第216話 独りじゃない
ーーー美緑ーーー
神聖界樹への侵入は成功ですね。
『うわっ!?。川が流れてますよ!?。』
『空も青空だね。それに木も生えて、地面に草まで。』
『ここ。外とは別空間になっているな。外部以上にエーテルの濃度が高い。完全に敵の支配エリアだ。』
『皆さん。気を付けてください。複数の違うエーテルを感じます。』
この場には、私、夢伽さん。奏他さん。八雲さんの4人がいた。
目的は神聖界樹の中枢へ向かうこと。私以外の3人は敵が現れた時の引き付け係り。
神聖界樹の中は樹海となっていました。
背の高い木々が立ち並び、川も流れ。穏やかな自然が形成されています。
どうやら、空間支配系統の能力ですね。神聖界樹の仮想空間になっています。
ここまで完全に支配下に置かれては、自然力での木々の成長は見込めない。
試しに種を地面に埋めても…ダメですね。
芽は出てもすぐに枯れてしまう。発芽は出来るようですが、それは私の身体から離れたエーテルを使用した一時的な成長です。私のエーテルを注ぎ続けない限り、数秒で枯れる。
つまり、私の身体から切り離して使えない。
いつものように周囲の木々を利用した戦い方が出来ない。当然、敵の支配下にある木々との同化も出来ません。
これは…厳しい戦いですね。
私の役割は神聖界樹の中枢にある核を破壊、もしくは、奪取すること。そうすれば、敵の戦力は半減する。
しかし、そこを守護するのは…おそらく。
想像したくない現実に足がすくむ。
『美緑さん。大丈夫ですか?。』
夢伽さんが心配そうに私を見ていた。
『はい。大丈夫です。少し、緊張していました。』
『無理もないよ。この作戦が成功するかどうかは美緑さんにかかってるんだもん。緊張だってするよね。』
奏他さんも夢伽さんと同じ表情で心配してくれています。
『ええ…そうですね。』
今度こそ。戦わないといけない。
仲間の為にも。私達に助けを求めた緑国の住人達の為にも。
私は…かつての仲間でも…兄さんでも…。
『全員止まれ。誰かいる。』
八雲さんの言葉に緊張が走った。
見ると、森を抜けた先に湖が広がっていた。
『っ!?。き、来たの…ですね…。異界の方々…です…よね?。』
湖の畔で座っていた一人の少女が私達を見つけると怯えたように震え始めた。
エルフの特徴的な長い耳。金色に輝くショートヘア。エメラルドグリーンの瞳。小柄な身体。緑と黄色の綺麗なドレスに美を包んだ少女です。
『そうです。貴女は誰ですか?。』
夢伽さんが少女に尋ねる。
すると、少女は震えながらも私達に向き合い自己紹介を始めた。
『わ、私は。緑国・グレブ・リーナズン。第二王女 シュルーナ・リーナズンと申します。緑国の巫女としての責務を神から賜りました。よ、よろしくお願いします。』
ぎこちなく頭を下げるシュルーナ。
とても戦闘を行う感じには見えない少女です。
『お前は私達の敵か?。』
『ひっ!?。は、はい。い、異界の神が、き、来たら戦うようにと…い、言われています…。』
『そうか。なら戦闘開始だ。』
『な、や、八雲さん!?。』
『ちょっ!。八雲!。速すぎるって!。』
八雲さんが止める間も無く飛び出した。
この方…敵と判断した後の行動に一切の躊躇いがありませんっ!?。
まだ、会話で色々な情報を引き出せそうでしたのに…閃さん。とんでもない方を味方に連れて来ましたね…。
『死ねっ!。』
『ひっ!?。やっ!。』
もうどっちが悪役か分かりません。
腕の機械から魔力の刃を作り出した八雲さんがシュルーナさんに斬り掛かります。
『っ!?。防がれ?。何だ!?。』
八雲さんの刃はシュルーナさんへは届きませんでした。
シュルーナさんの手前に突然現れた葉っぱの壁に遮られたのです。
『あ…ありがと。ユーグドラミラ。』
葉っぱのような鱗を持つドラゴン!?。
頭から植物の蔓ような触角を生やし、翼は樹木のような…。緑、黄、茶、赤、白と色を変える胴体を持つ。
『なっ…馬鹿な!?。神竜だと?。』
『八雲。下がりな!。』
『くっ…。』
奏他さんの言葉に渋々と八雲さんは私達の元に戻ってきます。
『せっかち過ぎ!。』
『ふん。敵は斬る。倒せば神さまに褒めて貰える。』
『いや、閃君だって今の状況じゃ止めてたと思うよ…。』
『はい。閃さんなら止めますね。』
『うん。お兄さんは止めると思います。』
『そ、そうか?。ふむ。反省する。』
閃さんの名前を出したら大人しくなる。
何か、灯月さんを思い出しますね。
『さて、まさか神竜まで出てくるなんてね。そうだよね。巫女ってさっき言ってたし。』
奏他さんがシュルーナさんを見ながら呟きます。
『奏他さん。神竜とは何なのですか?。』
『ああ。美緑さんは知らないのか。』
『私も知りません。』
どうやら夢伽さんも知らないようです。
『ああ。そうなんだ。えーとね。神竜っていうのは巫女として生まれた者に神から与えられる守護獣っていうのらしいよ。』
守護獣?。
閃さんとラディガルさんのような関係でしょうか?。
『私も詳しいことは知らないけど。巫女は神の意思を言葉にして世界の人々に伝える役割を生まれた瞬間に与えられた存在なの。この世界に住む人達にとっては最も重要な存在。それは神にとっても同じ。星の住人にとっても、神にとっても守らなければならない大切な存在。…って、ことで、神から身を守ってくれる存在として与えられたのが神竜って守護獣なんだって。強さは、エーテルを与えられた神獣以上って聞いてる。』
『だいたい合っている。青国の巫女も神竜を従えていた。』
成程。それだけ巫女は大事な存在なのですね。
『っ!。夢伽っ!。』
『むっ!?。こっちもか!?。』
夢伽さんと私に放たれた光の矢と弾丸。
光の矢は夢伽さんを狙い奏他さんが翼で防ぎ、私を狙った弾丸は八雲さんが斬り払った。
この弾丸…植物の種。見覚えのある弾丸は…。
『シュルーナ!。大丈夫?。』
弓を構えたエルフがシュルーナさんの横に降り立った。
シュルーナさんに似た面影があり、彼女が成長すれば彼女のようになるだろうと思わせる容姿。
『レルシューナ姉様。はい。ユーグドラミラが守ってくれたので。』
『そう。良かったわ。』
キッ!。と私達を睨み付けるレルシューナと呼ばれた女性。
『先に仕掛けたのは其方です。卑怯とは言いませんよね?。』
『ほらっ。八雲!。君のせいじゃん!。』
『うっ…ごめん………なさい。』
『はは…ですが、助かりました。八雲さん。私も狙われていたのですね。』
おそらく…。木々の奥に彼女がいる。
『やはり、私の相手はお前のようだな?。機械女。』
現れた軍服を着た女性。
私の記憶と何も変わってない。
『空苗…。』
『ん?。私の名前を知っているのか?。前世の知り合い。…ということか。』
『私の名前は…美緑です。覚えていませんか?。』
『ああ。知らん。私は今を生きているのでな。過去の、且つ、記憶にない存在のことなど気に留めている暇などない。』
『…そ…うですか。』
『私は。私の大切な人達の為に引き金を引くだけだ。』
『っ!?。』
その言葉は…。かつて私に向けて言ってくれた…泣きそうになる。
『美緑。』
『え?。』
私と空苗との間に割って入った八雲さん。
『泣くな。アイツには私がお仕置きする。』
『八雲さん?。』
『安心しろ。殺しはしない。お前は神さまの恋人だ。なら、私はお前のために戦うことに嫌悪はない。』
『………八雲…さん。』
八雲さんが空苗に近づいていく。
『今度は手加減無しだ。全力でお前を倒す。』
『ああ。全力を出せ。私はただ撃ち抜くのみ。』
魔力の刃を作り出す八雲さんとライフルを構える空苗。
2人は暫く睨み合い。森の中へ消えていった。
『アイツは八雲に任せよう。私達はこっちの2人を。』
『2人?。それは間違いです。貴女方がここに来ることは分かっていました。よって、戦力を揃え、ここで待っていたのです。上手く潜入したつもりでしょうが、既に此方の思惑通りに事態は進行しています。』
パチンッと指を鳴らすレルシューナ。
『へぇ。やっと俺達の出番か?。』
『待ちわびた。』
『っ!?。』
そ…そんな…。
『多言…徳是苦…。』
貴方達まで…敵…。
『ん?。俺達の名前まで知ってんの?。前世の知り合い?。反応からして仲間だったとかか?。』
『ふむ。我等には無い記憶を持っているようだな。しかし、先に空苗が語った通りだ。我等は緑国の為に異界の神を滅ぼすのみ。』
『そうだぜ?。アンタも、過去の因縁?。繋がり?。そんなのは忘れてよ。今を見ろよ?。俺達は俺達の守りたいモノを守るために戦ってんだからよ。』
2人まで…そんなことを…。
もう、私との…思い出は…。あの頃の関係には…。
『戻れないの…ですか?。』
『っ!。』
『ん。』
泣きそうな私の腕を誰かが握った。
『夢伽さん…。奏他さん…。』
『美緑お姉さんは独りじゃないです。』
『そうだよ。確かに出会って数日でしかない私達だけど。今は仲間だよ。だから。』
『泣かないで下さい。』
冷めきった私の心に温かい2人の温もりが伝わってきた。
『…はい…ありがとう…ございます。』
私は、独りじゃないのですね。
『お話は済みましたか?。では、そろそろ始めましょうか。この地を懸けた緑国と異神の戦いを…。』
ーーー
ーーー?ーーー
『あれは、美緑ちゃんの気配?。感じるエーテルは美緑ちゃんのモノですが、あの世界樹の形は…いったい。』
緑国の外から見る風景。
緑国全体がドーム状の世界樹に取り囲まれている。
『無凱さんの情報では、お兄さ…こほん。閃さんが向かったと聞きましたが、既に戦いが始まっている…ということでしょうか?。美緑ちゃん…。』
急がないと。
噂では緑国の最高戦力には、かつての私達の仲間の方々が名を連ねていた。
おそらく、美緑ちゃんとの記憶を失って。
美緑ちゃんにとって彼等は…美緑ちゃん自身が声を掛け、そして、美緑ちゃんという一人の存在に惹かれて集まった大切な仲間。
彼女がどれ程のお想いで彼等との思い出を大切にしていたか。
そんな彼等に敵意を向けられたら…。
きっと美緑ちゃんは泣いてしまう。
『待っていて下さい。』
その時、2つの別々なエーテルが空間ごと緑国を覆っていることに気付く。
『ああ。そうでした。貴方達もいましたね。ふふ。こんな 形 でも 想い は同じですよね。』
美緑ちゃん。今、行きます。
『貴女は独りじゃありませんよ!。』
次回の投稿は30日の木曜日を予定しています。