第197話 睡蓮
ーーー奏他ーーー
顔面から地面に叩きつけられたことで走る全身への衝撃。受け身は間に合わず、咄嗟に頭だけを守る。
『ぐぁっ!?。』
『お姉さん!?。』
睡蓮と名乗った女。
一瞬で間合いを詰められた?。
それに、何をされたのか?。
気が付いたら目の前に睡蓮が現れ視界が反転していたんだ。
『次は、お前さんじゃ。童。』
『っ!?。』
睡蓮が夢伽の腕を取る。
関節を極め身体を軸に回転しその遠心力を利用してそのまま投げ飛ばした。
『夢伽!。』
『大丈夫です!。お姉さん!。』
空中で体勢を立直し着地。
大きな傷も無さそうだし、極められた腕も無事みたい。
『ふん。童。今のワッチの動き。見えんかったじゃろ?。実力の差は明確。とっとと立ち去れ。』
『嫌っ!。』
『………はぁ…。あんま、イライラさせんな。お前さん見てっと頭に血が登ん。』
『な、何で…。』
『煩いわ!。喋んな!。』
再び、距離を詰められる。
駄目だ。何なの?。あの動き。目で捉えられない。
『あぅ!?。』
突進する動きのまま夢伽の胸に掌打がめり込む。その小さな身体を衝撃が伝い地面を転がっていった。
『……あっ…くそっ。何じゃ。こんの気持ち…。なんかが渦巻きおん。』
『夢伽!。このっ!。』
魔力を地面に流す。
地面を鋭い刃に変え睡蓮へ放った。
『無駄じゃ。』
『っ!?。はやっ!?。がっ!。』
放たれた刃の側面をなぞるように移動した睡蓮の身体が私と交差する。
同時に自分の身体に浮遊感を感じた。そのまま、何度も地面へ叩きつけられる。
『投げ殺す。覚悟しい。』
睡蓮の細身から考えられないことが起こっている?。
私の身体がまるでボールのように様々な角度で地面に激突させられるのだ。
『あぐぁっ…。』
『トドメじゃ。』
全身の痛み。何度も続く衝撃に、痛み以外の感覚が失われていく。
平衡感覚すら失われた今、浮遊感と遠心力を感じたと同時に一際強い衝撃に襲われた。
『くっ…そ…。』
『お姉さん…。』
『ほぉ。まだ息あるんか?。頑丈じゃな?。まぁ、良いわ。結果は変わん。』
睡蓮が近付いてくる。
その身体を纏う得たいの知れないエネルギーが増大する。
『そ…その…力…。』
『ん?。ワッチのこれが気になんか?。良いじゃろう。冥土の土産に教えちゃるわ。』
歩きながらエネルギーを手のひらに集める睡蓮。
『これは【人功気】つぅて。【人族の潜在能力の中にある、扱いが難しいが 人族なら誰でも持っている エネルギー】じゃ。』
『人…功…気…。』
『効果は【肉体強化】【物質強化】【気配感知】【気配遮断】【思考加速】【並列思考】【疲労回復促進】【自然治癒促進】が強化されるのじゃ。』
睡蓮が話した【人功気】の説明。
ゲーム時代の【人族】が獲得できる【種族スキル】そのまんまだ。
『同じ【人族】でも得手不得手があってな。ワッチの場合は【肉体強化】と【気配感知】の数値がずば抜けて高ぁての。』
『はやっ!?。』
まただ。
動き出しが見えない。
『ワッチは【肉体強化】で脚力を強化し初速と移動距離を上げ【気配遮断】と組み合わせることにより視界から消える。同じく【肉体強化】で視界を強化。【気配感知】で相手の重心の移動を察知し懐に潜り込めば。』
『ぐっ!?。またっ!?。がっ!?。』
『他者を投げんのに力んはいらんのよ。』
くるりっと視界が回転する。背中から地面に叩きつけられた。
『如何せん。この能力には得手不得手があっての。ワッチは思考系と回復促進系が不得手でな。気配を読むことに特化しておるんよ。』
仰向けの私を踏みつけた睡蓮。
その鞋を履いた足で私の喉を踏みつけた。
乱れた呼吸が更に苦しくなる。
『はぁ…あぐぁ…はぁ…。』
『偽りの神として創られた身体じゃ。【異神】に対抗するためにな。【異神】ならば兎も角、【異界人】などに遅れはとらん。このまま首を捻切っちゃるわ。っ!?。』
『やめてっ!。』
霞む視界に映ったのは睡蓮の腰に抱き付いて私から引き離そうとしている夢伽だった。
『ゆ…とぎ…。』
『お姉さんは殺させない!。』
『ええい。離さんか!。童っ!。』
『嫌っ!。』
『ちぃ!。じゃかしい!。』
『うわっ!?。』
『うぐっ!?。』
夢伽の肩を掴み投げ飛ばす睡蓮。
そして、私の身体も同じ方向に投げられた。
『はぁ…。イラつくわ。』
頭を抱え辛そうな表情を浮かべる睡蓮。
『まだだよ!。お姉さん!。』
夢伽が私の身体に触れる。
すると、身体の痛みが薄れていき…。
『傷が!?。』
傷が癒えていった。
『お姉さんの治癒力を強化したよ!。私の力も貸します!。大きいのお願いします!。』
夢伽から大量の魔力が流れ込んでくるのを感じた。
自分の魔力と融合し圧倒的な、今までとは比べ物にならない魔力が身体の中で渦巻いていた。
『うん!。これなら行けるよ!。』
腕を地面に押し当て魔力を流す。
『何をしようが変わらん。』
『くらえっ!。』
『ぬっ!?。』
地面から尖端の尖った土の塊が一斉に、そして広範囲に出現する。睡蓮に向かって何本もの土の杭が、その身体を突き刺す為に大量に突き出てくる。
『ぐっ!?。この量は!?。捌ききれん!。』
あっという間に杭に取り囲まれ逃げ場を失った睡蓮が大量の杭の壁に消えた。
『凄い…威力…。』
自分一人ならここまでの広範囲で発動など出来ない。
半径200メートルくらいはあるだろうか?。
周囲一帯全てが土の杭で溢れかえっていた。
『私は…こういうことしか出来ないので…お役に立てて良かったです。』
夢伽を見た私に苦笑いでそんなことを言ってきた。
いや…十分凄いよ?。これ?。
『凄いよ。夢伽の能力。』
『えへへ。嬉しいです。自分だけじゃ何も出来ないので…褒められると照れますね。』
『まったくじゃ。こんな隠し球を持っておったとは…。危うく致命傷じゃぞ?。』
『な…んで…?。』
『無傷…ですか…。』
杭の上に乗り私達を見下ろしている睡蓮。
その身体に傷はなく。あの攻撃を全て躱したことが分かる。
『驚くことではないぞ?。先も説明したじゃろ?。【肉体強化】と【気配感知】と【気配遮断】の応用じゃ。【肉体強化】で自身の柔軟性を上げ【気配感知】で攻撃のタイミングと方向を知る。【肉体強化】と【気配遮断】を組み合わせることである程度体重も操作できてな。杭の尖端に乗って攻撃を躱したまでじゃ。』
『あれでも…駄目なの…。』
今のを避けられた。
私の攻撃じゃ彼女を倒せない?。
『ほぉれ。考え事をしてん場合じゃないぞ?。』
『っ!?。』
『自ら仕掛けたんじゃ。当然、己んに返ってくることも視野に入れておるじゃろう?。』
一気に間合いに入られた私の身体は抵抗すら許されず投げ飛ばされた。
『あがぁっ!?。』
『お姉さん!。』
その方向は大量に突き出た杭へ。
能力の解除も間に合わず私の腹部を杭が貫いた。
『今度こそ悪足掻きは出来んぞ?。』
気付くと目の前に立っている睡蓮。
腹部から出る出血。杭が身体を貫通してる。出血が止まらない。激痛に視界が揺れた。
能力を解除し土の杭を元の砂地に戻す。
『トドメじゃ。一息の間で殺しちゃるわ。』
『駄目っ!。』
私と睡蓮の間に入る夢伽。
両手を大きく広げ睡蓮を睨む。
『何処までも邪魔をしおって…童っ!。目障りじゃと言ってんじゃろうがっ!。』
『退かない!。』
『大して力も無いくせに…。』
『それでも守られてばかりじゃないもん!。』
『っ!?。』
『私だって守るんだ!。』
『こぉんのぉっ!。』
『っ!。』
『夢伽!。』
睡蓮が夢伽に【人功気】を込めた手刀を振り下ろした。
びくりっ。と、全身に力を入れ目を閉じる夢伽。
助けようにも私の身体は動かない。
衝撃を待つ夢伽だったが…。
『くそっ…。』
私は…いや、夢伽ちゃんもだ。
私達は驚いた。
『や、はり、で…できん…ぞ…。ワッチ…には…。』
夢伽の眼前で手を止めた睡蓮。
その瞳からは涙が溢れ、力なく膝から崩れた。
目に前の睡蓮の行動に唖然とする私達。
睡蓮の手は夢伽の頬に添えられた。
『夢伽!。』
『…大丈夫です。お姉さん。この人からは、もう戦意を感じません。』
『………童。名前を聞いても良いか?。』
『夢伽です。』
『む…とぎか…。』
頬を撫でる睡蓮。
涙は止まることなく頬を伝い地面に落ちていく。
『ワッチのな…娘も…童と同じくらいの年齢だったんじゃ…。』
『娘…さん?。』
『ああ…。【人族】は弱い。生き残るので精一杯じゃ。村人達が協力してくれるとはいえ…他の種族が攻め込んで来れば為す術などない。』
『………。』
『夫を早くに亡くし女手ひとつで娘を育てるには限界があってな…。口の上手いクズの口車に乗ってしまったのじゃ…。』
『さっきのコートの男の人…ですか?。』
その質問に頷く睡蓮。
『この身体を創るのには贄がいる。666人の同族がな…。』
『えっ!?。』
『気付いたか?。【偽神】は3体。つまり…。それだけの数の【人族】を取り込んだんじゃ…この…身体は…。な。』
握り締め血が滴る拳を解き自分の身体を掻きむしる睡蓮。爪は皮膚を裂き血が滲む。
何度も何度も…自身の身体へ憎しみをぶつけるように。
『止めてください!。』
『……………。お前は…優しいのぉ。自分達を襲った者に、そな眼差しん向けてくれんのか?。』
『関係ありません。お姉さんの顔に辛いって書いてありますから!。』
『っ!。そうか………ああ…とても、辛かった…。ああ…本当に、何の為に…この力を手にしたのか…。わからんよ。』
『お姉さん。』
『っ!?。』
夢伽が睡蓮を抱きしめた。
『ワッチはな…ただ、娘を守りたかった…だけなんじゃ…。なのに…。なのに…。なのに…。』
顔が歪む睡蓮。
悔しさ。悲しさ。切なさ。憎しみ。怒り。絶望。
様々な負の感情が表情から読み取れた。
『娘は…この身体の贄にされたのじゃ。ワッチの目の前で…ワッチは何も…何も……………できんかった…ぁぁぁぁぁあああああああああああ。』
夢伽を抱きしめる睡蓮。
泣きわめき、震える背中を擦る夢伽。
『すまんのぉ。』
暫く泣いた睡蓮。
冷静さを取り戻したよう。
『いいえ。大丈夫です。私はお姉さんの娘ではないですが。話を聞いて悲しみを分けて貰うことは出来ます。』
『…そうか。童…いや、夢伽と言ったか。確かにお主の姿に娘の姿が重なった。だが、お前は強かった。真っ直ぐで…。強い意思を持っとる。』
夢伽の頭を撫でる睡蓮。
『ありがとう。礼を言う。悲しみは消えぬが…気分が軽くなった。』
『うん。お姉さんの顔が少し明るくなりました。やっぱり美人ですね!。』
『ははは。お世辞まで上手とは将来が楽しみだのぉ。』
『お世辞じゃないですよぉ。』
『お主もすまなかったな。』
睡蓮が私を見る。
夢伽ちゃんに傷を癒して貰った私は2人の様子をただ眺めていた。
『いえ。ですが、1つ分からないことが。質問しても?。』
『構わん。』
『心の傷を抉るような質問ですが…。』
『なぁに。ワッチの胸の内を聞いてくれたのじゃ。お主達になら構わんよ。』
『そうですか。では、貴女と娘さんを利用したのは、あそこにいたコートの男ですよね。』
『ああ。そうじゃ。コートの男が指揮を出し、太っている男と共に【偽りの神】の実験を繰り返していた。』
『つまり、その2人は貴女の復讐の対象だ。それなのに、何故奴等の言いなりとなって私達を襲ったんですか?。』
『ああ、そん事も話さねば…いけんな。』
睡蓮が自分の頭部を指差す。
『ワッチ等3体の偽神の脳の中には、良くわからんが特殊な機械が埋め込まれていてな。奴等の 命令 に対し反論や否定が出来ん。強制的に従わされる。』
『っ!?。』
『何でも脳の大事な部位に設置されているようでな。取り外した瞬間ワッチ達は死ぬようじゃ。』
『酷い…。』
『現に、今も…耐えられる程度じゃが、脳に命令は響いておる。お前達、「【異神】を殺せ」とな。』
『…お姉さんを救う方法はないんですか?。』
『ワッチにも分からん。』
『そう…ですか…。』
この人は被害者だ。
いや、もしかしたらこの地下都市にいる【人族】全てが実験に使うために集められた人達なのかもしれない。
ーーー
ーーー睡蓮ーーー
ワッチの話を聞き、ワッチを助けられないと知った2人の顔が曇る。
本当に優しい女子達じゃ。
本当は戦いたくなどなかった。
夫を早くに亡くしたワッチにとっての唯一の家族であり宝物だった娘。
娘を失ったワッチに残されたのは復讐心だけじゃ。
じゃが、それも脳に埋め込まれた機械に抑制され今では、この世で最も憎い男の操り人形…。
ワッチには何も残されていない。
そう思っていたんじゃがな…。
せめて、この娘達だけでも安全な場所に逃がしたい。
ワッチは女子達へ手を伸ばそうとした。
その時だった。
殺せ
『え!?。』
頭に響く声。
響き反響し繰り返される。
殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。
何度も…何度も…何度も。
【異神】とそれに連なる者を殺すのだ。
『ぐっ…あ、たま…が、痛い…。うぐっ…。』
駄目じゃ。この声に逆らえん。
自身の心まで掌握されているような感覚。
声に集中すると意識を持っていかれ、意識に集中すると心が破棄されていく。
『お、お姉さん…?。』
ワッチは夢伽の肩に手を添えた。
ああ。本当に似てる…ワッチの大切な…。
『に…げろ。ワッチ…から…はな…れ…。』
言葉を言い終わる前にワッチの意識は刈り取られた。
ーーー
ーーー夢伽ーーー
『お姉さん!?。お姉さん!?。』
突然、頭を抱えて苦しみだした睡蓮お姉さん。
私の肩を持って 逃げろ って言った。
『夢伽!。離れて!。』
『えっ!?。』
奏他お姉さんに身体を引かれ睡蓮お姉さんから離れる。
同時にお姉さんの身体から今までに感じたこともない量の気が…【人功気】が周囲に放出された。
『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?。』
頭を抱えてのたうち回るお姉さん。
暫くすると、瞳から黒目が消えて静かに立ち上がった。
気の放出は収まったけど、お姉さんの身体の周囲に留められている。
『夢伽。気をつけて、何かヤバい。』
『う。うん。』
奏他お姉さんも警戒している。
睡蓮お姉さんとの距離は10メートルくらい。下手に動ける距離じゃない。
『なっ!?。』
睡蓮お姉さんの身体の周囲に留められていた気が人の形を象りお姉さんの後ろに出現した。まるで、お姉さんが2人いるみたい…。
気で出来たお姉さんは2倍くらいの大きさで…。
『奏他お姉さん!。』
『っ!?。』
気で構築されたお姉さんは、本体のお姉さんと同じ動きで手を伸ばして来た。
『これ!。本体じゃないのに触れられるの!?』
気の腕に足を掴まれた私達は、掴まれた!?。と認識した瞬間に地面に叩きつけられた。
『かはっ!?。』
『うぐあっ!?。』
あの気自体に実体がある?。
『死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。』
睡蓮お姉さんの口から発せられる言葉。
でも…分かるよ。
『うん!。私は逃げないよ!。お姉さん!。絶対!。助けるから!。だから…もう泣かないで!。』
睡蓮お姉さんの顔。
赤い血の涙が流れてる。
『に…死ね…げ…死ね…て…死ね…。』
お姉さんは私にこう言ったから。
そのお願いだけは聞けない。
これ以上お姉さんを苦しめさせないから!。
『っ!?。』
今ので。分かった。
全身を巡る魔力でない何か。勿論、神じゃない私にはエーテルは使えない。
なら、何か…。決まってる。
切っ掛けは何だったのか…きっとお姉さんの気をまともに受けたからだ。全身から感じるエネルギー。今まで閉じていたモノが突然外部からの刺激に驚いて開いた。そんな感じ。
『夢伽…それって?。』
『これが…【人功気】?。』
睡蓮お姉さんは言った。
人族なら誰でも持っているエネルギー
だと。なら【人族】である私にも使える。
【異界人】だろうと例外じゃない!。
『お姉さん!。待っててね。』
肉体を強化してお姉さんへ突進する。
お姉さんの掌打を躱し懐へ潜り込む。小さい身体の私だからか、お姉さんが心の底から私への攻撃を躊躇っているのか…それは分からないけど。お姉さんの腹部に思いっきり頭突きを繰り出した。
『ぐあっ!。』
バランスを崩したお姉さん。
その身体に抱き付いた。
『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!。ぐぁぁぁあああああ!。ぎゃぁぁぁあああああ!。』
暴れるお姉さん。
この状態にお姉さんを陥れているのは、脳に埋め込まれた機械。なら、取り出せないまでも気を流して壊すことが出来れば!。
『辛いのは1人じゃないからね!。はぁぁぁぁぁああああああああああ!。』
全力で思いっきり【人功気】をお姉さんに送り込む。
私が魔力で他人を強化する時。相手の魔力の性質に合わせるように自分の魔力の性質を変化させる。そして、自身の魔力を対象の魔力に混ぜ込み融合させることで強化を成功させている。
だから。
【人功気】でも同じことが出来ればお姉さんの気は強化される。体内にある異物である機械を、強化したお姉さんの気で負荷を掛ける。
機械の気に対する耐性を上回れば…。
『きゃぁぁぁぁぁああああああああああ!?。』
大きな悲鳴と共にお姉さんの身体から力が抜ける。
良かった…成功した?。
お姉さんの顔を見上げると気絶しているみたい。
『や、やった~。』
初めての【人功気】の全力放出。
全身の力が抜けた。気絶しているお姉さんの上から動けないや。
『夢伽!。』
『あ…奏他お姉さん…やったかな?。』
『うん!。凄いよ!。【人功気】だっけ?。使えるなんて。』
『自分でもびっくりです。お姉さんの攻撃を受けた瞬間に身体の内側から溢れて来て。』
奏他お姉さんに抱き抱えられる。
所謂お姫様抱っこです。
身体動かないです…から。仕方ないですね。
『この人は…大丈夫かな?。』
『分からないです。頭の中の機械が壊れていてくれれば良いのですが…。』
倒れたお姉さんからは気の放出が完全に止まっている。僅かにすら漏れていない。
『彼女を操っているっていう機械だよね。そんな物を開発できるのは青国しかいない。コートの男もその周りにいた奴等も青国の紋章のついた服を着ていたから。』
『青の国の実験にお姉さん達は利用されたってことですよね。』
『多分ね。』
『…許せないです。私が【人族】だからでしょうか?。そんなことする青国の人達。絶対許さない。』
『私も同じ気持ちだよ。種族なんて関係ない。平和に暮らしたいだけの人達の日常を壊すやり方は気に入らない。もしも、国自体が行っている事だとしたら…そんな国消えてしまえば良いのに…。』
『そうですね。…他のお兄さん達は無事でしょうか?。』
『分からないけど。向こうの方でエーテルを感じる。少し遠いけど。この人を放っておけないし何処か安全な場所に隠れていよう。夢伽は兎も角。私の力じゃ…この人達には通じないみたいだからさ。』
『…私もですよ。さっきのは必死でした。今、同じことをやれと言われても上手くいくとは限りません。それに、身体が動きません…。』
『ははは…足手まといになっちゃうね。』
『ふふ。そうですね。』
奏他お姉さんと共に笑い合う。
ふと。睡蓮お姉さんの方に目を向けると…。
『え!?。お姉さんがっ!?。』
『え!?。っ!?。いない!?。』
そこにお姉さんの姿はなく、背後から僅かに殺気に似た気配を感じました。
『っ!。奏他お姉さん!。後ろです!。』
『え!?。うぐっ!?。』
『きゃっ!?。』
突然の衝撃。
飛ばされる私達。私からは見えなかったけど、奏他お姉さんは背中を反らしてバランスを崩しそのまま地面を転がった。既の所で奏他お姉さんの方翼が私の身体を包み込んでくれたので私に怪我は無かった。
『けほっ…はぁ…けほっ、けほっ…。うっ…。』
上手く呼吸が出来なくなっている奏他お姉さん。
『何が…起きたの?。』
顔を上げた。
そこには…さっきよりも放出している気が増えている睡蓮お姉さんが倒れる私達を見下ろし睨んでいた。
『そ、そんな…お姉さん…私の…駄目だったの…。』
お姉さんの頭の中の機械は破壊出来ていない?。
『殺す。』
『っ!。あぐっ!。』
『がぁっ!。』
お姉さんは今までよりも速い速度で私達に近付き私達の身体に触れた。
一瞬、重力から解き放たれたような浮遊感を全身で感じると身体が勝手に浮き上がる。
空中で私を掴んだお姉さんは私の身体を掴んで一回転。遠心力を利用して奏他お姉さんの身体にぶつけたんだ。
衝突する身体。衝撃に平衡感覚を失う。重なった身体は無抵抗のまま更に投げ飛ばされた。2人重なって地面に何度も叩きつけられ壁に衝突する。
全身を何度も襲う衝撃が呼吸を遮り視界を奪った。
『だ…め…だ。身体…動かない…。』
人功気の全力使用で全身に感じていた疲労と蓄積したダメージによって身体が悲鳴を上げている。起き上がろうにも痛みが先に走り、指一本動かせない。
問題なのは奏他お姉さんの方。私が辛うじて意識があるのは、不意打ちで呼吸がまともに出来ない状態で尚も私を抱きしめて守ってくれた。方翼はボロボロで全身が血だらけだ。
『殺す。殺す。殺す。』
もう抵抗する体力は残っていない。
『ご、ごめんなさい…睡蓮…お姉さん…わたし…じゃ…助け…られない…みたい…。』
私の顔にお姉さんの足が振り下ろされた。
今のお姉さんなら踏みつけで頭を潰すことなんて余裕だろう。
『ごめん…ね。お兄さん…。』
『私の友達になにしてんだぁぁぁぁぁあああああ!!!。』
『ぎゃっ!?。』
諦め掛けたその時だった。
聞き覚えのある声。頭の上を通過した風圧と衝撃。
睡蓮お姉さんの身体を吹き飛ばした誰かが倒れている私の頭上に降り立った。
全身にお兄さんと同じエーテルを纏わせて。
『やっぱり!。夢伽!。どっか懐かしい魔力を感じたから急いで駆け付けたんだ!。』
見覚えのある姿。
ああ…懐かしいですね…。
かつて、一緒に戦場を駆け抜けた私の仲間。お友達。
『燕さん…。』
その名前を…弱々しく。けど嬉しさを含ませて呼んだ。
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