第170話 クライスタイト
ーーー代刃ーーー
神、イルナードとノイルディラに追い詰められた僕達。
僕、灯月、無華塁、累紅、智鳴、氷姫。
あのつつ美さんですら、彼等にダメージを負わせられなかったんだ。
前方には2柱。後方には群がるゾンビ。
この状況では、僕達6人で【神騎士】を倒す、ましてや逃げるなんて難しい…そう判断して僕は切り札を発動した。
僕の神具。
【並行世界接続門】。
並行世界から【神具】と呼ばれる武器を、性能を10分の1にしたコピー体として召喚する。
これは完全なランダムで、その能力を選ぶことは出来ない。しかも、僕が使いこなせるかも分からないんだ。
けど、この状況を打開するには僕のこの接続門に頼るしかない。…と考えて発動した。
なにより、神の僕達に対しての身勝手さに腹が立った。僕達の日常を壊した張本人達。僕達が悪いみたいな言い方。自分達はさぞ偉いという態度。全部がムカついた。ひと泡ふかせたい。
だから、僕は最大値レベルの魔力を門に注いだ。
『ほぉほぉほぉ。』
すると、出現したのが…今、僕の周りをくるくる、くねくねしてる 杖 だった。
【鑑定眼(神具)】で取り敢えず調べてみる。
ーーー
・名前【クライスタイト】
・能力【覗き見はいけませんなぁ】
ーーー
『……………。』
名前以外、何も…分からなかった。
『ふむふむ。まずは、この世界の状況の確認といきましょうかねぇ。』
クライスタイトから魔力の波が放出された。
ちょっとまって、これ凄い魔力なんだけど?。それこそ、神に匹敵してる?。いや…勘違いじゃなければ…神以上の魔力だ…。
『なるほど。なるほど。どうやら此処は現実の世界ではありませんなぁ。仮想世界。尚且つ、私の身体はどうやら写し身のようですなぁ。性能もぴったりと10分の1…と。なるほど。だからこそ私を呼べたのでしょう。』
ぶつぶつと独り言を呟くクライスタイト。
『して、此方の可憐なお嬢様が此度の召喚主である代刃様。』
僕を見てペコリとお辞儀するクライスタイト。
あっ、ど、どうも…。
『代刃様と似た魔力の波動を持つ此方の方々が代刃様のご友人。そして、明らかに此方に敵意を向けている。彼方の男性2人。状況から判断するに、あのお二方に追われていた代刃様方は追い詰められ、最後の手段として私を呼び出した訳ですね。』
周囲を見渡しながら、まるで今までのことを見ていたかのように的確に状況を判断していく。
『周囲を取り囲む数多の亡者達。1つ1つの個体は然程強力でなく食欲の欲求を満たす為だけに生者に襲い掛かる。何よりも数の暴力により退路が断たれている…と。』
ゾンビ達を見てクライスタイトが言う。
そして、目玉…その視線が神達の拠点、その頂上へ向く。
『目の前のお二方と同程度の魔力が1つ。その上…ほぉ。エーテルを身に宿す存在が2つ。これは。これは。この世界にもエーテルを操る者がいるとは非常に興味深いですな。しかも、ほぉ。観測する者がいますな。まだ、未完であり自身ではコントロール出来ていない様子。ほぉ。ほぉ。ほぉ。ですが、観測する者がいるのなら、此方の世界は安泰ですなぁ。』
おそらく閃達のことを言っているんだと思うんだけど。勝手に納得して満足してるみたいだし…本当に信頼して良いのかなぁ…。
『さぁて…と。代刃様?。』
『え?。はい。』
突然、話し掛けられて驚いた。
『貴女様が私を喚び出した際に心の中で願ったこと。【この場から誰も傷付かず皆と一緒に逃げたい。】【体制を立て直し閃を救いたい。】【神達にひと泡ふかせたい。】で、合っていますかな?。』
『う、うん。そうだよ。多分…。』
感情が高ぶっていたから、はっきりとした言葉で言い表せないなぁ。けど、多分そんな感じだった気がする。
『宜しい。では、提示された3つの願いを、この世界での私の役割と定めるとしましょうか。』
『力を貸してくれるってこと?。』
『ええ。全力を持って。』
未知の神具。
自らの意思を持ち内在する魔力は神々に匹敵する。これが、僕達に協力してくれる?。
『ありがとう。』
『いえいえ。では、早速願いの内2つを叶えるとしましょうか。』
『え?。』
クライスタイトが輝き出し魔力を放つ。
『なぁ。ノイルディラ。』
『何だ?。』
『神としての勘だが、あの杖から嫌な気配を感じるんだが…。』
『奇遇だな。俺もだ。』
僕達のやり取りを傍観していた2柱。
クライスタイトというイレギュラーの登場に動けないでいたようだ。
そうだよね…。僕だって戸惑いっぱなしだし。
神は常に冷静だ。特に危機察知能力は群を抜いているんだろう。閃の時も、今回のクライスタイトの登場も、すぐには攻め込まずに様子を窺っていたんだ。
『さあ。代刃様。手を前に。先程の門を開いてください。』
『え?。あ…うん。分かった。神具…発動!。』
言われるがままに接続門を開く。
『魔力は最大値でお願い致します。』
クライスタイトの杖先が僕の額に重なる。
『え?。危険だよ。何が出るか分からないんだ。それに、君を召喚したから魔力もあんまり残ってない。喚ぶ出すまでなら出来るけど…その後、能力までは使えないよ?。』
『ほぉほぉほぉ。ご安心ください。喚び出すだけで結構ですぞ。これから喚び出す神具の発動には貴女様の魔力は使いません。それと、貴女様はご自分の能力を勘違いしておられます。』
『勘違い?。』
ありったけの魔力を門に注ぎ込む。
『貴女様の接続門から出現する神具が不確定で選ばれるのは、接続先に対する明確な形象が無いからです。』
『え?。どういうこと?。』
『貴女様は接続先にどの様な神具があるのか分からない。知らない。それが原因で出現する神具が条件を満たせず不確定なのです。ですが、貴女様は経験している筈です。本当に心の底から願った時、強く思った通りの性能と性質を持つ神具を必ず引き当てていたことを。』
『っ!。』
確かにそうだ。
僕が本当に願った時は、その願いの神具を引き当てていた。
『それは、出現する神具の方向性が定まっていたからです。方向性が分かれば、その性質を持つ神具の中から出現するモノがランダムに選ばれる。』
『そうか…。』
『はい。それはあくまでも切っ掛けです。方向性だけでなく、喚び出したい神具の形、能力、性能が予め知識の中にあるのならば確実にその神具を喚び出せます。』
『けど、並行世界の神具なんて僕は知らないよ?。』
『ご安心なさい。私自体が並行世界から来たのです。私のいた世界の神具は全て熟知しています。貴女は願いなさい。その願いを叶えることの出来る神具を私が持ってきましょう。』
僕の願い…。
この場から逃げる。
神達に一矢報いたい。
『心得ました。それでは接続します。さぁ、全ての並行世界にて 最強 の神具を喚び出しますよ。』
眩い輝きが周囲を照らす。
それはまるで太陽のように全てを暖かく包み込んだ。
『これは…。』
僕の手に握られていた神具。
刃の無い…凄く綺麗な宝石のような装飾品で飾られた黄金の柄だった。
『ほぉほぉほぉ。見事喚ぶことに成功しましたな。さぁ、目の前の神々へ代刃様の力を見せつけましょうぞ。剣を掲げなさい。そして、強く念じるのです。神具はその想いに応えてくれるでしょう。』
僕は願う。
また…いつか、平和な日常が戻ることを…。
中心に埋め込まれた赤い宝石が輝きを放つと、黄金の柄もつられるように輝き出す。
『さぁ、代刃様のご友人方。巻き込まれないよう代刃様の後ろへ。』
クライスタイトの声に戸惑いながらも灯月達が移動する。
『アイツ何かするつもりだぜ?。どうする?。』
『起きろ。【グライラード】。神たる我が命に従い迫り来る魔力を喰らい尽くせ!。』
『おっ?。やる気じゃん。じゃあ俺ッチもいっちょ本気出しちゃいますかねぇ。我が感染魔力よ。世界の全てに侵食せよ!。』
周囲の空気すら濁らせ腐らせていくイルナードと魔力を貪るノイルディラの魔剣。
『ほぉほぉほぉ。無駄ですよ。例え10分の1しか発揮できない性能でも この世界 の神では、この神具は止められません。さあ、見なさい。』
輝く柄に気を取られていたけど、もっと驚くことが起きていた。
周囲を取り囲んでいたゾンビ達が苦しみだして呻き声と叫び声を上げて、その身体が光の粒子になって消滅していってるんだ。
あんなにいたゾンビ達はものの数秒で全てが光へと変換された。
ゾンビ達だけじゃない。
土も石も岩も草も水も…空気も…それに…。
『ノイルディラ!?。これ何だよ!?。俺ッチの魔力が光に…いや、身体もか!。何なんだこれは!?。』
『っ!?!我が魔剣もか…。全てが魔力に…光の粒子に変換されていくというのか?。』
神々の身体までも。
これで…10分の1の…性能?。
『あの剣は危険だな。』
『ああ、速やかに消さねばならん。』
2柱が動く。
『ほぉほぉほぉ。遅いですぞ。さぁ、代刃様。神具を解放してください。魔力を一点に集めるイメージですぞ?。』
『うん。』
周囲の光になって漂っている魔力を集めるイメージ。
『こ、これ!?。』
『そうですぞ。その黄金に輝く刃こそが全ての並行世界…【パラレルワールド】にて最初に誕生した世界にて頂点に君臨した【太陽神】が持つ神具。さぁ、叫びなさい。その神具の名を。』
柄しか無かった神具に黄金の片刃剣の刃が創られた。周囲の全てを光に変換し剣身へ吸収し続けている。
分かる。この神具の性能が…そして、名前が…。
僕は剣を握る手に力を込める。
吸収した光を一気に放つ。それがこの神具の能力だ。
『【サンライト・テイカー】ぁぁぁあああああ!!!!!。』
特大の光線。
魔力は周囲からかき集めた魔力を放出した。
『喰らえ!。【グライラード】!。】
口を大きく開け迫る光線を呑み込もうとするも触れたそばから光に取り込まれていく。
『ぐっ!?。吸収出来ん…それどころか…吸収されている!?。』
『ほぉほぉほぉ。無駄ですぞ。あの光線は生成時に取り込んだ魔力を吸収する性質があり更に威力を上げるのです。一度でも吸収されたが最後、その対象に抗う術はありません。』
『ぐぁぁぁぁぁああああああああああ…。』
『くっそがぁぁぁぁぁあああああああ…。』
2柱の神は一瞬で光の帯の中へと呑まれていった。
役目を失った神具は朽ちるように粉々に砕けた。
『ふむ。吸収した魔力を放出しただけの簡単な使い方でしたが、やはり…この世界での再現には無理がありましたな。一発でダメになるとは…。まぁ、良いでしょう。さぁ、代刃様。今のうちに逃げましょう。彼等も神の名を持つ存在。深手は負わせましたが倒しきれてはいない。時間が経てばまた追って来ますぞ。』
神具の一撃は地平線の彼方までの地面を抉り森を焼き付くし山を消した。
光線に呑まれた神達の姿は見えない。
『そ、そうだね。』
神具のあまりの威力に唖然としている僕達を追撃がないことを確認したクライスタイトが長い身体を巻き付けて引っ張った。
こうして僕達は、最初にいた洞窟まで戻ることに成功したんだ。
結果として、潜入前よりも状況が悪くなって…。
ーーーそれから3時間が経過した。
僕達は洞窟内で身体を休めている。
閃が居なくなったから【影入り部屋】ではなく普通に薄暗い洞窟内で皆は凸凹した岩に腰を下ろしている。
灯月は一人になりたいと言って洞窟の一番奥へ入っていった。
因みに僕は身張り番。
洞窟の入口。周囲が見渡せる場所で敵の奇襲に備えてる。
『ねぇ。クライスタイト。』
『何ですかな?。代刃様?。』
『これからどうすれば良いのかな?。』
『ふむ。それはこの世界の存在ではない私には決められぬこと。私はこの世界、この身の主である代刃様の決断に従うだけです。』
『そう…。』
『…ですが、代刃様は、これからの歩むべき方向性を見失っているご様子。僭越ではありますが、参考程度に私の経験による考えをお伝えしましょうか。』
『え?。良いの?。』
『はい。代刃様が歩む道しるべになるのも、また私の務めと判断いたしました。答えを出すにしろ代刃様は現在の状況をまだ理解しきれていないご様子。最後の【体制を立て直し閃を救いたい。】という願いを叶える為にも現状の説明を致しましょう。』
『君には…分かっているの?。』
『はい。このクライスタイト。召喚された時に魔力の波動を飛ばし、この仮想世界の全てを理解したので。』
『す、凄いね…。』
『はい。凄いのです。私、最強の魔術師が持つ神具ですから。』
『ははは…。………。』
『ふむ。では、先ずは貴女の恋人が置かれている状態から説明を致しましょうか。』
恋人って…閃のこと!?。
『そ、そんなことも分かるの?。』
『はい。彼処にいた3つの気配。その内の2つに貴女様と似た魔力を感じました。1つは貴女様と全く同質のもの。そして、あのエーテルを操る一際大きな気配。その中に代刃様と同じ魔力を感じました。随分と愛し合っているのですなぁ。羨ましい限りです。』
『ちょっと!。何言ってるのさぁ!。』
かぁぁぁあああっと熱くなる顔。
クライスタイトをぺちぺち叩く。
『ふぉふぉふぉ。可愛らしい反応ですな。こほん。話を続けますぞ。』
『むぅ。いーよ。』
『彼は元々2つの別の魔力を体内に宿していたようですな。』
2つの別の魔力…。
リスティナさんと…別の神ってことかな?。
『魔力の性質から考えて【絶対神】と【創造神】系統の神の力を感じました。最高神の1角である2つの神の子ということでしょうな。』
【絶対神】…。
確か敵の神達には、彼等を基に創られた人間がいるんだよね。
僕もその1人…女王を基にした神人だって言ってた。
閃もそうだったんだ。
『あの方は今、脱け殻のような状態です。』
『脱け殻?。』
『はい。脱け殻と言いましても中身が無い訳ではなく。深層意識の中で2つの魔力が互いの存在をぶつかり合っているのです。つまりは反発し合っているのですよ。』
【絶対神】の魔力とリスティナの魔力がってこと?。
『しかし、通常であればそのようなことは起こりません。何か切っ掛けがあった筈です。過度なストレスを短時間で感じてしまったとか、強大なエーテルの作用を長時間受けていたとか?。頭痛などに悩まされていませんでしたかな?。』
『…そうだ。ここに来てからずっと頭が痛いって…。それに、大切な人を続け様に失って…。』
『なるほど。なるほど。その頭痛の原因となったエーテルはこの大気に満ちる微弱な電波の正体でしょう。耐性の無い人間が受ければ自我を失い本能…欲求のみで行動するようになる。先程のゾンビがその被害者達でしょうな。因みに頭痛がしていた理由は、体内で混ざり合っていた2つの魔力がエーテルの波動を受け剥離、分離しようしたことが原因でしょう。元々混ざり合っていたモノが無理矢理引き剥がされたのです。頭痛も相当だったでしょうね。』
『………。そう…だったんだ。』
閃は戦える状態じゃなかったんだ。
それなのに睦美達を助けるために乗り込んで…。
『彼の身体は、現在、深層に沈んだ意識によって支配権を失った肉体、そこが大量のエーテルが満ちたことで内に眠っていた【神】としての能力が一人暴走している状態ですな。非常に存在が不安定でありながら神としての能力は覚醒している。』
『そのエーテルはどこから?。』
『彼の深層意識の中です。2つの意識。2つの魔力が沈んだことで元々奥底に封印されていたエーテルが神の力と共に浮上したのでしょう。謂わば、入れ替わるように失った穴を埋めたようなイメージですな。』
『…じゃあ、本当の閃の意識は?。』
『…ふむ。…【観測神】となった彼は非常に強大な力を有しています。その在り方は【存在の決定】です。この宇宙を含めた世界の全ての存在を自在に操ることが出来ます。消滅させることも、生み出すことも。しかし、これは本来持つ2つの魔力が合わさり、混ざり、安定することで【観測神】として本来の力になる。私が貴女の記憶で観た彼の状態は【絶対神】による【消失】の力のみを行使していた。』
端骨を倒した時の現象だね。
『つまり、彼の中で【絶対神】の魔力が現在勝っているということ。【創造神】の魔力が行使されていないことを考えると分離した2つの魔力は今も彼の中で戦っている可能性が高い。意識同士の戦いを行っている訳です。その証拠に彼の持つ二振りの刀にも影響が表れていました。』
僕達を殺そうとしていた【時刻ノ絶刀】は【絶対神】による消失の力。僕達をこの世界から排除しようとする【絶対神】の意思。
灯月を攻撃したのも、その意思のせいか。
対して、【刻斬ノ太刀】は僕達を守ろうとしてくれていた。【創造神】リスティナの意思。そして、閃が僕達を守ろうとしてくれた心の表れだったんだ。
互いに傷付け合っていたことを考えてもクライスタイトの説明は信憑性が高い。
『君は凄いね。何でもお見通しみたい。』
閃の現状が分かったけど、頭を使いすぎたから少し休憩という意味を込めて話題を変えた。
『ほぉほぉほぉ。それはそうですぞ?。何せこの世界…そうですね。この【全ての世界】は私のいた世界を模倣して創造されていますからな。世界の構造を見れば世界で起こり得る大方の現象や事象は分かりますぞ。この世界を創った者は余程私達の世界に思い入れがあったか…もしくは…憧れていたか…。』
良く分からないな。
この世界を創ったのは【絶対神】…だよね?。世界を創れるのに、別の世界を憧れて真似た?。難しいね。
『………代刃様は、良い娘ですな。』
『え?。どういうこと?。』
突然、クライスタイトの瞳が優しい眼差しになり僕を見つめた。
なんだろう。なんか…おじいちゃんやおばあちゃんに頭を撫でられた昔の記憶と重なる。
『いえ。私の話を嫌な顔1つせずに聞いてくれますし、言葉使いも優しい。私にさえ気を使ってくれているのが分かりますぞ。』
それは、まだ出会って間もないからで…僕も緊張してるから…。
『君の本来の持ち主はどんな人なの?。』
『聞いてくれますか?。私の苦労話を?。』
『え?。あ、うん。』
何で泣き出すの?。
『私の本来の所有者は【エリア・シル・ファルレース】というお方です。』
エリア・シル・ファルレース…。
『見た目は可憐な少女。短くウェーブ掛かった癖毛の金髪。額には魔力を封じている真紅の宝石。碧眼。身長は130cm。体重はにじゅ…うがっ!?。』
『えっ!?。どうしたの?。』
突然地面に叩き付けられたクライスタイト。
『し、失礼しました。体重は秘密だそうです。まさか、異世界、しかも仮想世界で写し身である私の言葉を聞いていて、且つ、部分的に攻撃をしてこようとは…我が主ながら出鱈目ですな。』
『え?。見てるの?。君の本来の持ち主?。』
『はい。ですが、戻ってこいという意思表示がないようです。このまま貴女様に力を貸しても良いということでしょう。』
『ははは…嬉しいけど…凄い人だね…。』
『そうなんですよ。【パラレルワールド】に存在する全ての世界の頂点に君臨する魔術師なのです。しかし、極度の人見知り…。』
ゴツンッ。とクライスタイトの頭?。先端が凹む。
『言葉は悪く、毒舌。私が注意しても うるさい 黙れ と言って聞いてもくれない。』
それでも、話を止めないクライスタイト。
ゴツンッ。ゴツンッ。
『前世が猫の神獣だったせいか、懐いていた当時の飼い主である【太陽神】の言うことしか素直に聞かない。』
ゴツンッ。ゴツンッ。
『猫だった名残なのか。狭いところが好きで、いつもポリバケツに入っていて注意しても出てこない。』
ゴツンッ。ゴツンッ。
『あの…大丈夫?。原型無くなってるけど?。』
『…はい。溜まっていたモノを吐き出しましたから。スッキリしました。』
ドゴッ!。っと一際大きな音と共にクライスタイトは地面へと沈んだ。
『………。』
それから30分後…意識を失っていたクライスタイトは自らの自己修復で元の状態に戻った。
『こほん。失礼いたしました。それでは話を戻しましょうか。』
『何事もなく。進めるんだね。』
『いつもの事なので。』
『ははは…。』
そっとしておこう。
『代刃様の最後の願い【体制を立て直し閃を救いたい。】。閃様という方は、【観測神】へと覚醒した方でお間違いないでしょうか?。』
『う、うん。そうだよ。』
『単刀直入に申しますが。あの方を、 元 の状態に戻すことは非常に困難です。』
『え?。ど、どうして…。』
『あの方は【観測神】へと覚醒してしまった。故に元のような人と神の間の存在に戻すことが出来ないからです。どの様な結果でも1度神に覚醒してしまった以上、意識が戻られて…いえ。戻れば、その時点から【観測神】なのです。』
『でも、それは 閃 なんだよね?。』
『2つの魔力は各々に意思を持っています。今まで貴女方と過ごしていた彼の意識は、おそらく【創造神】のもの。そして、おそらくですが…その意思は、心の深層の中でもう1つの意思と戦っている。』
【絶対神】の意思…。
『勝った方が相手の意識を呑み込み、吸収し1つとなる。主導権は勝った方。つまり【創造神】の意思が勝たない限り貴女方が望む本来の彼は戻ってこない。』
『………。』
そんな…。心の中での…。戦い…。
僕にどうすれば…。閃を助けられるの?。
『さて、ここからが本題です。貴女には苦渋の決断となるでしょう。』
『どういうこと?。』
『貴女の【接続門】の中には、相手の心象の中に入ることの出来る神具が存在します。』
『っ!?。じゃあ、その神具を使えば!。』
『はい。彼の心の世界に入ることが出来ます。心の世界で彼に協力することも可能でしょう。』
『やった。それなら、閃を救えるよね。』
『ですが、ここで貴女様には決断をしていただくこととなる。』
『決断?。』
『この仮想世界の住人は、機械のデータとしての存在です。貴女も、彼も、仲間達も。』
『う、うん。』
『先程申した神具は自身の心を肉体と引き離し相手の心へ移動する能力なのです。』
『うん。それの何が問題なの?。』
『この世界の住人にとって心と肉体は完全に同一のモノとなっている。死という明確な形でのリセットをされない限り2つで1つ。片方を失えば決して結合することも融合することもありません。消滅するのです。このやり直しを繰り返す世界の輪廻からも外れます。』
『…え?。その。難しいよ?。どう…いうことになるの?。』
嫌な予感。
聞きたくない怖い言葉が発せられる。そんな予感が僕を襲う。
『神具を使い。彼の心象世界へと入ってしまったら最期…。肉体と心は切り離され…。』
『………。』
『貴女は、この電子の世界から消失することになる。』
ーーー
ーーー神々の拠点 最上階ーーー
ーーーメリクリアーーー
閃君との戦闘が開始して6時間が経過しようとしている。
僕とアイシスは閃君と対峙するも【観測神】としての力が強すぎて相手になっていない。
僕の左腕は閃君の【神力】の発動による【存在の否定】で消失。右腕だけで杖を振るい猛攻を防いでいる状態だ。
ジリ貧。時間だけが経過していく。
『うっ…。』
アイシスの首を掴んだ閃君が、その小柄な体を壁に叩き付けた。
短い苦しみの悲鳴を上げるアイシスは為す術がない。
『………。』
閃君の赤い眼光がアイシスを捉える。
【神力】がくる。アイシスが消される。
そう思った。けど、次の瞬間、閃君はアイシスの服を無理矢理引き裂いた。
『…あら?。乙女の衣服を…無理矢理脱がせる…なんて…紳士的…ではない…わね。ダーリン…。』
その赤い眼光はアイシスの話を聞かず、その幼さの残る体を注視していた。
あれは…。
見るとアイシスの身体はイルナードの感染魔力に侵され紫色に変色していた。僅かに腐ったような臭いと爛れた皮膚が痛々しい。
蝕まれていることには気付いていたけど、ここまでだったなんて…あれじゃあ、戦闘は無理だ。
『肩代わりしただけよ。』
アイシスは言った。
アイシスは【略奪の神】だ。
つまり、イルナードの魔力に感染した 誰か の状態を引き受けたということ。
略奪。奪うということは対象を移し変えるということと同じだ。
奪った後に無くなるわけではない。
あのアイシスが…誰かを救った?。
今までのアイシスを知っている分…その行動が信じられないよ。
『【神力】…発動。【存在の否定】。』
またしても、閃君の声でない。何者かの声が響いた。
マズイ。アイシスが消される。
急いで杖を構えた僕。
けど、僕は唖然とした。
『あら?。』
閃君が消したのはアイシス本人ではなく。
その身体を蝕むイルナードの魔力だけだったんだ。
『ダーリン?。』
閃君はアイシスを下ろすと最初の位置へと瞬間移動し動きを止めた。
『どういうことだ…。何故…。』
閃君はアイシスを傷付けなかった。
僕の腕は消したのに?。
それにもう攻撃の意思を感じない。閃君はただそこに立っているだけ。
『【略奪の神】よ。無事か?。』
『ええ。凄く爽やかな気分よ。身体まで綺麗に元通り。破れた衣服もね。ダーリン…どうしてかしら?。』
『ふむ…。【略奪の神】。お主は彼奴の仲間を何人屠った?。』
『ん?。まだ誰も。』
『…そうか。妾は 2人 だ。もしかしたら、その代償がこの腕か?。』
閃君は仲間を大切に思っている。
だから、仲間を傷付け排除した者の存在を消そうとしている?。
『女王。ご無事で?。っ!。その腕は!?。』
『遅くなり、申し訳ありません。後は我々にお任せを。』
僕達の居る位置の反対側にある入り口からイルナードとノイルディラが現れる。
互いに武器を取り閃君に向け牽制する。
あの2柱は僕達よりも閃君の仲間を排除した…と…いうことは…。
『2柱よ!。注意せよ!。彼奴の攻撃が始まる!。標的をお前達に変えて!。』
『『っ!?。』』
閃君の眼光が2人を捉えた瞬間。
その姿が消えた。
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