第242話 律夏と涼
ーーー涼ーーー
速度と力。
その2つを兼ね備え主体とする律夏の剣技。
エーテルを刃に纏わせ、攻撃範囲を拡張。豪腕による威力の向上。
更に長年に渡り積み重ねられた剣技による速さを合わせることで防御すら困難な攻撃を繰り出してくる。
攻撃の防御を成功させたとしても、防御ごと叩き斬られるのは明白だろう。
その気になれば斬撃をエーテルに乗せて飛ばすことも可能だったな。美緑に放った一撃で地を裂いていた。
『はっ!。』
『っ!。』
上段からの振り下ろし。
刀の側面を拳で叩き軌道を無理矢理変える。
仮想世界で無凱さんに習った受け流しの技術。
『今度は俺の番だ。』
『くっ!?。懐に!?。』
透かさず身体を滑らせ間合いを詰め、律夏の懐に。翡無琥ちゃんの動きを参考にした身体捌き。そして。
『らっ!。』
閃さんに教えて貰った打撃時の魔力運用方法。
現在はエーテルを扱えるようになり、威力が更に高まった打撃だ。
『ぐっ!?。なんという鋭い打撃…防ぐのがギリギリか…。』
『っ!?。』
防がれた。刀の柄で!?。
『はっ!。』
『ちっ!?。』
体勢を崩しながら放たれた横薙ぎの刀を肘で剃らし地面を転がりながら距離を取る。
『『……………。』』
睨み合う。
瞳の中の輝きが激しくぶつかり合う。
譲れぬモノがある者同士の戦いだ。
『『っ!。』』
静けさと無言で始まる攻防。
刀と拳が激突と衝突を繰り返す。
交差する2つのエーテルが衝撃を生み出し、周囲へ解き放たれる。風圧と火花が飛び散り、瞬間的な花火が咲く。
『はぁ…。はぁ…。何故だ?。何故、本気を出さん?。』
『はぁ…。はぁ…。何のことだ?。』
俺は本気だ。
全力で律夏に対し攻撃している。エーテルの無駄遣いもしていない。体内に巡る全てのエーテルを総動員させ肉体を動かしている。
律夏は何を感じ、そう思ったのか。
俺の目的は美緑を悲しませたことに対し謝罪をさせること。それ以外のことは後回しにしている。兎に角、頭を冷やさせる。それだけだ。
『貴様は厄災の1つなのだろう?。先程、俺の刀を無力化した力。あれを使えば、この様な打ち合いをする必要もないだろうが。』
そういうことか。
『…俺の目的はお前を倒すことじゃないからな。考えを改めさせる。そして。美緑を傷付けたことを謝らせることだ。その為にはお前の心に俺の意思を直接響かせる必要があると考えた。世界に与えられた力じゃない。俺自身の力でお前に語らなければ伝わらないからな。』
俺は厄災としてでも。クロノ・フィリアとしてでも。ましてや敵としてでもない。
お前の 友 として相対している。
『だから、俺はこの拳でお前を殴る。』
『………。』
律夏がエルフの少女達と話している美緑を横目で見る。
その瞳は辛く、悲しく。苦しそうだった。
『何故…なんだ。何故、お前達は俺達の平和な日常を壊そうとする?。お前達さえ来なければ、俺達はこの国で平和に暮らせていた。』
『………。』
『シュルーナが神の言葉に苦しむことも。王が民を虐殺することも。…俺がここまで心を乱すこともなかった。なのに…何故…お前達はこの国に…この世界に現れた?。』
頭を押えながら叫ぶ律夏。
『残念だが…その質問に対する答えを俺は持ち合わせていない。俺自身、自分が置かれている状況を理解していないからだ。ただ、1つ言えることは、この世界の神が俺達をこの世界に転生させた。それは間違いない。』
『………。ならば、シュルーナを神託で苦しめている神とお前達をこの世界に出現させた神は同一の神…なのか?。』
『それも分からない。この世界の神は複数存在する。同一…と考えられることも出来るかもしれないが…俺には答えは分からない。』
『俺達は神の手のひらの上…か。』
閃さんや無凱さんなら何かしらの情報を集めているかもしれないが…。
まぁ。俺は俺に出来ることをやるだけだ。
今も。昔も。これからも。
『いや。違う…。』
『何?。』
『俺は自らの意思で選択した。神など関係無い。自らの決断で過去を捨て、今を…未来を選んだ。そこに神が介入する隙など在りはしない。』
刀を構える律夏。
どうやら、次の一撃に全てを賭けるようだ。
全身から台風のように荒れ狂うエーテルが放出されている。
『良いだろう。それがお前が選ぶ選択の答えなら。俺のすべきことは決まった。』
全身のエーテルを高める。同時に右の拳にエーテルを集束させる。
『そうだ。間違ってなどいない!。俺は…俺の大切な者達との未来を勝ち取る。異神…お前達を全員殺して!。』
これまでの中で最も速い踏み込み。
残像を残しながら振り下ろされる刀が俺の強化した左腕を容易く切断した。
宙を舞う左腕。そして。次の瞬間。刀に宿っていたエーテルが一気に解き放たれ、発生した衝撃波と斬撃が同時に俺の身体を呑み込んだ。
大津波に巻き込まれたような感覚に襲われる。
『手応えはあった。…勝った…のか?。』
衝撃で巻き上げられた土埃に俺を見失った律夏がそう呟いた。
今の一撃。乱れた心で放つには勿体無かったな。冷静で万全な状態のお前なら今の一撃で俺を屠ることが出来ただろうに。
僅かな力み。それによって生じる切っ先のブレ。律夏の心を映すように刀が泣いているようだ。
『俺が最も腹立たしいのは、お前が過去を…美緑が妹で大切な存在だということを 受け入れた上 で切り捨てたことだ。』
『っ!?。馬鹿な!?。あの一撃で…いや。貴様っ!?。左腕を捨てたのかっ!?。』
『誤った道を進もうとしている 友 を正すことが出来るなら、腕一本など惜しくはないっ!。らっ!!!。』
『うぐぉっ!?。』
渾身の力を込めて律夏の顔を殴り飛ばす。
拳の勢いで何度も地面に衝突しながら吹き飛ばされる。地面を滑り、転がり、やがて大の字で倒れた。
『ぐっ…。俺は…間違って…ない。』
『ああ。お前は間違っていない。ただ、考え方が誤っているだけだ。』
倒れる律夏に近付く。
律夏からは戦意が消えていた。
『考え方…だと?。』
『ああ。何故、受け入れた過去を捨てる選択肢しか見えていない?。受け入れたなら共に歩む未来だってあっただろう?。』
『そんな…もの…異神…の、お前達と共になど…。俺には…そんな未来を手にすることなど…出来ん…。』
『ああ。お前1人じゃ無理だ。だからこそ、仲間を頼れ。お前の大事な仲間達を。』
『っ!?。』
『俺の仲間達が美緑に言っていた。独りじゃない。必ず近くにいる…と。律夏。お前にもいるだろう?。』
『仲間…。』
『お前が大事に思う仲間。その仲間達から見たお前も彼等にとっての大切な仲間なんじゃないのか?。』
律夏は昔から何でも1人でやろうとしていた。頼ることをしなかった。
なまじ、何でもそつなくこなせてしまうせいで他人に頼ることを学ばなかった。
けど、今は違うだろ?。
『美緑とは戦いたくない。そう感じていたんだろ?。その感覚は紛うことなきお前の意思の現れだ。彼女がお前達に何をした?。必死に戦いたくないと訴えていただけだろう?。お前達が大切な仲間だから。昔みたいに一緒にいたいから。お前達に叫んでいたんだ。』
緑龍絶栄のメンバーも。この緑国の仲間達も。
そして。俺だってお前の仲間なんだ。
お前が記憶を失っていようと、それは変わらない。
『………だが…お前達を排除しなければ、シュルーナが苦しみ続けることになる。』
『神託による苦しみか。』
『ああ。そうだ。異神を全て殺さぬ限り神託は続く。俺はシュルーナが苦しむ姿を見たくない。』
『何とかする。方法ある。』
『?。』
俺達の間にいつの間にか立っていた少女。
倒れている少女達を守っていたこと、彼女から感じるエーテルが閃さんのモノと同じだった理由で仲間だと考えていたが…。
まさか、俺に話し掛けてくるとは。
『あるのかっ!?。方法が!?。』
『うん。簡単。空間を固定して。外部とのエーテルの流れを。遮断すれば良い。この大きな木の神具。なら。可能なのにね。何でしないのかな?。』
『っ!?。』
この神聖界樹は、緑国の王の神具。
王は神託を止める方法を知っている。その場合、娘の苦しみよりも俺達異神を殺すことを優先したということになる。
『王…。そこまでして…。』
『私も出来る。もう。戦う必要ないんじゃない?。』
『そうなのか…。なら、俺は…この辛い戦いを…止めても良いのか?。良いのだろうか?。』
『ああ。その通りだ。』
涙を流す律夏。
抑えていたのか。美緑と戦うことを本当は望んではいなかったのだろう。
『律夏。一度失ったモノが再び目の前に現れるなんてことは奇跡に近い。それを掴み取る未来の方がお前にとっても、仲間達にとっても幸せだと思うぞ。』
そうだ。刕好。和里。俺を信じついてきてくれた皆。
俺はお前達を救えなかった。世界と共に消滅してしまった大切な仲間達。失ってしまった大切な存在。
彼等の為にも、美緑と律夏の繋がりを俺は守りたい。
『………ああ。その通り…かもしれない。…俺の敗けだ。』
律夏の手に最後まで握っていた刀が地面に落ちた。
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