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第257話 極炎生命輪 フェニキシル・ソル・フェフィア

 逸早く自らの身に迫る危険に気付いたのは、華桜天の当主。楚不死だった。

 それは、長年に渡り培われた経験から来る勘であり、彼女が何よりも信じられる技能だ。

 何度も自らの命を救ってきた絶対的な能力。

 神と契約し神眷者となりエーテルを扱えるようになった彼女の勘は未来予知にも近い 直感 へと進化し、幾度となく彼女を窮地から救ってくれたのだった。

 その直感が今、けたたましく脳内で警報を鳴らし続けている。

 逃げろ。一刻も早く。この場から。


 楚不夜は小さく舌打ちをした。


『チッ。どうやら、ハズレを引いちまったか…。まさかのご対面だ。ついてねぇ。』


 誰にも聞こえない小さな小言。

 冷静さを失わず、思考を回転させる。

 どうすれば最悪の事態を避けられるか。そもそもこの場での最悪の事態とは何なのか。

 どうすれば生き残れる?。どうすればこの状況を瓦解できる?。

 可能性を模索し繰り返し脳内でシュミレーションを行う。

 表情にも態度にも出さず、煙管から煙を立ち上らせながら巡りめく思考。

 刻一刻と時間は経過していく。

 誰にも気付かれないが背中は汗でびっしょりだった。


 時間が少なすぎる。

 まるで、突然、現れたようだ。


『夜営準備中止。速やかに撤退する。不死鳥共はこの場に捨てておけ!。急げ!。』


 それが、当主としての楚不夜が出した結論だった。

 この場を一刻も早く離れる。

 それしかなかった。

 

『楚不夜様!?。いったい何を仰っておられるのですか?。』

『そうです。折角、捕まえた不死鳥を見す見す捨てるなんて。』


 状況を理解できていない黒服達が反論する。


『なら、良い。不死鳥共は貴様等にくれてやる。精々、大事にしろ。命が惜しい者のみ私に続け。』


 踵を返す楚不夜。

 その足取りは早く軽い。一心不乱…と、まではいかないが早足で移動する。


『お前達も馬鹿だね。姉さんの内心を教えてやるよ。状況判断を的確に行えない無能はいらないってさ。』

『ああ。楚不夜様の優しさを無下にした罰だ。精々苦しめ。』


 黒いスーツ姿の女と侍風の男が楚不夜の後ろについていく。

 唖然とする黒服達は慌てて私物を集め始めた。

 急げ の意味を履き違え、逃げられた筈の時間を自らの潰してしまった。

 楚不夜の後を追おうとするも時は既に遅すぎた。


 広範囲に展開される炎の結界。

 辛うじて結界の外に逃げることに成功した楚不夜達3人以外の全ての部下達が逃げ遅れ結界内に閉じ込められた。


『チッ。馬鹿者共が。これでは助けられん。いや…私達も危険な状況は変わらんか。【アレ】からどう逃げるか…。』


 楚不夜が睨む空。

 張り巡らされた結界の上空に佇む1人の少女。

 美しく輝く炎の翼を広げる、天女ですら裸足で逃げ出す程の美貌を持つ死神が自分達を見下ろしていた。

 あまりにも冷たい、凍えるような瞳で。


『チッ。化け物が。』

『姉さん。あれは…マズイな。何なんだ?。あの有り得ねぇ存在感は!?。それに、エーテルの桁が尋常じゃねぇぞ。』

『まさか。あれが異界の神でしょうか?。しかし、何故、我々に?。』

『忘れたか?。チッ。こんなことなら捨てずに殺しておけば良かったな。人族だと思って油断した。私のミスだ。こんな場所に 異神 が潜んでいたとはな。』


 少女が結界に手を翳した瞬間。

 結界内に閉じ込められた逃げ遅れた部下達の身体が一斉に燃え始めた。

 苦しみ踠く黒服達。

 一目見て理解する。あれはただの炎ではない。エーテルから発生する神炎だ。そして、燃えているのは彼等の身体ではなく。別の何かだと。


 楚不夜には部下達を助ける気など毛頭ない。

 状況判断の遅れ、危機察知能力の未熟さ。

 あまつさえ、彼女の言葉に疑問を持ち、直ぐ様行動を起こさなかった不熟性。

 この世界において、磨かなければならない経験だ。生と死は隣り合わせであり、悠長にしていれば簡単に失うのが命なのだから。

 故に、判断を誤った部下達を助ける義理はないと楚不夜は考える。

 ましてや、今回同行した部下達は報酬に目が眩んだ【武星天】の子飼い。幼少の時から戦うことだけを強要された、要はチンピラだ。

 自分達との直接的な繋がりはなく。精々、自分達の役に立って貰おうと、現在は思考を変え、敵の性質を理解しようと燃える様子を食い入るように観察していた。


 全員が燃え尽き炭となるのに数分と掛からなかった。

 役目を追えたとばかりに、結界は消え、結界内で生きていた不死鳥達の元に少女が降り立った。


『母様。父様。』

『睦美…ちゃん。』

『無事だったんだね。良かった。』

『はい。助けに来ました。安心して今はお休みください。』


 目の前に立つ睦美は、端から見ればその容姿は可憐な少女に見えるだろう。しかし、楚不夜達からすれば、常軌を逸した化け物でしかなかった。


『基汐さん。私の家族をお願いします。』


 更に楚不夜達を驚愕させ絶望感を与えた。


『ああ。手伝わなくて良いのか?。』

『はい。ここは、私に。あの方々がこの騒動の主犯です。不死鳥である私が決着をつけます。』


 2体目の異神の登場である。


『おいおい。異神が2体とか笑えねぇな。』

『チッ。』


 楚不夜達は動けないでいた。

 眼前には2体の異神。明らかな敵意を向ける存在に下手な行動は命取りとなる。

 しかし、このまま手を拱いていては生き残るためのタイミングを逃してしまう。


『分かった。彼等のことは俺に任せろ。あの家で良いよな?。』

『はい。宜しくお願い致します。』


 幸運なのか。奇運なのか。

 基汐はフェリティス達5人の不死鳥を抱え飛び立って行った。

 2体を相手にすることはなくなった楚不夜達だったが、目の前に迫る驚異が消えた訳ではない。


『楚不夜様。ここは私が命を賭けて時間を稼ぎます。どうか、その間にお逃げ下さい。』


 両手に拳銃を握り臨戦態勢を取るスーツ姿の女。


『ああ。姉さんが逃げる時間くらいは稼いでやるからよ。得意の【仙術】で出来るだけ遠くに逃げてくれや。』


 真っ赤な刀を抜き、構える侍風の男。

 前に出る2人に楚不夜は小さく舌打ちをして応える。


『馬鹿共が。私の決めたルールを忘れたか?。自らの命を差し出す自己犠牲など最も愚かな行為だ。それを私が許すと思っているのか?。』

『しかし。』

『だがなぁ。』

『安心しろ。今はあの少女には勝てん。しかし、逃げる方法と手順は見えた。多少犠牲を払わなければならんが。私を信じろ。』

『…了解しました。』

『…ふ。敵わんなぁ。』


 楚不夜の後ろに立つ2人。睦美を睨む。


『一応、お会いするのは2度目ですが。初めまして。赤国の方々で宜しいですか?。』

『ああ。赤国を中心に商業を活動を行っている華桜天の楚不夜という。』

『そうでしたか。私は睦美と申します。貴女方が先程まで苦しめていた不死鳥の子供です。1つ確認するために貴女方に時間を与えたのですが、1つ質問をしても宜しいでしょうか?。』

『構わん。』

『では、何故、私の家族にあのような仕打ちを?。何が目的でしたか?。』

『不死鳥は稀少でな。その身体から出来た灰や羽は高く売れるのさ。不死鳥は再生する。生け捕りにしてしまえば一生金には困らん。そこに目をつけ今回の襲撃を実行した。』

『平和に、静かに暮らしている不死鳥の生活を壊してまで?。』

『他者の幸せなど知らん連中が多くてな。不死鳥自体の稀少性に、どんなに傷付けても再生し、一定の量の灰や羽を常に提供できるとなっては、金に目が眩んだ連中がいても不思議ではないだろう?。』 

『貴女はどう思われているのですか?。』

『………自分と自分の周囲の奴等の幸福のためなら他者の犠牲など知らん。利用してでも生き残る。それだけだ。………最も、今回は完全にハズレだったがな。まさか、不死鳥の中に異神が発生するとは思ってはいなかった。』

『そうですか。では、今、貴女が発した言葉。自分に向けられても文句はありませんよね?。』

『っ!。来るぞ!。良いか!。絶対にあの輪の中には入るな!。燃やし尽くされる!。』


 睦美が神具を広げる。

 炎のリング。睦美を中心に広がるそれを後方に飛んで回避する。

 

『姉さん。あれが何か分かったか?。』

『ああ。あの炎の輪の中はアイツの支配空間だ。おそらく奴以外のルールは通用しなくなり、奴は能力を自由に扱えるようになる。』


 楚不夜は煙管で輪の端を弾き飛ばした。

 煙管からの煙が身体の周囲を取り囲む。


『あの無能共の身体が燃えていたが、あれはおそらく、別の何かが燃えていた。それに起因して付加的か追随したかで身体が燃えたことになる。無能共の中には炎がまだ小さい段階で消火を試みていた者もいた。地面を転がり、布で覆い被すなどして。しかし、炎の勢いは衰えるどころか燃え移り広がっていった。チッ。現状、何が燃えていたかは定かではないが分かるのは一度燃えれば助かる術はないということだ。』

『良く動くお口ですね。では、これならどうでしょうか?。』

『っ!?。』


 炎のリングが回転し、炎の刃が出現する。

 炎の手裏剣。それが8つ。

 楚不夜達へと飛び掛かる。


『【仙煙術・煙網】!。』


 煙で作られた網。エーテルで実体を与えられた。

 飛び交う炎の手裏剣を絡め取り勢いを殺す。


『今だ。長くは持たん!。』


 楚不夜の言葉と同時に走り出す2人の男女。

 残るリングを二丁拳銃で撃ち落とし、刀を持つ男を援護。

 刀の間合いまで一気に詰め寄った。


『この距離ならいけるだろう!。』

『速いですね。』


 刀が睦美の身体を切り裂く。

 一撃目の斬擊の直後、全く同じ軌道で二擊の斬擊が走った。

 睦美の身体に2本の傷を残す。

 

『まだまだ!。』

『こっちも!。』


 撃ち込まれる弾丸の連射。

 何度も身体に刻まれる斬擊。

 しかし、微動だにしない睦美は無抵抗のまま攻撃を受け続けた。


『気は済みましたか?。』


 小さな身体からは想像すら出来ない程の強大なエーテルの奔流が睦美の心を映し出すように炎の翼となって燃え盛る。

 傷口は瞬時に燃え、傷が跡形もなく即座に治癒された。尋常じゃない再生速度に驚愕し恐怖すら感じる2人。


『ば、化け物が…。』

『私達では…。』

『消し炭になりなさい。』


 周囲に展開されたリングが2人に向く。

 その中心に集まる火球から放たれた炎の放射が2人を襲う。


『下がれっ!。【仙煙術】!。【煙弾】!。』


 火炎放射のように広範囲に放出される炎の波と、巨大で連射が可能な火球が発射される。

 同時にそれらを迎撃する為に放たれた煙の弾丸。

 衝突した双方の飛び道具が周囲に水蒸気を発生させた。


『楚不夜様!。』

『姉さん!。』

『準備は出来た撤退するっ!。』


 周囲に大量に立ち込める煙の壁が楚不夜達の姿を隠す。


『目眩まし。そして、逃走による退路の確保ですか…ですが、そんなものは無意味です。』


 全てのリングが睦美へと集まっていき前面に展開され回転を始めた。


『神具、【極炎生命輪 フェニキシル・ソル・フェフィア】。起きなさい。そして、集まりなさい。』


 幾重にも重なるリングに人差し指を向ける睦美。

 その先に集まるは、彼女の炎で命を落とした黒服達の魂。灯火。儚げに、漂う。残り火がエーテルによる意味を与えられる。


『あれは?。』

『緑色の…光?。』

『構うな。止まるな。兎に角走れ!。奴の次の行動など容易に想像できるだろうが!。来るぞ!。デカイのが!。【仙煙術】!。【煙壁】!。』


 楚不夜によって、エーテルで固めた煙の壁が広範囲に広がる。

 

『神技。【神翼輪・魂転炎葬砲】。』


 輝きが増し、集められた魂魄は炎に変換される。


『殲滅です!。』


 収束し、一気に放たれた極大の炎は直線上にある全てを例外なく瞬間的に消し去った。

 燃えるとか。焦げるとか。そういった過程を一切取り除き瞬時に蒸発させた。


 炎の放射が過ぎ去った後。

 直線上にある抉れた地面からは炎による痕跡は一切なく。

 小さな花の芽が顔を出す。

 命の息吹きが大地を覆い始めていた。


『………命の形は覚えました。今回の件。首謀者がいるのですよね?。私をその者まで連れていって貰いますよ。楚不夜さん。この怒り、決して忘れません。』


ーーー


 睦美と戦闘した位置から数百メートル離れた地点の木陰で楚不夜達が休息を取っていた。


『ぐっ……はぁ、はぁ、早くやれ。私の身体に炎が届く前に…腕を切り落とせ!。』

『はいよ。』


 腕先から燃える腕を差し出す楚不夜。

 男は、その腕を躊躇なく切り落とした。


『うぐっ…。チッ。痛いな。はぁ…。はぁ…。くっ。』


 楚不夜が小瓶に入れた不死鳥の灰を取り出し腕に振りかけた。すると、失った腕が急速に生え再生した。


『すげぇな。この再生力。』

『はぁ…はぁ、ああ。これが理由で高額で取引されてるんだ。馬鹿共が血眼になって探すのも納得だろ?。』

『楚不夜様。これからどうしますか?。』

『帰る。馬鹿共には適当に連絡しておけ。不死鳥は見付からず、竜種に遭遇したとでも言えば部下共を失った理由にはなるだろう?。』

『異界の神については?。』

[ ] 『ほっとけ。私等は関わりたくない。あんな化け物相手にしてるだけ命の無駄だ。私等は手を引く。』

『了解しました。』

『あいよ。』


ーーー


 家に帰ってきた睦美。

 温かく迎えてくれたのは元気な姿の家族達。

 フェリスとフェネスの両親。

 フェリナとフェリオの伯父と伯母。

 そして、最愛の弟のフェリティス。

 無事に救出されたことを感謝され互いに喜びを分かち合った。

 無事な身体を抱きしめ合い、涙を流して歓喜した。


『睦美。これからどうする?。』


 静かになった深夜。

 基汐と共に外に出た睦美はこれからについて話し合っていた。


『ワシは…。今回のようなことがまた起きぬよう。ここで家族を守りたい。』

『そう言うと思った。じゃあ、ここでお別れだな。』

『お主はどうする?。』

『俺達がこうして転生したってことは、他の仲間達もこの世界に来てる可能性があると思うんだ。だから、俺が皆を探す。』

『そうか。何かあれば駆け付けよう。』

『ああ。また皆揃って会えるようにしような。閃に会ったら睦美のことを伝えとくよ。アイツも睦美に会いたがってるだろうしな。』

『旦那様…ああ。宜しく頼む。』


 こうして、睦美と基汐が再会し再び別々の道を歩むこととなった。

 いずれ、また交わることを強く誓って。

次回の投稿は5日の日曜日を予定しています。

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