『そんなことは言っていないよ。弱い立場や争う力を持っていない人々を守れれば良い。言うなれば、異神ではなく。僕自身のエゴであり、自己満足さ。』
『ふむ。そうですか。つまりは…くくく。理解しているのですね。この世界…神が支配する世界ではエゴを押し通した者が正義だと?。』
『噂ではこの世界を納める七つの大国の王はそうやって国を纏めているらしいからね。なら、こっちも同じことをするだけだよ。僕達は、僕達の為に神としての力を振るう。それが神となった僕達の存在理由で、世界と星から与えられた在り方だ。神具の具現化条件が自らの存在を認めるというのも…そういうこと…みたいだしね。』
『くくく。神は世界と星の歯車であり、その一部である。簡単な話。自由に己の力を行使することが神としての在り方な訳です。くくく。それがこの世界の住人にとっての侵略行為であることも理解していると?。』
『まぁね。憶測だけど。世界に神が増えるということはルールが増えるってことだからね。住人にとっては神が増える=自由が失われていくってことだろうし。さぞ、迷惑だろうね。』
『くくく。そうです。それが異神の出現に対しこの世界の住人が 侵略 と称する理由ですよ。そして、その侵略を阻止する為に力を与えられた神眷者である我々こそ、この住人にとって英雄というわけです。』
『そうなんだね。人々の願いや想い。それを利用して君達は…神眷者達は神々の恩恵を受け特典である仮想世界を得ようとしていると。』
『はい。命令や自己犠牲で強大な力を持つ異神と戦うなど御免ですから。』
小さく肩を竦める騎士様。
『やれやれ。この世界でも神々に振り回されそうだね。』
『くくく。では、大人しく我々に殺されるのはどうです?。そうすれば、世界に平和が訪れますよ?。』
『そうかい?。色々と調べたけど。僕達。異神が現れなくてもこの世界の状態は平和とは程遠いところにあったと思うけど。』
『………。最後に1つ。』
『どうぞ。』
『レティアさんを助けに来たと言いましたが、貴殿方にとってレティアさんよりも下に落ちた少女の方が優先すべき対象なのではありませんか?。仲間との再会と先程仰っていました。仲間である彼女を放って、この世界の住人であり、自分達の敵であるレティアさんを優先する意味が分かりません。…ああ、知らないようでしたら教えてあげますが、下にも我々と同じ神眷者がいます。今頃、彼女は…。』
そうです。聖愛さん…。
私なんかよりも彼女を助けて…。
『それは心配ないよ。』
『はて?。それはどうしてですかな?。』
『僕達は今度こそ全てを手にしてみせる。平和な日常も、仲間達も、全てね。それだけの時間も経験も積んできたつもりだ。かの世界での体験は、時に敵対し戦った相手だとしても繋がりを作ってくれた。そっちは彼等に任せたんだよ。』
『っ!?。そうですか。色々と質問に答えて頂き感謝致します。少しですが、貴殿方のことを理解できたと思います。』
『きゃははは。ねぇ。ねぇ。ザレク君。もう良いよね?。コイツ等纏めて殺しちゃって!。』
『いいえ。今日はここまでです。帰りますよ。』
『ええ!?。どうして?。ヤろうよ!。ヤっちゃおうよ!。』
シリュエルが銃口を騎士様達に向ける。
女性の騎士の方が黄金の剣を構えた。
騎士様は私を守るように前に立ってくれる。
『シリュエルっ!。俺の命令が聞けないかぁっ!。』
穏やかな言葉使いとは一変。
一人称を含め乱暴な言葉への変化。
もしかして…こっちが彼の素なの?。
『っ!?。ご、ごめんね。ザレク君。怒らないで。そ、そんなつもりはなかったんだよ?。うん。分かった。帰るよ。大人しく。うん。ちゃんと言うこと聞くよ。』
豹変した彼に怯えるように小刻みに震えるシリュエル。
神具を消し、彼の後ろに移動する。
『やれやれ。申し訳ありませんね。お見苦しい所をお見せしてしまいました。私共はこの辺でお暇させて頂きます。またお会い出来ることを楽しみにしておりますよ。』
『僕としては御免だよ。』
『くくく。そう言わずに。ではでは、さようなら。どうか、再び会うまで自分の正義を貫き下さい。』
『ばいば~い。』
その言葉を残しザレクとシリュエルが夜の闇へと姿を消していった。
ーーー
ーーー聖愛ーーー
刃となった純黒の翼が眼前に迫る。
殺気を含んだ黒牙の瞳。
その中にかつての…恋人としての温かみも愛情もない。
私を殺すこと自体が彼にとって心を動かさない。まるで、ただの作業のように。
『黒璃ちゃん…。暗ちゃん…。ご主人様…。』
どうやら私はここまでのようです。
もう一度、お会いしたかった…。
『助けます。』
え?。
突然、私と翼の間に割って入るメイド服。
金属同士がぶつかって生じる高い金属音が周囲に響いた。
『っ!?。お前は!?。確か…。』
黒牙も困惑している。
この状況、黒牙も予想外のことのようですね。
銀色の髪を靡かせ、全身が金属化したメイド服の少女を睨み付ける黒牙。
この方が…どうして…。
『くっ、金属化し硬化した私の身体を容易に削るとは、相当強力な能力を得たようですね。』
『大丈夫ですか~?。聖愛さん~。此方に~。銀ちゃんも~。さがって~。』
『了解です。白雪。』
別の女性が私の身体を支える。
この方も…この世界に?。
『お前がこの場のいるということは…。』
『自分自身の為に他人全てを利用する。かつての仲間は勿論、元恋人や家族でさえも。そういう思考だからこそ危険と判断して僕は君を真っ先に排除した。』
『っ!?。貴方は…。』
仮想世界で生きてきて彼を知らない者はいないであろう。
彼もこの世界に転生していたの?。
『まぁ。最も、目的の為に手段を選ばなかった僕が言えた義理じゃないけどね。』
白に統一された軍服のような衣服。
手には純白に輝く剣を握る白髪の青年。
『き、貴様…。』
悔しそうに、憎しむように。彼を睨み全身を震わせる黒牙。
殺気立つ彼呼応するように溢れるエーテルがどす黒く変色していく。
そんな彼は、唇を噛み締め、口の端しから血を垂れ流すくらい憎む青年の名前を呟いた。
かつて、自分を殺した人間の名前を。
『白蓮っ!。』
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