第26話 庭園の妖精
『朝か…。』
俺は、涼。
元 緑龍絶栄 所属。
今はクロノ・フィリアに所属している。
ここに来て2回目の朝を向かえた。
昨日は部屋の整理や建物の案内など生活する上での確認だけで1日が終わってしまった。
今は、朝6時を回ったところ、そろそろ閃さんたちが旅立つ時間だ。
俺は着替えを済ませ下の階にある喫茶店に向かった。
『おはよう。涼君。よく眠れたかい?』
昨日もそうだったが仁さんが出迎えてくれた。
この人は、いつ寝ているんだ?
昨日も夜遅くまで無凱さんの酒飲みに付き合っていたようだったけど。
『おはようございます。仁さん。はい、ここに来てからはとてもよく眠れるようになりました。』
『それは良かった。何か飲むかい?』
『水をいただければ。』
『はい。どうぞ。』
『ありがとうございます。』
俺は水を一気に飲み干した。
ここの水は旨い。
爽やかな味というか。さっぱりした味というか。ただの水道水ではないのか?。
『そろそろ閃君たちが出発する頃だね。皆外に居るから行っておいで。』
『分かりました。』
俺は、喫茶店から外に出た。
既に閃さんたちは準備万端のようだ。
『じゃあ、行ってくるわ。後のことは宜しくな。』
『…行く。』
『行ってきまーす。』
閃さん。智鳴さん。氷姫さん。が皆に手を振っている。
『うぅ、にぃ様…お気を付け下さい。私はずっと待っております。』
永遠の別れのように崩れ泣く灯月さん。
『お兄ちゃん。お姉ちゃんたち。気を付けてね。』
『身体に気を付けるんだよ。』
笑いながら瀬愛ちゃんを抱き抱える賢磨さんと、ちょっと寂しそうに手を振る瀬愛ちゃん。
『何かあったら、すぐに知らせてねー。』
『あっ。またお酒飲んだんですか?もう酔ってるじゃないですか!?』
だらしなく座りながら手を振る無凱さんと怒る柚羽。
『良いんだよぉ。閃君たちの旅立ちなんだから祝い酒だぁー。』
『仲間を連れてくる為のお出掛けに、祝いも何もないじゃないですか!お酒飲みたいだけでしょ!』
『正解ぃ~。仁~~。おかわり~。』
『だから、朝から駄目ですってば!。』
店の中に入る無凱さんと柚羽。
それを見て賢磨さんが言った。
『さて、僕もそろそろ出掛けようかな。』
『賢磨おじさん。もう行っちゃうの?』
『そうです。今度は豊華さんも連れて来るから待っていて下さいね。』
『豊華さん!やった!いっぱい遊んで貰うんだ!。』
『はい。豊華さんも楽しみにしてると思いますよ。』
『うん。楽しみ。』
『ですから、良い子でお留守番していて下さいね。』
『うん。寂しいけど頑張るっ!。』
『はい。良い子です。』
瀬愛ちゃんの頭を撫でる賢磨さんと嬉しそうに笑う瀬愛ちゃん。
まるで本当の親子のようだ。
『涼様。』
『え?あっ…灯月さん?。』
さっきまで泣いていた灯月さんだったのに何事もなかったかのように話し掛けてきた。
正直、驚いた。
『今日は涼様方を私の母様の所に連れていきますのでよろしくお願いします。』
『あ、はい。ええ…と、灯月さん。』
『はい?何でしょうか?。』
『様はいらないよ。何かこそばゆいんだ。』
『そうですか、では、涼さん。とお呼びしますね。』
『ええ、それでお願いします。』
灯月さんは何かを考えるような仕草をする。
『では、私からも1つ。』
『何ですか?』
『私の名前に、さんも、敬語も要りませんよ?。』
『む、そうですか?』
『はい。気軽呼び捨てで構いません。』
『む…それは難しいですね。憧れの閃さんの妹さんですし…せめて、灯月ちゃん。では?。』
『はい。では、その呼び方で。』
『これからも宜しく。灯月ちゃん。』
『こちらこそ。宜しくお願いします。では、中に入りましょうか。』
『ええ。』
喫茶店に入ると仁さんが灯月ちゃんをじっと何か言いたげに見つめていた。
そして、その様子を楽しそうに見ている無凱さん。
と、興味有り気にチラチラと覗く柚羽。
『…。』
『…。』
『……。』
『……。』
『…………。』
『…………。』
何だろう…凄く居心地が悪い。
『あのぉ。仁さん、どうしたんですか?』
空気の重さに耐えられず声をかける。
『…昨晩、何者かが食堂に忍び込んでね。食材が…調味料なども含めて全て無くなっていたんだよ。』
『えっ!?侵入者?俺たち以外にも!?』
『いや、外部からの犯行ではない。ていうか、犯人はもう分かっている。』
『え?もしかして…。』
仁さんの視線は真っ直ぐ一点を見つめている。
その先にいるのは1人しかいなかった。
『灯月君。』
『何でしょう?。』
『何か言うことはないかい?。』
『食材の件でしたら、仕方の無い消費としか。』
『閃君の食事代として割り切れと?。』
『はい。』
『………。』
『………。』
『はぁ。仕方ない。この手は使いたくなかったが…。メルティ。』
『ここに。』
仁さんが呼ぶと何処からか現れるメイド服の少女。
『例のモノを…。』
『こちらに。』
2枚の紙?いや、写真か。
『さぁ。灯月君。これが何か分かるかい?』
『いいえ。何かの写真でしょうか?』
『ふっ…これはね。』
『…。』
『…。』
『…。』
『…。』
溜めるなぁ。仁さん。
『閃君の寝顔写真だ!。こちらが男バージョン!こっちが女バージョンだ!。』
『っ!?』
見ると、いつ撮ったのか閃さんが気持ち良さそうに寝ている写真だった。
『これが何を意味するのか。君ならもう理解しているだろう?。』
『…。』
灯月ちゃんが仁さんに近付いて行く。
そして、あと一歩のところで立ち止まり。
膝をついた。
『何なりと、お命じ下さい。』
驚く程真剣な表情で灯月ちゃんは軍門に下った。
『ふっ…。良いだろう。ソナタの忠義に敬意を評し今朝の朝食の用意をして貰う!。』
『仰せのままに。』
そして、灯月ちゃんの手により瞬く間に食卓へ料理が並ぶこととなった。
しかも、物凄く豪華な料理。
ここに来て2日目、一番ご馳走が並んだ食卓だった。
食事の後、少し休憩し今は灯月ちゃんの後ろを部下たちと威神と共に歩いている。
灯月ちゃんは瀬愛ちゃんを抱っこしながら歩いている。
一生懸命何かの説明をする瀬愛ちゃんに笑顔で相づちする灯月ちゃん。
俺たちは今、つつ美さんという閃さんと灯月ちゃんの母親に会いに行くところだ。
何でも、つつ美さんは、こんな世界になったことで弱者になってしまった力無い人々を保護しているという。
それを聞いて俺は感動した。
やはり、クロノ・フィリアに入ったことは間違いでは無いのだと改めて感銘を受けたのだ。
『なぁ。涼?。』
『どうした?威神?。』
珍しく、動揺したような声で耳打ちする威神に驚いた。
何をやっても動じない。そんな男だと思っていた。だが、ここに来てまだ2日目だというのに随分と丸くなった。もちろん、いい意味で、だ。
でも、しかし、威神が言おうとしていることはだいたい察しがつく。
『目のやり場の困るのだが…。』
『…確かに…。』
前を歩く灯月ちゃん。
灯月ちゃんは普段からメイド服で生活している。
聞くと灯月ちゃんの種族は聖魔翼神族と聞いた。戦闘時には、背中から翼が生えるのだろう。
だが、今は翼を消してある。
そのせいで綺麗な背中が丸見え状態なのだ。
後ろを歩いていると嫌でも目についてしまう。
部下たちも和里と刕好もドギマギしている。
『耐えるしか…ないな…。』
そうして、耐えること5分。
『此方です。』
長い通路の抜けた先、木製の扉を開け…そこは。
庭園だった。
色とりどりに咲き誇る花畑。
色とりどりに舞う蝶たち。
暖かく射し込む日射し。
優しくそよぐ風。
正に別世界だった。
その世界の中心に妖精がいた。
俺を含め全員が言葉を失っている。
その…美しさに…。
『あら~。あら~。灯月ちゃん~。ど~したの~?。』
『おはようございます。母様。』
母様?じゃあ、この方が つつ美 さんか。
『あら~。来るって言ってたの~。今日だっけ~?』
『はい。そうです。』
『あら~。じゃあ此方の方々が~?。』
『はい。母様が無凱様に頼んでいた護衛の方々です。』
『あら~。あら~。あら~。』
嬉しそうに笑う、つつ美さん。
『瀬愛ちゃんは先に皆様の所に行っていて下さい。』
『はーい。』
何故か、瀬愛ちゃんを遠ざける灯月ちゃん。
何だろう。嫌な予感がする。
『男の子~。男の子~。男の子~。』
つつ美さんは立ち上がり、ゆっくりだが決して遅くない流れるような動きで俺の前まで来る。
灯月ちゃん以上のスタイルの良さ。儚げな表情と柔らかい全てを包むような雰囲気。花のような甘い匂い。
近付いて来るだけで頭がくらくらする。
『あら~。貴方のお名前は~?。』
『え?あ?り…涼…です。』
『涼ちゃ~んか~。いただきま~す~。んーーーーー。』
『!?!?!?!?!?。』
突然、唇に柔らかな感触。
これは…キ…ス…?え?何で?何が?どうして?。
『涼。』
『はい?どうしましたか?閃さん。』
『強く生きろよ!』
『え?』
つつ美さんの所に行くことが決まった時の閃さんの言葉。
つまり、これのことか?
いや…他にも…何か…というか…何だ…物凄く…気持ちいい…ヤバい…くらくらが更に酷く…力が抜けて…何も考えられなく…。
『はい。ストップです。母様。』
『あんっ!?あら~?どうしたの~?灯月ちゃん~。』
『にぃ様に母様がやり過ぎないようにと言われていましたので。』
『も~。ひど~い。信用ないな~。大丈夫だよ~。ちゃ~んと手加減したから~。』
『そうでしょうか?涼さんが立てなくなっていますが?。』
『あらあら~。』
全身に力が入らない。
いったい何が起きた?
『じゃあ~。おかわりね~。』
え?。
ぎゃーーーー。
うにゃーーーー。
あっーーーー。
ひゃーーーー。
うぉーーーー。
部下たちの悲鳴が次々の上がる。
次々に腰が抜け倒れていく部下たち。
威神さえも崩れ落ちた。
美しい庭園は何故か地獄に変わったのだった。