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第147話 瀬愛

『ママ…。パパ…。』


 夕焼けの赤に染まる私達4人。


 目の前に立つ男女を見て振える声で静かに瀬愛ちゃんが呟いた。


 この方々が瀬愛ちゃんの…お父さんとお母さん?。


 瀬愛ちゃんの過去は閃君から聞いている。

 ゲームの影響で【女王蜘蛛】の特徴が反映されてしまった瀬愛ちゃんの赤い目を見た両親は、瀬愛ちゃんを化け物と罵り凶器を持って殺そうとしたことを。

 数人の大人に取り囲まれ、泣きながら怯えていたと。


『瀬愛ちゃん!。ママとパパが悪かったわ!。また、3人で一緒に暮らしましょう?。』

『ごめんな。パパ達がどうかしてたんだ。瀬愛を傷つけてしまった。許して欲しい。パパ達と一緒に行こう。』


 瀬愛ちゃんを必死な形相で誘う両親。


 痩せこけた身体とボロボロの衣服。

 話しによれば、瀬愛ちゃんの両親は能力を持たない方々だった。つまり、エンパシスウィザメントのプレイヤーではなかったということ。

 この世界で無能力の人達が生き残るのがどんなに過酷なのか…2人を見れば一目瞭然だ。


 けど、彼等の…その血走った瞳は言葉の内容とは裏腹に瀬愛ちゃんを見ていない?。


 必死さは伝わる。

 けど、何だろう。この違和感は…。

 大切な娘を…久し振りに再会した娘に対して、あまりにも…愛を感じない。


 そんな2人に瀬愛ちゃんは私と握る手を強く握って言葉を放った。


『パパ…ママ…。瀬愛は、良い子?。』


 瀬愛ちゃんはどんな思いで、その言葉を両親に発したのか…。


『あ、当たり前じゃないか。瀬愛は良い子だよ。じゃなきゃ、ここまで育ててやらなかったよ!。』


 育ててやらなかった?。


『ええ。ええ。瀬愛ちゃんは良い子よ?。ママの言うこと何でも聞くもの。友達も作らなかったし、部屋から出なかったもんね!。』


 友達も作らせず、部屋に閉じ込めた?。

 言葉の端々から伝わる彼等の瀬愛ちゃんへ向けられる意思の形。


 瀬愛ちゃんの両親から感じる必死さの中に瀬愛ちゃんを感じない。彼等は瀬愛ちゃんのことを見ていない。

 まるで、瀬愛ちゃんという存在を 連れ帰る という行為に必死みたいに。

 

 何よりも、彼等は 臭い のだ。今の私は相手の感情を匂いで知ることが出来る。瀬愛ちゃんからは甘くて力強い香りがする。

 自分の過去と向き合おうとする瀬愛ちゃんの香りは彼女の成長を私に教えてくれる。


 けど、目の前の2人は…臭い。ヘドロよりももっと濁った匂い…。


『瀬愛は…パパとママとは一緒に行けません。ここには大事で…大切な人達がたくさん居るの。…瀬愛を見てくれる人がいっぱい。けど、パパとママは今…瀬愛を…見て…くれて…ない。言葉も嘘ばっかり…な…気が…するの…。…だ…がら…。パパ…ど、ママ……どは…。い…がな…。ぃ…。』


 瀬愛ちゃんが泣いた。

 頑張って言葉を紡いで…必死に絞り出した声で思いを伝えて。けど、やっぱり辛かったね…。

 自分の発した言葉を受け入れると同時に現実を突き付けられる。

 私は瀬愛ちゃんの手を強く握る。


『『………。』』


 瀬愛ちゃんの言葉を受け沈黙する両親。


 驚きよりも苛立ちを2人から感じた。

 何なのよ…コイツ等は…。


『…はっ。もうダメ。我慢できない。』

『俺もだ。何でこんなことをしなければいけないんだ?。』


 自分の髪を掻きむしり、ヒステリックな声を上げる母親。

 声は冷静だが。その形相は思い通りにならない腹立たしさを隠そうともしない父親。


『パパ?。ママ?。』


 急に豹変する2人の態度に、瀬愛ちゃんも…私も困惑する。


『だから嫌だったのよっ!。見てよ!。何も変わってない!。気色悪い目。化け物のままじゃない!。はぁっ!。久し振りに見ても気持ち悪いっ!。こんなことになるんなら!。やっぱり産まなきゃ良かったわ!。こんなゴミっ!。』

『ああ、育ててやった恩も忘れて生意気なことを言いやがって。俺達がお前を見ていない?。当たり前じゃないか。最初からお前は俺達の邪魔でしかないんだ!。しかも、お前は化け物。どう言い繕ってもそれは変わらない。はぁ…何が悲しくて、もう一度こんな化け物に会わなきゃいけないんだよ…。イラつくぜ!。』


 化け物。

 その言葉は全て瀬愛ちゃんへと向けられていた。瀬愛ちゃんを見ようとしていない彼等は言葉だけを瀬愛ちゃんへ向けて放ち陥れている。


『ぐすっ…。ぐすっ…。ゴミじゃ…化け物…じゃ。ない…よ…。瀬愛は瀬愛だもん…。』


 絞り出すように言う瀬愛ちゃん。

 駄目だ。頭きた。


『てめぇは俺達に従っていれば良いんだよっ!この化け物が!。良い子だぁ?。呆れたことぬかすな化け物っ!。おとなしく俺達について来い!。』


 瀬愛ちゃんに近付き伸ばされる手を私は弾いた。


『自分の子供に何酷いこと言ってるのよっ!。』


 両親に平手打ち。


『っ!。何をする!。』

『誰よ!。あんたっ!。』

『ママ…。』


 瀬愛ちゃんと両親の間に入る。

 もうこれ以上、瀬愛ちゃんを泣かせない。


『私はこの黄華扇桜のギルドマスター兼、クロノフィリア所属の黄華です。そして、この娘…瀬愛ちゃんのママです。』

『ママぁ…。』


 瀬愛ちゃんが私と繋いでる手の力を強くするのを感じる。


『ママ~?。貴女…何を言ってんのよ?。冗談でしょ?。』

『冗談なんかじゃありません。この娘は私の娘にしたんです。それに、さっきから黙って聞いていれば、自分がお腹を痛めて産んだ子供に向かって化け物?。ふざけんじゃないわよっ!。外見が少し変わっただけで瀬愛ちゃん自身の何が変わったっていうのよ?。この娘は誰よりも優しい心を持った良い子よ?。外見だけしか見ずに内面を見ないとか、貴女達親失格よっ!。』

『ふん。その醜い化け物が私の子供?。屈辱にも程があるわっ!。元々、望んで産んだ訳でもないしね?。正直邪魔だったのよ。出来たから産んで育ててただけっ!。愛情なんて最初から無いわ!。』

『っ!?。うっ…。ぐすっ…。』

『貴方も同じ考え?。』


 私は父親の方にも尋ねた。


『当たり前だろ?。何なんだ?。君は?。そこにいる化け物を何故庇う?。…はぁ。そう言うことか。君も見た目は普通の人間みたいだが中身は同じ化け物なんだろう?。その姿は何だ?。人間のフリをしているだけか?。』

『もう…止めてよぉ…酷いよぉ…聞きたくないよぉ…。』


 悲しそうに涙を流しながら両手で耳を塞いで訴える瀬愛ちゃん。

 その姿を見て私の中で何かが弾けた。


『いい加減にしろよ?。』

『はぁ?。何を言って?。』

『それがどんなに本心だろうと!。自分の子供に向かって放って良い言葉じゃないだろっ!。聞かせて良い言葉でもない!。そんなことも分からないのか?。こんなに両親が大好きで健気に自分を見て欲しいと願ってる娘に対して、愛情が無かった?。望んで産んだ訳じゃない?。あまつさえ、ゴミだ、化け物だと?。そんな馬鹿な理屈が通ると思ってんのか?。貴方達は親としてだけじゃなく、人としても終わってるわ!。』


 この2人…本気で殺してあげようかしら?。


『っ!。た、他人の…お前の意見なんて聞いてないっ!。そこの化け物は必ず連れ帰る!。さあ、来い化け物!。俺達に迷惑をかけるな!。』

『そうよ!。手を煩わせないで!。もう、生きてるだけで迷惑なんだからっ!。』

『…っ!。』


 私の身体を払いのけ、尚も瀬愛ちゃんの手を掴もうとする2人。


『このっ!。』


 私は神具を取り出そうとした。けど、その瞬間。両親の身体が吹き飛んだ。


『ぐっべぇ!?。』

『がばぁっ!?。』

『えっ!?。』

 

ーーーーーーーーーー


『追い詰めたぞ。化け物。これだけの人数だ。どう足掻いてもお前に逃げ道なんかねぇのさ。』


 薄暗い路地裏に逃げ込んだ瀬愛の逃げ道を塞ぐように大人の人達が雪崩れ込んできた。

 皆、手には危ないモノばっかり持ってて…それを瀬愛に向けてるの。


『こ、来ないで!。瀬愛…悪いこと…何も…してない…よ?。』

『何言ってんだ?。貴様のような生き物が人間様の世界に居ること自体が悪いことだろ?。』

『そうよ!。化け物!。とっとと死になさい!。』


 死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね。


 皆の目が恐い。


 スコップを持った男の人が前に出て、瀬愛に向かってスコップを振り上げた。


『死ねぇぇぇぇぇえええええ!!!。』

『いや、いやぁぁぁあああああ!。』


 私は頭を抱え身体を丸くしたの。

 ううん。それしか残されて無かったの。

 目を閉じて、すぐに来る痛いのに耐えようと歯をくいしばって…。

 けど…待ってたのに…。痛いのは、全然来なかったの。


『な、何だ!?。てめぇは!?。』

『寄って集って、瀬愛を傷付けやがって…殺すぞ?。』


 その声は瀬愛にも分かるくらい怒っていました。

 そして、その声は…瀬愛が知ってる声だったの。

 瀬愛をいつも助けてくれる…。大好きな人…。


『スキル【王権神気】。』


 そのスキルは、滅多に使わないスキル。

 相手を威圧して戦闘力を低下させるの。

 普通の人が使われちゃったら…。恐怖で死んじゃうこともある危険なスキル。


『ひっ…。』

『殺されたくなきゃ。とっとと失せろ。』

『逃げろ!。化け物の仲間だ!。殺されるぞ!。』

『仲間を助けに来たんだ!。逃げろっ!。』


 顔を上げた瀬愛の視界に飛び込んできたのは…。大きくて…力強い…背中。


 威圧に怯えた人達が慌てた様子で逃げていったのが見えたの。


『はぁ…。瀬愛…。やっと見つけた…。めっちゃ探したぞ…。』


 瀬愛の頭を撫でて笑ってくれた。

 座り込んでる瀬愛を起こして抱っこしてくれた。


『遅くなって、わるかったな。けど、何とか間に合って良かったよ。』


 優しい声。たくましい腕。温かい雰囲気。

 全部が瀬愛を包んでくれて…いつの間にか、瀬愛は泣いてたの。

 悲しくてじゃない。恐くてでもない。

 嬉しくて…嬉しくて泣いちゃったの。

 瀬愛は、ただその人を呼ぶことしか出来なかった。もっと…ありがとう、とか…いっぱい、言うことがある筈なのに…何も出て来なかったんだ。

 だから…今の気持ちをいっぱい込めて…。


『お兄ちゃん…。』


 って…呼んだんだ。


ーーーーーーーーーー


 瀬愛のパパとママは、瀬愛にいっぱい酷いことを言ったの。

 化け物。ゴミ。産まなきゃ良かった。愛情なんて最初から無い。

 もう、聞きたくなかった。…知りたくなかった。


 パパとママの瀬愛を見る目は、離れ離れになる前と何も変わってなかったんだ。

 パパとママは瀬愛のことを見ていない。

 知ってたよ。なんとなくだけど。知ってたの。パパとママの気持ちも…。

 瀬愛は要らない子。

 けど、受け入れたくなくて。認めたくなくて…。

 瀬愛を見てほしくて。いっぱい頑張って…。

 けど…。瀬愛は…良い子になれなかったんだ…。パパとママが求めてる良い子に…。

 ただ、ちょっとだけ…瀬愛のこと。

 名前で呼んで欲しかっただけなんだよ?。

 我が儘かもしれないけど。『おい』と『お前』じゃなくて『瀬愛』って呼んで欲しかっただけなの。

 

 あっ。そう言えばさっき呼ばれたよね?。

 瀬愛ちゃんって…。怯えた感じで…。

 そっか…。名前で呼ばれても…傷付くだけだったんだね…。


『うっ…うぅ…。ぐすっ…。』


 ママ…黄華ママの握ってくれている手の温かさを感じるの…ママがいるから…瀬愛は必死に泣くのを我慢したよ。

 ママは、瀬愛を守ってくれてるの。瀬愛の為に怒ってくれてるの。


『ママぁ…。』


 けど、それでも。パパとママが瀬愛に言ってる言葉が辛くて…瀬愛を虐めるの…。


 パパとママが黄華ママを押し退け無理矢理に瀬愛の腕を掴もうとしてきたんだ。


『ひっ!?。』

『このっ!。』


 瀬愛は逃げようとしたんだけど、ちょっとだけビックリしたのと恐かったので動くのが遅れちゃったんだ。

 けど、パパとママの手が瀬愛ことを掴むことは無かったの。


『ぐっべぇ!?。』

『がばぁっ!?。』


 パパの顔に凄い勢いでパンチが飛んできたの。パンチの強さにパパの身体は浮き上がって飛んで行っちゃった。ママもパパに巻き込まれて一緒に飛んでいったの。


『この…感じ…へぇ。』


 瀬愛とママの前に飛び降りた背中。

 その背中を見るのは3回目。瀬愛の正義の味方。


『瀬愛。黄華さん。無事か?。』


 振り返ったお兄ちゃん。

 夕焼けに照らされた優しい顔。

 その顔は、いつも見ている筈なのに瀬愛の心臓がドクンッて跳ねたの。何…これ…。胸が苦しい?。


『ええ。瀬愛ちゃんの本当のお父さんとお母さんらしいわ。少し話したけど…正直言って人間のクズよ。』

『ははは。知ってるよ。後は任せて。』


 お兄ちゃんが前に出る。

 お兄ちゃんの姿を見てると胸がドキドキしてる?。


『よっ。久し振りだな。てか、そっちは俺の事なんか覚えてないか?。』

『…ぅ。』

『ひっ…。ば…ばけもの…。』

『ははは。言うねぇ。だがな。それは勘違いだ。俺はこの世界で唯一の 人間 だ。残念だったな。お前等は、無能力な上に人間ですらないんだぞ?。』

『な、何を意味の分からない…馬鹿なことを言っている!?。』

『そ、そうよ。あの化け物の仲間なんでしょ!。化け物に決まってるじゃない。』

『ああ、いいよ。そう言うの。散々、瀬愛に言ったんだろ?。聞き飽きたぜ。それよりお前等の目的…どうやら、瀬愛を 連れ去る のが目的っぽいな。』

『っ!。』

『図星か。大方、誰かに頼まれたか?。瀬愛を連れて来れば安定した生活でも約束されたか?。』

『え、ええ。そうよ!。その化け物は実験に使えるそうよ?。それが あの人 との約束。化け物を連れ帰れば私達は安全と安定を約束されるわ!。それなのに邪魔をして!。許さない!。』

『お、おい。そこまで言っては…。』

『はっ!?。』

『情報ありがとう。あの人ねぇ…。まぁ、大体察しはつくが…。瀬愛。黄華さん。』


 お兄ちゃんが振り返えらないで瀬愛とママを呼んだの。


『は、はい。』

『少し目を閉じててくれ。』


 瀬愛は言われた通りに目を閉じたの。


『ぎゃっ!。うぐっ!。うごっ!。がっ!。』

『べぇっ!。ぶぎっ!。ばぎゃ!。ごっ!。』


 パパとママの短い悲鳴が続いたの。


 ドゴッ!。って大きな音の後、お兄ちゃんは『目を開けて良いぞ。』って瀬愛達に言ったの。そうしたら、もうパパとママはそこに居なかったんだ。


『閃君…あの人達は?。』

『空の彼方。手加減して殴ってやった。もう瀬愛に手を出さないようにな。』


 ずっと向こうのお山を指差したお兄ちゃん。

 あんな遠くに飛んでいっちゃったの?。


『大丈夫?。もしかして…。』

『いや、死んでないよ。言っただろ?。人間は俺一人だけだって。はぁ…どっちが化け物だよ…。』


 やれやれ…と溜め息をしたお兄ちゃん。

 お兄ちゃんの言葉の意味は良く分からなかったけど、パパとママが目の前から居なくなって…少し…安心?。したの。


『月涙。』

『はい。主様。』

『ギルドの境界までで良い。アイツ等の後を追ってくれ。まぁ、おそらく尻尾は掴ませないと思うけど、一応な。』

『はっ。』


 月涙お姉ちゃんの姿が消えて、お兄ちゃんが瀬愛に近付いてきたの。


『良く頑張ったな。』

『お兄ちゃん…。』


 頭を撫でてくれた。抱きしめてくれた。良い子って言ってくれた。

 パパとママに瀬愛が求めたことを全部、お兄ちゃんがしてくれた。


『うわぁぁぁぁぁああああああああああん。』


 瀬愛の中の何かがいっぱい溢れて来て、我慢できなくて、泣いちゃった。


 その後のことは、あんまり覚えていないんだ。

 たくさん泣いて…瀬愛は寝ちゃったの。

 目が覚めたら、お外は真っ暗で。瀬愛はママと一緒にベッドで寝てて。ずっとママが抱っこしてくれてたの。

 嫌なこと、いっぱい言われたし思い出しちゃったけど…。お兄ちゃんとママが守ってくれたんだ。


『ママ…大好き…。』


 寝てるママに抱きついてみたら、ママが優しく包み込んでくれたの。ぽかぽかして、温かくて、安心して…瀬愛はそのまま寝ちゃった…。


ーーー


 朝、起きて着替えて、ママと一緒に朝ごはんを食べに食堂に向かったの。


『ママ…。ありがとう。』

『いいえ。けど、ママは何もしてないわ。瀬愛ちゃんは私の娘。娘を守るのはママとして当然だもの。』

『ママ…。』


 ママの言葉が優しくて嬉しくて。

 瀬愛は笑ったの。そうしたら、ママも笑ってくれて、ちょっと胸がムズムズしたんだ。


 食堂に着くと、お兄ちゃんがいました。


『おっ。おはよう、瀬愛。ぐっすり眠れたか?。』


 お兄ちゃんの顔を見た途端、瀬愛の胸がドクンッて大きな音を立てたの。

 胸が苦しくて…。痛くて…。緊張して…。

 何か…瀬愛。おかしいよ?。


『瀬愛ちゃん?。』


 心配する黄華ママ。


『あっ。あのね…ぅん。眠ったよ…。』

『そうか?。何かあったら俺に言え。瀬愛の為なら何でもするからな?。』


 ドキドキ。ドキドキ。

 何でも…瀬愛の為なら?。


『ぅん。あり…がと…。お兄…ちゃん。』


 急に恥ずかしくなってお兄ちゃんの顔が見れなくなっちゃった。

 瀬愛は俯いてママの後ろに隠れちゃったんだ。瀬愛。どうしちゃったのかな?。言葉も上手に出てこないよ?。


『ああ。また後でな。』

『はぅ!?。』


 お兄ちゃんに頭を撫でられる。

 瀬愛の顔も身体も全部が暑くて、汗がいっぱい出たよ。

 お兄ちゃんは瀬愛に背中を向けて自分の朝ごはんを食べてた席に戻って行ったの。

 さっきまで撫でてくれてた頭を押さえてる瀬愛。もっと、撫でて欲しかったなぁ…。


『瀬愛ちゃん…もしかして…。』


 ママが何かに気付いたのかな?。

 後で部屋においでって言われたの。


ーーーーーーーーーー


『いでぇ…。化け物が!。理不尽すぎる!。』

『うぅ…。何で私がこんな目に…。』


 木々の枝や草や土がクッションになり一命を取り留める男女。

 否、この男女は、例え更地に叩きつけられようと死ぬことはないだろう。


『早く、このエリアから離れよう。化け物の巣窟だ。何処に何が潜んでいるか分からんぞ。』

『ええ。そうね。』


 何事もなく立ち上がる2人。

 既に2人の身体は小さな切り傷すら見当たらない。数百メートルも吹き飛ばされたのに?。

 その頬には、閃に殴られた初撃の痕すら残っていなかった。


 男女2人は、黄華扇桜のギルドから境界外へ出る。更に進み、人気の無い場所までやって来た。


『おい。いるんだろ?。俺達は約束通り化け物と接触したぞ?。』

『そうよ!。早く、薬をちょうだいっ!。』


 誰もいない筈の虚空に話し掛ける2人。

 すると、目の前の空間が歪み、歪みの中から端骨が現れた。

 元緑龍絶栄が幹部。端骨。

 現在は、陰ながらクリエイターズと協力しつつ ある実験 を成功させる為に動いていた。


『やれやれ。困った方々だ。』

『ああ。早くあの薬を!。』

『そうよ!。何の為に頑張ったと思ってるのよ?。』

『貴殿方は何か勘違いをされていますね。』

『ど、どういうことだ?。』

『私は、貴殿方のお子さんに 接触した上で連れて来い とお願いした筈ですよ?。ええ。確かに接触はしてましたね。しかし、何ですか?。あの感情に任せた行動は?。あれでは 連れて来る なんて無理でしょう?。お馬鹿ですか?。』

『あ、あれは…。化け物が恐くて…。』

『そ、そうよ!。相手は化け物よ?。我慢しても冷静な判断が出来なくなっても不思議じゃないわ!。』

『やれやれ…。まぁ、良いです。お約束のモノは諦めてください。』

『おいっ!。何を言っている?。話が違う!。』

『そうよ!。薬…あの薬を早く寄越しなさいよ!。』

『話が通じない方々ですね。ひひ。そうですね。薬をあげましょう。』

『はっ。最初から素直にそうしてれば良いんだよ。』

『そうよ。何の為にあんなに頑張ったのか分からないじゃない!。』


 瀬愛の両親は端骨から、とある錠剤を受け取り躊躇いなく口に含み呑み込んだ。


『はぁ…。落ち着く。』

『ええ…。心が洗われるよう。』


 2人の表情は悦楽の中にあった。だが、次の瞬間。


『がっ!?。な…なにごれ?。』

『うぐっ!?。いだい!?。いだい!いだい!。』


 2人の身体は膨張し肉の塊へと変化していく。やがて、2つの肉塊は交わり更に巨大な肉塊へ。そして、何回も何回も掻き混ざり…1体の生命へと生まれ変わる。

 男でも女でもない。中間の生き物。

 かつて、白蓮が研究の末に誕生させた生物。無能力者を媒体に人間の極限を追求した最終兵器。

 それを、端骨の技術を組み合わせることで、より高度な生き物へと昇華させることに成功した。


『はぁぁぁぁぁぁぁ…。』

『【完成された人間】パート2です。無能力者が2人 以上 必要ですが、あそこには更に匿われている無能力者が何人もいるようですね。 彼等 と協力する必要はありますが…ひひ。もう少し…もう少しで私は登り詰めることが出来る。彼等の領域に…。』


ーーーーーーーーーー


 瀬愛ちゃんの様子が気になった私は部屋に瀬愛ちゃんを連れてきた。


『ママ。どうしたの?。』

『ううん。瀬愛にちょっと確認したいことがあってね。』

『瀬愛に聞きたいこと?。』

『そっ。率直に聞くけど。さっき閃君に会った時、ちょっと変だったでしょ。胸のところドキドキしなかった?。』

『えっ!?。何で…分かるの?。』

『ふふ。やっぱりそうなんだね。いつから、そうなったの?。』

『あのね。昨日、お兄ちゃん助けてくれた時…から…お兄ちゃん見てたら…胸が…ドキンッてなって…それから、お兄ちゃん見るとドキドキが止まらなくて…。』

『そうか。』

『瀬愛。病気?。』

『違うよ。』


 これで確信。

 つまり、瀬愛ちゃんの中で閃君への想いが、LikeからLoveに変わったのね。

 ふふ。相変わらず、閃君は罪な男ね。


『違うの?。』

『瀬愛ちゃん。閃君は好き?。』

『うん!。大好き!。』


 笑顔で即答する瀬愛ちゃん。

 可愛い…。


『じゃあ、男の子として閃君は好き?。』

『男の子?。』

『そうだな…閃君とキスしたい?。抱きしめてもらいたい?。』

『…っ!?。んーーー!?。』


 その場面を想像したのかな?。

 顔が真っ赤になってるよ…。


『瀬愛ちゃんの今までの好きは、お兄ちゃんとしての閃君に向けていたもの。』

『お兄ちゃん…。』

『けど、今の瀬愛ちゃんは閃君を男の子として見ているの。』

『男の子…。』

『もっと閃君一緒に居たいでしょ?。』

『うん…でも、お兄ちゃん見てると、恥ずかしくて…何も言えなくなるの。』

『なら、良い方法があるわ。』

『良い方法?。』

『そ。それはね…。』


ーーーーーーーーーー


 コンコン。


『は~い。』


 今は夜の21時。こんな時間に訪問してくるなんて珍しいな。灯月達はさっき自分の部屋に戻ったし…誰だ?。


 カチャ。っとドアを開けると、勢い良く部屋の中に飛び込んで来た影が!?。

 スキルでも使ってるのか?。俺の身体は勢いを殺しきれずそのままベッドの上まで飛ばされたぞ!?。

 って…俺に体当たりしたの瀬愛じゃん!?。急にどうした!?。


『せ、瀬愛?。どうしたんだ?。いきなり?。結構危なかったぞ?。』


 俺の胸に顔を埋める瀬愛。

 まあ、ベッドの上に着地してるし、しっかり受け止めたから怪我はないだろうが…。


『お兄ちゃん。大好き。』 

『え?。』

『瀬愛。ずっと、お兄ちゃんが大好きだったの!。けど、昨日助けてくれたお兄ちゃんを見てもっと好きになったの!。いっぱいちゅーしたいの!。いっぱい撫でて欲しいの!。抱っこして欲しいの!。』


 凄い勢いで話し始める瀬愛。

 俺の顔を見ず、胸に顔が埋まった状態で…。

 

 ふと、瀬愛の背中に1枚の紙が貼ってあるのを見つける。

 見るとそこには… Like→Love という単語と、『後は任せたわ。責任を持って頑張りなさい。あと、私の瀬愛ちゃんを泣かせたら許さないわよ?。』という脅迫文が書かれていた。


 はぁ…そういうことか…。


『瀬愛。』

『うん。』

『前は流れで恋人になっちまったがな。俺から少し良いか?。』

『うん。』


 胸から顔を上げた瀬愛は俺から少し離れて対面で正座した。


『瀬愛。俺は瀬愛が好きだよ。仲間としても女の子としても。』

『っ!?。』

『瀬愛が泣いてるのを見るのは俺も辛かった。だから、瀬愛を泣かせた奴らには容赦しなかったし、あの時は全力で瀬愛を探し回ったんだ。』

『ぅん。お兄ちゃん…。』

『瀬愛。改めて俺と恋人になろう。ちゃんとした恋人の関係にな。』

『うん。うん。お兄ちゃん。大好きだよ。助けてくれて…ありがとっ!。』


 瀬愛の小さな身体を引き寄せ、小さな唇にキスをする。最初は驚いて震えていた瀬愛も途中から受け入れてくれたのか俺に身を任せてくれた。

 こうして、俺と瀬愛は改めて恋人になった。


 そこで、あることに気付く。

 さっきの紙の文字。その更に下に小さな文字でこう書かれていた。


『追伸 よくも私の天使を2人とも!。このロリコンっ!。お幸せにっ!。』


 黄華さん…。

次回の投稿は26日の日曜日を予定しています。

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