第163話 王
『はーーーははははは。ははははは。』
広い空間に笑い声が響く。
その高笑いには気品にも傲慢にも似た雰囲気が含まれ、眼前に立ちはだかる神持つ底知れない重圧が僕を襲った。
降り立った【神王】の1柱。
【無限の神】ガズィラム。
ガズィラムは腕を組ながら余裕の笑みを浮かべて僕を見ていた。いや、観察しているみたいだ。その眼光からは本質を見透かされているような、全てを見られているような感覚すら覚える。
柚羽さんと水鏡さんが心配だが、ガズィラムがそれを許してくれそうにないな。
先ずは、この神を何とかしないと。
『神具っ!【虚空神庫空間】!。』
原初の神とガズィラムは言った。相手はおそらく敵の中でも最強。実力差は明確。
僕達の強さは【神化】をして【神騎士】レベル。その上の存在である【神王】には、正攻法では確実に勝てないだろう。
ならば、不意打ちでも良い。初撃に全てを賭ける。
『ぬ!?。』
瞬時にガズィラムの心臓を囲むように【箱】を作り、同時に手のひらに作り出した箱と中身を入れ替える。
『神技っ!【極虚空神無量点】!。』
そして、強力な圧力と回転で収縮させ心臓の入った【箱】を点となって消した。
『ほぉ。容赦がない。躊躇いもない。ほんの瞬きの間に余の【神核】を掠め取るとはな。実に面白い。』
『………。』
口の端から血を流したガズィラムだったが、ダメか…。心臓を抉り取ったのに余裕を崩さず、僕を賛美すらしている…。
だが、何故だ?。ガズィラムは…何故まだ活動できるんだ?。
リスティナさんに聞いたことがある。
人間の身体は神を基準に身体の構造が出来ていると。骨、筋肉、脳、臓器に至るまで全てのパーツが神の身体を元に神造された劣化コピーなのだと。
魔力という自由力を必要とせずに生物として動くことが出来るように生み出されたのが人間というデータなのだと言っていた。
故に、大事な器官や急所など。致命傷になりうる箇所は同じということ。
『ふむ。不思議か?。余が【神核】を失っても、尚も活動できていることに?。余裕を失わずにいることに?。』
『そうだね?。どういう仕組みだい?。確か、君達も僕らと同じ構造の身体を持っていると聞いたんだけどね?。』
『あの【創造神】か。確かに我等の身体は無凱。お前達と同じ構造をしている。他の余以外の神ならば今の一撃で仕留められていたことだろう。』
『なら…君は?。』
『ははははは。余に質問するか?。良いな。余の立場、強大な力に怯える者や畏まる者は多くてな。流石は余の写し身だ。余と対等の物言いで質問してくるとはな。ははははは。』
敬語でなくて良いと言ったのは本人の筈なんだが。嬉しそうに笑うガズィラム。
『実に良いな。対等の対話というのは実に久しい。良かろう。教えてやろう。』
胸元の衣服を開き心臓のあった部分を見せるガズィラム。
そこには、くっきりとくり貫かれた【箱】の跡が残されていた。
これは神の肉体にも僕達の能力が有効であることの証明になるのだが、如何せんガズィラムの余裕が気になる。
『余は【無限の神】。魔力など無限に生成できる。』
次の瞬間。
先程も見た大量の魔力がガズィラムの全身から放出され、失った筈の心臓が修復し始めた。
その修復される速さは、睦美ちゃんや叶のスキルを圧倒的に上回り、数秒で何事もなかったかのように傷は消え去ってしまった。
『この通りだ。余にとって今のは致命傷ではない。』
『…自身の傷を瞬時に修復する能力ってことかい?。』
『ははは。そんなもの余の力の一端に過ぎぬ。』
更に魔力の放出を高め、その勢いを生み出している出力だけで身体を宙に浮かせたのだ。
何なんだ…この魔力は…。
僕の【真理眼】を持ってもガズィラムの持つ魔力の底が全く見えない。
魔力の放出だけで身体を浮かせるって…。
確かに魔力の放出を利用することで一時的な推進力を生み出して高速移動や物理攻撃を強めることは出来た。
だが…あんな長時間、自分の身体を浮かせ続けるなんて…。
魔力放出だけじゃない。
放出される魔力を微調整し宙に浮く身体を維持できる姿勢制御。完璧な魔力コントロール技術がないと普通出来ないぞ。あれは…。
『無凱。魔力とは何かを知っているか?。』
『魔力…。エネルギー。精神力ってところかな?。』
適当に答える。
そう言えば疑問に思ったことはなかったな。
いや、この世界で僕達の肉体に魔力が宿った当初は確かに不思議に思った。しかし、答えを知っている者など当然いなく、ゲーム時代からの流れで自然に使えていたし、当たり前のように身体に馴染んでいたからか…次第に疑問に思うことが無くなったんだ。
『ふむ。やはりその程度の認識か。不思議だとは思わないか?。我々のような神を含め、多種多様な生命に宿り、持ち主の性質に合わせた千差万別、種々様々な能力となって形になる。この世にある属性と呼ばれる現象や、お前達が扱うスキル。果ては、武器などの形ある物質にまでなることが出来る。これ程の万能なエネルギーは他にあるまい?。』
確かにそうだ。
種族で覚えられるスキルに違いはあれど、全体で見れば出来ないことは何もない。
まさに万能だ。
『魔力とは、生命が自身の体内で生み出すエネルギーである【オド】と自然界に存在する生命が生み出す【マナ】を混ぜ合わせたモノだ。故に【マナ】の影響で属性を生み出し、【オド】の影響で個が思い浮かべる理想が形となって現れる。』
『そうか…得られるスキルに個人差があるのは、その【オド】が個人個人の性質を担っているから。』
『ははは。呑み込みが早いな。その通りだ。個性は種族によっても異なる。得手不得手があって当然だ。そして、【オド】は精神力、体力に直結するからな。使用し続ければ当然疲れる。』
『つまり、君が心臓を再生させたのも。君のその無尽蔵に湧き出ている魔力のお陰なのかな?。』
『その通りだが。1つ間違えている。』
『ん?。』
『余の身体から溢れ出るこれは魔力ではない。』
『何?。』
ガズィラムが更に魔力を強め身体を上昇させ宙へ。
『余のこれは魔力などという矮小なモノではない。これは【エーテル】と呼ばれる星自体が生み出す力だ。』
『エー…テル…。』
『エーテルは【絶対神】と絶対神が生み出した星にのみ宿る究極のエネルギーだ。魔力とは、このエーテルが持つ力の一端でしかない。故に魔力で行える事象は全てエーテルで行使でき、魔力以上の現象も操ることが出来るのだ。はははははははははは。』
『僕等が持つ力の源。そのエネルギーの上位互換ということか。』
『その通りだ。この【全能】たる力を扱えるのは【絶対神】から生み出された存在の中でも原初に創られた余と半身、星に生み出されし存在【創造神】のみだ。特に【創造神】と呼ばれる神はエーテルを操る存在の中でもその能力が抜きん出ておる。【創造神】が特別扱いされる理由もそこから来ているのだ。』
リスティナさんが【神王】よりも強いと言っていた理由はそれか。確かに何かを生み出すことに特化されている【創造神】の力は、同じく世界の全てを創造した【絶対神】に類似するところがある。
『さて、少し話過ぎた。そろそろ始めるか。』
5メートル、空中に浮かび腕を組んだ姿勢で静止したガズィラム。
『来い。我が写し身よ。絶対なる力の前に跑いてみよ。その姿で余を楽しませよ!。』
『そうさせて貰うよっ。』
自身を中心に【箱】を展開。
同時にガズィラムの後方1メートルの位置に、もう1つ【箱】を出現させ、中身を入れ替える。
箱から飛び出し転移完了。
【肉体強化】を全身に【魔力放出】で拳を強化し全力で打ち抜く。
『っ!?。』
『ほぉ。速いな。それに先刻も使っていたが、魔力で固定した空間を複数個作り出し中の物体を移動させる能力か。』
僕の拳は放出され続けるエーテルで遮られ勢いを止められた。ガズィラムの身体には届いていない。
それに、2回しか見ていない僕の能力まで見抜いた?。
『面白い能力だ。【虚空神庫空間】と言っていたな。展開する速さは驚愕に値する。瞬時に展開する魔力行使、目視か勘か…何にしても通常では考えられぬ広さの空間認識が要求されよう?。余でなければ何をされたのかも理解できぬまま先の一撃で死んでいた。冗談のつもりだったのだが…。ははは。強ち間違いではなかったな。』
『くっ!。』
更に【箱】を展開。
ガズィラムの周囲に20。前後左右、四方八方。あらゆる角度から攻撃を加えた。
しかし、その何れもが魔力の放出だけで止められる。
『惜しいな。余はこの場から1ミリも動いていないぞ?。』
拳がただ垂れ流しているだけのエーテルに押し返され続ける。
何度やっても、どの角度から攻めても同じ結果か。
『ならっ!。』
ガズィラムは再生する。
そういうタイプの相手は細かくバラバラにすれば再生できなくなるのがセオリーだ。
『これは?。ははは。成程な、お前の考え理解したぞ。』
極小の【箱】でガズィラムの身体を覆う。
【箱】どうしの断面を切り離しバラバラに分解した…いや、しようとした瞬間…。
『少し強めるぞ。』
『ぐっ!?。』
更なるエーテルの放出。
魔力で構成された【箱】は押し返され形を保てず霧散した。
分かっていたけど。コイツ…化け物だな…。
『まさか、ここまでの魔力コントロールを身に付けているとは…。ん?。ほぉ。僅かに干渉されたか…。』
どうやら、【箱】を使用した分解はガズィラムの右腕を奪うことは成功したみたいだ。だが、あれだとすぐに…。
『ふんっ!。』
再生するね…。
『見事だ。無凱よ。確かにお前の考え通りだ。流石の余も極小サイズまで、この身を細切れにされれば再生は出来ぬ。ははは。まさか、余を殺せる術を持っていようとはな。好敵手という者に出会うことのなかったこの生にもようやく刺激が与えられたということか。ははははは。』
今の攻撃ならガズィラムを倒せる。
なら、隙を作りもう一度。今度はもっと速く【箱】を展開する。
『ははは。目の色が変わったな。余を倒せる術に気付き直ぐ様実行しようというところか?。だがな。逆もまた然別だぞ?。』
『っ!?。』
【箱】が展開出来ない?。
『お前のその能力は、設置時に安定した魔力場がなければ形を生成出来ないだろう?。そして、正確な四角を箱のように展開しなければならない。エーテルで周辺の魔力を乱してやればお前の能力は封じられたも同じ。』
いや、それだけじゃない!?。
『逃げぬと巻き込まれるぞ?。』
それはエーテルによる津波だ。
エーテルの放出が…ただ放出されただけのエネルギーの波だ。だが、規模が…。
デカすぎる!?。
『マズイ…。』
エーテルの波動がこの広い空間をところ狭しとうねる。
うねる。うねる。うねる。うねる。うねる。
『逃げられっ!?。』
荒くれる嵐の海の如く。魔力の奔流が空間を埋め尽くし呑まれた僕の身体は何度も地面に叩きつけられ渦に巻き込まれた。
最後は壁に激突し波の圧力で全身が軋んだ。
『ぐっ…これは…キツいな…。』
『ほぉ?。一応手加減したが生きていたか。見事だ。』
魔力の放出を止めたガズィラムは今も最初の位置から動いていない。
腕を組み余裕の笑みを浮かべている。
僕等でいうところの【神技級】の技を使用しても全く失われていない魔力。力強さをそのままに放出は彼の身体を宙に留まらせている。
『い、今のは…?。』
『なぁに。ただ、エーテルの放出を強めただけだ。技と呼べるものですらない。』
これが…【無限の神】か…。
『余の身体に宿る【無限】のエーテルの前に、どこまで抗えるのかと…期待したのだがな。幕切れの時か?。』
『いや、まだ…まだだっ!。』
『ぬ!?。』
再び【箱】を展開。
目に見える全ての空間を埋め尽くす量の【箱】。
『これは…流石だ。魔力のコントロールだけならば余に迫る…いや、同等かもしれんな。だが、先程も言ったであろう?。その能力は魔力の乱れに弱いと!。』
ガズィラムの全身から噴き出すエーテルに、展開した【箱】が次々に破壊されていく。
『はっ!。』
『無駄だ。』
【箱】をガズィラムへ向け移動させ、その身体を取り囲むも…。
『何を企んでおる?。そのような児戯で余のエーテルは止められぬ。』
次々に霧散していく【箱】。
誰が見ても勝ち目はない。けど。
『ははははは。どうだ?。全て消し去ってやったぞ?。しかし、結局何がしたかったのだ?。余のエーテルの前には、お前の能力は効かぬと実践し見せた筈だが?。』
『ふふ。ははははは。』
『気でも触れたか?。何を笑って…ん?。』
ガズィラムも気付いたね。
『何故…余の身体に傷がついている?。』
ガズィラムの肩。
僅かな…小さな傷に気付く。
その傷口は【箱】の形をし僕の能力によるものだと分かる。
『はて、気付かなかったが…この程度瞬時に治せる。しかし、どうやったのだ?。余は全身からエーテルを放出していた。隙などなかった筈だが?。』
『見つけた。』
『何?。』
『成程ね。君の攻略法が分かったよ。』
『ぬ?。』
【無限の神】ガズィラム。
君とは初対面だし、特に恨みとかはない。
けど。
黄華さんの命を奪った連中のリーダーなんだろう?。
なら…。
『スキル【神化】発動。』
僕の…いや、俺の…。
『【虚空界神皇化】。』
『これは…。』
空間を自在に操る神が降臨する。
『ガズィラム。』
悲しみと怒りの矛先は君に向けるとするよ。
次の瞬間、俺は能力を使用した。
『何?。消え…ぐぉっ!?。』
ガズィラムの顔面に拳がめり込む。
そのまま、地面へと落下し数回のバウンドを繰り返し大の字で倒れた。
『お前を。殺す。』
ここに【虚空】と【無限】の神との戦いが始まろうとしていた。
次回の投稿は25日の木曜日を予定しています。