表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
156/425

番外編 閃のホワイトデー④

これでホワイトデー編が終了です。

長くなってしまいましたが読んでくれた方々、ありがとうございます。

黄華扇桜のギルドホールに行くと円形型の椅子に座る黄華さんの後ろ姿が見えた。両脇には翡無琥と瀬愛も一緒のようだ。


 さて、どうしたものか…。

 出来れば、誰も周囲に居ない状態で直接プレゼントを渡したいんだよなぁ。


 ああ。翡無琥なら小声で呼べば気付いてくれるかもしれないな。翡無琥は耳が良いしな。この距離は、ギリギリ翡無琥の感知エリア内だろうし。新しくリスティナから貰ったスキルで更に広い範囲の気配を感知することが出来るようになったと言っていた。声ならここからでも届くかもしれない。


『翡無琥…聞こえるか?。』


 小声で翡無琥に向けて話し掛ける。


『え!?。お兄ちゃん?。』


 あ、気付いたみたいだ。

 ピクッと肩が跳ねたと同時に周囲を確認している。


『翡無琥ちゃん。どうしたの?。』

『翡無琥お姉ちゃん?。』


 翡無琥の様子を不思議に思った黄華さんと瀬愛が首を傾げている。


『翡無琥の後ろ、柱のところだ。ちょっと用事があるんだが、一人でこっちに来れるか?。良ければ杖で2回…床をノックしてくれ。』


 コンコン。


 翡無琥が手にした白杖で床を突いた。


『あっ、黄華さんには知られてるから事情を説明すれば大丈夫だ。瀬愛にバレないようにこっちに来てくれるか?。』


 コンコン。

 

 再び。白杖の音が聞こえた。

 瀬愛にもサプライズにして驚かせたいからな。

 翡無琥は黄華さんに耳打ちし、全てを察した黄華さんが翡無琥の頭を撫でている。それを見た瀬愛が首を傾げ不思議そうに黄華を見つめている瀬愛の頭も黄華さんが笑顔で撫でる。

 少しすると、翡無琥がゆっくりとした動作で俺の方に歩いてきた。


『翡無琥。』


 近くまで来た翡無琥に声を掛け優しく引き寄せる。


『お兄ちゃん。お久し振りですね。』

『ああ。忙しくてなかなか会いに行ってやれなくて、すまなかったな。』

『………。』


 密着した状態から翡無琥は俺の胸に顔を押し当てる。僅かに肩を…いや、華奢な全身を振るわせて…泣いてる?。


『あの…ね。お兄ちゃん。』


 か細く、小さな声で翡無琥は言った。


『私は、お兄ちゃんの恋人ですか?。』


 その質問に俺は即答する。


『ああ。もちろんだ。俺と翡無琥は恋人になったんだ。』

『…不安だったんです。』

『不安?。』

『お兄ちゃんが忙しそうにしていたのは知っています。きっと何か大変なことをしているんだと思っていました。』

『ああ。』

『お兄ちゃんとお話したい。手を握りたい。もっと一緒にいたい。そう思っても我慢して、お兄ちゃんが戻って来るのを待っていました。』


 そうか…。黄華さんは翡無琥の気持ちも知っているから、俺にあの言葉を言ったのか。


『自分の欲求を我慢する度に思うんです。もしかしたら、あの屋上での出来事は私が都合の良い解釈をした間違いか、夢だったんじゃないかなって…。』


 バレンタインの日。俺と翡無琥は恋人となった。しかし、俺はバレンタインの1週間後から動き始めていた。他のメンバーに比べて恋人になった直後だ。その曖昧な時間が翡無琥に寂しさと混乱を与えてしまったのかもしれない。

 悪いことをしたな…無理矢理にでも時間を作るべきだった。


『翡無琥。』


 俺は翡無琥の身体を離し、しゃがむことで視線を合わせる。


『お兄ちゃん?。』

『外しても良いか?。』

『う、うん。』


 俺は翡無琥の目を覆う布を外す。


『目を開けてくれるか?。』

『うん。』


 言われた通りに瞑っている目を開ける。

 そこには、虹色に輝く瞳があった。


『綺麗だな。』


 この瞳は翡無琥に光を見せることはない。

 日常生活にすら支障を来す。


『私は、この目が嫌いです。けど、この目をお兄ちゃんに褒められると嬉しいと感じます。』


 リスティナのお陰で翡無琥は魔力の波を音のように周囲に飛ばして空間を立体的に感じることが出来るようになった。しかし、それはあくまでも物の輪郭を知ることが出来るようになっただけ。感じ取るだけだ。その世界は、きっと…とても寂しい色の無い世界だ。


 バレンタインの時に俺達は恋人になった。

 その時に翡無琥は言った。

 

 お兄ちゃんの顔…自分の目で見たかったなぁ…。


 …と。


 俺はその願いを叶えてやりたかった。


『翡無琥。これ何か分かるか?。』


 翡無琥の手を取り、アイテムBOXから取り出した あるもの を手のひらに乗せた。


『これは…金属?。何でしょう…あっ、イヤリングです。』


 翡無琥へのプレゼントは極小の鈴が取り付けられたイヤリングだ。


『ああ。そうだ。バレンタインのお返しに俺から翡無琥へのプレゼントだ。』

『これを…作る為に…忙しかった…の?。』

『ははは。そうだ。チョコをくれた全員分、別々の物を用意したからな。言い訳になるかもしれないが、会いに行ってやれなくて…ごめんな。』

『…ううん。私の方こそ…ごめんなさい。お兄ちゃんを困らせちゃった。』


 泣きそうになる翡無琥をそっと抱きしめる。


『翡無琥は間違ってないさ。翡無琥に寂しい思いをさせた俺が配慮不足だった。』

『お兄ちゃん…。』


 暫く抱き合う。


『それで、そのイヤリングなんだが…。』


 身体を離し、翡無琥の手のひらに乗っているイヤリングの内、1つを取る。


『これは翡無琥の耳の形に合わせてある。ずっと着けていても疲れないように重さもほぼ無い。特殊な加工で魔力を放つ魔石を混ぜ込んであるから着けた本人でしか外せないんだ。』


 イヤリングを翡無琥の耳たぶに付ける。


『どうだ?。取れないだろ?。』

『あ、本当です。全然落ちません。』

『でな、これを両方の耳につける。そして、翡無琥。魔力の波を周囲に飛ばしてみろ。』

『え?。あっ…はい。』


 翡無琥がスキルを発動。その小さな身体から超音波のような魔力の波が放出された。


『どうだ?。』

『………。』


 無言のまま。動かない翡無琥。驚いているな。どうやら、成功したようだ。


『お…にぃ…ちゃ…ん…。』

『ああ。』


 ゆっくりと俺に顔を向ける翡無琥。その虹色の瞳には大粒の波が頬を伝い流れ落ちている。


『い…ろ…が…ね…。わか…るの…。』

『ああ。』


 その涙は、驚きから嬉しさへ意味を変える。


『こん…な…に…きれ…いで…。』 


 嬉しさから感動へ。

 能力を得る前の、当たり前だった世界が…。

 失って気付いた、色鮮やかな世界が…。


『おに…いちゃ…ん。あり…が…と…。』


 再び、翡無琥へと戻ったのだった。

 暫くの間、翡無琥は泣いてた。俺はその身体を抱きしめ落ち着くまで背中を擦る。


『お兄ちゃん。やっぱり格好いいです。』

『ははは。ありがとう。翡無琥も可愛いぞ。』

『もう…照れます…。』


 数分後、落ち着きを取り戻した翡無琥は俺の足の間に座っていた。


『凄いです。このイヤリング。色を感じられます。』

『だろ?。魔力の波が識別する項目に光の波長と屈折率を無理矢理捩じ込むことで色を感じられるようにしたんだ。魔力という未知の物質があるから出来た芸当だな。ゲーム時代に色んなアイテムを採集しておいて良かったぜ。』

『私の為に…こんな素晴らしいモノを作ってくれて…。お兄ちゃん…。大好きです。』

『俺もだ。お前が笑顔でいてくれるのが何よりも嬉しい。』

『お兄ちゃん…。』


 また、瞳が潤んでいる翡無琥。

 その愛らしい表情と美しい七色の瞳に吸い寄せられるように口づけをした。


『嫌だったか?。』

『ううん。もっとして欲しいです。』

『ああ。』


 再び重なる唇。


『もう…お兄ちゃん。無しでは生きていけないです。』

『大袈裟な…けど、少し嬉しいな。』

『ふふ。大袈裟じゃないです。お兄ちゃん。』

『ん?。』

『もう少し、大人になったら。私の全部をあげますね。ふふ。』


 少し小悪魔チックな表情を浮かべた翡無琥。その表情には見覚えがあった。

 もしかして、翡無琥って母さん寄りの性格なのか?。今はまだ分からない疑問。若干の身の危険を感じながら今はただ、目の前の少女を抱きしめることしか出来なかった。


ーーー


 翡無琥は黄華さんの元に戻っていった。

 黄華さんと話をし俺の方を向いた。俺の存在に気付いた瀬愛が嬉しそうに跳ね此方に走り寄ってくる。


『お兄ちゃーーーん!!!。』


 突進してくる瀬愛の身体を受け止めた。


『どこ行ってたのーーー!。寂しかったよぉぉぉおおおおお…!!!。』


 小さな身体で目一杯甘えてくる瀬愛。


『ごめんな。少し用事があって…なかなか時間が作れなかったんだ。』

『むぅ。瀬愛。お手伝いしたよ?。』

『ああ。今度は頼もうかな。』

『うん!。絶対だよ!。』


 頭を撫でながら瀬愛を抱っこする。


『瀬愛。 良い子 にしてたよ。』

『ああ。黄華さんに聞いたよ。施設の人達の支給品を運んだんだろ?。偉いな。』

『えへへ。うん。皆、ありがとうって言ってくれたの。』

『瀬愛は本当に良い子だな。』

『うん!。うん!。』


 嬉しそうに目を細める瀬愛。

 瀬愛にとって 良い子 という言葉には深い意味がある。瀬愛の親から与えられた呪いのようなものだ。


『そんな良い子の瀬愛に俺からのプレゼントだ。バレンタインのシフォンケーキのお返しに作ったんだ。』


 瀬愛に包装された箱を手渡す。

 大事そうに小さな両手で持つ瀬愛。目を輝かせながら箱の全ての面を興味深そうに観察している。


『おーーー。おーーーっ!。プレゼントッ!。瀬愛に?。』

『そうだ。俺の手作りだ。いつも、頑張ってる瀬愛へのご褒美を兼ねてな。』

『えへへ。ありがと…。お兄ちゃん…。開けても良いの?。』

『ああ。もちろんだ。』


 足の間から瀬愛を下ろすと、自由になった瀬愛は箱を開け始めた。


『あ…きらきら…。宝石の輪っか?。』


 瀬愛へのプレゼントは、いくつもの宝石が散りばめられたチョーカーだ。

 宝石の1つ1つに魔石を使用している。魔石同士が放つ魔力が互いに干渉し合い、特殊な効果を生み出すことが出来る。


『これはな。チョーカーって言って首に着けるアクセサリーなんだ。ちょっと、じっとしててくれ。』

『うん。』


 瀬愛は首も細いな。


『どうだ?。動くのに違和感はないと思うが?。』

『うん。大丈夫。』

『ちょっと鏡を見てみるか?。ほれ。』


 アイテムBOXから鏡を取り出し瀬愛に渡す。


『おーー。おーー。きれい!。お姉ちゃんになったみたい!。』


 嬉しそうに跳び跳ねる瀬愛。だが、驚くのはここからだ。


『瀬愛。もう少し動かないで欲しい。』

『うん。』


 俺は瀬愛に触れ、額から髪に巻かれた長い布と両手のグローブを外した。瀬愛の種族【女王蜘蛛神族】特有の赤く輝く6つの瞳。普段、瀬愛は布とグローブで隠していた。


『やっぱ、綺麗だな。その目。』

『ぅん。ありがとっ…。へへ。嬉しいな。』


 この笑顔を曇らせた原因…瀬愛の両親とその周りにいた連中を俺は一生許さないだろう。


『瀬愛。魔力をチョーカーに集めてみろ。』

『え?。うん。やってみるね。んー。』


 瀬愛の魔力を与えられたチョーカーに埋め込まれた宝石が光だす。光は数秒で消えたが、その代わり瀬愛の身体に変化が起きる。


『瀬愛。もう一度、鏡を見てみろ。』


 今度は俺が瀬愛の顔を鏡で映す。


『あ…瀬愛の…目が…。え?。消え…。え?。』


 突然のことに混乱しているようだ。

 鏡に映るその姿は赤い目の無い普通の女の子だったのだから。


『このチョーカーは、魔力を通すことで特定の部位を隠すことが出来るんだ。あくまでも、 隠す だから見えなくなっているだけで実際にはそこにあるんだがな。』

『瀬愛…もう…いつも…グローブ…しなくて…良いの?。』

『ああ。そのチョーカーがある限りな。その髪に巻いた布も必要ない。大変だったろ?。毎回着けるの。』

『…。ぅん…。』

『ここには、お前の目を不気味がる奴はいない。けど、瀬愛はずっと自分を守るために頑張ってたのを知ってたからな。』


 この赤い目は瀬愛のトラウマ。

 瀬愛の日常を壊した切っ掛けと原因。

 この布とグローブは、瀬愛なりの自衛だったのかもしれないな。


『俺が渡したその布…大切にしてくれて嬉しかったぜ。』

『ぅん。瀬愛の宝物。』

『ありがとな。それに、瀬愛も女の子だからな。そんなグローブより、もっと可愛い物の方が良いと思ったんだ。』

『ぅん。お兄ちゃん…。あり…がとっ…。』


 その後、瀬愛は泣いた。過去の記憶が蘇ってしまったのかもしれない。

 傷付いた心を掘り返してしまったかと心配になったが、瀬愛は笑顔で抱き付いてきてくれた。


『お兄ちゃん。ありがとう。大事にするね。』


 最後に小さな口で俺の頬にキスをする瀬愛。

 過去、泣いてばかりだった少女が過去を思い出しても笑顔を見せてくれたことに彼女の成長を感じたのだった。


『じゃあ、俺は行くな。』

『はい。プレゼント、ありがとうございます。お兄ちゃん。』

『瀬愛の宝物にする!。』

『ああ。喜んでくれて良かった。黄華さんも改めて、色々ありがとう。』

『いいえ。私は手助けしただけ。閃君が頑張ったからだよ。』

『それでも、ありがとうですよ。じゃあ、また後でな。』

『はい。お兄ちゃん。』

『うん。遊びに行くね!。』


 3人と別れ、次のターゲットを探しに行く。


『この時間なら、あそこかな?。』


 俺はとある場所に向かう。


 拠点にしている建物から東の方角に少し歩いた場所、近隣に他の建物の無い所に大きな大樹が立っている。その存在感は黄華扇桜の何処からでも確認できる程だ。

 その幹の根元に彼女はいた。大樹に手を添えて目を閉じている。


『美緑。』

『閃さん。お久し振りです。朝から大変でしたね。』

『まぁな。やっぱ見てたのか?。』

『はい。この子の根もようやく支配エリア全体に張ることが出来ました。以前よりも早いです。』


 美緑のスキルは、レベル150になったことで以前よりも強力になった。この大樹もその一つ。大樹から伸びる根が張ったエリア内の全てを知ることが出来るのだ。

 緑龍の時は1年かけて巨大な大樹を育てたと聞いた。しかし、今回は僅か1ヶ月程。凄い成長だ。


『盗み聞きしてすみません。久し振りに閃さんの姿を確認できたので、この子を通じて追ってしまいました。』

『気にするな。じゃあ、俺がここに来た理由も分かってるんだろ?。』

『はい。すみません。』

『言ってみてくれるか?。』

『その…バレンタインのお返し、ですよね?。』

『違う。』

『え!?。』

『美緑に会いたかったからだ。恋人だからな。』

『はぅ!?。それは…ズルい…です…。』

『ははは。サプライズになったか?。』

『もうっ!。意地悪です。でも…好きです。』


 美緑の身体を抱きしめる。緑の…森林浴をしている時のような香りがした。

 因みにだが。美緑を含めた砂羅と累紅とはバレンタイン当日、翡無琥と恋人になった日の夜に同じく恋人となった。

 本人達が俺に渡した本命チョコに対する反応が少し違和感があったと感じ、その日の夜に3人揃って俺の部屋に訪問して来たのだ。

 実際、美緑は昔からの関係を聞いていたので涼のことが好きなのだと思っていた。しかし、あくまでも 兄 として慕っているだけで男性としては見ていないとハッキリ言われてしまった。

 思い返してみると、3人は各々に俺に質問をしてきていた。

 好きなもの、嫌いなもの、趣味や部屋での過ごし方等々。

 俺の部屋に訪問した日。美緑達は改めて俺に告白をして、それを俺は承諾したという流れだ。勿論、俺は複数人の恋人がいる最低野郎ということと、普通の恋人のような恋愛はこの世界、状況では難しいことを伝えた上で彼女達は、それでも構わないという意思を示してくれたので恋人となった。

 まぁ、恋人と言ってはいるものの、俺達は出会ったばかり。翡無琥のようにゲーム内でだが、数年一緒に過ごした訳でもない。よって、今は 互いのことを知るための期間 という認識に近いかもしれない。

 しかし、恋人となった以上。俺は彼女達を大切に扱うし、今回のプレゼントも一切の妥協はしなかった。それが俺の覚悟であり、こんな俺を選んでくれた彼女達に対する礼儀でもあるからだ。

 その後、数時間だが美緑達と2人きりの時間を作り互いに交流を深めた。短い時間だが俺なりに彼女達を少し理解できたと思う。

 美緑は、純粋だ。無垢で素直だ。常に相手のことを考えている優しい娘。

 砂羅は、しっかり者に見えるが実は甘えん坊で可愛いものが大好き。

 累紅は、感受性が強くて、すぐに泣いてしまうが頑張り屋だ。


『という訳で、美緑へのバレンタインのお返しだ。受け取って欲しい。』

『はい。喜んで。ありがとうございます。』

 

 手渡した包装された箱を手際よく開封していく美緑。


『あっ…オルゴール…ですか?。』

『正解。』


  美緑へのプレゼントは四角い箱形のオルゴール。美緑は落ち着いた雰囲気の音楽が好きだと涼から聞いていたので、森の中をイメージした俺のオリジナルメロディで作ってみた。


『綺麗な音色ですね…。心が落ち着くようです。』

『美緑にピッタリな曲をと思って作った自信作だ。』

『え!?。閃さんが作ったのですか!?。』

『ああ。結構、頑張ったぞ。』

『凄い…ですね…作曲…まで出来るなんて。』

『気に入ってくれたか?。』

『勿論です。大切にしますね。』


 大事そうにオルゴールを胸に抱える美緑。


『あの…閃…さん。』


 もじもじと俯き気味に俺を見つめる美緑。


『私は、閃さんが好きです。あの時、初めて出会った時…閃さんの戦う姿を見て、私は恋をしました。…初恋でした。そして、今は。初恋の貴方と恋人になれました。とても…嬉しいです。』

『ああ。俺も嬉しい。』

『けど…私は恋人同士の振る舞いや、何をしたら良いのか…どんなことをするのかが…まだ、良く分かっていません。だから…。』

『ん?。』


 何故だろう。微妙に嫌な予感が…。


『私を閃さんの色に染めてください!。閃さんの好きなように私を調教してください!。』

『ぶっ!?。』


 なんつーことを言い出すんだ?。この娘は!?。


『なぁ。美緑?。』

『あっ?。はい。何でしょう?。私…何か間違ったでしょうか?。』

『今の台詞。誰に教わった?。』

『灯月さんと代刃さんです。こう言えば閃さんが喜んでくれるからと…。』


 アイツ等~。

 純真無垢な美緑になんつーことを教えてんだ?。後で説教だな。


『美緑。』

『はい?。』

『お前は、お前のやりたいようにすれば良いよ。』

『私のやりたいように?。』

『勿論、俺のことを考えて行動しようとしてくれるのは嬉しい。色んな人に聞くことも間違っていない。』

『はい。』

『けど、あくまで参考にする程度だ。一番大事なのは、美緑が俺に何をされたいかと何をしたいかだ。そして、それは俺達2人で探して見つければ良い。これからはそれを見付けていこう。一緒にな。』

『…ぅん。はい。閃さん…。一緒に…。』

『ああ。一緒にだ。』


 美緑とのキスは優しさと戸惑いが混じっていた。


ーーー


『次は…ここからなら睦美だな。』


 睦美は良く食堂のキッチンにいる。

 さっき部屋を覗いたが留守だったからな、多分、そこに居るだろう。


 数日会わないだけで、他のメンバーには迷惑をかけた。心配する奴も、寂しがる奴も。悪いことをしたな。今度からは事前に一言告げてから行動すべきか…いや、贈る相手と一緒に作るっていう手もあるか?。


 正直な気持ち。

 睦美は信頼している。

 一番冷静で、そつなく何でもこなす。俺の居ない間でも…きっと、いつも通りでいてくれているだろう。

 また、旦那様と笑顔で迎えて貰いたいな。

 暫く会えなかっただけで、俺の方が恋しくなってるんじゃないか?。これ?。


 喫茶店に入り、仁さんに挨拶をする。そのまま食堂を抜けキッチンを覗く。


 お。やっぱり、ここだったみたいだな。


 キッチンに立つ睦美は手際よく、そして素早く次々に料理を完成させていく。


 流石だな。行動に一切の淀みがない。

 良く見ると俺の好物ばかりが並んでいるな。

 俺は静かにキッチンへ入り睦美を呼んだ。


『睦美。』

『えっ!?。』


 俺の登場に大きな瞳が丸くなる。


『すまなかったな。留守にして。』

『……………。』

『あれ?。』


 睦美の反応がない。

 動かない。俺をただ、じっと見つめている?。


『う…。』

『う?。』


 俺を見つめる睦美の顔が歪んだ。


『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああん!!!!!。』


 ええ…。すっげー勢いで泣き始めた!?。

 俺に抱き付き胸に顔を埋めた状態で、泣き続けている睦美。


『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ………ん。』


 泣き止まない睦美に出来ることは、小さな背中を擦り、頭を撫でてやることだけだった。


 1時間後…。


『ひっく…。ひっく…。』


 これでもかっ!。っと言う程、泣き続けた睦美がようやく落ち着いたようだ。


『睦美?。』

『ん…。』


 現在、睦美は俺の後ろに周り、服の裾を掴んでいる。俺の言葉に反応はするのだが…。


『ごめんな。まさか、睦美がここまで思い詰めてたなんて思わなくてさ。』

『ん…。』


 ん…。しか、言わなくなってしまった。


『そうだ、バレンタインのお返しを作ってたんだ。受け取って欲しい。』

『ん…。』


 決して俺の裾を離さない睦美はもう片方の手でプレゼントの箱を受け取った。

 片手じゃ開けられないだろう…。


『あ、開けてみてくれないか?。』

『ん…。』


 俺の顔をじっと見つめてくる睦美。

 まだ目に涙を溜めて、口がへの字になってる。


『じゃあ、俺が開けるな?。』

『ん…。』


 俺は自分で飾り付けた箱の包装を外していく。その様子を食い入るように見ている睦美。しかし、片手は俺の裾を掴んだまま。


『ほら。これが睦美に作ったかんざしだ。』


 睦美へのプレゼントは、花の飾りが施されたかんざし。睦美は普段から着物を着てるからな。長い髪にとても似合うと思って作ったんだ。


『ん…。うわぁぁぁぁぁあああああん…。』


 かんざしを見て再び泣き始める睦美。

 俺を抱きしめ顔を埋める。しかし、片手は裾を握ったまま。


 後から厨房の管理者であるガドウさんに聞いた話。

 俺が留守にしていた3週間弱。睦美は厨房に君臨していたそうだ。『旦那様…。』と小声で何度も呟きながら俺の好物を片っ端から作っていたという。何度も止めようとしたガドウさんだったが、生気もなく、虚ろな眼差しで、機械的に動く睦美を止めることが出来なかったようだ。

 毎日、大量の料理が睦美の手によって作られるため、普段は注文制の食堂は、この3週間の間はバイキング形式に変更されていたらしい。


『落ち着いたか?。』

『はい…。』


 睦美が喋るようになったのは更に30分後。

 大事そうに胸に押し当てられたかんざし。だが、落ち着いた今も片手は裾を掴んでいる。


『旦那様に…捨てられてしまったのかと…思ってしまって…。』

『そんな訳ないだろう。お前達全員のプレゼントを用意してたんだ。』

『ごめんなさい。忙しそうにしていたのは知っていたのです。ですが、やっぱり会えないと…どうしても良くないことを考えてしまって…。旦那様。』

『ん?。』

『もう…何処にも…いかない…で…。』


 睦美の必死な訴え…。

 

『ああ。何も言わずに何処かに行くことはしないよ。』

『…約束ですよ…。』

『ああ。約束だ。』

 

 俺が居ないと睦美は今回のような状態になるのか…。これ…どうすれば良いんだ?。てか、前のような睦美に戻るのか?。

 僅かな不安を感じながらも、今は睦美を抱きしめて…側に居てやることしか出来なかった。


ーーー


 俺は今、灯月と、その隣の代刃の部屋に向かっている。

 部屋は俺の部屋からエントランスと共同スペースを挟んだ反対側にある。最初に向かうことも出来たんだが、何だかんだで最後の方になってしまったな。

 

『ふふ。んー。ふふふ。』


 俺の服の裾を掴んだままの睦美が嬉しそうにプレゼントしたかんざしを触っている。

 なんでも、今日1日は絶対に裾を離さないらしい。

 あの後、睦美にお願いされて髪を結ってかんざしを挿して固定してやった。やっぱり、花の飾りが睦美の雰囲気にマッチして凄く似合ってるな。

 睦美も、大層気に入ってくれたのはこの反応を見れば分かる。さっきから裾を掴んだ反対の手でかんざしを擦ったり、つついたりしてるからな。

 因みに、花の形をした装飾には魔石が使われていて、魔力を記憶させたモノがいる方向が分かるのだ。簡単な話。記憶させれば追跡が出来るというもの。

 俺の魔力は問答無用で記憶させられたな…。


 灯月の部屋の前に着くも…やっぱり留守のようだ。昨日の夜も明かりが付いてなかった。てっきり早めに寝たんだと思っていたんだが…留守だったようだな。

 もしかしたら、代刃と一緒に居るかもしれないか…。


 今回、代刃と灯月は欲しいものが明確だったためプレゼントは指輪にした。

 てか、互いに要求してきたのだ。


『閃。いつか…いつかで良いんだよ?。僕…閃のお嫁さんにして欲しいんだ。だから、その前に、偽物でも玩具でも良いから。…指輪が欲しいなぁって…思ってみたりしてたりみてみたり?。』

『にぃ様、恋人になったことですし。結婚しましょう。朝から晩までエッチなことしましょう。指輪下さい。』


 って言ってたからな。

 こんな世界で結婚という概念が残っているのかが疑問だし、仮にこの状況で結婚なんてしたら確実に一夫多妻な関係になるしなぁ…。アイツ等はそれで良いのか?。

 …っと、等々、色々考えたんだが、結局のところ気持ちが一番大事だという結論に達したので、今回のプレゼントはその予行練習も兼ねて指輪型にしたのだった。


 灯月への指輪には、灯月の漆黒と純白の翼をイメージした装飾を施した。その効果は…。

 代刃への指輪には、惑星を象った装飾を施した。代刃は次元の操る種族だ。宇宙に関連したモノを考えた結果、惑星になったのだ。その効果は…。

 中央にある魔石に、映像と音声を録画と録音をすることが出来る立体映像投影機だ。最大20分の録画が可能。正直、今回用意したプレゼントの中で一番作るのに苦労したモノだ。


 隣の代刃の部屋。


 コンコン。


 ノックをするも反応はない。代刃も留守か?。


 コンコン。


 2回目のノック。…が、反応はない。


『留守みたいだな。』


 何気無くドアノブに触れると、カチャッ…と扉が開いた。

 開いてる?。ノックに気付かなかっただけで中に居るのか?。


 俺は袖を掴んだままの睦美と共に代刃の部屋に入る…そして、そこで見た光景は…俺の予想を越えたモノだったのだ!。


『代刃…。灯月…。』

『『え!?。』』

『えぇぇぇぇぇ!?。セセセセセセセセセセ閃!?。何で、ぼ、僕の部屋に!?。』

『おおおおおおおおお、お兄ちゃん!?。えっ!?。戻って!?。』


 2人とも慌てているな。無理もない。代刃は手をバタバタさせてるし、灯月に至ってはお兄ちゃん呼びだ。相当、混乱しているようだ。


 状況を整理しよう。


 俺は今、代刃の部屋にいる。もう何度も入った部屋だ。何処に何があるのかも把握している。

 現在、その部屋のカーテンは閉めきられている。明かりも小さな照明だけだ。

 そして、部屋の奥にあるベッドの上に…裸で抱き合う代刃と灯月…。

 ふむ。ふむ。ふむ。なるほど。なるほど。


 俺が部屋中を見回し、代刃と灯月の様子を観察している間、部屋の中は奇妙な静寂に包まれていた。


『違うんだ!。閃っ!。これには理由が!。』

『お兄ちゃん!。違うの!。違くないけど!。違うの!。』


 全裸で慌ててる2人に俺は優しく微笑む。


『おーけー。理解した。2人共そんな格好じゃみっともないだろ?。布団でもタオルでも良いから身体に巻いた方が良い。風邪をひいてしまう。』

『えっ!?。ひゃぁぁぁぁぁあああああ!?。』

『きゃぁぁぁああああああ!?。』


 2人は急いで身体を隠す。


『俺もオタクの端くれだ。ボーイズラブやガールズラブにも多少の理解はあるつもりだ。いや、むしろ美少女2人の百合な関係には興奮しかけたくらいだ。俺のよく知る大切な2人の関係が深まることを俺は心の底から喜んでいるよ。俺しか興味の無かった灯月と、内気で引っ込み思案な代刃が裸で抱き合うような関係になったんだ。驚きはしたが、攻めたり貶したり馬鹿にしたり蔑んだりなんかしないよ。むしろ、応援したいと思っている。いや、2人の成長に感動すらしているくらいだ。これ、バレンタインのプレゼントだ。右が灯月で、左が代刃な。取扱い説明書も置いとくから後で確認してくれ。それじゃあ、お楽しみのところ…すまなかったな。俺は部屋に戻るよ。またな。』

『待って!。閃っ!。説め…。』

『お兄ちゃ…。誤か…。』


 パタン。と静かに扉を閉めた。


『睦美。俺の部屋来るか?。』

『ん…。』


 こうして、全てのプレゼントは 何の問題もなく 彼女達に配ることが出来、俺の忙しかったホワイトデーは終わりを告げたのだった。


 めでたし。めでたし。

次回の投稿は19日の日曜日を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ