第211話 アクリス
俺の身体を貫く2匹のカジキ。
肘から先を失った左腕。得体の知れない攻撃が貫通し風穴の開いた右肩、腹部、太もも。
仕舞いには胸と土手腹にトドメのカジキだ。
『かはっ!。』
口から大量の血液を吐き出す。全身が痛ぇ。
『はぁ…。はぁ…。』
完全に致命傷じゃねぇか…これ…。くっ!。
呼吸が荒く、苦しい。全身が痛てぇ…。
叩きつけられた背中も皮が剥がれてやがる。
左腕も失ったが、右腕も僅かな皮と肉でぶら下がってるって感じだし。
これは…ヤバイな…。
カジキの突進をそのまま受けたことで太い幹を持つ大木に磔にされている状態だ。
暫くすると、カジキの身体は液体となって流れ落ちた。
『…み、水?。』
魔力…いや、エーテルか。エーテルで形を与えられていた水だ。…ということは、さっき俺の身体を貫いた攻撃も…。
『ごめんね。どうしても2人きりになりたかったから不意打ちしちゃったんだ。』
『お前は…はぁ…誰だ?。』
俺の足下に落ちた水が目の前に現れた少女へと戻っていく。そして、6つの輝きを放つ魔力球へと分裂しその周りに水が集まっていく。
その水は、今度は金魚の姿に形を変えて少女の周囲を優雅に泳ぎ始めた。
『初めましてだね。私の名前はアクリス。閃君に会うためにやって来た。神眷者の1人だよ。宜しくね。』
金魚の尾ひれのように優雅に煌めくスカートの裾を持ち上げて頭を下げるアクリスと名乗った少女。
どうやら、俺のことを知っているようだが…。
『お、前の…目的は…何だ?。』
気を逸らしたとはいえ、身体を軽々と貫く攻撃をしてくる奴だ。油断は出来ない。攻撃してきたということは敵だろうし、今のボロボロな状態じゃ勝ち目はない。
どうする…神力を使うか?。
だが、これだけの傷だ。修復にも相当なエーテルを消費するぞ。おそらく、即気絶。今よりも最悪な事態になってしまう。
『その前に、その傷を治すよ。話しづらいでしょ?。神具【魔水極魚星】よ。一つ星の力を解放し、傷を癒す輝きを放て。』
『は?。』
一瞬。彼女が何を言ったのか理解できなかった。敵の筈だよな?。しかも、お前自身がつけた傷だし…何で治すんだ?。
アクリスの周囲を遊泳していた金魚達が俺の頭上へと移動した。
円を描きながら回転し、1匹1匹が七色に輝きだした。輝きは徐々に帯状の光に変わりオーロラのような光に俺の身体が包まれた。
エーテルが俺の身体へと流れ込み、全身に及んだいたみが徐々に消えていく。同時に失った腕も再生されて元通りの状態へと戻っていく。
これは…再生ではないな。時間が戻って…逆行に近い現象だ。
コイツは強い…。
『どうかな?。万全な状態まで戻したけど?。どこか痛む?。』
俺は軽く全身を動かした。
完治だ。疑いようもない。失った筈の左腕も元通りだ。コイツは何を考えているんだ?。
『いや、治っている。痛みもない。』
『そっか。良かった。』
純白から水色のグラデーションがかった長い髪を揺らしながら少年のように無邪気に笑う少女。
『お前は…お前の目的は何だ?。』
『ふふ。それはね。君と戦うこと。誰にも邪魔されずに1対1の真剣勝負がしたいんだ。もちろん、万全な状態でね。だから、閃君の傷も治してあげたんだよ。』
『何故、俺と戦いたい?。』
『それは閃君も知っているでしょ?。閃君が異神で私が神眷者だからだよ。ふふ。排除させて貰うね。』
『…何を隠している?。』
本当に神眷者として俺と戦いたいのなら、わざわざ傷を治す必要はない。全力の俺と戦いたいというのも何か他の理由を隠す為の方便に感じる。
『それは、秘密にしておくよ。ふふ。けど、君と戦うのを楽しみにしてたのは本当だよ。私のこの力…神様達がくれた力が最高神に何処まで通用するのか確かめたかったから。【魔水極魚星】よ。十一の輝きと共に我と我の望む者との楽園を創造せよ!。』
っ!?。
11匹の金魚だった水の塊が周囲に輝きを放ちながら飛び散り周囲を包み込んだ。
大量のエーテルの奔流に呑まれるのを感じた瞬間。周囲の環境が大きく変化したのを自覚した。
『これは…結界?。』
先程まで森のど真ん中だった。
だが、今…俺と、アクリスが立つ場所は…。
『海辺…。波打ち際。』
雲1つない快晴。
照りつける太陽と熱された砂の足場。
目の前には何処までも続く水平線。
後方には何処までも続く地平線。
横を見ると何処までも続く砂浜と海。
砂と海の世界が、そこにはあった。
どうやら、アクリスの周囲を泳いでいる12匹の金魚。あれが彼女の神具なのだろう。
しかし…この神具を含め彼女自身の持つエーテルの質、量は、同じ神眷者を名乗ったイグハーレンの比じゃない。圧倒的にアクリスの方が強いぞ。
『ふふ。どうかな?。デートスポットには最高だと思うんだけど?。』
『そうだな。本当にデートなら俺も嬉しかったさ。』
『ふふ。そんなこと言ったら駄目だよ。彼女達に怒られちゃうよ?。』
コイツは何処まで俺達のことを知っているんだ…。
『知っての通り、この空間は私の世界だよ。ここから出るには私を倒すしか方法はない。けど、そうだなぁ。それだけじゃ、君は乗り気にならないだろうし…うん。1つ提案ね。君に戦う理由をあげよう!。』
『提案?。』
『うん。私に勝ったら、灯月ちゃんの居場所を教えてあげる。』
『な…に?。』
灯…月の…居場所?。灯月…の…。
何故、コイツが知っている?。何なんだ?。コイツは?。コイツに勝てば、灯月と会える…。コイツ…に…勝てば…。
『ああ。良いぜ。』
我ながら単純だな。
灯月に会えるなら…ああ。全力だ。全身からエーテルを放出する。人功気を纏い、肉体の強化を加速させる。
『はは!。そう!。それだよ!。私が戦いたかった君の姿だよっ!。』
アクリスもエーテルを放出する。
マジで、イグハーレンを軽く越えてやがる。エーテルの総量だけなら2倍以上だ。
『じゃあ!。さっそく行くよ!。【魔水極魚星】!。二つ星よ。魔水の矢で我が敵を射ち抜け!。』
結界の発動に使用した十一の星がアクリスへと戻る。どうやら結界は一度発動すればあの星は必要ないらしい。
合計十二の星が2つずつ合わさっていき、計6つの輝く星へ。そこへ魔水が集まり形を与えていく。
12匹の金魚だった星は6匹の鉄砲魚へと姿を変えた。
『発射っ!。』
アクリスが手を前方へ突き出すと同時に6匹きの鉄砲魚の口から圧縮された水のレーザーが発射される。
これか!。俺を貫いた攻撃は!。
普通の人間なら黙視すら出来ない高速のレーザーが6発同時に発射された。
強化された視野と動体視力で最低限の動きで躱し距離を詰める。だが…。
『当たらないね。けど、連射も出来るんだよ!。』
更なる速度。そして、隙のない連射性能。
且つ、正確な命中精度。
一発一発が驚異的な破壊力を持つレーザーだ。回避するしかない。
足場の悪い砂浜を走り射線から外れる。
『そこっ!。』
左右へ交互に横飛びを繰り返し、自身の間合いへと接近。エーテルで強化した拳で殴り掛かる。
『速い…。けど、その程度じゃ無理だよ!。4つ星よ!。硬き鎧で我が身を護れ!。』
鉄砲魚が解除され次に現れたのは3匹の…。
甲冑魚?。そんな昔の奴まで出てくるのか?。
3匹の甲冑魚から生み出されたエーテルの壁。俺の拳を防ぐ。
『っ!?。』
『今だ!。6つ星よ!。その牙で我が敵を突き貫け!。』
間髪入れず、神具の形状を変化させるアクリス。
角状の牙。2メートル以上のそれが刺突の剣のように至近距離より放たれる。
2頭のイッカク。2本の牙が俺を襲う。
『ちっ!。魚だけじゃねぇのかよ!?。』
って、この空間もあの能力で創られたんだったな。勝手に魚類だけだと思い込んでいた。
鋭い突きを左右に逸らし軌道を変える。
至近距離とはいえ点としての攻撃だ。避けるのは容易い。
『私もいるよ!。はっ!。』
エーテルで強化されているのはアクリスも同じか!。
俺の追撃に合わせるように拳をぶつけてくるアクリス。その強化は俺と同等。格闘スキルも高い。拳同士の中でも神具による迎撃も同時に行う。
鉄砲魚によるレーザー。カジキとイッカクからの刺突。甲冑魚による防御も健在だ。
どうやら彼女の神具は12の星の組み合わせで、数に応じたエーテルの身体を持つ生き物を生み出せるようだ。
しかも、星の数が合えば同時に複数の生物を使うことも可能と…。
『これも防ぐんだ!。やっぱり君は強いね!。閃君!。3つ星よ!。そのヒレの翼で、我を自由なる空へと飛翔させよ!。』
4匹のトビウオ。
その翼でアクリスは空を舞った。
しかし、それは空から俺を攻める為ではなかった。
『閃君!。噂以上の力だね!。』
俺から距離を取り水面に浮かぶアクリス。
『様子見は終わり。って、私は結構本気だったんだけどね。ははは…。けど、こっからはマジで行くよ!。七つ星よ!。大海より現れし白鯨!。その雄々しき姿で世界を廻れ!。』
『で、でかっ!?。』
く、鯨!?。
実在する鯨よりも巨大な…50メートルはあるぞ。その姿は純白。輝く水飛沫が巨大な身体を照らしている。
『さぁ!。私の本気!。全部ぶつけるよ!。覚悟してね!。閃君!。』
アクリスの本気が俺へと解き放たれた。
ーーーーー
ーーー美緑ーーー
閃さんの姿が遠退いていく。
微かにだけど見えた。2匹の魚が閃さんを貫いた。
足下には閃さんの左腕。何かに撃ち抜かれて切断された腕は、植物化し既に人のモノではなくなってしまっている。
ですが、切断されたのは良かった。
あのまま植物化が進めば全身が植物へと変化し死んでいたのだから。
『まさか、閃さんを助けた?。』
いえ。そんな訳はありません。
あの攻撃は閃さんへ致命傷を与えていた。そんな攻撃をしてくる敵が閃さんを助ける?。有り得ない。
『閃…さん…。』
閃さんの気配が消えた。
心配だ。けど…私も…ピンチである現状は変わっていない。
霧に覆われた樹海。
私の能力の効果範囲も生きている。
敵のエーテルの侵食は防いでいるけど…時間の問題だ。それに…。
閃さんの腕を見た。
対象を植物化する狙撃。この能力は…空苗さんの能力と似ている…。
『もしかして…いるの?。この国に…。』
考えていなかった訳じゃない。
私達の身に起きた現象。おそらく、かつての仲間も同じくこの世界へ来ているだろうと。
『美緑。閃は?。気配が消えたんだけど?。』
『匂いもだ。俺の鼻でも探せねぇ。』
『光歌さん。ラディガルさん。』
濃い霧の中でも匂いと気配で私を見つけた2人が駆け寄ってくる。
『何者かの奇襲を受けました。敵の正体は分からず。先程まで戦っていた兵隊達とは違う敵です。』
『やっぱ。そう来るか。敵は一番厄介な閃を孤立させるのが目的だったみたいね。』
『くっそ。気配がそこかしこからして敵の居場所が分からねぇ。』
厄介な敵。
私の支配する木々達にも反応はない。
静けさを取り戻した樹海。けど、確実に敵は潜んでいる。
『兎に角。これからは単独行動は駄目。いつまた兵隊達の攻撃が始まるか分からないし。絶対離れないで。』
『はい。』
『ああ。』
『ああ。作戦は決まったか?。そろそろ出ても良いか?。』
『『『っ!?。』』』
聞き覚えのある男性の声。
目の前の木の上から聞こえた。
嘘であって欲しいと願った。けど、現実は無情にも私にとって最悪の結果を突き付けてきた。
『よっ。あんた等が異神だよな?。』
懐かしい姿…。かつて共に戦った仲間の姿が。私を見下ろしていた。
『ああ…。獏豊…。』
『ん?。俺の名前?。はは~ん。俺も捨てたもんじゃねぇらしい。敵にも知られる強さってか?。嬉しいねぇ。姫さんに自慢できるな。』
『喋りすぎるな。獏豊。お前は余計なことまで話しすぎる。』
『あ…。』
そんな…。どうして…。ここに?。
『異界の神。お前達に直接的な怨みはない。…が、緑国の未来の為に我が剣で斬る。』
刀を抜き放ち、切っ先を私に向ける侍風貌の男。
私は何度もその姿を見てきた。かつては私の横でその刀を抜いてくれた。切っ先は必ず敵へ向けられて。
敵…へ…。
『律…夏…兄…さん…。』
私は今…兄さんの敵なんですか…。
次回の投稿は12日の日曜日を予定しています。