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第162話 分岐(前編)

ーーー美鳥ーーー


 私達は亡くなった黄華姉様の部屋を片付けていた。

 …と言っても、黄華姉様の部屋は綺麗に整理整頓されていて物もあまり多くない。

 実際は、皆と同じ…私物を持ち込む余裕がなかったからだけど…。

 黄華姉様の部屋は凄く良い香りに包まれていて心を落ち着かせてくれる。

 けど、どうしても黄華姉様の最後の…姿が思い返されてしまう。あの傷だらけで痛々しい姿を…。


『黄華姉…。』

『黄華お姉ちゃん…。』


 楓と月夜も同じみたい。

 泣きながら黄華姉様の洋服や化粧品をアイテムBOXに仕分けてる。

 後で無凱様に届ける為だ。

 口では恥ずかしがっていたけど、黄華姉様が無凱様を好きだったのは皆知っていること。


『はぁ…。黄華姉様…。』


 黄華姉様が良く使用していた机。

 その胸の部分の引き出しの中を見た時、あるモノが入っていることに気付いた…というか…引き出しにはそれしか入っていなかったので…すぐに目に入った。


『これ…封筒?。』

『どうしたの?。美鳥姉?。ん?。何、その封筒?。』


 差出人は黄華姉様です。

 裏には、

 美鳥ちゃん、楓ちゃん、月夜ちゃんへ

 …と書かれていました。間違いない。黄華姉様の字だわ。


 私は急いで封を切り、中身を確認した。

 そこには1枚の手紙が入っていた。

 その内容は…。


~~~ 


 美鳥ちゃん、楓ちゃん、月夜ちゃん。

 この手紙を読んでいるということは…。私は死んじゃったかな?。

 もし、まだ生きていたら見なかったことにして、そのまま元に戻しといて~。

 恥ずかしいからね。

 で、これを他の人が見付けていたら…その3人まで届けて下さい。


 あんまり長く書くのも苦手なので手短に書きます。

 貴女達と一緒にゲームをした時間は、私にとって…かけがえのない思い出です。

 全員初心者だった私達は力を合わせてギルドを、黄華扇桜を設立。

 無凱や閃君達の力を借りて、いつからか六大ギルドにまでなっちゃって…本当にあっという間だった。

 楽しくて…貴女達のことは友達と子供の間くらいに想っていました。私の大切な仲間です。

 時々、暴走しちゃう3人に振り回されるのは大変だったけど、私はそんな3人が好きでした。

 世界がこんなことになってからも、貴女達は私に協力してくれて、とても心強くて………。


 うん。ちょっと泣いちゃった。

 自分で書いてて恥ずかしいわ。

 

 暗い話しは止めましょう!。

 

 え~っと、威神君と仲良くするのよ。

 ちゃんと幸せになりなさい。

 これはギルドマスター最後の命令です。

 3人とも元気でね。

 美鳥ちゃん。楓ちゃん。月夜ちゃん。


 大好き。


~~~


『私も…私達も…大好きです。黄華姉様。』

『私も…。黄華姉が大好き。』

『うん。大好き…。』


 その後は、3人で泣いた。

 黄華さんの香りがする部屋の中で、今までの出来事を思い出しながら…。


ーーー


ーーー閃ーーー


 俺は自室に戻っていた。

 睦美と瀬愛を除いた恋人達も一緒だ。

 身仕度を整え部屋を出ようとする。


『にぃ様。お待ち下さい。どうなさる…おつもりですか?。』

『決まっているだろ?。睦美と瀬愛を助けに行く。時間が無いからな今すぐに出発しようと思う。』


 灯月に腕を掴まれ立ち止まる。


『そ、そんな…危険だよ!。敵のど真ん中に突っ込むようなモノなんだよ?。作戦とかも無いんでしょ?。それに場所だって…。』


 代刃が俺と扉の間に入り、進行を阻止。


『場所は分かってる。』

『え?。』


 懐から簪を取り出した。


『これは?。』

『俺が睦美にバレンタインのお返しでプレゼントした物の自分用だ。まぁ…俺は男だから普段は、お守り代わりに懐に入れてるだけだが。』

『それが…どうして?。』

『これには、魔力を記録する機能があるんだ。で、これは睦美と俺の魔力を記憶させてある。睦美に渡した簪にも俺と睦美の魔力を記憶してあるからな。互いから引き合うように放たれている魔力で方向を示してくれるんだ。』


 簪の先が手のひらで方向を変える。


『あ…動いた。』

『距離も分かる。この方向に…約2000キロってとこだな。』

『この方向で2000キロって…。』

『緑龍のギルドの方角です。』

『やっぱり、端骨は緑龍のギルドを拠点としているのですね…。』

『そして。ヤツ等も。いる。』

『ああ。確実に神の野郎共もいるな。基汐と黄華さんの仇が…。』

『………。けど、危険過ぎるよ。せめて無凱さんや皆と相談しないと。』


 確かにそうだ。

 だが、黄華さんを失って傷心しているであろう無凱のおっさん達を巻き込んで良いのだろうか?。

 俺以上に取り乱したりしないだろうか?。


 コンコン。


 その時、扉をノックする音が聞こえた。


『ど、どうぞ。』

『やぁ。お揃いだね。閃君。』

『おっさん…。』


 無凱のおっさんがいつもの様子で部屋の中に入ってきた。

 いや、僅かだが…いつもより余裕は無さそう?。そんな雰囲気を感じる。


『もう…良いのか?。』

『うん。まぁ、正直…立ち直ってはいないかな?。けど、黄華さんの最後に託した言葉がね。僕を動かすんだ。』

『………。』


 黄華さんは無凱のおっさんに、


 皆のことを任せるわ、しっかりやりなさい。


 …と、思いを託した。


『だからさ。今は落ち込んでいる場合じゃない。今、出来ることを全力でしようと考えた訳さ。』

『そうか…。心強いよ。』


 おっさんは俺達の様子を見渡して、再び俺を見た。


『この様子だと、睦美ちゃん達を助けに行こうとした閃君を皆が止めていたところかな?。考え無しに飛び込むのは危険だからとか?。』


 相変わらず読みが良いな…。


『その通り。時間が無いからな。女王が攻めてくる前に救出したい。』

『…そうだね。僕もその意見には賛成だ。けど、僕から見ても閃君単独で救出に向かうのは得策じゃないと思う。』

『………。』

『それに閃君は謂わばクロノフィリアの切り札の1つだ。易々と危険の前に突っ込ませる訳にはいかないよ。』

『なら、どうする?。救出するなら身動きの取りやすいヤツが短時間で行った方が成功率は高いと思うが?。』

『…そうだね。それは賛成だ。けど、敵は神だ。そう簡単に潜入を許すとは思えない。睦美ちゃん達の詳しい居場所すら分かっていないんだ。』

『…ああ。』

『そこで、僕に考えがある。』

『考え?。』

『うん。それ睦美ちゃんが髪にしていた簪でしょ?。』


 おっさんが俺の手に握られていた簪を指差した。


『ああ、俺が睦美にプレゼントしたヤツと同じモノだ。』

『それを使えば居場所が分かるのかい?。』

『ああ、さっき調べたら緑龍のギルドがあった場所辺りだと思う。』

『緑龍か…。遠いね。それなら、僕が先行しようか?。』

『おっさんが?。』

『うん。ここから緑龍のギルドまでの距離を即座に移動できるスキルを持つのは僕と閃君。それに、つつ美さんと神無ちゃんくらいだ。』


 確かにその通りだ。

 移動 という手段であれば他のメンバーでも時間を掛ければ可能だが一瞬での行き来となると限られてしまう。


『正直、つつ美さんと神無ちゃんには、ここの警護に回って欲しいんだよね。ここには、知っての通り戦闘に参加できない人々が大勢居るからね。彼女達のスキルは護衛に最適だから。』

『なら、俺だけで…。』

『それは駄目だ。言ったでしょ?。君は切り札なんだよ。だから、こういう作戦を考えた。』

『しかし…。』


 おっさんの作戦。

 それは、おっさんがスキルの【箱】を使用し単独で敵の拠点へと潜入。

 【箱】による転移を繰り返して敵の目を掻い潜り内部の見取り図を作成しながら睦美と瀬愛の居る場所を探す。

 見付け次第、安全確保の後、敵拠点近くで待機している俺達の位置を【箱】で繋ぎ合流。

 速やかに睦美と瀬愛を救出し一気にこのギルドまで転移で戻る…というものだった。


『上手く行けば戦闘自体を避けることが出来る。』

『だが、神の目を避けながらって…本当に出来るのか?。』

『99%無理だと僕は思ってる。それだけの相手だ。けど、それでも残り1%に賭けてやるしかない。』

『………。』


 おっさんの瞳には覚悟が宿っていた。

 最悪、自分の身を犠牲にしてでも睦美達を救出しようと考えているのかもしれない。

 クロノフィリアのリーダーとして…。


『分かった。おっさんの作戦で行こう。じゃあ、早速向かうか?。』

『にぃ様!。』

『閃!。』

『駄目だ。』


 灯月と代刃の2人が何か言おうとしたが拒否。


『何故ですか!。』

『そうだよ!。僕達も睦美と瀬愛を助けたい!。』


 2人だけじゃない。

 他の奴等まで首を縦に振りやがった。


『お前達を危険に晒したくない。俺1人で行く。』

『やだ。ママの仇。取る。』

『無華塁…。』


 無華塁が前に出て俺を見つめてくる。戦闘する気満々じゃねぇか。

 だが、その真っ直ぐな瞳には、おっさんと同じ色が宿っていた。

 黄華さんを失った悔しさからくる復讐心が。


『やっぱり、駄目だ。』

『閃。』


 尚も詰め寄ろうとする無華塁。

 そこを、おっさんが止めた。


『パパ?。』

『ああ。閃君。』

『おっさん?。』

『流石に閃君1人じゃ厳しいと思う。数人で行動するのがベストじゃないかな?。ほら、ゲームでもソロより役割を分けたコンビネーションの方が効率も強さも上だったでしょ?。』

『だが…ゲームとは…。』

『あっちが本来の現実だよ。』

『………。』


 そう…なんだよな…。


『それに君の気持ちは彼女達も同じさ。君が危険に飛び込むのを黙って見ているなんて出来ないと思うよ?。』


 俺は恋人達を巻き込みたくない。危険な目に

合わせたくないと考えている。

 げど、その考えは灯月達も同じだ。


『分かった。けど、全員は連れて行けない。連れて行くメンバーは俺が決める。それで良いか?。』

『はい。にぃ様に従います。』

『うん。』


 無華塁を除いた全員が頷いた。


『無華塁…。』

『閃。私を。絶対。連れてって。』

『………。だが…。』


 今の無華塁を連れていって本当に良いのか?。

 死に急ぎはしないだろうか?。


『閃君。僕からもお願いできないかな?。』

『おっさん!?。』


 正気か?。おっさんも無華塁の様子には気付いているだろう?。

 それなのに、無華塁を連れて行こうと言い出すとか…。


『おっさんが…言うなら…。』

『ありがとう。』


 おっさん…。何かを隠してるのか?。

 何か変だ。


『閃。私も、連れていって欲しいし。』

『…お前もか…。』


 その時、開いていた扉から光歌が顔を覗かせていた。


『ダーリンの仇…あのイルナードって奴…許さないし。無抵抗のダーリンにあんなに銃弾を浴びせやがって…。』

『光歌…。いや、駄目だ。』

『っ!?。何故だし?。』

『光歌はここの防衛の要だ。俺達が居ない間、他のメンバー達のまとめ役になって欲しい。』


 俺も、おっさんも拠点を離れる。

 指揮が出来る人材。冷静で頭の回転が早い奴を連れていく訳にはいかない。


『っ…けどっ!。』

『基汐も…それは望まない…と思う。アイツは優しいから、光歌が危険な目に合うことはさせたくない筈だ。』

『けど…けどぉ…。う、うわぁぁぁぁぁあああああ………。』


 光歌の中に残る基汐も同じことを言ったのか、光歌は崩れ落ちて泣いた。


 数分後。光歌は落ち着きを取り戻し、部屋の隅で丸くなった。


『連れていくメンバーだが。灯月と代刃。無華塁、智鳴、氷姫。一緒に来てくれるか?。』

『もちろんです。にぃ様。』

『うん。睦美達を助けるよっ!。』

『うん。頑張るっ!。』

『閃が望むなら何でもする。』

『最後に累紅。一緒に来て欲しい。緑龍の支配エリア内の案内を兼ねてな。』

『うん。閃君。私に任せて。』

『悪いが翡無琥、美緑、砂羅は拠点に残って欲しい。』

『閃さん。理由を聞いても良いですか?。』

『ああ。美緑は【世界樹】を通じて敵を含め他のメンバーの居場所の把握、そして情報の共有に動いて貰いたい。また、前みたいな奇襲が起きないとは限らないからな。』

『…そうですね。私も一緒に行きたいですが…。私のこの能力が役に立てるなら全力で挑みます。』

『砂羅は美緑のサポートを頼む。流石に美緑1人じゃ拠点内の全てを把握するのは難しいからな。』

『分かりました。お兄様に従います。』

『お兄ちゃん。私は?。』

『翡無琥…ちょっと良いか?。』

『え?。はい。』


 翡無琥を連れ一度部屋を出る。


『あ…あの…お兄ちゃん?。どうしたんですか?。』


 俺はそっと翡無琥の耳元に顔を近付け小声で話した。

 誰にも聞こえない様に耳の良い翡無琥だけに聞こえるように。


『どうにも…嫌な予感がするんだ。』

『え?。』

『おっさんが何かを隠しているような気がする。』

『無凱さんが?。』

『まぁ。何も無いならそれで良いんだが。翡無琥は拠点に残って問題が起きた時にその様子を俺に伝えて欲しいんだ。』

『…分かりました。けど、どうやってお兄ちゃんに?。』

『翡無琥にあげたプレゼントのイヤリング。』

『え?。これですか?。』


 翡無琥は自分の耳に着けているイヤリングを指でなぞる。


『ああ。これ光歌の連絡用の通信機を参考にして作ったんだ。』


 アイテムBOXから同じものを取り出す。


『これを俺の耳に着けて、魔力を送ると…。どうだ?。』

『あっ。お兄ちゃんの声がイヤリングから聞こえます。凄いですね。』

『ああ。例によって距離に応じた魔力が必要だし、俺と翡無琥が着けてる2つの間でしか会話出来ないんだけどな。何かあればこのイヤリングで俺に知らせて欲しい。だが、無理はするなよ?。ここから緑龍のエリアまでの通話となると相当に魔力を消費するからな。最悪、動くことすら出来なくなるかもしれない。』

『はい。本当の緊急時のみにします。』

『ああ。頼むな。』


 俺は翡無琥を抱き寄せ頭を撫でた。


『ふふ。』

『どうした?。』

『いえ、お兄ちゃんとお揃いだったんだなぁ。と思ったら嬉しくて。』

『はは。そうか。翡無琥。皆を支えてやってくれ。』

『はい…お兄ちゃんも…。』

『ああ。必ず、睦美達を助けて戻ってくる。』


 俺と翡無琥は皆の待つ自室へと戻った。


ーーー


ーーー翡無琥ーーー


 話が終わり、部屋に戻ろうとお兄ちゃんが振り返り私に背中を向けた。

 私もその後を追うように歩き始めた、その時。


『…お兄ちゃん…?。』


 今まで強く感じていた、お兄ちゃんの気配が凄く弱々しく感じました。いいえ、そこに確かに居る筈なのに存在が薄くなったような…。


『うん?。どうした?。』

『え?。あっ…。』


 気付くと無意識でお兄ちゃんの服を握っていました。


『翡無琥?。』

『お兄ちゃん…。』

『うん?。』


 お兄ちゃんは私に視線を合わせるようにしゃがんで、手を握ってくれました。


『私…は…もう…大切な人が目の前から居なくなるのを…【見】たくない…です。そこにあった温もりが少しずつなくなっていって…。気配を感じなくなって…。お姉ちゃんみたいなことは…もう…嫌です…。』

『翡無琥…。』

『お兄ちゃん…。必ず…戻って…来て…下さい…。』

『…ああ。約束する。必ず翡無琥のところに戻るから。』

『はい。約束です…よ?。』

『ああ。』


 お兄ちゃんは私を抱きしめてキスをしてくれました。

 大好きなお兄ちゃんに包まれて安心出来る筈なのに…何故でしょうか…。私の胸の中にある不安は一向に収まってくれません。

 まるで、お兄ちゃんとも…もう…。


ーーー


ーーー無凱ーーー


『やぁ。無凱。いつものかい?。』


 いつもと同じように応対してくれる仁。

 自分の娘の最愛の人、基汐君を失って傷心しているだろうに…その心の内を表には出さない。


『いや、水で良いよ。』

『おや?。珍しいね。…いや、そういう時もあるか…。』


 カロンッ!。…と音を立てたグラスの中の氷。


『それで?。僕に何か用事かい?。』

『うん。これを仁に渡したくてね。』


 一枚の紙を仁に渡す。


『これは?。』

『僕は睦美ちゃん達の救出に行くことにした。閃君達と一緒にね。』

『そうか。じゃあ、この紙に書いてある内容は…。』

『察しの通りさ。僕がいない間、残ったメンバーのことを頼む。その紙には、僕なりに考えた神々が攻めて来そうなパターンと対応策をいくつか書いておいた。参考にして欲しい。』

『おお。それは、ありがたいよ。』

『頼む。』


 暫く無言。

 仁がグラスを拭く音だけが2人の間に流れる。


『無凱。』

『ん?。』

『無茶はするなよ?。』

『ああ。分かってるよ。黄華さんにも言われたからね。皆の為に行動するさ。』

『そうか…なら、良いさ。くれぐれも用心しなよ?。』

『ああ。仁もね。』


 その後、2人の間にはいつもの穏やかな空気が流れた。


~~~


『無凱さん。』

『ん?。』


 仁と別れ廊下を歩いていると呼び止められた。


『おや?。柚羽さんと水鏡さん。』

『無凱さん。お願いがあります。』

『私からもです。』

『お願い?。』


 だいたい察しはつくけど一応聞いてみようか。


『はい。私達も無凱さんと一緒に行動したいです。』

『睦美ちゃん達を助ける手助けがしたいんです。』


 だよね。

 このタイミングでそんな真剣な お願い ってそれしか考えられないし。

 さて…どうするか。

 リスティナさんの話が本当なら拠点に残ることも安全ではない。いや、神々が…圧倒的強者に先手を譲ってしまっている以上、安全な場所なんて存在しないと言った方が正しいか。

 向こう側は全員が転移で移動できると考えて間違いないだろう。その点ですら、イニシアチブは神々が有している。

 なら、僕の大切なこの娘達は…僕の手の届くところで僕が守るのが良いかもしれないか…。


 …もう、大切な人をこれ以上に失うのは…流石に堪えるしね…。


『分かった。一緒に行こう。』

『え!?。』

『良いんですか?。』

『何で2人の方が驚いているんだい?。』

『え?。だって…無凱さんのことです。絶対断られると思っていたので…。』

『はい。私もです。』

『本当なら断りたいよ。君達を危険に晒したくなんかない。けどね。今の状況じゃ…何をしても手詰まりに近いんだ。実際に安全な場所はもうこの世界には無いのかもしれない。だから、僕は近くで君達を守る。そう、決めたんだ。』

『…そうですか。』

『ですが、無凱さん。貴方は1つ間違っています。』

『ん?。何をだい?。』

『私達も貴方を守りたいんです!。』

『もう守られるだけの自分じゃない。肩を並べて戦いたい。』

『っ!。そうか…。そうだね。ごめん。君達の気持ちを考えてなかった。』


 さっき閃君達を見てきたばかりなのにね。


 この2人は強くなった。能力やスキルだけじゃない。心が強く。


『敵は最強の集団だよ?。それでも行くかい?。』

『…はい。無凱さんと一緒です。』

『はい。私に出来ることをやります。』

『うん。宜しくね。一緒に睦美ちゃんと瀬愛ちゃんを助けよう!。』

『『はいっ!。』』


~~~


 自室へと続く廊下を歩いていると。


『あの…無凱様…。』

『あれ?。美鳥ちゃん達か。どうしたんだい?。』


 またも声を掛けられた。

 皆も各々準備をしているんだろうね。

 声の主は美鳥ちゃん、楓ちゃん、月夜ちゃんの三姉妹。いつもは、黄華扇桜のギルドの運営の尽力してるからあんまり外に出ないのだけどね。

 ここに居るのは珍しいね。


『無凱様にお渡ししたいモノが…。』

『ん?。』

『アイテムBOXから転送します。』

『了解。開くからちょっと待ってて。』


 僕はアイテムBOXを開き受信画面をタッチする。

 すると、美鳥ちゃんからアイテム化されたデータが送られてくる。


『ああ。これは…。そうだね。ここまで気が回らなかった。ごめんね。辛い役目をさせてしまって。』


 美鳥ちゃんから送られてきたのは、黄華さんが所有していた物一式。

 大事にしていた思い出の物から、この間、閃君から貰っていた造花まで様々だ。


『いいえ。お世話になった私達が出来る、せめてもの恩返しですから…。』

『ありがとう。黄華さんも喜んでると思う。』


 僕はアイテムBOXの中から、とあるモノを取り出した。

 まだ。持っててくれてたんだね…。


『それは…指輪ケースですよね?。』

『うん。昔に…僕が黄華さんに渡した結婚指輪だ。』


 ケースの蓋を開けると、当時のまま。ダイヤの指輪が入っていた。

 それと一緒に一枚の紙がヒラヒラと落ちる。


『何か落ちましたよ?。』

『うん。何だろうね?。』


 その紙を拾い、そこに書かれている文字に目を通す。


『………。すまない。部屋に戻るよ。色々…ありがとうね。』

『え…あっ。はい。』


 美鳥ちゃん達には悪いけど耐えるので精一杯だった。


『黄華さん…。』


 紙には…黄華さんの想いが書いてあった。


 愛しているわ。これからも…ずっと…。


 いつ書いたものなのか…。それは分からない。けど…その文面を見た瞬間に今までの黄華さんとの思い出が一気に蘇ってきてしまって…。

 ベッドに腰を下ろし指輪を見つめながら、静かに涙を流した。


 コンコン…。


 暫く、暗い部屋の中で指輪を眺めていると、控え目なノックが聞こえたような気がした。

 誰だろうか?。今は、一人にして欲しいな…。


 コンコン…。コンコン…。


 暫く、軽いノックが続いた。

 申し訳ないが、今の僕の姿は誰にも見られたくない。居留守を使おう…。


 かちゃりっ…。 


 ドアの鍵が開けられる音。

 その瞬間、誰が入って来たのか理解する。


『無凱さん。』

『居ますよね?。明かりもつけないで…。』


 柚羽さんと水鏡さんが部屋に入ってきた。

 この部屋の合鍵を渡しているのは、この2人と黄華さんだけだから…。


『どうして…ここに?。』

『美鳥ちゃんから聞いたんです。黄華さんの指輪を無凱さんに渡したら凄く辛そうな顔をして部屋に戻ったって。』

『そうか…すまない。出ていってくれないか?。今は少し1人でいたいんだ。』


 こんな弱々しいリーダーの姿なんて見せられないから…。


『無凱さん。』


 ベッドに座る僕の顔を包み込むように胸元で抱きしめる柚羽さん。


『柚羽さん?。』

『泣いていたんですね。』

『………。うん。頼りない姿を見せてごめんね。』

『いいえ。気にしないで下さい。無凱さんが黄華さんを大切に想っていたことは知っています。もちろん、その逆も…。』

『………。うん。』

『私は…いえ。私達では黄華さんの代わりにはなれない。けど、それでも無凱さんは私達を恋人にしてくれました。』

『………。』

『無凱さんが辛い時は支えたい。甘えて欲しいんです。普段のリーダー気質の無凱さんは頼り甲斐のある男性です。けど、恋人である私達には弱音くらい吐いて欲しいんです。いえ…私達にぶつけて下さい。全部、受け止めて上げますから。』

『柚羽さん…。』

『私もですよ。』


 今度は背中に回った水鏡さんに後ろから抱きしめられた。

 2人挟まれたことで温かな体温を感じ、今まで感じていた凍るような冷たい孤独感が薄れていく。


『恋人なんです。助けて貰ってばかりじゃなく。支え合いたいんです。どんな時も私達は一緒です。だから、1人で無理をしないで下さい。』

『良いのだろうか?。僕の 弱さ を見せても…。』

『良いんです。無凱さんだって1人の人間なんですから。弱さを持っていて当然です。それを支え、共感し、受け止めるのが恋人や家族なんですから!。』

『はい。貴方には私達がいます。だから、1人で抱え込もうとしないで下さい。』


 2人が僕を本当に想ってくれていることが伝わって来て、今まで我慢していた心の中にある何かが一気に流れ出て来てしまった。


『…すまない。少しの間だけ…僕の弱さを受け止めて…。』

『ええ。大丈夫です。』

『私達はここにいます。』


ーーー


ーーー閃ーーー


 翌日の早朝。

 準備を整えた俺達はギルド境界のゲート前にいた。


『さて、行こう。ここなら大きめの【箱】を出しても大丈夫だ。頼むね、閃君。』

『ああ。』


 皆に見送られた俺達は、これから睦美と瀬愛を救出する為にこれから元 緑龍絶栄のギルドがあったエリアへと向かう。

 緑龍へ行ったことがある俺がおっさんのスキル【箱】を使い全員を転移させることとなった。

 俺は全員が入れるサイズの【箱】を出現させる。


『よし、まず僕が様子を見てくるから、少し待ってて。』

『ああ。』


 そう言うとおっさんが【箱】の中へ入って行く。

 暫くすると、【箱】から顔を出したおっさん。


『うん。安全そうな。場所だった。皆、来ても大丈夫だよ。』


 その言葉を合図に全員が【箱】に入っていく。

 因みに、メンバーは…。

 無凱のおっさん。柚羽。水鏡さん。

 灯月、代刃、智鳴、氷姫、無華塁、累紅。

 そして、俺だ。

 

 美鳥達姉妹が一緒に行きたがっていたが、彼女達はギルドに匿っている非戦闘員の護衛についてもらった。


~~~


 【箱】を抜けた先は以前に訪れた時とは明らかに形を変えていた。

 最初に気付いたのは空の色。

 俺達の居た拠点は青空で覆われていた筈なのに、緑龍のギルドは赤黒くて血のような色で染められていた。


 それと…。


『っ!?。何だ…これ!?。ぐっ…。』


 【箱】を潜り抜け、緑龍の支配エリアに足を踏み入れた瞬間だった。

 強烈な頭痛。頭を内側からトンカチか何かで殴打されるような痛みに膝をついた。


『にぃ様!?。』

『閃!?。』


 突然、座り込んだ俺に皆が駆け寄ってくる。


『ぐっ…何だ…この痛みは?。皆は平気か?。』

『え?。痛み?。閃ちゃん。頭が痛いの?。』

『私達は。平気そう。』


 智鳴と氷姫は大丈夫そうだ。


『私も。平気。閃。少し休もう。』

『そうだね。閃君。こっちに小さな洞窟があるよ。ここで少し横になろう。』


 おっさんと無華塁に支えられながら俺は横になった。

 とても自分で歩ける状態じゃない頭の痛み。

 急にどうしたんだ?。


『あれ…何?。』


 すると、何処かを眺め小さな声で呟いた塁紅の声が聞こえた。


『どうしたんだい?。累紅ちゃん?。』

『それが…私がこの場所に居た時は、あそこに美緑ちゃんの作った【世界樹】があったんです。』


 累紅が指差す方向に目を向けると…そこには【世界樹】ではなく巨大な塔が高々く聳え立っていた。


『ふむ。あそこは緑龍の中心で間違いないよね?。』

『はい。美緑ちゃんは全てを見渡す為にギルドの真ん中に【世界樹】を育てました。それがあの場所だったのですが…。』

『成程。じゃあ、十中八九…あれが神々の拠点と見て間違いないか。周囲の状況も変化してそうだし、これは色々と調べないといけないね。』

『すみません。案内役として選ばれたのに…私、これだと役に立てないかも…です。』

『そんなことないよ。【世界樹】の情報も、あの塔が今まで無かったことも役に立つ情報だ。だから、そんなに落ち込むことはないよ。』

『はい…。』

『さて、作戦通り僕達が先行して様子を探ってくるよ。皆は一先ずここで待機だ。急に、体調の悪くなった閃君の側に居てあげて。』

『何か…ぐっ…あったらすぐに呼んでくれよ。』

『もちろん。閃君の頭痛の原因も何かあるかもしれないからね。それも探ってみるよ。』

『気をつけろよ…おっさん。』

『ああ。行こう。柚羽さん。水鏡さん。』

『『はい。』』


 おっさんが【箱】を使い転移を繰り返し移動していく。


『ぐっ…本当に…何なんだ。この頭痛は?。』

『にぃ様。取り敢えず安静にしてください。』

『そうだね。今は無凱さんに任せよう。』

『ああ。おっさん。くれぐれも注意しろよ。』


 あの塔には、絶対に奴等がいる。

 何故か確信に近い形で理解できる。

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