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第231話 アクリスとの契約

 俺は仲間達を信じている。信頼しているんだ。

 特に最初のクロノ・フィリアだった23人のメンバーと無華塁の24人。

 昔からの仲間。エンパシス・ウィザメントがゲームだった時から共に戦い、語らい、遊び、背中を預けた仲間…いや、家族だ。

 仮想世界では生活を共にし、皆が近くに居ることが当たり前になっていた。

 それは、仲間であり家族であるアイツ等と暮らす日常が俺にとって、とても心地よく居心地の良い場所と時間であり、一緒にいるのが自然になっていたからだ。

 そうだ。幸せだったんだ。

 もちろん、助けを求められれば全力で助けるし、俺に出来ないことは助けて欲しい。

 けど。心の何処かでは思っていた。

 アイツ等なら、どんな困難でも自力で乗り越えられる。そう考えていたんだと思う。

 無責任とかじゃなく、俺の仲間は凄いという心からの自信だった。

 仮に誰かが俺の家族に手を出したのならば、俺はソイツを許さないだろう。

 どんな手を使っても地の底まで追って行き後悔させてやる。


ーーー

 

 白国にカナリアを基にした神人が捕らえられている。

 つまり、そこに捕まっているのは…。


『灯月…。』


 フツフツと込み上げてくる怒り。

 俺の大切な家族…大切な妹…大切な恋人を捕らえただと?。


『閃君?。恐いよ?。』

『ああ。すまない。アクリス。こんなに怒りを感じたのは初めてでな。少し混乱した。』

『………そうだよね。聞いたよ。カナリア様を基にした神人は閃君の妹なんだよね?。』

『ああ。妹であり。恋人だ。大切な存在なんだ。』

『そうなんだ。白国の王は閃君の妹のエーテルを使って異神と同等以上の力を手に入れたんだって。』


 灯月を使う?。

 白国の王が?。


『俺の…大切な人を…使って…だと?。』


 本人の前だと恥ずかしくて言えない台詞も怒りに任せると、こうも簡単に言えるんだな。

 白国か…。ははは。良いじゃねぇか。俺に神以外で喧嘩を売ったってことだ。

 俺の 全て を使って必ず後悔させてやる。


『…羨ましいな。』

『は?。何がだ?。』

『閃君が怒るくらい大切に想って貰えて…ね。』

『アクリス…。』


 アクリスには時間がない。

 この時間が終わればエーテルによって形作られた身体は消滅し、アクリスは死を迎える。


『えっと…そうそう。話の続きね。神様達は【自身を基に造り出した神人との会合】を求めているんだって。理由は教えて貰えなかったけど凄く大切なことらしいの。けど。白国に捕らえられている閃君の妹さんは外部からの接触が完全に断たれていて心象世界にも入れないんだって。』

『直接、カナリアが灯月を助けることは出来なかったのか?。』

『それがね。カナリア様達、神様はね。このリスティールに肉体を持ち込めなくなっているんだって。確か神様達が暮らす場所と、この世界との間に大きな鍵付きの門を設置したことが原因らしいんだ。』

『門か…。』


 ムリュシーレアが言ってたヤツか。


『その門を開ける方法は聞いているのか?。』

『うん。それも伝えて欲しいって言われてるからね。』


 アクリスが握っていた俺の手を両手で掴んで自らの胸に当てた。柔らかな感触が手のひらに広がる。


『何してる?。』

『感じるでしょ?。私の中にあるエーテルの塊。』

『は?。いや…。確かに…。何か…。大きな力を感じる?。2つ…。』

『これがね。【門を出現させる】鍵だよ。』

『何?。どういうことだ?。』

『この世界に神様達が住む世界に続く門を出現させるには【神眷者】全員の胸にある核を破壊することが条件なの。』

『…それって…。』

『私達、神眷者がエーテルを扱い神具を使えるようになっているのは、この核のお陰なの。』


 俺達の心臓の位置にある核と同じモノか…。

 ただ、話を聞いている限り俺達の核のように自然に身体の中にあるモノとは違い外部から移植されたモノという認識らしい。


『しかし…それを破壊するってことは…。』

『うん。閃君達が神に会う為には神眷者を全員殺すしかないの。』


 だよな…。

 

『そんなこと…。』


 出来るかよ。

 それって、つまり神に会うためにアクリスを殺すってことだろ。

 過去を聞き、現状を知った今。俺はアクリスに生きていて欲しい。例え偽りの肉体だろうと。


『えへへ。やっぱり、優しいね。閃君。私のこと考えてくれてるでしょ?。顔に書いてあるよ。』

『当たり前だろ。散々辛い思いをしてきたんだ。なら、これからは幸せにならねぇと駄目だろ…。』


 出来ることなら俺達の仲間になって欲しいとさえ思っているくらいだ。


『嬉しい…。私も幸せになりたいよ。お嫁さんになって大好きな人と一緒に…いたい。』


 涙を流すアクリス。


『………ごめんね。困らせちゃって。話の続きだね。』

『アクリス…。』

『………。神眷者は私を含めて15人。その全員が神と契約しているの。』


 困った表情のまま話を続けるアクリス。

 15人の神眷者。その内の1人がアクリスか。


『私は特別で唯一2柱の神様から力を貰った存在なの。』


 神兵が8柱、神騎士が4柱、神王が2柱。

 そして、絶対神と創造神リスティナ。

 神は16柱でカナリアとナリヤを1柱と考えると15柱。神眷者の数と合致する。

 1人はイグハーレン。そして、緑国には2人の神眷者がいる。


『その全員を倒して核を破壊することが閃君達に課せられた使命なんだって。』

『ふざけてるな。』


 神は俺達に何をさせたいんだ?。


『あとは鍵のことだね。』

『ん?。鍵?。神眷者のことじゃないのか?。』

『違うよ。神眷者はあくまで、この世界に門を出現させる為の鍵なんだ。門を開ける鍵が別に必要なの。』

『何!?。』

『鍵は全部で7つ。各々の国で1つずつ所有しているの。』


 国の数と同じ…。


『鍵は、この世界の人達が唯一神とコンタクトを取れる手段であり、重要な存在。』

『………。』


 七大国家には各々に【巫女】っていう神の声を聞くことの出来る、生まれながらの能力者がいるの。もちろん、この緑国にもね。


 光歌の言葉を思い出す。


『巫女か…。』

『ああ。知ってたんだね。巫女は各種族にいるんだけど。その全ては七大国家の各国にいる7人の巫女の端末に過ぎないの。つまり神様からの神託を受けた7人の巫女から各種族の巫女に情報が送られる。そうして国は神の言葉を国中の人達に伝えてるんだって。』

『…その巫女をどうするんだ?。』

『7人の巫女の心臓を破壊する。それが門の鍵を開く条件。』

『クソ過ぎる条件だな。』


 俺達に殺しを強要させようとしている。


『なぁ。何で緑国は俺達に戦いを挑んできたんだ?。神に俺達が危険って言われたからって国全体で未知の存在である俺達に喧嘩を売るのはリスキー過ぎるだろ?。』

『簡単だよ。各国の王様と女王、国のトップが神眷者なの。』


 やっぱりそうなのか…光歌の予想は当たってたのか。


『神眷者には異神を排除することで神から あるモノ を貰えるんだって。』

『あるモノ?。』

『うん。最も多くの異神を殺した神眷者には【なにもない世界】が与えられるの。』

『何だそれ?。』

『んー。私も詳しくは分からないけど。閃君達が住んでいた仮想世界に似ている世界だって言ってたかな?。真っ白で何もない白紙の世界を自分の理想とする色に染められる、自由な空白の世界を貰えるんだってさ。』


 つまり、自分が最高神になれる世界を手に出来る特典が俺達の首にかけられている。


『だから、国全体が俺達を排除するために躍起になってんのか。』

『多分ね。神眷者以外の人達はそのことを知らないの。何せ、特典は神眷者にしか与えられないから。だから、神様達も国の一番偉い人を神眷者に選んだんだと思う。簡単に国を動かせるから。』

『だろうな。仮に自分達だけの理想の世界を貰えるなんて言えば暴動が起きるぞ。…はぁ。えげつないな。じゃあ、神眷者は国民や部下がどうなっても構わないってことじゃねぇか。』


 俺達に勝てばこの世界なんていらないんだからな。王としての立場なんて絶対神になる権利の前ではゴミ同然だ。それは、自分以外の全てに言えることで…。


『俺達に喧嘩を売ったってことは少なくとも緑国の王と女王は、その特典が目当てってことだよな?。』

『うん。そうだと思う。特に王のセルレンは確実だと思う。女王すら利用している気がする。』


 美緑が心配だな。


『さて、私の役割はこんなところかな?。伝言は今ので全部だよ。』

『そうか…。』


 見るとアクリスの身体が消えかけている。

 悲しそうなアクリスの表情を見た俺は話を切り出した。


『なぁ。アクリス。』

『なぁに?。』

『お前が良ければ、俺と契約しないか?。』

『え?。契約?。何それ?。』


 俺はあることを思い出していた。

 それは、イグハーレンが【神獣化】を行った時のことだ。

 アクリスと同じ神眷者のイグハーレンは神の力を借りて神獣に変化した。

 なら、同じアクリスにも同様のことが出来るのではないか?。

 そして、神獣ならば同化が出来ることを。


 この心象世界の影響を受けた仮想空間で俺は2つのことに気が付いた。

 1つは、契約した神獣の繋がりを強く感じるということ。

 自分の心の中に意識を集中すると、心象の深層世界にある俺の住んでいた家の存在が分かるんだ。以前、ムリュシーレアと再会した場所の気配を。そこに現在、ラディガル達が居るんだ。

 もう1つは、アクリスの状態が俺が感じているムリュシーレアやラディガルの状態に非常に似通っていること。

 おそらく、俺の中にいるアイツ等は魂だけの存在なんだろう。同化の影響なのかは分からないが、肉体を失ったアイツ等の魂と俺の魂が強く結び付いているから…肉体を失い、行き場を失った魂が俺の心象の世界に引き寄せられ入り込んだってところだと思う。

 つまり、契約を行えば俺との魂同士の繋がりを持たせることが出来るってことだ。

 アクリスとも他の神獣達と同じような状態になれれば、エーテルによって形作られた仮初の肉体を失おうと俺の中で生き続けられる。


『俺と1つになれば同じ世界を共有できる。俺と契約している神獣達のように。』

『閃君と…1つに?。』

『俺も確証がある訳じゃない。運命共同体ってモノに近いかも。』

『運命共同体…。』

『けど。これは同時に俺が死ぬまで離れられないってことになる…と思う、そして、成功するかも分からない。一種の賭けみたいなものだ。これはあくまでも俺が一方的にアクリスに対して言っている自分勝手な提案とお節介。』


 俺はアクリスを色んな場所に連れていってやりたいと思ってしまったから。色んな景色を見せてやりたいと。

 これが今の俺に出来る唯一のことだから。


『もちろん強制じゃない。アクリスの意思を尊重する。嫌なら断ってくれて全然構わない。』


 失ったアクリスの肉体を創造の力で創ることは俺には出来ない。

 カナリア達がやった仮初の肉体を創造することなら出来るかも知れないが、結局俺からのエーテルの供給を失えば消滅してしまう。ただの時間稼ぎにしかならない。


『………閃君は私と一緒になっても良いの?。』


 アクリスが発した言葉は予想とは違っていた。

 自分の心配をしなければいけない場面だろうに…。


『アクリスは幸せになりたいって言った。けれど、死が間近に迫っているアクリスを助けてやれる方法が俺にはこれしか思いつかなった。しかも、思い付きのぶっつけ本番。失敗する可能性だってある最低の提案だ。』

『幸せに…。』

『俺はアクリスが幸せになれるようにサポートしたいって思ったんだ。』

『閃君…。』


 この会話の間もアクリスの身体の消滅は続く。


『私をお嫁さんにしてくれますか?。』


 真剣な眼差し。

 彼女が望むお嫁さんの形ではないことは理解しているという表情だ。けど。敢えて、自分の夢と現実を重ねて俺に答えを委ねた。


『ああ。約束する。俺達はずっと一緒だ。』

『うん!。幸せにしてね。』

『そうだな。てか、多分、結婚以上の関係になると思うぞ?。』

『え?。どういうこと?。』


 アクリスは契約の際に自分の身に起こる現象を知らない。

 俺ですら、ラディガルと月涙と契約して驚いたことだ。


『まぁ。アクリス。何を見ても笑うなよ?。』

『え?。』


 神獣との契約と同じ手順を踏む。

 アクリスと向かい合い手を取り合った。


『せ、閃君?。け、契約って、どうするの?。』

『俺の言う通りにすれば大丈夫だ。まず、互いのエーテルの強さを同じにする。俺の方がエーテルが多いからな俺からアクリスに合わせるよ。』

『う、うん。』


 アクリスのエーテルに合わせてエーテルを高める。


『次に触れている手から相手の気配、エーテル、存在を感じ取ってみろ。』

『うん。』


 アクリスの意識がエーテルを通じて俺の中に流れ込んでくる。


『あ、閃君の気配を強く感じるよ。』

『そう。そのままな。目を閉じてな。』

『うん。』


 やがて、互いのエーテルが混ざり始める。


『コントロールは俺がする。』


 触れている手を経由し1つとなったエーテルが互いの身体を循環し始めた。

 2人分のエーテルが周囲に影響を与えている。

 城だった空間は、互いの心象世界が混ざり合い。具現と消滅を繰り返している。


『アクリス。』

『閃君…。』


 自然と繋がる唇。

 接触が増えたことでエーテルの循環が更に加速し、同時にアクリスの記憶が流れ込んできた。


ーーー


『はぁ…はぁ…。うっ。うえぇぇぇぇぇ。』


 空っぽな胃から胃酸だけが込み上げてきて桶の中に吐く。唾液なのか、胃酸なのか分からないモノを何度も何度も吐き続けた。

 食べ物を食べてもすぐに吐いてしまうせいで、まともに食事を取ることも出来ない。

 腕から伸びる点滴から栄養を補給している状態だ。


『はぁ…はぁ…。く、苦しいよぉ…。』


 痩せ細った身体には力が入らない。

 それなのに他の感覚は鋭敏で、寒気と身体の痛みに常に悩まされている。


『はぁ…。はぁ…。そろそろ…薬が効いてくるかな?。』


 暫くすると、急激な眠気に襲われて眠りにつく。

 薬を使わなければ寝ることもままならない身体。けれど。眠っている間だけは全ての苦しみから解放される。


ーーー


『げほっ。げほっ。げほっ。うぐっ…。いだい。』


 呼吸が苦しくなって目が覚めた。

 薬が切れたみたいだ。

 意識の覚醒と同時に目眩に襲われる。視界が、世界が回る。

 激しい頭痛と全身の痛みが眠気さを吹き飛ばした。


『はぁ…。はぁ…。も、もうちょっと…寝たかったなぁ…。』


 横になったまま目を開けていると天井がクルクルと回っている。そして…。


『うっ…うえぇぇぇぇぇ。』


 また吐き気に襲われた。

 苦しくて涙が流れる。繰り返される苦痛。

 いつまで続くのか分からない生き地獄。


ーーー


 その日は、凄く体調が良かった。

 微熱まで下がったことで身体が軽い。

 咳も吐き気もない。

 久し振りに上半身を起き上がらせた。


『ママ。パパと結婚出来て幸せだった?。』

『ええ。もちろん。あの人と出会って結婚して大切な宝物まで授かったのですもの。』

『宝物?。何それ?。宝石?。』

『ふふ。そうね。宝石みたいにキラキラしているわ。』

『ええ。何なの?。キラキラ?。』

『そうよ。私の宝物は。貴女よ。アクリス。』


 頬を撫でてくれた母親。

 優しい笑顔でアクリスを抱きしめる。


『そっかぁ。私もパパみたいな人と結婚したいなぁ。』

『ふふ。そうね。けど。パパみたいな人は駄目よ。』

『ええ?。どうして?。』

『私達をおいていっちゃったんだもの。アクリス。貴女が結婚する人はずっと一緒に居てくれる人にしなさい。』

『ずっと一緒にかぁ…。うん。そうする。パパみたいな優しい人とずっと一緒にいる。』

『あらあら。あの人も喜んでいるわね。ふふ。そうね。アクリスを幸せにしてくれる人が現れますように…。』

『ママ?。なんで泣いてるの?。』

『ふふ。パパとの思い出をね。思い出しちゃったのよ。』

『そうなんだぁ。ねぇねぇ。パパとの思い出教えて。』

『ふふ。良いわよ。けど。少し恥ずかしいわね。』

『えへへ。ママがテレたぁ~。』


ーーー 


『ねぇ。ママ。海ってどんな所なの?。』

『海はね。ずっと向こう側まで水でいっぱいな所よ。』

『水でいっぱい!?。お風呂みたいに?。』

『ふふ。もっともっと沢山よ。見渡す限り水なの。ああ。海が出ている絵本があったわね。ちょっと待つててね。』


 母親から渡される一冊の絵本。

 そのページをめくりアクリスに見せてくれた。


『わぁ…これが海なの!?。凄い!。青いね!。』

『そうよ。海はね。色々な生き物が住んでいるの。沢山のお魚や大きな生き物も。』


 もう一冊アクリスの前の開かれた本には海に住む様々な生き物が描かれていた。


『わぁ。凄い!。こんなの見たことないよっ!。本当にこんな生き物達が居るの!?。』

『ええ。そうよ。』

『見てみたいなぁ。』

『ええ。アクリスが元気になったら必ず連れていってあげるわ。一緒に行きましょうね。』

『うんっ!。約束ね!。海かぁ~。はぁん。楽しみすぎるよぉ~。』

『ええ…きっと、楽しいわ…。絶対に連れていってあげるからね。早く元気になってね。』

『うんっ!。頑張るっ!。』


ーーー


『はぁ…。はぁ…。げほっ。げほっ。ま、ママ…。』

『ここに居るわ。』

『うん。ねぇ。はぁ…。はぁ…。え、絵本。読んで欲しいな…。』

『ええ。寝るまで読んであげるわ。』


 アクリスの胸を擦りながら母親は絵本を読み始める。

 アクリスが咳き込む度に背中を擦り、吐く度に桶を用意して、少しずつ、少しずつ。絵本のページが捲られていった。


ーーー


『はぁ…。はぁ…。はぁ…。』


 アクリスの意識が混濁している。

 目も霞み、隣に居る自分の手を握っている母親の顔すら見えない程。


『はぁ…。はぁ…。はぁ…。』


 耳だけは正常に機能している。

 自分を呼ぶ母親の声だけが聞こえ、頭の中で反響している。同時に、激しい頭痛に襲われ霞む視界が回っていた。


 アクリスは既に気づいていた。

 自身の命の灯火が消えかけていることに。


『はぁ…。はぁ…。ママ…。お医者さん…。今まで…どうも…はぁ…。はぁ…。ありがと…。』


 最期の力を振り絞り、声にならない感謝を伝えてアクリスという少女の命の灯は静かに消えていった。


ーーー


『はぁ…。マジか。あんなに苦しいのかよ…。』


 話に聞いていたアクリスの病。

 エーテルによって身体を蝕まれる苦しみ。あの辛さを生まれてからずっと耐えてきたのか…。

 それなのに、アクリスは笑顔を見せてくれる。


『アクリスは強いな。』


 隣に顔を隠して踞っているアクリスの頭を撫でる。

 契約は上手くいったようだ。今のアクリスはカナリア達から受け取った仮初の肉体ではなく魂のみの存在となった。

 文字通り俺と1つになったのだ。

 意識、記憶、思考。互いの全てを知り尽くした運命共同体に。

 しかし、どういうことだ?。

 アクリスが動かない。

 俺がアクリスの記憶を実体験の感覚で共有したようにアクリスも俺の記憶を体験した筈なんだが?。


『あ、あのね。閃君。』


 ようやく言葉を発したアクリスはまだ顔を両手で覆ったままだ。

 指の隙間から俺を見ているが、何故か顔が真っ赤だった。


『ど、どうした?。まさか、まだ身体の具合が悪いのか?。』

『ううん。それはね。大丈夫。凄く身体が軽いし…そうだね。何か、解き放たれたみたいに解放感を感じるよ。』

『そ、そうか。なら良かったが…何で未だに丸まっているんだ。』

『………あのね。閃君の記憶を見たんだけど…。その…え、エッチって…凄いね…。凄く…気持ち良かった…の…。私…全然、そういう知識なかったけど…閃君の恋人達…ね…幸せそうだったね…。』

『あうちっ!?。』


 よりにもよってその場面を見たのかよ…。

 いや、人生を追体験するような感覚だったから当然と言えば当然で、俺と恋人達とのあれやこれやを見て…じゃないな。体験しちまったのか…。やべぇ。そこまで考えてなかった…。


『あ~。そのな。アクリス。』

『あの…ね。閃君…。』

『はい?。』


 言葉を遮られた。

 真っ赤な顔で抱きついてくるアクリス。

 そして。


『今度…私にも…エッチ…してね。』


 などと俺の胸に顔を埋めて呟いた。

 恥ずかしそうにしながらも期待を込めた上目遣いで見つめてくる。

 対して俺は。


『………今度な。』


 しか、言えなかった。

次回の投稿は4日の日曜日を予定しています。

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