第247話 【宙魚】ソラユマ
金魚の尾ひれのように靡く着物を揺らしながた空中を水中にいるかのように漂う少女。
見るもの全ての視線を釘付けするのは、美しく煌めく、星空のように輝き、夜空のような深い紫色の長い髪。
女性らしいメリハリのある曲線美を持つ容姿。
彼女を一言で表現するならば【優雅】と形容すべきだろう。
彼女の名前はソラユマ。
カナリアがアクリスに授けた神獣であり、閃と契約した際に名前を貰うと同時に人の姿を与えられた。
元は宇宙を棲みかに遊泳する魚の神獣であり、常に浮かんでいるのもその影響だ。
閃の命令を遂行するため、ゆらゆらと浮遊するソラユマ。
ゆっくりと、ゆったりとした動作で対峙することとなったセルレンの分身体の前へ移動する。
ソラユマはセルレンを一瞥すると、つまらなそうに小さな溜め息をした。
『アクリスの神獣か。主を失い、観測の神に寝返りか?。』
『いんやぁ~。ワイは望んでご主人様に仕えることにしたんだぁ~。アクリスとは仮初の契約だったからねぇ~。アクリスは自分の目的を叶えたからねぇ~。それを見届けることが出来たし満足だぁ~。ああ、自己紹介がまだだったぁ~。ワイは【宙魚】の神獣。名前はソラユマ。ご主人様から頂いたお気に入りの名前だぁ~。』
『…ふん。貴様の名前を含めた存在全てが、私にとってはどうでも良い無価値なこと。所詮、ここで私に殺されるのだからな。…しかし、解せんな。神獣であるお前が神眷者である私に単独で挑むとは…愚かなことだ。勝敗は見えているだろうに。』
『そんなことないと思うけどねぇ~。今のワイは君程度なら倒せると思うよぉ~?。ご主人様に頂いたこの身体、とっても馴染むからさぁ~。』
『ははは。おかしなことを言う。確かにこの身体は神聖界樹によって作り出された複製だ。しかし、能力は本体と同等。それでも、同じことが言えると言うのか?。これまでの異神との戦いを見ていなかった訳ではあるまい?。』
ソラユマと閃は意識を任意で共有している。
観測神の力で過去を視て、この場で起きた出来事と状況は、閃を通じてソラユマにも流れ込んでいた。
『勿論知ってるさぁ~。けどねぇ~。それでもワイが勝つと思うんだぁ~。まぁ~。試してみれば分かるんじゃないかなぁ~?。』
『ああ。そうさせて貰おう。神獣など、神眷者に使役されるだけの存在だ。力の差を身を持って思い知れ!。行け!。』
一体の蕾が飛び掛かる。蕾は開かれ触手のような舌と、夥しい数の歯を剥き出しに、酸性の唾液を撒き散らしながらソラユマに迫る。
『あれまぁ~。可憐な花かと思ったら、随分と醜い化け物だぁ~。』
余裕を崩すことなく襲い来る蕾を眺めるソラユマ。
巨大な大口を開け地面に激突した。
『危ないなぁ~。気持ち悪くてびっくりだぁ~。』
『ほぉ。上手く躱したな。なかなか素早いではないか。』
先程いた場所から1メートル横に移動していたソラユマ。目標を失いキョロキョロと周囲を確認している蕾。
『正直、触りたくもないからねぇ~。逃げるよぉ~。』
『しかし、全方位からの攻撃はどうかな?。次は避ける隙間すら与えんぞ。私の総戦力でお前を貪り尽くしてくれる。』
『ひぇ~。蔦に蕾に…軍隊に…気持ち悪いのが増えたぁ~。』
四方八方。ありとあらゆる場所からソラユマを狙うために出現する植物の群れ。
完全に取り囲まれ逃げ場を失ったソラユマに対し、過剰なまでの物量で襲い掛かる。
鋭く尖った尖端の蔦がソラユマに向かって突き刺さり、蕾の群れが大きな口で貪り喰う。樹装軍隊からは大量の銃弾が雨のように降り注ぎ、トドメにナイフを持った部隊が飛び掛かった。
無抵抗だったソラユマの身体は、瞬く間に植物の中に消えてしまった。
『何故…だ…。』
しかし、現実は摩訶不思議な結果だけを残した。
『攻撃したのは…私だ…なのに…何故…私が…自らの攻撃を自身の身で受けている?。』
全身を蔦で貫かれ、蕾に四肢を咀嚼され、銃弾の雨に胴体を撃ち抜かれ、複数のナイフが残った顔面に突き刺さっているセルレン。
『ふふ。良い格好だぁ~。どうだぁ?。自分の攻撃を食らった気分はぁ~?。』
ソラユマは何事もなかったかのように空中を浮遊していた。
そこで、セルレンは気付く。
自身が移動していることに。
先程まで自身が立っていた場所が目の前に、現在自分の位置はつい今し方までソラユマが居た場所だったからだ。
『そうか…貴様の能力…テレポートか?。先程の攻撃も回避行動を行ったのかと思っていたが短距離での転移で回避したのだな?。自分だけでなく、別の対象までも転移可能とは。』
『正解だぁ~。ワイの能力は【転移】だぁ~。地上では移動に色々な制約があるんだけどねぇ~。君を倒すには十分過ぎる能力じゃないかなぁ~。』
セルレンは破損した箇所を周囲の植物吸収することで補い回復する。
閃の記憶で視た回復よりも遅いことから、美緑の神具によって大幅な弱体化をしていることが分かる。
『しかし、その能力では私は倒せないと思うが?。自身、又は他者、対象者を移動させるだけの能力なのだろう?。』
『あららぁ~。もしかしてワイの能力を馬鹿にしてるぅ~?。』
『そんなことはない。便利な能力であることは認めよう。しかし、能力自体の攻撃力は皆無だ。それで、どう私を倒すと言うのかな?。』
『ふわぁぁぁあああああ~。君は話が長いよぉ~。良い加減飽きてきたかなぁ~。ちょっと、こっちから動いてみようか?。』
『っ!?。』
セルレンの視界からソラユマが消える。
同時にセルレンの四肢が切断された。
高速移動ではなく、瞬間移動。気配を追うことも、予測することも出来ない。
『あれまぁ~。本当にその身体は木で出来てるんだぁ~。全然、生き物の手応えじゃないやぁ~。』
セルレンの背後へ移動したソラユマ。
美しい尾ひれような衣装。エーテルで鋭利に刃物のように硬質化し、セルレンの肉体を切断する。
『その通りだ。分身であるこの身も本体も神具が存在し続ける限り永遠に再生し続ける。私を倒すには、この神聖界樹の何処かにある核を破壊しなければならない。』
『成程ねぇ~。ここでその情報をワイに話すってことは、ワイでは絶対に見つけられない場所にあるってことだぁ~。つまり、ワイは君を倒せないってことだねぇ~。』
『そうだ。…どうだ?。大人しく殺されるか?。』
『ははは。笑える冗談だぁ~。』
『ふっ。ならば、転移の隙を与えず、物量を持ってなぶり殺すまでだ!。』
セルレンの腕の動きに合わせるように、召喚される植物達。まるで獲物を探す生物のように蠢き、地を這っている。
その数は、神聖界樹の中を埋め尽くすのではないかと思わせるには十分な総量であり、自らの意思で動く樹海そのもののようだ。
手当たり次第に蔦を振り回し、蕾は暴れまわる。刃と化した葉や草が舞い上がり、その中を樹装軍隊が進軍する。
その全てがソラユマを殺すためだけに活動しているのだ。
『あれまっ!?。これは想定外だぁ~。』
『私に楯突いたこと後悔しながら呑み込まれて死ぬが良い!。』
ソラユマからの視点では、目の前に迫る植物の群れは、大津波を彷彿とさせた。
逃げ場などない。
呑み込まれれば最期。身体の自由、平衡感覚を奪われ、流れのなすがままに全身をいたぶられ、無惨で残酷な死を迎えることだろう。
『嫌だろぉ~。そんなのぉ~。』
転移。転移。転移。
空間移動を繰り返し、大波を避けていくソラユマ。転移した先へ追撃され、再び、転移。
『無駄だ。この空間内の全てを私は知覚できる。貴様が何処に逃げようが出現した瞬間に察知する。何処までも追い詰めてやろう。』
『チッ…。邪魔だなぁ~。』
既に何重にも重なった蔦が地面を覆い、足場は失われていた。ソラユマが宙に浮いていなければ既に捕まっていたことだろう。
『そうら。逃げ見が少しずつ失われていくぞ。』
『上からも!?。わにゃ!?。』
天井に張り巡らされた大樹からも蔦や枝が伸び、ソラユマの四肢と胴に絡まり拘束した。
『はぁ…マジかぁ…。っ!?。チッ…。』
『トドメだ。』
身動きが取れなくなったソラユマへ大群が襲う。
『きゃぁぁぁあああ!?。やられるぅ~。…ふふ。なんてなぁ~。』
『っ!?。消えただと!?。あれだけの我が軍勢が一瞬で!?。』
その瞬間。
大地を埋め尽くす程に増えた植物達が一瞬で消滅した。
拘束されていたソラユマすらも、セルレンの視界から消えてしまった。
『また、転移か!?。いったい何処に!?。』
『ここだぁ~。』
『何っ!?。ぐぶっ!?。』
背後から現れたソラユマにセルレンの首が斬り飛ばされた。
『はぁ…。マジでさぁ~。君さぁ~。いい加減にしろやぁ~。ご主人様に頂いたこの身体に触れるとか…。ましてや。傷付けるとかさぁ~。ないわぁ~。何してくれてんだぁ?。』
『ふむ。馬鹿の1つ覚えか。貴様の戦法は転移を繰り返し私の隙を見つけてその鋭く強化した袖で切り裂く。それだけだろう?。』
転がった首だけのセルレンがソラユマの能力を言い当てる。
『何度も言うが、それでは私は倒せない。神聖界樹が機能している限り私は無敵だ。』
『………はぁ…ワイに傷を付けて、はぁ…。マジでムカつくなぁ…。折角、ご主人様に綺麗な人型の身体を頂いたのにさぁ…何の権利があって傷付けんのさぁ…。くそっ。ワイの大事な身体…。』
セルレンの話を全く聞かず、頭を抱えながら空中をクルクルと回っているソラユマ。
今までの優雅さを持ち合わせた余裕は鳴りを潜め、殺気の含まれた視線をセルレンに対して向けていた。
『はぁ…。もう…良いわ。もう少し新しい肉体を堪能しようと思ってたんだけど。』
ソラユマが空中からセルレンを見下ろす。
『君。殺すわ。』
『ははは。大きく出たな。しかし、その台詞は私のモノだ。生憎と貴様では私は倒せん。しかし、貴様の能力が有る限り此方の攻撃も僅かばかりしか通用しないようなのでな。』
空間を埋め尽くす程の攻撃でもソラユマへのダメージは手足の掠り傷程度。
何時間攻撃しても埒が明かないとセルレンは判断した。
『ならば出し惜しむ必要もないな。貴様の転移での移動範囲も大方把握した。精々が10メートルから30メートルだろう?。ならば、その範囲全てを消し去れば貴様とて無事では済むまい?。』
セルレンの手のひらにエーテルが集まっていく。
エンディアを取り込み獲得した究極の破壊攻撃。
光歌達を追い詰めた広範囲を破壊するためだけに生み出された狂気の神技だ。
『はぁ…。いちいち説明するのも面倒だ。ワイが殺すと決めたからにはお前は絶対に殺す!。』
『やってみるが良い!。その前に貴様は消し炭になるのだからなっ!。神技!。』
急激に集束するエーテル。
白く輝くエネルギーは一呼吸もない時間で臨界を迎え周囲を眩い輝きが包み込む。
『【神核爆こ……。』
しかし、神技発動の一手先に動いたのは、ソラユマだった。パチンッと、指を鳴らす。
同時に空間が歪み一瞬で別の場所に身体が投げ出された。
それはソラユマだけではない。
エーテルを手のひらに集めたままセルレンもまた転移させられた。
『っ!?。』
『そのまま。死ね。』
既に発動した神技は止められない。
転移したその先で特大の爆発が円形状に広範囲に広がった。
爆音と爆風が空気を揺らす。
しかし、この爆発で周囲が被害を受けることは無かった。
ソラユマも無傷だ。
爆発の瞬間に転移での回避に成功した。
『ぐっふっ。な、何が…起こった…のだ?。ここは?。何処だ?。』
セルレンのみが神技の爆発を真面に受け頭と胴体のみを残して消え去った。
しかし、本来ならば神聖界樹のエーテル供給によって即座に新たな身体を再生させることが出来る。だが、セルレンの身体は再生していない。
『馬鹿な!?。神聖界樹との接続が!?。』
理由は2人が移動した先にある。
神聖界樹の影響を受ける範囲の外。成層圏の更に上に転移させられたのだ。
『ワイの能力。君が言った通りだよ。【横】の移動には制限が掛かる。最大でも50メートルくらいしか移動できない。けど、【縦】の移動は違う。縦の移動には制限が掛からなくてね。ワイは宙魚だ。本来ならば宇宙空間に生息してる幻獣だからね。帰省本能かなんなのか。宇宙に戻るのには制約が一切ない。』
『くっ…。まさか…こんな方法で私の神具を突破するとは…。そうか…先程の…私の植物達を一瞬で消し去ったのは…。』
『そうだ。ここに転移させた。どうだ?。無限のエーテルを失った気分は?。君はもう何も出来ない。エーテルで再生することも、神技を再び使用することも出来ない。ふふ。そして、次の一手で君は終わり。』
『っ!?。や、やめっ…。』
ソラユマが能力を起動する。
セルレンと共に転移した先は、完全なる宇宙空間へ。
『ははは。どうかな?。この広い宇宙は、ここがワイの棲む世界だぁ!!!。』
空気の振動による声ではない。
エーテルの放出し振動させ、波のように声を乗せることでスピーカーのように反響させたソラユマの声が暗い宇宙に響いた。
『君が本体じゃなくて残念だよ。ふふ。けど、分身でも感情はあるよね?。ああ、もしかして、本体とリンクしてたりするのかな?。なら、嬉しいな。君が全ての空気を失って死ぬ残り数秒の絶対的な恐怖と絶望が伝わってくれるならね。』
『………。』
『ああ。喋れないよね。空気がないし。それどころじゃないか。ふふ。なら、精々、ワイを楽しませてね。君が死ぬまでに見せてくれる表情の変化を観察でもしようかな?。って…。はははははははははは!!!。』
『………。』
『駄目じゃん。もう死んでるし!。だっさぁ~。あんなに強気な態度で?。ご主人様の大切な仲間をいたぶったクセに?。自分は環境の変化にすら耐えられないの?。はははははははははは!!!。』
『はぁ…。この雑魚がっ。大気圏で燃え尽きな。』
空気を失ったセルレンの分身体は、干からびた人型の丸太のような姿に変化していた。
内在していたエーテルは宇宙に溶け込み、本体との繋がりは断たれている。
軽く、リスティールの方にソラユマが押すと重力に引っ張られそのまま落下していった。
数秒後、呆気なく空気摩擦に燃え尽きる。
『はぁ~。疲れたぁ~。こんなに戦ったの初めてだぁ~。』
ソラユマにとって宇宙とは海と同じだ。
何処までも広く、何処までも暗い。
静かで、とても落ち着く場所。
『綺麗だぁ~。星ぃ~。ご主人様のお母さんが創った星かぁ~。』
巨大な惑星、リスティールを眺めながら漂う。
『人型の肉体。ご主人様。新しい仲間。はぁ~。楽しいことが始まる予感がするねぇ~。』
溢れ出るワクワクする感情を胸に、ゆっくりと流れる時間を楽しむソラユマ。
『ワイの目的…。ワイの夢…。ご主人様…。ああ~。最高だぁ~。この身体を…。誰にするかなぁ~。ふふ…ふふ…ははははははははははは!!!!!。』
宇宙の海にはソラユマの楽しそうな声が響き渡った。
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