第155話 メリクリア
ーーーリスティナーーー
『それは…真か?。』
『無論だ。』
妾は現在、女王との対談に応じた。
拠点の中でも人気の無い場所を選んだようだな。周囲は木々に囲まれ、人の気配はない。
女王を取り囲むように周囲には魔力の壁が展開されており、魔力を含め音すらも遮断しているようだ。
この状況では、無凱達の場所まで映像は送られないな…。
流石女王と呼ばれる者、この魔力の壁の中から妾にのみ気付ける魔力の波動を飛ばしたのか…。魔力の扱いも神懸かっておる。
『それを信じられると?。』
『結果は変わらぬ。此方の手間の問題だ。』
『………。』
女王から聞かされた話の内容は、これから行われるクロノフィリア殲滅作戦の実行日時と、その方法。
そして…妾に対する、とある提案だった。
『【創造の神】。ソナタも理解しておるのだろう?。妾と騎士達が本気で行動を起こせば止められぬことぐらい。』
『………。』
正直、妾は女王がこの世界に訪れるところまでは想定していた。
だが、まさか【絶対神】以外の全ての神を投入しクロノフィリアの殲滅を実行しようとは…。
『本体ならば…まだしも、分身の身では彼等を守りきれまい?。ならば、いっそのこと。楽にしてやるのが彼等にとっての幸せではないか?。』
『お主も分身体でないか?。』
『その通りだ。この世界には妾や【創造の神】のような存在は真面に顕現できぬ。すれば世界は崩壊してしまうのでな。』
『………。』
閃…達を守りたくて妾はここにいる。
しかし…女王達によって、これから行われるであろう殲滅作戦は今の妾では…抗うことすら出来ぬかもしれん…。
悔しさで拳を握り締める。
『自らが作り出した存在を殺されたくない気持ちは理解出来る。本体の【創造の神】もそうだったからな。だが、死が確定している者達を楽にしてやるのも愛ではないか?。』
『…1つ聞いても良いか?。』
『………。』
こくり。と無言で首を縦に振る女王。
『何故。そこまで妾に助言するのだ?。』
『………。気紛れだ。』
僅かに目を叛ける女王。
『そうか…。』
再び、目が合う。
『1つ。妾からも良いか?。』
『良いぞ?。』
女王からの質問。
『あの者達を救いたいか?。』
『無論だ。当然であろう?。発生はどうあれ。結果として妾の魔力で生み出された命だ。ならば、アヤツ等全員妾の子だろう?。子を守るのは母の役目だ。』
『………。』
即答する妾の答えに女王が僅かに笑ったような気がした。
『ならば、【創造の神】。1つ。提案をしよう。』
『何だ?。』
『これを見よ。』
女王が作り出した水晶のような球体。
そして、球体に映り出された映像。
『っ!?。これは…。真実なのか?。』
『嘘は言わぬ。』
『しかし…これは…。』
水晶の映像には、にわかには信じがたい映像が映し出されていた。
『計画は既に次の段階へと移行している。そこでだ…。』
『いや、言わなくて良い。そういうことか…。』
妾は女王の真意を察した。
『ふっ…。流石だ。察しが良いな。ならば、話は早い。至急戻り準備と用意を済ませることを推奨するが?。』
『ぅぬ…しかし…それでは…。』
『ああ。【創造の神】。裏切り者として見られるだろうな。正直に全てを話す選択肢もあるが?。』
『言えるわけ…ないだろ…死んでくれと…なんて…。自身の子達に…。』
そうだ。皆は妾を信頼してくれている。
ここは…裏切り者と罵られようと…。
『なぁに。先に語った通りだ。まだ、暫しの時間がある。その僅かな時間で別れくらいは済ませておくが良い。』
『………。』
『ではな。』
女王が身を翻し、転移のための魔力を込める。
『なぁ。女王よ。』
女王にも立場があるであろう。
しかし、こうして妾の為にこの時間を用意してくれたようだし。
ああ。妾の為だけではないな。クロノフィリアに対しても出来るだけの温情を乗せ、おそらく、他の神にも気を利かせているのだろう。
気心が知れぬな…。
全てをコントロールされているような。
そんな妾の心情を悟ったような提案の内容。
むず痒さと、ちょっとした悔しさ。
『ん?。何だ?。用は済んだ筈だが?。』
『いや、なに。少し妾もお主に助言だ。』
『助言?。』
首を傾げる女王に妾は告げた。
『無理をして女王キャラを演じなくても良いのではないか?。妾くらいになると見破られるぞ?。』
『………ふぇ!?。え?。』
妾の言葉に目を見開き面食らった表情を浮かべた女王。
先程までの凛とした態度は何処へやら、見た目通りの年齢を思わせる少女のように変貌する。
『え!?。あの…え?。その…気付いてたの?。』
『ははは。それが素か?。そっちの方が可愛げがあるではないか?。』
『っ!?。もうっ!。からかわないでよ!。ふんっ。そんなこと言うなら、僕はもう知らないよ!。』
そっぽを向く女王。
存外に可愛らしいな。
『………。何で…分かったの?。』
おずおずと怨めしそうな眼差しで聞いてくる女王。
『お主等は、あまり他者との関わりを持ったことがないのであろう?。多少、人間関係を学んだ者なら見破られるぞ?。そこまででなくとも違和感は感じるであろうな。』
『そ、そうなんだ…。』
『ははは。素の方が愛らしいではないか。まぁ、お主にはお主なりの事情があるのだろうし、これ以上は追求しないが。妾はそっちの方が好きだぞ?。』
『っ!?。知らないっ!。』
顔を真っ赤にした女王。
『なぁ。女王よ。お主の名を聞いて良いか?。』
後ろ姿のまま最後に…。
『…【宇宙の神】メリクリア。…ふん。【創造の神】。自ら身を退くのに抵抗があるのなら妾に言え。介錯くらいはしてやろう。』
そう言い残し女王の姿は消えていった。
『ははは。可愛らしい性格ではないか。確かに魔力の質が似ておると思っていたが、性格まで 代刃 にそっくりだ…。』
優しさ…までもな…。
すまぬな…ソナタの心遣いに感謝するぞ。
しかし…。
『しかし…女王よ…。 それ ではお主だけが悪者ではないか。………だが、敵の中にあのような性格の者が居ようとはな…【絶対神】よ。何を考えて創造したのだ?。』
ーーー
ーーーメリクリアーーー
僕はリスティナちゃんから少し離れた場所に転移した。
丁度良い太さの倒れた大木に腰を下ろし、両手で顔を覆う。
『はぁ~~~。途中まで上手くいってると思ったのに~。何で素の僕がバレちゃうんだよ~。』
バレちゃった。バレちゃった。バレちゃった。
何憶年も隠していた、誰も知らない僕の素の姿。
こんな性格じゃ女王らしくないから必死に練習して会得したのに…。
他の神にバレてない。けど、リスティナちゃんにバレちゃった。
『けど、僕の提案は何と受け入れてくれたかな?。なら、結果オーライだよね。そう思うことにしよう。うん。そうしよー。』
あの様子なら大丈夫だよね…。
素の方が愛らしいではないか。
リスティナちゃんに言われた言葉が脳裏に浮かぶ。
『はぅぁぁぁ!。可愛い?。可愛いって初めて言われた。僕、可愛いのかな?。はぅわ~。恥ずかし過ぎるよ~。』
両手で熱くなっている顔を覆う。
はぅ…思い出しただけで頭が沸騰しちゃうよ~。
その時、僕は油断していたのかもしれない。
いや、普段の僕でも気付くのが遅れたかもしれない。
『お前はっ!?。』
驚いた青年の声に反射的に顔を上げる。
此方を警戒する視線を向ける青年。
『え?。』
その目の前の茂みから現れた青年の魔力が、僕を創造してくれた 主 と全く同じだったから。
『き、君は!?。』
彼の顔を見た瞬間にドクンッと跳ねる胸の鼓動。
この鼓動は驚いたことによるものなのか…それとも…。
ーーー
ーーー閃ーーー
アイシスや敵の痕跡を探しギルドの外を探索していた俺。
まぁ、何も見つからないのは分かっていた。
ただ、何かしていないと落ち着かない。…そんな心境で走り出していた。
ふと、知っているような魔力の波動を近くに感じて足を止めた。
『代刃?。』
そう。この感じは代刃の魔力だ。
いや…似ているだけか…。代刃は今、無凱のおっさん達と一緒に居る筈。なら誰だ?。
僅かに異なる魔力の質は代刃よりも強大な底知れない濃度の濃さを感じる。
『誰か…いる?。』
俺は気配を消し茂みの中から顔を覗かせた。
そこには…。
『はぅ!。可愛い?。可愛いって初めて言われた。僕、可愛いのかな?。はぅわ~。恥ずかし過ぎるよ~。』
代刃に似た声質。代刃に似た言動。そこには、顔を両手で覆った女性がいた。
コイツは…。敵だ。そう直感し反射的に声を上げてしまった。
『お前はっ!?。』
『え?。』
顔を上げ、俺の顔を見て目が点になる女性。
『き、君は!?。』
相手も驚いた声を上げた。
隠していても隠しきれない魔力の強さは…あのアイシスを越えリスティナと同等に感じる。
コイツが…。俺は身構え、警戒した。
『お前が…女王か?。』
『え!?。はぅ…。あのあの…。ぅん…うん…そうだよ………じゃないっ!?。…えっと…。』
あたふたと身体をくねくね。両手をくるくる。表情をころころ変え女性は後ろを向いた。
何をしているんだ…。
すると、ゆっくりと振り返った女性の雰囲気が変わった。
『妾は【宇宙の神】メリクリア。ソナタ等、【創造の神】の加護を受けし者を滅ぼすために顕現した。』
ドーーーーーンッ!。と効果音が付きそうなポーズを決め。凛々しく、そして、美しい容姿で高らかに宣言する。
そうか。コイツが、リスティナの言っていた女王か…。魔力の性質で理解できる。コイツは…ヤバい…コイツ、単体で俺達を全滅出来るだけの力があるぞ…。
だが…。
『なぁ…。その態度は…演技か?。』
全く殺気のない態度と雰囲気。つい、質問をしてしまった。
『ふぇ!?。』
『どうも違和感があるんだよなぁ。無理してるような?。』
『…………そんなに…分かりやすい?。』
そして、口調が戻る。
『まぁ。多分…。』
『うぅ…。』
そのまま崩れ落ちるように膝をつく女王。
『1日で2回も素がバレて…。僕の数億年の努力が…こんな短期間で…。』
ガーーーーーンッ。という効果音が付きそうなポーズで項垂れる女王。
威厳とは?。先程見せた凛々しさは?。何処へ行ったんだ?。
それに一人称は僕かよ!?。ますます代刃にそっくりじゃねぇーか!。
~~~~~
その後、何故か流れで女王と並んで大木に座り、彼女の愚痴を聞いていた。
『はぁ…。ごめんね。僕の愚痴に付き合わせちゃって。』
『いや、気にするな。少しはスッキリしたんじゃないか?。』
『ぅん。ありがとう。』
女王の愚痴。
彼女は仲間の神達が仲良く互いを思いやれるような関係を望んでいた。
しかし、女王…神達を率いる目的で創造された自分では友達感覚で接することも出来ず、本当の己の性格を隠し、凛とした態度の女王を演じることとなった。
だが、女王としての自分に出来ることは争いの仲裁と抑止だけ。望んだ理想的な関係に導くには難しかった。
いつからか、そんな自分の態度に崇拝した【神騎士】達は、女王の意思を勝手に解釈し勘違いで祭り上げた。
【神騎士】と【神兵】の間にある溝は深まるばかり。何でこうなったのか女王には分からなかった。
『僕…結構…頑張ったと思うんだよ?。それなのに【神騎士】達はすぐに【神兵】に突っ掛かるし…力で敵わないから【神兵】達は嫌々で従うしさ…。【白騎士】なんて勝手に僕の考えを読み取ったみたいに解釈して、すぐに【神兵】を殺そうとするしさ…。それ、絶対自分の意思を僕に擦り付けてるだけじゃん!。って、いつも思いながら仲裁するんだ。』
何かブラック企業の裏側を垣間見てる気分になってきた…。
『あっ…。また続けちゃった。本当にごめん。何でか君には話しやすくて…つい…。』
『いや、大丈夫だ。お前も大変なんだな…。』
彼女の愚痴を聞いてて敵の内部事情が少しずつ分かってきた気がする。
『なぁ。結局、お前は何をしにここに来たんだ?。戦いって訳じゃないんだろう?。』
ここで彼女…女王と戦闘になればアイシス以上に詰む。
それは何としても避けたい。
『うん。アイシスちゃんの回収と、ちょっとリスティナちゃんに報告と提案。』
『ああ。アイシスとはさっき別れたぞ。で、何故リスティナに?。』
敵同士だろ、お前ら?。
『うん。さっき会ってきたよ。』
『何を話したんだ?。』
『んーーー。僕の口からは、ちょっと言えないかな…。ただ1つ言えることは、これから君達に何が起きようともリスティナちゃんを恨まないであげてね。リスティナちゃんは本当に君達の為に動いてくれているから。』
『?。どう言うことだ?。』
『ごめんね。これ以上は言えない。』
『そうか…。』
当たり前だな。
敵同士だ。しかも、一方的に強さの次元の違う相手。むしろ今この状況こそが異常なのだ。
敵の本拠地に易々と侵入。その内容がお喋りだ。意味がわからん。
『じゃあ。そろそろ行くね。』
『あ、ああ。なぁ。今更だが。名前で呼んで良いか?。』
『うん。良いよ。素の僕を知られちゃったからね。女王って呼ばれてもむず痒いよ。』
『じゃあ。メリクリア。俺達が戦わないで済む方法は無いのか?。』
『………。無い…かな。僕達にとって君達は不要なモノになってしまったんだ。何としてもこの世界から排除しないといけない。だから…ごめんね。』
だよなぁ…。
もしかしたら。と思って聞いてみただけだ。
仲良くなっても根本は何も変わらない。
『ごめんね。なるべく苦しまないで済むように排除するからね…。』
言ってることがガチで怖いんだが…。
要は、 即死させるからねっ! …って言われてるってことだよな…。
『ああ。やってみろ。俺達は強いぜ?。』
戦闘は避けられない。
なら迎え撃つしかない。俺達はいつもそうしてきた。逃げられないならどんな手を使ってでも勝つ…生き残る。
『…っぷ。ははは。そうやって返されると思わなかったよ。』
声や雰囲気、仕草から話し方。
どうしても代刃と重ねてしまう。
『メリクリアは素の方が魅力的だと思うぞ?。案外、そっちの方が他の奴らと上手くいくんじゃないか?。』
『え!?。み、魅力的…?。』
『ああ。まぁ、女の神はリスティナとカナリアとアイシスにしか会ったことないけどな。外見だけで見れば全員が人間離れした美しさと綺麗さを持ってたけどな。メリクリアは、何て言うか…人間みたいな…距離が近い感じが良いな。滅茶苦茶美人なのに親近感が湧く。』
『っ…。…そうかな?。僕…美人…なんだ…ははは。恥ずかしいけど嬉しいな。君は褒め上手だね。』
頬を赤らめ困ったように照れているメリクリア。赤くなった頬を両手で触ってパタパタと扇いでいる。反応がいちいち可愛いんだよな。
はぁ…。コイツと戦わないといけないのか…。
『じゃあ。そろそろ行くね。長居すると君達に迷惑掛けちゃうし。』
立ち上がるメリクリア。
俺もつられて立ち上がった。
『そうか…。』
この出会いが何を意味するのか…。
敵対するのなら、正直、コイツの性格を知りたくはなかった。
『ねぇ。』
『ん?。何だ?。』
背は俺の方が高い。
よってメリクリアは見上げる形で俺を見つめてきた。
『君の名前を教えて欲しいな。』
『俺の?。多分、お前達の仲間ならもう知ってると思うが…閃だ。』
『閃…。あっ…そうか。やっぱり君が…そうだったんだね…。道理で…。』
何かの結論に行き着いたメリクリア。
『閃…君。閃…君。閃…君。』
何度も俺の名前を呟いている。どうしたんだ…。
『ねぇ。いつか…また、会ってくれる?。今度はゆっくりお話したいから。僕の愚痴じゃなくて…僕のこと…知って欲しいな…って…。それに…閃君のこと…もっと…。』
どんどん小さくなる声。
おそらく、そんな機会は訪れることはないだろう。
この瞬間こそが奇跡なのだ。
次に会えば敵同士。生き残りを賭けた殺し合いが始まるのだ。
当然、メリクリアも理解しているだろう。
これは、多分…彼女なりの優しさだ。だから、俺もこう答える。
『ああ。俺もお前のことをもっと知りたいよ。』
『っ!?。ほ、本当に?。』
『ああ。もし 次 があったら一緒に語り合おう。』
『うんっ!。約束だよっ!。閃君っ!。』
嬉しそうに跳び跳ね。興奮気味に俺の両手を掴んだメリクリア。
そんな彼女の笑顔に俺は不覚にも見惚れてしまったのだった。
『じゃあね。閃君。ばいばい。』
メリクリアの姿が転移で消えた。
こうして、女王との奇跡的な会合は終わりを向かえたのだった。
次回の投稿は27日の木曜日を予定しています。