第171話 心象の深層
ーーー閃ーーー
気付けば見覚えのある場所に佇んでいた。
睦美と瀬愛が腕の中で死んだ。
悲しくて、寂しくて、悔しくて…。
基汐、黄華さん、無凱のおっさん、柚羽、水鏡さん…皆、死んだ。
もう、仲間達皆でいた時間には戻らないことを理解させられた。
その時、俺の中で何かが引き裂かれたような…分離したような感覚に襲われ、気が付いたら… ここ にいた。
見渡す限りの暗い空。
そして、無数に輝く星のような光が一面に広がっている。
ここは、前にリスティナと出会った、俺の心の中の世界だ。
何で、俺はここに居るんだ?。
前回との相違点。
前は水の中を漂い、常に沈んでいっているような感覚を覚えた。だが、今は違う。地面がある。しっかりと踏みしめれば返ってくる反動。
その地面がずっと…視界全部に広がる。
広大な大地と無辺の星空。地平線まで続いている。
『てか、何で俺…女の姿なんだ?。』
そう。俺は今…女の姿。
男の…元の姿に戻ろうとしても戻れない。
何でだ?。いつもなら、心の中にあるスイッチを押すようなイメージで簡単に変われるのに?。
『分からないこと…ばっかりだ。』
『なら、教えてやろうか?。』
『っ!?。』
独り言に返答があるとは思っていなかった。
しかも、気配を感じなかったぞ?。誰だ!?。
『なっ!?。』
目の前に腰を下ろした存在がいた。
同時に俺は驚愕。何で?。馬鹿な?。そんな単純な疑問の言葉しか頭に浮かんでこないんだ。余程、混乱しているな。
『よぉ。俺。』
俺に手を上げる存在の顔…姿は男の姿の俺だった。
『何だ?。驚いて声も出ないか?。…まぁ、ここに来るのは初めてだろうし教えてやるよ。俺はお前だ。半身とでも言うべき存在だな。』
『半身…だと?。』
何が起きている?。
『よっと。まぁ、落ち着け。時間はいくらでもある。ちゃんと疑問には答えてやるよ。何も知らずに消されるのは嫌だろ?。俺も逆の立場だったら嫌だからな。』
何も知らずに消されるって言ったか?。何なんだ。コイツは…。俺の姿で俺と同じ気配なのに何かが違う。
立ち上がったもう1人の俺が近付いてくる。
『まずはこの世界の説明だ。薄々気付いていると思うがここはお前の心の中。心象世界の最下層。心象の深層だ。だから、足場もある。これ以上、下は無いからな。』
『……………。』
俺の心の最下層。
周囲を見渡す。この砂の地面が広がる世界が?。俺の心の形?。
『何も無いように見えるか?。逆だ。この世界には全てがある。試しに念じてみろ。そうだな。俺は丁度良い椅子が欲しいな。イメージしてみろ。ここに椅子があると。』
もう1人の俺に言われるがまま俺は椅子をイメージする。
すると、砂が集まり椅子を形作った。
『なっ!?。』
『無骨な椅子だが。上出来だ。これで分かったろ?。お前が念じればこの世界には全てが存在する。まぁ、逆もだがな。』
もう1人の俺が、出現した椅子に触れると一瞬にして砂に戻った。
『こんな具合さ。今、お前がしたことが【創造神】リスティナの魔力で行った【神力】だ。そして、この足元に敷き詰められた砂はあらゆる可能性を秘めているお前の【全能】が形になったモノだ。』
『リスティナの【神力】…。』
俺の存在は神々が造り出した機械のデータ。
そこにリスティナが自身の魔力を流したことで俺は生まれた。
『お前は元々2つの魔力を持って生まれた。知っていると思うが神々は仮想世界を創造する際に人間を導く者として自分達の情報を基に組み込んだ人間…【神人】を生み出した。神は【神兵】8柱、【神騎士】4柱、【神王】2柱…そして、【絶対神】が1柱。合計15人の【神人】が作られた。』
『ああ。知っている。』
『なら勘づいているだろう?。お前も、その【神人】だ。【絶対神】のな。』
『ちょっとまて、なら、俺は…。』
『そうだ。【絶対神】と【創造神】のハイブリッドだ。』
【絶対神】グァトリュアル
【創造神】リスティナ
2柱の神の魔力を宿した存在。
『どうだ?。特別感があって良いだろう?。さて、ここからが本題だ。俺達は今まで2柱の神の魔力が混ざり合い安定した状態で過ごしてきた。だが、どっかの馬鹿がエーテルなんぞをバラ撒きやがった影響で混ざり合っていた2つの魔力が分離しちまったんだわ。』
2つの魔力が分離…。
『そうか…。俺とお前は…。』
『流石だ。もう気付いたか。その分かれた魔力。【絶対神】の魔力が俺。【創造神】の魔力がお前だ。お前が女の姿なのは【創造神】の性別に引っ張られているからだな。』
俺と同じ存在。
元々1つだったモノが分かれたことで生まれた半身か。
『さて、ここまでが今までの経緯だ。』
もう1人の俺が神具を出現させた。
あらゆるモノを絶ち斬る【時刻ノ絶刀】。
『この神具は【絶対神】の魔力を基に作られたモノだ。俺達がエンパシスウィザメントをゲームだと思っていた頃、既に各々の神の魔力を無意識下でコントロールしていた。さぁ、お前も神具を出せ。』
神具…。俺の中にある神具は…1つ。
確かに俺の中に感じる。
『神具…【刻斬ノ太刀】。』
時間を停止させる能力を持つ刀。
そして…。
【時刻法神】…。仲間達のNo.が刻まれた巨大な歯車時計。
『その神具は【創造神】の魔力を基に作られた。仲間の力を1つにした 絆 を形にしたモノ。』
リスティナ…。
『なぁ。不思議に思わないか?。』
『何がだ?。』
『この俺達の持つ2つの神具。互いに強力な能力を持っている。【絶対神】と【創造神】の力の一端だ。だが、その能力は対称的だ。それは、各々の神の性質か、在り方に大きく左右されている。』
『対称的?。』
『俺の持つ【時刻ノ絶刀】は、全てを絶つ。世界の全てがこの刀の前に並び立うことが許されない孤独な刀。【絶対神】には会ったことも無いが、俺の身体を流れる魔力からは、孤独と絶望を深く感じている。』
身体を流れる魔力。
もう1人の俺の言葉が正しければ、今の俺の中にはリスティナの魔力だけが流れていることになる。
自分の内に意識を向けると、確かにリスティナが纏っていたのと同じ魔力を感じた。
『………!。』
リスティナの魔力から伝わるモノ。
それは繋がり、温もり…自身と他者とを繋ぐお想いの強さ。1人は皆に、皆は1人に。【創造神】という神の本質は全てを生み出し繋げること。
その力が、俺の神具に反映されているんだ。
だからこそ、仲間の力を使える。
『気付いたようだな。自身の魔力の本質に。』
『ああ。』
『しかし、それは2柱の神を引き合いに出しただけの話だ。ここからは 俺 という 神 の話をしよう。』
『俺?。神?。馬鹿な。俺は人間だ。リスティナも言っていた。』
『ああ。だが、あの時とは状況が変化したのさ。俺達はつい今し方【覚醒】した。』
覚醒?。
『お前も感じていた頭痛。あれは奴等が発生させたエーテルの放射によって引き起こされたモノなのさ。効果は、能力を持たぬ者、レベルの低い者の自我を崩壊させ生きる屍へと変化させる。お前も見ただろう?。大量のゾンビを。あれがエーテルによって作られたこの世界の住人の成れの果て。エーテルはあの神の拠点を中心に世界中に放射された。世界中はゾンビだらけさ。』
『何故、俺だけが頭痛に襲われたんだ?。』
『どうやら、エーテルには別のエーテルを引き寄せる性質があるみたいでな。神人である俺の奥底に眠っていたエーテルが反応して表に出てきちまったみたいなんだわ。で、奥底から浮上してきたエーテルと入れ替わるように俺達の意識はこの心象の深層へと引きずり込まれたって訳だ。』
『【絶対神】とリスティナの魔力が分かれた理由は?。』
『エーテルの影響としか俺にも分からん。恐らくだが、俺達の元々持っていた各々の神の魔力が別々にエーテルに反応したことで偶発的に起きた現象かもしれんな。』
『偶然って、ことか…。』
『だが、俺にとっては好都合なことだ。』
『っ!?。』
『絶ち斬りやがれ!。【時刻ノ絶刀】!。』
突然、もう1人の俺が斬り掛かって来やがった。しかも、【時刻ノ絶刀】の刀での攻撃だ。奴が認識した モノ を振り抜いた瞬間に絶ち斬る能力。それに距離や硬度は関係ない。
『ちっ!。【刻斬ノ太刀】。ぐおっ!?。』
奴が刀を振り抜く前に神具の効果を使用し時間を停止させた。
時間を停止している間、通常の何倍もの魔力を刀が持っていく。
『この間に斬りつけたいけど…止めれて2秒が限界か…。』
俺は奴の刀の軌道から跳び退いた。
そこで限界、時間は再び動き出した。
『っ!?。はぁ。やっぱ面倒な能力だな。目の前からお前が消えたことで俺の意識が一瞬そこにある地面に移っちまった。』
見ると、奴の刀が切り裂いたであろう斬撃の跡が地平線まで地面に刻まれていた。
『成程な。どうやら、この刀の 能力 では所有者である、お前自身を斬ることは出来ないみたいだ。魂が分裂しても変わらないらしい。』
『何で俺に斬りかかった?。』
『決まってるだろ?。意識の所有権を奪うためさ。』
『所有権?。』
『今までの俺達の人生はお前の意識が表面上に出ていた。だから、今までの記憶もお前の方に定着しているだろう?。』
俺の記憶…確かに記憶に欠損はない。
今までの思い出や出来事も鮮明に思い出せる。
『俺にはそれがない。俺はただ見ているだけ。お前が仲間達と楽しくしている時も、恋人と愛し合っている時もな。感覚は共有していても意識は別だったってことさ。上の星を見てみろ。』
奴が指をさした先には満天の星空。
『あの輝きの1つ1つがお前の思い出だ。俺はお前の中でずっとあの輝きを見ていたんだ。多重人格…とは違うか。身体の感覚は共有できているが自分の意思では動かせない。勝手に動く肉体に精神が引っ張られている感覚ってとこか。混ざり合っていた時には自然なことだった。疑問にも思っていなかった。だが、心が分離し1つの 個 となった今、俺はお前の心の一部分でしかなかったことを深く理解した。』
何気なしに振るわれた刀。
しまった…。油断した。
『悪いが 時を止める 能力を絶たせてもらった。もうその神具の能力は使えない。ただの刀に成り下がった。』
『くっ!。【刻斬ノ太刀】!。』
試しに時間を停止させようとするも反応しない。
『無駄だ。この刀の力はお前が良く知っているだろう?。お前という例外を除いてこの刀で絶てないモノはない。』
そんなことは分かっている。
『はっ!。』
『ぬ!?。』
俺は距離を詰め鍔迫り合いに持ち込む。
こうすれば刀は振れない。
『ふっ。だろうな。お前はこれが対策法だと考えたんだろうが。しかしそれは、この刀を防ぐ術がこの方法しかないからだろう?。』
『…まあな。』
『まぁ良い。話の続きだ。この心象の世界で俺達は戦わなければならない。』
『…分かれた心を1つに戻す為にか?。』
『その通りだ。俺達という 心 が離れた肉体は今現実で暴走している。恐らく…敵味方問わず攻撃しているだろうさ。』
『っ!?。』
『そして…俺達が自らの肉体へ戻る方法。それは、俺かお前のどちらか一方の心をもう一方が吸収し再び元の1つに戻るということさ。』
元に戻る…。
それは…つまり…。
『気付いたか?。この場で相手を殺す。そうすれば心は1つとなり勝者の意識が肉体へと戻る。その時、俺達は真の神となって大地に降り立つこととなる。』
『真の神?。』
『ああ。俺達は目覚めたのさ。人間という種族が神への高みへと至った時に現れる神。【観測神】にな。』
『観測…神?。』
『【観測神】は【存在の有無】を司る神だ。その力は【絶対神】に並ぶ。【創造神】以上の存在だ。俺達はその神になったのさ。』
『何で…お前は…そこまで知っているんだ?。』
『ふ…知りたいか?。簡単なことさ。はっ!。』
『っ!?。うっ!?。』
鍔迫り合いの最中、態勢を崩され腹に蹴りをくらう。俺の身体は数メートル飛ばされた。
『まだ不安定だがな。俺はお前を待っている間に接続を済ませた。』
『っ!?。』
見ると天空に輝く星の上。
そこに巨大な目が出現していた。同時に奴の右目が赤く輝きをを放つ。
『【観測神】の 目 は世界の全てを観測する。疑問に思ったこと、知りたいことを瞬時に理解出来るのさ。だが、俺のこの力もまだ未完成。半分の性能しか引き出せていない。お前を殺し吸収したその時、俺は完全な【観測神】になれるのさっ!。』
奴が刀を振る。
手に持っていた【刻斬ノ太刀】で防ごうとするも…。
『無駄だ!。』
『ぐっ!?。やっぱ駄目か…。』
【刻斬ノ太刀】が絶たれた。
『ほら。隙が出来たぞ!。』
『うっ!。』
バク転で刀を避ける。
『ちっ。能力で斬れないのも焦れったいな。女のお前の方が速さが僅かに上か…。』
『炎舞神剣っ!。』
智鳴…力を貸してくれ。
神具【時刻法神】の能力。クロノ・フィリアメンバーの能力の使用、及び、神剣を造り出す。
『だろうな。【刻斬ノ太刀】を失えば【時刻法神】に頼るしかない。その力こそ【創造神】の力の具現。仲間を増やし力を得る神の力だ。だが、残念だ。』
奴の刀の前に智鳴の能力を宿した神剣が破壊される。
『お前の【創造神】の力よりも、俺の【絶対神】の力の方が格が上だ。』
『そんなこと。やってみなければ分からない!。』
更に、神剣を造り出し奴に向け斬り掛かる。
『無駄だと…言っている!。』
何度も何度も…。神剣を造り出し続ける。
右手に、左手に。持ち替える。
だが…。
次々に絶たれていく神剣。
俺の仲間達との絆が砕けていく。
『もう…諦めろ。理解した筈だ。お前は俺には勝てない。仲間のいない【創造神】の力など、孤独の中を生きる【絶対神】の前には無力に等しい。』
『そんなことない!。』
『…なぁ。悪いことは言わない。俺に殺され1つになれ。俺が身体の主導権を手にすればお前の望みも叶うんだ。自分を失うのが恐ろしいのは分かる。だが、全てが共有されれば嬉しさも、喜びも共に味わえるんだ。』
『…お前は何をしたいんだ?。』
『【観測神】になれば、世界を支配できる。俺達のいた世界はもう目茶苦茶だ。全ての人類はゾンビになった。』
『………。』
『【観測神】の力で神の野郎共の存在を消そう。そして、1から世界を創り直すんだ。俺達の支配する新世界を。お前の望みだって簡単だ。仲間を…クロノ・フィリアの皆を作り直そう。睦美だって、瀬愛だって俺達好みに作れるんだ。どうだ?。理想郷だろ?。』
自分好みの仲間達?。
こいつは何を言っている?。
そんなのは仲間じゃない。瀬愛じゃない。睦美じゃない。
手に取る神剣。涼の能力を宿した【累積神剣】で斬り掛かる。
『…そんなこと。俺は願ってない。望んでない!。』
『はぁ。まだ抗うのか?。そろそろ気付いたらどうだ?。』
『なっ!?。に…?。』
剣は俺の手から消滅した。
馬鹿な。今奴は刀を振るっていなかった。
なのに、何で剣が消える?。
『俺はお前の神剣に対し絶刀の能力を使用していない。【時刻法神】に刻まれた刻印を見てみろ。』
【時刻法神】の刻印は仲間達のNo.を意味する。
『な…んで…。』
そこには、殆ど刻印が残っていなかった。
それが意味すること…。
『理解したか?。俺達の仲間はもう残っていない。皆、死んだのさ。』
皆…死んだ?。
『そして…お前も、もう終わりだ。』
思考が定まらない中、絶刀の一太刀が俺の身体を斬り裂いた。
次回の投稿は22日の木曜日を予定しています。