第239話 美緑の叫び
ーーー美緑ーーー
私を庇い重傷を負った夢伽さん。奏他さん。八雲さんの致命傷だった箇所の傷を塞ぐことに成功する。
魔力とは違いエーテルでの回復力、治癒速度には驚かされてばかりです。重傷には違いありませんが死ぬことはなくなり一先ず安心です。
ゆっくりと看病したいですが…そうも言っていられない状況。3人は私が守ります。必ず守ってみせる。
『………兄さん。』
現状。こうなることは予想していました。
この場所に踏み込んだ時点で兄さんとの対峙は決定していた。
覚悟も決めていた。昨晩、散々泣きましたし。
武士を思わせる凛とした風貌。
鎧と刀。所々に【樹人】の特徴の枝や葉が生えている。
何も変わらない。
ゲーム時代、そして、侵食された仮想世界での2年間。常に私の横で支えてくれていた存在。子供の時から私を守ってくれていた、たった1人の血を分けた兄妹…。
鋭く、殺気の籠った眼光。
敵に対して容赦のなかった兄さん。その殺気が今度は私に向けられている。
その瞳の中には、かつての優しさは微塵も感じない。私を敵として見ているんですね。
何で…こうなってしまったんだろう。
それは、クロノ・フィリアに加入させて貰ってから、ずっと考えていたこと。
原因を作ったのは端骨の暴走。
どうすれば、こうなることを防げたのか。
端骨を追放しなければ?。もっと仲間に気を配っていれば?。警戒を強化すべきだった?。
様々な考え、出来たかもしれない可能性が頭を過る。
結果として、大切だった仲間たちは私の元から姿を消して、今、現実の世界で対峙することとなっている。私の…前世のことを全て忘れて。
『律夏…。』
『良くやったお前達。シュルーナ…大丈夫か?。』
『だ、大丈夫…だよ。痛い…けど。まだ、頑張る…。』
『………そうか。もう少しの辛抱だ。』
『う、うん。お兄様。』
『レルシューナ。シュルーナの介抱をしてやってくれ。あとは俺がやる。』
『う、うん。気を付けてね。律夏。』
『ああ。ユーグドラミラ。2人を守ってくれ。』
『きゅぅぅぅん。』
レルシューナさんとシュルーナさんに笑顔を見せる兄さん。
かつて、私に向けられていた優しい眼差し。
ズキンッ。と胸が苦しくなる。
兄さんの中には…もう、私はいないんだね…。
『行くぞ。多言、徳是苦。』
『はいよ。』
『了解だ。』
『周囲の警戒を怠るな。異神は複数潜入している。獏豊を含め他の【リョナズクリュウゼル】は全滅した。何処からか奇襲があるかもしれん。』
『ありゃりゃ。皆、負けちゃったのかい?。』
『そうか。さぞ、無念であろうな。』
『あの【樹界の神】は俺が殺る。』
前に出る3人。兄さん…。多言…。徳是苦…。
皆…。過去の…皆との楽しかった思い出が蘇る。こんな戦い…辛いです…閃さん。
『しかし。解せん状況だ。』
『え?。』
兄さんのことだ。有無を言わさず斬り掛かって来ると思っていたのに話し掛けてきた?。
『仲間を庇いながら戦っていたとはいえ、今まで我々の攻撃を防ぎ、退け続け、樹海の防衛を成功させてきた【樹界の神】が、我々の攻めに対し受け身の状態。防戦一方。それに、貴様。何故、そこまで弱体化している?。』
『………。』
『その小さき身体から溢れ出るエーテル。樹海の防衛時と比べ半数程度まで弱まっている。仲間を回復させたとはいえ、通常では有り得ない異常なエーテルの減少。貴様。何を企んでいる?。』
刀を構える兄さん。
此方の狙いには気付いていないようですが…何かあることは勘づいている。
流石に一筋縄ではいかないようですね。
気を失っている3人を守りながら戦わなければならない現状。
何より、今の私のエーテルは兄さんが言った通り、通常時の半分以下。4分の1程度しかない。この状態で5人と1体を相手にするのは不可能に近い。
『黙りか。まぁ。しかしだ。何を企んでいようと、その計画前にお前を殺してしまえば済む話だ。弱った貴様1人で何が出来る?。』
『っ!?。』
来るっ!?。…と、直感した直後。
兄さんの姿が目の前に現れる。
小さな私の身体。正確に首を狙って横に振り抜かれる刀の刃を飛行して躱す。
『っ!?。ほぉ。所見で躱すか。』
次々と繰り出される鋭い刃が私を襲う。
けど、知っている。
ずっと間近で見てきたんです。練習にも付き合いました。一緒にだって戦ってきた。背中も預けて…ずっと…一緒に…。
『ぅ…。兄さん…。』
『………。』
回避する度。刀が振るわれる度。
兄さんとの思い出が脳裏に蘇り再生される。
大好きだった。いえ、大好きな兄さんとの思い出が…。
練習の時とは違う、私を殺すために放たれる本気の斬撃。当たれば確実に死ぬ。殺される。兄さんが私を…。
もう…やめて下さい。こんなの嫌です。兄さん…。
『ここまで躱すか。勘や見切りなどではない。知っているのだな。俺の太刀筋を。僅かな癖や動きの所作まで把握している。』
『ええ!。知っています!。兄さん!。私は!貴方の妹の美緑ですから!。』
『………妹、か。』
『ずっと…ずっと…一緒に、生きてきました。親に捨てられてから、ずっと。兄さんが私を守ってくれた。』
『………。』
『兄さん…思い出して下さい…。私との…。記憶…。思い出を!。私は兄さんと戦いたくありません!。』
私には兄さんと戦うことは、どうしても出来ません。
覚悟を決めた筈なのに…戦うって決めて、決めるためにいっぱい泣いたのに…。
いざ、対面して分かりました。私は…大切な人…達を攻撃することなんて出来ません…。
だって…仲間だったから…。いえ、仲間なんです。昔も今も。例え記憶を失っていても…。
美緑。無理に戦うことはしなくて良いんだぞ?。俺達がいる。お前だけが辛い思いをすることなんかない。どんなに苦しくてもお前は独りじゃないことだけは忘れるな。仲間を頼れ。必ず。近くにいるから。
閃さん…。閃さんに言われた言葉。
あれは仮想世界にいた時だったかな?。
そうだ。お部屋の1日デートの時。
『なぁ。美緑。』
『はい?。』
『お前は俺達の仲間になった。端骨に仲間を操られギルドに居場所を失いここにいる。』
『はい。』
『これから先の戦い。美緑にとっては辛いことだろうが、俺達と共に戦う以上、必ずお前の仲間達と対峙する時が来る。いつかは分からないし、戦うのは美緑じゃないかもしれない。』
『………。』
『だけど。もし美緑が、かつての仲間と戦うことになった時…辛くて精神的にも、肉体的にも追い詰められた時。絶対に独りで抱え込むな。冷静になって周りを見てみろ。お前はもうクロノ・フィリアだ。俺達の家族だ。だから、独りじゃない。必ず。仲間が近くにいる。』
そうですね。閃さん。
出会って間もないですが、夢伽さん達も私の仲間です。それに、光歌さん達も戦っている。
私は、独りではありません。
自分に出来ることを全力でするだけです!。
『…覚悟を決めた。表情だな。良いだろう。来い!。』
『行きます!。兄さん!。』
狙いは動きを封じること。
兄さんを戦闘不能に出来れば、敵の戦力を大きく削ぐことが出来る。
硬化した根や枝を次々と兄さんへ伸ばす。
今の私が操れるのは手元にある種から成長させた植物だけ。
相性の問題なのか、エーテルの力不足なのか神聖界樹の中では私の能力に制限がかかる。どうしても、接触すると植物の成長が著しく低下してしまう。
『甘い。こんなものかっ!。』
『っ!?。』
兄さんの剣技は健在。
元々の素質に加え、ゲーム時代で磨き抜かれたキレや技は時雨さんや翡無琥さんにも匹敵する。
仕掛けた根が容易く細切れにされた。
『まだです!。』
今度は周囲を舞う葉の刃。
同時に先程と同じく根で攻撃。
取り囲むように確実に動きを封じる。
『舐めるな!。この程度が俺に通用すると思うな!。』
『なっ!?。きゃっ!?。』
閃光にも似た。目に見えないくらい速い刀の軌道。舞い散る硬化した花弁が刀と衝突し金属音と共に払われた。更に背後から迫る根を身体を回転させ斬り払い。そのまま振り向き様に刀に纏ったエーテルを斬撃にして飛ばしてきた。
直線上の地面ごと抉れ一直線に切断された跡が残る。
エーテルの衝撃と斬撃が私の身体を吹き飛ばす。妖精の身体じゃ防御力なんて殆どない。
剣圧で発生した風圧で吹き飛ばされる。
飛ばされながらも気を失っている夢伽さん達を風圧から守るために枝や根で取り囲みバリケードを作る。
『あうっ!?。』
大木に叩きつけられた。
夢伽さん達は守れたけど自分の防御に回すエーテルを使ってしまった。ダイレクトに叩きつけられ呼吸が一瞬止まった。
『げほっ!。けほっ!。うぐぅ。はぁ…。はぁ…。』
『お前 独り で我々と戦うには力不足だったな。』
全身が痛い。神聖界樹の中でなければ、木々の中に入り周囲の植物を全て操ることが出来るのに…。敵の神具の中での戦いがこんなに厳しいなんて。同質、同性能の能力だからなのか反発が強すぎる。
『仲間を守ったか。更にエーテルが減少した。この期に及んで俺を殺さずに捕縛しようとしたお前の甘さが敗因だ。そして…詰めだ。我が国の平和の為に死んでもらう。』
目の前に立つ兄さん。
刀の切っ先が眼前に突き付けられた。
『………兄さん………。』
霞む視界で兄さんを見つめる。
『………お前は俺の妹と言ったな?。』
『え?。』
私を見る兄さんの眼差しはとても辛そうだった。
もしかして、思い出したの?。
『は、はい!。そうです!。前世で!。一緒に生きてきた!。兄妹です!。』
『…そうか。だからか。』
『え?。』
『俺がお前に対し感じている躊躇い。この刀を貴様に向ける度に心がざわめく。』
『兄さん…。もしかして…。』
兄さんの心の中に私が…残っている?。
『しかし。この躊躇は前世で拭いきれぬ魂の記憶だろう。俺は今、この緑国の最高戦力。我が大切な仲間達。家族達の為にお前の存在は邪魔だ。』
『っ!。』
私の存在が邪魔…。
言葉に込められた拒絶というなの刃が私の心に突き刺さる。
振り上げられる刀。兄さんの心を映すように、その煌めきは私を拒絶しているように冷たく輝く。
兄さんは私を…妹とし事実と受け入れた上で、突き放し、切り捨て。今を選んだんだ。
『この世界で俺には守るべき者。愛しき女。愛すべき妹。大切な仲間が多く出来た。それらとの平和な日常を破壊する要因であるお前達、異神。例え、どんなに強い前世での繋がりがあろうと 今 を乱してまで優先するものではない。故に。』
振り下ろされる刀。
私の身体を両断する軌道。
ああ…今の兄さんに私は必要ないのですね。
私の訴えは、今を守る兄さんには届かない。届かなかった。
『ここで、俺の手で過去の因果を断ち切る!。』
『兄さんっ!。』
抑えていた涙が溢れた。
私の言葉を兄さんが拒絶した。言葉を聞いて、受け入れた上で断とうとしている。
閃さん…私…やっぱり…駄目でした。
私 独りじゃ 兄さんも、獏豊も、空苗さんも、多言も、徳是苦も…。敵のまま。私はただ、皆に私を思い出して欲しい。昔みたいに笑いあったりしたかっただけなのに…。
『私…独りじゃ…駄目です。…お願いします。』
どんなに苦しくてもお前は独りじゃないことだけは忘れるな。仲間を頼れ。必ず。近くにいるから。
『誰か…。私を…助けてください!!!。』
『なっ!?。これは!?。空間に力が吸い取られただとっ!?。』
『えっ!?。』
頭上数ミリの所で兄さんの刀が止まる。
まるで、込めた力が一瞬で失われたように。
『ええ。そうです。美緑ちゃん。貴女は独りではありませんよ!。私達がいます!。』
『っ!?。エーテルを纏う砂っ!?。増援か!?。』
突然、何処から出現したのか、大量の砂が巻き上がり、視界を塞ぎ兄さんを退けた。
その後、砂が人の形を作り、見慣れた後ろ姿が私を庇うように現れる。
ゲーム時代、私が初めてギルドに誘った人。
いつも私を気に掛けてくれる、お姉さん。
『砂羅ぁ…。』
私の…仲間…。ずっと、私と一緒にいてくれた親友で家族。また、会えた。
嬉しくて涙が溢れる。閃さんの言った通りだった。
やっぱり、独りじゃなかった。
『やっと見つけました。お兄…おっと、閃さんと美緑ちゃんが合流するかも、と無凱さんにお聞きしたのですが。ええ。なかなかな修羅場のようですね。かつての仲間との戦い。辛かったでしょうね。本当に頑張りましたね。美緑ちゃん。』
『うん。辛かった…。』
『もう、安心してください。私 達 が一緒に戦いますから。』
砂羅が私を抱きしめてくれる。
懐かしい砂羅の温もり。安心する。
『新たな異神だと?。だが、1柱増えたところで!。』
『やっぱり…私のことも忘れてしまっているのですね。律夏。』
『貴様も俺の名前を…。』
立ち上がり兄さん達に対峙する砂羅。
『ふふ。私は怒っています。ええ。こんなに怒りを覚えたのは久し振りです。私達の大切な美緑ちゃんを泣かせた貴方を本当なら私がお仕置きしたいところですが、適任者がいる以上譲ることにします。』
『何を言って…。』
『言ったでしょ?。私 達 が一緒に戦うと。』
『っ!?。皆!。警戒しろ!。このエーテルの働き、また厄災が来る!。』
砂羅がエーテルを周囲に放出する。
『これだけエーテルが濃度が濃ければ成功する筈ですね。』
高められた砂羅のエーテルが、周囲のエーテルに溶け込み膨張し空間を満たしていく。
今までの戦闘で空気中に散布されていた残留するエーテルまでも取り込んでいく。
まるで、積乱雲の中にでもいるように雷に似たエーテルが迸り、暴風が辺り一帯を吹き飛ばす。
『さぁ。来なさい!。いつまでも【現象】のままではいけませんよ!。』
砂羅の声が響いた次の瞬間。
神聖界樹が揺れ始めた。
これはさっきと同じ…いいえ。それ以上の規模の【歪曲界】?。視界に映る樹海の木々が次々にネジ曲がっていく。大きな岩や小さな石までも関係なく捻れ破壊されている。
これ?。何が起きてるの?。
揺れが凄すぎて飛んで避難する。兄さん達は揺れに堪えきれず膝を地面についていた。
夢伽さん達は!?。
あっ…無事だ。
夢伽さん達の周囲には影響が現れていない。根で作ったバリケードも無事だ。良かった。
揺れは更に激しさを増していく。神聖界樹が折れてしまうのではないかと思わせるような揺れは、数秒後。何事もなかったかのように静寂に包まれた。
『(これは?。っ!?。声が出ない?。)』
噂に聞いたことがある。
その厄災が発生すれば、全ての運動エネルギーが失われ 虚無 となる。
音による空気の振動も。物が動いた時に発生する衝撃も振動も。何もない。静かな。不思議な空間となる。
七つの厄災の1つ、【虚無界】。
生物や生命に被害が出ないため、危険度はそこまで高くはないとされていた。
さっき、私に向けられた兄さんの刀を止めたのはこの厄災の影響?。
そして…空間内のエーテルが2つの柱を作り出し天高く聳え立つ。
異なる2つのエーテルの柱。
ここで、やっと気付いた。
ああ…。この方達も…私を守ってくれていたんですね…。
噴き出しているエーテルが徐々に収束し、中から2人が現れる。
エーテルの柱から現れたのは…。
『あんた達。いい加減にしなよ?。美緑ちゃんを傷付けて、私達が黙っていると思ってるわけ?。はぁ…砂羅姉じゃないけど。久し振りにブチギレよっ!。』
ふわりと舞い降りた少女。
長きを一緒に過ごしたお友達で家族。
累紅…。
そして…もう1人。
『俺のことなんか覚えてないと思うが。律夏。覚悟しろ。美緑を泣かせたお前を俺は絶対に許さん!。』
私の為に怒ってくれてる。
腕を回しながら、兄さんに向かって真っ直ぐに立つ男性。
幼少期を共に過ごした、私のもう1人のお兄さん。
『涼さん…。』
私には仲間が沢山いるんだ。
次回の投稿は3日の日曜日を予定しています。