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第19話 喧嘩屋

『あああああああ…つまんねぇ。』


 荒廃した建物のビルの1つ。

 深夜の時間に男の大声が響いた。

 転がる多くの屍の上に座り、タバコを吹かす男。丸い輪っか状の煙がゆっくり消えた…。

 クロノ・フィリア所属 No.14 煌真(コウマ) が吸殻を適当に投げ捨て、新しいのを取ろうと懐に手を入れる。


『ちっ。ったく。最後の1本かよ。タバコ1つ手に入れるのも楽じゃねぇのによぉ。』


 空になったタバコの箱を投げ捨て、転がっている遺体を蹴り飛ばす。


『ちっ。勝手に人の寝床に入り込みやがって糞野郎共が!』


 立ち上がり移動する。外に出て階段を上っていく。


『はぁ。あんなにゴミクズだらけじゃ。もう此処にも住めねぇなぁ。』


 屋上は何もない殺風景の空間だが、空には、月と星が無限の光を放っていた。


『ちっ。つまんねぇな。昔に戻ったみたいだ。』


 腰をおろし空を見上げポツリと呟いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 煌真は物心ついた時には喧嘩に明け暮れていた。

 売った喧嘩も売られた喧嘩も、もう数えていない。それだけ喧嘩の毎日だった。

 他人より恵まれた体格と運動能力。

 他人より優れた動体視力と反射神経。

 他人よりも優秀な判断力と行動力。

 他人よりも速い思考力。

 そして、有り得ない程の無尽蔵のスタミナ。

 当然の同世代はおろか大人でも敵わなく、周囲から恐れられる存在となっていた。

 そんな日々は煌真にとって退屈以外の何ものでもなかった。

 ストレス発散のための喧嘩は逆にストレスを溜める要因となり、あらゆるものが価値のないものに感じられた。


 そんな日常の中、偶然前を通りすぎた店の前。何気無く眺めた店頭にあるモニターに映し出されていたゲームの告知動画が目に入った。


 フルダイブ!

 最新 MMORPG

     エンパシスウィザメント

 ゲームの中の広大な大地で 自由 を手に入れよう。


 というキャッチコピーに惹かれ即座に購入した。


 そして、ゲームをプレイした。

 一言で言うと、もう1つの世界がそこに広がっていた。

 最高の気分だった。

 何もかもが初めての体験。現実世界では有り得ない爽快感。

 魔法やSFの世界にあるような科学といった現実では触れることのできなかったモノを手にすることの喜びに胸が高まった。

 

 俺はエンパシスウィザメントの世界に夢中になった。

 一日の殆どをゲームの世界で過ごすことも珍しくない。

 もちろん、それだけのプレイ時間だ。順調に強力なモンスターを倒していき、徐々に装備も整っていく。

 どんどんレベルが上がり、プレイヤーとしての知名度も広まっていった。

 俺は、ゲーマーとしての自信を持ち始める。と、同時にあることに気が付いてしまった。

 

 この世界でも誰も俺に敵わない?。


 そんな考えが頭の中に浮かんでしまった。

 そう考えると、どうしようもない孤独感と喪失感に襲われた。

 この世界でも俺を満足させてくれる存在はいないのではないか?。

 レベルも90台に乗り高難易度のモンスターも倒せるようになると考えていたことに現実味が帯びてきてしまった。


『あああ…つまんねぇ…な…。』


 気付けば現実世界と同じことを言っている自分。


『…ゲーム…辞めるか…。』


 そんなことを考えるようになった…ある日。


 彼女に出会った。


『お前、最近噂になってる煌真ってヤツだろ?』


 突然、話し掛けてきた女。

 銀髪の長い髪を靡かせ、およそ人間が考えられる限界とも言える理想的な顔立ちと女性としての究極の美を現したようなスタイル。

 女に慣れている筈の俺ですら余りの美しさに言葉を失ってしまった。


『ん?何でボーッとしてんだ?』


 不思議そうに顔を覗き込んでくる無防備な女に戸惑う。


『ちけぇ。てめえは誰よ?』

『おっ。喋れんじゃねぇか。俺は閃って言うんだ。宜しくな。』

『俺?』


 美しい女の第一人称が俺であることに困惑する。


『ああ、こんな姿だが中身は男だ。』

『お、男かよ!』

『ははは。すげぇだろ。俺と俺の妹が考えた究極の理想女だぜ!』


 普段の俺なら絶対ツッコミなどしないだろうが人間驚くと我を忘れてしまうらしい。


『はぁ。で、その閃さんが俺に何の用よ?』

『ははは。そう警戒すんなって。ちょっと腕試ししてみようと思っただけだって。』

『へぇ。俺に勝負仕掛けてくるってか?』

『その通り、お前最近ソロで キングマンバ 倒したらしいじゃん。で、ちょっとお前の強さに興味が湧いてさ。お前のこと探してたんだ。』

『なるほどねぇ。最近は名が広まっちまったせいか誰も俺に近付いて来なかったがお前は変わり者らしいな。良いぜ。暇潰しにはなりそうだ。』

『おう。さんきゅーな。ははは。』


 楽しそうに笑う閃。

 純粋にゲームを楽しんでいるのが伝わってくる笑いだった。

 意気消沈気味の俺には眩しすぎる笑顔だった。

 そして、絶世の美少女が浮かべる笑みは中身が男であることを知っていても見惚れてしまうモノだった。


 その戦いで俺は負けた。

 閃は強かった。

 プレイヤーとしても俺の上を行き圧倒的なまでの実力の差を見せつけられた。

 何よりも、閃が楽しんでいるのが伝わって来て負けている筈なのに俺の心は晴れやかだったのだ。

 そうだ。純粋にゲームを楽しんだのだ。


『ははは。お前強いな。噂になるだけあるぞ。』

『…そうか。相手になってなかったと思ったがな。』

『いや、なかなかいい線行ってたぞ。俺なんか何回もヒヤヒヤしたし。』

『…はぁ。世辞でも嬉しいわ。』


 俺は仰向けに寝転がり空を見ながら思ったことを口にした。


『最近、ゲームがつまらなくてな。現実もつまらねぇからゲームに期待して始めたのに、この中でも現実と変わらないことにイラついてたんだ。』

『…そうか。』

『だが、こんなに清々しい気分は久しぶりだった。結構このゲームをやり込んでたつもりだったが、あんたみたいなプレイヤーもいるんだな。』


 隣に腰を降ろした絶世の美少女は少し考えるような仕草をすると怪しい笑みでこっちを見てきた。


『なぁ。お前が良かったらの話なんだが。』

『な、なんだ?』


 横になっている俺の顔を覗き込む少女にドギマギしてしまう。

 本当にコイツの中身は男なのか?


『俺たちの仲間にならないか?具体的にはギルドに入らないかってことだ。』

『ギルドに?』

『そ。クロノ・フィリアって少人数のギルドなんだがな。皆気ままに遊んでるし居心地は良いと思うぜ?』

『クロノ・フィリアねぇ。聞いたことないが少数って何人くらいなんだ?』

『今は10人ってとこかな。何人か候補もいるんだけど受験やら就活やらでなかなかログインできてないみたいなんだ。』

『10人ね。かなり少ないな。大手のギルドなら3桁4桁は所属してるもんだが。』

『人数が増えすぎても、めんどくさいってギルマスが言うんでな。お前みたいにソロでやってたりするプレイヤーを見つけては厳選して勧誘してるってわけさ。大規模のクエストに挑むにはそれなりの人数がいるしな。』

『…何個か聞いて良いか?』

『ん?良いぞ。』

『そのギルドメンバーは強いのか?』

『強さ…か。まあ、全員そこそこに強いと思うけど。』

『メンバーで一番強いのは?』

『…まぁ、俺かな?って自慢じゃないぞ?能力的に有利になれるから俺かなって意味だ。』


 顔を赤くして両手でその顔を隠す閃。


『なら、お前の目から見て俺はそのメンバーの中で何番目くらいに強い?』

『お前の強さか。』

『ああ。』

『怒るなよ?』

『ああ。』

『ビリだな。』

『………。』


 ビリ。つまり最下位。


『あ、誤解するなよ?今はまだって意味だからな?それは全員に言えることだが、まだ、成長できるポテンシャルを十分に持ってるってことだぞ。』

『はははは。』


 急に笑い出した俺に驚く閃。


『ど、どうした急に?』

『いや、俺は余りにも世間知らずだったと思い知らされた。自分の周りしか見えていなかった。それをあんたが気付かせてくれた。礼を言う。閃さん。いや、閃の旦那って呼ばせてくれ。』

『だ、旦那?』

『閃の旦那。この俺を…クロノ・フィリアに入れてくれ。』

『あ?ああ。良いぜ。こっちこそ頼みたいくらいだからな。』


 そう言うと、閃の瞳の色が変わり姿が男になる。

 てか、男の姿でもイケメンかよ。しかも、女顔だし…。


『見ていて飽きない人だな…。』

『ん?何か言ったか?』

『いや、何も。』

『ん?まあ良いか。じゃあ改めて、宜しくな煌真。』

『ああ、宜しく頼む。』


 差し出される手を俺はしっかりと握り返した。

 この人と一緒なら俺の世界は変わるかもしれないと期待と感謝を込めて。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『っと、俺としたことが昔を思い出しながらボーッとしちまった。情けね。』


 夜空を見上げながら我に返る。


『本当でござるよ。煌真らしくないでござるな。なんと言うか女々しい?』

『ああん?』


 月明かりの照らす屋上に響く女の声。


『こんなところに居たでござるか。かなーり探したでござるよ。1週間くらい。』

『おお。神無じゃん。久しぶりだな。2年ぶりくらいか?。最後に会ったのゲームの中だったしな。』

『そうでござるな。拙者はあまり会いたくなかったでござる。が、主殿の命令なら仕方ないと昼夜問わず探し回ったでござるよ。』

『幼馴染み相手にひでぇな。てか。相変わらず主殿主義は変わらんな。…待て、主殿って閃の旦那だよな?』

『?。当たり前でござる。拙者は主殿以外の命令は受け付けない故に。』

『そうか。閃の旦那か。懐かしいねぇ。』

『まあ、これが今我々が拠点にしている場所でござるから、悪組集めて参られよ。』


 一枚の紙切れを渡された。見ると地図と隠れ家への行き方、他の仲間が居そうな場所が記されていた。


『悪組って、めんどくせぇな。神無が集めればいいじゃねぇか?』

『生憎、主様の命令はお主にその紙を渡すことでござる。それ以外は知らぬでござるよ。』

『はあ、めんどくせぇヤツ。』

『何とでも。』

『あっ。ちょっと待てや。』

『何でござっ!?』


 そそくさと 影 の中に入って行こうとする神無に拳を放つ。


『な、何するでござるか!?危ないでござるよ!!。』


 紙一重で躱した神無が距離をとり怒りの表情を浮かべている。


『なぁに。最近歯応えがある相手に会えなくてな。どうせ暇なんだろ?いっちょ喧嘩しようぜ。』


 神無の表情が変わる。

 深い溜め息の後、結んでいた髪止めを取り長い髪が風に靡いた。


『はぁ…これだから悪組は嫌いなのよ。人の話聞かないし…まあ良いわ。どうせこうなるって思ってたし…。』

『おいおい。ござる口調がなくなってんぞ?』

『良いのよ。あれは、閃様の忍の証として自分にかけてる暗示みたいなものだから。今から忍としてじゃなくて 神無 として受ける喧嘩ですもの。本気で行くけど泣かないでね。』

『はっ。お前も昔と変わらねぇな!』


 深夜のビルの屋上でで突発的に始まったクロノ・フィリアメンバー同士のじゃれ合い。

 次の朝を迎えた頃、ビルが1つ無くなっていたことがちょっとしたニュースとなった。

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