第160話 神が動く
蜘蛛の大軍勢が召喚され、神々へ襲い掛かる。
『皆…行ってっ!。』
瀬愛の言葉が合図となって。
ーーー
『うっひゃ~。マジ。キモいな。』
『ふん。貴様が煽ったからだろう。手早く確保しないからこうなる。』
イルナード。ノイルディラ。コルン。
3柱の神が瀬愛のお友達、召喚した沢山の蜘蛛のモンスター。【魔蟲蜘蛛】達と戦っている。
けど、この子達じゃ。あの神達の相手にならないことは分かってる。
だから…蜘蛛達には、なるべく時間を稼いでってお願いしたの。
糸を広域で展開して神達の移動を阻害。一定距離を保ちつつ糸と毒針で牽制。隙を見て直接攻撃。
その間に瀬愛は目的を遂行するんだ。
『睦美お姉ちゃん…待ってて。』
子供達の護衛を複数の蜘蛛にお願いして瀬愛は火車って人に走った。
火車の胸からは気を失って筋肉の中に取り込まれた睦美お姉ちゃんの顔が見える。
何とか引き離さないと。
『あん?。何だぁ?。ガキ。俺とやろうってか?。』
『火車君。彼女は殺さないで下さいね。捕獲対象ですから。』
『しゃぁねぇな。加減してやるよ!。』
『頼みますよ。』
基汐お兄ちゃんの神技で受けたダメージも、既に回復してる。
それに、身体もさっきより硬くて大きくなってる。きっと、受けた攻撃に身体が適応していくんだ。
つまり、基汐お兄ちゃんの神技以上の攻撃でしか攻撃が通らないってこと。
『難しいよ…。けど、やるしか。スキル【糸弾】っ!。』
貫通性のある技で肉体を抉るっ!。
『ぐっ!。豆鉄砲か!?。』
指先から玉状の丸めた糸を打ち出す。魔力で強度を上げて、更に回転させることで少しでも貫通力を高めるんだ。
『まだまだ!。【蟲神鋼牢】っ!。』
鋼鉄の糸で作り出す檻。
これで逃げ場を無くして…。
『鬱陶しい…鬱陶しいぞぉぉぉおおおおお!。』
暴れれば暴れる程、糸はくっつき絡まっていく。
切れない。その一点だけに強化した糸はどんなに力を強く込めても意味がないんだ。
そして、糸を束ねれば紐に、紐を束ねれば、縄に、縄を束ねれば網になる。
太くなればなるほど強度は上がる。
『これで動けないよっ!。スキル【蟲神毒糸束呪縛】!。』
火車の身体を貫通した玉糸は、その結び目が解かれ体外に飛び出す。
身体を縫い付けられた状態となった火車の身体を更に縛り上げた。
糸の一本一本には毒が染み込んでいるけど、ママのスキルを受けたことで毒の耐性を得ているみたい。毒の効果が現れない。
『けど、これなら睦美お姉ちゃんを助けられる。』
『ちっ!。小賢しい!。動けねぇ!?。』
『無駄だよ!。数え切れない数の糸で縛ってるからね!。絶対動けない!。』
瀬愛は火車に飛び付こうとした、今なら睦美お姉ちゃんを引き離せる筈。
糸は睦美お姉ちゃんの身体を包むような形で撃ち込んだ。胸から伸びる複数の糸を同時に引っ張れば助けられるっ!。
『やれやれ。貴方がやられてどうするのですか?。実験なのですから、それくらい自分で対処してくださいよ。』
横から端骨が口を出しながら近付いてる。
でも、瀬愛の方が速いよっ!。
このまま、睦美お姉ちゃんを助けて蜘蛛達で皆をお兄ちゃんの所まで運ぶんだ。そうすれば…お兄ちゃんならきっと何とかしてくれる!。ママ…待ってて。
『たりめぇだ。まだ負けてねぇだろうが!。ほらよっ!。』
『えっ!?。』
あと数十センチで睦美お姉ちゃんに届こうとした時、目の前の火車の顔が変化した。1つだった顔が分裂して2つになって…その顔が…。
『瀬愛ちゃん!。ママとパパをこれ以上虐めないで!。』
『ああ。瀬愛は良い子だからな!。もう止めてくれよ。』
その顔は瀬愛の本当のパパとママで…声も一緒で…瀬愛のこと呼んで…。
『糸は私が【劣化】させましたよ。これで自由でしょう?。さっさと終わらせて下さい。』
『はいよっとっ!。らぁっ!!!。』
『あぐっ!?!?!?。』
ママとパパの顔に驚いて油断した瞬間、お腹に強烈な痛みと衝撃が打ち込まれて、瀬愛の身体は吹き飛ばされた。
何度も全身を叩きつけられながら最後は子供達がいる場所の少し手前まで地面を転がったの。
『ぐっ…あっ…。』
『瀬愛お姉ちゃん!。』
『お姉ちゃん!。』
心配して子供達が近寄って来ようとしている。
『来ちゃ…だ…め…。』
瀬愛の言葉に護衛用の蜘蛛達が子供達を制止した。
全身が痛い。特に殴られたお腹。口の中…血の味がする。うっ…頭痛も…吐き気もする。目が回る。
『ははは。どうよ?。生きてるだろう?。手加減したぜ?。』
火車が笑いながら近付いて来る。
『ぐっ…。あぅ…。』
痛みに耐えて何とか上半身を起こす。
衝撃で【神化】が解除されてしまった。
『ははは。どうよ?。今の奴等お前の親なんだろ?。』
『な…ん…で…ママ…と…パパが?。』
『この身体の基になってんのが改造されたお前の親なんだわ。今じゃ俺が主人格で身体を動かせているがな。』
『っ…。』
『同化に近いのか。この身体になってからというもの、お前の親の思考や思い出が俺の中で共有されてな。』
『そ…れって…。』
『お前。全然大事にされてないのな。害虫?。寄生虫?。自分達に纏わりつく気持ち悪りぃ化け物だとさ。視界に入るだけで虫酸が走るんだとよ。』
『………。』
やっぱり…そうなんだ…。
家族じゃない、他人に言われたことでパパとママの本心が決定的になった。
『うっ…。うぅ…。』
『おやぁ?。泣いちゃったねぇ。可哀想に…。けど、良いんじゃねぇ?。こんな親ならこっちから願い下げだろう?。ははは。まっ、俺の親よりヒデェけどな。』
ボタボタ。ボタボタ。
イルナードへ飛び掛かった蜘蛛の群れが死骸となって地面へと落ちていく。
『ははは。数がいたって俺ッチの毒の前じゃ意味ねぇな。空気に感染させりゃ、俺ッチに辿り着く前に死んでっから。』
大量の蜘蛛達。蜘蛛達が出した糸すらも毒に侵され朽ちていく。
『喰らい尽くせ。【グライラード】!。』
ノイルディラの持つ漆黒の剣の剣身が歪に割れ口のような形へと変化した。鋭い牙で蜘蛛達を噛み千切り貪り始めた。
『さて、全滅だねぇ。ちょうどそっちも終わったみたいだし。連れて帰ろうか?。』
『うっ…。』
イルナード。ノイルディラ。が近付いてくる。
駄目だ。動けない…。
基汐お兄ちゃんの身体を浮かせる程の拳の直撃は瀬愛の身体の自由を奪うには十分だった。
『下手に抵抗されんのも面倒だし、手足くらいは斬っといても良いよな?。』
『ひひ。構いませんよ。止血だけは宜しくお願いしますね。』
『はいよ。』
イルナードが瀬愛に向かって刀を振りかぶる。
動けない瀬愛には抵抗すら許されなかった。
けど…そのまま振り下ろされた刀の刃は瀬愛には届かなかった。
『はっ?。』
『えっ?。』
動けない瀬愛に覆い被さった影。
『おいおい。マジか?。まだ動けんの?。』
あ…。この身体に感じる重み。
何度も嗅いだ。大好きな匂い。
『マ…マぁ…。』
そう。瀬愛を庇ってくれたのは…。
黄華ママだったの。
『怪………我……な…ぃ?。』
『無い…無いよぉ……でも、ママがぁ…。』
瀬愛を庇ったことで背中を深く斬りつけられたママ。
『はぁ…。下手に【感染】しちまったら殺しちまうし…しゃあねぇ。俺ッチの毒はウイルスみたいな性質も持ってるからな…俺ッチの意思とは関係なく広がろうとしやがる。ちっ。【神力】解除。まぁ、どっちにしろその身体じゃもう手遅れだがな。ははは。良く頑張んねぇ~。』
『あ…たり……まぇ…じゃ………なぃ。わた………しは…こ…の、子の…母親…だも…の…。』
『おいおい。その死に体で立つかよ…。』
『この…子…には…指…1本も…触れ…させないっ!。』
『ママぁ…。』
全身が辛うじて人間の形を保っているようなボロボロな身体で、瀬愛の前に立つママ。
背中からは血が沢山出て…。片腕はもう朽ち落ちて無くなって…。
『ママ!。もう止めて、本当に死んじゃうよぉ…。』
『ふふ。だい…じょ…ぶ…。あな…た…は…にげ…て…わた…しの……てん…し…。』
『はいはい。とっととくたばんな!。』
『うぐっ!?。』
『ママっ!?。』
イルナードに蹴られて無抵抗のまま倒れるママ。
『止めてっ!。もうっ!。止めてよ!。』
『ははは。うぜぇ。お前は、とっとと斬られとけ。』
『ひっ!?。』
『させ…なぃ…って…うぐぁ!。』
『ママぁ…。』
『ちっ。しつけぇな。』
今度はママが瀬愛の身体を押して自分の身体で受けたことで肩口から横腹までを斬られた。
『ぃ……てる…しょ…。』
もう声も小さすぎて聞こえない。
けど、瀬愛には分かるよ。ママっ!。
『その…通り…だ!。』
『は?。てめぇもかよ?。』
大きな翼を瀬愛や子供達を守るように広げた基汐お兄ちゃん。
その翼も崩れて穴だらけ。もう飛ぶことも出来ないくらいボロボロだった。
『てめぇ等。なんかに…仲間を殺られて…たまるかよ…。』
けど。基汐お兄ちゃんの声にも力はない。
『はぁ…。無駄な抵抗してよぉ。馬鹿みたいだな。俺達は、神だぜ?。その神に歯向かった時点でお前達の未来は決定されてんだわ。おい。黒ちゃん。そっちのデカイの任せたぞ?。』
『ふん。手間賃は上乗せだ。忘れるなよ。』
『はいはい。』
イルナードはママに、ノイルディラは基汐お兄ちゃんに近付いていく。
『先の蜘蛛の能力を使わせて貰う。』
『っ!?。これはっ!?。瀬愛の!?。』
『あれって…お兄ちゃん!。』
基汐お兄ちゃんの身体をノイルディラが出した糸が巻き付いた。
瀬愛の…瀬愛と蜘蛛達の糸を?。
『私は吸収した能力を自身の力にする。そして、魔力さえも。』
数万…数億…それ以上の蜘蛛を貪り尽くした漆黒の剣が吸収した蜘蛛の魔力が解放され、剣自体の大きさが変化した。
それは基汐お兄ちゃんの竜の身体とほぼ同じ大きさに。
『動けんだろう?。これで最後だ。』
『がぁぁぁぁぁああああああああああ!!!。』
基汐お兄ちゃんの身体が両断された。上半身と下半身。下半身はそのまま倒れて…上半身が地面へと落下し周囲の地面を揺らした。大きな音を立てて…。
『あばよっ!。しぶてぇ女。』
『あっ…。』
無抵抗で胸を…心臓を刀で貫かれたママの身体が静かに崩れ落ちた。
基汐お兄ちゃんも…ママも…。もう動いていない。
ただ、大量の血を流してるだけ…。
『ママ…。お兄ちゃん…。』
涙で前が見えない。
ママの身体を手繰り寄せて抱き抱える。ヌルヌルとした感触と流れる血。冷たくなっていく身体を瀬愛は抱き締めるしか出来なかった…。
『さて、お嬢さん。そろそろ…両足切断しようか?。逃げられないようにね。』
『ひっ…。いやぁ…。』
もう瀬愛には戦う気力も魔力も残っていない。逃げる力さえも…。
イルナードの刀の切先が近付く。
けど…その瞬間、瀬愛の前に誰かが来た…ところで瀬愛の意識は失くなった。
ーーー
『で?。何でお前が俺ッチの行動を止める訳?。黒姫ちゃん?。』
倒れる瀬愛の身体を支えたのはアイシスだった。
『あら?。意味が無いからよ?。』
『はん?。どういう意味よ?。』
『この……、 子 の【意識】は私が【奪った】わ。だから、もう暴れることもないの。ほら。足だの手だのを斬り落とす必要は無いでしょう?。』
『………。はっ。 それ を助けたってことか?。珍しいこともあるもんだ。』
『別に助けた訳じゃないわ。ただ、面倒なことを1つ減らしてあげただけよ?。』
『はん?。』
『…止血するの面倒でしょ?。』
『ああ。確かに…。』
静かに瀬愛を寝かせたアイシスは、端骨へ顔を向ける。
『とっととなさい。目的は達したでしょ?。』
『ひひ。はい。ありがとうございます。』
『次、許可無く喋ったら。殺すわよ?。』
『は…。ぃ。』
『ふん。』
そのまま、アイシスは瀬愛から目を逸らした。
瀬愛の身体は火車の筋肉の牢獄へ吸収され睦美と同じく顔だけが肉の間から出ている状態になる。
『はぁ…もうちっと歯応えのある敵だと聞いてたんだがな…。期待外れだったわ。あっ…そうだ。』
イルナードは跳躍し怯え震えていた子供達の前に降り立つ。
『ひっ!?。』
『こ、殺さないで…。』
『こ、怖いよぉ…。』
『死にたくなぃ…。』
泣きじゃくる15人の子供達。
その姿を見て自然と笑うイルナード。
『だぁめっ。お前等もバグに侵されてるかもしれねぇじゃん?。疑わしいなら排除するっきゃないっしょ。』
『わぁぁぁぁあああああん。』
『やだぁぁぁああああああ。』
銃口が向けられ泣き叫ぶ子供達。
『イルナード様。』
『ん?。何さ。端骨?。俺ッチ良いところ何だけど?。』
『どうか。お待ちください。彼等は新鮮な 肉 でございます。どうかこの火車の餌にして頂きたいのです。ひひ。』
『ん?。ああ。良いぜ。じゃあ、俺ッチは、その様子を見てるからよぉ。精々、無惨で残虐に頼むわ。』
『心得ました。火車。』
『へへへ。腹減ったぜ。ガキっていうのが気にくわねぇが仕方ねぇか。』
そこから地獄の時間が始まった。
泣き叫ぶ子供達。まさに阿鼻叫喚。
飛び散る肉片、噴き出す血潮。
全ての子供達の声が聞こえなくなった頃。
残されたのは千切れた衣服と僅かに残る骨。
そして、夥しい量の血液でできた水溜まりだけだった。
『さてと、ここでの用事も終わりだろ?。』
『はい。戻り次第実験を始めます。』
『ははは。楽しみだなぁ。』
『私は帰って寝る。』
神々は空間を歪ませ門を開く。
戦いの跡になど全く興味を示さずに、次のことを考え姿を消した。
最後に残ったアイシス。
『何でしょう…この…気持ち…。』
彼女の視線の先には倒れた基汐と黄華。
『………。まだ、 動いて いるわね…。』
まだ、微かに生きている2人。
だが、それも時間の問題。【バグ修正】の蝕みは確実に進行している。
もう数分も生きていられない。まさに虫の息な状態だ。
彼女の小さな手が黄華と基汐へと向けられた。
『【神力】発動。設定する【結果】は【安らかなる死】。【略奪】…対象は…【彼女と彼】の【苦しみ】と【痛み】。』
【略奪の神】アイシスが神としての能力を行使した。
なぜ、こんな行動を取っているのか。彼女自身が理解できていない。しかし、後悔はなかった。むしろ、少し安心している自分がいるのだ。
『別れくらい…ちゃんとしなさい。またね。もう1人の私…。』
その言葉を残して、アイシスの姿が消えた。
ーーー
ーーーステータスーーー
・基汐
・刻印 No.8(左胸)
・種族 【竜鬼神族】
・スキル
【竜皇覇気】
【竜皇波動】
【竜皇回帰】
【竜皇撃震破局】
【竜星呼咆哮】
【竜神爪牙】
【鋼竜鎧装】
・神化 【竜鬼皇顕現】
・神具 【竜宝玉】
・神技 【竜皇閃砲神光】
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