第260話 思わぬ再会
白国からの脱出当日。
『聖愛さん。足元にお気を付け下さい。』
セラさんが先導し安全を確認。
その後をレティアに手を引かれた私が歩いていく。
時刻は深夜。感覚的に2時を過ぎたくらいでしょうか?。大聖堂は静まり返り、時折、巡回中のシスターを隠れてやり過ごす。
首輪以外の拘束は解かれ、衣服はレティアさんのモノを貰いました。私が仮想世界で着ていたのと似たデザインのシスター服を。
『レティアさん。このまま何処に向かうのですか?。』
『この道の数キロ先には街道沿いに崖になっているんです。そこに下に降りる螺旋階段があり、崖の下には更に街道が延びています。その先は黒国との国境になっていまして、そこからの脱出ならば白国の追手は手を出せません。黒国に入ったら貴女を待っている人がいます。その方と共にどうか生き延びて下さい。』
『私を待っている?。』
『はい。実は貴女のことは 彼 からお聞きしたのです。名前などは明かせないとのことでしたが、貴女のことをよく知っている方でした。この脱出の経路も彼の手助けがあったからなのです。』
『彼…ですか…。』
まさか、ご主人様が?。
確かに、この世界で正体を明かすのは自殺行為。何処に敵が潜んでいるか分からない以上、迂闊に名乗ることは出来なかったのでしょう。
『彼は聖愛さんに会いたがっていました。何でも、ちゃんとした別れを告げられずに仮想世界で命を落としたとか。それは、悲しいことです。ですが、こうして別の世界で巡り会えるんです。私は何としても貴女を彼と会わせたかった。』
『レティアさん…。』
『聖愛さん。絶対に生き延びて下さい。私は立場上一緒にいれませんから。いつか、ゆっくりとした時間が出来た時には最高の茶葉をご用意致しますので。』
『ええ。必ず。』
一時間くらいが経過したでしょうか?。
目の前には目が眩む程の高さの崖。下に見える地面が遠くにあります。
『通路は此方です。』
レティアさんが手を向けた方には灯りのついた螺旋階段が設置されていた。
『この階段を降りて道沿いに歩いていくと、すぐに国境です。そこで彼が待っています。そこまではセラが案内しますので。』
『レティアさんは?。』
『私はここでお別れです。セラが戻るまでここで白国からの追手がいないか見張っています。最悪戦闘になる可能性もありますが、私ならば大丈夫です。』
『レティアさん…。』
『必ず…生き残って下さい。』
優しい笑みで私を見送るレティアさん。
本当に何から何まで助けられてしまった。
『はい。必ず。そして、いつか…また、会いましょう。』
『はい。約束です。』
レティアさんは私を軽く抱きしめ背中を押してくれた。
『さぁ。セラ。聖愛さんをお願いします。』
『………。』
『セラ?。どうかしましたか?。』
レティアさんの呼び掛けに反応しないセラさん。
虚ろな眼差しでレティアさんを見つめていた。
不思議に思ったのだろう。レティアさんがセラに近付こうとした。…その時だった。
『ぐあっ!?。うっ…。』
『レティアさんっ!?。』
レティアさんの横腹をエーテルが貫いた。
彼女は横腹を押さえて倒れ込む。
『だ、駄目です。聖愛さん…こっちに来ては…。』
その言葉に足が止まる。
誰?。白国の追手?。もう来たの?。
『きゃははは。当ったり~。本当は核を狙ったのにね。暗いから外れちゃった。』
『くくく。確かに暗い。逃げるなら絶好の夜ですね~。』
2人の男女が木の上から降りてきた。
知らない顔。
女の方は白い羽と輝く輪を持つドレス姿の天使。
男の方は細身でスーツを着た仮面をつけている。まるで奇術師のような外見。それに、蝙蝠のような翼と悪魔のような細い尻尾。…悪魔?。白国に?。
ライフルのような長い銃身に細い刃が取り付けられた武器。その尖端をレティアさんに向けていることから彼女を攻撃したのは女の方だと分かります。
『あ、なた達は…何故…ここに?。』
『きゃははは。それ聞いちゃう?。理由なんか簡単じゃん。裏切り者を粛清しに来たの。てかさぁ。マジで逃げられると思ってたの?。』
『まぁまぁ。仕方がないですよ。お人好しのレティアさんですから。弱っている女の子。それが例え異神だったとしても助けたくなってしまうのは分かっていましたし。現にこうして逃げようとしてる。くくく。けど、残念でした。私達から逃げるなんて不可能ですぅ~。』
『そうそう。情報筒抜け。ご苦労様でした~。きゃははは。』
レティアさんを見下すように煽る男女。
彼等にはレティアさんの行動がバレていたということ?。
『何で…私の…行動が…はぁ…はぁ…分かったのですか?。』
『きゃははは。無知って可哀想。どうする?。ザレク君。』
『教えちゃいましょうか?。別にバレてもどうってことないし。それはですね~。こういうことです!。』
パチンッと指を鳴らすと、隣に居たセラさんの身体が歪んだ。
これは?。セラさん?。
『セラ?。』
セラさんは粘土の様に形を変えて男の…ザレクと呼ばれた彼の元に移動していく。
丸い球体となったセラはザレクの指の上で回転するとパンッと弾けて消えてしまった。
『初めて見ますよね?。これが私の神具。【摩訶不思議催眠空間 パレラル・アマハ】で御座います。くくく。』
『っ!?。』
『驚いてますね。そうです。貴女が心から信頼する側近であったセラ。彼女は最初から私の神具によって作られた幻だったのですよ。』
『そ、そんなこと。私は確かに彼女の両親の病を治療しました!。神具を使用し2人を治して…。』
『~っと。いう夢でしたぁ!。どうです?。実にリアルだったでしょう~。夢幻。セラという幻像を介して見ていましたが…くくく。なかなか滑稽でしたよ?。思わず笑ってしまいました。爆笑です。くくく。』
『きゃははは。私も見た。滑稽。滑稽。』
『………。』
『ずっと貴女を監視していました。まさか、異神を助ける選択を取るとは、王の思惑の通りに動いてしまいましたね。…さて、王の命令です。』
『っ!?。聖愛さん。』
『させないよ~。』
女の銃から放たれたエーテルが崖下へと続く螺旋階段を破壊した。
『さて、これで逃げられません。』
『異神と一緒に殺しちゃうよ!。』
2人の身体から明らかな殺意がエーテルと一緒に溢れ出ている。
私は戦う術を持っていない。
レティアさんだけなら生き残れるかもしれない。
『聖愛さん。どうか…生き残って。』
『え?。うっ!?。』
様々な思考が頭の中を巡る中。
唐突にレティアさんに身体を押された。
私の身体は容易く空中へと投げ出され落下していく。
一瞬だけ見えたレティアさんの顔は泣いていた。
崖下へと自由落下していく私の身体。
このままではマズくないですか?。
今の私は魔…エーテルを使えない。肉体もただの人間と変わらない。このまま地面に激突したらぺちゃんこです。
『何とか、方法を…。』
焦る気持ちを抑えながら生き残る方法を考える。
ですが、そうそう良い考えなど思い付く訳もなく、私の身体は…。
『きゃぁぁぁぁぁあああああ。』
地面へ吸い寄せられていった。
ーーー
ーーーレティアーーー
彼のエーテルを感じました。
おそらく、聖愛さんが心配で来てくれたのでしょう。
一か八かでしたが、聖愛さんをこの場所から無事に逃がすこと成功しました。
後は、私がこの状況をどう潜り抜けるかですが…。
『くくく。首輪でエーテルを封じられている仲間を崖下に突き落とすなんて惨いことしますねぇ~。レティアさん?。』
『きゃははは。今頃ぺちゃんこじゃない?。』
『ふふ。そんなことありません。彼女には仲間がいますから。今頃は救出されている筈です。』
『仲間…ねぇ~。それって、黒い翼を持った黒装束の男かな?。』
『な、何故、それを?。』
『くくく。何故でしょうねぇ~。ですが…貴女の思い通りにはなっていないと思いますがね。くくく…。』
ーーー
黒い羽が舞った。
私の身体を抱きしめる力強い腕。
懐かしい温もり。知っています。
共に過ごした日々。一から共に作り出したギルド。
貴方が死に、黒璃ちゃんは変わってしまった。
私も泣いた。沢山。人目を避けて一人の時に。
『黒牙さん…。』
彼は優しく微笑むと、ゆっくりと地面へと着地した。
記憶の中と変わらない、その笑顔。
忘れることのなかった死んでしまった元恋人。
ギルド【黒曜宝我】の初代ギルドマスターであり。黒璃ちゃんの実兄。
『久し振りだね。聖愛。また、会えて嬉しいよ。』
『黒牙さん…。本物?。』
『はは。何だ?。その質問は。聖愛がこの世界に転生していることを聞いて飛んできたっていうのに。』
『もしかして、黒牙さんも転生を?。』
『そうみたいなんだ。俺の考えだと仮想世界でレベルが120以上だった者はこの世界で転生するらしいんだ。だから、かつてのギルドの仲間達も転生している。皆元気だ。安心してくれ。』
『ギルドの…。』
思い出すのは、黒璃ちゃんを疎み排除しようとしたかつての仲間達。
黒璃ちゃんと暗ちゃんを除いたメンバー。
墓屍、詩那、寝蔵、嶺音、巴雁、禍面、苦蜘蛛。
ご主人様によって殺されたギルド【黒曜宝我】のメンバー達。
彼等は黒璃ちゃんを襲った。ギルドマスターに相応しくないとし殺そうとしました。
今更、再会したところで到底仲良くなど…仲間に戻るなど出来る筈もありません。
『黒牙さん。こんなお願いを突然するのは困らせてしまうかもしれませんが、崖の上で私の恩人が襲われているんです。私には助けることが出来なくて…お願いです。彼女を救って下さい…。』
『そうか。彼等が動いているのか。頃合いだな。』
『え?。うっ!?。』
崖の上を見上げていた黒牙さんが振り返った。
同時に私の身体を鞭の様な武器が巻き付いてバランスを崩した身体が地面を転がる。
『黒牙…さん?。』
『聖愛。1つ確認する。神眷者についてどこまで知っている?。』
『神眷者?。』
『お前が助けたがっているレティアという女に何処まで聞いた?。』
かつてない程の冷たい声。
これが黒牙さん?。あんなに優しかった私の大切な人?。
『…神から力を与えられたこの世界の住人…と。異神をリスティールから排除することを目的としている人達だと聞いています…。』
正直に答えるしかなかった。
今の私には抗う術がない。拘束されてしまった今、下手な行動は命取りとなるでしょう。
けど、何故ですか?。黒牙さん…まるで人が変わってしまったみたいに…そんな目で私を見たことなんて今までに一度も…。
記憶との相違に戸惑っていると、黒牙さんは薄気味悪い笑みを浮かべた。
『そうか。ならば、神眷者が神から与えられる異神を排除した後の特典までは聞いてないのだな?。』
『特典?。』
『ああ、神眷者は神から力を与えられた際、異神を排除した後に、ある褒美を受け取れることを約束している。』
『異神を排除した後?。』
『そう。最も多くの異神を殺した神眷者には自身を創造神とし自由に創造出来る仮想世界が与えられる。』
『そ、それって…。』
『そうだ。神々が創造した俺達の住んでいた偽りの世界。しかし、限りなく本物に近い、現実とは隔離された別世界を手にすることが出来る。この意味が分かるか?。』
『うぐっ!?。』
縛られ俯せ倒れている私の背中を踏みつける黒牙さん。
体重を乗せた踵で何度も抉られる。
『聖愛よ。元恋人の好。そして再び再会した縁だ。俺の為に死んでくれないか?。』
『うぐっ!?。あ、貴方は…本当に…ぐっ。黒牙…さん…なの…ですか?。あの…優し…かった。私の…恋人…で…黒璃…ちゃんの、あぐっ!?。お兄さん…の…。』
『ああ、そうだ。俺はお前の知る黒牙だ。あの頃から何も変わらない。変わっていない。俺は俺の為に周囲を利用する。お前も幸せだっただろう?。あの混沌とした1年間。恋人としてお前の隣に俺がいたことでお前は心からの安心を手に入れた。その変わりに俺はお前の全てを自分の為に利用した。戦力としても、女としてもな。お互いに互いを利用する関係だった。問題あるまい?。』
『そんな…。私は…本当に貴方のことを愛して…うぐっ。』
『俺もだ。お前を愛していたぞ。使い勝手が良かったからな。その為に扱いやすい三陰として
お前や暗を任命した。黒璃も…だが…はぁ、予想以上に使えなかった…今となっては、肉親の愛情も薄れてしまった。使い捨ての駒だ。ふふ。最も使い捨てる前に俺は死んでしまったがな。』
『つまり…貴方は…自分の為に他人を…私を…ただの道具としてしか考えていないと?。』
『ああ、その通りだ。そして、それは間違いでなかったと実感した。見よ。これが今の俺だ。』
黒牙さん…いえ、黒牙の身体から溢れる尋常でないエーテル。
これは、上にいた2人が可愛く感じられるくらいの絶望的なまでの圧力を周囲にばら蒔いていた。
『仮想世界での能力をそのままに、神眷者としての神の力を上乗せし融合した。俺は神眷者の中で唯一お前達と同等の強化をされた者なのさ。』
『………。』
ダメ。動けない。
多分、私の身体を縛っている鞭の様な武器。
これは神具だ。能力は分からないけど、拘束された私では身動きすら取れない。
『さて、少々話しすぎた。聖愛。愛していたぞ。お前のことは忘れない。俺の心の中で生き続けてくれ。』
『わ、たしは、貴方が好きでした。ずっと。貴方が殺されて…何度も泣きました。ですが…それは私の心が弱かったから。貴方に寄り添うだけで貴方自身の本質を見極めることを怠った私が未熟でした。』
『ほぉ。なら、今の気持ちを教えてくれるか?。』
『私は貴方が大嫌いです!。二度と私や黒璃ちゃんの前に現れるな!。』
『ふふ。そうか。ならば躊躇いもないな。お前もその他大勢の一人として俺の中から消えろ!。』
振り下ろされる黒い翼。
尖端が鋭利な刃物のように輝いていた。
私に出来た最後の足掻きはただの暴言。
黒牙には一切響かない私の叫び。記憶の全てが偽り、思い出は偽物、私の人生の半分を共に過ごした大切な人は…私のことを最初から裏切っていた。
『嘘つき…。』
小さな声で悪態をつき。
迫る刃が身体を切り裂くのを涙を流しながら待った。
ーーー
ーーーレティアーーー
『うぐっ!?。』
壁を背に座り込む私の左肩を無情にもエーテルの弾丸が撃ち抜いた。出血と共に激痛が走る。
身体を中心に溢れた血液が池のように広がっている。
『きゃははは。またまた、当ったり~。けど、そろそろ飽きちゃったよ。両足撃っちゃったからさ~。逃げられない。動かないただの的でしかなんだよ?。』
『くくく。そうですね。裏切り者への制裁はこのくらいで良いでしょう。』
私の横腹、下腹部、両膝、両太腿、右胸、左肩、左手は撃たれてしまった。
彼女のエーテルによる砲撃は私を痛め付ける程度の弱さに調節されている。
『何で…発動…してるのに?。』
頭上に展開した私の神具【聖天光輝晶盾 シルルティア・アーリャ】。輝きの届く対象全ての傷を癒し、あらゆる攻撃から対象を守る絶対防御を誇る盾。
…の筈なのに、何故、彼女の銃撃は私を捉え身体を貫くの?。傷も一向に癒えないし…。
『くくく。不思議そうですねぇ。そろそろネタバラシをしましょうか?。貴女は神具を出した気になっているだけなんです。実際には神具を発動していない。』
『え…?。』
神具を発動していない?。
『私の神具。パレラル・アマハはまだ解除していませんでした。貴女がセラを認識していた時からずっと。故に私は神具が発動している限り、貴女にいつでも催眠を掛けることが出来ます。私が望む好きな世界を貴女にお見せし体験させる出来るのです。くくく。どうせ死に行く者。そろそろ現実に戻してあげましょう。』
指をザレク。
すると私に視界が硝子が壊れるようにひび割れた。
場所は変わらない。けど、さっきまで頭上にあった神具が消えていた。
いえ、最初から出していなかったのですか…。私は偽りの認識をしていたと。
『セラ…。』
『彼女に会いたいですか?。あんなに仲が良かったですもんねぇ?。ですが、もう時間もありませんのでその願いは叶えてあげられません。安心して下さい。今頃、もう一人の貴女のお友達も崖下で死んでいる頃ですよ。』
聖愛さん…ごめんなさい。
私が…騙されたばっかりに…。
『さぁ。シリュエル。トドメを。』
『は~い。バイバイ。裏切り者~。』
シリュエルの神具。
その尖端にエーテルが収束していく。
狙いは私の胸の…核…。
『きゃははは。死んじゃえ!。』
放たれるエーテルが周囲を光で白く塗り潰した。
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