第252話 黄華の現状
『んっ…。はぁ…どうしてこんなことに…。』
私…黄華は溜め息をする。
今までに起きた出来事を振り返っていると、自然と口からそんな言葉が出た。
そろそろ時間かな?。
寝たフリから目を開ける。
見慣れない、いや、見慣れた?。ここ一週間くらいは見てるけど…やっぱ慣れないな…。
『私には豪華すぎるわ…。』
白いヴェールが垂れた高級そうなベッド。
柔らかな枕に赤いシルクのような肌触りの布団。頭を包み込み深い眠りに誘う枕。黄金の柱と骨組み。輝かしい装飾品。
私はゆっくりと身体を起こした。
高級そうな、それこそ漫画やアニメやドラマなどに出てくる、お姫様や貴族が使うような装飾が施されたベッドから離れ、改めて部屋を見渡す。
真っ白な天井に、豪華で金色に輝くシャンデリア。
壁には幾つもの絵画と飾られた高そうな壺や彫刻や花。
部屋の中央にあるテーブルも椅子もカーペットも絨毯も全てにお金が掛かってそうな…。
このお屋敷に来て1週間。
今は屋敷の人達が眠りについた時間。
私は深夜になると決まって同じ行動をする。
幸いにも 見張り はいない。
けど、部屋の前には護衛がいる筈。だから、静かに行動する。バレないように。
つまり、脱出!。脱走!。
訳も分からず、こんな場所に連れてこられたんですもの。出ていくのも私の勝手よね!。
部屋のカーテンを取り外し、端と端と結ぶ。
この屋敷に来て与えられたドレス。
私の髪の色。私の容姿に合うように見繕われたモノだ。
動きやすいようにドレスの裾を破り裂く。
『さて、今度こそ。成功させるわ。』
バルコニーに出てカーテンを手すりに結び付ける。下に垂らして脱走の準備完了。
音を立てないように慎重に地面まで降りていく。
部屋が屋敷の二階で良かったわ。
今の私はエーテルを使えない。
首につけられたチョーカーのような首輪。
それが私のエーテルを封じ込めている。
エーテルが使えない今、私の身体能力は普通の人間と変わらない。能力も使えない。
だけど、これくらいの高さなら若い頃に何度も経験している。
けど、少し考えが甘かった。
ビジッ。っと、嫌な音がしたと同時にガクンと僅かに下に落ちた。
あっ…これ、まずい。カーテンがちぎれる音だ。うそ…今までこんなことなかったのに?。
私、太った?。いやいや、確かに出される料理が美味しかったから何度も、何度も…おかわりしちゃったけど…それが原因と決めつけるには早計よね?。
今の私は前よりも軽い筈よ。うん。そうよ。私は間違ってないわ。
だって、転生する前よりも若返ってるんだから!。身体も軽く感じるし、動きも悪くない。
ええ。きっとそう。カーテンが劣化してたのね。だって。毎夜、脱走の度に使ってたんだもの。うん。限界が来たのね。無理に引っ張った気がするし、元々高級品。劣化するのも早いのよ。
毎回、新しいモノに交換されていた気もするけど、ええ。気のせい。気のせいよ。
決して、私の体重のせいじゃないわ。
などと考えていたらカーテンの強度に限界が訪れた。
身体は自由落下を始め、地面に向かって落ちていく。
『きゃっ!?。っ!。こんなもんっ!。』
地面への激突の瞬間。
身体を丸め回転。勢いを横に寄らして受け身をとる。
土と草を巻き上げて、ムクリと起き上がった。
着地成功ね。
『ふぅ。危ない。危ない。エーテルを使えないから、注意しないと。』
転がった拍子の全身に付着した土や草を払い落とす。
多少汚れちゃったけど気にしない。勝手に与えられたモノだしね。
『さて、何処から逃げようかしら。』
七日目の脱走。
今日こそ成功させてみせるわ。
六回の脱走の経験と昼間の探索によって警備兵の見回りの時間やルートは完璧に把握した。
あとは脱出の経路だけなんだけど…大体の方法は試した。結果は全て失敗。同じ方法は通用しないでしょう。
なら、敢えて誰も予測がつかない予想外の方法で試すだけ。
つまり。
『正面から堂々と脱走よ!。』
勿論、見つかってはダメ。
隠れながら、警備の隙を縫うように正門まで向かう。
狙いは正門横にある屋敷の使用人用の扉。
あそこからなら、外に出られるわ。
抜き足、差し足、忍び足。
ゆっくり。静かに。慌てずに。そして、素早く。
茂みに隠れ、場合によっては匍匐前進。
ドレスが汚れようが関係ない。
私は、【黄国】に戻らないといけない。
『つ、ついた。』
1時間くらい費やして正門までたどり着く。
もう少しで使用人室。あとちょっとで外に通じる使用人用の扉が開く。外を警護している見回りが帰ってくる時間だから。
それに合わせて外に出る。
多少荒っぽいことになっちゃうけど、外に出てしまえば関係ない。
それが今回の私の計画。
もう少し…。もう少し…。あと…少し…。
『今日は正面か。随分と思い切った脱走だな。』
『っ!?。あぅっ!?。』
背後からの男の声に咄嗟に反応したのも束の間。
左手を捕まれ、壁際に押さえつけられた。
『このっ!。』
負けじと蹴ろうとしたけど、反対の腕で足を止められる。
『無駄だ。エーテルを使えない今のお前では、どう足掻いたところで俺を振り払えない。』
『……………。』
男の顔を睨み付ける。
紫色の髪。整った顔立ち。高い鼻。鋭い眼光。今までに何人の乙女を虜にしてきたのかというくらいの美男子だ。
私の睨みなんか意に介すことなく余裕の笑みを向けてくる。
まるで、心から愛しいモノでも見るような慈愛に満ちた表情。
そんな顔されても困るわ。
『何よ…。』
『いや。懲りずに良くやると思ってな。』
『良いでしょ?。別に。私はこんな所から早く出ていきたいのよ!。』
『そうか…。しかしな。』
男が私の顎に手を掛け、自分の方を向かせる。
私の困った顔を覗き込む男。
『俺はお前にここに居て欲しい。共に生きて欲しいと考えているぞ?。だから、わざわざ黄国から連れてきたのだからな。』
『嫌よ。そんなの。私は戻るわ!。』
『ははは。そうか。そうか。意思が固いな。』
顎を持ち上げ顔を近付けてくる男。
何でこの状況でキスをしようとしてるのよっ!?。この男はっ!?。馬鹿じゃないの!。
『何を…しようと、してるのよっ!。』
『おっ!?。』
手首を捻り姿勢を下げる。
重心の下に入り込み、相手の反射を利用して掴んだ手を引っ張った。
男の身体は回転し、地面に倒れ込んだ。
『ははは。面白い技だ。エーテルを使えない状態で俺に土をつけるとはなっ!。ますます興味が湧く。じゃあ、これならどうだっ!。』
『くっ!。』
躊躇いなく剣を抜き。斬り掛かって来る男。
完全に手加減された攻撃に合わせて剣の側面を手のひらでずらし軌道を変える。
そのまま懐に潜り込み、両手で掌打を叩き込む。
『ここまでだな。』
『っ!?。そう…みたいね。』
私の両手は男の片手で防がれた。
胴体を狙ったのだけど、見切られちゃったわ。
諦めて両手を上げて降参の意思を示した。
『ふふ。今宵も楽しめた。お前も満足だろう?。では、部屋に戻るぞ。黄華。』
『きゃっ!?。ちょ…ちょっと離してよ!。そんなの許してない!。』
急にお姫様抱っこされるとか恥ずかしすぎるし、私の身体に触ることを許可もしていない。
暴れる私なんて何のその。無人の野をゆくが如く歩き続ける男。
暴れても無駄だと悟り大人しくする。
はぁ…何なのよぉ…。
『許せ。いつまでも裸足だと綺麗な足に傷がついてしまうだろう?。俺がそれを見過ごすと思ったか?。』
『知らないわよ。アンタの意見なんか。』
『部屋までだ。我慢しろ。』
『ふんっ。』
結局、そのままさっきまでの部屋に…スタート地点に戻された。
正面も駄目なら、もう打つ手なしね…。
『まったく。無茶をする。見た目の可憐さとは裏腹に、随分と行動的なのだな。』
優しくベッドに座らされる。
『言っておくけど。諦めてないから。私は戻らなきゃいけないの!。』
『それは無理だ。この屋敷から出ればお前は殺される。エーテルを使えない今のお前では1日も待たずに獣どもの腹の中だろうさ。何よりもお前は異神だ。今のまま神眷者に遭遇でもすれば忽ち殺されるだろう?。』
『………貴方がこの封印を解いてくれれば済む話しじゃない。いい加減邪魔なんだけど?。』
首にあるチョーカーを指差して言う。
『それも無理だ。言っただろう?。俺の目的はお前だ。その為にここまで連れてきたのだからな。エーテルを解放すればお前は何処かへ行ってしまうだろう?。』
『そうよ。当たり前じゃない。それに殺されるとか、神眷者とかの心配なんて余計なお世話よ…。』
『俺にとってはそうではない。改めて、ハッキリさせようか。今日で七日。そろそろお前の行動が無駄だということも自覚してきた頃合いだろう?。』
座る私の目の前に跪く男。
『黄華。』
私の手を取り、顔を見つめる男。
誰が見てもイケメンね。クロノ・フィリアに居てもおかしくないくらいの美形な男子。
年齢は…閃君と同じか少し下くらいかな?。
『この俺。紫国・パリーム・プルムが皇帝。ラグクディオ・プルムガルが嫡子。次期皇帝候補序列1位。神眷者 アルノエディル・プルムガル。貴女の美しさに心奪われた。俺の妻になり、この国で共に暮らして欲しい。』
『っ!?。』
手の甲に口づけをされた。
慌てて手を引っ込める。
『お断りするわ。』
『ははは。そうか。』
『何がおかしいのよ?。きゃっ!?。』
肩を押され、その力に抵抗できずにベッドに倒れ込んだ。
強引に私の身体に覆い被さるように男の…アルノの身体が移動し、無理矢理に乱暴に、強引にドレスの…私の胸元…谷間をさらけ出された。
両手は彼の腕に捕まれ、足は動けないように体重を掛けられる。どんなに力を入れても微動だにしない。
今の私じゃ成す術がないことを否応なしに自覚させられる。
私に出来ることは唯一。彼を睨み付けることだった。
アイツ以外の男に胸を見られた…悔しさと恥ずかしさと無念さで泣きたい。
彼との視線が交わる。力強い瞳が私を見つめていた。
『綺麗だ…。今までに出会ったどんな女性よりも、貴女は輝いている。』
私の頬に手を当てるアルノ。
まるで、私の存在を確かめるように。乱暴に押し倒した行動とは裏腹に、壊れ物でも扱うように頬を撫でる。
顔が近い。普通の女の子ならこのイケメン顔の胸をときめかせるかもしれない。
けど。私は…。
『何するのよ!。』
彼の頬を狙ってビンタした。
けど。
『ははは。やはりそう来るか。』
『くっ!?。』
軽く受け止められる。
今の私じゃ何をしても、抵抗しても…軽くあしらわれて終わってしまう。
『今の貴女になら無理矢理抱くことも出来るだろうが、俺は貴女の素の姿を美しいと感じたからな。乱暴なことはしないさ。しかし、一瞬、頬を赤らめた顔も綺麗だったぞ。ますます俺の女にしたくなった。』
立ち上がり私から距離を取るアルノ。
私ははだけた胸元を急いで隠した。
『っ…うるさいわね。びっくりしただけよ!。』
『そうだな。確かにそうだ。貴女の心の中には俺ではない。別の男が居るようだしな。』
『っ!?。』
き、気付いてたの?。
『ええ。そうよ。今更言うようでなんだけど。私は人妻だし、子供もいる母親よ。貴方とだって年齢が離れているわ。』
『そうか。ははは。』
『な、何でそんなに嬉しそうなのよ…。』
『いや。なに。貴女の口から聞きたかったからな。貴女のことを…俺は貴女のことがもっと知りたい。良ければ教えてくれないか?。貴女の今までの人生を。』
『……………。』
『今日はもう遅い。使用人達を起こすのも忍びないのでな。すまないが湯浴みは早朝準備させる。それまでは我慢してくれ。身体を拭くものと就寝用の着替えは用意した。これを使ってくれ。』
『どうして…ここまで…。』
『最初から言っているだろ?。俺は貴女に惚れ込んだ。貴女がこの国にいる限り、不自由は感じさせないと約束しよう。俺に出来る範囲でならどんな願いも叶えてやる。そして、貴女がこの先に選択した未来。俺の生涯を賭けて貴女を危険から守ることをここに誓おう。』
『貴方…重いわ…。』
『ははは。かもしれないな。今日はもう休め。貴女のことを聞かせてくれること楽しみに待っている。そして、必ず貴女の心を俺のモノにしてやろう。』
部屋を出ていこうとするアルノ。
『ああ。それと。俺の前でなら良いが。弟や妹の前では 出ていく なんて言わないでくれ。2人とも良く貴女に懐いているからな。悲しませたくないんだ。』
確かにこの1週間。
昼間は彼の妹弟と共に行動していた。
2人ともアルノとは年が離れていて、私は2人の遊び相手にさせられていた。
2人もと良い子で私に懐いているのも伝わってくる。悲しませるのは私も本意ではない。
『………そうね。それだけは約束してあげるわ。』
『ありがとう。ふふ。おやすみ。黄華。』
優しげな笑顔で退室したアルノを確認し私はベッドに勢い良く倒れ込んだ。
『はぁ…。何が何だか…。』
黄国から連れてこられて七日目。
色々と試してみたけど脱走は無理みたい。
黄国にも戻れず、エーテルも使えない。
『はぁ…。』
溜め息しか出ないわ。
私は立ち上がり着ていたドレスを脱ぎ捨てる。
用意された水の入った桶。
濡らしたタオルで身体を拭いていく。
足は特に念入りに。靴を履かないで外に出たせいで土やら草やらで汚れている。
『ここで暫く生活するしかないのかなぁ。』
桶の横に用意してある寝間着へと着替えを済ませ姿見に映る自分の容姿を確認する。
『若返ってるよね…。何でだろう…。』
その姿は、とても子供がいる母親とは思えない年齢。17か18歳くらいに若返っていた。
これも転生の影響なのかな?。
何にしても私の足りない頭で考えたところで答えなんか出やしない。
着替え終わり、再びベッドへ。
『豊華さんと初音ちゃんは大丈夫かな…。』
黄国で別れてしまった仲間を心配する。
『無華塁ちゃん…。瀬愛ちゃん…。翡無琥ちゃん…。』
あの娘達は無事かな…。
大切な人達に早く再会したい。
けど。今の私じゃ…。何も出来ない…。
首にあるチョーカーを撫でる。
異神のエーテルを封じ込めるアイテムらしい。
エーテル無しの肉体では破壊は困難。
外せるのは着けた本人だけ。私の場合はアルノだ。
彼が外してくれない限り、私はこの屋敷から出られない。逃げられない。
『助けてよ…。無凱…。』
そう呟いた。
頬を伝う涙を感じながら眠りについた。
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