第206話 詩那の夢…オチ
夕焼けの橙色に染まる放課後の開き教室。
普段は教材置き場として使われている教室なので誰も入ってくることはない。
静けさに包まれた教室の中。開けた窓からは部活動に励む生徒達の活気に溢れた声が聞こえる。
胸が痛い。
自分の心臓の鼓動が煩い。
ドクン、ドクン、ドクン。と早いテンポでリズムを刻んでいる。
『すぅ…。はぁ…。すぅ…。はぁ…。』
深呼吸で何とか落ち着こうとするも意味はなかった。
うぅ~。緊張する。無理もない。
ウチは、これから大好きな人に告白するんだ。緊張しない訳がない。
相手は1つ上の先輩。
名前は、天蔵 閃先輩。
委員会の活動で一緒になったのが出会い。
正直、一目惚れだった。
顔を見た瞬間。自分でも驚く程、大きく胸が弾んだのを今でも覚えている。
運命の人だ。そんな風に感じてしまうくらいウチの身体は熱くなった。
出会ってからウチは先輩に近付くために色々なことをした。アピールも沢山した。先輩の好みも調べて可愛くなる努力もした。
ガラガラ…。ビクッ!。
教室の扉が静かの開く。同時に反射的にウチの身体が跳ねた。
先輩の携帯端末に今朝メッセージを送っておいたんだ。
内容は、
先輩。もし、放課後忙しくなければ…少し時間をくれませんか?。お話したいことがあるんです。3階の空き教室でお待ちしています。
あっ…忙しければ後日にします。ので、断っても大丈夫です。
…というメールだ。
返事はすぐに来た。
分かった。放課後に会おう。
簡潔な短い文章。
それだけなのにウチの心臓は張り裂けそうなくらい高鳴り続けた。
『すまない。待たせたか?。急いだが遅くなった。掃除当番だったんだ。』
『いいえ。ウチもさっき来たところです。』
それは嘘。もう1時間以上待ってる。
けど、心の準備をする時間も欲しかったから先輩が遅れてくれたことは助かった。
はぁ…。緊張するよ。
何か頭の中がぐるぐるして考えてたこととか全部吹き飛んじゃいそう…。
『それで?。こんな場所に呼び出して話って何だ?。大事な話なのか?。』
『あっ…はい…そうです。ウチに…とっては…。』
先輩の周囲には可愛い娘が沢山いる。
幼馴染み、義妹さん、友人…。しかも、その全員が先輩のことを好きなんだと雰囲気から伝わってくる。
可愛い娘ばっかりで、先輩は彼女達に囲まれて毎日を過ごしてる。
私みたいな見た目チャラそうなギャルなんて…きっと、相手にして貰えない…。
けど、今日はそんな考えは全部捨てたんだ。
先輩に告白して恋人に、彼女になりたいから!。先輩はナチュラルメイクみたいな自然で素材を活かした可愛らしさが好きって噂で聞いたから、今日はいつもより気合いを入れてメイクした。つけまも今日はなし。リップも薄い色を選んだ。
少しでも先輩に可愛いって思って貰いたいから。馬鹿な頭を沢山使っていっぱい考えて今日に挑んだんだ。
絶対、成功させる!。
『あの…ね。先輩…。』
言うんだ。先輩が好きですって。言うんだ。
『………。』
先輩は私を真っ直ぐ見つめている。
私の目を見て、私の視線と混じり合う。
力強い眼差し。けど、どこか優しさを含んでいて…。先輩…。
『ウチ…。じゃない。わ、私は…。私は…。』
な、何で!?。言葉が出てこない。
告白して断られた時のことを、想像してしまって…急に怖くなって。声が…。
『せ…先輩……が……。』
好きですって言わなきゃ。言わなきゃ伝わらないのに。この気持ちを先輩に伝えるって決めたのに…。
『ぁ…。』
何で…ウチはもう泣いてるんだよぉ…。
まだ、告白してないのに…。
『あ…の…。あ…。ぐずっ…。もぅ…な…んで…。』
好きって言えないんだよぉ。ウチの馬鹿。
次第に頭の中が真っ白になって…。
ウチは涙を拭うことしか出来なくなった。
『なぁ。詩那。覚えてるか?。』
『え?。』
ぐるぐると渦を巻いているように行き先を見失っていたウチの心は、穏やかな優しい先輩の声で現実に引き戻された。
その声で頭の中に掛かっていたモヤが切り裂かれたようにスッキリする。
『ここで初めて委員会の仕事を2人でしたんだ。そこのパイプ椅子を体育館に運ぶ仕事を先生に任されてな。』
『あ…うん。覚えてます。』
『詩那は、凄く張り切って何個も椅子を持とうとした。けど、重すぎて転んじまったんだ。』
は、恥ずかしい…。
あの時は、初めて先輩と一緒に居られると思って、良いところを見せようと頑張ったんだけど。失敗しちゃったんだよね…。
先輩…覚えてたんだ…。恥ずかし過ぎるよぉ…。
『詩那はどんな時も一生懸命に頑張ってた。』
それは…先輩に振り向いて欲しかったから。
『いつ頃だったかな。詩那が頑張ってる姿をもっと近くで見たくなったのは。』
『え?。』
『はは。俺が何かの係りに立候補すると詩那は必ず同じものに立候補するだろ?。詩那はどんな仕事でも頑張ってやるのを知っていたからな。いつの間にか詩那が出来そうな仕事を優先して立候補するようになってた。』
え?。え?。先輩?。それ?。どういうこと?。
『最初に出会った時、完全なギャルだったからな。軽そうな女だなぁ。程度にしか見てなかったけど。いつの間にか気になってた。』
『先輩?。』
『泣くな。お前は笑顔が似合うよ。』
頬を流れていた涙を指でそっと拭ってくれた先輩。
『いつものメイクも可愛いけど、今日は特に頑張ったんだな。いつも以上に可愛いのに泣いたら勿体無いだろ?。』
先輩…気付いてくれた。
『それと、ごめんな。』
『え?。何で謝るの?。』
『本当はお前の気持ちに気付いてた。俺からしようと思ってたんだが…お前の覚悟の方が早かったみたいだ。』
先輩は一歩下がると、私の目を見る。
『詩那。俺はお前が好きだ。付き合って欲しい。』
『っ!?。』
え?。え?。先輩!?。今、好きって…これ、告白?。先輩が、ウチに!?。
『返事を聞かせてくれないか?。』
混乱する頭の中で先輩の言葉が反響する。
少しずつ、言葉の意味を確認していき…そして、理解へ至る。
同時に全身が熱を持ち始め、緊張から汗が噴き出した。
そして、思考に感情が追い付いて来て…ウチは嬉し涙を流しながら…。
『ウチも…先輩が好き…です。大好きです!。』
言葉を紡いだ。
想いを伝えた。
『そうか。嬉しい。』
距離を縮めた先輩は再びウチの涙を指で拭うとそっとウチに口付けをしてくれた。
咄嗟にビクッと身体が跳ねたけど、先輩の柔らかい唇の感触に次第に全身の力が抜ける。
先輩は私の身体に手を回し優しく抱きしめてくれた。先輩の大好きな匂いと温もりに包まれて時間も忘れてキスを繰り返した。
『先輩…大好きです。』
『俺もだ。詩那。大好きだ。』
この日から。
ウチと先輩は恋人同士になった。
~~~
ーーーその日の夜ーーー
ーーお風呂ーー
ちゃぽんと湯船に天井からの水滴が落ち波紋を広げた。同時に落ちてきたもう1つの水滴はウチの頭に当たる。
『冷たい…。』
ふふ。ふふふ。
けど、今はそんなこと気にしない。
『先輩…。』
ウチは今日、告白した。
ううん。告白は失敗しちゃった。あんなに頑張ったのに結局、泣いて何も言えなくなって…。
冷静になった頭で考える。
あう…ウチ…情けなさ過ぎるよ…。
何度も頭の中でシュミレーションしたのに本番で失敗。
そんなウチに先輩は…。
『きゃぁぁぁあああああ!!!。先輩!。格好いい!。格好良すぎるよぉ!。』
先輩から告白してくれた。
あの先輩がウチのこと好きって…好きって言ってくれた。
目を閉じれば、あの先輩の言葉が何度も再生される。
『ウチ…先輩の彼女…。』
彼女…。彼女…。彼女…。
あの大好きだった先輩がウチの彼氏…。
恋人同士になれたんだ…。
『きゃぁぁぁあああああ!!!。きゃぁぁぁあああああ!!!。』
ヤバい。ヤバい。ヤバい。
嬉しすぎる!!!。しかも、先輩と…キス…しちゃった…。
抱きしめられて…何回も…おねだりしちゃったウチに先輩は応えてくれた。
自分の身体を抱きしめる。
先輩…。先輩…。先輩…。
先輩の温もり…。先輩の大きな身体に包まれた感触。
『きゃぁぁぁあああああ!!!。』
『お姉。五月蝿いんだけど。』
『にゃっ!?。』
妹の紗恩がお風呂場を覗いてくる。
『てか、どんだけ入ってるの?。もう2時間は経ってるんだけど?。次、私なんだから早く出てきてよ。』
『むぅ。だって…えへへ。』
お風呂はウチにとってのリラックスタイム。
普段なら喧嘩になるところだけど、先輩の顔がチラついて…えへへ。つい、表情が崩れちゃうよぉ。
『うわぁ…お姉…キモいよ?。』
『キモい?。キモくないもん~。可愛いって言ってくれたもん。』
『だ、誰が!?。てか、お姉。変!。いつもなら怒って来るのに…。』
『良いことがあったんだもん。あっ。そうだ。紗恩も一緒に入る?。久し振りにウチが背中洗ってあげるし?。』
『えっ!?。マジでどうしたのさ!?。変なモノでも食べた?。』
『一緒に晩御飯食べたじゃん。』
『いや、そういうことじゃ…。まぁ、良いや。じゃあ、入ろうかな。何か色々聞きたいこと出来たし。』
『そう?。良いよ。一緒に入ろう。』
『けど、おっぱいの自慢はやめてよね。』
『しない。しない。えへへ。今日の事、教えてあげる~。にへへ。』
『やっぱ。キモいよ…。』
こうして久し振りに妹の紗恩とお風呂に入った。
ウチに彼氏が出来たことに驚いてたけど、一緒になって喜んでくれた。
ーーー学園 とある昼休みーーー
『先輩。ウチ、お弁当を作ってきたよ。』
『今日もか?。嬉しいが…まぁ。ありがとう。何か…悪いな…いつも。』
『えへへ。ウチ、早起きして頑張ったんだ。先輩の好きなおかずいっぱい入れたよ。』
昼休み。
ウチと先輩は屋上にあるベンチに座っている。ここは、あんまり人が来ないから先輩との時間をゆっくり過ごすことが出来るお気に入りの場所なんだぁ。
ウチは毎日、先輩のお弁当を作ってる。
先輩に聞いたらお昼は購買でパンを買うことが多いって言ってたから。
そんなんじゃ、同じものばっかりになるし、栄養が偏っちゃう。
そこで、先輩にお弁当を作って来ても良いか確認したら、先輩は凄く喜んでくれた。
普段からウチは自分のお弁当を用意してたから全然苦じゃないし、先輩が喜んで食べてくれるから最高に幸せな時間を送れるようになった。
『せ、先輩…あ~ん。』
『ん。お?。良いのか?。あ~ん。もぐもぐ。美味いな。この卵焼き。甘さもちょうど良くて優しい味だ。』
『えへへ。先輩。甘いのも好きって言ってたから…。』
『いつもありがとう。助かってるよ。食費とか払ってないが無理してないか?。』
『ううん。ウチがしたくてやってることだから。全然、いつも先輩に何食べて貰おうかなぁって考えるの楽しいから。』
『そうか…。』
ウチの素直な気持ち。
先輩は優しく笑うとウチの頭を撫でてくれる。先輩の大きな手から優しさが伝わってきてフワフワとした感覚がウチの心を満たしてくれる。
『けど、貰ってばっかりじゃな…。俺も詩那に何かしてやりたいんだが…。何か希望はあるか?。』
『え?。希望?。ですか?。』
『ああ。俺に出来ることなら何でも良いぞ?。』
先輩にお願いが出来る…。
ずっと、先輩としたかったこと…。
『じゃ、じゃあ。ウチ…先輩とデートしたい!。』
『デートか。良いな。俺も詩那とデートしたいって思ってたんだ。そうだな…今度の土曜日なんてどうだ?。』
『土曜日…うん!。先輩とデート出来るならいつでも大丈夫!。』
『なら、決まりだな。』
先輩とデート!。
やった。嬉しい!。
『じゃあ。10時に駅前で待ち合わせでどうだ?。』
『うん。大丈夫です。えへへ。デートで待ち合わせとか、これもう彼氏彼女だよぉ。』
『ははは。彼氏彼女だろう?。俺達は。』
『えへへ。うん!。』
『沢山、楽しもうな。』
こうしてデートの日程が決まった。
~~~
ーーーデート前日ーーー
ーー自室ーー
ウチはベッド上でゴロゴロと転がっていた。
お気に入りのイルカのぬいぐるみを抱きしめながら。
『デート。明日かぁ~。えへへ。楽しみぃ~。』
駅前に10時。駅前に10時。駅前に10時。
遅刻なんて出来ない。30分…いや、一時間前には着いていないと。
『えへへ。デートかぁ~。先輩とデート。』
今日は何回デートという単語を呟いたことだろう。
もう授業なんかに集中なんて出来なかった。
『先輩…。ん~~~~。きゃぁぁぁぁぁあああああ!!!。先輩大好きぃぃぃいいい!!!。』
『お姉!。五月蝿い!。』
ドンッ。と紗恩が壁を叩く音。
『はぁ…。先輩…。先輩…。先輩…。』
明日は何処に連れていってくれるのかな…。
「デートプランは考えておくからな。絶対、満足させてやる。だから、お前は楽しむことだけを考えていてくれ。」
だって。えへへ。あんなこと言われたら期待しちゃうじゃん!。何なの!?。何なの先輩!。ヤバい!。格好いい!。
『きゃぁぁぁぁぁあああああ!!!。せんぱぁぁぁぁぁい!!!。』
ゴロゴロ。ゴロゴロ。ゴロゴロ。ドダンッ!。
『はうっ!?。痛い…。えへへ…。先輩ぃ~。』
ベッドから落ちた。
『あっ。こんなことしてる場合じゃなかった!。服!。服を選ばなきゃ!。』
着ていく服。
先輩の隣に立っても恥ずかしくない。それでいて先輩に可愛いって言ってもらえる服を選ばなきゃ!。
ガサゴソ。ガサゴソ。ガサゴソ…。
ガサゴソ。ガサゴソ。ガサゴソ…。
ガサゴソ。ガサゴソ。ガサゴソ…。
『うわぁぁぁぁぁあああああん!?。決まらないぃぃぃぃぃいいいいい!!。』
『お姉!。五月蝿いって!。…うわっ。何この惨状は…。』
気付いた時には洋服棚、タンスに入っていた服や下着やらが散乱した汚部屋と化した部屋を見て紗恩が驚きと呆れの入り混じった声を上げた。
『紗恩…助けてぇ~。』
『はぁ…。明日。デートなんだっけ?。先輩と?。』
『う、うん。着ていく服が決まらないよぉ。』
『はぁ…。お姉…。…仕方ない。私がコーディネートしてあげる。今度、パフェ奢ってよ。』
『うん!。奢る!。奢る!。』
紗恩は何だかんだで助けてくれる。
良い妹だなぁ~。
『ちょっ!?。お姉。この下着でデートに行くのっ!?。』
『え?。そうだけど?。えへへ。可愛いでしょ?。』
『いや、大胆過ぎない?。初めてのデートなんでしょ?。これ、もう…ひ、紐じゃん…。上も下も…。』
『だって~。先輩に見せるかもしれないんだよ?。脱がしてもらいやすい方が良いかなぁって思ったし!。』
『思ったし。じゃないでしょ!?。初めてのデートで何処まで行く気なのよ!?。』
『え?。ええ…。えへへ。にへぇぇぇ…。』
『うわっ…キモッ…。』
『キモくないよ。可愛いって先輩は言ってくれるもん!。』
『先輩…聖人君子か?。』
『どういう意味よっ!。』
なんやかんやで、デートに着ていく服を用意してくれた紗恩。勝負下着も取り上げられて、可愛らしい、けど、見られても安心な無難なモノを選んでくれた。
ーーー次の日ーーー
ーー駅前ーー
しまった…。
楽しみすぎて2時間も早く着いてしまった。
待ち合わせは午前10時。
土曜日の午前8時の今、人影は少ない。
『えっ!?。何で?。』
『ん?。ああ。やっぱ早く来たのか。おはよう詩那。その服、可愛いな。似合ってるよ。』
駅前の…待ち合わせ場所には既に先輩がいた。2時間も前なのに?。何で?。
疑問に埋め尽くされた頭の中には、せっかく先輩が褒めてくれた服の感想が入って来なかった。
『ん?。ああ。お前のことだからな。早く来るんじゃないかって思ってさ。彼女を待たせる訳にはいかないだろ?。』
『先輩…。』
『大丈夫だ。それも踏まえて計画も立てた。どうせ、朝飯も食べてないんだろ?。ファーストフードくらいしかやってないが、軽く食べよう。』
何もかも先輩には分かっちゃってるみたい。
確かに胸いっぱいで朝食は抜いてきた。
何か…恥ずかしいのと、ウチをしっかり見てくれてる嬉しさでむず痒い感じがする。
その後、ファーストフード店で軽めの朝食。
『なぁ。今日の予定は決めてるんだが。もし、どうしても詩那が行きたいところがあるなら言って欲しい。』
『ううん。ウチ。先輩と一緒なら何処でも嬉しいから。』
『そうか…。ああ。任せろ。いっぱい楽しもうぜ。』
『うんっ!。』
それから時間まで他愛のない話をした。
昨晩の妹とのやり取り、着ていく服に困ったこと。等々。日常に起こった何気ない話を話した。
ウチのどんな話も、先輩は楽しそうに聞いてくれて…1つ1つにリアクションしてくれるからウチもついつい話しすぎちゃったし…。
『よし。時間だな。最初は彼処だ。』
と、言われて連れて行ってくれたのは映画館。
上映作品は今流行りの恋愛モノ。先輩…ウチが観たいって言ったの覚えていてくれたんだ…。
土曜日の午前中でも映画館は人が多い。
けど、先輩が予約してくれていたみたいで、一番良い真ん中の席で観ることが出来た。
上映が始まり周囲が暗くなる。隣にいる先輩の横顔を眺めたり、映像に視線を戻したり。
あうわぁ~。緊張で映画の内容が入って来ないよぉ~。
『ん?。ふふ。』
え?。先輩、今?。ウチを見て笑った?。
『ほら。これで良いだろう?。』
『っ!?。』
小さな、ウチにしか聞こえない声で呟いた先輩は、ウチの手を取って指を絡めて、手を繋いでくれた。
先輩の大きな手と温かさが伝わってきて…。うん。映画にますます集中出来ない…です。
けど…幸せ~。
映画はクライマックスに近付いていく。
繰り返し訪れる困難を乗り越え、ついに結ばれた男女が大きな画面の中で抱きしめ合い、今、キスをする。
その瞬間、私の肩を先輩が叩いた。
『え?。』
咄嗟に先輩の方に顔を向けると。
『っ!?。』
先輩の顔が目の前にあって…唇に柔らかい感触が伝わって…。
画面の中の登場人物達と同じようにキスをされた。
『ごめんな。我慢出来なかった。』
照れた顔のまま、もう一度キスをしてくれた先輩。全身に電流が走ったような感覚。もう、それ以上は映画の内容もラストの記憶も入って来なかった。
映画の後はカフェに入って昼食。
その後はゲームセンターに行った。
『よし。そこでストップ。』
『はい。』
『そのままおろして。』
ボタンを押すとアームが下がり景品のイルカのぬいぐるみのタグに引っ掛かる。
持ち上がったぬいぐるみが外に通じる穴にストンッと落ちた。
『よっしゃ!。ナイスだ!。詩那。上手いな。』
『先輩のお陰だよ。』
『じゃあ、2人で頑張ったってことで、ほら。大事にしろよ?。』
『え?。良いの?。』
『ああ。イルカ好きなんだろ?。』
『うん!。ありがとっ!。先輩っ!。』
ウチは取ったイルカのぬいぐるみを抱きしめた。
一通り、ゲームを楽しんだ後はカラオケ店に入る。
先輩と個室で2人きり。並んで座る。
『好きなの歌って良いぞ。』
『うん。』
先輩との距離が近い。
心臓はドキドキしっぱなしだし。ウチ、絶対顔が真っ赤だ。
『詩那…。』
何曲か交代で歌ったり、デュエットしたり楽しんでいると、先輩がウチを呼んで肩を掴んだ。そのまま、身体が引き寄せられてキスをされた。
そこからは、もう頭の中が真っ白になるくらい。歌を歌うことも忘れて先輩の唇を求め続けてしまった。
何度もキスをして、抱きしめられて…。背中に回された腕の逞しさも、胸に添えた手から伝わる先輩の心臓の鼓動も全てがウチを愛してくれている。嬉しくて、幸せ。
どれくらいの時間が経過したのかな?。
時間を知らせる、呼び鈴が鳴りウチ達は唇を放した。
『すまん。夢中になっちまった。』
『………あの…先輩…。』
『ん?。』
『腰…抜けちゃった…。』
『ふふ。』
先輩は小さく笑うと延長を店員にお願いしていた。
外に出たのは、それから1時間後。
すっかり夕焼けに照らされた橙色の街並みを先輩と歩く。もちろん、手は握ったまま。
『先輩。これから何処に行くの?。』
楽しかったけど、もう終わりかな?。
まだ、お別れしたくない。もっと先輩と一緒にいたいなぁ。
『ん?。そうだな。…なぁ。詩那。』
『はい?。何ですか?。』
『俺の家に来ないか?。』
『え?。』
先輩の…家?。
え?。それって!?。でも…え?。もしかして…。本当に?。
『晩飯は、俺が作ろうと思ったんだ。いつも、お弁当を作ってきてくれるからな。そのお礼も込めて………というのは建前だ。』
『?。』
『詩那と、もっと一緒にいたい。』
『っ!?。』
先輩も同じ気持ちなんだ。嬉しい…。
『今日は親も妹もいないんだ。』
『っ!?。』
え?。じゃあ、先輩のお家に2人きり?。
『どうだ?。嫌なら、断ってくれて構わない。無理強いはしたくないからな。少し急ぎすぎたとも思ってる。』
『あ…あの…その…。それって…ウチのこと…。』
『ああ。抱きたい。』
『っ!?!?。』
先輩がウチの眼を真っ直ぐ見つめてくる。
先輩に求められた喜び。嬉しさ。温かさがウチの心に一気に押し寄せる。そして、緊張と僅かな不安が徐々に大きくなって…。けど…先輩を大好きな気持ちが不安よりも大きくて…。
コクン…。
…と、先輩の服の裾を掴んで小さく頷くのが精一杯だった。
先輩の家に着くとリビングに案内された。
広い。大きなテレビ。長いソファー。大きなテーブル。
先輩はウチをソファーに座らせ麦茶を出してくれた。そのまま、エプロンを身に付けキッチンに消えていく。
カチャカチャ。コンコン。
トントン。グツグツ。ジューーー。
料理する先輩の姿。格好いい…。
『お待たせ。』
あっという間にシーフードパスタとスープがテーブルに並ぶ。
先輩。料理も出来るなんて。凄い。
パスタは凄く美味しかった…と思う。
この後のことを考えると、緊張で味とか分かんなくなっちゃうよ…。ウチ…この後…先輩と…。
先輩が食器を片付けている間にお風呂を勧められた。どうやら、夕食を作っている間にお湯を張ったみたい。
ウチはもう先輩の操り人形の如く、です。
勧められるままにお風呂に入り、上がるとタオルやバスローブまで用意されてて…。
気付けば先輩のベッドの上で緊張しながら正座している現状です。
先輩の部屋…先輩の匂いでいっぱい。
安心する匂い。
部屋の中はシンプル。必要最低限のモノしか置いていない。けど…ふふ。ゲーム沢山ある。先輩らしいなぁ。
ガチャ。ビクッ!。
…等と考え事をしていたらバスローブ姿の先輩が入って来た。お風呂上がりで頬が赤くて妙に色っぽい。
ドキドキ。ドキドキ。ドキドキ。
心臓の鼓動。はち切れそうなくらい高鳴ってる。静かに近付いてくる先輩から目が離せない。
『詩那。お待たせ。』
隣に腰をおろす先輩の体温が伝わって…胸の鼓動が更に加速するのが分かる。
先輩と見つめ合う。あわわ…。先輩の顔が近いよぉ。ドキドキ…。
『詩那…好きだ。』
『う、ウチ…も。先輩が…大好き。』
そのまま唇を重ね。先輩が私の身体をそっとベッドへ押し倒す。
『せ、先輩…ウチ…その…初めてだから…。』
『ああ。優しくするよ。』
バスローブがはだけ、露出したウチの胸を先輩の大きな手がつつ…『お姉さん!。起きてください!。』
『え?。』
突然の別の人の声に驚き飛び起きた。
『あれ?。夢伽?。』
目の前には夢伽の顔。
寝ている私に馬乗りになってる?。
周囲は先輩の部屋ではなくなって…。
『あっ!。やっと起きましたね。もう朝ですよ。今日でこの地下都市から旅立つんですから早く起きて準備して下さい。』
夢伽はウチの上から退けると部屋を出ていった。
『夢?。はは…そうだよね。夢じゃん。』
先輩と恋人になれる夢…。
『ななななな~。ウチは何て夢をみてるのよぉ~。』
冷静になった頭で夢の内容を思い出す。
途端に、余りにもご都合主義的な夢に恥ずかしくなってきた。
『わぁぁぁあああああん。どんだけウチは先輩のこと好きなのよぉ~。』
全然知らない場所だし。知らない妹とか出てくるし。何なのよ。学校とか。ゲーセンとか。カラオケって。聞いたことないんだけど!。
それに、ウチ…。
『初めて…じゃ…ないし…。』
はぁ。
溜め息を1つ。
駄目だ。夢は夢。現実は現実だし!。
いつまでも夢のことを引きずってたら先輩に嫌われちゃうし。
よし!。起きて準備しないと!。
着替えを済ませ、身だしなみを整え部屋を出る。
『お早う。詩那。よく眠れたか?。』
外に出ると既に皆が集まっていた。
当然、先輩も。
挨拶された。早く返さないと。
『せ、せせせせせ…先輩っ!。お、おはよう…ございます。』
駄目だぁ。夢の中の先輩がチラついて顔を直視出来ないよぉ~。
『ん?。どうしたんだ?。』
『う、ううん。何でも…ない。です。』
『そ、そうか?。けど…何故か視線を逸らされている気が?。』
『き、気のせいです。』
『そ、そうか?。なら良いんだが?。って。何で俺の服の裾を掴んでるんだ?。』
『え!?。あっ…。』
夢の中での先輩の温もりを求めてしまった。
つい…先輩の服を掴んで…。
『ご、ごめんなさい。先輩…けど…その…。』
『怖い夢でも見たのか?。仕方ない奴だな。まぁ。落ち着くまでそうしてても良いぞ。』
『先輩…。』
ウチの頭を撫で笑顔を見せてくれる先輩。
夢の中の先輩と寸分も違わない優しい笑顔はウチの心を動かし決心させる。
『ウチ…。』
絶対、先輩の彼女になるからね!。
『ん?。何か言ったか?。』
『何でもありません!。えへへ。先輩ぃ~。』
絶対っ、正夢にしてみせるんだから!。
次回の投稿は26日の木曜日を予定しています。