第245話 神界緑樹聖域 シル・ジュカリア
兄さん。獏豊、空苗、多言、徳是苦。
そして、砂羅、累紅、涼さん。
かつて、私と兄さんが設立したギルド 緑龍絶栄のメンバーが私の元に集う。
ただ1つの目的、緑国の王。セルレンを倒すために。
端骨と神によって引き裂かれ、止まってしまった私達の時間が、完全ではないけれど再び動き始めたんだ。
『まずは、皆さんの回復を。ぅ…。』
肩口から枝が伸び、先端に黄金の果実が実る。エーテルを凝縮させた特製の果実。
効果は、体力とエーテルの完全回復。全身の異常、傷、失った部位の完全再生。
これを使うと一気にエーテルを失っちゃうけど、私自身が果実を食べれば何度でも、永遠に回復できる優れもの。
ゲーム時代だったら、強すぎて修正が入っちゃうかも。
『皆さん。これを一口ずつ食べて下さい。私のエーテルを凝縮した果実です。体力と魔力を回復させます。』
『私達は大丈夫ですよ。美緑ちゃん。』
『うん。まだまだ。元気!。』
砂羅と累紅は特にダメージを受けていない。
『わかりました。兄さん。涼さん。皆も、どうぞ。』
『ああ。頂こう。』
『すまん。』
兄さん達へ果実を渡す。
私の言葉に皆さんが躊躇いもなく果実を口にする。
信頼してくれているのでしょうか。嬉しいです…。
兄さんとの戦いで失った涼さんの腕も再生された。
『次に。少々失礼します。っ…。』
近くにあった枝で腕を切り裂く。そして、肉の間から体内で育てた種を取り出した。
『すみません。私の血がついてしまっていますが、この種を皆さん、呑み込んで下さい?。一時的に私の力を貸し出すことが出来る魔種です。』
砂羅達が教えてくれた。
セルレンに支配された神聖界樹の中で私達が操れるのは体内のエーテルだけ。なら、体内で植物を成長させれば良い。
果実を食べ回復した分のエーテルを全て皆に分け与える。
『これは!?。』
『エーテル?。』
兄さん達の身体がエーテルに包まれる。
これで、さっきまで私達と戦っていた時の状態に戻りました。
流石に、武器までは用意できないのですが…。
『急場凌ぎです。効力はあまり続きません。精々、30分…いえ、戦闘を行うことを考えると15分程度でしょう。ですが、エーテル無しではセルレンと戦えないので…。』
『いや、十分だ。しかし、決め手がない。何か作戦はあるのか?。』
『あります。ですが、まだ時間が必要です。出来れば、あと30分くらいの時間が必要ですが…。』
『30分か…。武器無しでの戦い。セルレン相手ではキツいな。』
『1つ。だけなら。出せる。』
『え?。クロノさん?。』
突然、クロノさんが呟いた。
『私。この空間の中じゃ。役に。立てないから。一回だけ。本気出す。』
『え?。どういうことですか?。』
『待ってて。ふん!。んーーーーーーーーーー……………。えいっ!。』
必死に力を込め、前方の空間にエーテルを集中させるクロノさん。
暫くすると、エーテルが渦のように集まり、空間に黒い穴が開く。
同時に何か、大きな物体が穴の中から出現し地面に落ちた。
『も…もう。げ…ん…かい…。きゅ~~~~~。』
『お、おい!?。大丈夫か?。』
『だめ。疲れた。動けない。』
力を出し尽くしたのか、そのまま倒れるクロノさん。その身体を涼さんが受け止める。
『それ。使って。』
それ?。
クロノさんの指差した先に出現した一振の片刃剣。これ…神具?。
けど、こんな剣は見たことがありません。クロノ・フィリアの皆さんが使っていた記憶のない見慣れない剣です。
『閃の。能力。最近。あんまり。使ってなかった。けど。クロノ・フィリアの。メンバーが。持つ。能力が凝縮された。剣を。つくれるの。【神剣】って。閃は。呼んでた。それ。美緑が。仲間になった時に。閃が。つくった。神剣。【樹霊神剣】。』
『私の…。剣?。』
『うん。閃と美緑の力が。合体した。神具。』
閃さんと私の…。
ゆっくりと神剣を持ち上げる。ずっしりと重い剣。凄まじいエーテルを感じます。
私の【樹界の神】としての力と、閃さんのエーテルが混ざり合い、1つの 世界 のような…【樹界】という概念に形を与えたような武装。
『この。空間の中じゃ。1本が。限界。あと。宜しくね。ああ。あそこに。クッションだぁ…。』
『え?。あら?。何で此方に?。きゃう!?。だ、大丈夫ですか!?。…って、この方…寝てます…。』
涼さんの手を離れてフラフラとレルシューナさんの胸に飛び込むクロノさんは、そのまま寝息を立て始めた。
『兄さん。この剣を。』
『良いのか?。俺が使っても。』
『はい。きっと、兄さんなら、私よりもその剣を上手に使える筈です。』
『分かった。ありがたく使わせて貰おう。そして、時間を稼ぐ!。』
『お願いします。』
『皆。行くぞ!。』
兄さんの掛け声と共に皆が駆け出す。
『本当に厄介で、邪魔な存在だよ。【樹界の神】。この完全なる支配空間において、君の周囲だけ私の支配から僅かに逃れている。今の時間、私の能力が発動しなかったのも君が残り少ないエーテルで彼等を守っていたからだ。本当に小賢しく腹立たしい娘だ。』
『ああ!。その優しさに、前世の俺達は惹かれたのかもしれないな!。』
『獏豊か。正直、君が最も速く反旗を翻すと思っていた。普段は面倒事を嫌うが、物事の本質を見抜く能力はリーダーである律夏を越えていたよ。』
『褒め言葉。ありがとよ!。おらっ!。』
獏豊が先陣を切り、セルレンへと殴り掛かる。
昔から肉弾戦の方が得意で好きだったよね。
『無駄だ。君の攻撃など手に取るように分かる。経験も奪うと言っただろう?。絡め取り仕留める。』
セルレンと獏豊を囲うように出現する蔦。
『そう来ると思ったぜ!。徳是苦!。』
『了解した。ふんっ!。』
伸びる蔦をその鍛え上げた肉体と腕力で受け止め、掴み、引き千切る徳是苦。
『ナイス!。おらっ!。』
『ちっ!。鋭い!。しかし、それだけだ。その型も熟知している。』
打撃を繰り出す獏豊と、それを辛うじて防ぐセルレン。その拳をいなし、腕を掴み獏豊を押えた。
『くっそ!。経験を奪うってこういうことかよ!。』
『ああ。君の打撃時における体重移動や次の動作、そして、僅かな癖。その全てを私は知っている。無論、対抗策もな。』
積極的に攻撃を仕掛ける獏豊だが、セルレンには届いていない。動きを先読みされている。
取られた腕を支点に顔面を狙った蹴りも容易く受け止められてしまった。
『なら!。2人ならどうだい?。』
『多言か?。良いだろう。お前達が如何に無力かを知るが良い。』
セルレンを挟むように多言と獏豊が攻める。
エーテルで強化されたとはいえ、セルレンは緑国の住人達全て取り込んでいる。その肉体を巡るエーテルは計り知れない。
それに神聖界樹から無限に近いエーテルが送られ続けているせいで一向に衰えが見えない。
動きも、全く変わらない。常に全力で迎撃に掛かってる。
逆に、獏豊達は私から貸し出されているエーテルが徐々に低下していってる。
今のセルレンには生半可な攻撃は通用せず、全力をずっと出し続けている状態だ。癖も技も全てを知られている上に、こっちにはタイムリミットがある。
『ぐあっ!?。』
僅かな隙をつかれ、獏豊が地面に叩きつけられた。
『獏豊!。うがっ!?。』
同時に多言の腹部に拳がめり込む。
『暴力など、低能な連中が行う愚行かと考えていたが、なかなかどうして、弱者を弄ぶのも悪くはないな。』
『くっ!?。この蔦。至る所から生え続けるとは!?。み、動きが!?。』
何処からでも湧くように生えてくる蔦によって両手足を絡め取られ動きを封じられた徳是苦。
『さて、先ずは一人目だ。』
地面に押さえつけられた獏豊にセルレンが腕を伸ばした。
『させん!。』
『ぬっ!?。何だ?。弾丸?。いや、種か?。』
セルレンの腕が獏豊に触れる直前、彼の腕を種が弾き飛ばした。
更に数発の弾丸と化した種がセルレンへ命中し後退させたことで獏豊が自由になる。
『獏豊。無事か?。』
『ああ。助かった。ありがとよ!。ハニー。』
『や、やめろ…緊張感のない…。』
空苗が植物の種を指弾で弾丸のように発射し、セルレンの腕を弾いたんだ。
『種にエーテルを纏わせて撃つとは。この支配空間で種にそれだけの耐久性を持たせるか。侮っていたか…と、言いたいが、私を倒すには威力が足りない。さぁ…空苗よ。返すぞ。避けてみよ。』
『空苗!。』
『っ!?。がっ!?。』
セルレンの背後から空苗と全く同じく、エーテルによって硬質化された種の弾丸が発射され、避ける間も無く空苗と彼女を庇おうとした獏豊ごと撃ち抜かれた。
2人は重なりながら地面に倒れ込む。
『ふむ。やはり、貴様達は弱すぎる。…が、個々の能力には興味を惹かれた。よって、全員を吸収することにしよう。』
『っ!?。』
セルレンの周囲…いや、この空間の隙間や地面、ありとあらゆる場所から出現する蕾。
シュルーナさんを吸収した化け物が…数え切れない…。
キュシャァァァァァアアアアア!!!!!。
甲高く鳴く蕾はその醜くもグロテスクな口を開き、獲物を探している。
『砂羅姉!。』
『ええ。私達も!!!。』
1つ1つが3メートルくらいの蕾が暴れまわる。数に物を言わせ皆に襲い掛かる。
『こんなグロいのに触らないといけないなんて!。このっ!。』
『砂になりなさい!。』
エーテルを直接対象に触れて流し込めば能力は使えるけど、それだと対処できる数に限界が来る。
『異神か。我が神獣ではお前達の相手は荷が重かろう?。だから、私自らが動くとしよう。』
『くっ!?。何言ってやがる?。』
『安心しろ!。お前達も同様だ。』
『っ!?。』
空間を覆う木々から出現する何人ものセルレン。この登場の仕方。見覚えがある。
『これって…女王の!?。』
『樹装軍隊!?。』
『マジかよ!?。神具まで吸収したってのか!?。』
『ほぉ。私と同等の密度の分身は2体までが限界か。しかし、ふむ。多少劣るが雑魚を相手するには雑な分身でも十分悪くないな。』
セルレンの背後に2人の分身が現れる。
身体を纏ってるエーテルも本体と同等みたい。
それ以外のセルレンは、手に持つマシンガンを乱射しながら突進してきた。
『皆!。避けろ!。』
『ぐっ!?。無理だって!。こんなもん!。』
『ぐあっ!?。一発一発がなんという…ぐはっ!?。威力か!?。ぐっ!?。』
飛び交い乱射される弾丸の雨に、暴れまわる化け物。そして、身体に巻き付き自由を奪う蔦。
駄目だ。皆が、殺られちゃう。
まだ、時間が…足りない…。
『皆!。伏せろ!。』
『何?。』
叫ばれる言葉。四方八方から襲い掛かる植物をエーテルを乗せた一太刀が切り裂いた。
斬撃によって切り伏せられた植物は、まるで生命力を奪われたように急速に枯れてしまった。
『これが…神剣の…力か…。』
斬撃を放った兄さん本人ですら予想していなかった威力に言葉を失っている。
あれが、閃さんと私の力…。
『再生がしない?。分身達も?。エーテルそのものを奪われただと?。何だ?。その剣は?。何なのだ?。ここに来て、新たな不安要素など認めてなるものか!。』
再び、神聖界樹から分身と蕾、蔦を生み出し兄さんへとけしかける。
『いける!。この剣なら!。セルレンとも渡り合える!。』
無限に生成される植物。
しかし、神剣を手にした兄さんの前には、どんなに数で圧倒しようと神剣の一振で大量に枯れてしまう。
『この神聖界樹の中でこれだけのエーテルを纏うとは…やはり、侮れんか!。』
『セルレン!。覚悟!。』
『ちっ!。』
2体の分身ごとセルレンを切り裂いた。
けど、セルレンは神聖界樹との同一化を果たしたと言っていた。つまり、セルレンを完全に倒すには、この巨大な神聖界樹の何処かにある核を破壊しなければならない。
だけど、兄さんの狙いはセルレンを倒すことじゃない。
私の…切り札のための時間稼ぎ。
何度、セルレンが再生しようと私の準備が整うまで倒し続けるつもりだ。
『はぁ…。まさか…。ここまで私を追い詰めようとは…。』
胴体を両断されたセルレンが溜め息をつく。
『何を言っている?。再生したらどうだ?。お前がこの程度ではくたばらないことは百も承知だ。』
『ふふふ。そう言えば、お前達にはこの神聖界樹の能力を話していなかったな。』
神聖界樹の能力?。
それは、これまでの戦いで分かっている。
・周辺、内部にエーテルを放出して空間を支配する能力。
・蔦や根から他者の能力や経験を含めたエーテルを吸収する能力。
・無制限に内部の植物を生み出し操ることが出来る能力。
『っ!?。』
『律夏!。避けろ!。』
兄さんの足元から出現する巨大なワニの頭。頭はワニなのに胴体は蛇のように長く、神聖界樹の中を泳ぐように移動してる。
寸でのところで涼さんが兄さんを庇ったけど、兄さんの腕がワニに持っていかれてしまった。
『ぐっ…。不意打ちとは…。』
『大丈夫か?。律夏?。』
『ああ。助かった。失ったのが神剣を持つ腕でなくて良かった。』
『ふふふ。存外にしぶといな。だが、これで終わらせよう。』
倒れていたセルレンの身体が人形のような倒木に変化し別の場所から新たなセルレンが現れる。
彼が指を鳴らすと、何処からか枝が伸びてきて、その先端に黄金の果実が実った。
あれ…私のと同じ能力?。
『先程、そこの小娘が生み出していた果実と似ているが非なるものだ。これは、神聖界樹の核の一部をエーテルで包んだもの。通常の生物ならば一口で不老不死になることすら可能の奇跡の実だ。神技【黄金果実】。』
躊躇いなく実を取り口に運ぶセルレン。
『うっ…うぼっ!?。ギィィィィィイイイイイイ!!!!!。』
果実を呑み込んだ途端、セルレンの肉体が変化していく。エルフ特有の線の細くすらりとした体格から、より戦闘に特化したような鋼の筋肉に包まれた肉体へ。腕も足も太く長く。同時に身長まで伸びていく。
『ぐっ…はぁ…はぁ…。急激な変化は、消耗が激しいな。…しかし。ふぅ。すまない。待たせたな。』
『っ!?。律夏!。ぶっ!?。』
『何っ!?。ぐぼっ!?。』
え?。
セルレンの変化を見つめていた兄さんと涼さんが同時に吹き飛ばされた。
何なの…あれ…。
『兄さん!。涼さん!。』
『律夏!?。』
『来るな!。美緑!。』
『レルシューナも、絶対そこから動くな!。』
2人が警戒する。
『待たせたね。これが神聖界樹の本当の能力だ。果実を食べた持ち主に望む能力を授ける。私は今、君達を圧倒する力を欲した。無礼にも我が界樹の中に土足で踏み込んだ愚かな異神と我が恩恵を受けながら裏切った者達を蹂躙する為にね。それがこの力さ。』
『ぐっ…。』
『これは…厳しいな。俺の【虚無界】が働いても間に合わない速さと力か…。』
『遊びは終わりだ。』
『ぐっ!?。』
『くそっ…見えない…。がはっ!?。』
セルレンの速さは遠くから見ている私でも追えない。セルレンの姿が消えたと同時に涼さんと兄さんが吹き飛ばされていく。
今のセルレンの力は私達を完全に上回っている。
尚且つ、私達の能力は封じられたまま。
このままじゃ…。勝てない…。
『律夏!。』
『させんぞ!。』
『俺達も。』
『いる!。』
獏豊達が加勢しようと近づくも。
『邪魔をするな!。コイツ等を倒した後で殺してやる!。』
『コイツか!?。』
『デカイ…さっきの蕾の比じゃないよ!?。』
『くっ!。律夏に近づけん!。』
獏豊達を襲うのは、巨大なワニの神獣。
神聖界樹に溶けるように移動しながら何処からともなく現れ、その巨大な口で襲い掛かる。
『砂羅姉!。』
『ええ!。』
『無駄だ。』
『『えっ!?。きゃっ!?。』ぐっ!?。』
『砂羅!。累紅!。』
そんな馬鹿な。あの状態の分身も作れるの!?。
突然、現れた分身体が砂羅と累紅を殴り付けた。
しかも、分身は強化されたセルレンの姿で。
『休む暇はないぞ。この密度の分身はあと一体作り出せる。そして、樹装軍隊も健在だ。』
もう一体のセルレン。
更に、今度はセルレンの姿ではない。
エンディアが使用していた兵隊達が銃を構えて出現した。
まずい。このまま撃たれたら、レルシューナさん達が…。まだ…時間が足りない。もう少しなのに…。ここで残りのエーテルを使っちゃったら…。切り札が…。
『美鳥!。兎針!。』
『はい!。光歌ちゃん!。』
『はい。光歌さん!。』
『『『神技!。』』』
聞こえた。3人の声。
同時に、荒れ狂う竜巻と七色の光、そして、巨大なエーテルの砲撃が出現した樹装軍隊を蹴散らしていく。
『光歌さん!。』
『美緑!。無事?。』
『はい…劣勢ですが、生きてます!。』
『ふふ。間に合って良かったです。』
心強い援軍が来た。
これなら!。
『侵入していた異神か。しかし、樹装軍隊は何度でも甦る。お前達の攻撃など通用せん。』
『うん!。そんなこと分かってるよ!。だから、先に本体を倒す!。』
『ぬ?。ここまで接近されていたか?。』
燕さんがセルレンに攻撃を仕掛けた。
『はっ!。』
『ふん!。その程度か?。』
『なっ!?。受け止めっ!?。』
『ふん!。』
『くっそ!?。』
燕さんの蹴りを簡単にあしらうセルレン。
『はぁ…はぁ…。あんなに…強化しても…。雑魚敵を消すくらいしか出来ないって…本当にこの空間…厄介だし…。』
『ええ。エーテルが身体から離れた瞬間、急激に霧散が始まってしまう。神技ですらコレだし、飛び道具主体の私や美鳥達じゃ正直キツいわ。』
『ですが、やるしかありません。』
『そうですね。』
光歌さん。美鳥さん。詩那さん。兎針さんが集まってくる。
『くっそ。アイツ…目茶苦茶強いよ?。』
『はい。彼は神技で、肉体を強化したようです。兄さんや涼さんよりも…。』
『………美緑。良かったわね。』
『え?。』
笑顔の光歌さんが私の頭を撫でた。
その笑顔の意味は分かってる。
『はい。やっと…思いが通じました。』
『そ。もう手離しちゃ駄目よ。』
『っ…はい!。』
はい。もう手離さない為に、皆で生き残ります!。
兄さんと涼さん、砂羅と累紅はセルレンの分身と交戦中。獏豊達はワニの神獣と。
『やっと、此方を窺っていた異神が揃ったか。』
セルレンが私達と対峙する。
『ええ。様子見している場合じゃなくなったもの。随分とイメチェンしたじゃない?。あんまりはっきりと見たことなかったけれど、正直、似合ってなわよ?。』
『銀虎の神。私が警戒していた異神の1人か。』
『あら?。私を知ってるの?。』
『勿論だ。神眷者に選ばれた際、異界の神の情報は神託で与えられている。』
『それで?。私達異神と1人で戦うつもり?。』
『強がるな。貴様達の目的がそこの樹界の神が企んでいる 何かの準備 に対する時間稼ぎだということは知っている。今、この瞬間も私の攻撃をどう凌ぐかで必死に頭を回転させているのだろう?。そして、お前程の女が警戒していること。私にされるとお前達が敗北する可能性のある次の一手に、どう対処するかを必死に考えている。だが、しかし。これ以上考える時間を割けば、樹界の神が私に殺される未来が見えたから否応なしに出てきたのだろ?。切り札を失う可能性が見えたから。』
『………ちっ。』
『しかしな。私が待っていたのは、まさにこのタイミングだ。1人1人倒すなど時間の無駄でしかないのだからな。そこの黒蝶の神と雷獣の神。』
『っ!?。』
『何よ!?。』
セルレンが兎針さんと詩那さんに話し掛けた。
『お前達とエンディアとの交戦。観察させて貰った。エンディアの神技に対し、真っ向から撃ち破るなど想像すらしていなかったぞ。』
『………もしかして。』
『ええ。彼のしようとしていることって…。』
セルレンの手のひらにエーテルが集まっていく。
『エンディアを吸収した私が彼女の神技を使えないわけがないであろう?。私の目的は最初からお前達全員を纏めて消し去ることだったのだ。』
『まずい!?。皆!。気をつけて!。』
いち早く叫んだ光歌さんの声に全員が反応する。
『ああ。1つ伝えておこう。元はエンディアの神技だが、威力は彼女以上だ。知っての通り、私は無限のエーテルを所有している。一撃に込められるエーテルに上限はないのでな。』
一気に光が放たれ周囲を照らす。
『さあ、消え去れ異界の神々よ!。神技!。【神核爆光弾】!。』
その時。一瞬。全ての音が消えた。
そして、次の瞬間。
轟音と共に光と熱の爆風と衝撃が解き放たれることとなる。
『くっ!。皆!。全力で防いで!。神技!。【神獣爪奇天咆弾】!!!。』
『はい!。神技!。【七翼飛斬神光鳥】!!!』
『神技!。【黒翼流乱神風】!!!。』
『神技!。【九天爆雷声咆】!!!。』
極限まで圧縮されたエーテルが爆発する直前、4人の神技が一斉に放たれた。
爆発寸前の臨界点ギリギリを4人のエーテルが抑え込もうとしている。
結果、徐々に光は小さくなり、細かな粒子を周囲に撒き散らしながら消え去った。
爆発を防いだ…。やった。
『防いだか。流石だ。神聖界樹の支配に弱体化を余儀無くされた上で臨界と同時に同等のエーテルを衝突させ相殺するとは…やはり侮れんな。』
『はぁ…はぁ…。はぁ…はぁ…。何て、密度のエーテルよ…。あんなもの爆発したら街1つくらいなら余裕で消し飛ばせるレベルじゃない…。馬鹿じゃないの!?。』
『爆発前でも私達4人の神技と同じ威力ですか…はは…ちょっと…困りましたね。』
光歌さんが乱れた息を整えながら悪態をつく。
『嘘でしょ…おの女の時と全然違うじゃない…。』
『私達の全力のエーテルを持ってしても相殺がやっとですか…。少々…まずいですね…。』
焦る詩那さんと兎針さん。
光歌さん達のお陰で私達はたった今セルレンの神技を撃ち破った。それは事実だ。
けど。
その後、すぐに私達は絶望を知ることとなった。
『しかし。忘れてはいないか?。私の神聖界樹は地中深くまで張り巡らされた根から星のエーテルを直接汲み取り自らのエーテルに変換している。上限もない。』
セルレンの手のひらに再びエーテルが集まっていく。
『同一化した私にはエーテルが無限に流れてきている。故に神技に制限など存在しない。神技の連続での発動も可能だ。』
『う…そ…。』
『まずい!。皆!。逃げっ!?。』
『神技…【神核爆光弾】。』
迎撃すら許されず。反撃の間も無く圧縮された極限のエーテルが炸裂した。
辺り一帯は光に包まれ、轟音と衝撃で身体が吹き飛ばされる。
平衡感覚を失い、身体を高熱に包まれた。
数分後。
私は意識を取り戻した。辺りは静寂に包まれている。
『ん…。皆さん…は…。っ!?。涼さん!?。砂羅?。累紅?。皆さん!?。』
私が動いたことで被さるように庇ってくれていた気を失った涼さん達が地面に落ちた。
周囲を確認すると、爆風の衝撃と熱風で吹き飛ばされた光歌さん達は全身を焼かれて倒れている。
レルシューナさん達は兄さん達が身を呈して守っていた。けど、全員が瀕死に近い。私が貸し与えたエーテルも失い、ほぼ生身で直撃している。
『セルレンは…。』
あれだけあった植物は神技で全部消えてしまったみたい。
セルレンもいなくなってる。そうですよね?。あれだけの一撃です。自身にも多大なダメージを負った筈…。
『…などと考えているのではないか?。』
『っ!?。花?。』
焼き払われた大地に色とりどりの花が咲き始めていた。
『七竜の中でも緑竜は回復に優れた能力を有している。まぁ、しかし。私自身は不死身だ。肉体が消失したところで時間経過で再生できるがな。敢えて恩恵を上げるならば再生速度が上昇するくらいか。』
新たな肉体を得たセルレン。
無敵だ。倒せない。それに、また神技を使われたら今度こそ全滅する。
『さぁ…終わりにしようか。』
蔦伸ばし、軍隊を、蕾を、神獣を召喚するセルレン。
あれだけの攻撃の後で一切エーテルを消費していない。
もう少しだったけど。
もう時間がない。ここでやらないと皆が死んじゃう。
もう、手離さないって決めたんだ!。
『むっ?。何だ?。身体が、動かしにくい?。意識と界樹とのリンクが乱れているだと?。』
『私は…貴方を許さない。皆を…私の大切な人達を傷付けて、兄さん達を騙した貴方を絶対に…本当は、完全に掌握するのにもう少し時間が必要でした。ですが。仲間を守るため。足りない分は私の命で補います!。』
『馬鹿な!?。エーテルを放出しているだと!?。この私の神聖界樹が支配する空間で!?。』
『はい。本来でなら無理でしょう。ですが。今はもう貴方だけのモノではありません!。はぁぁぁぁぁあああああ!!!。』
身体に流れるエーテルを一気に神聖界樹に流し込む。私が切り離した全体の半分のエーテルを引き寄せるように。呼び込め。そして、繋がり接続して!。
『な、何が起きている!?。神聖界樹が揺れている?。この巨大な大樹が!?。木全体が揺れるなど!?。ありえん!?。小娘!。何をしている!?。』
『神具…起動!。』
『神具?。神具だと!?。そんなもの何処に!?。』
『ずっと。待っていました。神具を攻略しなければ貴方は倒せない。ですが、この巨大な神具を破壊するような規模の攻撃方法を持っている方なんて私達の仲間でも数えるくらいしかいません。なので、私はずっと準備をしていました。』
『じゅ、準備だと!?。』
『この直径も高さも数千キロにもなる神具を支える根。その先端から中に潜入していきました。細く尖った根を。内部から抉じ開けて。』
『馬鹿な!?。この神具は他者のエーテルを吸収する。触れた時点でお前のエーテルも…。』
『ええ。そうです。ですが、それは吸収しきれないくらいの、神聖界樹以上のエーテルで守れば済むだけです!。より純粋なエーテルで!。』
『しかし、それなら私が気がつく筈!?。っ!?。そうか…貴様、星のエーテルをそのまま!?。』
『はい。貴方の神具は星のエーテルを自らのエーテルと融合させ自らのモノとする。ですが、貴方が出来ることを樹界の神である私が出来ないとでも思ったのですか?。』
『どれだけ…地中深くに根を…。』
『大変でした。貴方の神具が張っている根の更に地中。より星の力が近いところまで根を張るのは。そして、私の神具は星と融合する。貴方の神具と違い、星に寄生するのではなく星の一部となる。貴方が今まで私の神具に気が付かなかったのは、私のエーテルを 他者のエーテル として認識しようとしてしまったから。既に私のエーテルは自然に溶け込み星そのものとなっているのですから。』
『くっ。そんなことが!?。この界樹ですら星からエーテルを吸い上げることしか出来ないのだぞ?。』
『ギルド 緑龍絶栄が理想とした戦闘スタイル。それは、自然との融合。無限の魔力を戦闘技術に利用するというコンセプトでした。それは、奇しくも貴方の神聖界樹を使用した緑国が行っていた戦力や軍略が私達の理想の完成形と同じものでした。なら、私は更に理想を発展させるだけです。長年夢見た理想だからこそ更に上を目指すことが出来ました。今、それを証明します!。』
『や、やめ!?。』
『育て!。』
揺れる神聖界樹。
幹が裂け、緑が枯れる。
神具の起動。
長い時間を掛け、神聖界樹の根の先端から徐々に侵食し続けた。神聖界樹を一部として取り込み、より巨大で強力な世界樹へと成長させる。この星の一端となり、純粋な星のエーテルを扱えるようになった私の神具。その名は…。
『【神界緑樹聖域 シル・ジュカリア】。』
神聖界樹よりも更に巨大な、本当の世界樹が顕現する。
『うっ…やっぱり、無理をしました。自分に回すエーテルが…。足りません…。』
目眩にふらつく。
倒れないように必死に耐える。
『馬鹿な?。神聖界樹との接続が切れ掛けているだと?。あんな小娘ごときに私の神具が乗っ取られたとでも言うのか!?。』
『くっ…。』
完全にセルレンから神具を切り離すことは出来なかった。
これは、まずいです。今、攻撃されれば…。
『いや、まだだ。まだ完全に断たれた訳ではない。あの娘さえ殺せば…更に強力な力が手に入る!。そうだ。まだ、まだ間に合うのだ!。行け!。』
『っ!?。』
セルレンから放たれた尖った蔦が私に迫る。
ダメ。まだ、身体の自由が…動けない。
蔦は確実に私の胸を貫く。エーテルを失っている私じゃ守ることも防ぐことも…間に合わない。
私は反射的に目を閉じた。
『死ねぇぇぇぇぇえええええ!!!。』
『んっ!?。』
『ぐっ!?。』
『何!?。貴様、まだ動けたのか!?。』
焦るセルレンの声。
私の身体は何ともない。蔦は届いていない。
閉じていた目を開くと、そこには見慣れた後ろ姿が…。
『ごふっ…。はぁ…はぁ…。』
『兄…さん?。』
『み、りょ…く。ぶ…じか?。うっ…。』
心臓を貫かれ、口から大量の血液を吐き出した兄さんが崩れ落ちた。
『兄さん!?。兄さん!?。どうして!?。兄さんが!?。』
倒れる兄さんにしがみつく。
神具を受けて気を失っていた筈…全身が酷く焼けただれ、所々が黒く変色している。
そんな身体で…私を庇って…。
引き抜かれた蔦の跡からは、30センチくらいの穴が開き、胸からお腹にかけてが抉り取られていた。
そんな…これじゃあ…治せない…。
エーテルを失っている状態の私じゃ…果実も生み出すことも出来ないのに…。
『み…りょ…く…。』
『兄さん!?。私です!。ここにいます!。』
『ほ……んとう…に…つよ…く…なったな…。』
兄さん?。
『こん…かい、は…、お、まえ…を…守れ…た…ぞ…。』
その言葉を最後に兄さんは動かなくなった。
次回の投稿は24日の日曜日を予定しています。