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第172話 かつての仲間

 神の拠点より放射され、世界全体に撒き散らされたエーテルの波。

 その影響は、世界中の人間…能力を持たない者達、レベルの低い者達。正確には現時点でレベル90以下の者達全員に効果を及ぼした。

 自我を崩壊させ、食欲のみに支配されたゾンビになってしまう。

 クロノ・フィリア拠点にいた者達も例外なくゾンビとなり、今までに保護してくれていた筈のクロノ・フィリアメンバーへ襲い掛かったのだ。

 六大ギルドが敷いていた体制が崩壊し、その仲間達が集ったことで高レベルの者達が集結したクロノ・フィリア。

 その中で刻印が与えられたメンバー以外の全てがゾンビに…敵になったのだ。

 仮に、隠れ潜んでいた実力者がいたとしても、群がり襲い来るゾンビの軍勢の前には為す術なく蹂躙されることだろう。


 その中を悠然と歩く1人の無能力者がいた。


 ゾンビ達を掻き分け周囲を見渡している男。

 分厚く脈動する筋肉。2メートルを越える背丈。

 その男は、前を這いずっていた女のゾンビを掴みそのまま噛みついた。

 ギャァァァァァアアアアアと悲鳴のような雄叫びを上げた女のゾンビの頭が男の口の中に消えた。バキッ。ボキッ。ゴリッ。という咀嚼音を口の中から響かせゴクリと呑み込む。

 首から上を失い力なく垂れ下がった女の身体を軽く投げる。男にとっては僅かな力しか加えていなかっただろうが、女の死体は近くにあったコンクリートの壁に叩きつけられ潰れた蛙のように飛散した。


『はぁ…いくら女でもゾンビじゃ食べた気にならねぇな。やっぱ、美人な女を生きたまま貪って、悲鳴を聴きながら少しづつ平らげるのが旨い食い方だよなぁ…。』


 周囲は女王が落とした小型の隕石群によって廃墟と化していた。

 コンクリートやガラス、鉄骨などが散乱した場所をただ歩いている。


『これだけ目茶苦茶なら、もう全員死んじまったんじゃねぇか?。はぁ…。楽しみにしてたんだがな。クロノ・フィリアも神の手にかかれば呆気なかったな。結局、俺の想像通り雑魚の集まりだったわけだ。仲間、仲間と騒いでただけのおままごと集団ってか?。』

『聞き捨てならないわね。火車。私達は確かに仲間になって日は浅かったけど。仲間として共に過ごした時間は、かけがえのない大切な絆よ?。』


 男の名を呼ぶ女の声。火車。それが男の名前だった。火車は声の方に顔を上げた。

 そこには、火車を見下ろすように鉄骨の上に立つチャイナドレスの少女。両手に鎖で繋がれた双剣を持つ。


『おお。おお。おおおおお。玖霧じゃねぇか!。生きてたんだな!。嬉しいぜ!。最高だ!。』

『気持ち悪いわね。あんたはこんなところに何しに来たのよ?。こっちは神の襲撃にあって暇じゃないのよ?。』


 女王の襲撃によってクロノ・フィリアのメンバーは散り散りになってしまった。連絡手段もなく、群がるゾンビ達と交戦しながら状況の把握に努めていた。

 玖霧もそうだった。仲間を探そうにも崩れた瓦礫の山や倒壊した建物が邪魔をし、その上、ゾンビ達の群れが行くてを阻む。隕石の落下で発生した爆発によって吹き飛ばされた結果、自分の居場所すら曖昧だった。


 そんな中、やっとの思いで見付けた生存者だと歓喜の思いで近付いた奴がゾンビを食べてブツブツと独り言を言っている化け物に成り下がった元同じギルドメンバーだ。

 玖霧の落胆具合は計り知れない。


『けけけ。俺は神達と手を組んでんだ。お前達を始末するためにここに来たに決まってんだろ?。なぁ。玖霧よぉ。俺の女になれよ。そうすれば殺さないでおいてやるからよ?。』

『はぁ…。今、目の前でゾンビを食べてた化け物の誘いに乗ると思う?。』

『けけけ。化け物か?。俺はただ生物として当たり前の行動をしただけだぜ?。腹が減ったから飯を食っただけさ。』

『人間は人間を食べないわよ。どうせ。私のことも食料としか見てないんでしょ?。』

『けけけ。いやいや。女は俺の性欲と食欲の両方を満たしてくれるんだ。ただの食料だなんてとんでもない。俺にとっちゃ高級ホテルのフルコースと同じなんだぜ?。』

『気色悪い…。あんた…いったいどれだけの人間を食べてきたのよ?。』

『けけけ。数えてる訳ねぇだろ?。ただ、まぁ、食って気に入った女の数は覚えてるぜ?。97人だ。はぁぁ。思い出してもゾクゾクするぜ。足先からゆっくり食べんのよ。細い綺麗な足に噛り付いてよぉ。噴き出す血を飲み物代わりに一気飲みさ。BGMは美女の悲鳴。いや、断末魔か?。けけけ。兎に角、手足を先に食べて逃げられなくなったところで…。』

『もう…良いわ。あんたの趣味にとやかく言うつもりはないけど。人間を辞めたってことだけは分かったわ。』


 玖霧が双剣を構える。

 

『来なさい。同じギルドの仲間だった情けよ。私の手で殺してあげる。』

『けけけ。そうかい。そうかい。人間を突き詰めた姿が俺なんだがな。お気に召さなかったようで?。まぁ良いや。どうせ。俺に勝てやしないんだからな。楽しみだぜ。お前を食べるのがなぁ!。ゆっくり可愛がってやるよ!。』


 筋肉の塊が高速で動く。

 大地を蹴る踏み込みは深々と足跡を残し、巨大な拳が玖霧へと迫った。


『そんな、単純な攻撃が効くと思う?。私の種族、忘れたのかしら?。』


 全てを粉砕する拳が玖霧の顔面に向け放たれた。しかし、玖霧は余裕のある動きで柔らかくしなやかな身体を反ることで拳を躱す。

 そのまま、身体を回転させ交差する際に双剣による波状攻撃で火車の肉を斬り裂いてた。


『舐めんな!。』


 後ろに回り込まれた火車が腕を振り抜き玖霧を薙ぎ払うも、既にそこに玖霧の姿は無かった。


『無駄よ。攻撃の速さは確かに速いけど、予備動作までが遅すぎるわ。』

『ちっ…俺の頭に乗るんじゃねぇ!。』


 火車の攻撃を躱した玖霧は火車の頭の上に着地。掴み取ろうとした火車の腕も軽やかに躱した。そして、その身体は何もない筈の空中に、まるでそこに足場があるように着地する。


『相変わらずだな。ひらひら、ちょろちょろとしやがって。【仙天境人王族】だったか?。仙人の種族。神通力を用いて人の身では扱えない仙術を得意とする。だったか?。』

『あら?。覚えていてくれたのね?。嬉しくないけど。』


 端から見れば恐ろしくゆっくりとした流水の動き。しかし、双剣から繰り出される斬撃の鋭さは人間を超越した火車の動体視力を持ってしても捉えられない。


『スキル【仙流水斬】。』


 特殊な足運びと身体捌きから発生する無数の残像。実体を捉えさせない残像から飛び交う斬撃が火車の肉を切り刻む。


『ちっ!。うぜぇ。攻撃しやがって!。』

『言っとくけど。私は、あんたに怒ってるのよ?。』

『はぁ?。何に?。俺はお前に何もしてねぇじゃねぇか?。』

『ええ。私にはしてないわ。けどね。白聖とクロノ・フィリアとの戦いに夢伽ちゃんと儀童君を巻き込んだこと。許せるわけないでしょ?。子供を巻き込んで…良い大人なアンタ達が子供を守ってあげないでどうするのよ!。自分は飄々と女の尻を追い掛けて。そんな馬鹿にギルドマスターを任せた訳じゃないのよ!。』


 双剣が火車の首を斬る。

 しかし、切断とまではいかなく僅かに傷をつけるだけにとどまった。

 恐ろしく硬い筋肉の鎧。何度斬り裂いても筋肉に阻まれ急所や内臓に届かない、しかも傷を負った時点から瞬時に回復が始まる。

 本体は、技術や技量が一切ない大雑把で単純な攻撃しかしてこないが、こちらも攻め手がない。

 あの筋力での攻撃なら一撃でも喰らえばアウトだろうことは玖霧も理解している。


『はぁ?。ギルドに残ることを決めたのはあのガキ共だ!。俺には関係無いね!。』

『はぁ。そういうところが アイツ に勝てない理由だって気付いてないのね。』

『はぁぁぁあああ!?。てめぇ。今何て言った!?。』

『あら?。聞こえなかったの?。アンタじゃ一生掛かっても 赤皇 には敵わないって言ったのよ。ギルドマスターとしても強さでも…男としてもね。』

『このアマァァァァァアアアアア!!!。』


 赤皇と比べられること。

 それが火車にとってどれ程の屈辱なのか。

 常に比べられ心の何処かでは敗北を受け入れていたのかもしれない。だが、無駄なプライドの高さと頭の悪さ、ずる賢さが絶妙な加減で混ざり合った火車の中では赤皇など取るに足らない存在だと思い込んでいた。都合の良い解釈だ。ギルドマスターになるために赤皇を追い出したのも、そんな考えを確立させる為に遠ざけたかった気持ちからだったのかもしれない。


『はぁ。すぐに頭に血が上る。リーダーなら常に冷静であるべきよ。【仙空転歩】。』


 空気を固めた足場を作るスキルで火車の突進を華麗に躱す。


『はぁ。もう、終わりにしましょう。【仙炎火山】。』

『なっ!?。にぃ!?。』


 火車の足下に刻まれた陣。

 地面を割り噴き出した炎の柱に火車に身体が燃やされる。

 玖霧は双剣での攻撃時、スキルの発動に必要な幾つかの陣を魔力で刻んだ。その1つがこの炎の柱だった。


『ごぉぉぉおおお!。燃える!?。身体が熱い!?。』

『一気に決めるわ。【仙雷喚天】!。』


 天空から火車へ一直線に落ちる落雷。

 燃え上がる身体に雷が走る。


『がはっ!?。』


 落雷により筋肉が麻痺した火車。

 既に回復が始まっていることに驚き玖霧だが、身動きの取れない今が好機と考え切り札の使用を決める。


『スキル【仙分身】。』


 玖霧と全く同じ性能の分身を作り出すスキル。それは、スキルも神具さえも使える。


『『スキル【仙縛 四方封神】!。』』


 双剣を投げ、双剣を繋ぐ鎖が火車の身体に巻き付く。分身体を含めた4本の剣が火車を中心に東西南北の方角を指し示すように地面に深々と突き刺さった。

 剣は互いに光の壁で結ばれ天高くまで伸びる光の柱を形成する。中に踏み入れた者を縛る結界である。


『『これでも喰らいなさい。スキル【仙嵐下降陣】!。』』

『がぁっ!?がばばばばばばばばばばば………。』


 水、雷、風。その全てが1つとなり結果内で爆発した。結界内部では天空から落とされた雷を纏いし下降気流によるマイクロバーストが火車を呑み込み結界内で暴れまわった結果、火車の身体を粉々に引き千切った。


『これで最後!。神具【仙郷双桃剣】!。さぁ、喚びなさい!。神技!。』

『ご…れは…。や、やめろぉぉぉおおおおお!!!。』


 結界の内側に召喚される封印石。

 火車をその内側に封印する。


『【封神仙導石顕現】!。』


 封 の文字が刻まれた石の柱からなるモノリスが出現し 封 の文字に吸い寄せられるように光の玉になった火車は封印された。


『………。終わりね。楽しかったわ。ゲーム時代は…。』


 玖霧の脳裏に思い出される数年前の記憶…思い出。

 ギルド【赤蘭煌王】の設立に始まり、六大ギルドに名を連ねたギルドの歴史。

 共に戦い。時に喧嘩し、時に笑い合った仲間達。決して戻ることのない思い出の…楽しかった時間。


 崩壊した世界で、仲間達は変わった。

 いや、その人間の本性が表面に現れただけなのか…もしくは、一面にしか過ぎないのか…。

 ゲームだから…ロールプレイをしてキャラを演じていただけだったのか…。

 侵食された世界では…現実では、ちゃんとした心から信頼できる仲間じゃ…仲間にはなれなかった…本当の仲間では無かったんじゃないか…。

 そんな考えが玖霧の頭の中でくるくると回っている。

 結局、偽りの関係と言われても仕方がない。

 火車を含めて幹部の何人かは自分の保身に走った者がいた。仲間…他人のことなど考えない。自分が良ければそれで良いと考える人間。


 そんな奴等と行動を共にしてたんだ。

 

 …と思うと、思い出の中での笑顔の皆とのギャップに玖霧は涙を流した。


ーーー

ーーー玖霧ーーー


『っ!。…そうか。泣いてる場合じゃなかったわね。』


 接近した気配に気付き乱れた心を整える。

 スキル【仙静心落】。


『…すまんな。感傷のところ邪魔をした。…しかし、見事だ。乱れていた心が既に落ち着きを取り戻している。』


 玖霧は警戒を強めた。

 直接見るのは初めてだった。

 しかし、一目で理解出来る。

 そうか…。


『貴方が…神…ね。』


 黒いコートを羽織った筋肉質の男。


『お初に御目にかかる。俺は【絶対神】グァトリュアル様により創造された神、【神兵】が柱【生命の神】ライアゼクだ。』


 ライアゼク…。煌真さんと神無姉様から聞いた神。

 肉体強化した煌真さんを圧倒したと聞く。


『すまんが、時間がないのでな。我々にも知らされていない事象が起きているようだ。まさか、俺達にすら知らされていない神がこの仮想世界に顕現するとは…。』


 ライアゼクが上を見る。

 そう。私も驚いた。急に空を覆い尽くすように出現した巨大な目。まるで世界の全てを見渡しているような不気味な雰囲気を感じる。

 けど…この魔力の感じは…閃さんに似ている?。


『悪いな。クロノ・フィリアメンバーの殲滅が今回の目的でな。お前1人に時間を掛けている場合ではないのだ。』

『っ!。【仙身霧透化】!。』


 自身の身体を霧に変えるスキル。

 外部干渉を防ぎ、視界から消える。


『無駄だ。この世界での俺達は既にお前達が扱うスキルの干渉を受けることはない。』

『うぐっ!?。』


 首を掴まれた!?。

 気配すら断つスキルなのに?。


 いや、それよりいきなり眼前に現れた!?。

 転移!?。…違う…残留魔力は途切れていない。移動した跡を残してる。ライアゼクの元いた地面には深く刻まれた足跡。

 このことから、ライアゼクが身体能力だけで消えたように見え距離を詰めたことが分かる。


『がぁぁぁ………。』


 首を掴む手に力を込められる。なんて…力…。

 苦しい…痛い…意識が…。


『去らばだ。俺の拳には【バグ修正】を施している。お前達が一撃でも喰らえば、この世界からの排除が完了する。』


 【バグ修正】…。黄華姉様達が殺られた私達に対する猛毒。身体が光になって消えていく症状だ。


『はっ!。』


 抜き手の要領で腕が突き出された。


『くっ!。』


 ライアゼクの抜き手には僅かに服の切れ端が残る。


『又も見事。瞬時に…お前達の言う【神化】を使い俺の腕から脱出するとは…だが。』

『はぁ…。はぁ…。はぁ…。』


 神化のスキル。

 【仙郷女神化】を発動させた。ライアゼクと同格の神として顕現した今の私なら強化された【仙身霧透化】で腕から抜け出すことに成功した。

 けど…。

 ライアゼクは指先に引っ掛かった私の切れ端を捨てた。風に流れて舞い上がる切れ端から僅かに落ちた血液が地面に当たる。


『失敗…擦ったわ…。』


 ライアゼクの爪先が私の腹部に傷をつけた。

 【バグ修正】の効果は、こんな小さなかすり傷にも有効らしい。傷口から光になっていってる。


『これでお前はもう助からない。』

『スキル【仙源郷桃】。』


 回復スキル。

 食べれば体力、魔力、精神力を回復し傷も癒してくれる仙人が好む果実。

 それを1口食べ、残りを傷口に塗りたくる。


『だ…めね…。治らないわ…。』

『ああ。一度【バグ修正】の効果があらわれた以上、如何なる回復能力を持ってしても修復は不可能。その箇所から徐々に広がっていく。』


 神と戦うと決断した時から覚悟はしていた。

 クロノ・フィリアの仲間になろうと、神達に利用されようと私の未来は変わらない。きっと死ぬ。分かっていた。

 仲間や大切な人達との繋がりや絆を求めていた私はクロノ・フィリアのメンバーになった。

 だから、自分の選択に後悔はしていない。むしろ、誇らしかった。沢山の思い出をくれた皆には感謝してる。

 だから…。


『双剣を構えたか。まだ、心は折れていないようだな。』

『私は最期の最期までクロノ・フィリアとして生きる。』

『良い覚悟だ。しかし、俺にも次があるのでな。長々と付き合ってやることは出来ん。』


 ライアゼクが火車を封印した石柱に拳でヒビを入れた。


『っ!?。』


 まずい…。あれが破壊されたら…。

 ヒビ割れは少しずつ広がっていき石柱が砕け崩れる。


『玖霧ぃぃぃいいい!。てめぇぇぇえええ!。よくもやりやがったなぁぁぁあああああ!!!。』


 火車の復活。

 粉々に引き千切られた肉体も高速で再生されている。


『そ…んな…。』


 神と火車。

 2体を相手にするのは…。絶望的な状況だ。


『はっ!?。おっ!?。ライアゼクさんじゃねぇか?。』

『ふむ。無事のようだな?。』

『ああ。ん?。待て。玖霧が跪いてるってことは…ははぁん。ライアゼクさんにやられたか?。ざまぁねぇな。息巻いてたわりにやられてんじゃねぇか。』


 火車が不適に笑いながら近付いてくる。

 くっ…【バグ修正】を受けてから身体に力が入らない。

 抵抗できない私の腕を掴んだ火車がそのまま軽々と私を持ち上げた。


『はぁ。やっとだ。やっとお前を喰える。この時を待ちわびたんだ。精々、可愛く泣き叫んでくれよ?。』

『嫌よ。馬鹿。』

『口の減らない女だねぇ。まぁ良いや。その綺麗な足から喰ってやるからよ。』


 更に持ち上がる私の身体。

 爪先が火車の口の中に入っていく。

 私は目を閉じて覚悟を決めた。コイツが喜ぶことなんてしてやるもんか。絶対叫び声は上げない。悲鳴も。強く口を噛み締めて痛みに備える。


 ごめん。皆。私は…ここまでです。

 

 赤皇…ごめん。先に逝くわ…。

 

 けど…私の覚悟とは裏腹に痛みではなく。別の音が耳に届いた。


 ドンッ。という重い音とバランスが崩れる火車の身体。同時に掴まれていた腕も解放され私は地面に落ちる。


『大丈夫ですか?。玖霧さん!。』


 私の身体を抱き抱えたのは知果だった。

 そうか。今の音は知果の神具。銃声だったのね。


『おい。火車。お前…何度、俺を怒らせれば気が済むんだ?。』


 そして、聞き覚えのある声と周囲の温度が急激に上昇するのを感じた。

 はぁ…良かった…最期に会えた…。私の…。


『赤皇…。』

『玖霧。休んでろ。』


 全身から黒い炎を噴き出す 鬼 が怒りの形相のままに火車を睨んだ。

次回の投稿は25日の日曜日を予定しています。

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