第246話 合流
ーーー律夏ーーー
父親が事故で死んだ。
母親と幼い俺達兄妹を残して。
その日を境に母親はおかしくなった。
外出が多くなり、時に知らない男を家に連れ込んでくるようになった。
俺と妹はその間、外に出された。適当な金額の金を渡されて。
そんな日が続き、気づけば俺達は施設にいた。
捨てられたんだと、幼い俺は理解できた。
幼かった妹は、どう感じていたのか。
妹は弱かった。
身体もだが、心が弱かった。
他者に怯え、自分の殻に籠るそんな日々。
俺から離れず、誰も信じられない。
とても、危うく、儚かった。
幼かった俺はそんな妹を守ると心に決めた。
親に捨てられ疑心暗鬼になった妹を他者から守るために。妹が独り立ち出来るまで、その小さな背中を支えてやることを己に誓ったのだ。
施設にいた同じような境遇の子供達との接触と共同生活。
養子として迎え入れられてからは、義理の親から与えられる本物の愛情に触れ妹は少しずつだが変化が見えた。
本人は気づいていなかったが、少しずつ本来の明るい性格を取り戻していった。
そんな妹と共に始めたゲーム。
これも妹の成長の切っ掛けになればと一緒に始めた。
今にして思えば…あのゲームを通じて妹は本当に成長した。
いつの間にか俺の手を離れ自分に自信を持って行動していた。
それは兄として寂しくもあり、嬉しかった。
そんな俺は、人生の最期で支えになれなかった…。
そうだ、俺は妹を守ることも出来ずに…守るべき存在に刃を向けてしまったんだ。
何をしていたんだ…。俺は…今まで…。
兄さん、聞いてください。私のギルドに入ってくれるって方がいたんです!。私より年上ですけど、凄くいい人なんです!。女性の方で!。私のこと気に入ってくれたって!。
兄さん。私…上手く出来てますよね?。しっかりギルドマスターですよね?。自惚れかもしれませんが…最近、少しだけ自信がついてきました。私にも出来る…のかも…しれません。
兄さん。おかしいです。ゲームの中じゃないのに能力が使えています!?。どうして…昨日まで普通だったのに?。………はっ!?。皆は!。ギルドの皆は無事でしょうか?。何か…何か嫌な予感がするんです。
兄さん…世界がこんな風になってしまいましたが…私達が力を合わせれば、どんな困難でも乗り越えられますよね?。私と兄さんと皆がいれば…。どんな…敵が。クロノ・フィリアとだって…きっと。
…お兄ちゃん…りょ…涼さんが…涼さんが死んだって…死ん…じゃったって!。
そうだ。俺は知っている。
あの娘は、敵ではない。ましてや、世界に混乱を招く異界の神なのではない。
彼女は…俺の…俺の妹だ。本当の家族だ。
思い出した。
『くっ!?。身体が…動かん…。』
視線の先には俺達を庇うように、たった独りでセルレンに立ち向かっている後ろ姿が見える。
なぜ、俺は倒れているんだ?。
なぜ、隣に立っていない?。
なぜ、共に戦っていない?。
動け!。俺の身体!。
こうしている間にもセルレンの攻撃が迫っている。
動け!。動け!。動け!。動け!。動け!。動け!。動け!。動け!。動け!。動け!。
今度こそ、最後の最後まで守り抜く。大事な…大切な、妹を!。
…そうだ…これなら…。
『ぐぶぉっ!?。』
持っていた神剣に残ったエーテルを全て解き放ち、発生した衝撃で無理矢理自分の身体を彼女の前に運ぶ。
間に合った。
心臓を貫通した蔦。鍛え上げた肉体は彼女に届く前に俺の身体で受け止めた。
『兄…さん?。』
『み、りょ…く。ぶ…じか?。うっ…。』
ああ。そうだ。美緑だ。
何度も呼んだじゃないか。毎日、口にしていた名前なのにな…。
どうして。忘れていたんだろうか。
体内から込み上げてくる血液を吐き出す。
『兄さん!?。兄さん!?。どうして!?。兄さんが!?。』
蔦が引き抜かれ俺の身体は倒れた。
自分の身体を支えることも出来ない。
呼吸もままならず、視界がぼやける。
致命傷なのは明白。徐々に死が近づいてくるのが理解できた。
『み…りょ…く…。』
美緑。俺の大切な妹。
俺達を守るために見えた背中は昔の面影などない。強く大きな背中へと変わっていた。
成長したんだな…。その姿を見られただけでも。俺は幸運なのかもしれない。
『兄さん!?。私です!。ここにいます!。』
俺のために泣いてくれる妹の顔は…涙で歪んだ顔は…。本当に…立派に…大人になっていた。
『ほ……んとう…に…つよ…く…なったな…。』
今度こそ、俺は…守りきれたんだ。
約束したからな。俺がお前を守るって。
果たせなかった前世だったが、最期に思い出せて、成し遂げられて、よかった…。
『こん…かい、は…、お、まえ…を…守れ…た…ぞ…。』
自己満足かもしれないが…。美緑…。レルシューナ…。すまん。俺はここまでだ…。
「いや、勝手に満足して死ぬな。お前にはまだやることがあるだろうが。美緑を悲しませたままで死なせるかよ!。」
薄れ行く意識の中で知らない男の声がした。
そう感じた瞬間、全身が酷く熱く燃え上がるような感覚に襲われた。
ーーー
ーーー美緑ーーー
『兄さん!。兄さん!。目を開けてよ!。兄さん!。嫌だ!。死なないで!。兄さん!。』
兄さんの身体がどんどん冷たくなっていく。
身体からは止めどなく血が流れて身体を中心に広がって、魔力も消えかけている。
兄さんが死んじゃう!。何度も、果実を出そうとするけどエーテルが足りなさすぎて発動すらしない。
私に出来るのは必死に傷口を押さえるだけ。
私の手よりも大きく抉り取られた胸の穴を。
『ふふふ。最期は妹を庇って死んだか。まったく、つまらない男だ。しかし、安心しろすぐに会わせてやる。エーテルの回復しきれていない今のお前なら今のエーテルだけでも十分に始末できるからな。』
セルレンが、何か言ってる気がするけど。それどころじゃない。兄さんを助けたい。助けないと。兄さんを。死なせたくない。死なないで。
『もう…手放さないって、決めたのに…。やっと、また、会えたのに…いっぱいお喋りしたいことだって…前みたいに、色んな話を聞いて欲しいのに…また、私の前からいなくならないで…お願い…兄さん…。お兄ちゃん…。』
兄さんの命の灯火が…魔力が…尽きていく。
『誰か…助けて…。』
お願い…誰か…。助けて…。
『助けて…閃さぁぁぁぁぁあああああ!!!。』
必死に、叫んだ私の耳には確かに聞こえた。
『ああ。任せろ。絶対に死なせねぇよ。』
『…え?。閃さん?。』
見ると、私の周りを金魚が泳いでいた。
『え?。何?。これ?。』
複数匹の金魚は、エーテルの光を撒き散らしながら私と兄さんを包み込むように泳ぐ。
『良く頑張ったな。美緑。遅くなってすまんな。あとは任せろ。』
私の頭を撫でる大きな手。
知っています。安心する。大好きな手。
声も。温もりも。私を安心させてくれる。
光に包まれた私と兄さんは、全身の傷が癒えていることに気づきました。
兄さんの胸の傷口も消えて、外傷の全てが治っています。
私のエーテルも。元通り。
意識を失っている兄さんからは静かで、安定した呼吸音が聞こえている。
もう大丈夫です。兄さん…。死ななくて本当に良かった…。
『閃さん…ありがとう…。』
『礼なんかいらない。お前の声が届いただけだ。兄貴と再会できて良かったな。美緑。』
『っ!。うん…。良かった…です…。』
私は兄さんを抱き寄せて、静かに泣いた。
ーーー
ーーー閃ーーー
さて、この状況。いったい何があったのか。
エーテルを飛ばして周囲の状況を確認する。
微弱な気配が多いな。
『まさか…。お前は…。観測の神か?。アクリスは?。アクリスはどうした!?。まさかっ!?。』
あのエルフの男がセルレンか。
で、光歌達は…まずいな。全員が死にかけじゃねぇか。急がねぇと。
『チナト。アイツを牽制しておいてくれ。何かするようなら迎撃を頼む。』
『ふん。仕方ないわね。やってあげるわ。その代わり、後で………何でもないわ!。』
そう言ったチナトは俺から離れ、セルレンへと向かう。
『ソラユマ。時間がない。この空間内にいる、あのエルフの男以外を全員俺の前に運んでくれ。』
『はいは~い。お安いご用だぁ~。ん~~~。ほいなぁ~。』
ソラユマの能力が発動する。
空間にエーテルが広がり、次の瞬間、光歌達全員がこの場に転移した。
あの男にやられたのか。全員が身体が焦げ爛れている。高熱と爆風にさらされたような傷跡。エーテルによる大規模な破壊攻撃。それに巻き込まれたってとこか。
『お前の力を借りるぞ。アクリス。』
「うん!。いっぱい使って!。」
心の中のアクリスに話し掛ける。
どうやら、俺の中にいる彼女達とは、いつでも会話が出来るようだ。
こっちの状況も共有できているみたいだし、便利だな。
『神具。【魔水極魚星 シルクルム・アクリム】!。』
1つ星の治癒の能力を持つ金魚を召喚。
アクリスの能力に、俺の創造神の力を複合。
全員の傷を癒し、損傷箇所を再生させる力。
1分も掛からずに治療を終える。
アクリスとの戦いで創造の力のコントロールが出来るようになった今の俺は、自身の本来の力を取り戻しつつある。
あの、仮想世界での神々との戦いで扱えていた【観測神】の力を。
まぁ。まだ、半分ってところだが…。
『閃。』
『ん?。』
知らない少女が抱きついてきた。
誰だ?。いや、ちょっと待てよ…この感じ知ってる?。てか、俺と同じ波動のエーテルを持ってるってことは…。
『やっと。会えた。私。クロノ。閃の神具。だよ。』
俺の神具?。こんな少女が?。
こっちを見つめる少女の瞳は歯車のような形をしている。名前はクロノ。歯車…。俺の神具…。
『もしかして、…時刻法神か?。』
『うん。そう。クロノ・ア・トキシルって名前なの。』
あの神具って自分の意思を持ってたのか?。
灯月の神具みたいに?。そんな設定にしてたっけ?。いや、まて…あの時…確かに思い当たる節が…。
考え事をしていると、俺の胸をぽかぽかと叩いてくるクロノ。
え?。何か怒ってない?。
『閃。私の知らない神具。使ってた。浮気だ。』
『知らない神具ってアクリスのか?。』
『さっきの。金魚。私の中にない。知らない。神具。ずるい。』
『ずるいって…。』
時刻法神はクロノ・フィリアの仲間達全員の神具を取り出せる能力だ。
アクリスが仲間になったのは、ついさっき。
クロノの中に無いのは当然だ。てか、アクリスはクロノ・フィリアじゃないしな。
「閃。取り敢えず閃から抱きしめて頭を撫でてあげれば機嫌良くなるよ。久し振りに会って嬉しさが空回ってるだけだから。」
クティナ?。
起きてたのか?。
取り敢えず、クティナからの助言を試しに実践してみる。
あの時のお礼も言っておくか。
『ごめんな。それと、仮想世界での最後の戦いで灯月達を守ってくれてありがとう。クロノ。』
『っ…うん。閃…。ずっと。会いたかった。』
『これからは一緒に戦ってくれるか?。』
『うん。ずっと一緒。閃の中に。戻る。私の居場所。ここだから。』
俺の胸に額を当てるクロノ。
すると。その身体が輝き始め俺の中へと消えていく。
まさか、こんな場所で神具が戻るなんてな。
クロノ。これからも宜しくな。
「うん。宜しくね。」
さて、と。
これで集中できるな。
『美緑。』
『は、はい。』
エーテルが回復して顔色が良くなったな。
抱き抱えている兄貴の傷も完治させた。
『皆を頼む。あとは俺に任せろ。』
『はい。お願いします。』
チナトに牽制されながらも俺の行動に警戒を続けているエルフの男と向き合った。
『チナト。ソラユマ。戻ってくれ。』
『はいは~い。』
『ええ。良いわ。』
2人が俺の後ろに移動する。
『………アクリスの神具。まさか…彼女が負け、吸収されたのか。仕舞いには能力を取り込まれるとは…同じ神眷者として情けないな。』
『まぁ。勝負には勝ったが…。お前が考えているのとは違う結果だぞ?。アクリスは俺の仲間になったからな。』
『何!?。チッ…裏切り者が…。』
「私のことは誰にも話してないからね。セルレンにも。だから、私の目的も異神を倒すことだって思ってたんじゃないかな?。裏切るも何も最初から仲間じゃないしね。」
そうか。
神眷者にも色々あるんだな。
『さて、改めて聞くが、お前がこの緑国の王様で合ってるか?。』
『その通りだ。最高神の1柱。観測の神。イグハレーンから君の情報は聞いているよ。』
『イグハレーンか…知り合いか?。』
神眷者同士で情報を共有していてもおかしくはないが、アクリスみたく自分の目的で動いている奴もいるだろうし。
『ああ。申し遅れたが、私はこの緑国の王。セルレン・リーナズンだ。君達異神を殺す者だよ。』
『そうか。なら。俺の敵だな?。』
『その通り。君は私の敵だ。』
互いに、睨み合う。
『随分と俺の仲間を傷付けてくれたようだな。』
全身からエーテルを放出。肉体を強化する。
『っ!?。凄まじいエーテル。噂以上だ。しかし、君の性質は聞いている。人族から派生した神だろう?。本質は肉体強化のみ。イグハレーンもその力で倒したらしいじゃないか?。』
『ああ。そうだ。俺は人族だからな。』
あの時まではな。
『けど、お前の神具もなかなかえげつないな。このバカデカイ木が神具なんてな。エーテルで空間を支配して他の奴の能力を封じる。星から汲み上げた無限のエーテルで再生から大規模破壊まで自由自在か。こりゃあ、俺の仲間も苦労するわ。』
『何処かで見ていたような言い方だな?。』
『ああ。見たぜ。たった今な。この【眼】で。』
『っ!?。な、何だ…それは!?。』
俺の後ろ。
背後の空間に開眼する。
世界の全てを観測する神の眼だ。
俺の能力の半分である【創造の力】のコントロールが出来るようになったことで【観測の神】の力の半分を取り戻した。
未来は見ることが出来ないが、過去に起きた出来事を視ることで知ることが出来るようになった。
『だが、美緑の神具で力の大半を失っているようだが、それでもまだ俺と戦う気か?。』
『無論だ。神具との同一化も完全に断たれた訳ではない。空間を支配することは出来なくなり、多少能力に制限が敷かれたが私の神聖界樹はまだ機能している。このようにな。』
セルレンの背後に奴と同等のエーテルを纏う分身が2体出現する。能力も全く同じようだ。
更に周囲には植物の蕾や蔦が大量に成長し、地面からはエーテルを放出する小さな花が敷き詰められた。
おまけとばかりに、背後からは森で俺達を襲った軍隊が次々と召喚され銃口を俺に向けている。
『なるほどな。この数の暴力で俺の仲間をいたぶったのか。無限のエーテルで無限に再生を繰り返す不死身の軍団ってか?。』
『ああ。正解だ。且つ、私の身体能力は君の仲間の異神では相手にならない程に強化されている。私と同等の力を持つ分身も同じだ。』
『そうかよ。』
こんな奴に良くここまで持ちこたえたな。流石だ。皆。
『さて、お喋りも飽きたな。そろそろ。やるか?。』
『っ!?。この戦力差で狼狽えるどころか自信に満ち溢れているとは…。何故だ?。この状況で勝てると思っているのか?。』
『勝てるか。か?。そりゃそうだろ。仲間達が頑張って俺に繋いでくれたんだ。なら、俺はお前に勝つことで皆に応えるしかないだろ?。』
『くっ!?。なんという威圧だ。ええい!。構わん!。行け!。』
セルレンの合図に軍隊や蔦、奴の本体と分身以外の全てが一斉に俺に襲い掛かる。
『ソラユマ。チナト。雑魚を頼む。』
『はいは~い。お任せだぁ。』
『ええ。一撃で。終わらせるわ。』
ソラユマはゆらゆらと浮かび上がると、広範囲にエーテル広げた。
『じゃあ~。全部集めちゃおぅ~。』
指を鳴らした瞬間。
空間内にいるセルレンが操る分身を除いた全てが一ヵ所に転移した。複雑に絡み合い、身動きが取れない程に過密に隙間なく。
『最後は私ね。開け。冥府の扉。』
集められた軍隊は突如地面に開いた紫色に輝く黒く暗く深い穴へと堕ちていった。
『ご主人様。終了だぁ~。』
『楽勝よ。』
『お疲れ。』
やっぱ、強いなこの2人。
能力も俺と契約したことで強化されてるし。
『な…何なのだ!?。それは!?。神獣であろう?。たかが神獣に私の軍隊が一瞬で?。有り得ない。有り得ないだろう?。そんなこと!?。』
『さて、この通り雑魚じゃ俺に辿り着く前に神獣達で終わっちまうぞ?。お前自身で動くしかないな?。』
『………ふっ…。良いだろう。私自身の手でお前を殺す!。観測の神!。』
セルレンがゆっくりと進む。
『ああ。良いぜ。全力で来な。』
俺はソラユマとチナトに目配せする。
俺の意図を察した2人は、各々がセルレンの分身を相手する為に移動した。
『神獣が単独で私の分身戦うだと!?。ふざけているのか!?。私を舐めるのも大概にしろ!。』
『いや。こっちはマジだぜ?。お前に手加減なんかしねぇ。最初に言っとくが、俺は全力で俺の持ち得る全てを使ってお前を殺す。そこに躊躇いも、優しさもない。』
『ぐっ!?。』
『俺の仲間を…大切な俺の女を傷付け泣かせたお前を許す訳がないだろうがっ!。』
俺のエーテルに込められた怒りが世界樹を揺らす。
次回の投稿は28日の木曜日を予定しています。