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第174話 大地の神

 照り付ける灼熱の太陽。

 渇いた風が地平線まで続く砂を巻き上げ視界を塞ぐ。

 その砂しかない世界に5つの影が出来ていた。


『ちっ…。俺の相手はこんなんばっかりかよ…。【干渉拒絶】が機能してねぇ…。』

『あら?。頑張りますね。その身体…もう限界の筈でしょうに?。』


 全身から赤い蒸気を発しながらも血の剣を振るう矢志路。赤い蒸気は太陽の熱で矢志路自身の血が蒸発しているのが原因だった。

 苦しげに剣を振るう矢志路に対し余裕の笑みを浮かべ剣を見切り後方に飛び退いて斬撃を躱す女。


『ふふ。辛そうですね?。苦しいですか?。暑いですか?。吸血種の貴方には、この【砂漠フィールド】は地獄そのものでしょう?。貴方のお供の少女達も既に立ち上がることも出来てないですよ?。』


 血を分け与えたことで吸血種へと変化している黒璃、聖愛、暗の3人は太陽の上昇し続ける気温と日光の強さに動くことすら出来ない程疲弊していた。


『くそがっ!。』


 自身の血を使い簡易的な日陰を作り3人を照り付ける日光から守る矢志路。


『ふふ。良いですね。もっと足掻いてください。もっと。もっと。もっと。この【神兵】が1柱!。【大地の神】アーニュルィに見せて下さいまし!。』

『大人しそうな性格だと思ったんだがな。良く喋るじゃねぇか?。』


 魔力は睦美の気配に似ている神。


『ええ。ええ。私お喋り大好きですの!。あと同じ【神兵】の仲間が大好きです。私を創造してくださった【絶対神】グァトリュアル様も好き。【女王】メリクリア様も好きです。嫌いなモノは【神騎士】と【王】だけ。ですが、彼等に逆らえば殺されてしまう。だから、彼等の1柱と 同じ匂い のする貴方に八つ当たりすることにしたんですの。精々、苦しめっ!。』


 この二面性は睦美に似ているかもしれないと思う矢志路であった。


『はっ!。てめぇの思い通りになるかよっ!。【呪血槍】!。』


 血で作り出した槍を飛ばす。


『無駄です。まだ、おわかりにならない?。馬鹿なんですか?。いや、馬鹿だろう!。』


 アーニュルィが指を鳴らす。

 同時に砂漠の砂が巻き上がり彼女を守る盾のように血液の槍を防いだ。


『先程も言ったではありませんか?。私の神としての能力は様々な環境を内蔵した疑似空間を造り出すことだと。そして、その空間内にある全てを自由に操ることが出来る。このようなことも簡単ですよ?。』


 彼女が人差し指を矢志路に向けた瞬間。

 天空に浮かぶ太陽から一直線に光線が放たれ矢志路の肩を貫いた。


『がぁぁぁあああああ!?。』


 光線に貫かれた部分が蒸発し風穴が空いた。


『ふふ。良いですわぁ。その苦痛の表情。この空間内にある全てに【バグ修正】の効果がありますの。再生も不可能ですわよ?。それに暑さが増しているでしょう?。あの空に浮かぶ太陽を少しずつこの偽りの地球に近付けているんですの。貴方達の身体が蒸発するまで時間の問題ですのよ?。』

『はぁ…はぁ…。キツいな…。お前達…無事か?。』


 自身の血で作った日陰の中にいる3人に声を掛ける矢志路。


『うん。ありがとう。少し回復したよ。』

『はい。ですが…皆、【バグ修正】を受けてしまいましたね。私のスキルでも回復出来ません。』

『ぅん。苦しいけど。大丈夫…。』

『すまんな。こんなことに巻き込んで。』

『ううん。矢志路君と一緒なら平気だもん。』

『私もです。私達はいつも…いつでも一緒です!。』

『僕も。』

『ああ。ありがとう。5分で良い。持たせられるか?。』

『うん。大丈夫!。』

『私も頑張りますね。全力で持たせます。』

『本気。出す。』

『やっぱり最高だぜ。お前達!。』


 3人を抱きしめる矢志路。

 互いの温もりを確かめる。

 死は確定している。だが、それを素直に受け入れる程クロノ・フィリアは弱くない。


『スキル【呪血強化】!。』


 自身の血を分け与えた対象を強化するスキル。これにより3人を強化した。


『何かを企んでいるようですね。この勝敗が決した状況を受け入れず足掻くなど。…神を舐めるな!。』


 吹き荒ぶ砂漠の風を操り巨大な砂嵐を発生させる。


『2人共!。行くよ!。矢志路君の時間を稼ぐんだ!。』

『ええ!。全力で参ります!。』

『うん。本気!。』


 砂嵐を利用し高く飛び上がる3人。


『スキル【黒闇呪毒姫神化】!。』


 黒璃の【神化】。

 呪い、毒で侵すことを得意とする闇の女神。


『【呪血毒杭穿山】。』

『っ!?。猪口才な!。』


 砂の地面から次々に出現する杭。足元からの攻撃にアーニュルィが空中に身を躱す。

 【神化】しステータスが強化されたクロノ・フィリアメンバーの攻撃力は神と同等までに強化されている。それを理解しているアーニュルィも迂闊には攻撃を喰らわない。


『こちらも行きます。スキル【聖光粛清女神化】!。【呪血十字光】!。』

『僕も。【千手慈愛女神化】。【呪血千手腕】。』


 間髪入れずに追撃の一手。

 天空から放たれる光の十字架と千の数を持つ魔力の腕がアーニュルィを包囲し逃げ場を奪う。


『砂よ!。風よ!。太陽よ!。神に歯向かう愚か者に鉄槌を下せ!。【神力】発動。結果は【抗う者達に絶対なる死を】。』


 砂漠にある全てが3人を襲う。

 結果を提示したことで【大地の神】の在り方が結果へと反映された。

 風は全てを斬り裂く刃となり、全てを巻き上げ切り刻む。

 砂はうねるように動き3人の動きを封じ、視界を塞ぎ、隙あらば大量の重量で押し潰ぶそうと津波のように押し寄せた。

 そして、太陽は光線の乱射と気温の上昇で3人を追い詰めていく。


『2人共。私の後ろに!。【呪血聖光盾】!。』

『ちぃ!。本当にウザいですね。』


 広範囲を守る赤く輝く盾を全面に展開する聖愛。その後ろに隠れる黒璃と暗。


『今の内に。回復。【慈愛千神腕】。』


 暗の背中から伸びる腕に包まれ体力と魔力を回復。【バグ修正】による消滅は防げないが体力と魔力の回復は有効のようだ。

 既に3人の身体はうっすらと輪郭が消滅し始めている。残された時間は少ない。


『一気に行くよ!。』


 盾から飛び出した黒璃。


『神技!。【神闇魔霧】!。』


 魔力に乗せて広がる黒い霧。

 空間支配系統に属するその技は太陽の光さへ遮る濃い霧を発生させた。


『これは!?。』


 瞬く間にアーニュルィを取り込んだ黒い霧。

 それが黒璃の切り札の発動条件だった。


『【呪血破絶槍】!。』

『なっ!?。神である私の肉体にすら干渉するのですか!?。』


 アーニュルィの身体の内部から無数の槍が肉を、皮膚を貫き飛び出てくる。

 血飛沫を撒き散らしながら空中から落下するアーニュルィが砂の上に着地する。


『ぐばぁっ!?。ぐぅ~。痛いですわね~。よくも…よくもっ!。この私の身体に傷をつけたな!。もう良いっ!。』


 魔力の放出で無理矢理身体から飛び出ている槍を引き剥がしたアーニュルィが太陽に手を翳す。太陽が急激に巨大化し地上の全てを焼きつくす…。


『偽りの太陽をこの地球にぶつけます。全員蒸発しやがれっ!。』

『っ!?。』

『そんなっ!?。』

『マズイ。』


 …その筈だった。しかし、神の能力で操られていた太陽は、その輝きを曇らせていく。

 皆既日食のように神々しく輝いていた太陽は徐々に陰りを見せ黒く染まり始めた。


『なっ!?。何が!?。私の神の能力が発動しない!?。いえ…これは…。』

『ああ。どうにか間に合った。雑魚神。お前の世界は俺のモノだ。』

『矢志路君!。』

『『ご主人様っ!。』。』


 世界は塗り替えられる。

 砂漠だった大地は、乾燥した世界を一変し湿度の高いじめじめとした夜の世界へ移行した。


『まさかっ!?。上書き…したのですか!?。私の世界をっ!?。』

『ああ。お前の魔力を喰うのに時間が掛かっちまったがな。どうだ?。お株を奪われた感想は?。悔しいか?。』

『くっ…。』


 太陽だったモノは、怪しく赤く輝く満月に。

 日中だった時間は、恐怖を煽る漆黒の夜へ。

 蝙蝠や獣が蠢く死の森と、古びた古城が出現した。


『スキル【呪血神の楽園】。ようこそ俺の世界に…歓迎してやる。精々、苦しんで死ね。』


 マントを翼のように翻し古城の屋根に降り立つ矢志路。その下に集まる従者の3人。


 漆黒の夜に輝くのは深紅の月と8つの瞳。

 その妖しくも美しい眼光がアーニュルィを睨み付けた。 


ーーーーー


 薄暗い洞窟の中で岩の上に座っていた灯月は物思いに耽っていた。

 洞窟の奥には代刃が智鳴達に閃の現状を説明している声が聞こえている。


『で?。お前さんは踞って泣いてるだけか?。』

『………。』


 灯月の神具。

 黒い鎌 ディヴァルが灯月に話し掛ける。

 普段は鎌の姿をしているディヴァルだが、今この場には灯月しかいないと判断したようだ。

 人型の姿で現れる。漆黒のコートを頭から羽織った美形の男性。右の背中灯月と同じ黒い片翼を持つ。ディヴァルのこの姿を知っているのはクロノ・フィリアのメンバーでは閃と無凱だけである。


『はぁ…。いい加減になさいな。察しの良い貴女なら、つつ美様や閃様の思いに気付いているのでしょう?。そろそろ前を向きなさい。』


 そして、もう1人。

 左の背中から純白の片翼を生やした白いドレスに身を包んだ女性。


『珍しいな。シルセーナ。お前が出てくるなんて…それだけ、現状を危険視してるってことか?。』


 灯月の持つもう1つの神具。

 白い槍が人型になった姿。

 普段は灯月の中で怠惰な日々を過ごし外に出ることが少ない。戦闘もあまり好まずディヴァルに丸投げしている。


『ええ。今動かなければ取り返しのつかないことになりそうですから。さぁ。灯月。もう、心は決まっている筈です。つつ美様が何故その身を犠牲にしてまで貴女を守ったのか。閃様を救うことを貴女に託したのですよ?。』


 その言葉にゆっくりと顔を上げる灯月。


『そんなこと分かってる。ただ、闇雲に神に挑んでも返り討ちに合うだけです。今出来ることを模索していただけです。』

『涙ぐらい拭いてから言えよ。』

『うるさい。』


 慌てて涙を拭う灯月を見て2体の神具は安心したように笑う。


『ふふ。元気じゃないですか。安心しました。泣いている姿は貴女には似合いません。閃様も同じことを言うと思いますよ。』

『もう、うるさいですって!。』


 立ち上がりメイド服の乱れを直す灯月。


『さぁ。行きますよ。貴方達。私の翼に戻りなさい。』


 ディヴァルとシルセーナが軽く笑うと、その姿を灯月の翼に消した。


『にぃ様。待っていて下さい。』


 灯月が洞窟の中を進むにつれ聞こえてくる代刃達の声が大きくなってきた。

 そして、気付く。弱々しい魔力が急に現れたことに…。


『この魔力…月涙ちゃん?。』


 あまりにも弱い魔力の波長を感じ月涙の所に走り出そうとしたその時…灯月は衝撃な事実を耳にすることになる。


『…きょ…てん…は…せい…あつ……され…ぜん…めつ…です………。 』

『え?。今…何て?。』


 拠点は制圧され全滅です。


『ぜん…めつ…?。』


 その言葉の意味を理解するのに灯月は時間を要した。少しずつ理解していくにつれ灯月はその場に沈んでいく。

 クロノ・フィリアは灯月にとって大切な居場所。普段は閃を中心に行動している灯月だが、それはクロノ・フィリアという居場所と仲間達という家族がいるからこそ自分自身を全面に出すことが出来る。謂わば、灯月にとってクロノ・フィリアとは最も大切な安心できる場所なのだ。

 その場所が…失くなった。


 閃だけじゃない。


 つつ美も…無凱も…。そして、拠点に残った全員が…。


『死…ん…じゃっ…た…の…。』


 空元気で立ち上がった灯月の最後の砦が崩れ落ちた。

 

『私の…帰る…とこ…失くなっちゃった…。うぅ…。うぅ…。ぐずっ…。あぁ…。』

『落ち込んでいる所に少し前向きな情報を提示しましょうかな?。』

『っ!?。』


 失意のどん底。

 心の奥にある暗闇に堕ちかけた灯月の意識は場違いに明るい声に堕落を止めた。


『クライスタイト?。何か…あるの?。』


 クライスタイト。

 代刃が召喚した意思を持つ神具。

 灯月の持つディヴァルもシルセーナも意思を持つ神具なので別に不思議ではない。しかし、あの杖が内に秘めている魔力の総量が神具の域を越えていることに灯月は驚きを隠せないでいた。


『ほぉほぉほぉ。皆様がこれから救いに行こうと考えている閃という方。あの方を無事救出に成功した場合、この絶望的な状況を打開できるかもしれませんぞ?。』

『え?。どういうこと?。』

『あの方は【観測の神】として覚醒されました。』


 【観測神】の話しは既に代刃の口から説明されていた。


『【観測神】とは【存在の有無】を操る神です。認識した存在を消すことも。認識していた存在を蘇らせることも可能でしょうね。もし、彼が【観測神】としての能力を完全にコントロール出来るようになったのなら。』

『皆…を蘇らせる?。』

『はい。それだけでは御座いません。この世界に顕現している神を消し去り、新たな【新世界】を創造することすらも可能でしょうな。』

『っ!?。』


 そのクライスタイトの言葉は先の見えない暗闇をさ迷っていた少女達に希望をもたらすことになった。

 そう…閃が希望なのだ。

 閃を救うことが出来れば…全てが元に戻るのだから…。


『にぃ…様…。』


次回の投稿は2日の日曜日を予定しています。

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