第21話 優と豊華
僕の名前は優。
僕は『ある場所』から逃げ出した。
歩いて…歩いて…途中で力尽きたんだ。
倒れて…凄く喉が渇いてることに気付いて。
頑張って…頑張って…水を探した。
立ち上がる力も残って無かったから必死に這って…這って…這った。
そして、女神様に助けられたんだ。
朧気な視界の中で太陽の光に照らされた豊華さんという名前のお姉さんはとても綺麗だった。
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お姉さんの顔を見て安心してしまった僕は、4日間も眠ってしまっていたみたいだ。
お姉さんが作ってくれた優しい味のご飯を食べ終えると、お姉さんが真剣な顔で僕に質問してきた。
『優よ。ゆっくりで構わん、話せることだけ教えてくれんか?お前に何があった?』
僕は、うん。と頷いた。
お姉さんになら全部話しても大丈夫だ。
お姉さんなら助けてくれる。
わからないけど。そう思えたから。
僕は、頭の中の記憶を辿って起きたことを順番に言葉にしていった。
『あの日、世界がおかしくなっちゃった日、僕の周りでも不思議なことが出来るようになった人がいっぱいいたの。』
『ふむ。世界がゲームに侵食された日、だな。』
『それでも、少しの間はいつも通りの生活が続いてたんだ。』
あの時は、まだ少し変わっちゃったけど『いつもと同じ日』だったんだ。
『それから何日か経って急にスッゴい爆発があったの。それで、僕たちは家族で走って逃げたんだ。』
『何処かに避難したのか?』
『うん。僕たちみたいに逃げてきた人たちが集まってる場所を見つけたの。そこには同じクラスの友達の健ちゃんも居てちょっと安心したんだ。』
『おお。友達も居ったか、それは心強いな!』
『そこで、また何日か経ったら急に変な人たちが来たの。』
『変な人たち?』
『うん。皆同じサングラスをかけた大人の男の人たち。』
『そいつらは何か言ったか?』
『えーっと。確かね。『我々は君たち力の無い者たちを保護する為にやって来た。衣食住の保障は約束しよう。速やかに此方に来られたし。』って。』
『ふむ。何者だろうな?』
『でも、連れて行く数は決まってるって言われて僕と健ちゃんとあと何人かが呼ばれたの。僕はお母さんたちと一緒に居たいって言って泣いちゃったんだ。』
『それは仕方がないぞ!誰だって大好きな人とは離れたくないモノだからな。』
『そしたら…お母さんも僕を抱き締めて守ってくれたんだ…けど…男の人が…お母さんのこと鉄砲で……撃って…。』
お母さんが…動かなく…なっちゃったんだ。
頭から…赤い…赤い…赤い……を……流して。
頭の中にその時の様子が浮かんで言葉が出ない。
涙が…止まらない…
『お母さんが…。』
『その先は言わんで良い。辛かったな。優。』
豊華さんが僕を抱き上げると自分の膝の間に座らして後ろから抱き締める形になった。
僕の肩に顔を乗せて強く強く抱き締めながら僕の頭を撫でくれる。
温かかった。安心できた。
お母さんみたい…。お母さん…。
『どうだ?これなら寂しくないだろう?』
『うん。でも…ちょっと恥ずかしいよ…。』
僕は泣きながら何とか応えた。
『むっ。何を言う。こうすれば優は独りじゃないと感じられるだろう?優にはもうウチがいる。もう怖がることはないのだぞ?』
『っ!…うん。』
僕は…まだ、泣いている。
でも…この涙はちょっとだけ、さっきとは違った。
『ごめんなさい…僕…泣いてばっかりで…。』
『優よ。謝ることはないぞ?辛い時も嬉しい時も泣きたい時は泣いて良いんだ。』
『え?』
『俯いて、泣いた分だけ。次は、前を向いて歩けば良い。』
『前を…向いて?』
『そうだ。何でも良い。自分が出来る事をやるんだ。そうすれば、必ず良い方向に未来が動くからな。』
『未来…。』
『それが 成長 だ。だから、泣きたい時は思いっきり泣け。』
『…うん。』
『いっぱい泣いて良い男になるが良い。』
『うん。』
豊華さんはずっと抱き締めていてくれた。
温かくて、優しい匂い。安心する。
『このままで良いから聞かせてくれ。優は男たちに連れていかれて何をされた?』
再び、真剣な声で豊華さんが聞いてくる。
でも、僕はもう独りじゃないから大丈夫。
『連れていかれたのは…思ってた場所と違って真っ白な部屋だったの。』
『真っ白な部屋か…。そこには何人連れてかれたんだ?』
『僕と友達と…30人くらいだったよ。』
『ふむ。何をされた?』
『………。はぁ…はぁ…はぁ。』
『大丈夫だ。ウチがいる。お前を危険に晒す存在は此処には居ないからな。』
『…うん。ありがとう。豊華さんは僕の為に聞いてくれてるのに…。』
『ありがとう、なのは此方の台詞だ。ウチこそ優に辛い思いをさせてしまっている。すまない。』
『…。』
それは…違うよ…豊華さん。
僕は…救われたんだ…。
『最初は首の後ろに何か埋め込まれたの。』
『どこら辺だ?』
『ここ。』
『ふむ。見えんな。傷らしいモノも無い。』
『うん。すっごく小さかったと思う。』
『そうか。取り除いてやりたいがウチの能力では厳しいな。無凱か睦美か閃が居れば取り除いてやれるんだがな。』
『誰?その人たち?』
『ウチの仲間だ。クロノ・フィリアのな。』
『そうなんだ。豊華さんの仲間かぁ。会ってみたいなぁ。』
『ああ!良い奴らばかりだ。必ず会わせてやるぞ!楽しみにしてろ!。』
『うん!』
僕が笑うと豊華さんも笑う。
泣くと豊華さんも悲しそうな顔をする。
出会ったばかりだけど。
僕は豊華さんが大好きになった。
僕を助けてくれた女神様を。
『僕たちは、色んな変なことをされたんだ。注射打たれたり、電気の流れる椅子に座らせられたり…途中で死んじゃった人…何人もいて。気付いたら20人になってたんだ…。』
『わかった。もう良い。良く耐えた。良く頑張ったな。』
『うん…凄く辛かった。』
豊華さんの僕を抱き締める力が強くなる。
『落ち着いたか?』
『うん。大丈夫だよ。』
『優よ。お前は、これからどうしたい?』
『…これから?。』
『ああ、先ほど言ったろう。泣いた後は前を向いて歩けとな。』
『…そっか。そうだね。』
僕は考える。
自分自身に問い掛ける。
何をするか…。何をしたいか…。
助けっ…。助けっ…。助けっ…。
脳裏に焼き付いた最期の健ちゃんの姿と言葉。
助けて。
当たり前だ!必ず助けるぞ!ウチに任せろ!
『!』
豊華さんが僕を助けてくれた時の言葉。
今度は…僕が…健ちゃんを…。
『健ちゃんを…僕の友達を…助けたい!』
『おっ!』
『僕は弱いけど…でも、このままほっとけないよ。』
『ふむ。良くぞ!言ったな!うん。それでこそ男の子だ!。』
頭を撫でる豊華さんの動きが激しくなる。
『豊華さん。くすぐったいよ。』
『この程度のこと我慢せい!友達を助けるのだろう?』
『でも…僕…弱いから…。わっ!?』
豊華さんは立ち上がり、僕を持ち上げる。
そして、向かい合うように僕を下ろした。
『言ったろう?必ず優を助けてやると。』
『豊華さん?』
『ウチが優のパーティーメンバーだ。一緒に健ちゃんとやらを助けような!。』
『豊華さん…うん!。』
『優は本当に良い子だなぁ。』
豊華さんが僕を今度は正面から抱き締める。
後ろからの時よりドキドキする。
『これは…ちょっと恥ずかしいよ…。』
『何を言う。今まで辛かったのだ。これからはウチで良ければいっぱい甘えよ。』
『豊華さん…。』
『良し戦いに備えて先ずは、風呂に入ろうか。優よ。ちょっと臭うぞ?』
『え?』
『安心せよ!ウチが綺麗にしてやる!ほら!脱げぇええええええええええ!!!』
『えええーーーー!』
僕は豊華さんに泡だらけにされた。
『ほら、ちゃんと拭かないと風邪を引くぞ。』
『わ!っぷ!風邪なんか引かないよ!』
『ええい!確かにな!ほれ暴れるでないわ!。』
お風呂上がり僕は豊華さんのされるがままになっていた。
『豊華さん。僕の服は?』
僕は病院の患者さんが着ているような服で逃げ出した。
『ああ、あの病衣みたいな服だな。あれは汚かったからな洗って、ほら!』
『ええぇぇ。』
『雑巾にしたぞ。綺麗に縫えているだろ!ウチ裁縫は得意中の得意なのだ!』
『じゃあ。僕の服は?』
『ふふふ。生憎と子供用で男の子の服が無かったからな。そこで!じゃーーーん。』
『ええぇぇ。』
『ウチの服をナントカカントカして完成させた子供服だっ!お気に入りの服だったがな!優のためなら惜しくないぞ!ほれ!ぴったしだ。動きにくくはないか?』
『うん。でも…ひらひらが…恥ずかしい。』
『何を言う!そこがチャームポイントだぞ!』
『でも…これ女の子が着る服みたいで…。』
『ははは。おかしな事を言うな優は。ちゃんとズボンだろ?それに可愛ければ良いんだぞ!』
『ええぇぇ。』
僕は…諦めた。
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『さて、優よ。戦いに赴く前にお前は休養せねばいけない。』
『休養?』
『お前の体力は回復していないからな。此処で何日か休んでから行くぞ。』
『でも…。』
こうしている間にも健ちゃんが…。
『友達のことも心配だろうが。先ずは自分の身体の事を気遣ってやれ。じゃないと本番で思わぬ失敗に繋がるからな。』
『そ、うだね。うん。』
豊華さんの足手まといにはなりたくない。
『しかし、安心せい。休養の間でも出来ることがあるからな。』
『?』
次の日から、建物の中にあるコンクリートの壁で囲まれた小さな中庭で豊華さんは色々なことを僕に教えてくれた。
『優よ。』
『何?豊華さん。』
『先ずは、ウチの能力を見せてやる。』
『豊華さんの能力!』
豊華さんのレベルは150って言ってた。
どんな凄い能力なんだろう?
『ふふふ。気になるか?』
『うん!すっごく気になるよ!』
『そ、そうか…そんなにか。悪い気はせんな。』
豊華さんは両手をパーの形にして僕に見せる。
『ぐるぐる巻きだ。』
『おい!包帯ではなく指輪の方を見ろ!』
豊華さんの全ての指に嵌められてる宝石の埋め込まれた10個の指輪。
『これがウチの神具だ!』
『綺麗だね。』
『だろう!自慢の装備だ!』
ニコニコと笑いながら大きな石の上に空き缶を置く。
『良し準備完了!』
満足そうに僕の所まで戻ってくると人差し指を立てて手で鉄砲の形を作る豊華さん。
『優。見ていろ。第1の魔弾!』
豊華さんがそう唱えると人差し指から魔力の塊が発射されて空き缶を吹き飛ばした。
『凄い!凄いね!豊華さん!格好いい!』
『そうだろ!そうだろ!この指輪はな。魔力を蓄積して放つことが出来るのだ!しかも、放つパターンも各々違ってな!ウチは10種類の魔弾を撃てるのだぁ!』
嬉しそうに!堂々とした態度で腰に手を当てポーズをとる豊華さん。
そのポーズ好きなんだろうな…。
『では、次は優の番だ。』
『僕の?』
僕の能力は弱い。
豊華さんの能力を見た後だと自分の能力の力の無さに気持ちが沈んでしまう。
『優はレベル20と言ってたがどんな能力を持っているのだ?』
『僕のは…。』
僕は豊華さんが吹き飛ばした空き缶に手を翳す。
『おお、何と!動いたぞ!』
『小さなモノを触れないで動かせるの。でも、レベルも低いし魔力も少ないからちょっとだけしか動かせないの。弱いでしょ?』
正直、弱すぎて恥ずかしかった。
豊華さんも、がっかりしたかもしれない。
ビクビクしながら豊華さんの顔を見ると目をキラキラさせながら僕を見ていた。
『そんなこと無いぞ!』
『え?』
『良い能力ではないか。色々応用が利きそうだしな。何より楽しそうだ。』
『そう…かな?。』
豊華さんが僕の両肩に手を置いてしゃがんだ。
僕の目線の先に豊華さんの顔が近づく。
『良いか優よ。どんな些細な力でも必ず使い時は来るものだ。使い方次第で、大化けすることだってある。何より自分の能力だ。自分が信じてやらんでどうする?諦めずに精進せよ。』
自分の能力を信じる…。
『うん。僕!頑張るよ!』
『うむ。ウチも力を貸すからな共に強くなろうな!』
『うん!。強くなって!今度は僕がこの能力で豊華さんを守るからね!』
『っ!ふふふ。期待しているぞ!』
『うん!待っててね!』
『ああ!。』
豊華さんは僕をまた抱き締めてくれた。
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『それにしても優も妖精族だったんだな。ウチと同じだ。』
『え?豊華さんは…妖精神族…でしょ?』
『それはゲームをクリアした特典みたいなモノでな。最初はウチも妖精族だったのだぞ。』
『そうなんだ。豊華さんと一緒…。』
『ただし、気を付けよ?』
『何を?』
『妖精族は肉体から離れた魔力の操作に長けた種族でな。遠距離の攻撃を得意とする反面、防御力が極端に低いのだ。』
『そうなの?』
『ゲーム時代に身に覚えは無いか?他のプレイヤーに比べてHPの減りが異様に早かったとか?』
『あっ…そうだね。僕、よく健ちゃんと遊んでたけど攻撃に当たったらすぐにヤられちゃったんだ。』
『そうなのだ。レベルの低い攻撃ですら当たりどころによっては致命傷になる程の紙装甲だ。気を付けろな?』
『うん。』
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『優は友達を助けた後やりたいことはあるか?』
『やりたいこと?』
『そうだ。強くなりたいとか、楽しく遊びたいとか。何でも良いぞ。言ってみろ?』
僕がやりたいこと…。
『豊華さんと一緒に居たい。』
『ん?それは心配せんでも良いぞ?』
『え?何で?』
『ウチは優と別れる気は無いからな。あと、クロノ・フィリアの仲間たちに会わせる約束もしただろう?』
『あっ、そう言えばそうだったね。』
『ああ、優をもう独りになど絶対させんさ。』
『…うん。ありがとう。』
嬉しい。豊華さんの優しさが伝わってくる。
『あそこには、優と同い年くらいの子がいっぱい居るからな沢山友達も出来るぞ!期待しろ!』
『沢山の友達…。』
『ああ、心に傷が付いた子も沢山いる今度は優がその子等を救ってやるんだぞ!』
『僕に…出来るかな?』
『無理をすることはないぞ?自分が体験したこと、自分が出来ること。そう言うのを考えてから動けば大丈夫だ。いっぱい泣いた優ならちゃんと出来るぞ!』
『…そっか。うん。頑張るね!』
『ああ、頑張るのは大事だ!』
豊華さんは誉めてくれる時必ず頭を撫でてくれる。
優しいナデナデ。僕はこれが好きだ。
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ガシシャーン!ドゴーン!グラララーーーン!メキャーーーン!ズキューン!し…ーーーーーん。
料理をしてます。
『優!出来たぞ!今度はどうだ?』
『あーーん。』
もぐもぐ もぐもぐ もぐもぐ
『ドキドキ、ドキドキ。』
『あっ。美味しい…。』
『っ!本当か!?』
『うん!美味しいよ!これ!今までで一番!。』
『そうか!ようやく優に美味いもんを食わせられたな!』
『凄いね!豊華さん!まだ、3日しか経ってないのに、こんなに上手になるなんて凄い!』
『ははは。努力の勝利よ!』
『ぐるぐる巻きだ。』
『ふっ!勲章だ!』
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『なぁ、優よ。』
『何?豊華さん。』
『眠れんか?』
『…うん。』
『そうか。どれ。』
『わっ。どうしたの豊華さん!?』
豊華さんの腕の中にすっぽり収まる僕。
豊華さんの匂いと柔らかさと温かさに包まれた。
『安心しろ。優はとっくに独りではない。それにな。これから多くの人間とも出会って行くんだ。孤独を感じる暇もないくらいな。』
『うん。』
『それでも、優が寂しい時は必ずウチが側に居てやる。だから、安心してウチを呼べ。』
『うん。』
『寝られそうか?』
『…うん…。』
『そうか。お休み。優。』
豊華さんがおでこにチューをしてくれた。
僕は微睡みの中で何度も豊華さんにお礼を言った。
ありがとう 豊華さん
優と豊華が出会って1週間が経つ。
運命の日が間近に迫る。