第241話 記憶の違和感
ーーー砂羅ーーー
樹海にある大木の枝の上。
遠くの方から戦闘音が聞こえ始めた。
涼さんや累紅ちゃん達の戦闘が始まったのでしょう、そんな中。私の周りは異常に静かだ。
対峙する空苗さんからは戦意は感じられず、私に対し過去の出来事を教えて欲しいと願ってきた。
頭を下げ、切実に説明を望んでいるよう。
『………。何故。その事を知りたいのです?。』
『………。お前達にしてみれば信じられないことかもしれないが。理由は2つ。私が、この戦いに疑問を持ち始めたこと。それが1つ。そして、もう1つは…。』
顔色の悪くなる空苗さん。
彼女の中で前世と今の記憶に違和感があるのでしょうか?。
『良いでしょう。時間がありませんので、手短にご説明します。』
『…助かる。』
私は、前世での出来事。
緑龍絶栄に空苗さんが美緑ちゃんの勧誘で加入した時からのことを話した。
簡単に、リスティナさんから聞いた世界の真実を織り混ぜ、ゲーム時代のこと。仮想世界でのこと。端骨にギルドを乗っ取られたこと。空苗さん達が操られクロノ・フィリアと戦うこととなったこと。などを説明した。
『端骨…。それが私達を裏切り…神と…この世界の神々と手を結び、お前達を付け狙った男か?。』
『はい。その通りです。』
『その男は…白衣姿で中肉中背。短髪に片眼鏡を着けた薄気味悪い笑い方をする男か?。』
随分と具体的に…まさか?。
『…はい。覚えているのですか?。』
『いや…分からない。だが…夢にみるんだ。』
『夢?。』
『ああ。』
持っていたライフルを足下に落とし、両腕で自分の身体を抱きしめる空苗さん。
顔色は更に悪く、僅かに全身が震えている。
『ゆ、夢の中の私は…意識は残っているんだ。だが、身体は自分の意思で全く動かせない。五感も正常なのに、身体だけが動かせないんだ。』
荒くなる呼吸。
彼女から恐怖の感情が伝わってくる。
『側には常に、その白衣の男がいて…私に次々と命令をしてくる。私の身体は私の意思とは関係無く男の命令に従って行動するんだ。』
震えながら涙を流し始める空苗さん。
私達と別れた後の記憶でしょうか。夢として心に、魂に記憶された体験をみることとなった?。
『男は実験と称して私に様々な薬を投与していく。痛くて。苦しくて。熱くて。気持ち悪くて。寒くて…。まるで、私の反応を楽しむように気味悪く笑いながら。』
膝から崩れる空苗さん。
『電流を流され。肉体を裂かれ。内臓を取り出され。脳を弄くられた。あらゆる刺激に苦痛に対しての反応を見るために身体を目茶苦茶にされるんだ。私は何度も、何度も、心の中で叫ぶんだ。もう止めてくれ、と。しかし、身体は男の命令に従う。感覚がある分、地獄ような時間が続くんだ。』
『空苗さん…。』
『実験が終わると傷を再生されて…男が実験の休憩に入ると、今度は女として身体を弄ばれる。』
酷い…端骨…なんてことを。
『次第に私の心は死んでいくんだ。何も考えず、身を委ね、刺激を受け入れる。そうすれば楽になるから。』
両手で顔を覆い泣いている空苗さん。
『けど。そんな暗闇に沈んでいく心の中で私は最期まで助けを求めていたんだ………そうだ。思い出した。私は…ずっと叫んだ。名前を呼んでいたんだ。そこでいつも目が覚める。』
涙で歪んだ瞳で私を見つめる空苗さん。
『なぁ。あの夢は前世の記憶なのだろうか?。』
『…はい。おそらく。そう思われます。』
『そうか…。あんな辛い思いをして…私は死んだんだな。』
何処か納得したような悲し気な表情。
『私は最期まで叫んでたんだ。助けて、と。助けて…美緑…砂羅…皆っ!。と。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。』
『空苗さん。』
私は空苗さんを抱きしめていた。
『ごめんなさい。空苗さん。助けられなくて。救えなくて。』
『…気にしないでくれ。今の私にとっては辛い夢の話でしかない。少し現実寄りの夢。そんな感覚なんだ。貴女との記憶も何も無い私だ。そんな私の為に貴女が泣く必要はない。むしろ、話してくれてスッキリしたくらいだ。』
どうやら、私の方が泣いてしまったようです。
『ですが。私にとっては貴女も大切な仲間です。それは変わりません。こうして、また出会うことが出来たこと。とても嬉しい。』
『…そうか。その気持ちに応えられないのが辛いな。けど。貴女に抱きしめられていると。とても温かい。懐かしい感じがする。もしかして、抱きしめてくれたのは初めてではないのか?。』
『勿論ですよ。ずっと長い間一緒に過ごした仲間です。貴女が落ち込んでいた時も。悲しんでいた時も。喜び合った時も。何度もしましたから。だから、これからもします。もう、敵ではないでしょう?。私達は戦う必要なんか無いんです。』
『………。うん。口惜しいな。記憶のないことが。こんなに悲しいとは…。』
『きっと。思い出すことも出来ます。何せ、私達は神様なのですから。』
『っ!。ははは。そうだな。神と私達は戦っていたんだったな。夢の話をしていたら忘れてしまっていた。』
涙を流しながら笑う空苗さん。
『さて、どうやら。この戦い。仕組まれていたようだ。王か女王か。伝承か。神託の神か。』
立ち上がる空苗さん。
『この戦いを止めるとしよう。』
『ええ。そうですね。』
私も立ち上がる。
『あ…あと。』
『はい?。』
『砂羅…と。名前で呼んでも良いか?。』
『ええ。勿論です。空苗さ…。いえ。空苗ちゃん。』
ーーー
ーーー累紅ーーー
私のエーテルが周囲の空間を支配していくのが分かる。エーテルが満ちた空間は全てが私そのもの。世界と共有しているみたいな感覚。
神聖界樹の中であろうと関係無い。
厄災は他のエーテルを侵食して発生する。
つまり、私のエーテルが神聖界樹のエーテルを取り込んで範囲を拡大しているんだ。
これが、今の私の力。
光歌さん達のような神具は私達には扱えない。何となくだけど分かるんだ。厄災として転生した私達は皆とは…異神とは少し違うんだって。
その替わりに、この支配空間を手に入れた。
『こりゃあ。ちっとヤバイか?。聞いてた異神の力とちっと違う気がするんだけど?。』
『ああ。俺の神言も発動せん。この空間は完全に奴に支配されたということだ。』
冷静な分析。昔から変わってない。
緑龍絶栄の切り込み隊長。
獏豊が突っ込み、2人が後に続く。中距離から絵巻で牽制する多言、言霊で敵の動きを封じ獏豊を援護する徳是苦。私達が第2波として攻め、最後は律夏が決める。
それが、私達の戦い方…だった。
『厄災になっている間。ずっと、貴方達のこと見てたんだけど。本当は美緑ちゃん…あの妖精の娘と戦いたくないんだよね?。』
『おっと。戦うって言っといてお喋りがしたいのかい?。まぁ。ここまで実力に違いがあれば余裕も見せられるか?。』
『見ていたのなら。会話も聞いていたのだろう?。俺達は 国 を、お前達…異界の神から守るために戦っている。過去のしがらみに囚われる時間も、余裕もない。』
真面目なところも変わってない…か。
『私達は別にこの国を滅ぼすなんて考えていないわ。先に仕掛けてきたのはそっちだったし。自衛にしては過剰よね?。守るための民を見せしめに殺して見せて国を割ったのはそっちだし。』
『………。王が決めたこと。そう言っちまえば簡単なんだがな。ああ。因みに俺達は反対したんだぜ?。律夏も。幹部連中も。姫さん達だってそうだ。賛成したのは女王とベルスクアって奴だけだったわ。』
『だが。女王は言った。異神が侵略を始めれば国の犠牲は計り知れないと。多くを生かすには多少の犠牲を必要とし、皆の心を1つにしなければならないと。現にお前達の力は我々が想像していたよりも強力なモノだった。』
『じゃあ。今は考え方が変わったってこと?。』
『そうじゃねぇ。俺達はただ仲間…まぁ。言っちまえば。律夏が大切にしている姫さんと妹を守りたいだけだ。国なんてその次くらいさ。』
『あの3人が幸せに、平和に暮らせるならば我々はこの力を惜しまない。皆で平穏に暮らす。それだけで良いのだ。』
貴方達が姉妹に向けた【守る】という、その言葉。
かつて、律夏と美緑ちゃんの2人に向けられていた言葉だって知ってる?。
記憶を失った貴方達じゃあ無理でしょうけど。美緑ちゃんにとってその言葉がどれだけ特別なモノだったか。
大事な仲間に突き離され、敵にされた美緑ちゃんがどれだけ傷付いたか…。
貴方達も美緑ちゃんが大好きで緑龍絶栄に集まったメンバーなんだよ。
『じゃあ。あのお姫様が戦うのを止めれば。貴方達も私達と戦うことを止めるのね?。』
『まぁ。そう言うことかな?。』
『そうだ。あの2人の言葉ならば律夏も納得するだろうからな。』
『おーけー。じゃあ。一先ず。貴方達には戦闘不能になってもらうわ。』
『『っ!?。』』
何を言っても貴方達は自分の意見を変えないだろうし、正直な話。一発ぶん殴りたかったのよね。
『はっ!。そう来るだろうと思ったぜ!。』
6枚の絵巻が蛇のようにうねりながら迫る。
『我が錫杖は神言を世界に届ける送信装置となる!。世界よ!。異神により侵略されたこの空間を破壊せよ!。』
支配した空間に外部からの圧力を感じる。
通常の空間なら周囲の空間に押し潰されて壊されちゃうかもね。
けどね。
『無駄よ。私は【歪曲神】。世界の一部であり、自然に最も近い【現象】を司る神の意思。それを世界自らが破壊しようとする訳ないでしょう?。』
謂わば、私達厄災の異神は、世界という巨大な存在の身体の一部である神達の中でも特に根源に近い存在なのだ。故に、世界に発現できる能力の優先度も他の神よりも優遇される。
徳是苦の操る神言は、自らの言葉を世界へ放つことで世界に【現象】として発現してもらうという能力。
同じ現象ならば、より世界の根源に近い能力の反映が優先される。
如何にエーテルを操れるとしても、神ではない徳是苦とでは、神であり現象そのものの私の能力を防ぐことも、打ち消すことも、塗り替えることも出来ない。
迫る絵巻を空間ごと捻曲げる。細い紐状に捻れ絵巻は一瞬で破れ、同時に徳是苦の錫杖を折り曲げ粉々に粉砕する。
『ちっ!?。やっぱダメだよな!。分かってたけど。力の差が違いすぎるぜ!?。この空間を展開された時点で俺達に勝ち目はねぇ。』
『くっ。この女。我が神言との相性が最悪だ。効果範囲が広すぎる。』
『動かないでもらうわ。』
『『っ!?。』』
歪む力で2人の動きを止める。
本気なら2人の身体を、雑巾をしぼるみたいに手でも足でも捻れ曲げることが出来るんだけど。そんなことすれば美緑ちゃんが悲しんじゃうしね。
だから、この怒りは拳に込める。
『くっそ!?。何だこれ?。空間に固定されて動けねぇ!?。』
『これは!?。』
『これで勘弁してあげるわ。全部が終わった後に、美緑ちゃんに謝んなさいよ!。』
『『うぐあっ!?。』』
周囲のエーテルを螺旋状に拳に纏って2人の身体に全力で打ち込む。
動きを封じられ、無防備になっている身体が回転しながら転がっていく。
『ぐぅ…チッ…良いとこねぇな…。』
『うむ…。果たして何が…正しいのか…。』
『何にしても…俺達の負けか…。ぐっ。駄目だ。内臓も。全身の筋肉も。たった一撃でズタボロじゃんか…。』
『ああ。動けんな…。我々の敗けだ。相手にすらならなかった…。』
『ちっ…情けねぇ。また…かよ…。また。何も…出来な…?。…はぁ。何言ってんだかねぇ…。俺は。』
『………。我等には…。我等は…力不足なのだろうな。無念だ…。』
倒れた2人に近付いていく。
一発殴れたし私はスッキリ。
『どう?。少しは話し合う気になった?。』
『………はぁ。ああ。負けた負けた。好きにしろよ。』
『お前は我等の命を容易く屠れるだけの強さがある…にも関わらずそれをしない。どうやら、本当に滅ぼすことが目的ではないようだ。』
『よしっ!。じゃあ、全部が終わったら、傷付けたあの娘に謝ってね!。私の願いはそれだけ!。難しいことは、他のメンバーに任せるわ!。』
『………ふ。ははははは。何だそれ?。いや、それだけ、あの小さいのが大事ってことか。ああ。あの小さいのを泣かせた俺達が悪者みたいじゃないか?。けど…はぁ…分かったよ。俺もそうした方が良い気がする…から。』
『承知した。今思えば彼女からは終始戦う意思を感じなかった。我等こそが異神の恐怖や噂に踊らされ真実から目を背けていたのかもしれないな。』
何処か納得したかのような笑みを浮かべる2人。
やっぱり、彼等の中で前世の記憶が少しずつ混濁してきている。
私達との接触が原因か。エーテルを得たことによる影響か。それは分からない。
だけど。
私達との記憶は確実に彼等の中に眠っているんだ。
美緑ちゃん。頑張った甲斐があったね。
ーーー
神聖界樹の中枢にて、神具を形作る巨大な核の前に立つ男。
神聖界樹の持ち主にして、緑国の王。
セルレン・リーナズン。
彼の周囲には幾つものモニターらしき板が取り囲み神聖界樹のありとあらゆる場所を映し出していた。
その映像を見つめ、眉間にシワを寄せ深い溜め息をする。
『現状。侵入した異神、9。連なる者、3。対して我が緑国…ちっ。エンディアは敗北。1度しか使えぬ切り札も防がれ、最早、役立たず。そして、ベルスクアは死亡。ヴァルドレは裏切り。【リョナズクリュウゼル】は、ほぼ敗北。馬鹿共が、異神の口車に乗せられおって。』
手近にあったモニターを腹いせに破壊する。
『所詮は異界人と寄せ集め…奴等と根底は変わらないということか。しかし。我が界樹の恩恵を受けて尚、異神の言葉に揺れ動くとは…。他の国とは渡り合えても仮初の力ではこの程度。やはり、最初から誰一人として信用なる者はいない…ということか。ははは。なぁに。最初から分かっていたことではないか。』
指をならすと全てのモニターが消えた。
『異神を殺すことが出来るのは、世界最大の神具を持つ私だけ。待っていろ。異神共。我が直々にこの世界から消し去ってくれる。そして、私は世界を手にし頂点に君臨するのだ。はは、ははははは!!!。』
笑いながら神聖界樹の中に溶け込んでいくセルレン。
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