第237話 黒蝶風翼鱗扇 バフュセル・リンロア
ーーー光歌ーーー
暴れていた巨人の動きが停止した。
何度、エーテルの弾丸を撃ち込んでも、小型の鳥達で斬り刻もうと再生を繰り返していた化け物。
こういう敵は、操作している能力者を倒すのがセオリーだ。
思った通り、停止してくれた。
『光歌ちゃん。止まりましたね。』
『ええ。燕がやってくれたわ。』
先程感じた、増大した燕のエーテル。
どうやら、神具を発現させることに成功したみたいね。自分自身の心の形を具現化させた神具を。
『ふぅ。終わったわね。想像以上に強かったんじゃない?。』
『ええ。私達3人を相手に…互角以上の強さでした。仮想世界の住人でこれ程の方が、まだいたのですね。』
神具を消し、一息つく。
因みに私は美鳥に支えられて飛んでいる状態。
まだ油断は出来ないけど、敵の戦力は確実に減っている。
後は、中枢に潜入した美緑達と詩那と兎針ね。無事だと良いのだけど。
『端骨って奴に操られてたんだっけ?。それで、実力が出せないまま死んで。悲しい人生だったわね。』
『元々は美緑ちゃんの集めた仲間です。彼女がギルドマスターとして、どれだけ優れていたかが分かりますね。』
『そうね。仲間で良かったわ。』
『痛てて…。光歌さん。美鳥さん。助太刀、ありがとう。何とか勝てたよ…。』
落下してきた燕がエーテルで作り出した足場の上に着地した。
『気にしなくて良いわ。燕こそ良くやったわ。神具も創造出来たみたいだし。』
燕の足に装着された神具。
足を覆う鎧みたいね。仮想世界の時は靴だったけど、これが燕の理想とする戦闘方法を実現できる形なのね。
『ええ。凄く強くなりましたね。』
『ははは…でも、やっぱり人族じゃあ限界があるみたいだね。ギリギリだった。肉体強化しか出来ないからさ。ははは。敵にもいっぱい指摘されちゃった。』
獏豊か。
改めて思うけど。敵にあれだけの使い手がいるなんてね。あの強さを仮想世界で発揮されていたらと考えると恐ろしいわ。
『閃なら何とかしてくれるんじゃない?。』
『そうかな?。』
『人族のことは私達には分からないから。適当なことは言えないもの。』
『そうだよね…うん。閃さんに聞いてみる。もっと、強くなりたいから。』
『私達も負けていられませんね。』
フラフラな燕を支えて神聖界樹の中に入る。
『これからどうするの?。美緑の所に向かう?。』
『いいえ。先に詩那と兎針の元に向かうわ。もし、深傷を負っていた場合。敵地のど真ん中で倒れることになるから。』
『そうですね。早く合流すべきです。』
『そうだね。急ごう。』
私達は詩那と兎針を探す為に走り出した。
ーーー
ーーー兎針ーーー
降り注ぐ弾丸の雨。
身を挺して盾となった蝶達が、次々と植物に侵食され朽ちていく。
ドレスに擬態した蝶も残り僅か。少しずつ卵を孵化させ蝶を補充していますが、失っていく数の方が圧倒的に多い。
身動きが取れず、唯一の出口から敵が銃を乱射。出る方法を失い。一方的な攻撃をただ防ぐしか出来ない状況。
『くっ…これ…詰んでますね…。』
こんな時に、肉体強化が出来る詩那が羨ましく思います。私の場合、強化は専門外ですし。
『この…ままでは…。』
敗北は時間の問題です。
どうすれば…。
ベルスクアとの戦いで補充した蝶は既に失いつつある。弾丸を回避しながらの脱出は不可能。
『はぁ…やっと、親友が思い出してくれたんですけどね…。もっと沢山お話とかしたかったのですが…。詩那…。閃さん…。すみません…ここまでのようです…。』
『ウチの親友に何してんだ!。消えろ!クソ兵隊!。』
え?。っ!?。
銃を乱射していた兵隊が雷の砲撃の直撃を受けて消炭となった。
同時に周囲に次々と雷の柱が立ち上ぼり、周辺の木々を焼き尽くす。
私を拘束していた太い幹も消え、この辺り一帯の植物が消え去りました。
『はぁ…はぁ…。やっと…見つけた。もう!。先輩に貰った大事な服がボロボロだし!。』
『詩那…。』
ああ。もう。泣きそうです。
ボロボロになった服。身体の至る箇所から血が流れています。何ヵ所かエーテルが貫通したような傷痕もあり、誰が見ても重傷です。
『今度こそ、兎針…は…ウチが…守るからね。』
『もう!。無茶ばかりして。』
倒れる詩那の身体を支える。
見ると詩那が進んできたであろう痕跡、焦げた地面の道が延びていました。
おそらく、軍隊の攻撃を無視して雷で周辺を破壊しながら進んできたのでしょう。
『詩那…。貴女は十分私を守ってくれていますよ。過去も…今も…。だから。』
決意。
私の中で 何か が渦巻いている。
その 何か にエーテルが結び付き、形を与えようとしているみたい。
私が私であることを証明する。
私の願いを現実にすることが出来る力。
過去の経験を糧に現在の思い、そして、未来への願い。それが、私の神の力と融合する。
【黒羽針蝶族】としての能力に私の願いが合わさり完成する。
【神具】と呼ばれるモノが私によって創造される。
詩那…。
『今度は、私が親友を守ります。神具…。』
風を生み出す純黒の扇。
『【黒蝶風翼鱗扇 バフュセル・リンロア】。』
エーテルを纏う猛烈な暴風を発生させ周囲の木々を根本から巻き上げた。
詩那の身体を支えながら扇を振り抜く。
『やっと、お姿が見れましたね。エンディアさん?。』
『くっ。私の樹海をっ!?。貴女が神具を使えるという情報は入っていなかった。』
『ええ。今、創造しましたので。貴女が追い詰めてくれたからです。その点は、お礼を言わなければなりませんね。』
『ば、馬鹿にして…ですが、余裕を見せていられるのもここまでです。貴女は既に私の樹装軍隊に包囲されていますよ。』
周辺の木々は吹き飛ばした筈ですが。
成程。地面の中に隠れていたのですね。直接風の影響を受けることがなかったから無事だったようです。
『ふふ。どうです?。ご友人を抱えたままでは十分に戦えませんよね?。彼女を庇いながら軍隊の一斉射撃を防ぐことは不可能でしょう?。何より貴女では魔種の弾丸は防げない!。』
『やれやれ。本当に気付いていないのですね。』
『な、何を?。』
『ウ、ウチは…まだ、戦える。』
詩那の神具が発動。
軍隊が地上に上がった瞬間に発動する雷の機雷。地面を雷が疾走し迫っていた軍隊は黒焦げになって倒れた。
『はぁ…はぁ…。限界…。』
詩那が力尽き全身から力が抜けた。
気を失ったみたいですね。
『その身体で、尚も戦えるとは!?。』
今のが詩那の残っていたエーテルの全てでしょう。
今も出血が止まっていない。早く治療をしなければいけません。
その為には、迅速に彼女を倒す!。
『ははは。ははははは。そうですね。そうですよ。ああ。最初からこうすべきでした。わざわざ戦う必要なんか無かったのです。数で攻めようが神の前では無力なことなど最初から分かっていたことではありませんか!。』
薄気味悪い笑みを浮かべるエンディア。
妖艶さと狂気が入り乱れ、全身から異常なエーテルが放出される。
エーテルは上空に流れ始め、1機の戦闘機が出現した。
『あれは!?。』
遥か上空を飛行する戦闘機。
何ですか?。あれは?。
『ふふ。ふふふ!。そうです!。最初から全てを消し飛ばせば良かったのです!。神技!。』
来るっ!?。
戦闘機から落とされる光の粒。
それが徐々に落下していき。
『【神核爆光弾】!。』
地面が近づくにつれ光は徐々に強くなる。
そして、次の瞬間。
夜の空が白一色に染まった。昼間よりも明るい光が空を覆い視界を奪う。
あれはマズイです。危険です。
あれは…あれは…光の憎悪。破壊することのみに特化したエーテル。エーテルに込められた破壊の意思。全てを焼き尽くし、吹き飛ばす。神の力の一端。
あれを爆発させてはいけない。
私の直感が警戒音を上げている。
『神技!。』
急げ。急げ。急げ。
エーテルを高め、この一撃で食い止める。
『【黒翼流乱神風】!!!。』
全力でありったけのエーテルを込めて強力な旋風を発生させ一気に放つ。
なりふり構ってられない。あれが爆発したら私どころか詩那も死んでしまう。
放たれた極大の旋風。渦を巻き。周囲にあるあらゆるものを抉り、巻き込み、消し飛ばす暴風がエンディアの神技と衝突した。
『くっ!?。破壊できない!?。何てエーテルの密度!?。』
神技を受けて尚も無傷。
更にエーテルの塊は、その輝きを増していく。
『はぁ…はぁ…はは、ははははは。私の生命力すら上乗せした最強の技です!。そのような小技で破壊することなど不可能です!。』
『ぐぐっ!?。ダ、ダメ…間に合わない…。』
臨界を超え、目映い光と同時に、けたたましい爆音が空気を切り裂き、空と大地を揺らした。
私の神技すら呑み込み。爆風、衝撃波、灼熱、爆音の全てが地上を破壊するために放出される。
『あ…。』
終わった…。
肌に感じるエーテルが教えてくれる。
もう1秒も満たない時間で私は…私達はこの空間ごと消滅する。
地上も、空も、生物も、神ですら、為す統べなく消え去る大量破壊兵器。
ダメだ…私じゃ…結局、誰も…何も…守れなかった。
『まったく。やっぱ、兎針はウチがいないとダメダメだね。』
諦めかけた。いいえ。諦めた私の腰に手を回し神技発動の為に突き出した手に自らの手を重ねて、握ってきた。
1秒にも満たない僅かな時間の行動なのに、私の体感時間がもの凄くゆっくりと流れる感覚。
安心する温かさ。
ああ。はぁ…やっぱり、私には詩那が必要なようです。恥ずかしくて、直接言えませんが。大好きです。
互いに見つめ合い。小さく頷く。
迫る破壊の光に真っ向から挑む。
私だけでは勝てない。ですが、詩那が一緒ならどんな相手にも負けません!!!。
いくよ!。兎針!。
アイコンタクトだけで伝わる詩那の言葉。
はい!。いきましょう!。詩那!。
互いにエーテルは底を尽き立っているのもやっとな身体。
けど、心の中から沸き上がるエーテルの奔流が私を通じて詩那に流れる。
同じく、詩那のエーテルが私にも流れ。
1つのエーテルの高まりとして私達を包む。
『『神技!。【嵐鱗獣雷】!!!。』』
雷と嵐。2柱の神の力が1つとなった神技。
異なる2柱の在り方が 絆 によって繋がり、融合した究極の一撃。
それは最高神の一撃に迫る威力を誇る。
破壊の光が空気を震わす爆音と共に迫る中。
雷が轟音で爆音を掻き消し、嵐が光を切り裂く。
巻き込まれた兎針単体の神技とは違い、逆に破壊の光を呑み込み、更に巨大な暴風となって神聖界樹の一部を消し飛ばした。
界樹全体が揺れる振動を発生させた神技は、遥か上空にある雲を蹴散らし晴天の空へと駆け登り、やがては静かに消失した。
『や、やりました。やりましたよ!。詩那!。』
『………。』
『詩那?。詩那?。』
動かない詩那。
嫌な予感が過る。
『そ、そんな!?。詩那!。目を、目を開けてください!。』
詩那を寝かせ、必死に呼び掛ける。
『うるさいし…ちょっと疲れた…寝かせて…。』
目を閉じたまま、そう答える詩那。
どうやら、本当に眠っていただけのようです。
ラディガルさんと同化したことで獣の自己治癒力が強化されたことで出血が止まっている。
その分、失ったエーテルを回復させる為の冬眠…っと言ったところでしょうか。
何にしても…本当に無事で良かった。
詩那…。ありがとうございます。
『そ、そんな…私の…神技が…。ありえない…ありえない…こんなこと…ありえない…。』
自身の全てのエーテルを注いだ神技を放ったことで、立つことも出来なくなったエンディアが唖然としている。
契約しているであろう梟の神獣が、そんなエンディアを掴み、何処かへと連れ去っていった。
追いたい気持ちもありますが…もう、私も限界です。
神技である風に乗せた卵が孵化を始めていますが、回復には少し時間が掛かりそうです。
『ふぅ…せめて服だけでも急がなくては…。』
ほぼ全裸に近い姿の私。
この国に来てから戦う度に脱げてますね…。
そんなことを思いっていると、遠くの方から私達を探す声が聞こえてきました。
光歌さん達ですね。良かった。これで、私も少し休めます。
彼女達の声を聞き安心した私は急激な眠気に襲われ、そのまま詩那の横に倒れた。
次回の投稿は25日の日曜日を予定しています。