第165話 柚羽と水鏡
ーーー柚羽ーーー
無凱さんが別の場所に飛ばされた後、私と水鏡さんは目の前の神と対峙していた。
【静寂の神】リシェルネーラ
盲目で目隠しをし、気配と魔力を感じ取って杖を武器として戦うスタイル。
杖の中に仕掛けられた仕込み刀による神速の抜刀。
そして、【神眼】による物質を崩壊させる能力。
全てが翡無琥ちゃんみたい。
無凱さんがリスティナさんに聞いたことを教えてくれた。
私達の中には、神を基に作り出された人間がいて、その人達は私達のような普通の人間よりも強い存在となるって。
つまり、翡無琥ちゃんはリシェルネーラを基に作り出された存在ということ。
けど、能力まで 全く同じ なんて…。
翡無琥ちゃんとは模擬戦で一度だけ手合わせして貰ったことがある。
刀の届く射程に踏み込んだ者を神速の斬撃で斬り捨てる。その斬撃は知覚不能。納刀時に発せられるチンッという音が耳に届いた時には既に斬られている。
何よりも、恐ろしいのは【神化】の際に与えられるスキル。
神の眼を使用した、物質を崩壊させる能力。
触れるだけで、物質の形を崩すことが可能になるというものだ。
目の前にいる神は、その両方を使えるみたいだし…無凱さんはきっと別の神と戦っている筈。
なら、ここは…私達で切り抜けるしかないっ!。
『水鏡さん。援護を任せます。この神は私達で倒します!。』
『ええ。分かったわ。』
『!。戦うつもり…ですか。痛み無く静寂の中に消えられるというのに…足掻くのですね?。』
『当たり前じゃない!。皆のいる平和な日常を取り戻す為にここまで来てるんだから。こんな場所で死んであげるものですかっ!。』
『そうですか…残念です。』
リシェルネーラが杖を構えた。
来るっ!。
『【神具】!。【神源吸槍】!。』
『【神具】!。【粘水宝珠】!。』
見えない斬撃。
けど、分かるっ!。首を狙ってる!。
『ここっ!。』
『っ!?。』
チンッ!。と刀が納められリシェルネーラが杖を下げた。
追撃は…無しか…。
『素晴らしいです。』
パチパチと嬉しそうに拍手をするリシェルネーラ。
『いきなり何よ…。』
『いえ、失礼しました。今、私の攻撃を防御したことに驚いていました。貴女の能力は 自身の周囲に魔力を放出させる ですね?。』
『ええ。そうよ。』
『放出した魔力を感覚と共有させ、私の刀を視覚や聴覚よりも速く感知し攻撃を防いだ。放出した魔力は皮膚接触に近い感覚で触れたモノを知覚できる。』
一度で私の能力がバレちゃったわ…。
この神…情報分析が半端じゃない…。
『放出した魔力の量もそうですが、放出した魔力に自分の感覚を残すというのは凄まじい時間と量の訓練が必要な筈。』
確かに、リスティナさんにレベルを150にして貰ってから、それこそ寝る間も惜しんで特訓に明け暮れたわ。
足手まといになんてなりたくない。
無凱さんと肩を並べて戦いたい。
その思いで得たスキル【魔力感知】と【魔力放出(極)】よ。
『まぁね。』
私は槍を構えた。
『水鏡さん。援護を頼むわ。』
『はい。』
『来ますか。受けて立ちましょう。』
杖を構えるリシェルネーラ。
『はっ!。』
槍の石突から魔力を放出。
ジェット噴射のように推進力を利用して一気に間合いを詰める。
『スキル【水針】。』
空気中の水分を集めて細い針のような形を作る水鏡さん。
無数の水の針がリシェルネーラに向かって放たれた。
『水の針…。数は34。打ち落とします。』
チンッ!。と音がなった瞬間、無数の水の針が弾け飛んだ。
あの量の水の針を一撃で払い除けた!?。
けど、お陰で懐に。
『はっ!。』
魔力放出は止めない。
攻撃と姿勢制御の両方に感覚で掴んだ割合で放出し、隙のない連続攻撃を繰り返す。
『速い!。』
私の攻撃を杖で軽々と防ぐリシェルネーラ。
けど、ここまで接近すれば居合いは出来ない筈。
『【水縛牢網】!。』
『っ!?。』
水鏡さんの水の網。
これで更にリシェルネーラの動きを制限。
『はっ!。』
『やりますね。』
絡めとるように動く水の網に距離を取ることも出来ないリシェルネーラだが、それでも器用に杖を使い私の攻撃を防ぎ続けている。
『まだまだ!。』
防がれても攻撃の手は緩めない。
槍の突きを防がれても【魔力放出】で無理矢理軌道を変えて斬りかかる。
何度も…何度も…何度も…。
『柚羽ちゃん!。【水槍】!。』
水鏡さんの掛け声で私は下がる。
同時に放たれる水の槍がリシェルネーラに命中した。
水鏡さんの能力は 粘液性の水に別の物体の性質を与えて自在に形を操る というもの。
それは水鏡さんの知っているモノでなくてはならないが、刃物などの金属、糸やゴムのような結んだり伸びたりするモノだって自在だ。
不形である水故に自由性は高い。
水の槍は命中した。
これで倒せたなんて思ってない、だけど…少しでもダメージが入ってくれていると嬉しいわね。
私の攻撃は悉く防がれた。
どんなに速く攻撃しても、強く攻撃しても。
気配と魔力で先読みされてしまう。
『素晴らしいです。』
ああ。無傷ね…。
『まずは貴女。柚羽さん。』
リシェルネーラが私を見る。いえ、目隠ししてるし見ている訳ではないと思うけど。
彼女は私の内面というか深層の部分を見ている気がする。
『魔力放出で発生した噴出による推進力を利用した高速移動。しかも、放出する箇所を的確に変え効率的に身体を動かしています。踏み込みも自分の間合いと相手の攻撃範囲の予測をしっかりと行い、理解した上で最も効果的な位置取りを行えています。98点!。』
何か凄い話し始めたわ…。しかも、点数まで付けられた。
『常に全身から魔力を僅かに放出し続け私の居合いに警戒していたのもポイントが高いです!。』
ちょっとテンションが上がってきてるし。
『質問して宜しいですか?。』
『え?。あ…はい。』
『貴女の魔力放出。あんなに放出し続けているのに一向に魔力を消費している様子がありませんでした。私は魔力を感知しながら戦っています。それは、相手の魔力総量も知ることが出来るのです。ですが、貴女の魔力は少しも減っていない。何故ですか?。』
近付いて来たリシェルネーラが私の手を両手で握った。
凄い…目隠しで目は見えないけど。これ絶対キラキラしてるわ…。
『種族…の影響…かな?。』
『ほぉぉ。貴女の種族は?。』
言っちゃって良いのかな?。
只でさえ私達負けてるのに…。
『【自然界神族】…よ…。』
『ほぉぉ。やはりそうでしたか!。私も何体かと戦ったことがあります。彼等は自然エネルギーの【マナ】をそのまま自身の魔力として使用できる。つまり、自然からの無限の魔力供給が行われていた。貴女の魔力が尽きない理由はまさにそれだった訳ですね!。』
嬉しそう。
『ありがとうございます。質問に答えて頂いて。柚羽さん。100点です!。』
満足したのか、次は水鏡さんに近付いていく。
私からは後ろを向いている。攻撃するなら今…かと思ったけど、隙だらけに見えるのに隙が全く見つからなかった。
『貴女は水鏡さんですね。粘性のある水を操り様々な性質と形を作っていましたね。おそらく【水魔神族】ですか?。』
『え、ええ。』
『やっぱり!。』
水鏡さんもリシェルネーラの予測できない行動に戸惑っている。
私達戦っていた筈なのに…。
『形を持たない水をあそこまで自在に操る魔力コントロール。そして、何よりも柚羽さんと私の動きを正確に捉え、的確な援護を行っていた視野の広さと予測の立て方。柚羽さんが動きやすく、且つその性能を最大限に活かせるよう、敵である私には動きを制限し技を封じるように縛っていた。素晴らしいです!。95点!。』
『は…はぁ…ありがとう?。』
説明と質問に満足したのかリシェルネーラが元居た位置に戻った。
『時間を頂き誠にありがとうございました。』
丁寧な礼。
何か同じ【神】で【神騎士】なのに映像で観せて貰ったイルナードとは全然違う。
『貴女方の戦闘に対する姿勢。何よりも内に秘めた大切な人と一緒にいたいというお想い。感服いたしました。』
『っ!?。』
『時と場が違えば友人になれたかもしれません。』
この女…心の中まで読めるの?。
『ですが、私には【王】より貴女方のこの世界の排除を命令されました。従って、私は貴女方を【静寂】へと導きます。』
『要は殺すってことでしょ?。貴女、最初からそのつもりじゃない。』
『はい。しかし、予想以上に貴女方の実力が高かったので、少し個人的な興味が湧いてしまいました。お許しください。』
リシェルネーラが杖を掲げる。
『仕切り直しってことかしら?。』
『いいえ。柚羽さん。貴女に関して言えば、もう終わっています。』
『え!?。』
何を言って…。
『【神力】発動。結果【傷を開く】。』
リシェルネーラが杖で地面を叩いた瞬間。
私の全身から血が噴き出した。全身の力が抜け私の意思とは無関係に身体が倒れた。
倒れる途中、全身に刻まれていた…いつ斬られたのかすら分からない無数の刀傷が目に入った。
ーーー
ーーー水鏡ーーー
何が起きたのか理解できなかった。
リシェルネーラが杖で軽く地面を叩いた瞬間に柚羽ちゃんが…全身から血を噴き出して倒れたのだ。
いつ…あんなに…。
『先程の戦闘。貴女が私に仕掛けた攻撃は137回。つまり、私が貴女を攻撃出来た回数でもある。』
リシェルネーラは柚羽ちゃんの攻撃全てにカウンターを仕掛けていた?。
その攻撃があまりにも素早くて鋭かったから今まで斬られたことにも気付かなかったっていうこと?。
『貴女方の狙いは良かった。刀を抜けない距離での連続攻撃。場合によってはそれで私は倒せていたかもしれません。ですが、残念です。が…それは誤りです。』
リシェルネーラが杖から仕込み刀を抜いた。
『っ!?。刃がない?。』
『はい。その通りです。この刀に物質としての刃はありません。刃はこの通り。』
茎だけの刀が地面に振られると、そこには実際の刀で斬られたような傷が付けられていた。
『刃は私の意思で自在に作れます。太さも長さも思うがまま。よって、私に抜刀出来ない距離はありません。』
『くっ…。そう…だったの…油断したわ…。』
『柚羽ちゃん。』
まだ意識がある。
早く手当てしないと。
『無駄ですよ?。私の刀には【バグ修正】のプログラムを入れてあります。これを受けた貴女方は治癒不可能。身体は砕け崩壊していくことでしょう。』
それって…黄華さん達と同じ…。
『ですが、安心してください。私は【静寂の神】です。この【バグ修正】による身体の苦痛は消してあります。後は、残された時間を静かにお過ごしください。』
柚羽ちゃんが、死んじゃう。
『くっ!。【神化】!。』
『っ!?。これは?。水鏡様の魔力が跳ね上がった?。』
この反応…リシェルネーラは【神化】を知らない?。
『【水魔女神化】。』
『私達と同じ魔力量…これが貴女方の切り札ですか?。』
ええ。そうです!。
『【神技】!。【水球真珠】!。』
私の指先に出現する小さな真珠サイズの水の玉。
まずは柚羽ちゃんをリシェルネーラから離さないと。
『行って!。』
小さな水球を撃ち出す。
『どのような技かは知りませんが、単発の飛び道具など私には無力です!。』
水の針同様に水球を斬り裂く。
その瞬間、水玉から溢れ出た大量の大瀑布がリシェルネーラの身体を呑み込んだ。
『【神技 水球真珠 水神激流瀑布】。』
通路全体を爆発するように炸裂したを水の激流爆弾。全てを呑み込み荒れ狂う流れの暴力。壁や通路を破壊し、階段を浸食。この階より下にある階層全てを滝のように流れ落ち物量にモノを言わせた水の圧力が全てを流した。
しかし、建物が倒壊することはなかった。
『この建物…やっぱり無凱さんの言った通りだ。』
この神がいる建造物は、壁や床の一部、柱などには特殊な素材が使われていて、魔力による攻撃を受けると魔力を吸収し硬度を上げる性質があるらしい。
私の水の攻撃でも窓やドア、壁と床の一部しか破壊できていない。
周囲は水に浸かるが、私は種族スキルで【水中呼吸】が出来る。
柚羽ちゃんをスキル【水玉】。空気を水の膜で覆ったシャボン玉のような球体で包み引き寄せる。
『柚羽ちゃん。大丈夫?。』
『うん…ごめん。油断しちゃった。』
何とか無事みたいだけど、斬られた傷口が光ってる?。
何で…いや、違う。消えていってる?。
良く見ると少しずつだけど傷の周りが光が周囲の組織を破壊して広がってる…。
『これが…【バグ修正】…。』
一撃でも喰らえば…この光が全身に広がって…やがて…。
『その通りです。』
『っ!?。』
聞きたくなかった声。この状況で…。
その声…リシェルネーラの声が聞こえた途端。
『なっ!?。ぐぁっ!?。』
私の肩からお腹にかけてが斬り裂かれた。
しかも…私の放った水が一直線に真っ二つに割れた。
『言った筈です。私の刀の前には距離は無意味ですと。』
嘘…あの量の水の圧力に耐えたの?。
『ぐっ!?。』
私は膝をついた。
傷口を押さた手を退ける。
私の傷も光って…。
『そして、失礼しました。私は手を抜いていたわけではありませんでしたが…心の何処かで貴女方を格下だと侮っていたようです。』
そう言いながら目隠しを外すリシェルネーラ。
その瞳は七色の輝きを放ち、世界の全てを見渡した。
『あれが…【神眼】…。』
私の全て…今までの過去も、今の現状…身体の状態や心の中…そして、これから起こるであろう未来さへも見透かされているような…。
【神眼】が発動した今、リシェルネーラの身体が浮いている。
何よりも周囲にあった私の水が光の粒子になって消されてしまった。
きっとあれが【神眼】の効果なんだ。
世界の綻びに干渉する能力。
触れたモノは全て崩れるように形を崩壊させ光の粒子となってこの世界から消し去ってしまう。
『この【眼】を発動してしまった以上、貴女方が何をしても私には通用しません。ですが、私のこの能力での消滅には痛みはありません。【静寂】の名において静かに消えて頂きます。』
『くっ!。【水塊爆】!。』
近付いてくるリシェルネーラに対し水の塊をぶつける。
対象に命中した瞬間に大量の水が破裂する。
『無駄です。』
水の塊がリシェルネーラに触れた瞬間に光となって消えた。
『くっ!。【水圧刃】!。』
周囲の水を圧縮して放つ水の刃。
『同じことです。』
結果は変わらない。
何をしても、リシェルネーラには届かない。
あまりにも圧倒的だ…。私の全てが通じない…。
リスティナさんに力をもらって…あんなに特訓して…やっと無凱さんのお役に立てると思っていたのに…。
『もう…。駄目…だ…。』
私は…もう…。
~~~
『貴女達にお願いがあるの。』
黄華さんが飲んでいた紅茶の入ったカップをテーブルに戻しながら切り出した。
『何ですか?。』
『お願い?。』
私と水鏡さんもカップを戻す。
『もしもの話しなんだけど。もし、私の身に何かあったら…アイツのこと頼むわね。』
『いきなり何を言い出すんですか!?。』
『そうです。縁起でもない。』
『もしもの話しよ。』
『もしもでも…。』
『良いから聞いて、アイツは強いは頼りにもなる。』
『はい。』
『はい…。』
『けど、アイツの強さは大切な人達の為に頑張って得たモノなの。だから、大切な人達を失った時、アイツは凄く脆くなる。だから…その時は、アイツを支えて助けてあげて。』
『…ふふ。その言い方だと。黄華さん。やっぱり無凱さんの気持ちに気付いてるんじゃないですか?。』
『そうですね。無凱さんにとって黄華さんが一番ですものね。』
『っ!。そ、んな…そ…そうよ!。そんなの昔っから気付いているわよ!。アイツが私にゾッコンなのはね!。』
『アイツが?。』
『無凱さんだけですか?。』
『~~~。もうっ!。私もゾッコンよぉ…。』
『素直になりましたね。』
『無凱さんを支えるのは私達3人でですよ!。今までもこれからもです!。』
『そうね。ごめんね。変なこと言ったわ。そうね。じゃあ約束しましょう。3人でアイツを支えて助けるって。』
『はいっ!。』
『もちろんです!。』
冗談のような…真剣な会話。
その後、約束は果たされることなく黄華さんは居なくなってしまった。
けど、その思いと想いは私達が…。
~~~
ーーー柚羽ーーー
『引き継ぐんだっ!。』
『柚羽ちゃん?。』
私は立ち上がる。
『【神化】…発動っ!。【自然界女神化】!。』
【神化】により、私は周囲にある自然界の【マナ】は効果範囲内全てが私の思うままに魔力へと変換出来る。
それは、水鏡さんが使用し大気中に残された残留魔力や、リシェルネーラが無意識に纏う魔力さへも例外無く吸収出来る。
『私の魔力も奪われている?。』
『スキル【放魔纏神翼】!。』
魔力放出を背中から放ち翼を作り更に機動力と推進力を高める。
『【放魔外装】!。【放魔集束】!。』
魔力を纏うことで作られる魔力の鎧。
そして、魔力を一ヶ所に集中するスキル。
これで、発動条件は整った。
この一撃に全てを込める。
『【神技 放魔神撃槍】!』
私の最大の攻撃。
極大の魔力を纏った直線上の全てを薙ぎ払う突きをリシェルネーラに放つ。
『素晴らしい。貴女のこの一撃に込めた想い…確かに感じ取りました。ですので、私はその想いを真正面で受け止める。』
『っ!?。』
リシェルネーラは手のひらを翳しただけ。
槍の切っ先に軽く触れただけなのに…。
『そ、そんなぁ…。』
槍は…その纏った魔力や衝撃までも消されてしまった。
『これで、終わりです。』
これでも…届かない…。届かなかった…。
絶望…完全に詰んだ。
何をしても…どんな作戦も…全てを消されてしまう。
リシェルネーラに私達は…。
『勝てない…。』
相手にすらならなかった…。
『ん?。おかしいですね…。【神眼】が…?。ああ、成程。先程の…。仕方がありません。』
リシェルネーラは再び目隠しを着けると杖を握り直した。
『痛みの無いように一太刀で終わらせます。抵抗をしないで頂けると助かります。』
そう言ったリシェルネーラが私達に近付く。
既に私達に戦意はない。何をしても通用しない。逃げることも、抗うことも全てが無駄に終わる。
【バグ修正】の影響で身体の自由も徐々に失われ始め、傷口も広がって消えた範囲も大きくなっている。為す術がない。
ただ…死を待つなら…いっそのこと、一思いに…。
水鏡さんも同じ気持ちだったみたいね。
諦めて目を閉じた水鏡さん。
私も目を閉じた。目を閉じた代わりに水鏡さんの手を握る。
震えてる。そうだよね…死ぬのは怖いよね。
私も…だよ…。
黄華さん…ごめんなさい…約束…守れなかった。
無凱さん…最期に、もう一度…会いたいな。
抱き締めて欲しいな。
そんな思いの中。
チンッ!。という音が耳に届く。
これは、リシェルネーラが納刀した時の音だ。既に斬られたのかな?。本当に痛みを感じないや。
そんな考えが頭を過った刹那。
身体に覆い被さるように感じる重さと熱。
『貴方はっ!?。』
リシェルネーラも驚いている。
この私を抱き締めてくれている温もりは…。何度も嗅いだ大好きな匂いは…。
『ごめんね。もっと速く駆け付けたかったんだけど。遅くなってしまった。』
目を開けた私…私達の前にはボロボロになった無凱さんの顔があって。
あの安心をくれる幼さの残る笑顔で優しい瞳で私達を見てくれていた。
水鏡さんも泣いてる。
私も…。
そして、同時に…。
『無凱さんっ!。』
その名を呼んだ。
次回の投稿は1日の木曜日を予定しています。