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第149話 準備

『さて、始めるか。』


 リスティナの一言で、その場にいる全員に緊張が走る。


 かつては、黄華扇桜のギルド幹部のみが入ることを許された地下の空間。

 他の六大ギルドにクロノフィリアとの繋がりを悟られずに密会を交わす為に設けられた空間だ。

 現在では、黄華扇桜が敵対勢力に攻められた際に、能力を持たない者達や、レベルの低い者達を逃がす為の通路となっている。

 構造は地上や各フロアの状況を把握する監視室を兼用した会議室。一時的な避難を想定された物資の保管倉庫。戦闘になった際に地下にある重要機器への被害を最小限にする為の広い空間。外部に繋がる長い通路。等々が設けられている。

 そして、今…。ある実験の為に複数人がこの場に居合わせている。


『緊張…しますね…。』

『大丈夫だよ。水鏡さん。何かあれば僕たちが助けるから。』

『はい。』


 不安そうな水鏡さんを励ます無凱のおっさん。


『ひ、響…。大丈夫?。』

『う、うん。初音の方こそ…大丈夫?。』

『た、多分…。』

『安心しなよ。僕達がちゃんと見ててあげるからさ。2人共、今までずっと頑張ってたんだから絶対成功するよ。』

『ええ。私達も何かあれば対応します。安心して。』

『はい。』

『うん。』


 裏是流と柚羽が見守るな中、リスティナの描いた魔方陣へと踏み入れる響と初音。


『リスティナ。成功の確率はどれくらいだ?。』

『うむ…。90…いや、80と言ったところか…。妾も始めての試みだからな。自信はあるが失敗の可能性も捨てきれん。』

『そうか…。何かあれば、俺とおっさんで何とかするさ。』


 俺は、おっさんのNo.に切り替える。胸の模様にはNo.1の刻印が刻まれた。

 おっさんの 箱 には能力を無効化する効果がある。もし、この実験が失敗の流れになった時、即座に俺とおっさんで箱を展開し彼女達を守る手筈だ。


『準備が出来ました。』


 響がリスティナに告げる。初音も水鏡さんも準備万端のようだ。


『では、始めるぞ。』


 リスティナの魔力が周囲一帯の空間を包み込む。魔方陣に魔力が行き渡り、その中心に立つ3人の身体を光が包んだ。

 迸る。稲妻に似た魔力が走る。旋風が巻き起こる。この地下空間に小さな嵐が発生しているようだ。

 何よりも身体全体を襲うのは、リスティナの魔力の重圧。

 これが、神の魔力か…。その力は、俺と白蓮との戦い。その時にリスティナから借り受けた魔力でレベル170へ至った俺の全魔力総量を軽く上回っている。


 魔力の奔流は10分ほど続いた。

 次第に輝き、重圧、旋風が弱まっていき…やがては全てが終息した。


『終わりだ。成功したぞ。』


 普段は涼しい顔をしているリスティナも額に汗が滲んでいた。


『どうだい?。水鏡さん。身体の調子は?。』

『え?。あっ…何て言うか…目が覚めたような感覚…に近いと言いますか…。長い眠りから覚めたような…とても清々しいのです。』


 戸惑いを感じている水鏡さん。


『2人はどう?。』

『はい…水鏡さんの言った感覚に近いです。身体が軽くなって、頭が冴えている…。』

『束縛から解き放たれた感覚です。何なのでしょう?。』


 響と初音も同じようだ。


『簡単だ。今までのお主達は、この機械の中の世界の住人だったのだ。それは妾の魔力の影響を受けても変わらぬ。だがな。今は機械の一部だったモノが 魂 へと昇華したのだ。神の領域にな。』

『え…っと…。どういう意味ですか?。』

『ははは。すまん。ちと、興奮した。要は閃達と同じだ。妾の生み出した生物になった訳よ。1つの生命にな。もう、お前達はデータ?。うん。データなどではなく 魂 を得た生命体に近付いたということだ。』


 彼女達のステータスを確認する。

 種族は王族から神族へと変化していた。リスティナの言う1つの生命とは、リスティナの世界…リスティールに存在していた生き物達と同じ存在になったということだ。

 レベルも150へと上昇し俺達と同じく身体にクロノフィリアの証であるNo.も刻まれていた。


『そうですか…これで、私達も…。』

『クロノフィリアの正式なメンバーですっ!。』

『良かったね。初音も響も。』

『はい。裏是流さん。』

『うん。裏是流君。』


 抱き合う裏是流と響と初音。


『無凱さんっ!。』

『ああ、君が無事で良かった。』

『ありがとうございます。』


 笑い合うおっさんと水鏡さん。

 水鏡さんは余程嬉しかったのか泣いていた。

 それを見たおっさんが、その涙を指で拭い水鏡さんの頭を撫でている。


『なあ。リスティナ?。』

『ん?。何だ?。』

『他の…メンバーも同じように出来ないのか?。』


 今回の戦力の増強を兼ねた実験。

 【限界突破】を持たない者に【限界突破2】のスキルを与えるということ。

 リスティナの説明では、【限界突破】というスキルはクリエイターズの独自の法則で作られたスキルでありリスティナには再現が出来なかった。【限界突破2】とは、リスティナが【限界突破】の法則に無理矢理自分の魔力を捩じ込んだことで奇跡的に発言したスキルであり、【限界突破】のスキルがあってこそ出来た芸当なのだと言う。

 今回、リスティナが3人に施したこと。

 それは、クロノフィリアのギルドの証であるNo.…つまり【時刻の番人】を利用した擬似的な【限界突破】を作り出すということ。失敗すれば能力そのものを失う可能性も…最悪、命を落とす可能性さえあった。

 しかし、3人は引き受けた。

 リスティナを…クロノフィリアの絆を信じて。

 実は何名か、この実験に参加したいと申し込んだ。だが、【時刻の番人】の残り枠は3名。レベルの高い順に選ばれたのが水鏡さん、響、初音の3人だったわけだ。


 これで更に戦力が強化された。

 ギルド戦になれば、全員のステータスが上昇する。更にそこから【神化】すればクリエイターズ…いや、神と同等の力を全員が手にすることが出来る。

 奴等がどの様に攻めてくるかは現段階では分からない。

 しかし、俺達の準備は着実に進んでいる。


ーーー


クロノフィリア 新メンバーのNo.。


No.1  黄華

No.2  柚羽

No.3  水鏡

No.4  玖霧

No.5  青嵐

No.6  美緑

No.7  里亜

No.8  威神

No.9  響

No.10  美鳥

No.11  聖愛

No.12  楓

No.13  累紅

No.14  赤皇

No.15  暗

No.16  時雨

No.17  月夜

No.18  黒璃

No.19  知果

No.20  涼

No.21  砂羅

No.22  初音

No.23  燕

No.24  クティナ


ーーー


 深夜。

 ギルド拠点屋上。


『神具…時刻法神。』


 神具を発現させる。

 俺の背後に巨大な時計が現れた。

 

 時刻法神。

 ギルドスキル【時刻の番人】を利用した味方のスキルと神技を使用できる強力な神具だ。スキルを使用するだけなら発現させる必要はなく、使い勝手が良い。

 本来なら女の時の姿限定の神具だったのだが、リスティナのお陰で、今の俺は男の…本来の姿でも使用できるようになった。

 今までは巨大な歯車時計だった【時刻法神】だが、現在はその形状は変化した。メンバーが倍になり、【時刻の番人】に接続されたNo.の刻印を持つ者が増えたことで、歯車だった部位は消え、数字と針が時計の形に並び宙に浮いている状態となっている。そして、その数字は…大小同じ数字が2つ重なったようになり全員分の刻印が刻まれていた。


『これも…強化されたってことか…。』


 新たなメンバー。新たな刻印持ちが増えたことで俺自身の能力が向上した。

 そして、全員のスキルがリスティナの【神の力】で強化されたのだ。


『盤石…なんだろうか…。』


 以前に比べ戦力は確実に上がっている。

 人数も各々の能力も倍以上だ。

 しかし、妙な胸騒ぎを感じる。未知の敵に対する恐怖はもちろんある。俺達が向かう先の未来…。そこに何が待ち受けているのか…。これから、どうなるのか…。全く先行きの見えない恐怖だ。

 もちろん、それもある。いや、きっと皆が思っている。

 だが、これじゃないんだ。もっと…大きな 何か が俺達を待ち受けているような…そんな不安に似た感覚がずっと胸の中にある…そんな感じだ。


 敵も動きを見せないまま1年が過ぎようとしている。

 いや、動き自体は見せているのだ。規模があまりに小さいから目立たないだけ。瀬愛の件もそうだ。【バグ】によって侵食された奴もそうだ。

 敵は確実に攻めてきている。何かの準備をしている間の僅かな干渉だ。


 嵐の前の静けさ。


 そんな状況が俺の心を不安にさせているのだろう…。

 

『はぁ…ダメだな。弱気になっちまった。』


 そうだ。俺には仲間がいる。…家族がいる。…友がいる…。恋人達がいる…。

 

『全員で乗り越える。』


 俺は…空に浮かぶ月を眺め、改めて決意を固めたのだった。

 

ーーーーーーーーーー


ーーー元 緑龍絶栄ギルド拠点ーーー


 現在、緑龍のギルドはクリエイターズ…神の拠点として使用されている。

 

 カナリア、ナリヤの2柱が裏切り、今は6柱がその拠点にて、来るべき日に向けての準備が進められていた。


 既に準備は最終段階へと移行している。


 本来、この世界は神によって作られたデータ内の世界。

 神達の本体は今も尚【リスティール】に存在し侵略行為を繰り返している。

 よって、神自身がこのデータの世界に干渉するには、自身の情報をデータ化して世界へ転送

する必要がある。

 彼らはそれを【干渉率】と呼び、干渉率を上げることで本来の自分の能力をデータ世界に反映させ、能力を本来のモノに近付けることが出来るようになる。

 クリエイターズは現実の世界では 脳 だけ与えられた存在。故にデータ世界への干渉は上位の神よりも簡易的な条件下で行える。

 しかし、それでも6柱全員の【干渉率】が100%になるまでに7ヶ月の時間を有した。


 そして、6柱全員の干渉が済んだ後。彼等は動き出したのだ。

 如何に干渉率を高めても、クリエイターズの能力では精々が【神化】したクロノフィリアと同程度。ならば、数で勝るクロノフィリアが勝利するだろう。クリエイターズは6柱。対するクロノフィリアは20人以上なのだから。

 切り札になりうる力を持つアイシスですら、クロノフィリアに助力する【創造神】リスティナよりも能力が低いのだ。

 現状、真っ向勝負では勝ち目がない。

 ならば、どうするか…。


 …簡単なことだ。


 今、クリエイターズの6柱が、用意した玉座が置かれた壇上の前に跪き頭を垂れている。


 少し前に出た位置。中心で膝をついているのがクリエイターズのリーダー。

 【万能の神】レジェスタ。

 ゲーム エンパシスウィザメントにおいてのプレイヤーに関する全てを取り纏め指示していた男。【絶対神】グァトリュアルからバーチャル世界の全てを任されている。

 

 その後ろにいる残り5柱。右から…。


 黒いコートを羽織った筋肉質の男。

 煌真と神無、機美と戦い常時圧倒的な力を見せ付けた。

 【生命の神】ライアゼク。

 ゲーム エンパシスウィザメントでは、コピー体モンスターのモーションを担当していた。


 ツインテールでネクタイ付きのYシャツに短パンという動きやすい服装の少女。

 雷皇獣をバーチャル世界に生み出し閃達に仕向けたことがある。

 【同調の神】キーリュナ。

 ゲーム エンパシスウィザメントではコピー体モンスターの作成担当。


 やる気のない表情の無口な少年。

 キーリュナと一緒に行動し雷皇獣を生み出した。

 【流動の神】コルン。

 エンパシスウィザメントではイベントのストーリー構成を担当していた。


 黒いシルクハットを被り黒いネクタイ、黒いスーツ姿をした糸目の男。

 閃、白、睦美の前に現れた鎧武者【鎖金】との戦闘時にエンパシスウィザメントのBGMを流し鎖金を援護した。

 【音響の神】ハールレン。

 エンパシスウィザメントではフィールドのBGMを担当した。


 ド派手な露出のドレスを着た金髪の女性。

 基汐と光歌の前に現れた黒璃の兄【黒牙】との戦闘時に仮想空間を作り出し戦闘をサポートした。

 【大地の神】アーニュルィ。

 エンパシスウィザメントでは、特殊地形、ダンジョンなどのフィールド作成を担当した。


 彼等の跪く先。

 そこは時空と空間の歪みであり、現世と幻想を結ぶ(ゲート)でもある。

 つまりは…。


『お待ちしておりました。白騎士、イルナード様。黒騎士、ノイルディラ様。』


 ゲートから現れる2柱の神。

 その身体から溢れ出る魔力はクリエイターズを凌駕し、アイシスに並ぶ。【神騎士】に分類されるクラスを与えられた2柱の神。


『おっひさ~。諸君。元気してた~?。』


 その内の1柱。逆立てた赤い髪。つり目で怪しげな笑みを浮かべた男…イルナードが跪くクリエイターズに向けて笑みを浮かべながら手を振る。


『久しいな。皆。随分と苦労しているようだな?。』


 対して、真面目な表情でレジェスタに言葉を向ける。


『はい…この度は、不甲斐ない我々の為に御手数を掛けてしまい誠に申し訳ありません。』

『いやいや、俺は全然気にしてないよぉ?。リジェスタ君。』


 飄々とした態度でリジェスタへ近付いていくイルナード。


『けどさ?。』

『イルナード様…。ぐっ!?。』


 片手でリジェスタの首を掴み持ち上げるイルナード。


『俺っちが許せないのはさぁ。こんな下らねぇことに女王を動かせたことさぁ。なぁ、リジェスタ君?。この落とし前はどう取るつもりだい?。』

『ぐっ…しかし…我々の力では…あの…神を…。』

『黙れよ。』

『ぐっ…。』

『はぁ…。どうしよっ。俺っち。イライラが治まんねぇわ。いっちょ死んでみっか?。』

『止めろ。イルナード。』


 更にリジェスタの首を締める腕に力を込めようとしたイルナードの腕を掴み静止させるノイルディラ。


『はぁ?。何でお前が止めるわけ?。お前も同じ考えじゃねぇの?。』

『確かに女王を動かすことに納得はしていない。しかし、状況が状況だ。我々ですら彼女には敵わないのだ。仕方がない。』

『ふーん。お前はそれで良いんだ?。けどさ。俺は納得いかないわけよ?。分かる?。遣り様はいくらでもあったと思うわけさ。ならさ?。全権限を持っていたコイツに責任を取らせるしか無くね?。』

『止めろと言っている。』

『ふーん。引かねぇの?。』

『無論だ。』

『じゃあ。殺るか?。』

『………。』


 リジェスタの首から手を離すイルナード。

 その殺意の矛先がノイルディラへと向いた。

 殺意を受けたノイルディラからも殺気が放たれる。

 周囲の気温が一気に低下したような感覚。張り詰めた空気と緊張がクリエイターズに襲い掛かる。

 仮にここで2柱が戦闘を始めた場合、クリエイターズに止める手段はない。いや、おそらく成す統べなく巻き添えとなり殺されるだろう。

 彼等に出来るのは戦闘が起きないことを祈ることだけだった。


『止めよ。』

『『っ!?。』』


 そこに透き通るような美しく綺麗な声が緊迫する場を切り裂いた。

 それは決して大きな声でも響く声でもない。

 ただ何よりも穏やかに静かな声だった。


『妾はこの場での戦闘を許可せぬ。』

『はっ!。』


 その言葉を聞き争っていた2柱が神速で頭を垂れた。続くようにクリエイターズの面々も頭を更に深々と下げる。

 クリエイターズは表情には出さないものの彼女の登場に感謝した。


『妾は構わぬよ。気にしてはおらん。妾に免じて神兵達を許してやってはくれぬか?。イルナードよ?。』

『はっ!。仰せのままに。』


 狂犬のような性格のイルナード。

 しかし、彼女の前では忠犬である。


『お待ちしておりました。』


 先程まで首を絞められ呼吸すら危うい状態だったリジェスタだったが彼女への言葉を必死に吐き出した。

 失礼の無いように、決して間違いを起こさないように。


『メリクリア様。』


 これがリスティナへの対抗策。

 【神兵】よりも【神騎士】よりも、更に上の存在を呼ぶことだった。

 

 女王の顕現である。


 それは、閃が胸騒ぎを覚え、不安を感じてから3ヶ月後のことだった。

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