第201話 毒蛇神の毒牙
イグハーレン。
神に選ばれ【エーテル】【契約聖獣】【神具】を与えられた存在。
奴は【音響の神】ハールレンから力を授かったと言っていた。
ソイツ等を【神眷者】と呼ぶらしい。
そして、この世界には奴と同じような存在が複数人いるらしい。
【神兵】【神騎士】【神王】【最高神】
その全柱が力を与えているとするならば10人以上存在することになる。
何よりもウザいのは、神の奴等は【神眷者】達に【異神】の討伐。つまり、俺達の排除を命令したということだ。
『ははははは!。素晴らしい力でしょ?。これで私も貴方方【異神】と対等に戦える。そして、我が神の意思を、願いを実現させることが出来る。即ち。【異神】の抹消です!。』
イグハーレンが神具の切っ先を俺に向けた瞬間。巨大な大蛇が大口を開けて飛び出して来た。
おい。マジか。コイツ!?。
俺は駆ける。奴の狙いは俺なのは間違いない。だが、この場にはもう一人。奴の標的がいるようだ。
『え!?。』
大蛇の牙が寸前まで迫る。
だが、僅かに俺が速かったようだ。
八雲の小さく軽い身体を抱き抱え大きく跳躍した。
『たくっ。仲間だったんじゃねぇのかよ?。』
『かつては…ですね。今は敵ですので、ついでに排除しようと思ったまでですよ。彼女も私を殺す為にこの場に来ているようですしね。しかし、分かりません。先程まで殺し合っていたのは貴方も同じでしょ?。なのに何故、彼女を庇ったのですか?。』
『仮にもコイツは【創造神】を崇拝してんだろ?。リスティナは俺の親だからな。少なからず繋がりがあるから助けただけだ。』
今はもしかしたら敵かもしれない。
だが、青嵐を見ていて分かったのは…コイツ等の信仰がガチだということだ。
リスティナは嫌がると思うが、身内を信頼している奴を放っておけなかった。
『あの…。』
『ん?。』
などと考えていたら腕の中の八雲が話し掛けてきた。
『先程、イグハーレンが言ったことは真実でしょうか?。』
『あ?。俺のことか?。』
『はい。』
『まぁ。本当のことだ…と思う。俺はリスティナからしか聞かされていないから真実なのかどうかは俺には分からん。』
『では、貴方は【創造神】の子…【観測神】様?。』
『らしいな。俺の中にはリスティナのエーテルが流れているのは分かる。【創造神】の力も完璧じゃないが使える。』
『……………。』
『な、何だ?。』
物凄いキラキラした瞳で俺を見つめて来るんだが?。何なんだ?。
『わたしの…神…様…。わたしを…いま…大蛇の魔の手から…救って…くれた…。』
何か呟き始めたんだが。
『まぁ。良い。俺はアイツ等に用があるからな。お前の相手をしている暇はない。大人しくしてやがれ。』
早々に切り上げ八雲から離れる。
再び、イグハーレンの前に立った。
『さぁ。どうせ。やるんだろ?。とっとと始めようぜ?。』
『ははははは!。潔い判断。決断だ。神から賜りし力で、私が貴方を排除する!。』
ーーー
ーーー八雲ーーー
戦いが始まった。
青国を裏切ったイグハーレン。
最初に聞いた時は理解できなかった。
何せ、彼は誰よりも【創造神】を信じて、信仰していたのだから。
そんな彼が裏切り、国を飛び出していった。
彼は言った。
自分がいくら信仰しても【創造神】は何もしてくれなかったと。
その言葉に私の中で何かが渦巻いた。
私達は自分の心の弱さを補うために神を信仰した。
この世界で目覚め、記憶のない私達が縋るには青国が信仰の対象としていた【創造神】で、心の隙間を埋めるのが都合が良かったから。
…そうだ。
神は私達を救わない。
神は私達に興味がないから。
願いも、夢も、未来も…神は救いも導きもしてくれない。
けど…。
イグハーレンは救われた。
【創造神】ではない別の神に選ばれた。
…羨ましい。
そして…。それは…私の周囲にいた全員が夢にたことだった。
『毒蛇よ!。その毒牙で神を滅ぼせ!。』
巨大な大蛇が口から毒の霧を周囲へ撒き散らした。広範囲に広まった毒霧から距離を取っている。
あの人………あの方は…。
私を毒蛇の毒牙から救ってくれた。
イグハーレンの話を否定しなかった。
『じゃあ…本当に…彼は…【創造神】の子で…。』
【観測神】。
その名前は知らない。だが、伝説に伝わる最高神【絶対神】と並ぶ神だと話していた。
そんな神が…私を…救って…。
ドクンッ…。
胸の鼓動が高く跳ねた。
神が私を…。
『馬鹿な。毒霧をはね除けてっ!?。』
『こんな霧、エーテルを放出するだけで防げるんだよ!。』
彼が…私の…神…さま…。
『おらっ!。』
『ぐっ!?。速すぎるっ!?。』
その凛々しく逞しいお姿。
イグハーレンを圧倒する実力。強さ。
私はいつの間にか胸の前で両手を握る。
『頑張って下さい…神さま…。』
私は祈りを捧げていた。
『しかし、我が神具、【毒蛇神剣】は変幻自在。貴方の間合いを意図も簡単に侵略します!。』
あの剣。蛇腹剣だ。
連結した複数の刃が伸びて、鞭のようにしなる。
『ちっ!。厄介な!。』
接近していた神さまが神剣に取り囲まれる。
変則的な動きで縦横無尽に先端が動く。まるで、自分の意思を持っているかのように、その姿は剣ではなく蛇の動きだった。
神さまの動きが封じられている。
『自慢の素早さも、この神剣の前には無力です。それに、この剣にもあるのですよ!。大蛇が持つモノよりも強力な猛毒がね!。』
『ぐっ!?。』
神さまの動きがおかしい。
確かに今、周囲は伸びた神剣に囲まれ行動を制限されている。けど…それだけじゃない気がする。
『ふふ。避けられないでしょう?。神剣の刃でついた、その右肩の掠り傷でさえ十分な殺傷力のある猛毒が貴方の身体を蝕んでいきますよ!。』
っ!?。
良く見ると神さまの肩に傷が…。少しだけど血が出てる…。
『逃げ場はありません。行きなさい!。』
『ちっ。コイツも来るか。』
神剣と。更に大蛇の猛攻。
大蛇の動きを予見し、動きを阻害ぜす隙間を縫うように神さまに伸びる神剣。
大蛇は完全に神さまを獲物と見定め大暴れ。
猛毒の霧を撒き散らし、牙からは毒の液体を垂れ流す。口内にある分泌腺からは毒の塊を弾丸のように発射する。毒液に触れたモノは瞬く間に溶けて形を崩していく。
あんなもの人間がくらえば一溜りもない。
硬く大きな鱗が逆立ち。周囲に撃ち出され建物の壁や地面のコンクリートを撃ち砕くことで神さまの移動範囲すら奪っていく。
『このっ!。野郎がっ!。』
神さまも抵抗してるけど。
毒のせいか動きが悪い。それに、身体の自由も利かなくなっているみたい。
助けに…。
だめだ…今の私じゃ…イグハーレンどころか大蛇にすら敵わない…。あの毒をくらって死んでしまうのが目に見えている。完全に足手まといだ…。神さまに迷惑をかけてしまう。
『らっ!。』
『ギュォォォォォオオオオオ!!!。』
猛攻を掻い潜り大蛇へ拳を叩き込んだ。
あの巨体が数メートル浮き上がる。
怒号にも似た叫び声を上げる大蛇は口から大量の毒液を撒き散らせた。
凄い…。神さま…。凄いっ!。
『そんな大蛇が!?。神聖獣が…。』
イグハーレンも驚いている。
大蛇がやられ動揺、その僅かな隙を見逃さなかった神さまは、神剣の斬撃を紙一重で避けイグハーレンへ接近した。
『うらっ!。』
『うぐぉっ!?。』
神さまの拳がイグハーレンの腹部へ命中。
踞るイグハーレン。
『まだまだ!。』
『ぐふっ!?。』
追撃がイグハーレンの顎へ。
『トドメッ!。』
エーテルを込めた拳がイグハーレンへ放たれ命中………しなかった。
『くっそ…結構本気で殴ったんだがな…。まだ、握ってたか…。』
『…ふふ。ええ。エーテルを流し込み神壁の復元が間に合いました。』
先程、神さまに砕かれたエーテルと呼ばれるエネルギーで作られた壁が復活し神さまの拳の威力を殺したんだ。
神さまの拳は今、神剣の刃を殴りつけ傷付いてしまった。
『待っていたのですよ!。』
『何?。』
『貴方に隙が出来る一瞬を!。』
『っ!?。ぐっあっ!?。』
『神さまっ!?。』
神剣の尖端が伸びて、神さまを背中から横腹を貫いた。
地面を転がる神さま。
『ふふふ。ははははは!。ついに…ついにやりましたよ!。忘れていませんよね?。私の神剣の刃には猛毒を含んでいることをっ!。』
『かはっ…。』
血を吐き出す神さま。
『更に畳み掛けます!。もしや、忘れてはいないでしょうね?。行きなさい!。』
自身の優位を確信したイグハーレンが次の手に出る。もう1つの影が動き出した。
『ぐっ!。コイツかっ!。忘れてねぇよ。散々人の殺気飛ばしてきやがって!。』
『ええ。そうです!。【人型偽神】!。貴方方【異神】を倒す切り札ですよっ!!!。』
イグハーレンが連れていたもう一人の男。
フードで顔は見えないけど、その存在感と身から溢れる凄みが只者ではないことを告げている。
魔力ではないエネルギーが身体から放出され、超スピードで神さまを攻める。
徒手空拳の戦闘スタイルだからか武器の類いは持っていないようだけど…。あの戦い方。移動速度、攻撃速度、反応速度。戦闘方法が先程まで見ていた神さまの動きに似ている。
何なの?。あのエネルギーは!?。
有り得ないくらい強力なエネルギーの濃度。
魔力よりも強い…と、感じる。
毒を受け、動きの鈍くなった神さまを執拗に攻め立て、拳と蹴りの連打、連打、連打、連打、連打。
何とか急所への攻撃は両手で防いでいるけど、防戦一方だ。
『ふふふ。私も居ますよ!!!。』
フードの男の打撃の連打にイグハーレンの伸びる斬撃も加わったことで、更に神さまは苦しい状況に陥る。
『はっ!。』
フードの男のアッパーに神さまのガードしていた腕が上がった。
マズイッ!。
『ちっ!。』
『隙ありですねぇ!!!!。』
神さまのガードの開いた胴体へ横薙ぎの一閃。毒を纏いし蛇剣が神さまに命中仕掛けたその時…。
魔力弾が剣に命中し、剣の軌道を変えた。
『………おかしいですね。先程まで、この方を排除しようと動いていたと思っていたのですが…。何故、今、【異神】を助けたのですか?。八雲さん?。』
私は銃口を向け構えていた。
今の私じゃ、イグハーレンどころかフードの男にすら敵わない。
けど…神さまを守りたかった。
私を救ってくれた神さまを!。
『私の神さまは殺させないっ!。』
『お前…。』
『訳の分からぬことを…。ふふ。ですが…ええ。良いでしょう。今、この戦闘の主導権は私にある。毒を受け覆すのは難しい状況。神より頂いた力は確実に【異神】に通用しています。この【異神】との勝負は見えている。よって、この【異神】を排除した後。貴女へ粛清するとしましょう。』
『っ!?。』
私はイグハーレンの殺気に気圧された。
全身が震える。恐怖を感じてる。
私じゃ。相手にならない…。
『安心しろよ。』
『む?。』
神さまが自分の身体についた土埃を払いながら衣服の乱れを直す。
身体は毒を受け複数の箇所が変色して血を流しているし、呼吸も荒い。手足も痙攣しているように見える。
あの状態じゃ、まともに戦えないことは誰の目にも明らかだった。
『お前には指一本触れさせねぇよ。コイツらは俺が倒すからな。』
っ!?。
神さまの瞳は力強い光を放ち、言動からも諦めを感じない。この満身創痍な状況で?。それでも、イグハーレンとフードの男に勝つ気でいるの?。
『神さま…。』
『ふふ。面白いことを言いますね?。【異神】よ!。私達を倒す?。そんな毒が回った身体で?。おかしな冗談ですね?。』
『おかしいのは…てめぇだ。自分の力に溺れやがって。お前なんて眼中にねぇんだよ。最初からな。俺にはこっちの男の方がよっぽど脅威に感じるぜ?。』
『………ふふ。言わせておけば好き勝手。ふふ。良いでしょう。その弱りきった身体でどこまで粘れるかを試しながらジワジワと追い詰めていくつもりでしたが…。』
イグハーレンが跳躍し5メートルほど後ろに後退した。
何か…嫌な予感がする…。
イグハーレンから溢れる魔力じゃない神から得たというエネルギーが手に持つ蛇剣が放つ魔力と1つになって融合していく。
『神さまっ!。』
『ああ。お前はその場から動くんじゃないぞ?。巻き添えになる。』
『はい。』
尋常でないエネルギーの奔流。
『【異神】よ!。貴方は私を怒らせた。よって、私の最強の奥義を持って貴方をこの世界から消し去ることにします!。』
『それは光栄だ。出来るもんならやってみろ!。』
『ふふ。どこまでも舐めた態度ですね!。人を馬鹿にするのも大概にしなさいっ!。』
蛇剣からエネルギーが一気に放たれ周囲を紫色の光が走る。
『【神技】っ!。』
『やっぱ!。神技も持ってたかっ!。』
『【毒蛇神ノ楽園】!。』
いっそう激しさを増したエネルギーが周囲へ解き放たれた。
そして、影響を与える。周囲の物体。壁も、地面も、土も、石も、廃材も、コンクリートも、電灯も…周囲にあるエネルギーが走った全てが大小無数の蛇となって神さまを襲う。
数センチのモノ。数十メートルのモノ。夥しく蠢く蛇達が、大津波のようにうねり、重なり、荒ぶる。毒液を周囲に撒き散らせ周辺を溶かしながら毒霧に包まれ、あらゆるものを呑み込んでいく。
蛇達の進行を止められるモノなどいないだろう。それだけの物量。群れ。まさに蛇の楽園だ。
『神さまっ!。』
『ちっ!。規模がでけぇ!。』
『これで終わりですよぉぉぉおおおおお!!!。』
神さまの足場の地面も蛇に変化し複数の蛇がその両手両足へ噛み付き毒を注入。そして、更に出現した蛇達が長い身体を巻き付かせ動きを束縛する。
足元から次々に出現する蛇が神さまの身体を這い回り、次第にその身体が蛇達に包まれ見えなくなってしまった。
身動きの出来なくなった神さまへ追撃とばかりに津波のように蛇の群れが押し寄せ、あっという間に視界に映る全てが蛇へと変わった。
『ふふ。ふはははははははははは!。トドメですっ!。行きなさいっ!。大蛇よっ!。』
神さまの一撃でダウンしていた大蛇まで復活。巨大な大口を開け蠢く蛇達ごと神さまを呑み込んだ。
『ああ…神さま…。』
『ふふ。ふはははははははははは!!!。勝った!。勝ちましたよっ!。何が神だ!。何が【異神】ですか!。我が神から授かった力の前には無力でしかないじゃないですかっ!。虚勢ばかりが立派で伴わない実力!!!。所詮は余所者ということでしたね!。』
神さまが負けた…死んだ。
やっと見つけた心の拠り所が…奪われた…。
『ふふ。さて、もう一匹の邪魔物を排除しましょうか?。』
イグハーレンの視線が私に向けられた。
やってやる。敵わないのは分かっている。
けど、私の居場所になるかもしれなかった神さまを殺したんだ。許せない。許すもんかっ!。
魔力を高め、飛び出そうとした。
その時だった。
『おい?。何を勝った気でいるんだ?。』
『え?。』
『は?。』
私とイグハーレンが同時に驚いた。
未だに蠢く蛇の大群の中に鎮座する大蛇。その中から確かに神さまの声が聞こえたのだから。
『たくっ。今のがお前の切り札だよな?。【神技】って言ってたし…つまりは、今の以上はもうないと…ふむ。情報提供どうもありがとう。』
『ギュォォォォォオオオオオオオオオオ!?!?!?。』
突然、苦しみ雄叫びを上げる大蛇。
巨体は暴れ、周囲に群がる蛇達が潰されていく。
そして…。
『ギヤヤヤャャャァァァワアアアアアァァァァァ!!!。』
大蛇の身体が内側からひび割れ。裂けていく。腹部から始まった裂け目は蛇の首尾と頭部へと広がっていき、その身体は内側から弾け四散した。
中から現れた神さま。
『馬鹿な…猛毒に侵され…蛇達に噛みつかれ…締め付けられ…丸呑みにされ強力な胃酸を浴びながらも…生き残る…そして、大蛇を…殺すとは…。』
『神さまぁ…。』
『まぁな。確かにあの毒は強力だった。まだ、若干痺れてやがる。』
『痺れ…馬鹿な有り得ない。普通の人間なら苦しみを感じる間も無く跡形もなく溶けて即死する猛毒なのに…。』
『普通の人間?。』
その瞬間。
神さまの身体から放出された異常なエネルギー。
イグハーレンが神から与えられたというエネルギー。そして…あのフードの男と同じ見知らぬもう1つのエネルギー。
その2つを同時に放出した。
『馬鹿な!!。馬鹿な!?。馬鹿な!?。【人功気】までも!?。』
『今、お前の前にいるのは…。』
圧倒的だ…。
イグハーレン…。フードの男が赤子に見えてしまうくらいの威圧感。
これが…本当の神さまの力…。
『最高神…【観測神】だぜ?。』
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