第145話 プチ五大会議
時刻は、14時を過ぎた頃。
私は今、黄華扇桜のギルド内に設けた様々な花が咲き誇るフラワーガーデンで人を待っていた。
つつ美さんの庭園を参考に私なりにアレンジを加えた庭。
私の能力を使い、花の香りを調節しリラックスしながらお茶を楽しむ事が出来る快適な空間。更に、街並みが見渡せる位置に洋風のテーブルと椅子を設置して優雅さを向上させた。
『失礼しまーす。』
用意した紅茶を1口。
仄かな甘味と紅茶特有の僅かな苦味が口の中に広がる絶妙な香りを堪能する。
そこに、黒璃ちゃんが入室してきた。
『あ、黄華さん!。』
私を見付けると幼い笑顔で抱き付いてくる黒璃ちゃん。小さい身体が私の腕の中に収まった。女の子特有の甘い匂いとふわふわした柔らかい感触。はぁ…可愛いわ…。
この娘も随分明るくなった。毎日楽しそうだし。あの頃の暗い表情をしなくなった。
『こんにちは、黒璃ちゃん。急に呼び出してごめんね。』
『ううん。私も黄華さんとお話したかったから嬉しかったよっ!。』
何、この娘、ヤバいわ…矢志路君には悪いけど…お持ち帰りしたい…っという気持ちを噛み殺し何とか平静を装う。
『ふふ。ありがとう。黒璃ちゃんはミルクティーで良い?。』
『うん!。ありがとう!。』
はぁ…天使…。元気一杯ね。
『邪魔するぜ?。』
『失礼します。』
そこに、赤皇君と美緑ちゃんが入室。
『いらっしゃい。話し聞いてると思うけど、ごめんね。時間貰っちゃって。』
『構いません。私も少し気掛かりでした。閃さんは心配ないと言っていましたが、やっぱり自分の目で確認したいので。』
『俺もだ。もし敵対の意思を見せたなら俺がこの場で始末してやる。』
『そんなことにはならないと思うけど、彼の本心は知りたいのよね。』
この場に集めたのは、元六大ギルドのギルドマスター達。今はもうその体制は無いし、クロノフィリアという仲間なのだけど。今回の件は私達で改めてハッキリさせたかったからこの場を設けたのよね。
そこに…。もう1人。
今回の主役が入室した。
『失礼する。』
『いらっしゃい。ようこそ黄華扇桜へ。青嵐君。』
カナリアさんに抱えられて運び込まれた青嵐君。失った片腕も全身の傷も睦美ちゃんに治してもらい完治した。
数日間の休養で体力も回復。目覚めた後、クロノフィリアのメンバーとの会合。
敵対の意思の確認。今後の目的等を話し合う場が設けられた。
青嵐君の考えは1つ。
リスティナさんがいる場所こそが自分のいるべき場所だと。クロノフィリアに敵対の意思は既になく、今までの無礼を謝罪した。今後は、クロノフィリアの一員となりリスティナさんの盾となりその身を守り、剣となりあらゆる害悪を滅ぼすのだと高らかに宣言していた。
彼の行動理念は全てリスティナさんで動いているようで、リスティナさんに命令されることが至高の喜びだと言っていた。
まぁ…リスティナさん本人の顔は引きつっていたけど…。
『お招き感謝する。まさか、このメンバーで再び集まることになるとは思っていなかったが…。』
全員が用意した椅子に座る。
予め用意したマカロンと紅茶を各々の前に置く。
『私もですよ。前は協力関係にあっても敵同士でした。クロノフィリアを倒すという意思で白蓮君の下に集いました。ですが、もう争い合う必要はありません。もう皆仲間なのですから。』
私も椅子に座り直し紅茶を一口。
うん。美味しいわ。
『うん!。うん!。皆、仲間!。』
『ああ。裏をかき合う必要が無くなった訳だ。ははは。』
『そうですね。ギスギスしていたあの頃とは、状況も関係も違いますから。』
『ふむ。赤皇。』
『ん?。何だ?。』
『もう。黄華に求婚はしないのか?。』
『ぶっ!?。』
ふぇ?。
いきなり何言っちゃってんの?。この男!?。
危うく私も吹き出すところだったわ。
『きゃっ!?。汚いよ!。赤ちゃん!。』
『あっ…ああ。わりぃ。黒ぃの。そういや青ぃのは前の関係の俺等しか知らねぇのな。』
『ん?。どういうことだ?。』
『この場にいる皆さんは各々に恋人が居るんですよ。もちろん黄華さんにもです。』
『ちょっと…美緑ちゃん!?。』
『ああ。すみません。婚約者でしたね。それにお子さんもいらっしゃいます。』
美緑ちゃんが止まらない…。
『ほぉ。確かに以前にも同じ事を言っていたな。事実だったとは驚きだ。てっきり、その場を乗り越える為に用意した虚実だと思っていた。』
『はいはい。そうですよ。でも、もう別れたの。今は独り身よ。』
『ふむ。雰囲気も、変わったな。それが素か?。』
はぁ…。もう完全にバレちゃったわ…。
今まで築き上げた、出来る女のイメージが音もなく崩れていくのを感じるわ。
『ええ。そう!そうです!。こっちが本当の私です。今までのは芝居ですよ!。どう?。おかしいでしょ?。笑っても良いわよ?。』
もう、開き直るしかないじゃない…。
『いや。そっちの方がイメージに合っていると思う。会議の時の黄華は何処か無理をしていたように感じたのでな…そうか。なるほどな。だから、白蓮は…。』
『何よ…白蓮君がどうしたのよ?。』
『いや。白蓮が君に惚れていた理由が少し分かった気がしただけだ。』
『なっ!?。』
『えっ!?。そうなの!?。』
『へえ。ソイツは驚きの情報だ。』
『確かに今思い返してみたら白蓮さんの黄華さんに対する視線は何処か優しさを含んでいたように感じますね。』
『何だ。気付いてなかったのか?。黄華は兎も角、他の…お前達は知っていると思っていたぞ。』
全員が首を横に振った。
『お前、会議の時に一番どうでもいい雰囲気出しておいて良く見てたんだな?。』
『ん?。当たり前だろ?。同じ目的の為に集ったとは言え、お前達とは敵だったのだ。敵の情報は些細なものでも多く集めた方が良いだろう?。何に役立つか分からないしな。』
確かにそうだけど…。そうなんだ。白蓮君は…私の事を…。
『凄いね。青ちゃん。』
『ふむ。何が凄いのか分からんが、称賛は受け取ろう。だが、そうか。黄華には既に婚約者がいたのか。雰囲気からしてクロノフィリアと内通しているのでは…と、疑っていたが当たりだったようだし。ふむ。クロノフィリアのメンバーの中に相手がいたということか?。』
ちょっと…知ってたの?。
鋭すぎない?。しかも、何でそれを黙っていたのよ。
『ああ。無凱さんっていうクロノフィリアのリーダーの人だ。』
『無凱…ああ。あの御人か。数日前にお会いした。色々事情聴取された時にな。確かにあの方なら黄華程の女が惚れるのも無理はない。一見隙だらけの佇まい、しかし、多少腕に覚えのあるものが見れば、その隙も誘いなのだということは一目瞭然だ。誘いに踏み込めば躊躇無く敵を殺す。そういう男だろう?。ここに来て、様々な人物と出会ったが彼に勝てる強さを持つモノは、そうはいまい。4人…いや、3人程か?。俺には無理だな。』
『マジでお前すげぇな…。』
『そんなことまで分かっちゃうの?。』
こんなに頭の切れる人だったの?。この人…。
『お前達も、あの頃に比べて別次元に強くなっているな。充実した魔力に種族特有の凄みに似た気配を強く感じる。』
『そうだよ。皆リスティナさんのお陰でレベルが150になったからね。』
『技にもスキルにも磨きが掛かったぜ!。』
あの時のレベルは皆120。
レベルが10も違えば勝つことすら難しい位に力の差がつくこのシステムにおいて、レベルが30も上がったのだ。最早別人と言っても過言ではないわね。
『なるほど。流石はリスティナ様だ。あの美しいご尊顔…美しい声…美しい容姿…ああ、あのお姿こそ…至高にして頂点、究極の美の化身。いや、美の女神そのものだ。』
『何か…青ちゃん…怖い…。』
『………。』
『それで?。そろそろ本題に入っても良いのではないか?。』
『そ、そうね。』
何事もなかったかのように事を進めようとする青嵐君。
私は紅茶を一口含み口の中の渇きを取った。
『はぁ…皆さん。本日はお集まり頂き、ありがとうございます。っていうのは堅苦しい挨拶だけ。この場では、青嵐君の意思と今後の私たちとの関係を改めてハッキリさせたかったから。』
『ふむ。成程な。悪くない。元々敵だったのだ。そう容易に信用できるモノではないからな。』
そう。この場は私なりに青嵐君を見極めたいが為に用意した場。
白蓮君以外の六大ギルドのギルドマスターだった方々が揃ったのだ。改めて、話し合いをしておきたかったの。
六大会議ならぬプチ五大会議よ。
『まぁ…ぐだぐだと遠回しに話を進めても仕方がないし…単刀直入に聞くわね。青嵐君。貴方を信頼して良いのかしら?。今後、私達と肩を並べて…背中を預けられる関係になってくれるのかしら?。』
これが、私がハッキリさせたかったこと。
無凱や閃君は、リスティナがいる限り大丈夫だ。…と、言っていた。
リスティナさんによって繋がれた仲間。彼自身はどう思っているのか…。言葉にして聞きたかった。
『無論だ。今まで勘違いをしていた。』
『勘違い?。』
『この世界のプレイヤーだった者達に与えられたスキル。それをリスティナ様がお与えになった神の神業だと信じ込んでいた。』
青嵐君には、これまでリスティナさん、カナリアさんに聞いたことを既に教えてある。
この世界の仕組みも、エンパシスウィザメントがどのようなモノだったのかも。敵の存在も。私達が知ってる全てを。
それを知った上で彼は仲間になることを志願したのだった。
『だが、それは違った。我々が与えられていたスキルの本来の最終目的がリスティナ様を滅ぼすことだと知った今…。俺は奴等を許せないでいる。あろうことか…我が神、リスティナ様の眷族…信者達に刃を向けてしまっていたのだ。死んでいった部下達も浮かばれん…。』
彼の中では、リスティナさんの魔力の影響を受けた私達は信者になっているのね…。私はあくまで仲間としてリスティナさんを見ているのだけど…。
『それは、リスティナ様への冒涜に他ならない。許されざることだ。』
『今一…青ぃのが言ってることが分からんな…。結局、どうするんよ?。』
『決まっているであろう?。』
そう言うと、青嵐君が手に着けていた手袋を外す。
その手の平に刻まれたクロノフィリアメンバーの証のNo.5を表す Ⅴ の刻印。
そう。既に青嵐君は正式にクロノフィリアの一員となったのだ。しかし、それだけでは信用できなかったからこそ、私はこのお茶会を開いたのだ。
『この刻印がある限り、リスティナ様の加護を受けているも同義。それを同じくする我等は皆同士と言えよう。』
『つまり?。』
『…仲間だ。共に戦おう。』
『よし、てか、まどろっこしいぜ。めんどくせー性格してんな。』
それを聞けて安心する。
『敵は強大よ?。現にクロノフィリアのメンバーが2人がかりでも倒せなかったらしいわ。それでも、意思は変わらない?。』
『当然だ。敵の強さなど関係ない。リスティナ様の下で戦える。それだけが俺の目的だからな。』
『ほぉ。すげぇな。言いきりやがった。しかし、何でそこまでリスティナを信仰してるんだ?。』
『それは私も気になっていました。』
『美緑ちゃんも?。私も知りたい!。』
私も知りたいな。
どんな理由が、彼をこんな宗教団体の教祖様に仕立て上げたのか。
『ふっ…簡単で、単純な理由だ。お前達も見たであろう?。エンパシスウィザメントの始まり、最初の村の小さな教会の壁に描かれた美しい絵画と文献を。』
確か…世界を創造した神と、神に刃向かう邪神との戦いの歴史だったかしら?。
今、思い返すと…あの描かれていた邪神。あれは、間違いなくリスティナさんだわ…。
『俺は、あの邪神を一目見た瞬間感じたのだ。ああ…この邪神…いや、神こそが俺を導いてくれる存在であると!。心臓の高鳴りを強く感じたのだ。』
それって…。
『なぁ。それって単純に…。』
『ああ。一目惚れだった。初恋だな。』
まさかの恋心っ!?。
この人、自分の恋心の為にギルドまで立ち上げて六大ギルドに登り詰めたの?。他のメンバーを巻き込んで?。
『ははは。青ちゃん。バカだ~。』
『ええ。驚きです。』
『ははは。俺は良いと思うぞ!。真面目な奴だがぶっ飛んでて嫌いじゃねぇ!。』
『ふん。お前達が何を言おうと俺の耳にも心にも届かん。全てはリスティナ様の為だ。あの方に例え死ねと言われれば喜んで死んでやろう!。』
だ、大丈夫かな…この人を仲間に引き入れて…。
結果として、心強い仲間が増えたことには変わりないけど…人格的には問題があるような…。無凱はどう考えているのかしら…。
こうして、プチ五大ギルドによるプチ会議は終了した。
最後にアレは言っとかないとね。
『ねぇ。青嵐君。』
『何だ?。黄華。』
『時雨ちゃんには謝っておきなさいよ?。』
『時雨に?。ああ。俺からも聞きたかった。どういう経緯で時雨はここに居るのだ?。いつの間にかギルドから姿を消していたのだが?。』
『え?。貴方の部下達に追われていた所をクロノフィリアメンバーの裏是流君が助けて仲間になったって聞いているけど?。』
『俺の部下に?。』
『そうよ?。3人の男女に襲われてたらしいわ。貴方の指示じゃないの?。』
『知らんな。俺はリスティナ様をこの世界に呼び出す方法を模索するのに忙しかったからな。他の雑務は全て法陣の奴に任せていた。』
つまり、部下の勝手な暴走?。
『はぁ。時雨ちゃんは貴方に裏切り者だと切り捨てられたと思ってるわよ?。部下をちゃんと監督できなかった貴方にも責任があるんだからギルドマスターとして、あの娘に謝罪しなさいよ?。』
『…そうか。ああ…分かった。この後に足を運ぼう。』
『宜しくね。これからは上も下もない仲間なんだから。仲良くしなさいね。』
『ふむ。心得た。』
うん。これで、一先ずは大丈夫かな?。
黒璃ちゃんや美緑ちゃんと別れギルドホールへ向かう。
『ああっ!。ママっ!。』
『瀬愛ちゃん!。お待たせ。ごめんね。遅くなっちゃって。』
『ううん。瀬愛ね。ちゃんといい子で待ってたよっ!。』
『ふふ。偉いわ。』
会議中。私を待ってくれていた瀬愛ちゃんが、私の姿を見付けると嬉しそうに駆け寄り抱き付いてきた。私は、その小さな身体を優しく受け止める。うん。私の天使は今日もいい子。
『じゃあ。帰りましょうか。』
『うん。手を繋いでも良い?。』
『もちろん。』
いつの間にか夕方になっていた。
思ったよりも会議に長い時間を費やしてしまった。
『るんるんるーん。』
鼻歌を歌いながらご機嫌で隣を歩く瀬愛ちゃん。
そんな瀬愛ちゃんを見ていると申し訳なくなってしまった。
『本当にごめんね。結構待たせちゃったね。』
『気にしなくても大丈夫。お姉ちゃん達がお菓子沢山くれたし遊んでくれたよ!。』
『あら?。そうなの?。』
ギルドの娘達。気を使ってくれたのね…。
後でお礼を言わないと。
『戻ったら、一緒にお風呂入りましょう。』
『うん!。』
川沿いに立つ堤防の天端にある道を夕焼けを眺めながら歩いていく。
『あら?。』
堤防を抜け、ギルドの境界付近のゲートに見知らぬ男女が2人立っていることに気付き足を止めた。
『や、やっと見付けたわ。』
『さ、探したよ。』
目の前に立つ2人からは魔力を感じない。
つまり、無能力者。エンパシスウィザメントのプレイヤーではなかった人達。
2人の風貌はボロボロだった。着ている衣服はもちろんだが、痩けた頬、細く骨と皮だけの身体、ボサボサの髪の毛、目の下には真っ黒なクマ。目は血走っていて、正直近寄りがたい。
けど、ギルドの外にいる無能力者が助けを求めてゲートを潜ることは良くあること。そんな人達には、身体検査をした後にギルド内にある保護施設に入ってもらっている。
この2人もそうなのかしら?。けど、2人の様子は少し違う気がするのよね…。
その時、右手の手のひらに違和感を感じた。
今右手は瀬愛ちゃんと繋いでいる。じんわりと汗を感じ、僅かに震え始めたのだ。
汗も震えも私ではない。
なら…。
『瀬愛ちゃん?。』
瀬愛ちゃんを見ると大きな瞳を見開いて、目に前の男女を顔を真っ青にして見つめていた。
『な…ん…で…。ここに…いる…の?。』
『せ…瀬愛ちゃん?。』
瀬愛ちゃんの消え入りそうな小さな声は震えていて…。
そして…。
『ママ…。パパ…。』
…と、そう呟いた。
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