第192話 旅立ち
『さて、出発しようか。』
準備を…と言っても身だしなみを整えただけだが旅立ちの準備が出来た。
俺の創造した服に身を包んだ夢伽と詩那が喜びながら俺の前でくるくると回っている。
『お兄さん!。ありがとうございます!。とっても気に入れました!。』
『ウチも!。こんなに可愛い服。ありがとっ!。先輩!。』
夢伽には、黒のノースリーブ。胸元に十字の金属で出来た装飾。黒のアームカバー。手首をブレスレットで固定し運動するのに支障のない作りにしている。下は太股が半分露出したショートパンツ。膝までの長さのスパッツ。丈夫な作りだが可愛らしさをアピールした厚底のブーツ。その全ての所々にレースの装飾を施した。
詩那には、白のヘソ出しタンクトップの上にジャケット。目立つ太めの革ベルトにミニスカートと白のタイツ。動きやすさ重視で靴はスニーカー。こちらも邪魔にならない程度にレースの装飾。
『夢伽さん。お似合いです。駄肉も…可愛いと思いますよ。はい。ちっ。』
『取って付けたように言わないでよ!。てか、何で舌打ち?。』
『えへへ。可愛いですね!。詩那お姉さんも似合っています!。凄く可愛いです!。』
『そ、そうかなぁ。ありがとう。夢伽ちゃん。』
ついでにもう1つ。
『兎針。』
『はい?。何か?。』
『2人だけにっていうのも仲間外れみたいで嫌だったからな。これ、兎針に作ったんだ。勝手にしたことだから気に入らなかったら捨てて構わない。』
兎針の手に渡したモノ。
それは、兎針が操る蝶の羽と同じ色をしたチョーカー。蝶の刺繍が入った俺のオリジナルだ。
『特に効果とか無いけどな。兎針に似合うと思って作ったんだ。受け取ってくれ。』
『……………良いのですか?。こんな素晴らしいものを…私は…貴方に何もしていませんが?。』
『昨晩、蝶を使って周辺の警護をしてくれただろ?。そのお礼だ。』
『っ!?。気付いていたのですね。ですが…。』
『はいはい。大人しくしろ。』
『はう…。』
まだ遠慮の言葉を並べようとする兎針を遮り無理矢理チョーカーをその首に着けた。
抵抗はなく、すんなり着けることが出来たんだが。
『あ、ありがとうございます。大切にします。
』
『ああ。』
「ふふ。殿方からのプレゼント…嬉しいです。本当に好いて…しまいそう。」
小さな声で呟いた兎針の声は弾んでいた。
『俺達が目指すのは、ここ以外の【人族】の里だ。兎針。昨日話したことを軽くまとめてくれないか?。』
『はい。まず、私が皆様を見つけることが出来た方法からです。私の蝶達を使い【人族】の魔力を手当たり次第に探しました。私に前世の記憶と神の力…エーテルと聞き及びましたが、その2つを与えてくれた方、閃さんの契約神獣の1体だったムリュシーレアさんからお聞きした情報です。夢伽さんの探すならエーテルを持つ閃さんが近くにいると教えられ、閃さんのエーテルを探すことを優先しました。』
エーテルは魔力よりも強大な力だ。
魔力を探すよりも見つけやすいだろう。
『私がここまで辿り着くまでに幾つかの【人族】の村や里を抜けて来ましたが…その全てがこの村と同様に【人族】方々の遺体と燃やし尽くされた倒壊した家屋しか残っていませんでした。』
『つまり、あの騎士達は兎針が来た方角から渡って来たことになる。んで、戻ったところで、そんな状態の村しかないなら行く必要はない。俺達が探すのはこの反対側だ。てか、他の方角は海らしいからな。今の俺達じゃ渡れない。』
『はい。【人族】を探すならこの方角しかないのです。』
『【人族】を狙っているのがあの連中だけとは限らないのが厄介だな。奴隷としての価値があるんだろ?。絶対、他の種族も同じような考えで行動してる気がするんだが。』
『確かにその通りです。警戒をしながら進むしかありません。私を除いた貴女方も【人族】。駄肉に群がる男がいるかもしれませんから。』
『おい。何で蝶女はそう喧嘩を売って来るのよ?。』
『何のことでしょう?。私は駄肉を心配しているだけですよ?。』
『駄肉ってのが、既に喧嘩を売ってるんだよ!。』
『喧嘩は駄目です。』
『はい。喧嘩ではありませんが。夢伽さんに止められてはこれ以上からかうのも難しいですね。』
『からかってたのかよ。もしかして、ウチのこと好きなん?。』
『………けっ。』
『おい!。』
『喧嘩は駄目ですってば!。』
『はい。申し訳ありません。』
『何なのよ…蝶女…。』
『おい!。そろそろ話もまとまったし行くぞ。』
『はい!。』
『分かりましたぁ!。』
『うんっ!。』
俺達は改めて、この場に眠る村人達に頭を下げこの地を後にした。
舗装された道路でない獣道を歩く。
森の中。木々を掻き分け、少しずつ前へと進む。
俺が先頭。続けて夢伽と詩那。しんがりに兎針だ。
俺が気配を探りながら安全な道を探す。森の中は様々な小さな気配で蠢いている。魔力よりも鋭敏に感じ取れてしまうため小動物や虫などは勿論のこと、草や葉、花や木などからも生きている気配を感じてしまう。
エーテルの扱いに慣れていないせいか、その辺の加減が難しい。
しかし、これもエーテルを扱えるようになる訓練だと思えばどうということはない。要は経験値を集めてレベルを上げれば良いこと。ゲーム時代と何も変わらないのだ。
戦闘は極力しないという方針で大型のモンスターの気配を避けながら進む。
体力は温存しなきゃな。
などと前向きな考えで道なき道を進んでいく。
それにしても、兎針には助けられる。
蝶達を使い食べられそうな果実や山菜などを集め、蝶の持つ針で刺されたモンスター(猪に似てる)を操って連れて来てくれる。
食料調達に時間を割く心配が無いのは嬉しい。
朝方に出発した俺達。
休憩を挟みつつ森を進んでいたが、そろそろ太陽が傾き始めて来た。
『閃さん。野営に丁度良い場所を発見しました。』
『マジか。ナイスだ。』
俺達は兎針の発見したポイントに向かった。
そこは、高い位置に剥き出しになっている岩場。周囲を見渡せる他、警戒は細道に繋がるポイントのみという絶好の夜営ポイントだった。小さめの洞窟のような構造。岩が積み重なり屋根と壁のようになっていることで雨風も凌げる。そして、何よりも…。
『凄いです!。天然の温泉です!。』
『温度も丁度良い。はぁ…久し振りに汗を流せるわ。』
そう。お湯が湧き出る天然の温泉があったのだ。一日中歩き回った身体の疲れを癒すことが出来そうだ。
『ここで決まりだな。』
『そうですね。では、夕食の準備をしましょうか。と言いましても猪みたいなモンスターの丸焼きくらいしか出来ませんが。』
『そうだな。けど、本当に助かるよ。兎針。果実や山菜まで取って来て貰って。ありがとう。俺達だけだったら、食料調達だけで日が暮れてた。』
『いいえ。私の出来ることをしているだけですので。ですが…。お気持ち嬉しく思います。』
『お礼に、俺に出来ることなら何でもしてやるからな。』
『それでしたら…頭…撫でて欲しいです。』
『そんなんで良いのか?。お安いご用だ。』
頭を差し出してくる兎針。
その頭を目一杯優しく撫でた。
『ふふ。ふふふ。はふぅ…。』
『蝶女が気持ち悪い顔してる。』
『幸せそうですね。』
そんなこんなで野営の準備を始めた。
里の社にあった布を手当たり次第に持ってきておいて正解だったな。結構重かったが…。
寝床にも使えるし、レジャーシートみたいにも使える。温泉もあるから身体を拭くタオルにもなるし。
準備を終える頃には日は完全に沈んでいた。
乾燥した木の枝を集め火を起こす。
ライターとか欲しいな…。
『お前ら先に温泉に入って来いよ。俺はそれまで火の番と丸焼き作っとくから。』
【人族】の夢伽と詩那は兎針よりも体力的にキツかったろう。
兎針も周囲を警戒しつつ食料の調達やこの場所の発見等、色々してくれたからな。十分に疲れを取って貰おう。
『………。』
『………。』
『………せ、先輩の方が疲れてるよね?。ずっと安全な道を探って先頭を歩いてたんだから。ウチなんて後ろを付いて行ってただけだし、先輩が先に入んなよ。』
『そうです!。火の番とかは私達がやっておきますので!。』
『一番風呂どうぞ。』
『ええ…。急にどうした…。俺は後で良いからお前ら先に入って…。』
『『『お先にどうぞ。』』』
『めっちゃハモるやん!?。』
捲し立てるように温泉に誘導する3人。
何か企んでんのか?。
まぁ、3人が良いなら別に良いんだが…。
『はぁ。分かったよ。じゃあ、先に頂くな。』
『はい!。』
『ゆっくり疲れを癒してね。』
『ごゆっくりお寛ぎ下さい。』
まぁ良いや。釈然としないが久し振りの温泉だからな。細かいことは気にしないでおこう。
一応、仕切りとして布を垂らし外から見えないように配慮している。
流石に女の子が3人いるんだ。警戒するに越したことはないだろう。
服を脱ぎ。
温泉に浸かる。
『はぁ…温度も丁度良いな。極楽極楽。』
天然の温泉か。
足も伸ばせる。この広さなら5、6人余裕で入れるし、結構穴場なんじゃないか?。
これなら、あの3人が入っても普通に寛げるだろう。
などと考えていた矢先、奴等が動いた。
何となく何かを企んでいるのは想像していたが…何で俺の周りにいる女子はこうも大胆というか行動的なんだ?。
『先輩。気持ちいい?。』
『ん。ああ。最高だ。』
『やった。じゃあ、お邪魔しま~す。』
『失礼します。』
『何、自然に入ろうとしてんだ?。』
夢伽、詩那、兎針は既に服を脱ぎ身体にタオルを巻いた状態で俺の前に現れた。
『え。一緒に入りたいから?。先輩に私の身体…堪能して貰いたい…。ひゃーーー。やっぱ恥ずかしいよ、この台詞…。』
『わ、私もお兄さんと一緒に入りたい!。背中流しますよ!。』
『お隣、失礼します。』
『ちょっ…蝶女!。抜け駆けすんなし!。』
『ああ。ズルいです!。兎針お姉さん!。』
各々が頬を赤らめながらタオルを脱ぎ捨て温泉に入ってくる。取り敢えずコイツ等にも羞恥心があることが分かってホッとすると同時に俺は背中を向けた。
『な、何で後ろ向くんですか!。ウチの身体見てください!。先輩!。ウチの身体を治してくれたのは先輩なんですから、隅々まで見てくれて構いませんよ!。』
『駄肉は黙って。閃さん。どうぞ。駄肉より小さいけど形には自信があります。』
『お兄さんと一緒。お兄さんと一緒。』
『お前ら俺じゃなく温泉を楽しめよ。』
『先輩と、楽しむんです!。』
『俺と何を楽しもうとしてんの!?。』
『そ、それは…もう……………お互いの身体?。』
『何言ってんの!?。はぁ…そんなに俺と入りたいの?。てか、もうは入ってるけどな…。』
『うん!。先輩と一緒が良い!。』
『私もです!。お兄さん!。』
『はい。』
『はぁ…。』
俺には恋人がいるって説明したんだがな…。
知り合ったばっかりの女の子の裸とか見ちゃ駄目だろ…普通。
『分かった。なら、これで勘弁しろ。』
俺は女の姿に変わる。
『え?。』
『はえ?。』
『なっ!?。』
女の姿になった俺を見て3人の表情が変わり目が点になった。
『なななななななななな何ですか!?。その姿は!?。女の子になったぁ!?。しかも超絶美人なんですけど!?。』
『わわわわわ…お兄さん…お姉さんだったの!?。』
『これは驚きました。何というプロポーション…う…鼻血が…。』
『この姿なら、一緒入っても問題ないだろう?。女同士だからな。』
『先輩!。』
『お兄さん!。』
『閃さん。』
『ん?。』
『『『詳しい説明をお願いします!。』』』
『ええ…。』
女になった俺の眼前に身を乗り出す3人の迫力に俺は混乱した。てか、お前ら色々と丸見えなんだが…。
その後、落ち着きを取り戻した3人に女の姿のことを説明した。…と、言っても元々持っていたスキルであること。リスティナのエーテルが関係していることなどを簡単に説明しただけだが。
『じゃ、じゃあ、本当の姿は男の人の方なんですね。』
『ああ。そうだ。』
『良かった…。』
『何が?。』
『あ、いえ、何でも無いです。身体の相性とか…子供とか結婚とか…とかとかとか…。』
詩那さん…心の声が漏れとります…。
『それにしても、おっぱい大きいです!。お姉さん!。んーーー。柔らかいですぅ~。』
『こら!。夢伽!。顔を埋めるな!。』
『絶世の美女です。髪も銀髪で美しく、胸も大きい…それなのに、くびれははっきりと主張し、お尻の形も綺麗…。』
『兎針…触りすぎだ。温泉を楽しめよ…。てか、お前ら火の番はどうした?。』
『蝶達に任せています。』
『万能過ぎないか?。お前の蝶…。ほら、3人とも離れろ。ゆっくり浸かろうぜ?。』
『…何か…先輩ズルいです…。』
『何が?。』
『だって、男の姿の時は格好いいのに…女の姿はこんなに美人だなんて…こんなんじゃ…ウチ…アピール出来ないじゃないですか…。ウチの取り柄なんておっぱい大きいだけですよ?。そのおっぱいも先輩の方が大きいとか…泣けるぅ…。』
『ええ。そうですね。駄肉。』
『おい。黙れ。まな板。』
『まなっ…少しはあります。ほら。手のひらに納まりますよ。』
『何で俺の腕を持つ…。』
『どうですか?。』
『………まぁ、柔らかいな…。』
『おい。まな板。先輩に何してんだ。』
『確認を少々。ですが、これでまな板でないことが証明されました。』
『はぁ…2人とも羨ましいです。私なんて…壁です…。』
『夢伽さんはこれからですよ。こんな駄肉なんかと違い…そうですね。もしかしたら閃さんのような美しい胸になるかもしれません。』
『ひゃーーー。良いですね。それは!。お兄さんの胸。とっても綺麗です!。』
『夢伽ちゃん!?。』
『…まぁ、何だ。詩那。そんなに落ち込むことはないんじゃないか?。』
『え?。』
『治療の時は仕方がなしに見ちまったがな。正直、お前に身体は女性的で綺麗だったぞ?。肌も白くてはりがあって、柔らかくて。それでいて理想的なスタイルでバランスが良かった。髪も爪も肌も手入れが行き届いていてな。俺は凄く魅力的に見えた。』
『……………あ、ぅ…ぁ…そ、その、はぅ…駄目だよ先輩…そんなに褒められたら…ますます…。』
詩那が俺達とは反対側に移動し顔半分をお湯に沈め体育座りをしながら、ブクブクと水面を泡立てた。
『閃さん。』
『お兄さん。』
『ん?。』
『私も褒めて下さい。』
『私もです!。』
『ええ………。』
夢伽と兎針のスタイルにも素直な感想を述べた。正直、詩那と違って身体を凝視したわけじゃないから難しかった。
『閃さん。結婚しませんか?。いえ、しましょう!。』
『子供は何人が良いですか?。あ…私まだ…子供産めないです…。』
『お前らは何を言ってんだ!。』
その後は他愛のない会話を続けながら温泉を堪能した。
そろそろ。良いかな?。
『おい。いるんだろ?。奏他。』
俺は木々の間に向かって話しかける。
『な。何で私に気付いたの?。それより…いつから?。』
姿を現した奏他。
『今日、里を出発した時から。ずっと、俺達をついてきてただろ?。』
『私の蝶達も気付いていました。』
『ウチも。』
『私もです。お兄さんに接触か怪しい動きを見せるまで黙っているように言われたので。』
『と、いうことだ。【人族】の気配感知能力を舐めんなよ?。』
『そうだったんだね。けど、どうして攻撃して来なかったの?。私は貴方達の敵だよ?。』
『なぁに。お前、自分の記憶に違和感を持ってるんだろ?。』
『っ!?。』
『俺がお前の名前を言った時、少しだが反応してたよな?。おそらくお前は真実を知るために俺達に接近してくると踏んでたんだ。予想は当たったな。』
『そう。貴方の言う通り。教えて欲しいの。私のことを…。』
『ああ、良いぜ。ということで、一緒に温泉どうよ?。』
『はえ?。』
『裸の付き合いだ。包み隠さず本音でぶつかろうぜ?。』
『え?。けど、貴方、本当は、男の人、だよね?。』
『気にしない。気にしない。』
『ええ…ちょっと。何して、貴女達!?。あの、きゃっ!?。脱がさないでぇぇぇえええええ!?!?。』
本人は消したつもりだろうけど、血の臭いがする。多分、俺達に会う前に…。仲間の騎士達を…。
『しく…しく…しく…。見られたぁ…。』
その後、観念したように温泉に入っているのは、身体にタオルを巻きながらお湯に浸かり泣いている奏他だった。
ーーー
夢伽と詩那に【神力】を使用し服を創造した後、気絶した俺は気が付くと とある場所 にいた。
『何で…ここに?。』
夢をみた。
いや、夢じゃないな。この感じは…そう。心象の世界に入った時の感覚だ。
足下を見ると白い砂。空には満天の星空。
覚えがある。ここは心象の世界の深層。
俺がもう一人の俺と戦った場所だ。
『ははは…意味わかんねぇ…。』
それなのに…明らかに前回とは違うモノがそこにはあった。
『何で…ここに俺ん家があるんだ?。』
そう。だだっ広い砂の世界に何故か一軒だけ建てられていたのは、かつて…世界がまだ平和だった時に住んでいた俺の…俺達の家だ。
つつ美母さん、灯月、氷姫、そして、俺。
4人で住んでいた一軒家。
それがポツンと砂の世界に建っているんだ。
『取り敢えず、入ってみるか…。』
俺の心象の世界。
敵はいない筈。
危険はない…と思いたい。
俺は静かにドアを開けた。そこには…。
『お帰りなさいませです!。主様。お久し振りです!。』
満面の笑みで俺を見るムリュシーレアが出迎えてくれた。
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