第139話 五行守護神獣
妾は、閃達が新たな拠点として建築した建物の屋上から沈み行く夕陽を眺めていた。
ここからの眺めは好きだ。黄華の気配りが行き届いているのか、色とりどりの町並みが目を飽きさせない。
もう、間も無く陽は完全に沈み夜になるだろう。1日の最後の灯火。一際眩しいその輝きはリスティールで見た光と何も変わらない。
『もしかしたら…奴等の故郷も…こんな景色を持っていたのかもしれんな…。』
奴等にも母星はあっただろう…。
おそらく、この世界はそれを再現しておる。
この世界の全てを…そう。目の前の夕陽も…。
妾にとっての母の光か…。そうだ…母は無事であろうか…。
心配事が絶えぬ。この世界に奴等が干渉しておる以上、他の星に危害は加えぬと思うが…そうなると…。
『はぁ…。姉妹達は皆死に、妾だけが残ってしまったな…。』
妾の本体は無事であろうか?。
この身体は、本体から切り離された分身体。妾がこの世界で体験したことも、考えたことも、この世界の状況も本体は知らぬ。
『駄目だな。考え始めたらキリがない。こういう時こそ閃のことを考えるのだ!。』
妾の息子。
本体の妾が生み出した存在。逞しく青年へと立派に育っておった。自慢の息子だ。
本体は、まだ閃を知らぬ。分身体の妾でさえ閃を甘やかしたくて仕方がないのだ。閃の望みは何でも叶えてやりたいと、つい思ってしまう。この感情が母の愛とするのなら…本体の妾が知ったらどうなるのか…。
『楽しみだな…。』
本体は、この分身体の10倍以上の能力を持つからな。もしかしたら…リスティール全体に影響があるかもしれん。
はぁ…早く本体に会わせてやりたいぞ。
『リスティナ。ここにいた。』
そんなことを考えておったら、クティナがやって来た。
屋上に来ること自体が珍しい…以前に、閃から離れて行動すること自体が稀なのだ。一瞬目を疑ったぞ。
『何だ?。おっ?。珍しいな。クティナではないか?。どうしたのだ1人で?。閃はどうしたのだ?。』
疑問をそのまま口に出す。
クティナも謂わば妾の娘だ。奴等の技術で生み出された妾の劣化コピー。しかし、能力が反転したことで別の存在になったのだ。
妾を小さくしたような、幼くしたような…そんな小柄な外見をした少女。
うん。可愛いぞ。
『閃は部屋。今は1人。リスティナに用があった。』
妾に用か?。何かを創造して欲しいのか?。創造神の妾ならどんなものでも造り出せるぞ!。さぁ、言ってみよ!。クティナの願い!。叶えてやるぞ!。
『用?。何だ?。』
『この娘達の願いを叶えてあげて欲しい。』
この娘達?。
おお。よく見るとクティナの後ろには別の個体がいるではないか?。はて、誰だろうな?。
クティナの言葉を合図に、後ろにいた存在が前に出た…って、コヤツ等は!。
『おお。懐かしいな。地母龍と雷皇獣ではないか!?。何故、この世界にいる?。』
クティナの後ろから現れた存在は、リスティールにいた頃に妾が創造した生物の中でも上位に君臨する生物だった。妾は神獣と呼んでいたがな。
『閃の契約神獣。私のお友達。』
『ほぉ。閃の…。こんな奴等まで使役していたのか…。流石だな。』
このモンスター達は妾が閃達を育てるために、ダンジョンに放ったモノ達だ。強さは他のモンスターを遥かに凌駕していた。妾の最高傑作だ。
『はて?。其奴等の願いとは?。』
『きゅ~。きゅきゅきゅ~。』
『がぁぅ…がぁうがぁ!。』
『何を言っておるのか分からん。其方、リスティールでは話せたではないか?。どうしたのだ?。』
『きゅ~。』
『私達を獣人の姿にして欲しいの。って。言ってる。』
『ほぉ。クティナ。分かるのか?。』
『うん。私。獣の神。』
『確かにな。お主は最高ランクの大罪の獣を使役する神であるからな。獣の言葉が理解できて当然と言えば当然か。』
獣人の姿。ある一定以上の強さを持つモンスターに与えられた特殊なスキルだ。コヤツ等は妾の最高傑作だったが…与えるの忘れてたのぉ。まぁ…よって、人の姿にするのは可能なわけだ。人の言葉を話せるようにもなるしな。対話は大事だ。閃も喜ぶに違いない。
『よかろう。良いぞ。』
『きゅっ!。』
『がうっ!。』
『早速、始めようか。展開。』
2体の足下に魔力の陣を描く。
術式は、強さをそのままに、獣の特徴を残しつつ姿を人型に…自在に獣型と入れ替えられるようにしようか。
『発動。』
『きゅっ!?。』
『がうっ!?。』
陣の光が輝きを増し周囲を包む。
『終了だ。ほれ、鏡だ。』
僅か数十秒の出来事。
2体の獣は、人の姿へと変化した。
『これが…私…?。』
『俺の…人としての…姿か…。』
2人の少女。
10代後半と言ったところか。地母龍の方は清楚な見た目だな。大人しい外見だ。
雷皇獣の方は、ボーイッシュぽいな?。男の子のような格好を好みそうな気が強そうな外見だ。
『リスティナ様。』
妾の前に2体が跪いた。
『この度は、私共の願いを聞き届けて頂き、誠にありがとうございます。』
『感謝致します。』
『頭を上げよ。そう畏まらずとも良い。楽にせい。』
『『はっ。』』
2体が立ち上がる。
『幾つか質問をする。答えよ。』
『『はっ。』』
さて、何から聞くべきか…。まぁ…順を追って尋ねるか。
『お前達は何故この世界にいるのだ?。』
コヤツ等は妾がリスティールで生み出したモンスターだ。本来なら閃達に倒されていた筈なのだが。
『はっ。まず私はリスティールにて、ご主人…閃様に使役されたことで命を繋ぎ止めました。そして、この世界にいる理由ですが、使役され使い魔となった私は閃様の魂に深く結び付いたことでこの世界に顕現したと思われます。』
『ほぉ。成程な。しかし、お主達は4体で1つの存在だった筈だ。他の2体はどうした?。』
『おそらくですが…リスティールに居るかと思われます。失礼ながら…リスティナ様が閃様方に敗北された時、HPが残っていたのが私だけでしたので…。』
『ふむ。』
『次は俺です。俺は…この身体は、奴等に創造されたモノです。』
『クリエイターズか…。そうだな。覚えておる。あの時、妾が閃に接触できた原因を生み出したのがお主だったな。』
『はい。俺は…いえ、雷皇獣のオリジナルはリスティールにて、様々なプレイヤーと戦い最終的に主…閃様に倒されました。リスティールの雷皇獣は既に消滅した…故にこの身体は本来の雷皇獣のモノではありません。』
『ふむ。少し触るぞ?。』
『はっ。』
人型を得た雷皇獣の額に触れ構造を読み取る。
『ふむ。成程。成程。』
『リスティナ様?。』
『お主達は本来、世界に1体しか存在できないという制約で妾が生み出した存在だ。それは、1度消滅した後も変わらない。奴等、リスティールに残されたお主の残骸魔力を利用し再構築させたみたいだな。』
『…というと?。』
『安心せい。お主は紛うことなき…本物の雷皇獣だ。つまり、妾が生み出した存在であることに変わりはない。』
『っ!。そうですか。俺は…偽者ではなかった。』
『そうだ。だから、誇れ。妾が生み出した誇り高き雷獣よ!。』
『はっ!。』
うむうむ。心強い味方だな。
『して、お主等はこれからどうするのだ?。』
『これまでと変わりません。閃様の手となり足となり、この命尽きるまで全身全霊でご奉仕させて頂きます!。もちろん…夜の…ごにょごにょ…。』
『俺も同じです。ごにょごにょ…その為に人の身体を得たのですから!。』
『そうか。頼んだぞ。』
『はいっ!。』
後半の台詞は聞かなかったことにしようか。
『失礼します。リスティナ様。』
『ん?。お主は…神無?。いや、神無のスキルで発生した分身体か?。』
『はい。流石ですね。その御慧眼、感服致します。』
『して、その分身体が妾に何用だ?。』
『はい。御存知の通り、我が本体は煌真殿という番いと結ばれ幸せを手にしました。』
『ふむ。男女のペアだな。愛し合う二人が結ばれるのは良いことだ。』
『はい。本体の幸せの感情は分身体の私にも流れてきます。とても、素晴らしく嬉しいことです。』
『ふむ。』
『私は、本体の成し得なかった、とある感情を受け継いだ上でスキルで生み出されました。』
『とある感情?。』
『閃様を愛する感情です。』
『ほぉ。』
『煌真殿と結ばれる前の本体が心の奥で抱いていた感情を受け継いでいるのです。本体は私が現界した際、閃様を護りたいと強く願いました。その時に無意識下で心の奥底に封じ込めていた感情が私へと流れてたのかと思われます。』
『ふむ。つまりお主の願いとは…。』
『私をスキルで生み出された存在から1つの個としての命を下さいませ!。』
『ふむ。ふむ。』
スキルで生み出されました存在を 個 としれ確立させよと…。
『妾なら出来なくもない。』
『っ!。本当ですか!。』
『ああ、しかし、それは完全にオリジナルとは別の個体を意味する。』
『はい…。』
『個を得た時点で、お主はもう神無ではなくなり、お主が受け継いだとされる感情も神無のモノではなくお主自身のモノとなる。最悪の場合、神無と相いれぬ関係となるが構わぬか?。』
『………。この身体も、この感情も、私が本体から授けられたと考えます。果たせなかった…は語弊がありますね。もう1つ、辿り着く可能性のあった未来を手にする為に私は生まれたのだと思います。』
『つまり?。』
『私という自我は本体の願いです。それは、存在を別つこととなっても変わりません。』
『そうか…ならば、これ以上何も言うまい。陣を描く。そこに立て。』
『はいっ!。』
再び魔方陣を描く。
『最初に言っておく。』
『はい。』
『仮初の存在であるお主に個としての生を与える場合、一から生命を生み出す行程をなぞる必要がある。』
『………。』
『つまり、意思をそのままに新たな肉体を創造。その際に種族の設定を行うのだが、神無とは別個体になるお主には、神無とは別の種族が与えられる。それが、妾が個を与える条件となる。』
『はい。』
『そこでだ。提案なのだが1つ良いか?。』
『?。』
『ここにいる。地母龍と雷皇獣は元々4体で1つの個体なのだ。閃は残りの2体とも契約しているようなのだ…。』
『…噂で聞いたことがあります…。』
『本来、妾は5体で1つの個体を生み出そうとしたのだ。』
『はぁ…。それが…どのような関係が?。』
『最後の1体になってみんか?。』
『え?。』
『つまり神獣にならんかと言っておるのだ。なぁに。ちゃんと今のまま人型も追加してやる。他の連中とは更に別の存在になってしまうが閃を護りたいのだろう?。』
『っ!?。』
『契約神獣になれば魂で繋がることが出来る。常に共にあり続けることが出来る。お主が神無から受け継いだ感情を最も上手く扱える状態になれると思うぞ?。』
『それは…。そうですね。私は閃様を守護する忍です。この意志も、身体も、心も…全て閃様と共にあります。リスティナ様。その提案受け入れさせて下さい。』
『良かろう。スキルの調整は後程手伝ってやる。だから、今は安心して妾に身を預けよ。』
『はい。』
ここに、新たな仲間が誕生した瞬間だった。
ーーー
ーーー喫茶店内 食堂ーーー
時刻は19時。
俺は灯月達と晩飯を食べていた。食堂に居るのは俺達以外だと、無凱のおっさんと仁さん達。煌真や神無、矢志路と黒璃達。叶さんと幽鈴さんの夜の見回り組。
この時間だと人の出入りも激しく、黄華扇桜のギルドメンバー達も入れ替わり立ち替わりな状態だ。
バン!。っと勢い良く開かれた食堂の扉から入ってきた小柄な少女 クティナ がテトテトと小走りで俺に近付いてきた。
最近じゃ、俺の中から時たま出てきては何かしているようだ。まぁ、引きこもりよりはマシだし、他の奴等と交流して仲良くなって欲しいと常々考えていたからな、良い傾向ではある。
『閃!。』
『おう。クティナ。どうした?。珍しいな。何かあったのか?。』
『うん。閃に紹介したい娘達がいる!。』
『はい?。』
『出てきて。』
クティナの『出てきて』を合図に、クティナの影から現れる見慣れない3人の少女。片膝をつき、目の前で跪かれたんだが…何だこの状況…。
突然の出来事に食堂にいる奴等の視線が俺達に注がれているぞ。灯月達も驚いて言葉を失っていた。
静寂に包まれる食堂に、跪く3人の内の1人が顔を上げ俺を見つめて微笑んだ。その金色の瞳には何処かで見覚えがあったのだが…駄目だ。思い出せない。
『ご主人様。この度は、我等の創造主であるリスティナ様の力をお借りし人獣形態を獲得しました。改めてご挨拶をさせていただきます。五行守護神獣、土の属性を司る地母龍。クミシャルナと申します。』
『え?。』
クミシャルナ?。ああ。確かに瞳の色が同じだ。それに雰囲気も。てか、美人過ぎじゃね?。
『右に同じく。五行守護神獣が1体。金の属性を司る雷皇獣。主様より授けられた名 ラディガルと申します。』
『え?。』
雌だったんですね…。すいません。完全に雄だと思って名前つけました。
ずいぶんとボーイッシュな…それでいて、身体は女をアピールしてるように抜群なプロポーションだし。
『左に同じく。五行守護神獣が1体。水の属性を司る水姫魚。主様を守護する役目を与えられた本体である、神無様のスキルで生み出された分身が1体。リスティナ様の力をお借りし、神獣としての新たな生命と個性を獲得しました。名はまだありませんので主様が命名して頂けると幸いです。』
『ええっ!?。』
『はぁっ!?。』
俺と同時に神無が立ち上がった。
マジか…。あれだろ?。俺が呼んだら色々助けてくれてた分身の神無。それが、別個体になったってことか?。そんなこと出来るのか…って出来るのがリスティナなのか…。
周囲を見ると最近で最も大きな驚きが沸き起こっていた。チラリと奥の物陰に目を向けるとドヤ顔のリスティナが俺に親指を立てていた。
何だ?。この展開…。
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