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第238話 美緑の戦い

 神聖界樹の中枢に最も近いエリア。


 木々が生い茂る樹海の中を高速で飛び回る少女。

 両手に装着した手甲型の機械から魔力を噴出し、その推進力で飛行する。

 右へ左へ。上へ下へ。

 旋回、停止、急加速。急上昇に急降下。無軌道に方向を変え自身を狙う弾丸を躱していく。

 更に、魔力による砲撃を繰り返し攻撃する。

 しかし、砲撃を意図も容易く撃ち落とし、高速移動中の少女の動きに合わせてピンポイントで照準を合わせてくる女性。

 木々で姿を隠し、壁にするように利用する。

 少女の行動パターンに規則性はなく。1つとして同じものもない。

 動きにクセもなく。砲撃のパターンも連射や大砲撃などを駆使していた。

 だが、彼女には通用しない。

 いや、最初は通用していたんだ。

 だが、僅かに少しずつ戦闘力の差が開き実力の差が明確に、明るみになっていった。

 決して覆ることのない圧倒的なまでの差。

 つまり、その差とは魔力を操る者とエーテルを操る者。魔力とエーテルの差だ。


 少女、八雲の攻撃は。女性、空苗には全く効果はない。

 生命のエネルギーから生まれる魔力と自然から発生するエーテル。

 文字通り、エネルギーの規模が違いすぎるのだ。生命は自然の一部でしかないのだから。

 故に、八雲が空苗に勝てる方法も可能性も最初から皆無だった。

 

 そして、決定打となったのは、3発の弾丸。

 偶然か。必然か。動き回る八雲の軌道を予測したかのような弾丸が放たれる。

 計算されたかのような角度。速度。

 当然。八雲は弾丸に反応する。

 1つ目の弾丸を紙一重で躱し、続く2発目、3発目も同様に回避に成功。

 その直後に発生した。僅かな隙。3発目の弾丸を躱した方向にあった大木。難なく魔力の噴射による方向転換に成功した。そこに発生した0コンマ数秒の硬直。その瞬間。八雲は異常なエーテルの反応を感知する。

 自身を狙う不可避の砲撃が 溜め られているのを。


『チェック。』


 引き金が引かれた。

 高密度に圧縮されたエーテルの弾丸が高速で八雲へと向かう。


『くっ!?。駄目か…。』


 回避は間に合わないことを瞬時に悟る。

 防御も間に合わず、魔力を練る時間もない。


『うぐっ!?。』


 弾丸は、無慈悲に。正確に。無防備な八雲の身体を左胸を貫いた。

 全身の力が抜けたように落下した八雲。幾重にも重なる枝や幹を折りながら地面に落ちる。


『かはっ…。うぐっ…。』


 口からの吐血と胸の出血が止まらない。


『これで、終わりだ。』

『ま、まだ…だ。』

『無駄だ。最早、立つことも出来ん。もう数分もしない内にお前は死ぬ。お前の動きには驚かされた。ここまで互角に戦われるとは思わなかったからな。』

『はぁ…ぐっ…。』

『悪いがトドメを刺させてもらう。お前は異神ではないようだが、異神に連なる者には異神と等しく死を与える。』

『ぐっ…。うっ…。ま。けな。い。』

『馬鹿か?。立ち上がれる筈は!?。』


 震える身体。震える足。全身を震わせながら歯を食いしばった八雲は立ち上がる。


『かはっ!?。』


 吐血。大量の血液が地面に広がった。


『何故そこまで頑張る?。死ぬのを早めるだけだぞ?。』


 理解できないと言った表情の空苗が問う。

 早々にトドメを刺せる状況なのにも関わらず、八雲の様子を見て空苗は躊躇いを覚える。


『わ、私の…大切な神さま…の…大事な…人が…泣いていたからだ!。戦う理由なんて…うぐっ…それで…十分だ…。』

『…分からないな。確か…お前は青国に所属していた筈だろう?。我々の調べでは異神と接触したのは数週間前。詰まる所、お前が言っているそこの【樹界の神】とお前が出会って数日と経っていない筈だ。なのに何故そこまで…。』

『わ、たしが許せないのは…。うっ…。自分を…大切に…想って…くれている奴に…どんな…理由があろうと…刃や銃口を…はぁ…はぁ…向けている…お前達が許せないからだ!!!。』


 両手の機械に魔力を込めるも集束することはなかった。


『っ…。ちっ…。』


 限界が近いことは理解している。

 一刻も早く。体内に残っている魔力を用いて回復に専念しなければ、死ぬことになる。

 そんなことは承知の上で両手の機械を空苗に向け続けた。


『ど…うし…て…。っ!?。』


 八雲と空苗の間に割って入った植物の蔓。

 八雲の身体を絡めとり空苗から遠ざけた。


『………あれが、話に聞いていた異神と共にある者か?。仲間を思い、私に怒るだと?。噂とは随分と違うな。獏豊…お前はどう思う?。』


 追撃しようと思えば可能だったであろう空苗。見逃した?。いや、彼女の中にある戸惑いが手を止めたのだった。

 手に持つライフルを背負い森の中へ消える。


ーーー


『八雲さん!。ご無事ですか…っ!?。その傷は!。』

『八雲お姉さん!。今、治します!。』


 美緑に引き寄せられた八雲。

 夢伽の魔力で自己治癒を強化される。


『すまん。お前の…こと。思い出させるの…出来なかった。私は…弱いな…。』


 悔しそうに片手で目を覆う八雲。

 その頬を涙が流れる。


『八雲さん…。』

『お姉さん…。』


 しかし、感傷に浸っている場合ではなかった。

 戦況は圧倒的に不利な戦い。美緑の能力を駆使しどうにか均衡を保っているという状況。


『そこっ!!!。』

『くっ!。』

『させん!。【動くな】っ!。』

『なっ!?。ま、またっ!?。あぐぁっ!?。』

『奏他お姉さん!?。』


 レルシューナ・リーナズンが放った矢を肩口に受け地面を転がる奏他。

 肩を貫通したエーテルで強化された矢によって片翼がねじ斬られる。

 此方の行動に対し、【神言人】という種族の

徳是苦に悉く妨害されてしまう。

 神の言葉は世界に影響を与え発するだけでも言葉通りの現象が発生する。


『奏他さん!。このっ!。』


 倒れる奏他を救うために蔓を伸ばす美緑。


『させないよん!。』


 蔓が届く僅かな差で奏他の身体が伸びてきた巻物に巻き付かれ巻物を操る【絵巻人】多言の元に引き寄せられた。


『おんやぁ。異神にしてはあまり強くないと思ったら、コイツは異神じゃないね。操ってるのもエーテルじゃないし。俺達と同じ【異界人】か?。この世界に生きる俺達にとっての裏切り者って訳だ。』


『は、離せ…。』

『それは出来ないよ。異神と共に行動している奴はそれだけで罪だ。ここで殺す。』

『っ!。止めなさい!。多言!。』

『あぐっ…。』


 美緑の言葉に多言の巻物が止まる。

 その場に投げ捨てられる奏他。失った翼の根元から肩口までの出血が酷い。


『奏他さん!。』


 伸ばしていた蔓で奏他も引き寄せる。


『大丈夫ですか!?。』

『う…。な…んとか…ね…。』

『今、治療を…。』


 横目で美緑を見る多言。小さく溜め息をする。


『………。なぁ、徳是苦。』

『何だ?。』

『あの異神を見てると…。いや、何でもない。多分、気のせいだ。』

『………。おそらくは前世の知り合いなのだろうな。それに…大事な…仲間だったのかもしれん。』

『お前もか。…だよなぁ。』


 心の何処かで美緑と戦うのを拒否している自分がいる。美緑を見ていると胸が締め付けられるような感覚を覚え、どうしても身体が止まってしまう。


『痛い…痛いよぉ…。もう…嫌だよぉ。』

『シュルーナ!?。』


 戦いが始まってから巫女であるシュルーナ・リーナズンは叫び続けている。

 頭の中には神の声。『異神を殺せ』という叫びにも似た神託が繰り返し反響し頭痛と共に彼女を苦しめていた。

 彼女を守るように翼で覆う神竜が1体。【緑竜】ユーグドラミラが美緑を睨む。


『けど、俺等にもこの世界で大切なもんが出来たからな。』

『ああ。我々は今を生きている。』


 シュルーナを苦しめる存在が目の前にいる。

 緑国の平和。大切な者達との日常を取り戻す為に過去を捨てる決意を固める。

 全ての元凶である異神を殺す為に。


『夢伽さん!。お願いします!。』

『はいっ!。』


 手にする植物の種を夢伽の能力で強化したエーテルで急成長させ蔓や茎、根や葉を操る。


『甘いよ!。』


 刃となり触れるものを容赦なく切り裂く舞う葉は、多言の巻物が全て巻き取ってしまう。

 変幻自在。蛇のようにくねる巻物は同時に根や茎までも防いでしまう。


『重圧。空間よ。重石となれ。』

『あぐっ!?。』

『あっ!?。』

『うぐっ!?。』


 徳是苦の言葉に反応し夢伽と八雲の周囲が急激に重くなった。

 立っていることもままならず倒れ込む。

 

『今です!。姫!。』

『ええ!。これで!。仕留めます!。』


 弓を構え、美緑へ狙いを定めるレルシューナ。

 溜めれば溜める程、弓を引けば引く程。

 エーテルが集まり強化されていくレルシューナの弓。その強化は再現なく上昇し威力を高めていく。


『この一射に全てを賭けます!。はっ!。』


 放たれる一撃。

 威力は、神技に匹敵する。

 エーテルを纏いながら一直線に美緑の核へ向かって飛んでいく。

 手のひらサイズの大きさしかない妖精の美緑を正確に的確に狙った射撃。

 その速度。回避するには速すぎる。


『くっ!。』


 美緑も成長させた木々を集めて防壁を作るも強化された矢の前には紙同然の耐久性しか発揮せず貫通された。


『防げない!?。』


 尚も加速する矢が美緑の身体に迫る。


『美緑!。』

『死なせません!。』

『ああ!。死なせない!。』

『えっ!?。』


 その瞬間。美緑の身体は夢伽の小さな手に包まれた。夢伽と八雲。そして奏他が身を挺して美緑を庇い矢の直撃を受ける。矢は背中から受けた夢伽の身体を易々と貫き、重なるように夢伽の身体を抱き止めた八雲と奏他の腹部を矢が貫通する。

 3人の身体はエーテルの奔流に巻き込まれ、回転しながら地面を抉り、数回のバウンドの後、大木に深々と埋まった。


『八雲さん!。夢伽さん!。奏他さん!。』


 力の抜けた夢伽の手のひらから飛び立つ美緑。

 3人は全身から出血。特に矢が貫通した傷跡の出血が酷すぎる。腕や足は本来なら有り得ない角度で折れ曲がり、全員が気を失ってしまっていた。

 辛うじて聞こえる『ひゅー。ひゅー。』と、か弱い空気の抜けるような呼吸音で生きていることは確認できるが、虫の息であることには変わりない。

 特に夢伽は重傷だ。2人に比べても損傷が激しい。おそらく、魔力と人功気を使い八雲と奏他への負担を軽減したのだろう。


『皆さん…私の…為に…。っ!。』


 エーテルで生み出した果実を潰して彼女達にかける。かつて、閃と美緑が初めて出会った時、ラディガルの一撃で瀕死だった閃を回復させたもののエーテルバージョン。


『仲間に救われましたか。良い仲間をお持ちですね。ですが。此方にも退けない理由があります。民のため。国のため。そして、妹を苦しみから救うために。異神。貴女を殺します。』


 既に次の矢を構え終えエーテルを集中させているレルシューナ。


『覚悟!。』

『っ!?。』


 再び放たれる矢。

 治療を止めれば夢伽達が手遅れになる。

 防御に回らなければ自分自身が死ぬ。

 その刹那の思考が美緑を無防備とした。

 眼前まで迫る矢。


『閃…さん…。』


 もう何をしても間に合わない。何も出来ない。

 

 誰もがこの瞬間まで忘れていた。


 緑国には今。【七つの厄災】が発生しているということを。


『っ!?。』

『なっ!?。』

『こ、これはっ!?。』

『皆さん!。離れて!。』


 空間が歪む。

 曲がり。捻り。歪曲する。

 同時に大地震を連想させる程、大きく揺れた。


 美緑とレルシューナ達との間の空間。

 地面も天井を関係ない。対象の強固さや性質などは無視され。ただ【現象】として歪曲する。

 それが、厄災の1つ。【歪曲界】。


 神聖界樹の支配空間すら歪ませる厄災だ。


『こ、これは?。』


 上階が崩壊し、地面が抉れた空間。

 奇跡的なのか、偶然なのか…美緑達を含め、その場にいる全員に怪我はない。

 レルシューナの放った矢は歪曲界により粉々に砕け散っていた。


『なんということ…これが厄災。』

『姫。どうする?。』

『戦闘続行?。』


 唖然とする面々。

 厄災の破壊力を知った。これで終わるとは限らない。2回、3回と続けば…いや、更に範囲が拡大すれば。国そのものが崩壊する可能性も。

 何よりも、今、緑国を襲っている厄災は1つではない。


『狼狽えるな!。』

『『『『『っ!?。』』』』』

 

 樹海の奥から現れる男。

 

『我々の目的は異神を殺すことだ。民の心配はするな!。既に救助は向かっている。我々は我々のすべきことを優先しろ!。』


 緑国が誇る最高戦力。

 【リョナズクリュウゼル】の最強の男。律夏。

 彼を見た美緑は。


『………兄さん。』


 …と、静かに呟いた。

次回の投稿は29日の木曜日を予定しています。

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