第185話 代刃
俺の心象の深層世界。
俺の魂に宿る【絶対神】と【創造神】の魔力。
いや、正確には【エーテル】というエネルギー。世界の全てを創造した根底…基盤にあるエネルギーであり、俺達が今まで使っていた【魔力】は、このエーテルから溢れた僅かな水滴のようなものらしい。
俺にはリスティナの力である【創造神】の力が、もう一人の俺には【絶対神】グァトリュアルの力が宿り、この心象の世界で具現化した。
全ては互いの存在そのものを賭けた戦い。
この戦いで敗れた方が勝った方に取り込まれる。記憶や能力が統合され、完全な1つの 神 として顕現することになる。
意思や思考は勝った方に主導権が与えられ負けた方の人格は完全に失うこととなる。
もう一人の俺は、俺に勝つことで。
完全な神へと昇華した後、自分以外の全ての神を消滅させ1から自分の世界を創造すると言っていた。クロノ・フィリアも自分の理想の仲間として作り直すと…。
俺は奴の考えを否定した。
俺の 閃 という人間の仲間達は、共に戦い同じ時を過ごした アイツ等 じゃないと駄目なんだ。
俺を信じて…死んでいった仲間達じゃないと。
だから、俺は負けるわけにはいかない。
神の力を使い、皆を生き返られる。
それが、俺の目的だ。
しかし、現実は非情だ。
【絶対神】の人格には【時刻ノ絶刀】が与えられてしまった。
最高神、世界を創造した神の力を具現化した刀。
【創造神】の…リスティナの力を受け継いだ俺の【時刻法神・刻斬ノ太刀】では相手にならない。
仲間達の力を使い【神剣】を造り出しても悉く絶ち斬られていく。
遂には本体の歯車時計まで破壊された。
俺自身に残された【人神】の力も、【神技】も奴には通用しなかった。
創造の力も限界をとうに越えた。いや、何を創造しても奴には通用しないんだ。全てを絶ち斬る【絶刀】の前には無駄に終わる。
内包する神としての格が違い過ぎたのだ。
俺の全てが絶望に染まっていく。
諦めない心すら奴の前には、ただの勢いに終わってしまう。
打つ手がない…。そんな考えが頭を過った時…彼女が現れた。
この心象の深層世界に俺以外の人間が足を踏み入れ侵入してきたのだ。
驚きと嬉しさが同時に込み上げてきた。
『こっちの女の子の姿の閃が僕の大好きな方であってるよね?。』
そんな彼女の言葉に微かにお礼の言葉を呟いた俺は彼女を…代刃を強く抱きしめた。
『良かった。いつもの閃だね。』
『ああ。それよりどうやってここに?。』
『僕の神具だよ。閃を助けに来たんだ。困ってると思ったからね。案の定だったみたいだし。』
代刃がもう一人の俺の方を向く。
『分かるよ。君も閃なんだよね?。』
『ああ。その通り。まさか、この世界に潜り込んで来るなんてな。流石の俺も想像できなかったぞ?。代刃。』
『皆が力を貸してくれたお陰だよ。』
もう一人の俺が代刃をじっと見つめている。
『ははは。なぁ、代刃。』
『何?。』
『俺の女になれよ?。知っての通り、閃って男の女の好みは、お前なんだわ。それは俺も例外じゃなくな。』
『………。』
『2人で新しい世界を1から創ろうぜ?。お互いに住み心地の良い世界にしよう。クロノ・フィリアの奴等も俺達好みの性格に作り直してよ。俺とお前だけの世界を創造しよう。』
もう一人の俺が代刃に手を差し伸べる。
『この状況、お前だって分かっているんだろう?。お前1人が増えたところで俺の【絶刀】には敵わないってことが。』
『それは…そうだね。僕じゃ【絶刀】には敵わないよ。』
『そうだ。それにこの世界を事実上支配しているのは俺だ。お前に【接続門】はこの世界では使えない。【念金属】じゃあ、俺は倒せないぜ?。』
『閃…。』
俺は代刃の手を握った。
『なぁ。理解できるだろう?。ソイツと組んだところで俺に殺されるだけだ。なら、俺に降れ。そうすれば、天国よりも住み心地の良い楽園に連れてってやるぞ?。』
『それは、素晴らしいお誘いだね。けど、君の方にはいけない。君の理想とする世界に僕は興味がないから。僕は。』
代刃が俺の腕を取る。
『僕の愛した…僕を愛してくれた閃と一緒にいたいから!。』
『代刃…。』
少し照れながら笑顔を向けてくる代刃。
『……そうか。残念だ。なら仕方がない。2人まとめて死ね。』
『っ!?。代刃!。』
『大丈夫だよ。閃。』
もう一人の俺が【絶刀】を振り抜いた。
だが、何も起こらない。代刃の身体は無傷だ。
『何?。【絶刀】の力が発動しない?。いや、発動はした。しかし、能力の影響を受けていないだと?。』
『そうだよ。僕の呼び出した神具が与えてくれた力。他の神の能力の影響を受けなくしてくれたんだ。』
~~~~~
ーーー代刃ーーー
『ほぉほぉほぉ。代刃様。最後に私からの餞別ですよ。受け取って下され。』
閃の世界に入る前にクライスタイトに呼び止められた。
『餞別?。』
『はい。これから、貴女様が行かれる場所は【観測神】の謂わば身体の中です。その空間は【観測神】が支配する世界。他の存在は入った直後に支配者の影響を受け自由を奪われることでしょう。なので、私の残りの魔力で貴女様を包む込み他の神からの影響を受けなくします。ただし、【観測神】の内側ともなると…あまり長い時間の効力は期待できませんのでお気を付け下さい。』
『分かった。本当に色々ありがとう。クライスタイト。』
『いえいえ。これも代刃様が素直で良い子だからですよ。ついつい力を貸したくなってしまいましてな。ほぉほぉほぉ。』
クライスタイトが先端のダイヤの形の部分を僕の額に当てた。
『行きますよ。』
『うん。』
僕の身体にクライスタイトの魔力が流れてくる。それは、僕の身体を覆い、包み込んでいく。
『ほぉほぉほぉ。終わりましたぞ。これで大丈夫ですなぁ。後は貴女様次第ですぞ。応援しています。』
『うん。頑張るよ!。』
~~~~~
ーーー閃ーーー
『ありがとう。クライスタイト。』
代刃が誰かに礼を言った。
『ちっ。めんどくせぇな。だが、直接斬っちまえば関係ぇねぇよな?。【絶刀】の影響を受けねぇのはお前の身体だけだ。【念金属】には当然有効だ。つまり、俺の攻撃は結局防げねぇってことだ。お前達がやろうとしていることは無駄なんだよ!。』
もう一人の俺が近付いてくる。
俺も覚悟を決める。俺のためにここまで来てくれた代刃には指一本触れさせない。
俺の魔力よ。集まってくれ。
『ん?。これは…まだ、魔力を残していたか。』
俺は女の身体から元の男の身体に戻る。
『閃…。』
『ほぉ。無理矢理、姿を変えやがった。相当の魔力を消費する筈だが?。』
『代刃。一緒に…奴を倒そう。』
『うん。一緒にね。』
俺の目を見た代刃は俺の思考を理解したようだ。
『神具!。【魔柔念金属】!。剣になれ!。』
代刃は神具を取り出し【念金属】で剣を作る。
それを2人で持つ。
『行くよ。閃。』
『ああ。行こう。』
俺は剣を握り、代刃は俺の身体を支える。
俺達は走り出す。
互いに支え合いながら。駆ける。
『はっ!?。最後は特攻かよ?。しかも、そんなちゃちな剣で俺の【絶刀】と斬り結ぶつもりかぁ?。』
『ああ。これが俺達の最後の一撃だ!。お前を倒すなっ!。』
『はっ!。なめんじゃねぇ!。【絶刀】よ!。奴の【念金属】を絶ち斬れ!。』
振り抜かれた【絶刀】は持ち主である奴の意思に応え代刃の【念金属】を絶ち斬った。
剣の形に姿を変えていた液体金属が、その形を保てずに消滅していく。
『ほらな!。だから無駄だって言っただろっ!。』
『ああ。だが、無駄なんかじゃないっ!。』
『っ!?。なっ!?。に!?。』
俺と代刃で振り抜いた剣。
【魔柔念金属】が消失し剥がれ落ちた。その中から別のもう1つの剣が現れる。
純白の聖剣。が、その姿を…。
『ばっ!?。かな!?。』
俺と代刃の剣が奴の肉体を斬り裂いた。
『ぐあっ!?。』
崩れるように仰向けに倒れるもう一人の俺。
『ぐはっ!。はぁ…はぁ…はぁ…。そうだったな。忘れてたぜ。そういや…白蓮の野郎から渡されてたんだったな。』
俺と代刃の手に握られている聖剣。
白蓮が俺に預けた【白聖剣】だ。
これは、あくまでも俺が借りているモノ。つまり所有権は白蓮にあり俺にはない。
もう一人の俺は、俺の【神具】を全て破壊したと思い込んでいた。
俺が奴に勝てる唯一の可能性はこの聖剣に賭けること…だけだった。
『はぁ…はぁ…はぁ…。ああ。アイツの…神を倒して欲しいという 願い だ。最も、結局…俺自身が神の端くれだったってことだが…。』
『はぁ…。しくじったぜ…。』
奴の身体が光の粒子に変化し始める。
その光は、俺の中に流れ込んでくるのが分かる。
『俺の勝ちだ。』
『ちっ。みたいだな。俺の力…好きにするがいい。』
横に置いている【絶刀】が砂の中に消える。
『だが、忘れるなよ?。俺の意思、思考、目指した世界。そのどれもがお前の中にある…複数ある1つの可能性であることを…。考え方1つでお前は俺のような思考に至ることもあるってことだ。』
『………ああ。』
『ふっ…。だが、お前の目指す世界も興味がある。これは嘘じゃねぇ。…だから、他の神なんかに負けんなよ?。』
『ああ。そのつもりだ。』
『ふっ………。』
奴の全てが俺の中に。そして、融合し1つとなる。
同時に手にしていた白蓮の【白聖剣】の剣身が折れ粉々に砕けた。
『やっぱ…耐えられなかったな…。』
『そうだね。この世界は閃以外の存在を否定するから…閃の所有物でないモノも凄く脆くなっちゃうみたいだよ。』
俺は代刃と向き合う。
『代刃。本当にありがとう。俺一人だったら確実に殺られてた。』
『えへへ。閃の為だもん。僕はそれで頑張れるんだよ。』
堪らなく愛おしくなり口付けを交わす。
代刃も抵抗することなく唇を俺に委ねた。
『さぁ。現実に戻ろう。』
自然と離れた唇。
俺は代刃の手を握り空間の歪みを作る。
この先に入ればこの心象の深層世界から出られる。
『………ごめんね。閃。僕は…戻れない。』
『は?。どういうことだ?。』
突然の代刃の言葉に驚く。
戻れない?。現実に…ってことか?。
『この世界に入るのに…ちょっと無理しちゃったからね。もう僕の肉体は現実の世界には無いんだ。だから、ここでお別れ。』
その言葉と同時に、代刃の身体を守るように包んでいた魔力が消える。それはこの世界から否定されるということ。
代刃の身体が…光に変わっていく。
『おい…冗談だよな?。』
『ううん。本当だよ。けど、覚悟してたことだから。全然…平気だよ。閃を助けられたんだからね。僕は自分のやりたいことを貫いたんだから。』
『………。平気…とか…。嘘…言うなよ…。』
『え?。』
『お前…泣いてる…。』
代刃の瞳から流れ落ちる涙を指先で拭う。
『あれ?。おかしいな。最後は笑顔でって決めてたんだけどね…。』
『代刃…。』
代刃の身体を強く…強く抱きしめる。
『………ぐずっ………ぐずっ………。』
俺の胸の中で泣き始める代刃。
鼻をすする音だけが静かに聞こえる。
『閃…。お別れ…したくないよぉ…。もっと…一緒に…いたいよぉ…。』
『ああ。俺もだ。ずっと一緒にいたい。』
代刃も俺を抱きしめる。この温もりを感じ続ける。
『閃…。消えたくないよぉ…。死ぬの…嫌だよぉ…。』
『代刃…。』
その言葉に俺も泣いた。俺も代刃と同じ気持ちだ。
だが、代刃の身体は確実に消えていっている。
『代刃っ!。』
『閃…閃…閃っ!。』
俺達は互いに互いの身体を抱きしめながら何度も…何度も…口づけを繰り返す。
長い口づけ。短い口づけ。どれくらいの時間が経過したか分からない。
暫くすると代刃は俺から離れた。
少し離れたところで振り返った代刃の顔にはもう涙は無かった。
『閃…ごめんね。最後の最後に困らせちゃった。』
『いや。彼女を支えるのが彼氏の役目だ。』
『えへへ。嬉しいな。』
代刃は笑顔だった。
『閃。生まれ変わっても、僕は閃を好きになるからね。その時は、また…一緒に…。』
代刃の姿は光の中に消えた。
薄れ行く腕に残った温もりを感じながら俺は覚悟を決める。
そして、心象の深層世界から現実世界へ続くゲートを潜り抜けた。
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